23 ヌケメガナイ
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抜け目がない
「!! 新規客の『指名』って、お前だったのか……」
「? ちゃんと名前入れて予約しましたけど? お久しぶりです」
「久しぶりって、半月も経ってねぇよ」
お兄さんの働く美容院は友紀に教えてもらった。普通に店のウェブサイトから予約したのに、お兄さんは俺の来店に何故かびっくりしている。
「『にろ・ケンジ』って不思議な名前のハーフかと思ったら、これでフタクチか……」
「あー、それで驚いてたんですか。たまに間違われるんすよ。どうも。フタクチケンジです」
「……。こちらでお待ちください」
引きつった営業スマイルでデカい鏡の前の席に俺を案内すると、お兄さんは一旦奥に引っ込んだ。
テーブルの上置いてある店のカタログから新しそうなものを手に取り、ぱらぱらとめくってみる。
お。友紀、みーっけ。ちょっと派手めの顔でぎこちなく笑顔つくってるの、慣れてない感がしてカワイイ。
薄いアルバム状のものを手に戻ってきたお兄さんは、顔が緩んでいる俺の横でわざとらしく咳払いした。
「今日は、カットとカラーの予約……でしたね」
「ハイ。お願いしまーす」
「先に色を選んで……ください」
語尾が変なのは無理に敬語にしているからなんだろうか。お兄さんのホームに乗り込んだはずなのに、何故かお兄さんにアウェイっぽいやりにくさが漂っていて、内心おかしくてしょうがない。
お兄さんが開いたカラー見本の上にカタログを突き出すと、俺は友紀を指さした。
「この子と同じ色にしてください」
「なっ」
今日の俺の目的はこれ。友紀の髪色が好きだから同じ色にしたい。
言葉を失うお兄さんの横に長い銀髪の店員が寄って来て、鏡越しに微笑みかけてきた。
「いいよねー、この色。ボクも好き」
銀髪の美女だと信じて疑わなかったのに……。その口からから思いもよらぬ低音が出てびっくりした。美容院すげぇ。俺の驚いた反応をからかうように彼は小首を傾げる。うっわ、煽られてる……。
俺はその妙に妖艶な仕草に気圧されないように口の端を上げた。
「この子、超好みのタイプっす」
「へぇ、お目が高い! 彼女、結城クンの妹なんだよー」
「そうなんですか? お兄さん?」
満面の笑みでしらばっくれると、お兄さんは舌打ちをこらえたような顔でため息をついた。
「なんだよこの茶番。オーナー。こいつ友紀のカレシです」
「へー! 友紀ちゃんの? そうなんだー。わざわざ来てくれて、お兄さんの指名までしてくれるなんて、ありがとね。健気だねぇ」
「ですよね。俺も我ながら健気だと思います」
オーナーさんがクスクスと笑う横でお兄さんが渋い顔をする。
「これは特注の色使ってんだから、追加料金かかる……、かかりますよ」
「えー。そこをなんとか! 義弟価格で」
「はあっ!? 何言ってる……んですか。……困ります、お客様」
「わざとらしい敬語使わないでいいっすよ。すげぇやりにくそうですし」
微笑まし気に俺たちのやりとりを見守っていたオーナーさんが、見かねて口を挟んでくる。
「ふふっ。カレシ君がモニターになって、仕上がりの写真使わせてくれるのなら、カット代だけでいいよ」
「ホントっすか? 写真ぐらい、全然かまわないっす」
「じゃあ、きまり。男の子バージョンの見本も欲しいなーって、思ってたところなんだよね。結城クン。カタログ用に仕上げてね」
「……わかりました」
お兄さんは色見本を畳んで一旦下がった。
オーナーさんはアシスタントの人に色の配合?を指示すると俺の顔周りの髪を櫛でどかしていく。
「ちょっとメイクしても平気?」
「大丈夫です。素材はそこそこ良いと思うんで、好きに使ってください」
「ふふ、カレシ君、面白い。うわ、キミ、言うだけある。何もしなくても、いいかも。今さら聞くけど、学校は大丈夫?」
「うち工業なんで、校則はゆるいっす。友紀と一緒です」
「あ、そうか。工業ってどこ?」
「伊達工です」
「知ってる知ってる。バレー部強いとこだよね」
戻って来たお兄さんが横から口を挟む。
「フタクチくん、そのバレー部の主将ですよ」
「えー。そーなんだー。すごいねー!」
「なんでお兄さんがドヤ顔なんすか」
「べ、別にいいだろ」
主将してるとかお兄さんに話した記憶はない。多分友紀かお母さんかどっちかだろう。お兄さん、それ、どんな顔して聞いてたんだか。
そんなことを考えていると、お兄さんが俺の椅子をくるっと回して自分の方へと向ける。真剣な顔をするとちょっとだけ目つきが友紀に似ていて、不覚にも少しドキッとした。
「前髪、球技には長くないか?」
「確かにちょっと邪魔ですね。普段は流す感じにしてます」
動揺に気づかれないようにそっけなく答えると、お兄さんは一度おろして長さを確認してから、センター分け、七三、オールバックといろいろ試しはじめた。前髪を変えるたびにオーナーさんも隣でふんふんとうなずき、そのまま二人は俺の髪型のイメージの話し合いを始める。
「さっき上げて思ったけど、このライン見せたい」
「ああ、わかります」
「Eライン綺麗だし、顔がほぼ左右対称で整ってるから、セットで変化つけてもいいし」
「了解です。二口……、は髪型の希望は?」
ついに敬称をつけるのをやめたらしい。別にいいけど。
「基本お任せでいいっす。妹さんの隣に置いて、お兄さんがふさわしいと思う感じにしてください」
「……」
「これはこれは。試されちゃったね」
眉をひそめて黙るお兄さんの横で、オーナーさんがクスクス笑う。
そこへアシスタントの人が配合の終わったっぽいカラー剤を持ってきた。
「カラーから行こっか。ボク半分手伝う。ところで、二口クン。友紀ちゃんとは、どう?」
「オーナー! やめてください!」
「えーなんでー? 結城クンも聞きたいでしょ?」
「何が悲しくて、仕事場で愛する妹とのノロケを聞かなくちゃならないんですか!」
お兄さんは俺の髪をくちばしのようなもので挟みながら弱り果てた顔で抗議する。
こんな場で話せる友紀とのことって何だ?大丈夫なセンってムズイな……。
あ。それなら、これだ。
「この前、バレンタインのちょっと前、あげたいものがあるから家に来て、って言われたんですよ」
「あら、お家? もしかして、色っぽい話? 結城クン、だいじょーぶ?」
「……」
お兄さんは無の表情で俺の頭に薬剤を塗りつける。話を遮断しているのか、聞いてないふりか……。俺はちょっと揺さぶってみる。
「お兄さんは仕事があるって言ってたんですけど……」
「お前、余計なこと言うな!」
ぴたっと手を止めて一喝してくる。しっかり聞いてるじゃねぇか。あの日、仕事に遅れる連絡はしてたけど『妹の彼氏と話があるから』とは言っていないのだろう。でも、奢ってもらってるし、口止め料だったことにして、そこはぼかしてあげよう。
「お兄さんは、いなかったです。でも、いい雰囲気になったなーって頃に電話かけてくるんですよ」
「ええ……。怖い」
オーナーさんは引いた目でお兄さんを見るけど、お兄さんは目を逸らし黙って手を動かし続ける。
「ホント、監視カメラでもついてんのか、ってぐらいのドンピシャなタイミングで」
「つけるワケないだろ!っていうか、お前『いい雰囲気』って、何しやがった!」
口ではブチ切れながらも、手早くカラー剤を塗り付けていくのは職人ぽかった。
俺はお兄さんを無視して話を続ける。
「友紀の携帯と俺の携帯に交互に鬼電ですよ! ひどいと思いません?」
「あはは、それはひどいね」
「で、携帯の電源切ったら、今度は家電にかけてきて」
「何それ必死すぎ! あれ……?」
オーナーさんは何かに気づいたような顔をした。
そう。それで雰囲気は台無しになっちゃったから、俺たちは家電のあるリビングに降りてスマブラをしたんだった。面倒だから電話がかかってくるたびにオンフックで音を聞かせたりして。
「……ボク、それ、いつのことかわかったかも。急に遅れるって言ってきた日だよね? ふーん。結城クン?」
「ハイ、すみません。でも、妹の危機だと思ったので……」
「遅れてきた上に、休憩の度に、険しい顔して携帯握りしめてるから、誰かご家族の体調でも悪いのかと思ってたのに。余計な心配しちゃったなー」
……実のところ、あのままだと俺も歯止め効くかどうかは怪しかったから、残念半分ほっとしたの半分ではあったけど。
気まずそうな顔をしたお兄さんは、俺の髪をじっと見つめて言った。
「色、は、今も何か入れてるよな?」
露骨に話を変えてきたな、と思ったけど、髪の質問だったので素直に返す。
「あー。適当にドラストで買った……泡のヤツでやりました」
「ハゲるぞ」
「は?」
お兄さんが衝撃的な呪いの言葉を吐くので、つい鏡越しに顔をしかめると、お兄さんは「いや、真面目な話」と続ける。
「市販のヤツは、誰が使ってもある程度上手くいくようにできてるから、薬剤としては結構強いんだ。特に泡はヤバい。まあ毎回美容院でやれとは言わないけど、自分でやるなら髪に密着するクリームのほうがいい。サロンで使うのもだいたいクリームだし」
「えー、泡、やりやすいのにー」
そう口をとがらせるとお兄さんはちらりと俺を一瞥した。
「お前、母方の爺さん、の毛量はどうだ?」
「突然、何ですか? えぇと、母方は……総白髪でふさふさっすね」
「ちっ」
「え? なんでそこ舌打ちなんですか?」
「こら、結城クン。その話お店でしちゃダメだよ」
「えー。すげぇ気になるんですけど」
聞かれるまま答えたのにオチを知らされないのは気持ち悪い。
オーナーさんは困ったように片目を閉じて、手袋をした左手の人差し指を口元にあてる。
「俗説なんだけどね、男の子が将来髪の毛が残るかどうかって、母方のお祖父さんの状態が影響するっていうんだよ」
初耳。その説で言うと……俺は大丈夫っぽい。え? それで舌打ちってお兄さんひどくね?
俺はカチンと来てちょっと考えてからお兄さんに聞いてみる。
「へー。……ちなみに友紀のお祖父さんってどうなんですか?」
「爺さんは、見事なまでにツルツルだな」
「……」
「ここしか残ってない」とこめかみあたりをさするお兄さんに息が止まりそうになる。必死に笑いを噛み殺して、俺はもう一つ質問してみる。
「……ところで、お兄さんのお父さんは?」
「親父は、白髪だなー」
「ふーん。それなら、俺の子供も大丈夫そうっすね」
「はぁ? お前の子供になんの関係がって……! て、て、てめぇ」
「あははは、それって結城クンの一人負けじゃない」
オーナーさんが身をよじって笑うから、俺もこらえきれなくて噴き出してしまう。
さすがに二人で爆笑してたらお兄さんも気づいたらしい。
「!!? お前! 聞き方がきたねぇぞ!」
「先に言い出したのお兄さんじゃないですか!」
ダメだ、お腹、痛い……。
★★★
「二口くん、面白いし、いい子だね」
「……まあ、面白いヤツなのはわかりますけど、」
「あの子、一貫して友紀ちゃんと結婚するつもりだよね。『お義兄ちゃん』も大変だー」
「……」
「『伯父さん』になる日も近いのかもね」
「もうカンベンしてくださいよ、オーナー……」
「!! 新規客の『指名』って、お前だったのか……」
「? ちゃんと名前入れて予約しましたけど? お久しぶりです」
「久しぶりって、半月も経ってねぇよ」
お兄さんの働く美容院は友紀に教えてもらった。普通に店のウェブサイトから予約したのに、お兄さんは俺の来店に何故かびっくりしている。
「『にろ・ケンジ』って不思議な名前のハーフかと思ったら、これでフタクチか……」
「あー、それで驚いてたんですか。たまに間違われるんすよ。どうも。フタクチケンジです」
「……。こちらでお待ちください」
引きつった営業スマイルでデカい鏡の前の席に俺を案内すると、お兄さんは一旦奥に引っ込んだ。
テーブルの上置いてある店のカタログから新しそうなものを手に取り、ぱらぱらとめくってみる。
お。友紀、みーっけ。ちょっと派手めの顔でぎこちなく笑顔つくってるの、慣れてない感がしてカワイイ。
薄いアルバム状のものを手に戻ってきたお兄さんは、顔が緩んでいる俺の横でわざとらしく咳払いした。
「今日は、カットとカラーの予約……でしたね」
「ハイ。お願いしまーす」
「先に色を選んで……ください」
語尾が変なのは無理に敬語にしているからなんだろうか。お兄さんのホームに乗り込んだはずなのに、何故かお兄さんにアウェイっぽいやりにくさが漂っていて、内心おかしくてしょうがない。
お兄さんが開いたカラー見本の上にカタログを突き出すと、俺は友紀を指さした。
「この子と同じ色にしてください」
「なっ」
今日の俺の目的はこれ。友紀の髪色が好きだから同じ色にしたい。
言葉を失うお兄さんの横に長い銀髪の店員が寄って来て、鏡越しに微笑みかけてきた。
「いいよねー、この色。ボクも好き」
銀髪の美女だと信じて疑わなかったのに……。その口からから思いもよらぬ低音が出てびっくりした。美容院すげぇ。俺の驚いた反応をからかうように彼は小首を傾げる。うっわ、煽られてる……。
俺はその妙に妖艶な仕草に気圧されないように口の端を上げた。
「この子、超好みのタイプっす」
「へぇ、お目が高い! 彼女、結城クンの妹なんだよー」
「そうなんですか? お兄さん?」
満面の笑みでしらばっくれると、お兄さんは舌打ちをこらえたような顔でため息をついた。
「なんだよこの茶番。オーナー。こいつ友紀のカレシです」
「へー! 友紀ちゃんの? そうなんだー。わざわざ来てくれて、お兄さんの指名までしてくれるなんて、ありがとね。健気だねぇ」
「ですよね。俺も我ながら健気だと思います」
オーナーさんがクスクスと笑う横でお兄さんが渋い顔をする。
「これは特注の色使ってんだから、追加料金かかる……、かかりますよ」
「えー。そこをなんとか! 義弟価格で」
「はあっ!? 何言ってる……んですか。……困ります、お客様」
「わざとらしい敬語使わないでいいっすよ。すげぇやりにくそうですし」
微笑まし気に俺たちのやりとりを見守っていたオーナーさんが、見かねて口を挟んでくる。
「ふふっ。カレシ君がモニターになって、仕上がりの写真使わせてくれるのなら、カット代だけでいいよ」
「ホントっすか? 写真ぐらい、全然かまわないっす」
「じゃあ、きまり。男の子バージョンの見本も欲しいなーって、思ってたところなんだよね。結城クン。カタログ用に仕上げてね」
「……わかりました」
お兄さんは色見本を畳んで一旦下がった。
オーナーさんはアシスタントの人に色の配合?を指示すると俺の顔周りの髪を櫛でどかしていく。
「ちょっとメイクしても平気?」
「大丈夫です。素材はそこそこ良いと思うんで、好きに使ってください」
「ふふ、カレシ君、面白い。うわ、キミ、言うだけある。何もしなくても、いいかも。今さら聞くけど、学校は大丈夫?」
「うち工業なんで、校則はゆるいっす。友紀と一緒です」
「あ、そうか。工業ってどこ?」
「伊達工です」
「知ってる知ってる。バレー部強いとこだよね」
戻って来たお兄さんが横から口を挟む。
「フタクチくん、そのバレー部の主将ですよ」
「えー。そーなんだー。すごいねー!」
「なんでお兄さんがドヤ顔なんすか」
「べ、別にいいだろ」
主将してるとかお兄さんに話した記憶はない。多分友紀かお母さんかどっちかだろう。お兄さん、それ、どんな顔して聞いてたんだか。
そんなことを考えていると、お兄さんが俺の椅子をくるっと回して自分の方へと向ける。真剣な顔をするとちょっとだけ目つきが友紀に似ていて、不覚にも少しドキッとした。
「前髪、球技には長くないか?」
「確かにちょっと邪魔ですね。普段は流す感じにしてます」
動揺に気づかれないようにそっけなく答えると、お兄さんは一度おろして長さを確認してから、センター分け、七三、オールバックといろいろ試しはじめた。前髪を変えるたびにオーナーさんも隣でふんふんとうなずき、そのまま二人は俺の髪型のイメージの話し合いを始める。
「さっき上げて思ったけど、このライン見せたい」
「ああ、わかります」
「Eライン綺麗だし、顔がほぼ左右対称で整ってるから、セットで変化つけてもいいし」
「了解です。二口……、は髪型の希望は?」
ついに敬称をつけるのをやめたらしい。別にいいけど。
「基本お任せでいいっす。妹さんの隣に置いて、お兄さんがふさわしいと思う感じにしてください」
「……」
「これはこれは。試されちゃったね」
眉をひそめて黙るお兄さんの横で、オーナーさんがクスクス笑う。
そこへアシスタントの人が配合の終わったっぽいカラー剤を持ってきた。
「カラーから行こっか。ボク半分手伝う。ところで、二口クン。友紀ちゃんとは、どう?」
「オーナー! やめてください!」
「えーなんでー? 結城クンも聞きたいでしょ?」
「何が悲しくて、仕事場で愛する妹とのノロケを聞かなくちゃならないんですか!」
お兄さんは俺の髪をくちばしのようなもので挟みながら弱り果てた顔で抗議する。
こんな場で話せる友紀とのことって何だ?大丈夫なセンってムズイな……。
あ。それなら、これだ。
「この前、バレンタインのちょっと前、あげたいものがあるから家に来て、って言われたんですよ」
「あら、お家? もしかして、色っぽい話? 結城クン、だいじょーぶ?」
「……」
お兄さんは無の表情で俺の頭に薬剤を塗りつける。話を遮断しているのか、聞いてないふりか……。俺はちょっと揺さぶってみる。
「お兄さんは仕事があるって言ってたんですけど……」
「お前、余計なこと言うな!」
ぴたっと手を止めて一喝してくる。しっかり聞いてるじゃねぇか。あの日、仕事に遅れる連絡はしてたけど『妹の彼氏と話があるから』とは言っていないのだろう。でも、奢ってもらってるし、口止め料だったことにして、そこはぼかしてあげよう。
「お兄さんは、いなかったです。でも、いい雰囲気になったなーって頃に電話かけてくるんですよ」
「ええ……。怖い」
オーナーさんは引いた目でお兄さんを見るけど、お兄さんは目を逸らし黙って手を動かし続ける。
「ホント、監視カメラでもついてんのか、ってぐらいのドンピシャなタイミングで」
「つけるワケないだろ!っていうか、お前『いい雰囲気』って、何しやがった!」
口ではブチ切れながらも、手早くカラー剤を塗り付けていくのは職人ぽかった。
俺はお兄さんを無視して話を続ける。
「友紀の携帯と俺の携帯に交互に鬼電ですよ! ひどいと思いません?」
「あはは、それはひどいね」
「で、携帯の電源切ったら、今度は家電にかけてきて」
「何それ必死すぎ! あれ……?」
オーナーさんは何かに気づいたような顔をした。
そう。それで雰囲気は台無しになっちゃったから、俺たちは家電のあるリビングに降りてスマブラをしたんだった。面倒だから電話がかかってくるたびにオンフックで音を聞かせたりして。
「……ボク、それ、いつのことかわかったかも。急に遅れるって言ってきた日だよね? ふーん。結城クン?」
「ハイ、すみません。でも、妹の危機だと思ったので……」
「遅れてきた上に、休憩の度に、険しい顔して携帯握りしめてるから、誰かご家族の体調でも悪いのかと思ってたのに。余計な心配しちゃったなー」
……実のところ、あのままだと俺も歯止め効くかどうかは怪しかったから、残念半分ほっとしたの半分ではあったけど。
気まずそうな顔をしたお兄さんは、俺の髪をじっと見つめて言った。
「色、は、今も何か入れてるよな?」
露骨に話を変えてきたな、と思ったけど、髪の質問だったので素直に返す。
「あー。適当にドラストで買った……泡のヤツでやりました」
「ハゲるぞ」
「は?」
お兄さんが衝撃的な呪いの言葉を吐くので、つい鏡越しに顔をしかめると、お兄さんは「いや、真面目な話」と続ける。
「市販のヤツは、誰が使ってもある程度上手くいくようにできてるから、薬剤としては結構強いんだ。特に泡はヤバい。まあ毎回美容院でやれとは言わないけど、自分でやるなら髪に密着するクリームのほうがいい。サロンで使うのもだいたいクリームだし」
「えー、泡、やりやすいのにー」
そう口をとがらせるとお兄さんはちらりと俺を一瞥した。
「お前、母方の爺さん、の毛量はどうだ?」
「突然、何ですか? えぇと、母方は……総白髪でふさふさっすね」
「ちっ」
「え? なんでそこ舌打ちなんですか?」
「こら、結城クン。その話お店でしちゃダメだよ」
「えー。すげぇ気になるんですけど」
聞かれるまま答えたのにオチを知らされないのは気持ち悪い。
オーナーさんは困ったように片目を閉じて、手袋をした左手の人差し指を口元にあてる。
「俗説なんだけどね、男の子が将来髪の毛が残るかどうかって、母方のお祖父さんの状態が影響するっていうんだよ」
初耳。その説で言うと……俺は大丈夫っぽい。え? それで舌打ちってお兄さんひどくね?
俺はカチンと来てちょっと考えてからお兄さんに聞いてみる。
「へー。……ちなみに友紀のお祖父さんってどうなんですか?」
「爺さんは、見事なまでにツルツルだな」
「……」
「ここしか残ってない」とこめかみあたりをさするお兄さんに息が止まりそうになる。必死に笑いを噛み殺して、俺はもう一つ質問してみる。
「……ところで、お兄さんのお父さんは?」
「親父は、白髪だなー」
「ふーん。それなら、俺の子供も大丈夫そうっすね」
「はぁ? お前の子供になんの関係がって……! て、て、てめぇ」
「あははは、それって結城クンの一人負けじゃない」
オーナーさんが身をよじって笑うから、俺もこらえきれなくて噴き出してしまう。
さすがに二人で爆笑してたらお兄さんも気づいたらしい。
「!!? お前! 聞き方がきたねぇぞ!」
「先に言い出したのお兄さんじゃないですか!」
ダメだ、お腹、痛い……。
★★★
「二口くん、面白いし、いい子だね」
「……まあ、面白いヤツなのはわかりますけど、」
「あの子、一貫して友紀ちゃんと結婚するつもりだよね。『お義兄ちゃん』も大変だー」
「……」
「『伯父さん』になる日も近いのかもね」
「もうカンベンしてくださいよ、オーナー……」