27 タイフウノメ
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台風の目
初めての会場は緊張する。色々な高校の名前が飛び交う中、まずはうちの高校がどこにいるか、把握するための案内や進行表を探すところから始まる。今回はロビーにこまめに試合進行を掲示してくれている大会だった。
第3試合、第1アリーナのBコート。現在、第1試合が終わったところ。
「そこのメガネちゃーん!」
誰かを呼ぶ声が聞こえる。……私もメガネだけれど、知らない声だから先を急ぐ。
「君だって、君、君」
そう呼び掛けられたのと同時に肩に手を置かれたので、思わず振り返ってしまった。
……全然知らない人。ツーブロック金髪の男子。左耳に赤いピアス。ちらりと覗いた舌にまでピアスがついている。ピアスぐらいうちの学校にもいるけど、さすがに舌ピアスは見ない。彼も選手なんだろうか。山吹色のジャージを着ている。
「……」
無視して先を行こうと思っても、巧妙に行く手に先回りされる。あきらめて足を止め無言で彼を睨みつけるも「やっとこっち見た」と屈託なく笑顔を見せられてしまった。
「オレ、ジョーゼンジのテルシマ」
いきなり自己紹介された。
「ユージでいいよ」
いきなり呼び方を指定されても……。
「変わった色の制服だね。っていうか、どこ校?」
「……」
「あー。オレ、当てちゃう」
私が黙っていてもテルシマさんは勝手に話を進めていく。
「あんま見ないってことは、女子少ないガッコ?」
……意外と鋭いな、この人。
「緑ってことはジャージも緑?」
「……」
「ってことは伊達工!」
「…………」
「イエーイ! ビンゴー」
あからさまにイヤそうな顔をしてしまったのを『当たり』と受け取ったらしい。
「伊達工ってマネちゃんもカワイイし、女子少ないワリに打率高いよなー」
滑津さんの顔が割れている。後で堅治くんに伝えて注意してもらった方がいいかもしれない。
「ところで、何で君、来たのー?」
左右に抜けようと思っても全然スキができない。その上でじろじろと頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見てくる。私、この人のお眼鏡に叶うようなタイプではないと思うんだけど……。
「真面目そうだから彼氏って感じでもなさそじゃん? 片想いの男の子でも見に来た? 望み薄なら、オレに乗り換えちゃいなよー」
そう言いながらも距離を詰めてくる。っていうかこの人距離感おかしい! それに加えて微妙に失礼な発言をされてる気がする。
さすがにカチンときたその時。
「ソイツが見に来たの、俺だよ」
きっぱりとした良く通る声が後ろから聞こえた。振り返るとこちらへ堅治くんが歩いてくる。
「……堅治くん……」
ホッとした思いで彼の名前を呼ぶ。堅治くんは一旦私に向かって微笑むと、一瞬で険しい表情に変わって相手に向かった。
「俺の彼女だから、ほかあたって。もっとアンタにピッタリな子、いくらでもいるっしょ」
『彼女』の所を強調して言うと彼は私を隠すように立ってくれた。
「大丈夫?」
私はこくりとうなずく。
「あっ! お前! 伊達工の主将じゃーん! あのデカイの元気かよ」
テルシマさんの興味が堅治くんに移った。堅治くんはふっと嘲るように息を吐くと、わざと視線を上から落として口の片端だけゆがめるように微笑む(怖い)。
「でけぇのばっかだから、どれのことかわかんねぇけど、みんな元気なんじゃね?」
……うわぁ。挑発してるなぁ。
体格の優位性で煽っているんだ、と思ったけれどテルシマさんはあまり動じていなかった。
「ふーん。まあ、楽しませてもらうわ。でも、決勝まで行ってくれねぇとお宅とは遊べなさそーなんだよな」
「へー。そうだっけ?」
堅治くんは気のない声で言う。さすがにテルシマさんはムッとしたようだった。
「ジョーゼンジって聞いたことぐらいあるっしょ?」
「あんま、トーナメントの先のこととか興味ないんで」
「何だよ。先に進む気ねぇのかよ」
「逆。どこと当たってもうちのやることは変わらない」
煽り煽られを繰り返し二人は睨み合う。
間に挟まれてはらはらしていると「あ、そういえば」と堅治くんが声を上げる。
「……んだよ」
「そっち、カラスいるけど、大丈夫? 春高負けてたじゃん」
「ちゃんとトーナメント表見てんじゃねーかよ!」
ムッとした顔で突っ込むテルシマさんにケラケラと笑う堅治くん。
意外と仲良し? じゃないよね……。
ケッと一声吐き捨てると、急にテルシマさんは私を指さした。
「うちが勝ったらその子の連絡先ちょーだい」
「勝手に決めんな。こっちになんのメリットもねーわ」
「じゃあ! 交換条件でなんか!」
「ねぇよ、なんも」
ぴしゃりと言い放った堅治くんはうんざりした顔でこちらを向いた。
「友紀」
テルシマさんがまだ何かを言ってるけど、それは無視で堅治くんは言う。
「何?」
「時間ねぇから、ここでいい?」
「え?」
「コイツに見られることより、コイツのせいでできなかったことの方が後悔しそう」
私は少し考えてから頷く。
「……わかった。あと、滑津さんも気をつけてあげて。顔知られてるみたい」
「オッケ」
私が答えるなり堅治くんの腕が私の身体に回った。私も彼の身体に両腕を回す。
それだけで周囲の雑音は聞こえなくなった。
「頑張ってね」
「うん。ぜってぇ負けない」
彼が私の額にキスをする。
彼の唇が離れて、ふと目を向けるとテルシマさんと目があった。見られた恥ずかしさでふっと笑みを浮かべてしまうと、ぎょっとした顔をされる。ちょっと溜飲が下がった。
私は一旦目を閉じて気持ちを切り替え、目の前の堅治くんに向き直る。
「今ので私も勇気出た。もう大丈夫」
「そうか? なら行くけど」
「うん。行ってらっしゃい」
堅治くんは一度腕に力を込めてから私を離すと、いつものように片手をあげて走って行った。
走り去る堅治くんをあっけにとられた顔でテルシマさんは見送る。堅治くんが見えなくなると、今度は私を見て、何故か心配そうな半笑いで彼の走って行った方向を指さす。
「……彼氏に置いてかれちゃったけど?」
「はい。もう行ってもらわないと」
もう、私一人でもどうにかなる。堅治くんのおかげで。
……そうか。堅治くんみたく言ってやればいいんだ。上手くいくかわからないけど。出来るだけ堂々と。飄々と。
「……見ての通り、私、伊達工主将の女だけど、まだ興味ある?」
外見の印象を裏切るように、わざと品のない言葉を使う。ギャップで印象を崩す。……堅治くんに教えてもらった。
初めてまともに口を開いた私に、テルシマさんは面食らったような顔で言う。
「『女』って……。言い方古くね?」
「私、堅治から乗り換えるつもりないよ?」
……古さには古さをかぶせて幻滅させる。
そして、相手の言うことは聞かずに自分の要求だけ押し付ける。
これはさっきのテルシマさんのやり口だ。
テルシマさんはひきつるように右口角だけ上げた。
「……いや、もう、いっかなー」
「そう……だよね、私より試合の方が気になるよね」
口調を変えるの難しい。これ以上はボロが出てしまいそう。もうおしまいにして引き上げよう。撤退撤退。
踵を返そうとした私に、最後っ屁をテルシマさんはぶつけてきた。
「彼氏の前では猫被ってんの?」
「……」
『あんたに関係なくない?』ってセリフが思い浮かんだけれどさすがに言えなかった。猫を被るというよりも虎の威を借ってると言った方が正しいんだけどな。
でもそんなこと正直に言う必要もないから私はにっこりと笑う。
「そうかもしれませんね。試合頑張ってください」
素の口調で言うとテルシマさんは半笑いで手を振ってくれた。
初めての会場は緊張する。色々な高校の名前が飛び交う中、まずはうちの高校がどこにいるか、把握するための案内や進行表を探すところから始まる。今回はロビーにこまめに試合進行を掲示してくれている大会だった。
第3試合、第1アリーナのBコート。現在、第1試合が終わったところ。
「そこのメガネちゃーん!」
誰かを呼ぶ声が聞こえる。……私もメガネだけれど、知らない声だから先を急ぐ。
「君だって、君、君」
そう呼び掛けられたのと同時に肩に手を置かれたので、思わず振り返ってしまった。
……全然知らない人。ツーブロック金髪の男子。左耳に赤いピアス。ちらりと覗いた舌にまでピアスがついている。ピアスぐらいうちの学校にもいるけど、さすがに舌ピアスは見ない。彼も選手なんだろうか。山吹色のジャージを着ている。
「……」
無視して先を行こうと思っても、巧妙に行く手に先回りされる。あきらめて足を止め無言で彼を睨みつけるも「やっとこっち見た」と屈託なく笑顔を見せられてしまった。
「オレ、ジョーゼンジのテルシマ」
いきなり自己紹介された。
「ユージでいいよ」
いきなり呼び方を指定されても……。
「変わった色の制服だね。っていうか、どこ校?」
「……」
「あー。オレ、当てちゃう」
私が黙っていてもテルシマさんは勝手に話を進めていく。
「あんま見ないってことは、女子少ないガッコ?」
……意外と鋭いな、この人。
「緑ってことはジャージも緑?」
「……」
「ってことは伊達工!」
「…………」
「イエーイ! ビンゴー」
あからさまにイヤそうな顔をしてしまったのを『当たり』と受け取ったらしい。
「伊達工ってマネちゃんもカワイイし、女子少ないワリに打率高いよなー」
滑津さんの顔が割れている。後で堅治くんに伝えて注意してもらった方がいいかもしれない。
「ところで、何で君、来たのー?」
左右に抜けようと思っても全然スキができない。その上でじろじろと頭のてっぺんからつま先まで嘗め回すように見てくる。私、この人のお眼鏡に叶うようなタイプではないと思うんだけど……。
「真面目そうだから彼氏って感じでもなさそじゃん? 片想いの男の子でも見に来た? 望み薄なら、オレに乗り換えちゃいなよー」
そう言いながらも距離を詰めてくる。っていうかこの人距離感おかしい! それに加えて微妙に失礼な発言をされてる気がする。
さすがにカチンときたその時。
「ソイツが見に来たの、俺だよ」
きっぱりとした良く通る声が後ろから聞こえた。振り返るとこちらへ堅治くんが歩いてくる。
「……堅治くん……」
ホッとした思いで彼の名前を呼ぶ。堅治くんは一旦私に向かって微笑むと、一瞬で険しい表情に変わって相手に向かった。
「俺の彼女だから、ほかあたって。もっとアンタにピッタリな子、いくらでもいるっしょ」
『彼女』の所を強調して言うと彼は私を隠すように立ってくれた。
「大丈夫?」
私はこくりとうなずく。
「あっ! お前! 伊達工の主将じゃーん! あのデカイの元気かよ」
テルシマさんの興味が堅治くんに移った。堅治くんはふっと嘲るように息を吐くと、わざと視線を上から落として口の片端だけゆがめるように微笑む(怖い)。
「でけぇのばっかだから、どれのことかわかんねぇけど、みんな元気なんじゃね?」
……うわぁ。挑発してるなぁ。
体格の優位性で煽っているんだ、と思ったけれどテルシマさんはあまり動じていなかった。
「ふーん。まあ、楽しませてもらうわ。でも、決勝まで行ってくれねぇとお宅とは遊べなさそーなんだよな」
「へー。そうだっけ?」
堅治くんは気のない声で言う。さすがにテルシマさんはムッとしたようだった。
「ジョーゼンジって聞いたことぐらいあるっしょ?」
「あんま、トーナメントの先のこととか興味ないんで」
「何だよ。先に進む気ねぇのかよ」
「逆。どこと当たってもうちのやることは変わらない」
煽り煽られを繰り返し二人は睨み合う。
間に挟まれてはらはらしていると「あ、そういえば」と堅治くんが声を上げる。
「……んだよ」
「そっち、カラスいるけど、大丈夫? 春高負けてたじゃん」
「ちゃんとトーナメント表見てんじゃねーかよ!」
ムッとした顔で突っ込むテルシマさんにケラケラと笑う堅治くん。
意外と仲良し? じゃないよね……。
ケッと一声吐き捨てると、急にテルシマさんは私を指さした。
「うちが勝ったらその子の連絡先ちょーだい」
「勝手に決めんな。こっちになんのメリットもねーわ」
「じゃあ! 交換条件でなんか!」
「ねぇよ、なんも」
ぴしゃりと言い放った堅治くんはうんざりした顔でこちらを向いた。
「友紀」
テルシマさんがまだ何かを言ってるけど、それは無視で堅治くんは言う。
「何?」
「時間ねぇから、ここでいい?」
「え?」
「コイツに見られることより、コイツのせいでできなかったことの方が後悔しそう」
私は少し考えてから頷く。
「……わかった。あと、滑津さんも気をつけてあげて。顔知られてるみたい」
「オッケ」
私が答えるなり堅治くんの腕が私の身体に回った。私も彼の身体に両腕を回す。
それだけで周囲の雑音は聞こえなくなった。
「頑張ってね」
「うん。ぜってぇ負けない」
彼が私の額にキスをする。
彼の唇が離れて、ふと目を向けるとテルシマさんと目があった。見られた恥ずかしさでふっと笑みを浮かべてしまうと、ぎょっとした顔をされる。ちょっと溜飲が下がった。
私は一旦目を閉じて気持ちを切り替え、目の前の堅治くんに向き直る。
「今ので私も勇気出た。もう大丈夫」
「そうか? なら行くけど」
「うん。行ってらっしゃい」
堅治くんは一度腕に力を込めてから私を離すと、いつものように片手をあげて走って行った。
走り去る堅治くんをあっけにとられた顔でテルシマさんは見送る。堅治くんが見えなくなると、今度は私を見て、何故か心配そうな半笑いで彼の走って行った方向を指さす。
「……彼氏に置いてかれちゃったけど?」
「はい。もう行ってもらわないと」
もう、私一人でもどうにかなる。堅治くんのおかげで。
……そうか。堅治くんみたく言ってやればいいんだ。上手くいくかわからないけど。出来るだけ堂々と。飄々と。
「……見ての通り、私、伊達工主将の女だけど、まだ興味ある?」
外見の印象を裏切るように、わざと品のない言葉を使う。ギャップで印象を崩す。……堅治くんに教えてもらった。
初めてまともに口を開いた私に、テルシマさんは面食らったような顔で言う。
「『女』って……。言い方古くね?」
「私、堅治から乗り換えるつもりないよ?」
……古さには古さをかぶせて幻滅させる。
そして、相手の言うことは聞かずに自分の要求だけ押し付ける。
これはさっきのテルシマさんのやり口だ。
テルシマさんはひきつるように右口角だけ上げた。
「……いや、もう、いっかなー」
「そう……だよね、私より試合の方が気になるよね」
口調を変えるの難しい。これ以上はボロが出てしまいそう。もうおしまいにして引き上げよう。撤退撤退。
踵を返そうとした私に、最後っ屁をテルシマさんはぶつけてきた。
「彼氏の前では猫被ってんの?」
「……」
『あんたに関係なくない?』ってセリフが思い浮かんだけれどさすがに言えなかった。猫を被るというよりも虎の威を借ってると言った方が正しいんだけどな。
でもそんなこと正直に言う必要もないから私はにっこりと笑う。
「そうかもしれませんね。試合頑張ってください」
素の口調で言うとテルシマさんは半笑いで手を振ってくれた。
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