24 Life Milestone
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人生の節目
「とうとう卒業しちゃったな……俺らもあと一年か」
体育館から出てきた卒業生を見下ろして堅治くんがつぶやく。
クラスは変わらないでそのまま持ち上がるから、堅治くんとは三年生も同じクラスだ。
……無条件に彼と一緒にいられるのは、あと、一年しかない。
私たちは来年の今頃どこに行くんだろう。堅治くんと私の関係はこれからどうなっていくんだろう。高校という枠組みがなくなる一年後のことは未知すぎて不安になる。
卒業生の列が途切れた。部活をしていない私はせいぜい顔見知り程度の先輩ぐらいしかいないのに、それでも心に穴が開いたような寂しさを感じる。
でも、その穴は、先輩との結びつきが強い堅治くんの方が大きく感じているのだろう。
「あーあ。なんか先輩って、永遠に居座ってる感じしてたけど儚いもんだな。卒業なんてしそうにない、いや、できないんじゃねぇのかって思ってたのに」
堅治くんはせいせいしたような口調で失礼なこと言う。そんなことを口端を上げて言いながらもどこか置いてかれた子供のように寂しそうな表情だから、強がりだってわかってしまう。
私は、そんな茂庭さんたちみたいな存在の大きさになれるだろうか。
「……私じゃ、代わりにならない?」
そんな不安が、つい言葉になって零れてしまった。
言った直後にバカみたいだと思う。私と先輩たちじゃ全然違うのはわかってるのに。堅治くんの中で先輩の代わりを務められるのは、今のバレー部の仲間や、四月から入ってくる後輩たちでしかありえないのに。私の方がよっぽど失礼だ。
彼が目を丸くしてこちらを見るけれど、いたたまれなくなって私は目をそらす。
ふっと彼が息を吐く音が聞こえたと思ったら、ぽん、と頭の上に手を置かれた。
「……先輩たちと、友紀は、別モンすぎて話になんねーよ」
あきれたような声で図星をつかれ、ずきっと胸が痛む。
「そ、そうだね、おこがましかったよね、ゴメン」
さっきの言葉を取り消したいぐらい恥ずかしい。その一心でつい早口になってしまう。
「そうじゃねぇよ」
彼はもう一度ため息をつくと私の肩に両手を置いた。顔を見るのが怖くて恐る恐る視線を上げると、怒りも苛立ちも彼の顔にはない。それどころか少し微笑んでいた。
「あっちは、俺にとって日常で普通で、」
そこで言葉を切ると、彼は私をぐいっと引き寄せて両腕の中に閉じ込めた。
「こっちは……友紀は、俺にとって、特別で……全く別だから」
私は目を見開いて彼を見上げると、彼は眉を寄せながら微笑んだ。
堅治くんの……特別?
「……そのうち日常になるといいんだけど」
そう囁くように言われて胸が痛くなる。
特別から日常、ってどうしたらなれるんだろう……?
堅治くんの言ってることがわからないまま、彼の顔が近づいてきて、後頭部に当てられた彼の手に導かれて、思考があやふやになっていく。
堅治くんとのキスは、まだ緊張する。
友達になってから顔を合わせること、話すことに慣れてきて。恋人になってからは手をつなぐこと、名前で呼ばれることにもだんだん慣れてきた。それでも、顔を合わせるたびに新鮮な気持ちになる。
慣れても、飽きない。
いつかこれも……、これも慣れると日常になっていくのだろうか。
唇が離れて止めていた息を継ぐためにほんの少し口を開いた瞬間、彼の唇がもう一度降りてきた。
どきっとしている間に、彼の舌が隙間に入ろうとしてくる。
「ん……!」
一瞬、流されそうになるけれど、顔を引いて堅治くんの唇を遠ざける。
キスを拒否したようになってしまったから、拗ねたように睨みつけてくるけれど、私も理性を総動員して精一杯睨み返す。
「それは、学校では、絶対、ダメ!」
「えー? 誰も見てねぇなら、いーじゃん」
「だって、それされると……、人が来てても気づかないかもしれないから」
「なんで気づかねぇの? 夢中になっちゃうから?」
「!? ……バカ!」
ニヤニヤと私をからかってくる堅治くんを叩く真似をすると、彼は笑って私の拳をひらりとかわす。
「あ! 二口、こんなところでいちゃついてやがる!」
遠くから声が聞こえて心臓が口から飛び出そうなほどびっくりした。
向こうの曲がり角から、知っている顔の三人組、堅治くんの先輩の茂庭さん鎌先さん笹谷さんがやって来る。
「ほらー!」と言いたいのを抑えてペコリと頭を下げる。先輩たちはこちらに来るかと思いきや、私に遠慮したのか近づいてこなかった。堅治くんも動こうとしないので不思議に思い彼をつつく。
「行かないの?」
「えー。いいよ。どうせすぐ部活のぞきに来るし」
気のない様子で彼が言う。でも、この伊達工業高校で、制服で、一緒に高校生としていられるのは今日が最後なのに、と私の方がセンチメンタルな気持ちになってくる。
「これからは……。先輩たちと会う方が特別になっちゃうんだよ」
そんな風に言葉にするのがやっとだった。
私は、直接お世話にはなっていないけれど、堅治くんを通じて知り合えた先輩たちに『もう、学校では会えない』という事実がつらくなってくる。
「私は、日常になるから、だから……」
「友紀?」
堅治くんが何か言いたげに私を見るけれど、私は目を逸らす。
バカみたい。私泣きそうになってる。お願いだから、そうなる前に私を置いて先輩たちの方に行って欲しい、と思ったけど。
あの三人の先輩は、ただの顔見知りなんかじゃない。
初めて話したのは堅治くんの彼女になった時だった。私たちを心配してくれていたけれど、堅治くんを私に任せてくれた。
試合を一緒に応援した時は、堅治くんが後輩しているところを見せてくれた。
それから練習を一緒に見学したり、クリスマスには変な人に絡まれているのを助けてくれた。
私にとっても、大切な先輩たちだ。だから……。
「……一緒に、行こっか」
彼は私の想いを察してくれた。私を先導するように先輩たちの方へ向かう。
いつも優しく気遣ってくれる茂庭さん。
不器用ながらも見守ってくれている鎌先さん。
笹谷さんが意味ありげにニヤッと笑う。
「結城ちゃん、夢中になるってなぁに?」
「な、……なんでも、ないです!」
地獄耳だなぁ。笹谷さんにはからかわれてばっかりな気がする。
「ヤボですよ、笹谷さん、わかってくるくせに」
挑発的な笑顔を浮かべて軽口を返す堅治くんのブレザーを引く。
「茂庭さん、鎌先さん、笹谷さん」
私は三人の名前を呼ぶ。堅治くんも口をつぐみ、後ろ手を組み姿勢を正す。
「卒業、おめでとうございます」
私の隣で堅治くんも頭を下げる。
茂庭さんが驚いたように目を丸くする。鎌先さんと笹谷さんが顔を見合わせる。
何かを三人で目配せしたような間があった。
「結城」
茂庭さんが私を呼ぶ。茂庭さんの隣で鎌先さん笹谷さんが微笑む。
「これからも、二口をよろしくな」
くしゃっとした笑顔の茂庭さんは深緑色のブレザーと橙色のネクタイ、お馴染みの伊達工の制服をまとっている。この姿の先輩方を見るのはこれで最後なんだろう。
でも、これから先も。
堅治くんを通して繋がっていられますように。
心の中でそう願い、私は泣かないように笑顔を返すのが精一杯だった。
「とうとう卒業しちゃったな……俺らもあと一年か」
体育館から出てきた卒業生を見下ろして堅治くんがつぶやく。
クラスは変わらないでそのまま持ち上がるから、堅治くんとは三年生も同じクラスだ。
……無条件に彼と一緒にいられるのは、あと、一年しかない。
私たちは来年の今頃どこに行くんだろう。堅治くんと私の関係はこれからどうなっていくんだろう。高校という枠組みがなくなる一年後のことは未知すぎて不安になる。
卒業生の列が途切れた。部活をしていない私はせいぜい顔見知り程度の先輩ぐらいしかいないのに、それでも心に穴が開いたような寂しさを感じる。
でも、その穴は、先輩との結びつきが強い堅治くんの方が大きく感じているのだろう。
「あーあ。なんか先輩って、永遠に居座ってる感じしてたけど儚いもんだな。卒業なんてしそうにない、いや、できないんじゃねぇのかって思ってたのに」
堅治くんはせいせいしたような口調で失礼なこと言う。そんなことを口端を上げて言いながらもどこか置いてかれた子供のように寂しそうな表情だから、強がりだってわかってしまう。
私は、そんな茂庭さんたちみたいな存在の大きさになれるだろうか。
「……私じゃ、代わりにならない?」
そんな不安が、つい言葉になって零れてしまった。
言った直後にバカみたいだと思う。私と先輩たちじゃ全然違うのはわかってるのに。堅治くんの中で先輩の代わりを務められるのは、今のバレー部の仲間や、四月から入ってくる後輩たちでしかありえないのに。私の方がよっぽど失礼だ。
彼が目を丸くしてこちらを見るけれど、いたたまれなくなって私は目をそらす。
ふっと彼が息を吐く音が聞こえたと思ったら、ぽん、と頭の上に手を置かれた。
「……先輩たちと、友紀は、別モンすぎて話になんねーよ」
あきれたような声で図星をつかれ、ずきっと胸が痛む。
「そ、そうだね、おこがましかったよね、ゴメン」
さっきの言葉を取り消したいぐらい恥ずかしい。その一心でつい早口になってしまう。
「そうじゃねぇよ」
彼はもう一度ため息をつくと私の肩に両手を置いた。顔を見るのが怖くて恐る恐る視線を上げると、怒りも苛立ちも彼の顔にはない。それどころか少し微笑んでいた。
「あっちは、俺にとって日常で普通で、」
そこで言葉を切ると、彼は私をぐいっと引き寄せて両腕の中に閉じ込めた。
「こっちは……友紀は、俺にとって、特別で……全く別だから」
私は目を見開いて彼を見上げると、彼は眉を寄せながら微笑んだ。
堅治くんの……特別?
「……そのうち日常になるといいんだけど」
そう囁くように言われて胸が痛くなる。
特別から日常、ってどうしたらなれるんだろう……?
堅治くんの言ってることがわからないまま、彼の顔が近づいてきて、後頭部に当てられた彼の手に導かれて、思考があやふやになっていく。
堅治くんとのキスは、まだ緊張する。
友達になってから顔を合わせること、話すことに慣れてきて。恋人になってからは手をつなぐこと、名前で呼ばれることにもだんだん慣れてきた。それでも、顔を合わせるたびに新鮮な気持ちになる。
慣れても、飽きない。
いつかこれも……、これも慣れると日常になっていくのだろうか。
唇が離れて止めていた息を継ぐためにほんの少し口を開いた瞬間、彼の唇がもう一度降りてきた。
どきっとしている間に、彼の舌が隙間に入ろうとしてくる。
「ん……!」
一瞬、流されそうになるけれど、顔を引いて堅治くんの唇を遠ざける。
キスを拒否したようになってしまったから、拗ねたように睨みつけてくるけれど、私も理性を総動員して精一杯睨み返す。
「それは、学校では、絶対、ダメ!」
「えー? 誰も見てねぇなら、いーじゃん」
「だって、それされると……、人が来てても気づかないかもしれないから」
「なんで気づかねぇの? 夢中になっちゃうから?」
「!? ……バカ!」
ニヤニヤと私をからかってくる堅治くんを叩く真似をすると、彼は笑って私の拳をひらりとかわす。
「あ! 二口、こんなところでいちゃついてやがる!」
遠くから声が聞こえて心臓が口から飛び出そうなほどびっくりした。
向こうの曲がり角から、知っている顔の三人組、堅治くんの先輩の茂庭さん鎌先さん笹谷さんがやって来る。
「ほらー!」と言いたいのを抑えてペコリと頭を下げる。先輩たちはこちらに来るかと思いきや、私に遠慮したのか近づいてこなかった。堅治くんも動こうとしないので不思議に思い彼をつつく。
「行かないの?」
「えー。いいよ。どうせすぐ部活のぞきに来るし」
気のない様子で彼が言う。でも、この伊達工業高校で、制服で、一緒に高校生としていられるのは今日が最後なのに、と私の方がセンチメンタルな気持ちになってくる。
「これからは……。先輩たちと会う方が特別になっちゃうんだよ」
そんな風に言葉にするのがやっとだった。
私は、直接お世話にはなっていないけれど、堅治くんを通じて知り合えた先輩たちに『もう、学校では会えない』という事実がつらくなってくる。
「私は、日常になるから、だから……」
「友紀?」
堅治くんが何か言いたげに私を見るけれど、私は目を逸らす。
バカみたい。私泣きそうになってる。お願いだから、そうなる前に私を置いて先輩たちの方に行って欲しい、と思ったけど。
あの三人の先輩は、ただの顔見知りなんかじゃない。
初めて話したのは堅治くんの彼女になった時だった。私たちを心配してくれていたけれど、堅治くんを私に任せてくれた。
試合を一緒に応援した時は、堅治くんが後輩しているところを見せてくれた。
それから練習を一緒に見学したり、クリスマスには変な人に絡まれているのを助けてくれた。
私にとっても、大切な先輩たちだ。だから……。
「……一緒に、行こっか」
彼は私の想いを察してくれた。私を先導するように先輩たちの方へ向かう。
いつも優しく気遣ってくれる茂庭さん。
不器用ながらも見守ってくれている鎌先さん。
笹谷さんが意味ありげにニヤッと笑う。
「結城ちゃん、夢中になるってなぁに?」
「な、……なんでも、ないです!」
地獄耳だなぁ。笹谷さんにはからかわれてばっかりな気がする。
「ヤボですよ、笹谷さん、わかってくるくせに」
挑発的な笑顔を浮かべて軽口を返す堅治くんのブレザーを引く。
「茂庭さん、鎌先さん、笹谷さん」
私は三人の名前を呼ぶ。堅治くんも口をつぐみ、後ろ手を組み姿勢を正す。
「卒業、おめでとうございます」
私の隣で堅治くんも頭を下げる。
茂庭さんが驚いたように目を丸くする。鎌先さんと笹谷さんが顔を見合わせる。
何かを三人で目配せしたような間があった。
「結城」
茂庭さんが私を呼ぶ。茂庭さんの隣で鎌先さん笹谷さんが微笑む。
「これからも、二口をよろしくな」
くしゃっとした笑顔の茂庭さんは深緑色のブレザーと橙色のネクタイ、お馴染みの伊達工の制服をまとっている。この姿の先輩方を見るのはこれで最後なんだろう。
でも、これから先も。
堅治くんを通して繋がっていられますように。
心の中でそう願い、私は泣かないように笑顔を返すのが精一杯だった。