7 オンナノメニハスズヲハレ
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5つ上のお兄ちゃんは、商業高校から美容の専門へ行って、今は仙台で美容師をやっている。たまたま昨日からうちに帰ってきていて、朝から鏡の前で二口くんの「かわいくしてきて」の指令に唸っている私の髪をいじってくれた。
伸びた髪を緩く巻いてから編み込みにし、1つにまとめて片側におろす。前髪はそれに合わせてカット。仕上げにメガネをかけようとしたら全力で止められたので、従姉の結婚式の時に作っていたワンデイのコンタクトを入れる。
自分の身支度は何もしてないお兄ちゃんはスウェットのまま私を玄関まで見送りに来た。
「誰と出かけんの?」
「学校の友達だよ」
「へー。って、お前、工業じゃん! 男か!?」
「ありがとう、お兄ちゃん。行ってきまーす」
「ちょ、待て、友紀!」
説明するとうるさそうなので、おざなりにお礼を言い家を出た。
◇◇◇
「へー、お兄さんは美容師で、妹は工業か。普通逆じゃね」
「うん、よく言われる」
二口くんと待ち合わせた場所からすぐ近くのカフェに入る。磨りガラスの窓際に面したカウンター席で、隣に座った二口くんは私のカールした毛先を物珍しそうにつまむと、くるくると指に絡ませた。
待ち合わせ場に現れた二口くんは、私を見つけられなかったらしくきょろきょろしていた。
声をかけると「メガネ外してくるだけだと思ったのに……」とぽかんとした顔で言うので、やりすぎちゃったかなと急に恥ずかしくなる。どうやっていつもの状態に戻そうかと考えていたら、二口くんはぽんぽんと私の頭に優しく触れ「まあまあかな」と言ってくれたのでほっとした。
「昔からお兄ちゃんが私の髪をいじってる横で、私はリモコン分解してたんだよね」
「へー、ホント、逆じゃん。兄キ、美人?」
そう言って、いたずらっ子のように笑う。
「うーーん。まぁ、小ギレイだとは思うよ。女装したら……キレイか、な?」
そこまで言って、お兄ちゃんの女装を想像し、それはないな……と思う。
「いや、そんなに真剣に考えなくていいって。顔ひきつってんぞ」
「想像を絶したよ……」
ぶるぶると身を震わせると、二口くんは「会ってみてー」とおかしそうに笑う。
その笑い顏を見て、二口くんは女装してもきっと美人なんだろうな、と思っていると、彼は髪から手を離し私の顔を両手で挟むと自分の方へ向ける。
「顔は、何かした?」
「……グロス塗っただけだけど、もう落ちちゃってるかも」
飲み物を口にしたし、後で鏡で確認しないと。一応使ったグロスは持ってきている。
「目は?」
「コンタクトで精一杯だから、何もしてない」
「へー、まつ毛なげーんだな」
わざわざ私の前髪を上げ、しげしげと近い距離で観察してくるから恥ずかしくなってくる。顔が熱くなってきたのを自覚し、思わず目を逸らす。
「あれ? いつも俺の顔ガン見してくんじゃん」
「だって、今日コンタクトだから……くっきり見えるから恥ずかしくて」
私、いつもガン見してると思われてたんだ……。気をつけよう。
二口くんは私の顔から手を離すと、テーブルに頬杖をつく。
「俺の顔見えると何で恥ずかしいんだよ」
「私がはっきり見えるってことは、二口くんも私の顔見えるってことでしょ?」
「そりゃ、そうだろ……。別に見られたら困るってツラでもねーだろ?」
呆れたように笑う彼の顔は本当に端正で非の打ちどころがないと思う。
「メガネがないと、顔のパーツ何か足りないって感じするんだよね、ちょっと不安」
そう言う私に二口くんは不思議そうに首をかしげる。
「わからねぇもんだな」
ふっと笑って、二口くんはレモネードのストローをくわえる。高い椅子に座っても床に脚が届くスタイルと相まってその姿はすごく絵になるな、と思った。
そのまま会話が途切れる。
電話の時もそうだったけど、私はまだ二口くんとの沈黙を楽しめない。
彼が退屈してるんじゃないか、と思って不安になってしまう。
だから、頭に思いついたことをそのまま口走ってしまった。
「二口くん、私と話してて楽しい?」
「ん? 突然どーした?」
二口くんはあまりそういうのは気にしないタイプなのかも、と言ってから今の言葉を後悔した。
でも心配そうにこちらを見てくれるので、続きを話さないといけない気がして正直に言う。
「私、クラスで浮いてるって言われて、それが結構ショックだったんだよね」
「まあ、あれだけ女子が少なかったらしょうがねーんじゃね?」
何でもないことのように二口くんは言って、ストローで氷をかき混ぜる。
「うん……」
その女子に言われたんだよな、と思いながら私は話を続ける。
「……自分では頑張ってるつもりだったんだけど、足りないのかなーと思って。私も、女子少ないから、ある程度は仕方ないって開き直ってるのがいけないのかもしれないけれど」
そこで息をつくと二口くんは眉根を寄せ、頭の後ろで手を組んだ。
「どうだろうなー。まあ、人によるっちゃよるよな。立花みたいに男子に溶け込める奴もいるけど、結城はそういう性格じゃねぇだろ?それぐらいは個性の範囲だと思うし、しょうがなくね?」
立花さんの名前が出て来て胸がちくっと痛む。
そんな事に気づかない二口くんは、そのまま上体を反らして視線だけこちらに向ける。
「そっか……。そうかな」
煮え切らない私の態度に、二口くんは腕を伸ばして言葉を探しているようだった。
「……例えば青根とかさ」
反らした体を戻して机の上で手を組むと私と視線を合わせる。
「青根くん?」
「うん。あいつ、無口なように見えるけど、ああ見えて超自分の意見通すんだぜ。もう、すっげぇ頑固」
「ああ……わかる気がする」
青根くんは二口くんと部活が一緒なのもあってクラスではよく一緒にいる。
はじめは二口くんが一方的に話しかけているように見えたけれど、ちゃんと頷いていたり一言返しているのに気づくようになってきた。
青根くんの一言がツボに入った二口くんが笑い転げていることもよくある。
「首を振るのが基本姿勢なんだけど、その圧がすごくて。ブンって」
青根くんのマネなのか、目力を入れて眉間にシワを刻み勢いよく首を振る二口くんについ笑ってしまう。
「ダメな時は超眼力で訴えてくるし、目は口程に物を言うってのがあんだけわかりやすいヤツいねーよ」
こえーこえーと眉間に指をあててシワを伸ばすようにすると、いつもの顏で私を見る。
「まるっきりの無反応は困るけど、意思疎通ができればそれでいいけどな」
「……私、これで大丈夫?」
「意思疎通できてるだろ? つーか、うるさいよりか全然いーよ」
「それだけで、いいの?」
「まあ、俺はおしゃべりだしー、やめろって言われてもやめるつもりもないし。それと同じで無理にしゃべれって言われても困るだろ?」
おどける二口くんにクスリと笑う。
「そうだよね、二口くん結構おしゃべりだよね」
「お前、言うようになったよな……それでいいんだよ」
そう言って笑う二口くんに、心がすっと軽くなった。
「二口くんにいいって言われるんなら……いいや」
「何だよそりゃ」
「もう、気にしないことにする」
「……。それでいんじゃね」
彼は穏やかに笑う。
私の面白みのなさは私の個性としてそのままでいい、と言われた気がした。
彼のように自然体になれるだろうか。それはこれからの課題なんだと思う。
「……二口くんみたいになりたいな」
その私の呟きが聞こえたのか、彼は面食らったように目を丸くした。
「……なんで?」
「二口くんみたいに、周りに何言われても自分を貫けるようになりたい」
「……」
私は人に言われた些細なことで揺れてしまう。でも、二口くんは誰に対しても同じ姿勢を貫いてるように見える。
二口くんは口をつぐんで眉をひそめた。
その沈黙に、言われたくないことを言ってしまったんじゃないかと私は慌てた。
「ごめん、軽はずみに……」
「いや、そーいうんじゃねぇよ。結城は俺を誤解してる」
「誤解?」
「うん」
二口くんは宙を睨んで言葉を探すようにしてから、話し始めた。
「俺のこの性格は武装みたいなもんなんだよなー」
「武装?」
「うん。ヨロイっつーかカベ? 何だかわかんないけど、俺、勝手に期待されて勝手に幻滅されること多くて」
二口くんの言ってることがどういうことかわからなくて首をかしげると「例えばなんだけど」と続けてくれる。
「俺、顔、いーじゃん?」
「うん、きれい」
「そこは『自分で言うな』とかつっこんどけよ!」
ボケを流すな! と二口くんは顔を赤くする。
事実そうなんだからしょうがないと思うんだけど……。「まあまあ」と取りなして先を促すと、一つ息を吐いて二口くんは続けた。
「だからよく、顔と性格が合ってない、って言われるんだよ」
「……?」
「コンナセイカクダトオモワナカッタってやつ?」
「ああ……」
ここで肯定してしまったら気を悪くしてしまうんじゃないかと思ったけど、正直すごくわかる気がする。
多分、二口くんは王子様的な役割を期待されてしまうんだと思う。実際はこの通り、かなりヤンチャな男の子だ。
二口くんは別に気を悪くした素振りもせず、その後をつづける。
「だったら最初から素を見せていこうと思って、好き勝手してるけど」
「素?」
「うん、いい子ぶるより、初めから悪めに振舞った方が後々ラクだなって? 弱冠16にしてケンジくんは悟っちゃったわけですよ」
「……」
茶化した風に言うけれど、その言葉に二口くんの言いようのない寂しさがにじみ出ているように感じる。
「何とも思ってない奴に優しくして気をもたせるのもいやだしな」
「……」
ああ、それが立花さんの言っていた『仲良くなった子皆二口を好きになる』ってやつか。
立花さんは二口くんと伊達工以前も同じ学校だったっていうから、それを踏まえて私に言ってきたのかもしれない。私にはわからないけれど、今まで色々あったんだろうな、と思う。
私に優しくしてくれるのは、友達として彼に向き合うと信頼してくれているからなのだろう。その信頼を裏切らないようにしたい。
でも、それならさっきの言葉はなおさら軽はずみだった。二口くんは自分を貫いたんじゃなくて、そうするしかなかったのかもしれない。
やはり何も言えなくなってしまった私に二口くんは水を向ける。
「結城はさ、俺の顔と性格合っていないと思う?」
「え? そんなこと思ったことないよ」
反射的に無難な回答が口をついて出た。それは本音だけど、自分の言葉で言い替えるべきだと思い言葉を探す。
「……分けて考えたことがない。二口くんはこれで二口くんなんだし……」
「そう言うと思った」
向けられる屈託ない笑顔。
考えていることが筒抜けな感じがちょっと恥ずかしい。
「結城は、真っ直ぐに見ようとしてくれるから、気がラク」
「ラク?」
「うん。素直になれる」
頬杖をついてこちらを見つめる二口くん。ごく近い距離からの視線がくすぐったい。
「ま、こう言うとすぐキモイとか言われるけど」
「そんなこと、言わないよ」
「うん。結城なら言わないって、信じてる」
してやったりな顔の二口くんに見透かされてる感がさらに恥ずかしくて下を向く。
困る。すごく褒められているけれど、私にそんな価値あるだろうか。
恐る恐る彼の方へ向き直ると、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳と視線がばっちり合う。その視線がほんのり甘くて直視できない。
「……あのね」
「何だよ」
「……変なこと言ってたらごめんね」
「そーいうのいらねーよ」
「うん。正直、二口くんが私の何をいいって言ってくれてるのかわかんないんだけどね」
「マジか、自信持てよ」
「……ありがとう。でも、そのままでいいって言ってくれてる気がして、気がラクになった」
「そーいうことだよ。結城はそれでいいんだよ」
そう言うと、前のめりな姿勢から身を起こして、ふーっと一息つく。
「俺みたいになんて、絶対なるなよ」
「何で?」
「こんなひねくれてるヤツ、俺じゃなかったらムカついてるわ」
何かをあきらめたように、静かに笑う。
そりゃ、話したこともなかった時遠目に見ていたら、ひねくれてるな、なんて思ったことがないわけじゃない。
けど、今はそんな事思わない。
それに、私は二口くんをムカつくなんて思ったことはない。
メガネを拾ってくれた時も、答え合わせをした時も、雷からかばってくれた時も。
そして今も。
いつだって二口くんは……
「二口くんは優しいよ」
二口くんは、目を丸くした。
「俺、何もしてねぇよ」
「うん。だから、そのままでいいよ」
「……」
「いつもありがとう」
「……どーいたしまして」
心を込めてそう伝えると、ちょっと赤くなった二口くんが気まずそうに眼を逸らしてドリンクをすする。
それからしばらく私たちの間に会話はなかった。
だけど、もう、全然不安にはならなかった。
◇◇◇
「俺から誘っといて悪い、この後ちょっと予定があって」
「ううん、ありがとう。楽しかったよ」
「……。駅まで、送ってく」
二口くんと並んで、駅まで歩く。
前を歩く部活帰りと思しき高校生がこちらをちらりと振り返る。
気恥ずかしくて反射的に俯く。
今、男の子と歩いている。
私たちは二人とも私服だから、何だと思われるんだろう。
デート……?
そんな事を考えたら、急に彼の事を意識してしまって、駅でお別れを言うまで何も言えなくなってしまった。
伸びた髪を緩く巻いてから編み込みにし、1つにまとめて片側におろす。前髪はそれに合わせてカット。仕上げにメガネをかけようとしたら全力で止められたので、従姉の結婚式の時に作っていたワンデイのコンタクトを入れる。
自分の身支度は何もしてないお兄ちゃんはスウェットのまま私を玄関まで見送りに来た。
「誰と出かけんの?」
「学校の友達だよ」
「へー。って、お前、工業じゃん! 男か!?」
「ありがとう、お兄ちゃん。行ってきまーす」
「ちょ、待て、友紀!」
説明するとうるさそうなので、おざなりにお礼を言い家を出た。
◇◇◇
「へー、お兄さんは美容師で、妹は工業か。普通逆じゃね」
「うん、よく言われる」
二口くんと待ち合わせた場所からすぐ近くのカフェに入る。磨りガラスの窓際に面したカウンター席で、隣に座った二口くんは私のカールした毛先を物珍しそうにつまむと、くるくると指に絡ませた。
待ち合わせ場に現れた二口くんは、私を見つけられなかったらしくきょろきょろしていた。
声をかけると「メガネ外してくるだけだと思ったのに……」とぽかんとした顔で言うので、やりすぎちゃったかなと急に恥ずかしくなる。どうやっていつもの状態に戻そうかと考えていたら、二口くんはぽんぽんと私の頭に優しく触れ「まあまあかな」と言ってくれたのでほっとした。
「昔からお兄ちゃんが私の髪をいじってる横で、私はリモコン分解してたんだよね」
「へー、ホント、逆じゃん。兄キ、美人?」
そう言って、いたずらっ子のように笑う。
「うーーん。まぁ、小ギレイだとは思うよ。女装したら……キレイか、な?」
そこまで言って、お兄ちゃんの女装を想像し、それはないな……と思う。
「いや、そんなに真剣に考えなくていいって。顔ひきつってんぞ」
「想像を絶したよ……」
ぶるぶると身を震わせると、二口くんは「会ってみてー」とおかしそうに笑う。
その笑い顏を見て、二口くんは女装してもきっと美人なんだろうな、と思っていると、彼は髪から手を離し私の顔を両手で挟むと自分の方へ向ける。
「顔は、何かした?」
「……グロス塗っただけだけど、もう落ちちゃってるかも」
飲み物を口にしたし、後で鏡で確認しないと。一応使ったグロスは持ってきている。
「目は?」
「コンタクトで精一杯だから、何もしてない」
「へー、まつ毛なげーんだな」
わざわざ私の前髪を上げ、しげしげと近い距離で観察してくるから恥ずかしくなってくる。顔が熱くなってきたのを自覚し、思わず目を逸らす。
「あれ? いつも俺の顔ガン見してくんじゃん」
「だって、今日コンタクトだから……くっきり見えるから恥ずかしくて」
私、いつもガン見してると思われてたんだ……。気をつけよう。
二口くんは私の顔から手を離すと、テーブルに頬杖をつく。
「俺の顔見えると何で恥ずかしいんだよ」
「私がはっきり見えるってことは、二口くんも私の顔見えるってことでしょ?」
「そりゃ、そうだろ……。別に見られたら困るってツラでもねーだろ?」
呆れたように笑う彼の顔は本当に端正で非の打ちどころがないと思う。
「メガネがないと、顔のパーツ何か足りないって感じするんだよね、ちょっと不安」
そう言う私に二口くんは不思議そうに首をかしげる。
「わからねぇもんだな」
ふっと笑って、二口くんはレモネードのストローをくわえる。高い椅子に座っても床に脚が届くスタイルと相まってその姿はすごく絵になるな、と思った。
そのまま会話が途切れる。
電話の時もそうだったけど、私はまだ二口くんとの沈黙を楽しめない。
彼が退屈してるんじゃないか、と思って不安になってしまう。
だから、頭に思いついたことをそのまま口走ってしまった。
「二口くん、私と話してて楽しい?」
「ん? 突然どーした?」
二口くんはあまりそういうのは気にしないタイプなのかも、と言ってから今の言葉を後悔した。
でも心配そうにこちらを見てくれるので、続きを話さないといけない気がして正直に言う。
「私、クラスで浮いてるって言われて、それが結構ショックだったんだよね」
「まあ、あれだけ女子が少なかったらしょうがねーんじゃね?」
何でもないことのように二口くんは言って、ストローで氷をかき混ぜる。
「うん……」
その女子に言われたんだよな、と思いながら私は話を続ける。
「……自分では頑張ってるつもりだったんだけど、足りないのかなーと思って。私も、女子少ないから、ある程度は仕方ないって開き直ってるのがいけないのかもしれないけれど」
そこで息をつくと二口くんは眉根を寄せ、頭の後ろで手を組んだ。
「どうだろうなー。まあ、人によるっちゃよるよな。立花みたいに男子に溶け込める奴もいるけど、結城はそういう性格じゃねぇだろ?それぐらいは個性の範囲だと思うし、しょうがなくね?」
立花さんの名前が出て来て胸がちくっと痛む。
そんな事に気づかない二口くんは、そのまま上体を反らして視線だけこちらに向ける。
「そっか……。そうかな」
煮え切らない私の態度に、二口くんは腕を伸ばして言葉を探しているようだった。
「……例えば青根とかさ」
反らした体を戻して机の上で手を組むと私と視線を合わせる。
「青根くん?」
「うん。あいつ、無口なように見えるけど、ああ見えて超自分の意見通すんだぜ。もう、すっげぇ頑固」
「ああ……わかる気がする」
青根くんは二口くんと部活が一緒なのもあってクラスではよく一緒にいる。
はじめは二口くんが一方的に話しかけているように見えたけれど、ちゃんと頷いていたり一言返しているのに気づくようになってきた。
青根くんの一言がツボに入った二口くんが笑い転げていることもよくある。
「首を振るのが基本姿勢なんだけど、その圧がすごくて。ブンって」
青根くんのマネなのか、目力を入れて眉間にシワを刻み勢いよく首を振る二口くんについ笑ってしまう。
「ダメな時は超眼力で訴えてくるし、目は口程に物を言うってのがあんだけわかりやすいヤツいねーよ」
こえーこえーと眉間に指をあててシワを伸ばすようにすると、いつもの顏で私を見る。
「まるっきりの無反応は困るけど、意思疎通ができればそれでいいけどな」
「……私、これで大丈夫?」
「意思疎通できてるだろ? つーか、うるさいよりか全然いーよ」
「それだけで、いいの?」
「まあ、俺はおしゃべりだしー、やめろって言われてもやめるつもりもないし。それと同じで無理にしゃべれって言われても困るだろ?」
おどける二口くんにクスリと笑う。
「そうだよね、二口くん結構おしゃべりだよね」
「お前、言うようになったよな……それでいいんだよ」
そう言って笑う二口くんに、心がすっと軽くなった。
「二口くんにいいって言われるんなら……いいや」
「何だよそりゃ」
「もう、気にしないことにする」
「……。それでいんじゃね」
彼は穏やかに笑う。
私の面白みのなさは私の個性としてそのままでいい、と言われた気がした。
彼のように自然体になれるだろうか。それはこれからの課題なんだと思う。
「……二口くんみたいになりたいな」
その私の呟きが聞こえたのか、彼は面食らったように目を丸くした。
「……なんで?」
「二口くんみたいに、周りに何言われても自分を貫けるようになりたい」
「……」
私は人に言われた些細なことで揺れてしまう。でも、二口くんは誰に対しても同じ姿勢を貫いてるように見える。
二口くんは口をつぐんで眉をひそめた。
その沈黙に、言われたくないことを言ってしまったんじゃないかと私は慌てた。
「ごめん、軽はずみに……」
「いや、そーいうんじゃねぇよ。結城は俺を誤解してる」
「誤解?」
「うん」
二口くんは宙を睨んで言葉を探すようにしてから、話し始めた。
「俺のこの性格は武装みたいなもんなんだよなー」
「武装?」
「うん。ヨロイっつーかカベ? 何だかわかんないけど、俺、勝手に期待されて勝手に幻滅されること多くて」
二口くんの言ってることがどういうことかわからなくて首をかしげると「例えばなんだけど」と続けてくれる。
「俺、顔、いーじゃん?」
「うん、きれい」
「そこは『自分で言うな』とかつっこんどけよ!」
ボケを流すな! と二口くんは顔を赤くする。
事実そうなんだからしょうがないと思うんだけど……。「まあまあ」と取りなして先を促すと、一つ息を吐いて二口くんは続けた。
「だからよく、顔と性格が合ってない、って言われるんだよ」
「……?」
「コンナセイカクダトオモワナカッタってやつ?」
「ああ……」
ここで肯定してしまったら気を悪くしてしまうんじゃないかと思ったけど、正直すごくわかる気がする。
多分、二口くんは王子様的な役割を期待されてしまうんだと思う。実際はこの通り、かなりヤンチャな男の子だ。
二口くんは別に気を悪くした素振りもせず、その後をつづける。
「だったら最初から素を見せていこうと思って、好き勝手してるけど」
「素?」
「うん、いい子ぶるより、初めから悪めに振舞った方が後々ラクだなって? 弱冠16にしてケンジくんは悟っちゃったわけですよ」
「……」
茶化した風に言うけれど、その言葉に二口くんの言いようのない寂しさがにじみ出ているように感じる。
「何とも思ってない奴に優しくして気をもたせるのもいやだしな」
「……」
ああ、それが立花さんの言っていた『仲良くなった子皆二口を好きになる』ってやつか。
立花さんは二口くんと伊達工以前も同じ学校だったっていうから、それを踏まえて私に言ってきたのかもしれない。私にはわからないけれど、今まで色々あったんだろうな、と思う。
私に優しくしてくれるのは、友達として彼に向き合うと信頼してくれているからなのだろう。その信頼を裏切らないようにしたい。
でも、それならさっきの言葉はなおさら軽はずみだった。二口くんは自分を貫いたんじゃなくて、そうするしかなかったのかもしれない。
やはり何も言えなくなってしまった私に二口くんは水を向ける。
「結城はさ、俺の顔と性格合っていないと思う?」
「え? そんなこと思ったことないよ」
反射的に無難な回答が口をついて出た。それは本音だけど、自分の言葉で言い替えるべきだと思い言葉を探す。
「……分けて考えたことがない。二口くんはこれで二口くんなんだし……」
「そう言うと思った」
向けられる屈託ない笑顔。
考えていることが筒抜けな感じがちょっと恥ずかしい。
「結城は、真っ直ぐに見ようとしてくれるから、気がラク」
「ラク?」
「うん。素直になれる」
頬杖をついてこちらを見つめる二口くん。ごく近い距離からの視線がくすぐったい。
「ま、こう言うとすぐキモイとか言われるけど」
「そんなこと、言わないよ」
「うん。結城なら言わないって、信じてる」
してやったりな顔の二口くんに見透かされてる感がさらに恥ずかしくて下を向く。
困る。すごく褒められているけれど、私にそんな価値あるだろうか。
恐る恐る彼の方へ向き直ると、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳と視線がばっちり合う。その視線がほんのり甘くて直視できない。
「……あのね」
「何だよ」
「……変なこと言ってたらごめんね」
「そーいうのいらねーよ」
「うん。正直、二口くんが私の何をいいって言ってくれてるのかわかんないんだけどね」
「マジか、自信持てよ」
「……ありがとう。でも、そのままでいいって言ってくれてる気がして、気がラクになった」
「そーいうことだよ。結城はそれでいいんだよ」
そう言うと、前のめりな姿勢から身を起こして、ふーっと一息つく。
「俺みたいになんて、絶対なるなよ」
「何で?」
「こんなひねくれてるヤツ、俺じゃなかったらムカついてるわ」
何かをあきらめたように、静かに笑う。
そりゃ、話したこともなかった時遠目に見ていたら、ひねくれてるな、なんて思ったことがないわけじゃない。
けど、今はそんな事思わない。
それに、私は二口くんをムカつくなんて思ったことはない。
メガネを拾ってくれた時も、答え合わせをした時も、雷からかばってくれた時も。
そして今も。
いつだって二口くんは……
「二口くんは優しいよ」
二口くんは、目を丸くした。
「俺、何もしてねぇよ」
「うん。だから、そのままでいいよ」
「……」
「いつもありがとう」
「……どーいたしまして」
心を込めてそう伝えると、ちょっと赤くなった二口くんが気まずそうに眼を逸らしてドリンクをすする。
それからしばらく私たちの間に会話はなかった。
だけど、もう、全然不安にはならなかった。
◇◇◇
「俺から誘っといて悪い、この後ちょっと予定があって」
「ううん、ありがとう。楽しかったよ」
「……。駅まで、送ってく」
二口くんと並んで、駅まで歩く。
前を歩く部活帰りと思しき高校生がこちらをちらりと振り返る。
気恥ずかしくて反射的に俯く。
今、男の子と歩いている。
私たちは二人とも私服だから、何だと思われるんだろう。
デート……?
そんな事を考えたら、急に彼の事を意識してしまって、駅でお別れを言うまで何も言えなくなってしまった。