25 メトハナノサキ
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目と鼻の先
「遅いわね、堅治」
「ハイ、そうですね……」
二口家のリビングでお母さんとお茶を飲みつつ壁掛けの時計を見つめる。
部活の後に渡したいものがあると言われ、指定された時間に彼の家に来たものの、当の堅治くんがまだ帰って来ていない。
堅治くんのお母さんは、私が来ることは聞いていたらしく、堅治くんの部屋に通してくれようとした。けれど、なんとなく、主のいない部屋に勝手に入ることに気が引けてしまって、それなら……というわけである。
「この時期というと、ホワイトデーか」
「そう……みたいです」
「堅治、ぜーんぜん教えてくれないんだけど、無事、友紀ちゃんからバレンタインもらえたってことよね」
堅治くんにそっくりな悪戯っ子みたいな表情で笑う。このお見通しな感じ、とても居心地が悪い……。私は圧に耐えられず、白状した。
「ハイ。普通の、チョコですけど」
「手作り?」
間髪入れずに畳みかけられ、観念してうなずく。お母さんはしてやったりな顔をすると、堅治くんが何かを思い出す時と同じように左斜め上に目線をやる。
「お返しを用意してる気配はなかった……。さては今、慌てて買いに行ってるな」
「……」
その時、バタンと玄関のドアが開いた音がした。その後はトトトトっと階段を駆け上がるような音がして、すぐにドドドドッと駆け下りてくる。お母さんはそのやかましさに顔をしかめると、リビングのドアを開けて叫ぶ。
「堅治~ィ! 友紀ちゃん、来てる!」
「わりぃ、先ちょっと、シャワー浴びてくる!」
「『ただいま』ぐらい言いなさい! 洗濯物、全部ちゃんと出しなさいよ」
「わーってる! ただいまって!」
「まったく……」
姿は見えなかったけれど、口をとがらせて言い返す堅治くんが想像できてクスリと笑ってしまう。お母さんは私に向かって申し訳なさそうに微笑むと、
「……ホント計画性ないんだから。友紀ちゃん、堅治のこと見捨てないでね?」
「そんな! 見捨てるなんて……。あ、あの、はい……」
急に喉が渇いた気がしてティーカップのお茶を流し込む。冷めてしまったけれどまだ良い香りがする。ちょっとほっとした。
☆☆☆
お茶のおかわりを遠慮したところで「友紀」と小さく開いたドアの隙間から堅治くんが私を手招きした。乾ききっていない髪が雑に額にかかっている。ご家族には日常だろうけれど、私は初めて見るお風呂上がりの堅治くんにドキドキしてしまう。
「堅治、何、それは! 連れていくなら、堂々と連れていきなさい!」
ぴしゃりと言われ、しぶしぶといった感じで堅治くんがリビングに入って来た。部屋着のようなスウェットの肩にフェイスタオルをかけている。いつものジャージ姿とあまり変わらないはずなのに、なんでこんなに新鮮に映るんだろう。
その彼は大股でつかつかと近づいてくると、不意に私の腕をつかんだ。
「はいはい、母さん、友紀の相手してくれてありがと」
「部屋に連れてくのはいいけど、……変なことしないのよ!」
「!! そ、そんなことは、」
「うるせぇなあ……」
私の声に被せるように言い放ち、舌を出す堅治くんに引っぱられる。慌てて「ごちそうさまでした」とペコリと頭を下げる。
階段を上がりながら、お母さんのきわどい質問に対する彼の回答が否定ではなかったことに、私は心臓が早くなるのを止められなかった。
☆☆☆
「ハイ」
「え?」
「ホワイトデー」
部屋に入ってすぐ、小ぶりの花束を渡された。
堅治くんと『花』という取り合わせが意外すぎてびっくりしてしまう。
「あ、ありがとう」
とてもきれいな、赤いバラ。
男の人からお花をもらうなんて初めてで、堅治くんから何かをプレゼントでもらうのも初めてで、もらうならきっとお菓子なんだろうと思っていたら、まさかの花、それもバラだったことに動揺してしまう。
「すごく、嬉しい」
言葉がこれしか浮かばない。魅入られたように花束を見つめてしまう。
赤いバラが4本。その周りにバラを引き立てるようにカスミソウ。
そう、しかも、このバラは、赤、だ……。
赤いバラは、、、恋人への贈り物としては王道で、……プロポーズでも使われている花っていうことは、花にそう詳しくない私でも知っている。
「俺の気持ち、伝わった?」
一言言ったきり黙ったままの私の様子を伺うように、彼がじっとこちらを見ている。
……その王道が、堅治くんから自分に贈られているということは……。
「うん。……私も、好きだよ」
努めて軽く、でも心を込めて堅治くんにそう告げる、と、彼は口角を上げて優しく微笑んだ。けれど、私と目が合うと微笑んだ顔のまま眉をちょっとしかめる。
「半分くらいしか伝わんねぇなー」
え……。伝え方が悪かった? それとも、何か、別の意味がこの花には込められている? 花……。例えば、花言葉とか?
「いや、半分でも伝われば、よしかな。ところで、友紀?」
込められた意味を聞こうかと思ったところで、堅治くんに切り替えられてしまう。あとでちゃんと花言葉を調べようと心に留めておく。
「ん、なに?」
「ホワイトデーってワケじゃねぇんだけど、俺にやってほしいことってある?」
「堅治くんに?」
「俺と、やりたいこと、でもいいけど」
彼は私から一度花束を取ると丁寧に自分の机に置いた。
質問の意図をはかりかねて戸惑っていると追い打ちをかけてくる。
「いいよー。友紀が望むなら、俺、どんなことでも叶えてやるー」
ニヤニヤと含みを持たせて言いながら、彼は部屋の真ん中に簡易的なテーブルを広げた。斜向かいになるようにクッションを置いてくれたので、ベッドを背にした奥側に腰を下ろす。
「……堅治くんと、したいことか」
「うんうん」
わくわくしたような声に軽くプレッシャーを感じる。
ここで「さっきお母さんに『へんなコトするな』って言われてたよね?」と言ってしまったら、「友紀、俺にへんなコトしてほしいの?」って言質を取られてしまうような気がする。これは……ワナなのかな?
ご期待にお答えする方向なら、普通の、ごく普通のキスをしてほしいんだけど……。
でも……。本当はいつも思っていることが……ある。
一日が終わる時、隣に堅治くんがいてくれたらいいのに、って。
それをそのまま口に出すのは恥ずかしい。第一、うちに来てもらうのはともかく、泊まってもらうなんて、とてもできない……。
「ちょっと、ムリめだとは思うんだけど……」
「はあ? 最初から無理とか言わねぇの!」
消極的な前置きをしたら怒られた。そのままじっと「それを言ってみろ」と言わんばかりにこちらを見てくるので、今さら『普通のキス』とは言えない。自分で掘った墓穴に見事にハマってしまった。
困ったな……と彼の視線から逃れるようにしながら私は口を開く。
「一緒に寝てみたいなー……なんて」
なるべく、冗談に聞こえるように軽く言ったつもりだった。
「……」
すぐ何か言われるだろうと思ったのに、何も返ってこない。
不思議に思って堅治くんの方を見ると、口を笑いの形にしたまま、表情が固まっていた。そのままみるみるうちに顔が赤く染まっていく。
「お、お前、友紀、寝るって……」
私にまさかそんなことを言われると思わなかったのだろうか、我に返った堅治くんが珍しくどもりながら言う。
「私だって『寝る』がどういう意味をもってるかぐらい知ってるよ」
少し落ち着きを取り戻した堅治くんは「ホントかよ」とでも言いたげな顔で首をかしげる。
「でも、私、そういう『寝る』の前に、堅治くんの隣で眠ってみたい……。そうすれば、そのための、心の準備とか覚悟ができそうなんだけど……。でも、」
「……」
「多分……実際の順番は逆……なのかな?って……」
好きな男の子の隣で眠ってみたいだけなのに、なんでそれは難しいんだろう。
この時、私はまだわかっていなかった。男の子のそういう怖さを、我慢できない衝動があるっていうのを。
堅治くんは複雑そうな表情を浮かべていた。しばらくして彼は立ち上がると私の背後へ回るように歩く。
「ちょっと、こっち、向くなって」
「あ、ごめん」
何となく追ってしまった目線を彼から自分の手元に移す。
「……彼女のお願いは、叶えてやらねぇとな……。俺が言ったことだし」
何やら決意らしきものをつぶやいてる、と思ったら、ペチンペチンと頬か何かを叩く音に次いで深呼吸する音が聞こえた。
「……友紀」
呼ばれて、もういいのかなと思いつつ振り返る。
ベッドの掛布団の上に寝っ転がった堅治くんが、口を一文字にして手前のスペースをポンポンと叩いている。
「ここ」
「え……?」
「寝る、だけだから。……おいで」
「遅いわね、堅治」
「ハイ、そうですね……」
二口家のリビングでお母さんとお茶を飲みつつ壁掛けの時計を見つめる。
部活の後に渡したいものがあると言われ、指定された時間に彼の家に来たものの、当の堅治くんがまだ帰って来ていない。
堅治くんのお母さんは、私が来ることは聞いていたらしく、堅治くんの部屋に通してくれようとした。けれど、なんとなく、主のいない部屋に勝手に入ることに気が引けてしまって、それなら……というわけである。
「この時期というと、ホワイトデーか」
「そう……みたいです」
「堅治、ぜーんぜん教えてくれないんだけど、無事、友紀ちゃんからバレンタインもらえたってことよね」
堅治くんにそっくりな悪戯っ子みたいな表情で笑う。このお見通しな感じ、とても居心地が悪い……。私は圧に耐えられず、白状した。
「ハイ。普通の、チョコですけど」
「手作り?」
間髪入れずに畳みかけられ、観念してうなずく。お母さんはしてやったりな顔をすると、堅治くんが何かを思い出す時と同じように左斜め上に目線をやる。
「お返しを用意してる気配はなかった……。さては今、慌てて買いに行ってるな」
「……」
その時、バタンと玄関のドアが開いた音がした。その後はトトトトっと階段を駆け上がるような音がして、すぐにドドドドッと駆け下りてくる。お母さんはそのやかましさに顔をしかめると、リビングのドアを開けて叫ぶ。
「堅治~ィ! 友紀ちゃん、来てる!」
「わりぃ、先ちょっと、シャワー浴びてくる!」
「『ただいま』ぐらい言いなさい! 洗濯物、全部ちゃんと出しなさいよ」
「わーってる! ただいまって!」
「まったく……」
姿は見えなかったけれど、口をとがらせて言い返す堅治くんが想像できてクスリと笑ってしまう。お母さんは私に向かって申し訳なさそうに微笑むと、
「……ホント計画性ないんだから。友紀ちゃん、堅治のこと見捨てないでね?」
「そんな! 見捨てるなんて……。あ、あの、はい……」
急に喉が渇いた気がしてティーカップのお茶を流し込む。冷めてしまったけれどまだ良い香りがする。ちょっとほっとした。
☆☆☆
お茶のおかわりを遠慮したところで「友紀」と小さく開いたドアの隙間から堅治くんが私を手招きした。乾ききっていない髪が雑に額にかかっている。ご家族には日常だろうけれど、私は初めて見るお風呂上がりの堅治くんにドキドキしてしまう。
「堅治、何、それは! 連れていくなら、堂々と連れていきなさい!」
ぴしゃりと言われ、しぶしぶといった感じで堅治くんがリビングに入って来た。部屋着のようなスウェットの肩にフェイスタオルをかけている。いつものジャージ姿とあまり変わらないはずなのに、なんでこんなに新鮮に映るんだろう。
その彼は大股でつかつかと近づいてくると、不意に私の腕をつかんだ。
「はいはい、母さん、友紀の相手してくれてありがと」
「部屋に連れてくのはいいけど、……変なことしないのよ!」
「!! そ、そんなことは、」
「うるせぇなあ……」
私の声に被せるように言い放ち、舌を出す堅治くんに引っぱられる。慌てて「ごちそうさまでした」とペコリと頭を下げる。
階段を上がりながら、お母さんのきわどい質問に対する彼の回答が否定ではなかったことに、私は心臓が早くなるのを止められなかった。
☆☆☆
「ハイ」
「え?」
「ホワイトデー」
部屋に入ってすぐ、小ぶりの花束を渡された。
堅治くんと『花』という取り合わせが意外すぎてびっくりしてしまう。
「あ、ありがとう」
とてもきれいな、赤いバラ。
男の人からお花をもらうなんて初めてで、堅治くんから何かをプレゼントでもらうのも初めてで、もらうならきっとお菓子なんだろうと思っていたら、まさかの花、それもバラだったことに動揺してしまう。
「すごく、嬉しい」
言葉がこれしか浮かばない。魅入られたように花束を見つめてしまう。
赤いバラが4本。その周りにバラを引き立てるようにカスミソウ。
そう、しかも、このバラは、赤、だ……。
赤いバラは、、、恋人への贈り物としては王道で、……プロポーズでも使われている花っていうことは、花にそう詳しくない私でも知っている。
「俺の気持ち、伝わった?」
一言言ったきり黙ったままの私の様子を伺うように、彼がじっとこちらを見ている。
……その王道が、堅治くんから自分に贈られているということは……。
「うん。……私も、好きだよ」
努めて軽く、でも心を込めて堅治くんにそう告げる、と、彼は口角を上げて優しく微笑んだ。けれど、私と目が合うと微笑んだ顔のまま眉をちょっとしかめる。
「半分くらいしか伝わんねぇなー」
え……。伝え方が悪かった? それとも、何か、別の意味がこの花には込められている? 花……。例えば、花言葉とか?
「いや、半分でも伝われば、よしかな。ところで、友紀?」
込められた意味を聞こうかと思ったところで、堅治くんに切り替えられてしまう。あとでちゃんと花言葉を調べようと心に留めておく。
「ん、なに?」
「ホワイトデーってワケじゃねぇんだけど、俺にやってほしいことってある?」
「堅治くんに?」
「俺と、やりたいこと、でもいいけど」
彼は私から一度花束を取ると丁寧に自分の机に置いた。
質問の意図をはかりかねて戸惑っていると追い打ちをかけてくる。
「いいよー。友紀が望むなら、俺、どんなことでも叶えてやるー」
ニヤニヤと含みを持たせて言いながら、彼は部屋の真ん中に簡易的なテーブルを広げた。斜向かいになるようにクッションを置いてくれたので、ベッドを背にした奥側に腰を下ろす。
「……堅治くんと、したいことか」
「うんうん」
わくわくしたような声に軽くプレッシャーを感じる。
ここで「さっきお母さんに『へんなコトするな』って言われてたよね?」と言ってしまったら、「友紀、俺にへんなコトしてほしいの?」って言質を取られてしまうような気がする。これは……ワナなのかな?
ご期待にお答えする方向なら、普通の、ごく普通のキスをしてほしいんだけど……。
でも……。本当はいつも思っていることが……ある。
一日が終わる時、隣に堅治くんがいてくれたらいいのに、って。
それをそのまま口に出すのは恥ずかしい。第一、うちに来てもらうのはともかく、泊まってもらうなんて、とてもできない……。
「ちょっと、ムリめだとは思うんだけど……」
「はあ? 最初から無理とか言わねぇの!」
消極的な前置きをしたら怒られた。そのままじっと「それを言ってみろ」と言わんばかりにこちらを見てくるので、今さら『普通のキス』とは言えない。自分で掘った墓穴に見事にハマってしまった。
困ったな……と彼の視線から逃れるようにしながら私は口を開く。
「一緒に寝てみたいなー……なんて」
なるべく、冗談に聞こえるように軽く言ったつもりだった。
「……」
すぐ何か言われるだろうと思ったのに、何も返ってこない。
不思議に思って堅治くんの方を見ると、口を笑いの形にしたまま、表情が固まっていた。そのままみるみるうちに顔が赤く染まっていく。
「お、お前、友紀、寝るって……」
私にまさかそんなことを言われると思わなかったのだろうか、我に返った堅治くんが珍しくどもりながら言う。
「私だって『寝る』がどういう意味をもってるかぐらい知ってるよ」
少し落ち着きを取り戻した堅治くんは「ホントかよ」とでも言いたげな顔で首をかしげる。
「でも、私、そういう『寝る』の前に、堅治くんの隣で眠ってみたい……。そうすれば、そのための、心の準備とか覚悟ができそうなんだけど……。でも、」
「……」
「多分……実際の順番は逆……なのかな?って……」
好きな男の子の隣で眠ってみたいだけなのに、なんでそれは難しいんだろう。
この時、私はまだわかっていなかった。男の子のそういう怖さを、我慢できない衝動があるっていうのを。
堅治くんは複雑そうな表情を浮かべていた。しばらくして彼は立ち上がると私の背後へ回るように歩く。
「ちょっと、こっち、向くなって」
「あ、ごめん」
何となく追ってしまった目線を彼から自分の手元に移す。
「……彼女のお願いは、叶えてやらねぇとな……。俺が言ったことだし」
何やら決意らしきものをつぶやいてる、と思ったら、ペチンペチンと頬か何かを叩く音に次いで深呼吸する音が聞こえた。
「……友紀」
呼ばれて、もういいのかなと思いつつ振り返る。
ベッドの掛布団の上に寝っ転がった堅治くんが、口を一文字にして手前のスペースをポンポンと叩いている。
「ここ」
「え……?」
「寝る、だけだから。……おいで」