10 ノゾキミ
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覗き見
HRが終わったのと同時に走った。
仙台市体育館。
入口のトーナメント表を確認する。伊達工……あった!次の相手はシードの青葉城西高校。A会場Bコート。今日は正念場だと聞いている。昨日は試合開始に間に合わなかった。今日こそは……。
会場に駆け込むと丁度コート外で相手チームと二口くんが主将挨拶しているところだった。
険しい表情。
あれ? 相手の主将に……何か言ってる!? 二口くん、たまに狂犬みたいなところあるから……。相手の主将さん、笑ってくれてるから大丈夫だよね?
ん? あちらも何か言ってるな、薄ら笑い浮かべて、え? ……煽ってる? 二口くんの目がどんどんつり上がってく。そして振り払うように相手主将との握手を解いた。
……二口くん、めっちゃ怒ってない? 切り替えの早さは二口くんの長所だから、大丈夫だとは思うんだけど……。
私は急いで座席の横の階段を最前列まで一気に駆け下りる。
「二口くん!」
手すりにしがみついた反動で声を上げる。出来る限り張ったつもりの声でも周りの歓声にかき消されそうになる。
それでも、二口くんは足を止めてくれた。振り返って観客席を見上げて私に気づく、けど。うわ……。眉間にめいっぱいしわが寄ってる。
思わず自分の眉間をさすってしまうと二口くんも思い至ったようだ。気まずそうにシワをほぐすようにしてから、パンっと両頬を叩いて深呼吸する。
そして口を横に大きく広げて……笑った。
うん、大丈夫そう。
「がんばって!」
声が届いたかはわからない。けど、彼は右手を上げて応えてくれた。
青城の主将がこちらを振り返ったのが視界の隅に入ったけど、そちらは見ないようにした。
◆◆◆
第一セットは青城に取られてしまった。昨日までより相手チームが手強い。
「青城の方が一枚上手って感じっすか」
「伊達工の方はまだバタバタするもんなー」
後ろから聞こえてくる遠慮のない感想にカチンとくる。
まあ確かに……相手チームの方が動きに無駄がない。乱された時のフォロー体制がうちより整ってるのかもしれない。向こうは3年生が残っているらしいし……。
以前対面した茂庭さんたちの事を思い出したその時、
「どうだ!?勝ってるか!?」
「押すな」
「おっ」
バタバタと人が入って来た。うちの制服を着た3人組……茂庭さん、笹谷さん、鎌先さんだ。
一番前まで駆け下りると3人は真っ先に得点板を見たようだ。
6-8
「うおお……くぅ……いや、まだたったの2点差だし」
「今2セット目か。1セット目はどっちが獲ったんだ?」
「あの……1セット目は青城でした」
恐る恐る背中に声をかけると、3人が一斉に振り返る。
「あっ、お前、二口のカノジョの……メガネ!」
「鎌ち!失礼!ゴメン、結城さん」
「チーッス」
「お久しぶりです」
慌ててお辞儀すると、隣のブロックのバレー部員も茂庭さんたちに気づき一斉に挨拶する。
「さァ、うちの新チームはどうだ~!?」
茂庭さんに誘われて最前列に場所を移動する。
「コガネは動きがまだ素人くさいな」
「まあ上がりゃあ問題ねぇよ」
あの金髪のセッターくんがコガネくんっていうのか。
「あれがうちの新兵器、大型セッター黄金川だよ」
茂庭さんが誇らしげに教えてくれた。二口くんと青根くんの会話で出てきたコガネくんは手のかかりそうな後輩ってイメージだったけど……。
黄金川くんがトスを打つ、が、ボールは誰にも合わず、追分先生のところへ……。
「!!?」
先輩方が固まる。気まずい沈黙が伊達工陣営に流れる。二口くんがため息をついたのがここからでもわかった。
「ま、まだ発展途上なんだよ! セッターになって間もないからっ!」
「こ、これからですよ! 茂庭さん、落ち着いてください!」
茂庭さんが私に慌てて弁明するので私もあたふたしてしまう。その横で、
「あの二口が後輩に手を焼いてる」
「ぎゃはー、ざまぁ!」
笹谷さんがニヤニヤと、鎌先さんなんてめっちゃいい笑顔だ。茂庭さんはコホンと空咳をした。
「ど、どう? 主将やってる二口はカッコいいだろ」
「カッコいいです。でも……」
「ん?」
「後輩だった時の二口くんも見てみたかったなって思います」
笹谷さんと鎌先さんにあそこまで言わせる二口くん……。一体どんな後輩だったんだろう。ちょっと怖いけど知りたい。
でも茂庭さんは困ったような顔で私を見る。
「そうだな……」
その表情は思いのほか寂しそうだった。今の言葉は言わない方が良かったのかもしれない。
そっか……。青城の3年が出てるってことは、茂庭さんたちも出ようと思えば出られたってことなんだ。後輩のカノジョにまで挨拶してくれる面倒見のいい人たちだ。後ろ髪を引かれる思いで引退を決意したことはわかっていたつもりだったのに『先輩がいるのっていいな』と軽く考えてしまった……。
「いえ、その……違うんです。もっと早く二口くんと……仲良くなっていれば見られたのかもな、って思っただけなんです」
私は慌てて弁解する。茂庭さんを後悔させたいわけでも困らせたいわけでもないのに……。
「余計なこと言ってすみません。試合見ましょう」
茂庭さんは何か言いたげだったけど、すぐに試合へと視線を戻した。
黄金川くんがトスを上げ……ないな。私が読めた時ということは相手チームにも当然……。
「またオメーはよー!!」
二口くんの怒ってる声が聞こえるけど、即座に言い返してる様子の黄金川くんはなかなかの大物だと思う。
二口くんは大げさにため息をつくと……? 今、二口くん、めっちゃ悪い顔した! サムズダウンまでしてたよね?
隣を見るとワイワイ煽る笹谷さんと鎌先さんの横で茂庭さんが蒼ざめる。
「今の……見ました?」
「ああ……。あれは良からぬことを企んでる顔だな」
「そんな……まさか……」
何するつもりだろう? 茂庭さんは嫌な予感を振り払うかのように声を飛ばす。
「追いつけるぞ! ここでブロック一本だ」
と、その直後、あの主将がツーで返してくる。
「クッソが……!!」
二口くんが悪態をつく。自分のやりたいことを相手にやられた黄金川くんも悔しそうな表情だ。
「あと一点!! あと一点!!」
青城の応援団の声が響き渡る。
マッチポイント。
ここを獲られたら、負ける。
茂庭さんたちも険しい顔をして何も言わない。
「落ち着いて まずは一本切ってこー」
「「「ウス!!」」」
二口くんが場を切り替える。
「頼もしくなったな……」
鎌先さんの呟きが聞こえる。
相手のサーブ。
「ナイス! カバーカバー!!」
女川くんがレシーブするけどセッターへは返らず、リベロの子が二段トスで上げる。
「二口さん!」
「二口行け!!」
少し打ちづらそう、けど二口くんなら!
無意識に呼吸が止まる。二口くんがスパイクを打つ。
「二口ナイスキィィイ!!!」
「うらっしゃああ!!!」
茂庭さんが笹谷さんが今日一番の大声で叫ぶ。
「うちの後輩見たかコラァ!! 見とけコラァ!! クラァッ!!」
鎌先さんも叫ぶ。
私は息を吸い込んだまま口を両手で覆う。
「結城、見たか!?」
「見ました……」
鎌先さんの問いかけに震える声でそう返すのがやっとだった。
「息すんの忘れてね?」
笹谷さんに笑われてなんとか深呼吸をする。心臓がドキドキしてるのはおさまらない。
「俺は……俺たちは、後悔なんてしてないよ」
喧騒の中、その声ははっきりと聞こえてきた。茂庭さんはコート上の選手たちを見つめながら続ける。
「この経験が、他のチームよりも一足先に主将として部を率いていく経験が、鉄壁の中枢として皆を鼓舞しないといけない経験が、試合で部員とゲームをコントロールしていく経験が」
コート上では二口くん、青根くん、黄金川くんが前衛に揃う。
「絶対、これからに生きてくるはずだから」
笹谷さん、鎌先さんが力強くうなずく。
「結城はこれからの二口とあいつらを見ててよ」
「はい……」
「二口だけ見るんじゃねーぞ」
からかうようにニヤッと笑いながら笹谷さんが続ける。
「わかってます」
「あ、なんかそれ二口っぽい」
照れ隠しに反射的に返してしまった言葉をさらにからかわれて、そんなつもりもなかったのに、もう恥ずかしい……。
後ろから顔をしかめた鎌先さんが言う。
「悪い影響受けるから二口なんて見ねぇ方がいいぞー」
「鎌ち、それは違う」
鎌先さんが笹谷さんに窘められたところで、黄金川くんがツーを、相手の意表をついた強打で決めた。
伊達工陣営から歓声が上がる。二口くんが黄金川くんとハイタッチした後、すっごくいい顔で彼の頭を叩きまくる。
「そうか……二口が企んでたのはコレかー」
「!! そうですね!」
良い雰囲気だ。このまま、もう一点……。
でも、伊達工の反撃はそこまでだった。
第2セット
22-25
茂庭さんに肩を叩かれた。私はその時まで自分が手を祈る形に握りしめてることに気がついてなかった。
二口くんもバレー部のみんなも精一杯やったと思う。でも、今までの努力に『敗戦』という形で結果がついてしまったのが心苦しい。
いや、私なんかの気持ちはどうでもいい。二口くんは……。
「整列ー」
顔を上げた二口くんと目が合う。すぐにその目線は私の横に走り、
「げッ」
と遠慮なく声を上げた。
「”げッ”って何だ!二口コノヤロウ!」
鎌先さんの大声が響く。二口くんが屈託なく笑う。
……先輩ってすごい。これだけでいつもの余裕のある二口くんに戻るなんて。私だけだったらこんな笑顔引き出せなかったと思う。
私たちは一人一人に届くよう二口くんに、青根くんに、バレー部メンバーに。精一杯の拍手を送る。
「ありがとうございました!」
礼をした二口くんたちは体育館の外へ消えていった。
◆◆◆
帰り支度をしていると茂庭さんに呼び止められる。
「俺たち、あいつらの激励に行くけど、結城はどうする?」
一瞬心が動いたけど……私は首を横に振る。
「いえ、私が行っても邪魔になると思うので、このまま帰ります」
「そっか……。強制じゃないし、時間あったらでいいんだけどさ」
そう前置きして茂庭さんが言う。
「二口が後輩してるところ、見てみない?」
「え……?」
「コート上じゃないけど」
茂庭さんは私のさっきの言葉を気にしてくれたみたいだ。そう言われては断れないけど。
「でも……私みたいな部外者が混ざるのは……」
まだ迷っていると、鎌先さんがブレザーを羽織りながら声をかけてくれた。
「邪魔だと思うなら俺の後ろに隠れてろよ」
「確かに。鎌ちの後ろなら見えねぇな」
視界に入らなければいいんだろうか……と疑問に思わないではなかったけど、これ以上は逆らわなかった。御三方が言ってくれるのなら、お言葉に甘えさせてもらうことにする。
人の流れに逆らうように体育館をぐるっと回る通路を3人は迷いなく進んでいく。知らないとこっちへは行けないなと思いながらついていく。
あ……。前からバレー部メンバーが見えてきた。私は鎌先さんの後ろに隠れる。
「あーあーあー、うるせぇのが3人も来ちゃった」
「なんだと二口、少しは先輩を敬いやがれ」
言葉とは裏腹に二口くんの声はすごく楽しそうだ。出会い頭の応酬に吹き出しそうになる。
なんか……いい関係だな。鎌先さんは怒ってるけど本気ではない。二口くんもそれがわかってるからこれだけのことが言えるんだと思う。
「新キャプテンは全然余裕無えしなあ!? 茂庭の有難みがわかったか!」
「そんなの前からわかってます」
笹谷さんがこちらを見てニヤッと笑う。ホントに私、二口くんの影響受けてるんだ……これは恥ずかしい。
「……じゃあ、行きましょうか」
「? うん??」
「茂庭さんたちこんな所に来てるってことは時間あるんですよね戻って練習相手してください」
「しょぉおがねえなああ!」
全然しょうがなくなさそうな口調でばっとネクタイを外す鎌先さんの動きに必死で合わせる。
「鎌先さん筋肉盛りすぎてジャンプできなくなってないすか、大丈夫ですか」
「は? なんで?」
「筋肉って、重いんすよ?」
「えっ、マジすか」
二口くんの軽口に鎌先さんがマジトーンでつぶやいたのに、こらえきれず吹き出してしまった。
「……鎌先さん、何か後ろにいます?」
「は? い、いや、後ろにお前の彼女なんて……あっ!」
鎌先さんは後ろに二口くんを回らせないように両腕でガードしてくれたけど、スキを見てひょいと覗き込んだ二口くんに見つかった。
「結城?」
「……お疲れ様……です」
私はひきつった笑いを返す。
結局邪魔してしまった……。
二口くんは鎌先さんを横にどけると(ヒドイ)あきれたような顔で私を見る。
「よりによってそんなとこに隠れてんなよ……」
「『よりによって』ってなんだ二口てめぇ!」
「ほら、鎌ち、行くよ」
怒る鎌先さんは茂庭さんと笹谷さんが引っ張って行ってくれた。鎌先さんすみません、茂庭さん笹谷さんありがとうございます、と私は頭を下げる。
「ゴメン……。茂庭さん達が連れて来てくれたんだけど、邪魔しちゃ悪いと思って」
「邪魔なんて思わねぇけど……何で鎌先さんの後ろに隠れるんだよ」
「二口くんが後輩しているところ、どうしても見てみたくって……」
そう言うと、二口くんは照れ臭そうにそっぽを向いた。そして、
「ごめん、負けた」
「そんな……謝らなくていいよ」
「もう応援来ないとか、言うんじゃねぇぞ」
「言わないよ……」
私がそう言うと彼は包み込むように私の右手を握りゆっくりと目の前まで持ち上げる。
握られた手の向こうに口を真一文字にした彼の顔が見える。
「全国制覇なんておこがましいこと言えねーけど」
「うん……」
「もう宮城じゃ……友紀の見てる前じゃ負けねぇ」
きっぱりと言い切って不敵に笑った彼の目の光が私を射抜く。
心臓の奥が痛い。私は精一杯微笑んで彼の手を包むように左手を添える。
彼の宣言を受け止められるように。
「そっか……。なら、ちゃんと見に来ないとだね」
二口くんは目を閉じて口を横に引き綺麗に微笑んだ後、急に天を仰いだ。
「あーーーもう! 今日の朝も抱いとけばよかった!」
そういえば、今日はアレをやっていない。昨日は家まで来てくれたけど、今日はそんな時間もなかったし……と思い返していると、あたりが静まり返っていることに気づいた。
「ふ、ふたふたくち……」
鎌先さんがこちらを指差して口をパクパクしている。
「え?」
その隣で笹谷さんは意味深に微笑み、青根くんと黄金川くんは顔が真っ赤だ。
……これはもしかして、とんでもない勘違いをされてる!?
私は二口くんの手を放し必死で横に振る。
「違います! 違います! あの、た、ただのルーティンなんです」
「ルーティンで抱いてる!?」
ドン引き顔の鎌先さんに言い返される。そうだ、ルーティンはただの「日課」って意味だ。内容は人によって違う!
でも、違うんです! そっちの抱くじゃなくて!
「結城先輩、落ち着いてください! ぎゅっとハグのことっすよね」
「そ、そうそうそうそうそう!」
あたふたとした黄金川くんにフォローされ、私は壊れた人形のように首を振る。
当の二口くんはといえば……あわてふためく私達を見てゲラゲラと笑っていた。
HRが終わったのと同時に走った。
仙台市体育館。
入口のトーナメント表を確認する。伊達工……あった!次の相手はシードの青葉城西高校。A会場Bコート。今日は正念場だと聞いている。昨日は試合開始に間に合わなかった。今日こそは……。
会場に駆け込むと丁度コート外で相手チームと二口くんが主将挨拶しているところだった。
険しい表情。
あれ? 相手の主将に……何か言ってる!? 二口くん、たまに狂犬みたいなところあるから……。相手の主将さん、笑ってくれてるから大丈夫だよね?
ん? あちらも何か言ってるな、薄ら笑い浮かべて、え? ……煽ってる? 二口くんの目がどんどんつり上がってく。そして振り払うように相手主将との握手を解いた。
……二口くん、めっちゃ怒ってない? 切り替えの早さは二口くんの長所だから、大丈夫だとは思うんだけど……。
私は急いで座席の横の階段を最前列まで一気に駆け下りる。
「二口くん!」
手すりにしがみついた反動で声を上げる。出来る限り張ったつもりの声でも周りの歓声にかき消されそうになる。
それでも、二口くんは足を止めてくれた。振り返って観客席を見上げて私に気づく、けど。うわ……。眉間にめいっぱいしわが寄ってる。
思わず自分の眉間をさすってしまうと二口くんも思い至ったようだ。気まずそうにシワをほぐすようにしてから、パンっと両頬を叩いて深呼吸する。
そして口を横に大きく広げて……笑った。
うん、大丈夫そう。
「がんばって!」
声が届いたかはわからない。けど、彼は右手を上げて応えてくれた。
青城の主将がこちらを振り返ったのが視界の隅に入ったけど、そちらは見ないようにした。
◆◆◆
第一セットは青城に取られてしまった。昨日までより相手チームが手強い。
「青城の方が一枚上手って感じっすか」
「伊達工の方はまだバタバタするもんなー」
後ろから聞こえてくる遠慮のない感想にカチンとくる。
まあ確かに……相手チームの方が動きに無駄がない。乱された時のフォロー体制がうちより整ってるのかもしれない。向こうは3年生が残っているらしいし……。
以前対面した茂庭さんたちの事を思い出したその時、
「どうだ!?勝ってるか!?」
「押すな」
「おっ」
バタバタと人が入って来た。うちの制服を着た3人組……茂庭さん、笹谷さん、鎌先さんだ。
一番前まで駆け下りると3人は真っ先に得点板を見たようだ。
6-8
「うおお……くぅ……いや、まだたったの2点差だし」
「今2セット目か。1セット目はどっちが獲ったんだ?」
「あの……1セット目は青城でした」
恐る恐る背中に声をかけると、3人が一斉に振り返る。
「あっ、お前、二口のカノジョの……メガネ!」
「鎌ち!失礼!ゴメン、結城さん」
「チーッス」
「お久しぶりです」
慌ててお辞儀すると、隣のブロックのバレー部員も茂庭さんたちに気づき一斉に挨拶する。
「さァ、うちの新チームはどうだ~!?」
茂庭さんに誘われて最前列に場所を移動する。
「コガネは動きがまだ素人くさいな」
「まあ上がりゃあ問題ねぇよ」
あの金髪のセッターくんがコガネくんっていうのか。
「あれがうちの新兵器、大型セッター黄金川だよ」
茂庭さんが誇らしげに教えてくれた。二口くんと青根くんの会話で出てきたコガネくんは手のかかりそうな後輩ってイメージだったけど……。
黄金川くんがトスを打つ、が、ボールは誰にも合わず、追分先生のところへ……。
「!!?」
先輩方が固まる。気まずい沈黙が伊達工陣営に流れる。二口くんがため息をついたのがここからでもわかった。
「ま、まだ発展途上なんだよ! セッターになって間もないからっ!」
「こ、これからですよ! 茂庭さん、落ち着いてください!」
茂庭さんが私に慌てて弁明するので私もあたふたしてしまう。その横で、
「あの二口が後輩に手を焼いてる」
「ぎゃはー、ざまぁ!」
笹谷さんがニヤニヤと、鎌先さんなんてめっちゃいい笑顔だ。茂庭さんはコホンと空咳をした。
「ど、どう? 主将やってる二口はカッコいいだろ」
「カッコいいです。でも……」
「ん?」
「後輩だった時の二口くんも見てみたかったなって思います」
笹谷さんと鎌先さんにあそこまで言わせる二口くん……。一体どんな後輩だったんだろう。ちょっと怖いけど知りたい。
でも茂庭さんは困ったような顔で私を見る。
「そうだな……」
その表情は思いのほか寂しそうだった。今の言葉は言わない方が良かったのかもしれない。
そっか……。青城の3年が出てるってことは、茂庭さんたちも出ようと思えば出られたってことなんだ。後輩のカノジョにまで挨拶してくれる面倒見のいい人たちだ。後ろ髪を引かれる思いで引退を決意したことはわかっていたつもりだったのに『先輩がいるのっていいな』と軽く考えてしまった……。
「いえ、その……違うんです。もっと早く二口くんと……仲良くなっていれば見られたのかもな、って思っただけなんです」
私は慌てて弁解する。茂庭さんを後悔させたいわけでも困らせたいわけでもないのに……。
「余計なこと言ってすみません。試合見ましょう」
茂庭さんは何か言いたげだったけど、すぐに試合へと視線を戻した。
黄金川くんがトスを上げ……ないな。私が読めた時ということは相手チームにも当然……。
「またオメーはよー!!」
二口くんの怒ってる声が聞こえるけど、即座に言い返してる様子の黄金川くんはなかなかの大物だと思う。
二口くんは大げさにため息をつくと……? 今、二口くん、めっちゃ悪い顔した! サムズダウンまでしてたよね?
隣を見るとワイワイ煽る笹谷さんと鎌先さんの横で茂庭さんが蒼ざめる。
「今の……見ました?」
「ああ……。あれは良からぬことを企んでる顔だな」
「そんな……まさか……」
何するつもりだろう? 茂庭さんは嫌な予感を振り払うかのように声を飛ばす。
「追いつけるぞ! ここでブロック一本だ」
と、その直後、あの主将がツーで返してくる。
「クッソが……!!」
二口くんが悪態をつく。自分のやりたいことを相手にやられた黄金川くんも悔しそうな表情だ。
「あと一点!! あと一点!!」
青城の応援団の声が響き渡る。
マッチポイント。
ここを獲られたら、負ける。
茂庭さんたちも険しい顔をして何も言わない。
「落ち着いて まずは一本切ってこー」
「「「ウス!!」」」
二口くんが場を切り替える。
「頼もしくなったな……」
鎌先さんの呟きが聞こえる。
相手のサーブ。
「ナイス! カバーカバー!!」
女川くんがレシーブするけどセッターへは返らず、リベロの子が二段トスで上げる。
「二口さん!」
「二口行け!!」
少し打ちづらそう、けど二口くんなら!
無意識に呼吸が止まる。二口くんがスパイクを打つ。
「二口ナイスキィィイ!!!」
「うらっしゃああ!!!」
茂庭さんが笹谷さんが今日一番の大声で叫ぶ。
「うちの後輩見たかコラァ!! 見とけコラァ!! クラァッ!!」
鎌先さんも叫ぶ。
私は息を吸い込んだまま口を両手で覆う。
「結城、見たか!?」
「見ました……」
鎌先さんの問いかけに震える声でそう返すのがやっとだった。
「息すんの忘れてね?」
笹谷さんに笑われてなんとか深呼吸をする。心臓がドキドキしてるのはおさまらない。
「俺は……俺たちは、後悔なんてしてないよ」
喧騒の中、その声ははっきりと聞こえてきた。茂庭さんはコート上の選手たちを見つめながら続ける。
「この経験が、他のチームよりも一足先に主将として部を率いていく経験が、鉄壁の中枢として皆を鼓舞しないといけない経験が、試合で部員とゲームをコントロールしていく経験が」
コート上では二口くん、青根くん、黄金川くんが前衛に揃う。
「絶対、これからに生きてくるはずだから」
笹谷さん、鎌先さんが力強くうなずく。
「結城はこれからの二口とあいつらを見ててよ」
「はい……」
「二口だけ見るんじゃねーぞ」
からかうようにニヤッと笑いながら笹谷さんが続ける。
「わかってます」
「あ、なんかそれ二口っぽい」
照れ隠しに反射的に返してしまった言葉をさらにからかわれて、そんなつもりもなかったのに、もう恥ずかしい……。
後ろから顔をしかめた鎌先さんが言う。
「悪い影響受けるから二口なんて見ねぇ方がいいぞー」
「鎌ち、それは違う」
鎌先さんが笹谷さんに窘められたところで、黄金川くんがツーを、相手の意表をついた強打で決めた。
伊達工陣営から歓声が上がる。二口くんが黄金川くんとハイタッチした後、すっごくいい顔で彼の頭を叩きまくる。
「そうか……二口が企んでたのはコレかー」
「!! そうですね!」
良い雰囲気だ。このまま、もう一点……。
でも、伊達工の反撃はそこまでだった。
第2セット
22-25
茂庭さんに肩を叩かれた。私はその時まで自分が手を祈る形に握りしめてることに気がついてなかった。
二口くんもバレー部のみんなも精一杯やったと思う。でも、今までの努力に『敗戦』という形で結果がついてしまったのが心苦しい。
いや、私なんかの気持ちはどうでもいい。二口くんは……。
「整列ー」
顔を上げた二口くんと目が合う。すぐにその目線は私の横に走り、
「げッ」
と遠慮なく声を上げた。
「”げッ”って何だ!二口コノヤロウ!」
鎌先さんの大声が響く。二口くんが屈託なく笑う。
……先輩ってすごい。これだけでいつもの余裕のある二口くんに戻るなんて。私だけだったらこんな笑顔引き出せなかったと思う。
私たちは一人一人に届くよう二口くんに、青根くんに、バレー部メンバーに。精一杯の拍手を送る。
「ありがとうございました!」
礼をした二口くんたちは体育館の外へ消えていった。
◆◆◆
帰り支度をしていると茂庭さんに呼び止められる。
「俺たち、あいつらの激励に行くけど、結城はどうする?」
一瞬心が動いたけど……私は首を横に振る。
「いえ、私が行っても邪魔になると思うので、このまま帰ります」
「そっか……。強制じゃないし、時間あったらでいいんだけどさ」
そう前置きして茂庭さんが言う。
「二口が後輩してるところ、見てみない?」
「え……?」
「コート上じゃないけど」
茂庭さんは私のさっきの言葉を気にしてくれたみたいだ。そう言われては断れないけど。
「でも……私みたいな部外者が混ざるのは……」
まだ迷っていると、鎌先さんがブレザーを羽織りながら声をかけてくれた。
「邪魔だと思うなら俺の後ろに隠れてろよ」
「確かに。鎌ちの後ろなら見えねぇな」
視界に入らなければいいんだろうか……と疑問に思わないではなかったけど、これ以上は逆らわなかった。御三方が言ってくれるのなら、お言葉に甘えさせてもらうことにする。
人の流れに逆らうように体育館をぐるっと回る通路を3人は迷いなく進んでいく。知らないとこっちへは行けないなと思いながらついていく。
あ……。前からバレー部メンバーが見えてきた。私は鎌先さんの後ろに隠れる。
「あーあーあー、うるせぇのが3人も来ちゃった」
「なんだと二口、少しは先輩を敬いやがれ」
言葉とは裏腹に二口くんの声はすごく楽しそうだ。出会い頭の応酬に吹き出しそうになる。
なんか……いい関係だな。鎌先さんは怒ってるけど本気ではない。二口くんもそれがわかってるからこれだけのことが言えるんだと思う。
「新キャプテンは全然余裕無えしなあ!? 茂庭の有難みがわかったか!」
「そんなの前からわかってます」
笹谷さんがこちらを見てニヤッと笑う。ホントに私、二口くんの影響受けてるんだ……これは恥ずかしい。
「……じゃあ、行きましょうか」
「? うん??」
「茂庭さんたちこんな所に来てるってことは時間あるんですよね戻って練習相手してください」
「しょぉおがねえなああ!」
全然しょうがなくなさそうな口調でばっとネクタイを外す鎌先さんの動きに必死で合わせる。
「鎌先さん筋肉盛りすぎてジャンプできなくなってないすか、大丈夫ですか」
「は? なんで?」
「筋肉って、重いんすよ?」
「えっ、マジすか」
二口くんの軽口に鎌先さんがマジトーンでつぶやいたのに、こらえきれず吹き出してしまった。
「……鎌先さん、何か後ろにいます?」
「は? い、いや、後ろにお前の彼女なんて……あっ!」
鎌先さんは後ろに二口くんを回らせないように両腕でガードしてくれたけど、スキを見てひょいと覗き込んだ二口くんに見つかった。
「結城?」
「……お疲れ様……です」
私はひきつった笑いを返す。
結局邪魔してしまった……。
二口くんは鎌先さんを横にどけると(ヒドイ)あきれたような顔で私を見る。
「よりによってそんなとこに隠れてんなよ……」
「『よりによって』ってなんだ二口てめぇ!」
「ほら、鎌ち、行くよ」
怒る鎌先さんは茂庭さんと笹谷さんが引っ張って行ってくれた。鎌先さんすみません、茂庭さん笹谷さんありがとうございます、と私は頭を下げる。
「ゴメン……。茂庭さん達が連れて来てくれたんだけど、邪魔しちゃ悪いと思って」
「邪魔なんて思わねぇけど……何で鎌先さんの後ろに隠れるんだよ」
「二口くんが後輩しているところ、どうしても見てみたくって……」
そう言うと、二口くんは照れ臭そうにそっぽを向いた。そして、
「ごめん、負けた」
「そんな……謝らなくていいよ」
「もう応援来ないとか、言うんじゃねぇぞ」
「言わないよ……」
私がそう言うと彼は包み込むように私の右手を握りゆっくりと目の前まで持ち上げる。
握られた手の向こうに口を真一文字にした彼の顔が見える。
「全国制覇なんておこがましいこと言えねーけど」
「うん……」
「もう宮城じゃ……友紀の見てる前じゃ負けねぇ」
きっぱりと言い切って不敵に笑った彼の目の光が私を射抜く。
心臓の奥が痛い。私は精一杯微笑んで彼の手を包むように左手を添える。
彼の宣言を受け止められるように。
「そっか……。なら、ちゃんと見に来ないとだね」
二口くんは目を閉じて口を横に引き綺麗に微笑んだ後、急に天を仰いだ。
「あーーーもう! 今日の朝も抱いとけばよかった!」
そういえば、今日はアレをやっていない。昨日は家まで来てくれたけど、今日はそんな時間もなかったし……と思い返していると、あたりが静まり返っていることに気づいた。
「ふ、ふたふたくち……」
鎌先さんがこちらを指差して口をパクパクしている。
「え?」
その隣で笹谷さんは意味深に微笑み、青根くんと黄金川くんは顔が真っ赤だ。
……これはもしかして、とんでもない勘違いをされてる!?
私は二口くんの手を放し必死で横に振る。
「違います! 違います! あの、た、ただのルーティンなんです」
「ルーティンで抱いてる!?」
ドン引き顔の鎌先さんに言い返される。そうだ、ルーティンはただの「日課」って意味だ。内容は人によって違う!
でも、違うんです! そっちの抱くじゃなくて!
「結城先輩、落ち着いてください! ぎゅっとハグのことっすよね」
「そ、そうそうそうそうそう!」
あたふたとした黄金川くんにフォローされ、私は壊れた人形のように首を振る。
当の二口くんはといえば……あわてふためく私達を見てゲラゲラと笑っていた。