9 コイハモウモク
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幸か不幸か、月曜の一限に体育館を使うクラスはないようだ。
しんとした体育館。開け放たれた横扉から通る風が空気を入れ替えてゆく。
歩き続けて、入口から一番離れた舞台の前まで来てしまった。その直前で、二口くんは私の前に先回りする。
彼の視線は私を捉えたまま離れない。多分、きちんと話すまで解放してくれないだろうし、嘘をついてもきっと見抜かれてしまう。
私は観念して、正直に話すことにした。
二口くんの方を向き彼を見上げる。久しぶりに見た気がする彼の顔は今までに見たことがないほど不安そうで、胸が苦しくなった。
「朝から目も合わねーし、避けてるだろ、俺のこと」
「うん……。ごめんね」
「何でだよ。俺、避けられるようなことした?」
私は即座に首を横に振る。これは二口くんのせいじゃなくて、私の問題だ。
できるだけ嘘にならないよう言葉を選ぶ。
「……二口くんのこと……好きになって、期待して、傷つくのが怖くて――距離置こうと思った」
「何だよ……それ」
二口くんは呆れを隠さない顔で私を見る。いたたまれなくなって、私は早口で続けた。
「だって、二口くんにとって私は友達なのに……。優しくしてくれるたびに、もしかしたらって思っちゃうから」
「期待しろよ!」
声を荒げた二口くんに両肩をがしっと掴まれた。
真正面から睨むように見つめられる。
逸らせなくて、思わず見つめ返してしまうと、二口くんは苦しそうに眉をひそめた。
「結城だけは、俺に期待していいんだよ!」
絞り出すような声で言われた言葉に、理解が追いつかない。
期待していいって、何を? 二口くんの何に期待していいの?
――恋愛の、ってこと?
『何とも思ってないヤツに優しくして、気を持たせるのも嫌だしな』
私は、その言葉をずっとそういう意味だと思っていた。
だから、好きになってしまうのは、二口くんへの裏切りだと思っていた。
「好きになっても……いいの?」
思いついたまま恐る恐るそう口に出すと、二口くんが「バーカ」と小さく返す。
「そうじゃないと俺がかわいそうだろ」
彼の言葉が重なるにつれて、私の中に一本の線が引かれていく。……どうしよう。信じられないくらい……嬉しい。
だとしたら、私は勝手に誤解していた……。
二口くんは、私が思っていたよりずっと――。
「なんか……ごめんね」
「そうじゃねーよ」
二口くんはイラついたように自分の髪をかきむしる。ぐしゃぐしゃにしても彼の髪はすぐ元通りになる。サラサラとした髪に目を奪われていると、私の顔を覗き込むようにした彼に強引に目を合わせられる。
「ここは笑ってもらえないと、俺、恥ずかしい感じじゃねーか」
顔を赤くして私を睨みつける二口くんに、胸の奥から何ともいえない感情が込み上げてきた。
こういうの笑わないのが、私の好きなところだったのかもしれないけど。
「ふふっ、」
「……笑ってんじゃねーよ」
「……ヒドイ、二口くん」
「…………」
見つめ合ったまま、先に吹き出したのは二口くんだった。
それにつられて、私も笑ってしまう。
それから、私たちは二人して誰もいない体育館でゲラゲラと笑った。
ひとしきり笑ったあと、二口くんが言った。
「もしかして、結城、まだ誤解してる?」
「何を?」
「さっきの。『キレイなお姉さん』。結城のことなんだけど」
「私のこと……なの?」
「えー? 違う奴のことかと思ったのかよ」
「だって……。あの二人だって私だったらわかるはずでしょ?」
いくらメガネを外してたからって、クラスメイトに私だと認識されなかったのはある意味ショックだ。
「男はそういうの鈍いからなー。髪型違ってメガネもなかったら気づかないもんだって」
「そ、そうなの?」
「うん。俺でさえ、一瞬戸惑ったわ。まあ、よく見ると、そんなに違うとか思わないんだけど」
そう言うと、まっすぐ私を見てから不機嫌そうに頬をふくらませる。
「つーか、結城、俺が他の女と会ったと思ってたのかよ。会ってたのは部活の先輩! 男!」
「そっか、そうだったんだね……。あの、聞いてもいい?」
「何?」
「私のどこが好きなの?」
こんな質問、面倒くさいかな、と思ったけれど、二口くんは間髪入れず答える。
「目が好き」
「め?」
「うん」
そう言うと、いつかのように私のメガネに手をかけ、そっと外す。
「裸眼っていい言葉だよな」
「裸の……目?」
「うん、ありのままの目。……でも、それだけじゃねーよ。まあ、ほとんど土曜の……デートの時に言ったけどな」
「……」
そう言って、彼は私の目を見つめながらメガネを返してくれた。
あれ、デートだと二口くんも思っててくれたんだ。認識が一緒だったことをくすぐったく思いながらメガネをかけ直す。
「俺のことを、正面から受け止めてくれるところが好き」
「……私、二口くんのこと受け止められてる?」
「うん。それはもう、包み込むように」
一気に顔が赤くなるのを感じる。二口くんはそんな私を見て満足そうに笑う。
そんなこと……。そんな風に思っててくれてたんだ……。
「じゃあ、逆に聞くけど、結城は俺のどこを好きになりそうなんだよ?」
『好きになりそう』
そう言うけど、私はもう。もう、とっくに、二口くんのこと好きなんだけどな。でも、あえてそう聞いてくれる二口くんは、本当に……
「……優しいところ」
正直に思ったことを伝えると、二口くんが大げさにため息をついた。
「そっか……。結城は俺が好きになんなくちゃ、好きになってくれないのか……」
「な、何で? そんなことないよ」
「俺は好きな子にしか優しくしませんー」
「え……、で、でも、メガネ拾ってくれたときから優しかったから……」
「もう、あの時、俺、結城の事好きだったもん」
「えー……」
そんな……そうだったの?
じゃあ、何事に対しても、
部活にも、課題にも、私に対しても……
「真っ直ぐなところ」
「嘘だろ、俺、そんなこと、言われたことねぇ」
「!?」
私はそう思ってるのに、どうして、その本人が否定してくるの?
……二口くん、全然優しくない!
「じゃあ……、意地悪なところ」
皮肉のつもりで言ったのに、二口くんは目を輝かせて迫ってきた。
「……え、結城、そうなの?!」
「え……そこ、そんなに食いつくところ?」
「食いつくに決まってんだろ! そっかー。俺に意地悪してほしいのかー」
うんうんとうなずいて笑う二口くんについ、吹き出してしまう。
「何笑ってんだよ」
「だって……。カワイイなって思って……」
そう言うと、二口くんのテンションは目に見えて下がる。でも、私の一言一言にこんなに一喜一憂してくれるなんて、カワイイ以外の何物でもない。
「はー。カワイイとか、……男にカワイイとか褒め言葉じゃねーよ……」
と、ブツブツ言い出した二口くんは、ふいに天を仰いでにやっと笑った。
彼は目を閉じたまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
思わず後ずさってしまうと、背中に壁が触れた。その瞬間、彼が私の顔の横の壁に手をつき目を開く。
「じゃ、こういう意地悪は」
そう言うと二口くんは身をかがめるように顔を近づけ、俯いた私の耳元に囁く。
「好き?」
ぎゅっと、心臓を掴まれたような痛みが走る。
こ、こんなの……
二口くん、ホント、いじわるだ……。
「カワイイのは結城の方だろ?」
「っ!?」
追い打ちみたいな一言に、心臓が信じられないほどの早鐘を打つ。
壁に背中がぴったりつくほど追い詰められている。恐る恐る視線だけを上げる。
二口くんの顔が、近い。
『好き』って返したら……どうなるんだろう。
「こらー!!! お前ら、何、サボってんだ!」
はっとそちらを見ると、体育館前の渡り廊下に生活指導の先生が立っていた。
ちっ、と二口くんは舌打ちをすると、私に迫っていた上半身を起こして私の手をぎゅっと握る。
「逃げるぞ、友紀」
「う、うん……!」
彼の手を握り返す。
ドキドキしっぱなしの心臓を抱えたまま、二口くんに手を引かれ、開け放たれた横扉から私たちは駆けだした。
しんとした体育館。開け放たれた横扉から通る風が空気を入れ替えてゆく。
歩き続けて、入口から一番離れた舞台の前まで来てしまった。その直前で、二口くんは私の前に先回りする。
彼の視線は私を捉えたまま離れない。多分、きちんと話すまで解放してくれないだろうし、嘘をついてもきっと見抜かれてしまう。
私は観念して、正直に話すことにした。
二口くんの方を向き彼を見上げる。久しぶりに見た気がする彼の顔は今までに見たことがないほど不安そうで、胸が苦しくなった。
「朝から目も合わねーし、避けてるだろ、俺のこと」
「うん……。ごめんね」
「何でだよ。俺、避けられるようなことした?」
私は即座に首を横に振る。これは二口くんのせいじゃなくて、私の問題だ。
できるだけ嘘にならないよう言葉を選ぶ。
「……二口くんのこと……好きになって、期待して、傷つくのが怖くて――距離置こうと思った」
「何だよ……それ」
二口くんは呆れを隠さない顔で私を見る。いたたまれなくなって、私は早口で続けた。
「だって、二口くんにとって私は友達なのに……。優しくしてくれるたびに、もしかしたらって思っちゃうから」
「期待しろよ!」
声を荒げた二口くんに両肩をがしっと掴まれた。
真正面から睨むように見つめられる。
逸らせなくて、思わず見つめ返してしまうと、二口くんは苦しそうに眉をひそめた。
「結城だけは、俺に期待していいんだよ!」
絞り出すような声で言われた言葉に、理解が追いつかない。
期待していいって、何を? 二口くんの何に期待していいの?
――恋愛の、ってこと?
『何とも思ってないヤツに優しくして、気を持たせるのも嫌だしな』
私は、その言葉をずっとそういう意味だと思っていた。
だから、好きになってしまうのは、二口くんへの裏切りだと思っていた。
「好きになっても……いいの?」
思いついたまま恐る恐るそう口に出すと、二口くんが「バーカ」と小さく返す。
「そうじゃないと俺がかわいそうだろ」
彼の言葉が重なるにつれて、私の中に一本の線が引かれていく。……どうしよう。信じられないくらい……嬉しい。
だとしたら、私は勝手に誤解していた……。
二口くんは、私が思っていたよりずっと――。
「なんか……ごめんね」
「そうじゃねーよ」
二口くんはイラついたように自分の髪をかきむしる。ぐしゃぐしゃにしても彼の髪はすぐ元通りになる。サラサラとした髪に目を奪われていると、私の顔を覗き込むようにした彼に強引に目を合わせられる。
「ここは笑ってもらえないと、俺、恥ずかしい感じじゃねーか」
顔を赤くして私を睨みつける二口くんに、胸の奥から何ともいえない感情が込み上げてきた。
こういうの笑わないのが、私の好きなところだったのかもしれないけど。
「ふふっ、」
「……笑ってんじゃねーよ」
「……ヒドイ、二口くん」
「…………」
見つめ合ったまま、先に吹き出したのは二口くんだった。
それにつられて、私も笑ってしまう。
それから、私たちは二人して誰もいない体育館でゲラゲラと笑った。
ひとしきり笑ったあと、二口くんが言った。
「もしかして、結城、まだ誤解してる?」
「何を?」
「さっきの。『キレイなお姉さん』。結城のことなんだけど」
「私のこと……なの?」
「えー? 違う奴のことかと思ったのかよ」
「だって……。あの二人だって私だったらわかるはずでしょ?」
いくらメガネを外してたからって、クラスメイトに私だと認識されなかったのはある意味ショックだ。
「男はそういうの鈍いからなー。髪型違ってメガネもなかったら気づかないもんだって」
「そ、そうなの?」
「うん。俺でさえ、一瞬戸惑ったわ。まあ、よく見ると、そんなに違うとか思わないんだけど」
そう言うと、まっすぐ私を見てから不機嫌そうに頬をふくらませる。
「つーか、結城、俺が他の女と会ったと思ってたのかよ。会ってたのは部活の先輩! 男!」
「そっか、そうだったんだね……。あの、聞いてもいい?」
「何?」
「私のどこが好きなの?」
こんな質問、面倒くさいかな、と思ったけれど、二口くんは間髪入れず答える。
「目が好き」
「め?」
「うん」
そう言うと、いつかのように私のメガネに手をかけ、そっと外す。
「裸眼っていい言葉だよな」
「裸の……目?」
「うん、ありのままの目。……でも、それだけじゃねーよ。まあ、ほとんど土曜の……デートの時に言ったけどな」
「……」
そう言って、彼は私の目を見つめながらメガネを返してくれた。
あれ、デートだと二口くんも思っててくれたんだ。認識が一緒だったことをくすぐったく思いながらメガネをかけ直す。
「俺のことを、正面から受け止めてくれるところが好き」
「……私、二口くんのこと受け止められてる?」
「うん。それはもう、包み込むように」
一気に顔が赤くなるのを感じる。二口くんはそんな私を見て満足そうに笑う。
そんなこと……。そんな風に思っててくれてたんだ……。
「じゃあ、逆に聞くけど、結城は俺のどこを好きになりそうなんだよ?」
『好きになりそう』
そう言うけど、私はもう。もう、とっくに、二口くんのこと好きなんだけどな。でも、あえてそう聞いてくれる二口くんは、本当に……
「……優しいところ」
正直に思ったことを伝えると、二口くんが大げさにため息をついた。
「そっか……。結城は俺が好きになんなくちゃ、好きになってくれないのか……」
「な、何で? そんなことないよ」
「俺は好きな子にしか優しくしませんー」
「え……、で、でも、メガネ拾ってくれたときから優しかったから……」
「もう、あの時、俺、結城の事好きだったもん」
「えー……」
そんな……そうだったの?
じゃあ、何事に対しても、
部活にも、課題にも、私に対しても……
「真っ直ぐなところ」
「嘘だろ、俺、そんなこと、言われたことねぇ」
「!?」
私はそう思ってるのに、どうして、その本人が否定してくるの?
……二口くん、全然優しくない!
「じゃあ……、意地悪なところ」
皮肉のつもりで言ったのに、二口くんは目を輝かせて迫ってきた。
「……え、結城、そうなの?!」
「え……そこ、そんなに食いつくところ?」
「食いつくに決まってんだろ! そっかー。俺に意地悪してほしいのかー」
うんうんとうなずいて笑う二口くんについ、吹き出してしまう。
「何笑ってんだよ」
「だって……。カワイイなって思って……」
そう言うと、二口くんのテンションは目に見えて下がる。でも、私の一言一言にこんなに一喜一憂してくれるなんて、カワイイ以外の何物でもない。
「はー。カワイイとか、……男にカワイイとか褒め言葉じゃねーよ……」
と、ブツブツ言い出した二口くんは、ふいに天を仰いでにやっと笑った。
彼は目を閉じたまま、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
思わず後ずさってしまうと、背中に壁が触れた。その瞬間、彼が私の顔の横の壁に手をつき目を開く。
「じゃ、こういう意地悪は」
そう言うと二口くんは身をかがめるように顔を近づけ、俯いた私の耳元に囁く。
「好き?」
ぎゅっと、心臓を掴まれたような痛みが走る。
こ、こんなの……
二口くん、ホント、いじわるだ……。
「カワイイのは結城の方だろ?」
「っ!?」
追い打ちみたいな一言に、心臓が信じられないほどの早鐘を打つ。
壁に背中がぴったりつくほど追い詰められている。恐る恐る視線だけを上げる。
二口くんの顔が、近い。
『好き』って返したら……どうなるんだろう。
「こらー!!! お前ら、何、サボってんだ!」
はっとそちらを見ると、体育館前の渡り廊下に生活指導の先生が立っていた。
ちっ、と二口くんは舌打ちをすると、私に迫っていた上半身を起こして私の手をぎゅっと握る。
「逃げるぞ、友紀」
「う、うん……!」
彼の手を握り返す。
ドキドキしっぱなしの心臓を抱えたまま、二口くんに手を引かれ、開け放たれた横扉から私たちは駆けだした。
