First grade of Highschool
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日という日が少しでも君の記憶に残りますように
二口くんのお母さんのお話は参考になることばかりだった。
私が薬剤師への夢をあきらめて伊達工に来た、というのは二口くんから聞いていたらしい。
「伊達工の工業化学は結構良いのよね。堅治もそっちに進んでほしいんだけど」
そう言いながらちらっと息子の方を見る。二口くんはプイっとそっぽを向いた。二口くんはお母さんに自分の将来の夢を言っていなさそうだけど、もう気づかれているのかもしれない。でもきっと、反対はされないだろう、となんとなく思った。
「卒業後の進路として専門学校もいいかもしれないけれど、大学の農学部、理学部を目指してみるのはどうかしら?」
農学部、理学部……。理系の学部だというのはわかる。盲点というか今まで考えたことがなかった。
「薬関係の仕事っていうと、まずは薬剤師だと思うけれど、製薬会社って道もあるの。文系なら営業とかもあるけれど、開発とか臨床実験とかは、薬学部のほかに理学部、農学部の知識が生かせるから……」
そう言って二口くんとよく似た目を細める。
「まあ、大学は出た方がいいと思うわね。看護師さんっていうのも立派な選択肢だと思うけど」
理系の大学か……。文系よりもお金がかかるというのは知っている。
「一番のネックは学力もそうなんですけれど、恥ずかしながら学費なんです」
そう打ち明けると、なんてことはないというように、
「卒業後ちゃんと働く気があるなら、奨学金っていう手もあるわよ。あとね……」
そこまで言うと誰が聞いているという訳でもないのに私に向かって身をのりだし声をひそめる。
「これは独り言なんだけど、ウチの会社に来てくれるなら、大学への推薦も奨学金も出してもいいのよね……『ちょっと特殊な会社だから……』」
そう含みを持たせるように言ったところで二口くんがはっとしたようにお母さんの方を見る。
「……?」
その目線が思いのほか険しくてびっくりした。それには気づかない様子でお母さんは続ける。
「提携の大学があるからそこの推薦枠ってテもあるわね。伊達工に出そうかしら?」
さらっと裏口めいたことを言うのを聞いてしまうと、別世界の人なんだな、と思ってしまう。
「ウチの会社は特殊な薬を作っているから、それの研究職として入るのもいいわね。その前に治験に入ってもらうのも……」
「母さん!」
ついに二口くんが厳しい声で咎めたので、私は開きかけた口を閉じる。『特殊な薬』って何か聞こうと思ったんだけど……。
厳しい表情でお母さんをにらみつける二口くん、その視線を受け流すように笑みを浮かべるお母さん。
先に目をそらしたのはお母さんのほうだった。やれやれ、といった具合にふっと笑う。
「先走りすぎちゃったみたいね。友紀ちゃんが興味があったら、二年生になった時にでもお話しましょう」
それから、いいわね?という風に二口くんを見ると、二口くんはしぶしぶといった具合にうなずく。親子の間で交わされた密約めいたものに、私はついていけなかった。
今はまだ聞いてはいけないことのような気がする。
「わかりました。……また、よろしくお願いします」
そう、私が言ったところで進路の話は一旦おしまいになった。
その後は、私と二口くんの学生生活のことを聞かれた。クラスのこと、部活のこと。勉強のこと。
「ちょっと、おま、そんなこと話すなよ!」「アンタが全然話してくれないから、それで、それで?」と嫌がる二口くんと食いつくお母さんのやりとりが面白かった。基本的に私にしてくれたことだから、良いことしか話してないつもりなんだけど、それでも照れくさいんだろうな。
そして、やっぱり、深く刺さったのは勉強面のことだった。
「伊達工、工業高校にしては勉強やってくれてる方だけど、やっぱり、大学に入ってから苦労しそうなのよね……」と工業高校で履修がない数Ⅲ・Cを指摘されたことを思い出す……。
着替えが終わって教室に戻るとまだ誰もいない。
自席に戻り数学の教科書を取り出しながら、昨日言われた事を考える。二口くんのお母さんの話を聞いて、薬学部しか考えていなかった私の視野が一気に広がった気がした。
薬学部一本で考えるより狭き門ではないかもしれない。それに、4年間なら、どうにかなるかもしれない。
大学か……。
金銭での負担よりもやっぱり勉強はしておかないとダメだな、と決意を新たにする。最低でも伊達工内で勉学はトップレベルで修めないといけない。
普通高校のものに比べてうちで使っている教科書は簡単にできているらしいし。……数学の先生に相談してみようかな。
男子が教室に戻ってくる。二口くんも帰ってきた。自分の席に座る私を見つけるとこちらへやってきた。
「あれ、朝と髪型違う」
「うん。さっきやってもらったんだー」
今、体育は選択になって柔道、剣道、ダンスのうちから選ぶことになっている。よっぽどの物好きでない限り男子は武道に、女子はダンスに固まってくる。ここで初めて私はウチの学年の女子が10人ちょっといることを知った。
舞ちゃんと面識があるおかげで、他の子たちとの橋渡しになってくれたので授業は楽しい。
そんなわけで、その着替えの時に私の髪を上の方で結ってくれた。いつもより高い位置に、長さがギリギリだっから後れ毛が出てしまったけれど、いわゆるポニーテールってやつだ。
二口くんがこくりとのどを動かす音が聞こえた。
「首、が、出てる」
「うん、暑かったから、まとめてもらった」
二口くんの目線が首にあるのがわかる。そんなにいつもと印象が変わる気はしないんだけど……。
「すっげー、首筋、キレイ」
「ええっ?そ、そう?」
『キレイ』と言われたことにドキッとするや否や二口くんの手が伸びてくる。
そして、私の首筋をすっと撫でた。
ぞわっと、背筋が粟立つ感触。
イヤな感覚じゃない、二口くんにやられるのは。
二口くんの手が私の首にもう一度触れる。そのまま脈のあたりまで指が滑っていく。
くすぐったいとも違う、感じたことのない感覚。
また背中がぞわぞわしている。
でも、ここは教室だ。これ以上、ここでは…………困る。
「あ、あの二口くん」
「ん?」
思い切って問いかけてみると、あっさり彼の手は離れていく。それを、名残り惜しいと思っている自分の感情に驚いた。
二口くんは私の首から離した手で、髪ゴムの結び目を引っ張った。はらり、と解け、上でまとめられた髪が降りて来る。
「に、似合ってなかった?」
降りた髪を手で整えながらそう聞いてみると、二口くんは首を振った。
「キレイだった」
「……」
彼の視線が首筋から動かない。
キレイって何が?首?
……首に何かついてる?
思わず手を当てて首をかしげると、ぷいっと顔を背けられてしまった。
「キレイすぎて、触りたくなっちゃうから、隠しといて」
「……」
「……噛みつきたくなったら困る」
かみつく?
二口くんが何を言っているのかわからない。
自分の首筋がキレイとか、考えたこともなかった。
もういつもの髪型に戻っているはずだ。首筋も隠れているはず。
それなのに。
切なそうに眼を逸らす二口くんの姿に心臓がおかしくなりそう。
どうしよう。
私。
二口くんが好きだ。
二口くんのお母さんのお話は参考になることばかりだった。
私が薬剤師への夢をあきらめて伊達工に来た、というのは二口くんから聞いていたらしい。
「伊達工の工業化学は結構良いのよね。堅治もそっちに進んでほしいんだけど」
そう言いながらちらっと息子の方を見る。二口くんはプイっとそっぽを向いた。二口くんはお母さんに自分の将来の夢を言っていなさそうだけど、もう気づかれているのかもしれない。でもきっと、反対はされないだろう、となんとなく思った。
「卒業後の進路として専門学校もいいかもしれないけれど、大学の農学部、理学部を目指してみるのはどうかしら?」
農学部、理学部……。理系の学部だというのはわかる。盲点というか今まで考えたことがなかった。
「薬関係の仕事っていうと、まずは薬剤師だと思うけれど、製薬会社って道もあるの。文系なら営業とかもあるけれど、開発とか臨床実験とかは、薬学部のほかに理学部、農学部の知識が生かせるから……」
そう言って二口くんとよく似た目を細める。
「まあ、大学は出た方がいいと思うわね。看護師さんっていうのも立派な選択肢だと思うけど」
理系の大学か……。文系よりもお金がかかるというのは知っている。
「一番のネックは学力もそうなんですけれど、恥ずかしながら学費なんです」
そう打ち明けると、なんてことはないというように、
「卒業後ちゃんと働く気があるなら、奨学金っていう手もあるわよ。あとね……」
そこまで言うと誰が聞いているという訳でもないのに私に向かって身をのりだし声をひそめる。
「これは独り言なんだけど、ウチの会社に来てくれるなら、大学への推薦も奨学金も出してもいいのよね……『ちょっと特殊な会社だから……』」
そう含みを持たせるように言ったところで二口くんがはっとしたようにお母さんの方を見る。
「……?」
その目線が思いのほか険しくてびっくりした。それには気づかない様子でお母さんは続ける。
「提携の大学があるからそこの推薦枠ってテもあるわね。伊達工に出そうかしら?」
さらっと裏口めいたことを言うのを聞いてしまうと、別世界の人なんだな、と思ってしまう。
「ウチの会社は特殊な薬を作っているから、それの研究職として入るのもいいわね。その前に治験に入ってもらうのも……」
「母さん!」
ついに二口くんが厳しい声で咎めたので、私は開きかけた口を閉じる。『特殊な薬』って何か聞こうと思ったんだけど……。
厳しい表情でお母さんをにらみつける二口くん、その視線を受け流すように笑みを浮かべるお母さん。
先に目をそらしたのはお母さんのほうだった。やれやれ、といった具合にふっと笑う。
「先走りすぎちゃったみたいね。友紀ちゃんが興味があったら、二年生になった時にでもお話しましょう」
それから、いいわね?という風に二口くんを見ると、二口くんはしぶしぶといった具合にうなずく。親子の間で交わされた密約めいたものに、私はついていけなかった。
今はまだ聞いてはいけないことのような気がする。
「わかりました。……また、よろしくお願いします」
そう、私が言ったところで進路の話は一旦おしまいになった。
その後は、私と二口くんの学生生活のことを聞かれた。クラスのこと、部活のこと。勉強のこと。
「ちょっと、おま、そんなこと話すなよ!」「アンタが全然話してくれないから、それで、それで?」と嫌がる二口くんと食いつくお母さんのやりとりが面白かった。基本的に私にしてくれたことだから、良いことしか話してないつもりなんだけど、それでも照れくさいんだろうな。
そして、やっぱり、深く刺さったのは勉強面のことだった。
「伊達工、工業高校にしては勉強やってくれてる方だけど、やっぱり、大学に入ってから苦労しそうなのよね……」と工業高校で履修がない数Ⅲ・Cを指摘されたことを思い出す……。
着替えが終わって教室に戻るとまだ誰もいない。
自席に戻り数学の教科書を取り出しながら、昨日言われた事を考える。二口くんのお母さんの話を聞いて、薬学部しか考えていなかった私の視野が一気に広がった気がした。
薬学部一本で考えるより狭き門ではないかもしれない。それに、4年間なら、どうにかなるかもしれない。
大学か……。
金銭での負担よりもやっぱり勉強はしておかないとダメだな、と決意を新たにする。最低でも伊達工内で勉学はトップレベルで修めないといけない。
普通高校のものに比べてうちで使っている教科書は簡単にできているらしいし。……数学の先生に相談してみようかな。
男子が教室に戻ってくる。二口くんも帰ってきた。自分の席に座る私を見つけるとこちらへやってきた。
「あれ、朝と髪型違う」
「うん。さっきやってもらったんだー」
今、体育は選択になって柔道、剣道、ダンスのうちから選ぶことになっている。よっぽどの物好きでない限り男子は武道に、女子はダンスに固まってくる。ここで初めて私はウチの学年の女子が10人ちょっといることを知った。
舞ちゃんと面識があるおかげで、他の子たちとの橋渡しになってくれたので授業は楽しい。
そんなわけで、その着替えの時に私の髪を上の方で結ってくれた。いつもより高い位置に、長さがギリギリだっから後れ毛が出てしまったけれど、いわゆるポニーテールってやつだ。
二口くんがこくりとのどを動かす音が聞こえた。
「首、が、出てる」
「うん、暑かったから、まとめてもらった」
二口くんの目線が首にあるのがわかる。そんなにいつもと印象が変わる気はしないんだけど……。
「すっげー、首筋、キレイ」
「ええっ?そ、そう?」
『キレイ』と言われたことにドキッとするや否や二口くんの手が伸びてくる。
そして、私の首筋をすっと撫でた。
ぞわっと、背筋が粟立つ感触。
イヤな感覚じゃない、二口くんにやられるのは。
二口くんの手が私の首にもう一度触れる。そのまま脈のあたりまで指が滑っていく。
くすぐったいとも違う、感じたことのない感覚。
また背中がぞわぞわしている。
でも、ここは教室だ。これ以上、ここでは…………困る。
「あ、あの二口くん」
「ん?」
思い切って問いかけてみると、あっさり彼の手は離れていく。それを、名残り惜しいと思っている自分の感情に驚いた。
二口くんは私の首から離した手で、髪ゴムの結び目を引っ張った。はらり、と解け、上でまとめられた髪が降りて来る。
「に、似合ってなかった?」
降りた髪を手で整えながらそう聞いてみると、二口くんは首を振った。
「キレイだった」
「……」
彼の視線が首筋から動かない。
キレイって何が?首?
……首に何かついてる?
思わず手を当てて首をかしげると、ぷいっと顔を背けられてしまった。
「キレイすぎて、触りたくなっちゃうから、隠しといて」
「……」
「……噛みつきたくなったら困る」
かみつく?
二口くんが何を言っているのかわからない。
自分の首筋がキレイとか、考えたこともなかった。
もういつもの髪型に戻っているはずだ。首筋も隠れているはず。
それなのに。
切なそうに眼を逸らす二口くんの姿に心臓がおかしくなりそう。
どうしよう。
私。
二口くんが好きだ。