20 アニノヨクメ
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兄の欲目
『やっぱり学校は恥ずかしいから、うちに来てくれる?』と頬を赤く染めた友紀に指定されたのはバレタインデー直前の休日だった。ちゃんと俺の部活が休みの日。
招かれた時間よりも早い訪問がマナー違反だということはクイズ番組で学んだ。
でも他校とかでの練習の場合『開始時刻30分前到着厳守』をしつけられてる身としてはどうも納得しがたい。まあ俺、基本ギリギリなんだけど。
そんな俺が友紀の家の最寄り駅に着いたのは約束の1時間前だった。異常事態だ。青根に知れたら「部活の時もそうしてくれ」と白い目で見られそう。
さて。
寒ィし、どうやって時間つぶすかなー……。
ブルゾンの前をかき合わせ、ガードレールに腰だけひっかけスマホを取り出す。いっそ『着いちゃった♪』とでも送ってしまおうか考えていると、妙に視線を感じた。
顔を上げる。俺を見ているのは、前方にいる細身の男。……すっげー睨まれてる。反射的に睨み返すけど、奴は視線を外さない。
知り合い? どっかで対戦した? でもバレーボーラーって感じはしない。軽音部とかそういう感じの髪型とファッション。
違う。雰囲気的に一番近いのは服屋の店員、もしくは……美容師だ。美容師?
そいつはつかつかと俺の方へ歩いて来る。
「……何ですか?」
目の前で立ち止まったので思わず身構える。年上っぽいから念のため敬語。
「君、もしかして、フタクチくん?」
名前を言い当てられてギョッとしたと同時に、もしや、と思う。そういえば、こいつ、どことなく友紀に似ている!
「! ……そうですが」
「!! お前かー!! 友紀の、妹のカレシっつーのは!!」
一瞬前に気づけてよかった。わけもわからずにうろたえる羽目にならなくて。
間違いない。友紀のお兄さんだ。
「友紀め! 妙に早く出ろ出ろ言うと思ったら、こういうことか!!」
お兄さんは額に手をあてて空を睨む。それから俺の視線を意識したのか、芝居がかった仕草で見えを切った。
「残念だったな! 今日は家におふくろがいるぜ!」
「それは……。別に全然かまいませんけど」
ちょっとだけ、残念って思ったってことは心の隅にしまっておく。
俺に冷静に対応されたのが面白くないのか、お兄さんは噛みついてくる。
「なんで、お前こんなとこにいんだよ」
「……約束の時間までまだあるんで」
「ふーん。俺、仕事休んじゃおうかなー。で、家戻っちゃおうかなー?」
「お仕事はちゃんと行きましょうよ……」
そんな挑発的に言われても、俺は常識的なツッコミを入れるしかない。
お兄さんはスッと真顔に戻るとスマホに向き合いはじめた。カレンダーらしきものが見える。スケジュールの確認と、どこかへメッセージを送っているっぽい。
ひとしきりスマホをいじり終えると、お兄さんはこちらへ向き直った。
「ちょっと顔貸せ。30分。奢ってやるよ、そこで」
「いいですけど……」
お兄さんは親指で背後にある木々に覆われた建物を指した。
職場と折り合いつけたのか……。まあ俺も時間をつぶさなきゃいけなかったから、ある意味ラッキーだと思うことにした。
連れてこられたのは、置物なのかテーブルなんだかわからない物体と、おしゃれすぎて機能性が低そうな椅子が点在する空間だった。その周りにこれでもかと植物の鉢が置いてある。偏見だけどいかにも美容師が好きそうなカフェだ。
お兄さんは店内の中でも一番座りにくそうな低さの椅子を俺に勧めると、俺に何にするかも聞かずにレジへ向かった。……ごちそうさまです。
達磨みたいな椅子に座り遠目にお兄さんを眺める。友紀の目つきを数段悪くして輪郭を骨っぽくして背を伸ばした感じ。顔立ちはそこそこ似ているが雰囲気は全然違う。友紀は真面目っぽい硬派な雰囲気があるけど、お兄さんはなんというか美容師っぽいチャラみにあふれている。
しばらくして仏頂面で持ってきたのは器の違う二つのドリンクだった。マグカップとガラスのグラス。嫌がらせドリンクを覚悟していたけど「カフェラテ。ホットとアイスどっちがいい?」と選ばせてくれたので拍子抜けする。なのにホットを選んだら舌打ちされた。それなら先に選ぶか、俺に聞いてから買いに行くかのどっちかにしろよ!
お兄さんは向かいの座面も背もたれも堅そうな直角のソファに座る。背筋は伸びるけれど疲れそうだ。俺の達磨は自分の脚が邪魔にはなるけど、座面は柔らかく座り心地は案外悪くない。
「いただきます」
俺が一礼しながら小声で言うと、お兄さんは勢いよくストローでラテをすする。そしてゴンと音を立ててグラスを置くなりまくしたててきた。
「俺は友紀を可愛くするために美容師になってんだよ。よりによってお前みたいなヤツに見つかるなんて……」
「……」
カップを持ち下からお兄さんを見上げる。なるほど。男の上目遣いが見たいわけじゃないだろうけど、こういう構図にしたくてこの席か、と理解した。
お兄さんは初めから上からの喧嘩腰だ。でも、こう来られる分にはある意味ラクだ。俺は出方に応じて返していけばいい。ただ気をつけなければいけないのは、これが『友紀の兄』である点だ。完全に嫌われるようなことは避けたい。ある程度は猫を被って気に入られるようにしないとな。……ムカつくけど。
「友紀さんは、小さいころから可愛かったんですか?」
俺はにっこりと微笑み、微妙に話をスライドさせてお兄さんに振る。挑発しない挑発しない……。『教えてください(はぁと)』ぐらいの感じで。
案の定お兄さんは超上からやってきた。
「可愛かったぜぇー。あんまりにも可愛いから心配で心配で、伊達工入るって聞いたとき、メガネかけさせたんだよな」
『そうでしょうねー今もカワイイですよー』と言いかけてぐっと堪える。俺の中の聡明なケンジくんが『煽ってる、それは煽ってる』と警鐘を鳴らす。ギリギリを攻めた絶妙なセンだと思うけどギリギリを攻める必要はない。
よくよく考えれば、お兄さんがメガネかけさせたおかげで友紀の可愛さがバレなかったんだから、俺はお兄さんに感謝こそしないといけない。
俺はその意を込めて薄く笑顔を作る。そのまま黙っているとお兄さんはここぞとばかりに畳み掛けてくる。
「そうそう、一緒にお風呂に入ったこともあるぜ!」
「……そうですか。仲良かったんですね」
得意気なお兄さんに対してあえての過去形。そんなことにはお兄さんは気づかず鼻を膨らませる。
えーと……。これから友紀とお風呂に一緒に入るコト、アンタはもう絶望的だろ……? 可能性で言えば俺の方がよっぽどある。
と、思ったが黙っていた。こんなこと口走ったらこじれるどころか刺されるかもしれない。
内心を隠し神妙な顔でカップを口元へ運ぶと、お兄さんは超ドヤ顔でのけぞっていた。
「子供のころなんてなー、毎日のように『お兄ちゃん、だーい好きっ』て……」
それはさぞかし可愛かったんだろうな、と微笑ましい気分で飲み物を口に含んだところでお兄さんははたと止まった。
「言われたことねぇなぁ……」
ねーのかよ! ツッコミを抑えてラテを噎せそうになる俺には目もくれず、遠い目で語り始めた。
「ああいう性格のヤツだから照れてるんだろうな、きっと。……髪の毛やってやってる時も照れ隠しでドライバー持ってきたし。俺に対して冷めた目なのも照れからなんだろうなー。『好き』とか軽く言ってくれなかったのも照れてるからだろうし、ここぞというときのために安売りしないという表明であってさすがオレの妹……」
『照れ』とはそこまで万能なのか。それ一本でゴリ押せるお兄さんの脳筋っぷりはある意味うらやましい。
お兄さんはぶつぶつと唱えるように自分に言い聞かせている。それに対しての俺の率直な感想は『かわいそう』なんだけど……。口に出したらこれこそ刺されそうなので黙っている。
結局お兄さんの理想より友紀はドライなんだろう。それはわかる。俺に対してもあんまデレねーもん。
そっか。友紀は『好き』って滅多に言わないのか。
言わないん、だ……。
確かに『好き』って言われたのは数えるくらいだけど……。思い返せば……『ずっと一緒にいたい』とか『堅治くんとじゃないとヤダ』とか、それ以上のことを言ってくれてる気がする。
あれ……?
思わず口元を手で覆ってしまう。
……まじか。どうしよう。なんかすっげー嬉しくなってきた。
「俺、けっこう、言われてる方なんだな……」
思わず漏れてしまったその呟きは、耳ざとく拾われてしまった。
「はぁ!? ななな、何を、どどどどど、どんな風にだよ!!!」
どんっと机を叩きつけてお兄さんが立ち上がった。勢いがつきすぎてしまって周囲の注目を浴びている。それに気づいたお兄さんは静かに腰を下ろすけど、目線だけは俺を外さない。
俺を睨みつけつつもどこか恐れてるような目に、つい悪ノリしたくなる。
「そんなこと、言えませんよー?」
「言えないって何だよ! 話せてめぇ。いや、フタクチくん!?」
「だぁって、そういうの、友紀もお兄さんには知られたくないんじゃないすかぁ?」
含みを持たせて半笑いで言うと、お兄さんは血涙でも流しそうな血走った目で迫ってくる。
「はあ!? お前教えろや、いや、教えてくださいお願いします!」
「プライベートなことですから。ちゃーんと友紀に許可取ってくださーい」
「くっ、できないから頼んでるんだろ!」
「二人だけのヒミツなんでぇ、ちょっと無理ですねー」
「この野郎……」
お兄さんは口をつぐむと、不貞腐れたように頬杖ついた。
「……お前いい性格してるな」
「よく言われますー」
にっこりと微笑んでそう言うとお兄さんは軽く俺を小突く。そして眉間を抑えて下を向いた。
◇◇◇
お兄さんが出勤する時間が来てしまった。名残惜しいと思ってる自分にびっくりだ。結構楽しかった。
別れ際にお兄さんは連絡先が書かれた名刺を俺に渡しながら言った。
「俺の親父はこんなチョロくねーからな!」
「……ご自分はチョロいって自覚なさってるんすか?」
俺も自然と軽口が出るようになってしまった。
猫はかぶりきれなかったけど、お義兄さんとは仲良くなれた気がする。
『やっぱり学校は恥ずかしいから、うちに来てくれる?』と頬を赤く染めた友紀に指定されたのはバレタインデー直前の休日だった。ちゃんと俺の部活が休みの日。
招かれた時間よりも早い訪問がマナー違反だということはクイズ番組で学んだ。
でも他校とかでの練習の場合『開始時刻30分前到着厳守』をしつけられてる身としてはどうも納得しがたい。まあ俺、基本ギリギリなんだけど。
そんな俺が友紀の家の最寄り駅に着いたのは約束の1時間前だった。異常事態だ。青根に知れたら「部活の時もそうしてくれ」と白い目で見られそう。
さて。
寒ィし、どうやって時間つぶすかなー……。
ブルゾンの前をかき合わせ、ガードレールに腰だけひっかけスマホを取り出す。いっそ『着いちゃった♪』とでも送ってしまおうか考えていると、妙に視線を感じた。
顔を上げる。俺を見ているのは、前方にいる細身の男。……すっげー睨まれてる。反射的に睨み返すけど、奴は視線を外さない。
知り合い? どっかで対戦した? でもバレーボーラーって感じはしない。軽音部とかそういう感じの髪型とファッション。
違う。雰囲気的に一番近いのは服屋の店員、もしくは……美容師だ。美容師?
そいつはつかつかと俺の方へ歩いて来る。
「……何ですか?」
目の前で立ち止まったので思わず身構える。年上っぽいから念のため敬語。
「君、もしかして、フタクチくん?」
名前を言い当てられてギョッとしたと同時に、もしや、と思う。そういえば、こいつ、どことなく友紀に似ている!
「! ……そうですが」
「!! お前かー!! 友紀の、妹のカレシっつーのは!!」
一瞬前に気づけてよかった。わけもわからずにうろたえる羽目にならなくて。
間違いない。友紀のお兄さんだ。
「友紀め! 妙に早く出ろ出ろ言うと思ったら、こういうことか!!」
お兄さんは額に手をあてて空を睨む。それから俺の視線を意識したのか、芝居がかった仕草で見えを切った。
「残念だったな! 今日は家におふくろがいるぜ!」
「それは……。別に全然かまいませんけど」
ちょっとだけ、残念って思ったってことは心の隅にしまっておく。
俺に冷静に対応されたのが面白くないのか、お兄さんは噛みついてくる。
「なんで、お前こんなとこにいんだよ」
「……約束の時間までまだあるんで」
「ふーん。俺、仕事休んじゃおうかなー。で、家戻っちゃおうかなー?」
「お仕事はちゃんと行きましょうよ……」
そんな挑発的に言われても、俺は常識的なツッコミを入れるしかない。
お兄さんはスッと真顔に戻るとスマホに向き合いはじめた。カレンダーらしきものが見える。スケジュールの確認と、どこかへメッセージを送っているっぽい。
ひとしきりスマホをいじり終えると、お兄さんはこちらへ向き直った。
「ちょっと顔貸せ。30分。奢ってやるよ、そこで」
「いいですけど……」
お兄さんは親指で背後にある木々に覆われた建物を指した。
職場と折り合いつけたのか……。まあ俺も時間をつぶさなきゃいけなかったから、ある意味ラッキーだと思うことにした。
連れてこられたのは、置物なのかテーブルなんだかわからない物体と、おしゃれすぎて機能性が低そうな椅子が点在する空間だった。その周りにこれでもかと植物の鉢が置いてある。偏見だけどいかにも美容師が好きそうなカフェだ。
お兄さんは店内の中でも一番座りにくそうな低さの椅子を俺に勧めると、俺に何にするかも聞かずにレジへ向かった。……ごちそうさまです。
達磨みたいな椅子に座り遠目にお兄さんを眺める。友紀の目つきを数段悪くして輪郭を骨っぽくして背を伸ばした感じ。顔立ちはそこそこ似ているが雰囲気は全然違う。友紀は真面目っぽい硬派な雰囲気があるけど、お兄さんはなんというか美容師っぽいチャラみにあふれている。
しばらくして仏頂面で持ってきたのは器の違う二つのドリンクだった。マグカップとガラスのグラス。嫌がらせドリンクを覚悟していたけど「カフェラテ。ホットとアイスどっちがいい?」と選ばせてくれたので拍子抜けする。なのにホットを選んだら舌打ちされた。それなら先に選ぶか、俺に聞いてから買いに行くかのどっちかにしろよ!
お兄さんは向かいの座面も背もたれも堅そうな直角のソファに座る。背筋は伸びるけれど疲れそうだ。俺の達磨は自分の脚が邪魔にはなるけど、座面は柔らかく座り心地は案外悪くない。
「いただきます」
俺が一礼しながら小声で言うと、お兄さんは勢いよくストローでラテをすする。そしてゴンと音を立ててグラスを置くなりまくしたててきた。
「俺は友紀を可愛くするために美容師になってんだよ。よりによってお前みたいなヤツに見つかるなんて……」
「……」
カップを持ち下からお兄さんを見上げる。なるほど。男の上目遣いが見たいわけじゃないだろうけど、こういう構図にしたくてこの席か、と理解した。
お兄さんは初めから上からの喧嘩腰だ。でも、こう来られる分にはある意味ラクだ。俺は出方に応じて返していけばいい。ただ気をつけなければいけないのは、これが『友紀の兄』である点だ。完全に嫌われるようなことは避けたい。ある程度は猫を被って気に入られるようにしないとな。……ムカつくけど。
「友紀さんは、小さいころから可愛かったんですか?」
俺はにっこりと微笑み、微妙に話をスライドさせてお兄さんに振る。挑発しない挑発しない……。『教えてください(はぁと)』ぐらいの感じで。
案の定お兄さんは超上からやってきた。
「可愛かったぜぇー。あんまりにも可愛いから心配で心配で、伊達工入るって聞いたとき、メガネかけさせたんだよな」
『そうでしょうねー今もカワイイですよー』と言いかけてぐっと堪える。俺の中の聡明なケンジくんが『煽ってる、それは煽ってる』と警鐘を鳴らす。ギリギリを攻めた絶妙なセンだと思うけどギリギリを攻める必要はない。
よくよく考えれば、お兄さんがメガネかけさせたおかげで友紀の可愛さがバレなかったんだから、俺はお兄さんに感謝こそしないといけない。
俺はその意を込めて薄く笑顔を作る。そのまま黙っているとお兄さんはここぞとばかりに畳み掛けてくる。
「そうそう、一緒にお風呂に入ったこともあるぜ!」
「……そうですか。仲良かったんですね」
得意気なお兄さんに対してあえての過去形。そんなことにはお兄さんは気づかず鼻を膨らませる。
えーと……。これから友紀とお風呂に一緒に入るコト、アンタはもう絶望的だろ……? 可能性で言えば俺の方がよっぽどある。
と、思ったが黙っていた。こんなこと口走ったらこじれるどころか刺されるかもしれない。
内心を隠し神妙な顔でカップを口元へ運ぶと、お兄さんは超ドヤ顔でのけぞっていた。
「子供のころなんてなー、毎日のように『お兄ちゃん、だーい好きっ』て……」
それはさぞかし可愛かったんだろうな、と微笑ましい気分で飲み物を口に含んだところでお兄さんははたと止まった。
「言われたことねぇなぁ……」
ねーのかよ! ツッコミを抑えてラテを噎せそうになる俺には目もくれず、遠い目で語り始めた。
「ああいう性格のヤツだから照れてるんだろうな、きっと。……髪の毛やってやってる時も照れ隠しでドライバー持ってきたし。俺に対して冷めた目なのも照れからなんだろうなー。『好き』とか軽く言ってくれなかったのも照れてるからだろうし、ここぞというときのために安売りしないという表明であってさすがオレの妹……」
『照れ』とはそこまで万能なのか。それ一本でゴリ押せるお兄さんの脳筋っぷりはある意味うらやましい。
お兄さんはぶつぶつと唱えるように自分に言い聞かせている。それに対しての俺の率直な感想は『かわいそう』なんだけど……。口に出したらこれこそ刺されそうなので黙っている。
結局お兄さんの理想より友紀はドライなんだろう。それはわかる。俺に対してもあんまデレねーもん。
そっか。友紀は『好き』って滅多に言わないのか。
言わないん、だ……。
確かに『好き』って言われたのは数えるくらいだけど……。思い返せば……『ずっと一緒にいたい』とか『堅治くんとじゃないとヤダ』とか、それ以上のことを言ってくれてる気がする。
あれ……?
思わず口元を手で覆ってしまう。
……まじか。どうしよう。なんかすっげー嬉しくなってきた。
「俺、けっこう、言われてる方なんだな……」
思わず漏れてしまったその呟きは、耳ざとく拾われてしまった。
「はぁ!? ななな、何を、どどどどど、どんな風にだよ!!!」
どんっと机を叩きつけてお兄さんが立ち上がった。勢いがつきすぎてしまって周囲の注目を浴びている。それに気づいたお兄さんは静かに腰を下ろすけど、目線だけは俺を外さない。
俺を睨みつけつつもどこか恐れてるような目に、つい悪ノリしたくなる。
「そんなこと、言えませんよー?」
「言えないって何だよ! 話せてめぇ。いや、フタクチくん!?」
「だぁって、そういうの、友紀もお兄さんには知られたくないんじゃないすかぁ?」
含みを持たせて半笑いで言うと、お兄さんは血涙でも流しそうな血走った目で迫ってくる。
「はあ!? お前教えろや、いや、教えてくださいお願いします!」
「プライベートなことですから。ちゃーんと友紀に許可取ってくださーい」
「くっ、できないから頼んでるんだろ!」
「二人だけのヒミツなんでぇ、ちょっと無理ですねー」
「この野郎……」
お兄さんは口をつぐむと、不貞腐れたように頬杖ついた。
「……お前いい性格してるな」
「よく言われますー」
にっこりと微笑んでそう言うとお兄さんは軽く俺を小突く。そして眉間を抑えて下を向いた。
◇◇◇
お兄さんが出勤する時間が来てしまった。名残惜しいと思ってる自分にびっくりだ。結構楽しかった。
別れ際にお兄さんは連絡先が書かれた名刺を俺に渡しながら言った。
「俺の親父はこんなチョロくねーからな!」
「……ご自分はチョロいって自覚なさってるんすか?」
俺も自然と軽口が出るようになってしまった。
猫はかぶりきれなかったけど、お義兄さんとは仲良くなれた気がする。