10 Love Is Blind
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結局。
顔が割れてんだから逃げても無駄、ってことに気づいた俺たちはおとなしく生活指導の先生に捕まることにした。担任に言いつけられてHRで公開説教くらうよりは数段マシだ。
「だからー。ちょっとした誤解でケンカになったんで。それ解くのに授業挟みたくなかったんスよ」
1限をサボって体育館にしけこんだ理由を問われ、そう答えた。本当のことを言う必要はないが、嘘も言っていない。しれっと流そうとした俺を睨んでから、先生の視線は結城に向かう。
「結城、二口が言った通りでいいのか?」
俺側を攻めてもらちが明かないと考えたんだろう。俺に対してより、数段優しい猫なで声で問いかけられた結城は弾かれたようにびくつきながら口を開く。
「は、はい。そんな感じです」
コクコクと青ざめた顔で首を振る結城は、どう考えても生活指導室には縁がなさそうだ。入って早々机の横に立てかけてある年季の入った竹刀を見てしまって完全にビビってる。柄と刀身に染み込んでる汚れが怖ぇんだよ、何したらあんなドス黒くなるんだ。旧世紀の遺物か。早く捨てろ。
結城は助けを求めるように俺を見上げるので(可愛い)出来るだけ優しく彼女に笑いかける。
彼女の表情が和らいだのを確かめてから先生に向き直ると、信じられないものを見たような顔で俺を見ていた。……失礼すぎ。
「睨むな、二口……。誰もいない体育館で、壁ドンで? あんな顔近づけて? いったい何の誤解を解いたっちゅーんじゃい」
「…………」
彼女の表情が再度こわばったのを見て俺は舌打ちしそうになる。
ったく、先生。そこまで見てたんなら雰囲気で察しろよ。野暮中の野暮か空気読め。
「あ、あの……」
おろおろしながら何か言おうとする結城の前に出、かぶせるように言い放つ。
「口説いてました」
結城が息をのんだ音がかすかに聞こえる。
「ほおー……」
間抜けヅラで間抜けな声を発する先生。その様子に「あ、コイツ人生でモテたことないな」と俺は確信した。
だって、そうだろ? あんな質問しといてそのツラはねーよ。俺は正直にあんたの問いに答えただけだ。あの状況で恋愛が絡んでない高校生がいたら、そっちの方こそ歪んでいる。
めんどくせぇけど、ちょっと可笑しくなってきた。自然と顔が笑ってしまう。
俺の表情の変化に気づいたみたいだ。先生は心底イヤそうな顔をした。
「……それで、お前ら、付き合うのか?」
上からの目線が俺から結城に向かい、彼女は顔を赤くして下を向いた。先生としてのメンツは保たないといけないと思ったんだろうな……。クソみてぇなプライド持ちやがって。興味津々にしてんじゃねーよ。恋バナ好きかよ女子か!
俺はため息をこらえて口を開く。
「答えをもらう前に邪魔が入ってきたんだから、まだわかんないんスよ」
「……そりゃ、悪かったな」
「全く野暮なんだから、だから独身なんですよ」
「なんだと二口!」
あっさり謝られて拍子抜けしたところに漬け込むのは、習性なんだからしょーがない。でも調子に乗って余計なことを言うのは俺の悪い癖だ。自覚はしている。反省はしてないけど。
いきり立つ先生が立ち上がる前に、さっと結城の肩を掴んで盾にする。突然矢面に立たされた彼女はびくっと身をすくませた(カワイイ)。
「ふ、二口くん?」
慌てて振り返る結城の肩越しに様子をうかがうと、先生はあきれたようにため息をつく。
「結城……二口こんなやつだぞ。よーく考えろー」
「そうですね……」
苦笑、といった表情を見せながら同意された。
調子にのりすぎた……。慌てて結城の背後から前に出る。
「先生! すいませんっした! ……結城も、ゴメン」
これでもか! ってぐらい全方位に向けて頭を下げると、彼女と先生は顔を見合わせる。
結城が俺にならって深々と頭を下げると、先生は再度ため息をつきながら言った。
「……反省文は……まあ、免除してやる。特に結城は巻き込まれたんだろうしな……」
「すみません、ありがとうございます」
「よっ、先生いい男! たぶんきっとおそらくすぐ彼女できると思うからそう悲観しなくてへーきへーき!」
「んだと、二口!」
◆◆◆
結局。(2回目)
今から授業に戻っても逆に迷惑だ、とのお言葉を賜り、残りの時間は反省文代わりの労働奉仕・職員トイレの掃除を仰せつかる。俺も結城もサボり常習ではなかったので、2限から授業に出ることを約束させられた後、無事解放された。
「いてっ……」
「…………」
何か言いたげに先生は俺の肩を無言で叩くと、真剣な顔で大きくうなずき俺たちを送り出す。
生活指導室からの帰り道。結城は俺の半歩ぐらい後ろを黙ってついてきてる。1限終了まではあと10分ある。多分、この10分は俺へのプレゼントのつもりなのだろう。大きなお世話だが、あれだけ俺の気持ちを伝えてるつもりなのに、全然自分のことだと思ってくれない結城のことだ。確かに、こういうのは曖昧なままでいるのはよくない。
……ここで決めろってことだよな。
振り返ると、どうしたの? とでも言いたげに首をかしげる。俺は足を止めて、彼女と正面に向かい合う。
「これから、付き合うってことでいい?」
直球でいく。覗き込むように彼女の目を見つめると、結城はゆっくりまばたきをする。
「付き合うって……。彼氏彼女のお付き合いってこと?」
「そーだよ? なんかダメなことあるか?」
例えば(考えたくもないけど)すでに彼氏がいるとか……と言うと彼女はぶんぶんと勢い良く首を振り(よかった……)ためらいがちに口を開く。
「あの……こんな感じに、急に、今日、私に彼氏ができるなんて考えもしなかったから、心の準備ができてなくて」
「うん」
ま、そうだよな。俺も思ってなかった。笑ってうなずいてやると、彼女は急に俺から目を逸らして下を向いた。
「……しかも二口くんが……」
そう言って、顔を真っ赤に染める。
何コレ、超かわいい。心拍数が急に上がってくる。俺がゆっくりと目を細めて笑うと、彼女は一層赤くなって目を背けた。
「あ、あの、でもですね、」
盛り上がった気分に釘をさすような敬語交じりの口調。結城の敬語は、距離を取りたい時に出てくるって今はわかる。この期に及んで、引く気じゃねーだろーな?
「何だよ?」
思ったよりも冷たい声が出てしまった。彼女は緊張したように目を泳がせ、下に目線を向けてぽつぽつ話し始めた。
「私、付き合うってのがよくわかってないんですけど」
「うん?」
この流れ。なんかすげーヤな予感がする。無意識に目つきが鋭くなるのを感じる。ちらっとこちらを見た彼女はすぐさま目を反らし、さらにあせったような早口でこう続けた。
「と、とりあえず、お友達からお願いします」
ペコリと勢いよく頭を下げられ、俺は硬直する。あ、今、俺の目からハイライト消えた。
恐る恐るといった感じで顔を上げた結城は、死んだ目の俺を見て震えあがった。
……あれ……? 私、間違った?
って感じの戸惑った顔で俺を見てるけど、間違ってんだよ!
「何それ。俺、結局ふられてんの?」
「いえ、そんなことは! あの、そうじゃなくて……」
「えー? 俺達もうお友達じゃなかったっけ? なんでそっからなの?」
「違う違う、えと、えーと」
テンパってる。付き合うのがイヤってわけじゃなさそうだけど……なんて言っていいかわからない、といった様子だ。恐らく今、頭をフル回転させて考えているのだろう。
「私、男の人とお付き合いするの初めてで……」
「は?」
「付き合うって、二口くんと、何をすればいいのか、あんまりわかってなくて……」
ハジメテ?
ナニヲスル?
フタクチクント?
虚を突かれて一瞬固まったが、ぶんぶんと頭を振っている仕草を見て思わず口元が緩んでしまった。やっべ、俺、ニヤニヤしてる。……そっか、初めてかー。『はじめてだから優しくしてね?』とか言われたら、どーしよー。俺、すっげー優しくする優しくする!!! うわー、超面白くなってきた! こりゃいろいろ教えてやんねーとなー。何をするなんて、そんなの決まってんだろ?
俺が心の中でめちゃくちゃ盛り上がってしまっているコトも知らない彼女の動きがぴたっと止まる。そして意を決したように俺を見上げてきた。彼女の強い視線からばちっと音が出た気がした。
こういう時の結城の瞳がすごく好きだ。不覚にも心臓が高鳴ったその時。
「恋人を! 前提に! お願いします」
そこまで言い切ると、結城は勢いよく頭を下げた。
「……」
勢いが良すぎて思わず口を開けて固まってしまう。
……お願いされてしまった。
何ていうか……意外と結城はムッツリなんじゃないかと思った。俺と付き合った先のことを考えちゃって、今の結城にはキャパオーバーってことなんだろ? だったら、時間と段階をふめばいつかはそういう『恋人』になってくれる気はあるっていうことか。
おしゃべりな俺が沈黙しているのが気味悪かったのだろう。恐る恐る顔を上げた彼女は『何か言って!』って顔をしている。
「ご、ゴメン、あれ? これじゃ、ダメかな?」
「……」
「あ、あの、これって『結婚を前提に』が元だと思うんだけど、でも、私まだそこまでは言えないから、ここからはじめてくれないかな……?」
……え? ケッコン?
ちょっと待て! 結城そこまで考えてんの!?
じっと俺の様子をうかがうように見つめられ、試されている気分になった。
これは……。
とんでもない女の子に、惹かれてしまったのかもしれない。
俺は、一つ息を吐く。意識して口角を上げる。目元まで笑えているかは自信がない。それでも、今の俺が作れる、精一杯の余裕だった。
ぽんと彼女の丸い頭に手を置く。
「わかった。そっからで、いーよ」
全然俺の思い通りにはいかない。
でも、だからこそ、これが本当の恋愛なんだと、なぜか実感した。
初めてかもしれない。
初恋……ってガラかよ! 乙女か! クッソ!
「あーーーあ!!」
思わず顔を隠すように天を仰いで声を上げてしまう。ここは校舎へと続く渡り廊下だから、授業中の教室へは届いていないだろう。結城は突然大声を上げた俺を心配そうに見てくる。
「ど、どうしたの?」
俺は、笑う。
愉快な、気分ではある。
「俺さー、中学の頃色々巻き込まれて、正直、高校では恋愛はもういいと思ってたんだよ」
「うっ、うん……」
「なのに、さ、結城に出会っちゃって。俺の平穏な高校生活、どうしてくれんだよ」
「そ、そんなの、私だって……」
「私だって、なんだよ」
「うん……私だって、恋愛、とか、男の人とお付き合いするのって、もっと先だと思ってたのに、」
その先をもじもじと言いよどむ。
「俺に、捕まっちゃった?」
先回りしてからかうように笑いかける。結城のことだから、恥ずかし気にうつむいて『そうなのかも』と言って赤くなるんだろう。
彼女は人差し指を口に当て考えるようなそぶりをしながらゆっくりと俺を見上げた。
「……私が、捕まえちゃったのかな」
そう上目遣いでためらいつつもさらっと言われて、かーっと顔が熱くなっていくのを感じる。コイツ……。トンデモない爆弾を落としやがった! 俺の負けだよ! 惚れた方が弱いっっつーことは、わかってんだよ! でも、この口が、それを言うのか?! 俺は思わず手を伸ばして彼女の両頬をつまむ。
「確かに! そうかもしれないけど、クッソ!」
「いひゃい! ひゃめてって、ひひょい!」
強い力は入れてないつもりだったけど、彼女が目に涙をためて抗議するからつまむのをやめてあやすように両頬をさする。そうすると彼女の頬がだんだん赤く染まっていって恥ずかしそうに俺から目をそらすのを、つい目を細めて見てしまう。
「今はそっからでいーよ」
彼女がゆっくりと目線を俺の方に戻すのを、まっすぐに受け止める。
視線が交わるのが心地よい。
いつ見ても綺麗な瞳だと思う。
その瞳に誓うように願った。
いつか、遠くない未来に
君の平穏を奪うのは
どうか俺でありますように
でも、そんなの俺のガラじゃない。
結局口に出すのは、こんな言葉だ。
「恋人を前提のお付き合いってことで!」
俺が言い切り、ヨロシクと手を差し出す。
その手を彼女がとり、恥ずかしそうにうなずいたところで1限終了のチャイムが鳴り始めた。
”こうして平穏は奪われた”
顔が割れてんだから逃げても無駄、ってことに気づいた俺たちはおとなしく生活指導の先生に捕まることにした。担任に言いつけられてHRで公開説教くらうよりは数段マシだ。
「だからー。ちょっとした誤解でケンカになったんで。それ解くのに授業挟みたくなかったんスよ」
1限をサボって体育館にしけこんだ理由を問われ、そう答えた。本当のことを言う必要はないが、嘘も言っていない。しれっと流そうとした俺を睨んでから、先生の視線は結城に向かう。
「結城、二口が言った通りでいいのか?」
俺側を攻めてもらちが明かないと考えたんだろう。俺に対してより、数段優しい猫なで声で問いかけられた結城は弾かれたようにびくつきながら口を開く。
「は、はい。そんな感じです」
コクコクと青ざめた顔で首を振る結城は、どう考えても生活指導室には縁がなさそうだ。入って早々机の横に立てかけてある年季の入った竹刀を見てしまって完全にビビってる。柄と刀身に染み込んでる汚れが怖ぇんだよ、何したらあんなドス黒くなるんだ。旧世紀の遺物か。早く捨てろ。
結城は助けを求めるように俺を見上げるので(可愛い)出来るだけ優しく彼女に笑いかける。
彼女の表情が和らいだのを確かめてから先生に向き直ると、信じられないものを見たような顔で俺を見ていた。……失礼すぎ。
「睨むな、二口……。誰もいない体育館で、壁ドンで? あんな顔近づけて? いったい何の誤解を解いたっちゅーんじゃい」
「…………」
彼女の表情が再度こわばったのを見て俺は舌打ちしそうになる。
ったく、先生。そこまで見てたんなら雰囲気で察しろよ。野暮中の野暮か空気読め。
「あ、あの……」
おろおろしながら何か言おうとする結城の前に出、かぶせるように言い放つ。
「口説いてました」
結城が息をのんだ音がかすかに聞こえる。
「ほおー……」
間抜けヅラで間抜けな声を発する先生。その様子に「あ、コイツ人生でモテたことないな」と俺は確信した。
だって、そうだろ? あんな質問しといてそのツラはねーよ。俺は正直にあんたの問いに答えただけだ。あの状況で恋愛が絡んでない高校生がいたら、そっちの方こそ歪んでいる。
めんどくせぇけど、ちょっと可笑しくなってきた。自然と顔が笑ってしまう。
俺の表情の変化に気づいたみたいだ。先生は心底イヤそうな顔をした。
「……それで、お前ら、付き合うのか?」
上からの目線が俺から結城に向かい、彼女は顔を赤くして下を向いた。先生としてのメンツは保たないといけないと思ったんだろうな……。クソみてぇなプライド持ちやがって。興味津々にしてんじゃねーよ。恋バナ好きかよ女子か!
俺はため息をこらえて口を開く。
「答えをもらう前に邪魔が入ってきたんだから、まだわかんないんスよ」
「……そりゃ、悪かったな」
「全く野暮なんだから、だから独身なんですよ」
「なんだと二口!」
あっさり謝られて拍子抜けしたところに漬け込むのは、習性なんだからしょーがない。でも調子に乗って余計なことを言うのは俺の悪い癖だ。自覚はしている。反省はしてないけど。
いきり立つ先生が立ち上がる前に、さっと結城の肩を掴んで盾にする。突然矢面に立たされた彼女はびくっと身をすくませた(カワイイ)。
「ふ、二口くん?」
慌てて振り返る結城の肩越しに様子をうかがうと、先生はあきれたようにため息をつく。
「結城……二口こんなやつだぞ。よーく考えろー」
「そうですね……」
苦笑、といった表情を見せながら同意された。
調子にのりすぎた……。慌てて結城の背後から前に出る。
「先生! すいませんっした! ……結城も、ゴメン」
これでもか! ってぐらい全方位に向けて頭を下げると、彼女と先生は顔を見合わせる。
結城が俺にならって深々と頭を下げると、先生は再度ため息をつきながら言った。
「……反省文は……まあ、免除してやる。特に結城は巻き込まれたんだろうしな……」
「すみません、ありがとうございます」
「よっ、先生いい男! たぶんきっとおそらくすぐ彼女できると思うからそう悲観しなくてへーきへーき!」
「んだと、二口!」
◆◆◆
結局。(2回目)
今から授業に戻っても逆に迷惑だ、とのお言葉を賜り、残りの時間は反省文代わりの労働奉仕・職員トイレの掃除を仰せつかる。俺も結城もサボり常習ではなかったので、2限から授業に出ることを約束させられた後、無事解放された。
「いてっ……」
「…………」
何か言いたげに先生は俺の肩を無言で叩くと、真剣な顔で大きくうなずき俺たちを送り出す。
生活指導室からの帰り道。結城は俺の半歩ぐらい後ろを黙ってついてきてる。1限終了まではあと10分ある。多分、この10分は俺へのプレゼントのつもりなのだろう。大きなお世話だが、あれだけ俺の気持ちを伝えてるつもりなのに、全然自分のことだと思ってくれない結城のことだ。確かに、こういうのは曖昧なままでいるのはよくない。
……ここで決めろってことだよな。
振り返ると、どうしたの? とでも言いたげに首をかしげる。俺は足を止めて、彼女と正面に向かい合う。
「これから、付き合うってことでいい?」
直球でいく。覗き込むように彼女の目を見つめると、結城はゆっくりまばたきをする。
「付き合うって……。彼氏彼女のお付き合いってこと?」
「そーだよ? なんかダメなことあるか?」
例えば(考えたくもないけど)すでに彼氏がいるとか……と言うと彼女はぶんぶんと勢い良く首を振り(よかった……)ためらいがちに口を開く。
「あの……こんな感じに、急に、今日、私に彼氏ができるなんて考えもしなかったから、心の準備ができてなくて」
「うん」
ま、そうだよな。俺も思ってなかった。笑ってうなずいてやると、彼女は急に俺から目を逸らして下を向いた。
「……しかも二口くんが……」
そう言って、顔を真っ赤に染める。
何コレ、超かわいい。心拍数が急に上がってくる。俺がゆっくりと目を細めて笑うと、彼女は一層赤くなって目を背けた。
「あ、あの、でもですね、」
盛り上がった気分に釘をさすような敬語交じりの口調。結城の敬語は、距離を取りたい時に出てくるって今はわかる。この期に及んで、引く気じゃねーだろーな?
「何だよ?」
思ったよりも冷たい声が出てしまった。彼女は緊張したように目を泳がせ、下に目線を向けてぽつぽつ話し始めた。
「私、付き合うってのがよくわかってないんですけど」
「うん?」
この流れ。なんかすげーヤな予感がする。無意識に目つきが鋭くなるのを感じる。ちらっとこちらを見た彼女はすぐさま目を反らし、さらにあせったような早口でこう続けた。
「と、とりあえず、お友達からお願いします」
ペコリと勢いよく頭を下げられ、俺は硬直する。あ、今、俺の目からハイライト消えた。
恐る恐るといった感じで顔を上げた結城は、死んだ目の俺を見て震えあがった。
……あれ……? 私、間違った?
って感じの戸惑った顔で俺を見てるけど、間違ってんだよ!
「何それ。俺、結局ふられてんの?」
「いえ、そんなことは! あの、そうじゃなくて……」
「えー? 俺達もうお友達じゃなかったっけ? なんでそっからなの?」
「違う違う、えと、えーと」
テンパってる。付き合うのがイヤってわけじゃなさそうだけど……なんて言っていいかわからない、といった様子だ。恐らく今、頭をフル回転させて考えているのだろう。
「私、男の人とお付き合いするの初めてで……」
「は?」
「付き合うって、二口くんと、何をすればいいのか、あんまりわかってなくて……」
ハジメテ?
ナニヲスル?
フタクチクント?
虚を突かれて一瞬固まったが、ぶんぶんと頭を振っている仕草を見て思わず口元が緩んでしまった。やっべ、俺、ニヤニヤしてる。……そっか、初めてかー。『はじめてだから優しくしてね?』とか言われたら、どーしよー。俺、すっげー優しくする優しくする!!! うわー、超面白くなってきた! こりゃいろいろ教えてやんねーとなー。何をするなんて、そんなの決まってんだろ?
俺が心の中でめちゃくちゃ盛り上がってしまっているコトも知らない彼女の動きがぴたっと止まる。そして意を決したように俺を見上げてきた。彼女の強い視線からばちっと音が出た気がした。
こういう時の結城の瞳がすごく好きだ。不覚にも心臓が高鳴ったその時。
「恋人を! 前提に! お願いします」
そこまで言い切ると、結城は勢いよく頭を下げた。
「……」
勢いが良すぎて思わず口を開けて固まってしまう。
……お願いされてしまった。
何ていうか……意外と結城はムッツリなんじゃないかと思った。俺と付き合った先のことを考えちゃって、今の結城にはキャパオーバーってことなんだろ? だったら、時間と段階をふめばいつかはそういう『恋人』になってくれる気はあるっていうことか。
おしゃべりな俺が沈黙しているのが気味悪かったのだろう。恐る恐る顔を上げた彼女は『何か言って!』って顔をしている。
「ご、ゴメン、あれ? これじゃ、ダメかな?」
「……」
「あ、あの、これって『結婚を前提に』が元だと思うんだけど、でも、私まだそこまでは言えないから、ここからはじめてくれないかな……?」
……え? ケッコン?
ちょっと待て! 結城そこまで考えてんの!?
じっと俺の様子をうかがうように見つめられ、試されている気分になった。
これは……。
とんでもない女の子に、惹かれてしまったのかもしれない。
俺は、一つ息を吐く。意識して口角を上げる。目元まで笑えているかは自信がない。それでも、今の俺が作れる、精一杯の余裕だった。
ぽんと彼女の丸い頭に手を置く。
「わかった。そっからで、いーよ」
全然俺の思い通りにはいかない。
でも、だからこそ、これが本当の恋愛なんだと、なぜか実感した。
初めてかもしれない。
初恋……ってガラかよ! 乙女か! クッソ!
「あーーーあ!!」
思わず顔を隠すように天を仰いで声を上げてしまう。ここは校舎へと続く渡り廊下だから、授業中の教室へは届いていないだろう。結城は突然大声を上げた俺を心配そうに見てくる。
「ど、どうしたの?」
俺は、笑う。
愉快な、気分ではある。
「俺さー、中学の頃色々巻き込まれて、正直、高校では恋愛はもういいと思ってたんだよ」
「うっ、うん……」
「なのに、さ、結城に出会っちゃって。俺の平穏な高校生活、どうしてくれんだよ」
「そ、そんなの、私だって……」
「私だって、なんだよ」
「うん……私だって、恋愛、とか、男の人とお付き合いするのって、もっと先だと思ってたのに、」
その先をもじもじと言いよどむ。
「俺に、捕まっちゃった?」
先回りしてからかうように笑いかける。結城のことだから、恥ずかし気にうつむいて『そうなのかも』と言って赤くなるんだろう。
彼女は人差し指を口に当て考えるようなそぶりをしながらゆっくりと俺を見上げた。
「……私が、捕まえちゃったのかな」
そう上目遣いでためらいつつもさらっと言われて、かーっと顔が熱くなっていくのを感じる。コイツ……。トンデモない爆弾を落としやがった! 俺の負けだよ! 惚れた方が弱いっっつーことは、わかってんだよ! でも、この口が、それを言うのか?! 俺は思わず手を伸ばして彼女の両頬をつまむ。
「確かに! そうかもしれないけど、クッソ!」
「いひゃい! ひゃめてって、ひひょい!」
強い力は入れてないつもりだったけど、彼女が目に涙をためて抗議するからつまむのをやめてあやすように両頬をさする。そうすると彼女の頬がだんだん赤く染まっていって恥ずかしそうに俺から目をそらすのを、つい目を細めて見てしまう。
「今はそっからでいーよ」
彼女がゆっくりと目線を俺の方に戻すのを、まっすぐに受け止める。
視線が交わるのが心地よい。
いつ見ても綺麗な瞳だと思う。
その瞳に誓うように願った。
いつか、遠くない未来に
君の平穏を奪うのは
どうか俺でありますように
でも、そんなの俺のガラじゃない。
結局口に出すのは、こんな言葉だ。
「恋人を前提のお付き合いってことで!」
俺が言い切り、ヨロシクと手を差し出す。
その手を彼女がとり、恥ずかしそうにうなずいたところで1限終了のチャイムが鳴り始めた。
”こうして平穏は奪われた”