EX1:Premier rendez-vous
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「ごめん、待った?」
「……いや、そんなでも」
待ち合わせの駅前広場。約束の5分前。
改札から小走りでやってきた結城に目を奪われる。
肩の出たトップスに涼しげな素材のワイドパンツ。いつもは無造作に束ねている髪が緩くまとめられ、柔らかそうに降りた先の鎖骨のラインが綺麗に出ている。制服とは全然雰囲気が違う。いや、制服姿もそれはそれで良いものだが、私服はさらにキレイなお姉さん感が増している。
彼女にちらちらと視線をやる周囲の男の視線を感じて、心底先に来ていてよかったと思う。
「変…?」
見とれてしまった俺を心配そうな顔で見る。
「いや、すごく、似合ってる」
「……よかった」
文節に力をこめて言うと、顔を綻ばせる結城。薄く彩られた唇が色っぽい。
こんなの、あのケダモノだらけの学校では絶対ダメだ。これが見られるのは、デートで会う時の特権にしてほしい。
「じゃ、行くか」
周囲への牽制の意味も込めて結城の手をとる。指を絡めて歩こうとすると、彼女の足が止まった。
「ん?どした?」
振り返ると、結城がうつむき、つないだ手を見ている。
「ゴメン、あの……笹谷ってこういう時手をつなぐタイプじゃないと思ってたから、ちょっとびっくりして」
もじもじと顔を赤らめる結城に、理性が持っていかれそうになる。
やべえ、コイツ、超カワイイ。
「……結城」
「ん?何?」
「……ホテル、行こっか?」
理性は俺の口を制御できなかったようだ。
瞬間、ごすっと胸部に衝撃が走る……頭突きをされていた。
「痛えっ、冗談だって!!」
「もう、バカ!!!」
「ごめん!予想以上にかわいかったから、ちょっと口が滑った!!!」
「!!……もう……」
赤い顔をして、自分が頭突きをした部分をあやすように丁寧に撫でる。
あ、なんか、これ、ヤバい……。
公衆の面前で、そういうのは、だめだと思います。
強引に、俺の胸を撫でる手をつかみ、もう一度指を絡める。
自分のテレを隠すには相手を照れさせるに限る。そして話を飛ばす。
「まず飯か?俺に決めさせるとラーメンになるけど」
「えーと、行ってみたいところがあるから、ラーメンは却下で」
計略は功を奏した。通常モードだ。
「じゃ、悪いけど今回はのっからせて。傾向みて対策練っとくから」
「ホントに?じゃあ、次期待するよ?」
結城に連れられて行ったのはイタリアンレストラン。
サイゼの延長だと思えば居心地は悪くない。向かい合わせに座り、お冷を飲んで一息ついた結城が組んだ両手に顔を乗せて言う。
「うわ、発見。笹谷って意外とイタリアン似合う」
「意外とってなんだよ」
「マフィアみたい」
「……褒めてるのかそれ?」
彼女の背後に広い窓がある。道行く人の生足やサンダルが目に入る。宮城も大分暑くなってきた。
サイゼの3倍価格がついたメニューから、美味いことを祈りつつ、食いたいものをオーダーする。
もうすぐ期末テスト一週間前だ。話は自然と進路のことになった。
「バレーで推薦とかってあるの?」
「企業へはなかなかないなー。けど、大学に行くヤツはたまにいる」
「そうなんだ」
「すごく突出した成績とか残してれば、リーグからお誘いくることもあるから、それ狙いで春高まで残ったりするけど、ウチの代はそうでもないからな」
一つ下は優秀だからアイツらは春高まで残るだろう。いや、残るべきだ。
「笹谷の3番ってどんな子が継いだの?」
一度しか試合見てないのに番号とか覚えててくれてんだなと思うと嬉しくなる。
「小原っていうんだけどわかるか?あの坊主頭の」
「あーーー。豊くん?」
……あの野郎、地味目なクセになに下の名前で認識されてんだよ。俺でさえ名前で呼ばれたことないのに。そういや、ちゃっかりアピールしてたな。まあ、二口と青根を影から支えるにはそういう抜け目のなさも必要だろう、と変なところで関心する。
「どの子かはわかるんだけど……あの、試合、笹谷ばっかり見てたから、あんまりプレーの印象がなくて」
恥ずかしそうにおしぼりをいじりながら答える結城。
突然のデレに小原へのモヤが吹っ飛んだ。この子は、たまにスゲー嬉しい爆弾を落としていくよな。
「ポジションは同じなんだけど、俺とは真逆のヤツだな」
「真逆?」
「タッパもあるし、上手ぇんだけど、身体能力でやってるって感じ。伸びしろありまくりなんだけど生かしきれてないんだよな」
いまいちピンと来ていない顏なので具体例をあげる。
「筋肉つけすぎて重いんだよ。ジャンプ力とスピードがねぇっつーか」
「あー、それなら、体の動かし方がわかってけば、鍛えたのは生きてくるよね」
「ああ、そこが伸びたら俺なんか簡単に超してくわ」
そう。小原にはまだまだ長い伸びしろがある。
「俺は伸びしろマックスまで伸びきっちゃったからな」
そう言うと、ストローで飲み物を吸っていた彼女が表情を曇らせたので言葉を付け足す。
「自嘲じゃねえよ、誇ってるんだよ」
心配そうな表情の彼女を真っ直ぐ見て言い切る。
自画自賛大絶賛。我ながらよくやったと思う。
「俺は3年間でやり切った」
目を合わせて笑って見せると、彼女がホッとしたように柔らかく笑った。
「そう……なら、よかった」
「まあ、テクニックだけが取柄だからな」
「……」
ストローを口に入れたまま一気に眉をひそめる彼女に俺は愉快な気分になる。
「……何想像したんだよ」
「え?別にバレーの話でしょ」
「顔、あけーぞ」
「……そんなことないよ」
ここ暑いから、とぱたぱたと手で風を起こす。あんまり調子のると怒られるからやめとくけど、ちょっとはそっちも意識してるんだな、と密かにほくそ笑む。
「それなら、今後楽しみだね。次試合はいつ?」
「予選は8月入ったぐらいから始まる。ま、今年は正直、新チームになって間もないしそこそこだと思うから、来年乞うご期待って感じ?」
「そっか……。見に行きたいなー」
彼女にとっては何気なく言った言葉なんだと思う。でも、それを聞いて、今、本当にはじめて、引退したのが惜しいと思った。
自分で、茂庭や鎌先とみんなで決めたことだったから後悔はない。
けれど、本当に、少しだけ。
「見に行けるといいな。一緒に、行ってもいい?」
「うん?ああ……」
頭の中によぎったことを隠すように、目の前の飲み物をぐっと流し込む。その俺の様子を見ながら、彼女はゆっくりと言った。
「私、笹谷のプレー、ずっと、覚えていると思うよ」
周りの喧騒にかき消されそうな、それでいて、俺の耳にはしっかりと届く声だった。
「忘れない」
俺を見て目を細めて柔らかく笑う。
普通に『好き』と言われるよりも、きたかもしれない。
人に褒められたいと思ってやっていたわけではない。
勝ちたいとしか思っていなかった。全ては試合に出て勝つための努力だった。
そんな俺の、最後に負けた試合を見て、俺の代わりに泣いてくれて、その試合を覚えていたい、なんて言ってくれた人がいることを誇りにしていきたいと思った。
そしてそんな彼女を心底大切にしたいと思う。
鼻の奥が何だか痛い。
あ、やばい、俺、泣くかも。と思った瞬間、
「お待たせしたしました。こちらーー」
何ともナイスなタイミングで注文したものが届いたから、涙腺は決壊を免れた。口だけ、笑顔を作る。
「食べよっか?」
2人でいただきます、と手を合わせた。
「そういえば、今日何買いてえの?」
「あ、水着……」
上品にフォークにパスタを巻き付けていた(つもりの)俺は思わず噴き出す。
「まじか?」
「うん。あれ?ダメだった?」
「ちょ、結城ちゃんよー。……初デートでそれってハードル高すぎねーか?」
「そう?普通に欲しいものそれなんだけど。今度女子で海行くし」
変なとこ合理的だな……。そういや、海に行くって、どこかで聞いたな。あー、あの、茂庭が『女子だけで海なんて、危ない』とかブツブツ言ってたヤツか。
「海って、ウチのマネも一緒?」
「うん、もちろん」
ビンゴだ。そうなると……、
「……茂庭が黙っちゃいねーな……」
「あ、やっぱ、そうなんだ」
茂庭がマネージャーの事を好きなこと。バレー部内では公然の秘密だったが、結城も知っているようだ。
「あれはわかるよなー」
「鈍いって言われてる私でもうすうす気づいたよ。付き合ってないの?」
「うち一応、部内恋愛禁止なんだよ」
「そうなの?でも、もう引退してるじゃない」
「んー、茂庭は多分、卒業するまで言わないだろうな」
俺は引退したら結城に言うつもりだった。部活やってる間は付き合っても全くかまえないと思っていたからだ。前倒して引退前になったのは、まあ、いろいろ事情があったからだ。結果的には最後の試合も見てもらえたことだし、あのタイミングでよかったと思う。
茂庭が言わないのは、俺とは別の理由だろう。茂庭とマネージャーがお互い想い合っていることはバレバレだが、どちらに聞いてもそれを否定するだろう。でも、もしこの二人が卒業後いきなり結婚すると言いだしても逆に俺は驚かない。
「笹谷は、……どんな水着が好き?」
いきなりのド直球な質問だった。
グラビアを見てる時の俺のポリシーは『かわいい子は出し惜しみするな、むしろ見せるべき』なんだけど……コレ、答えたら水ぶっかけられねぇか?
彼女の手元の水の量を確認しつつ考えているふりをしながら皿の最後の一口を口に入れると、彼女の方から助け舟を出してくれた。
「色だったら?」
色か。色な……。ここの地雷は何だ?『白』って答えたら透け目当てと思われるか?首や二の腕のあたりの素肌を見ながら考える。肌、キレイだな…と頭の片隅で思いつつ。
「薄い色よりも、ハッキリした色の方が似合いそう」
「原色かー。何でそう思ったの?」
「んー。今日の服に引っ張られてるかもしれねーけど、原色っていうより深い感じのイメージ?逆に白とかもいいな」
曖昧にかわした中に白をぶっこんでみる。結城はキレイにフォークに巻いたパスタを持ち上げながら「白かー」とつぶやく。
「じゃあ、形は?」
……非常に答えに困る質問だ。男が女子の水着のオシャレ知識があるわけねーだろ。せいぜいアタマにあるのは、
「チューブトップとかマイクロビキニとか?」
グラビア知識ぐらいのもんだ。結城の顔が引きつっている。聞いといてドン引きってひどくありません?
「……そんなのムリ」
「いや、俺も着て欲しくない」
「え?」
「胸を出すな脚も出すな。つーか素肌を露出するな」
「……何言ってんの、水着だよ?」
「いや、彼女に対してはこれが本音だわ」
「……」
正直、今までは見る分には露出度とかエロ度は高ければ高いほど良いと思ってた。でも、彼女に対してはそんなこと忘れるほど真逆だった。自分でもこんなに守りに入るなんて驚きでしかない。
「これは俺のワガママで、結城が着たいのを着てくれていいんだけど……でも1つだけ」
「うん……」
「谷間は隠してください」
自分でもドン引くほど真剣なトーンの声が出た。あっけにとられたような空気は感じた。
「……私、そんな谷間できないって」
いやいやいや、お前結構胸あんだろ!
さすがに、このオシャレ空間ではそれを言うのはためらわれたので、俺は彼女の顔を見てもう一度言う。
「他の男に見せないでください」
オネガイシマス、と付け足すと、彼女は頬を赤らめて微笑んだ。
「わかった。私、大切にされてるね?」
「……うるせーよ」
照れ隠しにデコピン食らわせると「痛い」と額を押さえつつ笑っていた。
◇◆◇
水着売り場はなかなかの広さだった。『仙台最大級』の煽り文句は伊達じゃない。
ここに男が侵入してったら選んでいるお嬢さん方イヤだろう……と思い、会場の隅で待つことにする。
「試着したら見てね」
「じゃあ、きわどいのも着てみろよ試しで」
「それは笹谷が選んで持ってきてよ」
ごめんなさい、無理です。あの中に入ってって布地の少ない水着を探し当てるなんて芸当、俺には無理だわ。
「……俺が水着物色してたら通報されるだろ」
「あはは!確かに!」
「そこは否定しろよ!」
身長以上のラックに水着が2段でかかっている通路まできたところで俺は立ち止まる。ここから先は入っていける気がしない。
「この辺で待ってるわ」
「わかった。じゃ、行ってくる」
手を振って水着の森に切り込んでいった結城はあっという間に見えなくなった。
それから15分ぐらいたった所だろうか。片隅に申し訳程度に陳列された男物の水着を死んだ目で眺めていたところ、急に声をかけられた。
「笹谷さま?お連れ様がお呼びです」
う、後ろから来るなって!心臓止まるわ、ホントに。……変な気起こさず男物眺めてて良かった!
イヤな汗をかきながら、穏やかな笑みを浮かべた店員に導かれ更衣室へ向かう。両サイドの水着の山がちらちら目に入る。はじめは多少興奮したけど、こんだけあると、もはやただの布だな……。
特設会場だからか、広いスペースに更衣室が列をなしている。そこには俺と同じように付き添いに巻き込まれた感の男もいてほっとする。一番奥に俺を案内すると店員はそっと離れた。
「笹谷?」
外開きのドアの隙間から首だけ出した結城が俺を呼ぶ。
「……どうかな?」
ひらひらの白いフリルの上にお揃いのショートパンツ的な露出度抑え目のかわいらしいものだった。鎖骨と肩と腰のくびれがすごくきれいに出ている。これなら、まあ、許容範囲か。
「おう……、いいんじゃねぇ?」
「でね…。ちょっと中入って後ろ閉めて」
そう言って俺を更衣室に招き入れる。え?俺ここに?入って、いいのか?
「これ、パーツが4つで、これは上から着るやつで……」
ドアを閉めるなり説明しながら上のフリルのパーツを脱ぎ出す。そして出てきたのは、なんつーか、俺の乏しいファッション語彙力でいうと、普通に赤くて花柄のブラジャーにしか見えなかった。
て、いうか、想像以上に胸でけー。しっかり谷間出来てるじゃねーかよ。
「下もそうなんだよね」
今度はさすがに恥ずかしかったのか、脱ぐことはせずにショートパンツを片側だけずらして中のショーツを見せてくる。
いや、結城さん、それそのままモロに見せられるより数段エロイんですけど……。
「……笹谷の言ってた『きわどい感じ』って、こういうの?」
上目遣いで顔をほんのり赤くしたカノジョと、狭い個室で二人きりのほぼブラジャーとパンツ。
もう、なんなの……。ここはどこだよ。理性……ログアウトしそう。
「う、うん。すげーいいと思う」
頑張れ……俺の理性。紳士的な俺よ、降臨してこい。
「けど、海では、ちゃんと上のヤツ着てね」
限界寸前で、それじゃ、と試着室を出ようとすると、ぐっと手をつかまれ引き留められた。
「!!!!何?」
「もうひとパターンあるんだけど、それも見てくれる?」
「!!!」
生着替えかよ!ちょっと、もう、もたねーよ!
「わかった!すぐそこで待ってるから、着替えたら呼べ!」
逃げるように試着室を出、天井を仰いで大きくため息をつく。さっき案内してくれた店員にほほえましい目を向けられて、冷や汗が止まらなかった。
ほどなくして、再度結城がひょっこり顔を出す。もう一つの候補は、結城の説明によると、ホルターネックのトップスにビキニパンツとフレアパンツの3ピース。いわく、ホルターネックならしっかり胸も包まれるから笹谷も安心って、お前、絶対俺のことからかってるだろ?そこそこ胸強調されてるぞ!「どっちがいい?」と言われても俺には良し悪しはわからないから、肌色が少ない方が正義となる。
結局、隠せる面積の多いはじめに試着した方を選ぶと、納得したのか結城はそれをレジに持って行った。
◆◇◆
「送ってくれてありがとう。ここまでで大丈夫だから」
初めてのデートにしては遅くなってしまったかもしれない。家の近くまで送って行きたかったが、俺の帰宅のことを心配してくれてか駅から少し出たところでいいという。ここから真っ直ぐ行って一回曲がるだけ。この道ならしっかり街灯もあるし見通しもいい。
「おー、家に帰るまでがデートだから、気を付けて帰れよー」
「子供じゃないんだから」
そういって屈託なく笑った表情が俺の胸にささって、ある衝動が湧き起こる。
「結城」
「なに、ささ…」
振り返った彼女が、俺の名前を呼び終わる前に唇を奪う。一瞬だけ、ちゅっと音を立てて唇を離した。
目を丸くしてあっけにとられた顔。
頬がだんだん赤くなっていく。
ずっと繋いでいた手を強く握って離す。
彼女の手が、一瞬俺の手を手繰るように動いて、空を掴んだ。
今日一日。
散々にかき回してくれたんだから、最後ぐらい反撃させろって。
駅の方向から人が流れてくる。立ちつくして見つめ合う俺たちには目もくれずにそれぞれの方向へと進んでゆく。
頬を赤く染め片手を唇に当てる結城を目に焼き付ける。
ああ、やっぱりかわいいな。本当は離したくないが、未練がましいのも格好がつかない。
だけど、最後くらい格好つけさせろ。
「おやすみ」
そう言って、振り返らずに駅に向かった。
お前も
今夜は俺のことを考えていれば
いいと思うよ
-------------------------------------
Premier rendez-vous(初デート)
-------------------------------------
「……いや、そんなでも」
待ち合わせの駅前広場。約束の5分前。
改札から小走りでやってきた結城に目を奪われる。
肩の出たトップスに涼しげな素材のワイドパンツ。いつもは無造作に束ねている髪が緩くまとめられ、柔らかそうに降りた先の鎖骨のラインが綺麗に出ている。制服とは全然雰囲気が違う。いや、制服姿もそれはそれで良いものだが、私服はさらにキレイなお姉さん感が増している。
彼女にちらちらと視線をやる周囲の男の視線を感じて、心底先に来ていてよかったと思う。
「変…?」
見とれてしまった俺を心配そうな顔で見る。
「いや、すごく、似合ってる」
「……よかった」
文節に力をこめて言うと、顔を綻ばせる結城。薄く彩られた唇が色っぽい。
こんなの、あのケダモノだらけの学校では絶対ダメだ。これが見られるのは、デートで会う時の特権にしてほしい。
「じゃ、行くか」
周囲への牽制の意味も込めて結城の手をとる。指を絡めて歩こうとすると、彼女の足が止まった。
「ん?どした?」
振り返ると、結城がうつむき、つないだ手を見ている。
「ゴメン、あの……笹谷ってこういう時手をつなぐタイプじゃないと思ってたから、ちょっとびっくりして」
もじもじと顔を赤らめる結城に、理性が持っていかれそうになる。
やべえ、コイツ、超カワイイ。
「……結城」
「ん?何?」
「……ホテル、行こっか?」
理性は俺の口を制御できなかったようだ。
瞬間、ごすっと胸部に衝撃が走る……頭突きをされていた。
「痛えっ、冗談だって!!」
「もう、バカ!!!」
「ごめん!予想以上にかわいかったから、ちょっと口が滑った!!!」
「!!……もう……」
赤い顔をして、自分が頭突きをした部分をあやすように丁寧に撫でる。
あ、なんか、これ、ヤバい……。
公衆の面前で、そういうのは、だめだと思います。
強引に、俺の胸を撫でる手をつかみ、もう一度指を絡める。
自分のテレを隠すには相手を照れさせるに限る。そして話を飛ばす。
「まず飯か?俺に決めさせるとラーメンになるけど」
「えーと、行ってみたいところがあるから、ラーメンは却下で」
計略は功を奏した。通常モードだ。
「じゃ、悪いけど今回はのっからせて。傾向みて対策練っとくから」
「ホントに?じゃあ、次期待するよ?」
結城に連れられて行ったのはイタリアンレストラン。
サイゼの延長だと思えば居心地は悪くない。向かい合わせに座り、お冷を飲んで一息ついた結城が組んだ両手に顔を乗せて言う。
「うわ、発見。笹谷って意外とイタリアン似合う」
「意外とってなんだよ」
「マフィアみたい」
「……褒めてるのかそれ?」
彼女の背後に広い窓がある。道行く人の生足やサンダルが目に入る。宮城も大分暑くなってきた。
サイゼの3倍価格がついたメニューから、美味いことを祈りつつ、食いたいものをオーダーする。
もうすぐ期末テスト一週間前だ。話は自然と進路のことになった。
「バレーで推薦とかってあるの?」
「企業へはなかなかないなー。けど、大学に行くヤツはたまにいる」
「そうなんだ」
「すごく突出した成績とか残してれば、リーグからお誘いくることもあるから、それ狙いで春高まで残ったりするけど、ウチの代はそうでもないからな」
一つ下は優秀だからアイツらは春高まで残るだろう。いや、残るべきだ。
「笹谷の3番ってどんな子が継いだの?」
一度しか試合見てないのに番号とか覚えててくれてんだなと思うと嬉しくなる。
「小原っていうんだけどわかるか?あの坊主頭の」
「あーーー。豊くん?」
……あの野郎、地味目なクセになに下の名前で認識されてんだよ。俺でさえ名前で呼ばれたことないのに。そういや、ちゃっかりアピールしてたな。まあ、二口と青根を影から支えるにはそういう抜け目のなさも必要だろう、と変なところで関心する。
「どの子かはわかるんだけど……あの、試合、笹谷ばっかり見てたから、あんまりプレーの印象がなくて」
恥ずかしそうにおしぼりをいじりながら答える結城。
突然のデレに小原へのモヤが吹っ飛んだ。この子は、たまにスゲー嬉しい爆弾を落としていくよな。
「ポジションは同じなんだけど、俺とは真逆のヤツだな」
「真逆?」
「タッパもあるし、上手ぇんだけど、身体能力でやってるって感じ。伸びしろありまくりなんだけど生かしきれてないんだよな」
いまいちピンと来ていない顏なので具体例をあげる。
「筋肉つけすぎて重いんだよ。ジャンプ力とスピードがねぇっつーか」
「あー、それなら、体の動かし方がわかってけば、鍛えたのは生きてくるよね」
「ああ、そこが伸びたら俺なんか簡単に超してくわ」
そう。小原にはまだまだ長い伸びしろがある。
「俺は伸びしろマックスまで伸びきっちゃったからな」
そう言うと、ストローで飲み物を吸っていた彼女が表情を曇らせたので言葉を付け足す。
「自嘲じゃねえよ、誇ってるんだよ」
心配そうな表情の彼女を真っ直ぐ見て言い切る。
自画自賛大絶賛。我ながらよくやったと思う。
「俺は3年間でやり切った」
目を合わせて笑って見せると、彼女がホッとしたように柔らかく笑った。
「そう……なら、よかった」
「まあ、テクニックだけが取柄だからな」
「……」
ストローを口に入れたまま一気に眉をひそめる彼女に俺は愉快な気分になる。
「……何想像したんだよ」
「え?別にバレーの話でしょ」
「顔、あけーぞ」
「……そんなことないよ」
ここ暑いから、とぱたぱたと手で風を起こす。あんまり調子のると怒られるからやめとくけど、ちょっとはそっちも意識してるんだな、と密かにほくそ笑む。
「それなら、今後楽しみだね。次試合はいつ?」
「予選は8月入ったぐらいから始まる。ま、今年は正直、新チームになって間もないしそこそこだと思うから、来年乞うご期待って感じ?」
「そっか……。見に行きたいなー」
彼女にとっては何気なく言った言葉なんだと思う。でも、それを聞いて、今、本当にはじめて、引退したのが惜しいと思った。
自分で、茂庭や鎌先とみんなで決めたことだったから後悔はない。
けれど、本当に、少しだけ。
「見に行けるといいな。一緒に、行ってもいい?」
「うん?ああ……」
頭の中によぎったことを隠すように、目の前の飲み物をぐっと流し込む。その俺の様子を見ながら、彼女はゆっくりと言った。
「私、笹谷のプレー、ずっと、覚えていると思うよ」
周りの喧騒にかき消されそうな、それでいて、俺の耳にはしっかりと届く声だった。
「忘れない」
俺を見て目を細めて柔らかく笑う。
普通に『好き』と言われるよりも、きたかもしれない。
人に褒められたいと思ってやっていたわけではない。
勝ちたいとしか思っていなかった。全ては試合に出て勝つための努力だった。
そんな俺の、最後に負けた試合を見て、俺の代わりに泣いてくれて、その試合を覚えていたい、なんて言ってくれた人がいることを誇りにしていきたいと思った。
そしてそんな彼女を心底大切にしたいと思う。
鼻の奥が何だか痛い。
あ、やばい、俺、泣くかも。と思った瞬間、
「お待たせしたしました。こちらーー」
何ともナイスなタイミングで注文したものが届いたから、涙腺は決壊を免れた。口だけ、笑顔を作る。
「食べよっか?」
2人でいただきます、と手を合わせた。
「そういえば、今日何買いてえの?」
「あ、水着……」
上品にフォークにパスタを巻き付けていた(つもりの)俺は思わず噴き出す。
「まじか?」
「うん。あれ?ダメだった?」
「ちょ、結城ちゃんよー。……初デートでそれってハードル高すぎねーか?」
「そう?普通に欲しいものそれなんだけど。今度女子で海行くし」
変なとこ合理的だな……。そういや、海に行くって、どこかで聞いたな。あー、あの、茂庭が『女子だけで海なんて、危ない』とかブツブツ言ってたヤツか。
「海って、ウチのマネも一緒?」
「うん、もちろん」
ビンゴだ。そうなると……、
「……茂庭が黙っちゃいねーな……」
「あ、やっぱ、そうなんだ」
茂庭がマネージャーの事を好きなこと。バレー部内では公然の秘密だったが、結城も知っているようだ。
「あれはわかるよなー」
「鈍いって言われてる私でもうすうす気づいたよ。付き合ってないの?」
「うち一応、部内恋愛禁止なんだよ」
「そうなの?でも、もう引退してるじゃない」
「んー、茂庭は多分、卒業するまで言わないだろうな」
俺は引退したら結城に言うつもりだった。部活やってる間は付き合っても全くかまえないと思っていたからだ。前倒して引退前になったのは、まあ、いろいろ事情があったからだ。結果的には最後の試合も見てもらえたことだし、あのタイミングでよかったと思う。
茂庭が言わないのは、俺とは別の理由だろう。茂庭とマネージャーがお互い想い合っていることはバレバレだが、どちらに聞いてもそれを否定するだろう。でも、もしこの二人が卒業後いきなり結婚すると言いだしても逆に俺は驚かない。
「笹谷は、……どんな水着が好き?」
いきなりのド直球な質問だった。
グラビアを見てる時の俺のポリシーは『かわいい子は出し惜しみするな、むしろ見せるべき』なんだけど……コレ、答えたら水ぶっかけられねぇか?
彼女の手元の水の量を確認しつつ考えているふりをしながら皿の最後の一口を口に入れると、彼女の方から助け舟を出してくれた。
「色だったら?」
色か。色な……。ここの地雷は何だ?『白』って答えたら透け目当てと思われるか?首や二の腕のあたりの素肌を見ながら考える。肌、キレイだな…と頭の片隅で思いつつ。
「薄い色よりも、ハッキリした色の方が似合いそう」
「原色かー。何でそう思ったの?」
「んー。今日の服に引っ張られてるかもしれねーけど、原色っていうより深い感じのイメージ?逆に白とかもいいな」
曖昧にかわした中に白をぶっこんでみる。結城はキレイにフォークに巻いたパスタを持ち上げながら「白かー」とつぶやく。
「じゃあ、形は?」
……非常に答えに困る質問だ。男が女子の水着のオシャレ知識があるわけねーだろ。せいぜいアタマにあるのは、
「チューブトップとかマイクロビキニとか?」
グラビア知識ぐらいのもんだ。結城の顔が引きつっている。聞いといてドン引きってひどくありません?
「……そんなのムリ」
「いや、俺も着て欲しくない」
「え?」
「胸を出すな脚も出すな。つーか素肌を露出するな」
「……何言ってんの、水着だよ?」
「いや、彼女に対してはこれが本音だわ」
「……」
正直、今までは見る分には露出度とかエロ度は高ければ高いほど良いと思ってた。でも、彼女に対してはそんなこと忘れるほど真逆だった。自分でもこんなに守りに入るなんて驚きでしかない。
「これは俺のワガママで、結城が着たいのを着てくれていいんだけど……でも1つだけ」
「うん……」
「谷間は隠してください」
自分でもドン引くほど真剣なトーンの声が出た。あっけにとられたような空気は感じた。
「……私、そんな谷間できないって」
いやいやいや、お前結構胸あんだろ!
さすがに、このオシャレ空間ではそれを言うのはためらわれたので、俺は彼女の顔を見てもう一度言う。
「他の男に見せないでください」
オネガイシマス、と付け足すと、彼女は頬を赤らめて微笑んだ。
「わかった。私、大切にされてるね?」
「……うるせーよ」
照れ隠しにデコピン食らわせると「痛い」と額を押さえつつ笑っていた。
◇◆◇
水着売り場はなかなかの広さだった。『仙台最大級』の煽り文句は伊達じゃない。
ここに男が侵入してったら選んでいるお嬢さん方イヤだろう……と思い、会場の隅で待つことにする。
「試着したら見てね」
「じゃあ、きわどいのも着てみろよ試しで」
「それは笹谷が選んで持ってきてよ」
ごめんなさい、無理です。あの中に入ってって布地の少ない水着を探し当てるなんて芸当、俺には無理だわ。
「……俺が水着物色してたら通報されるだろ」
「あはは!確かに!」
「そこは否定しろよ!」
身長以上のラックに水着が2段でかかっている通路まできたところで俺は立ち止まる。ここから先は入っていける気がしない。
「この辺で待ってるわ」
「わかった。じゃ、行ってくる」
手を振って水着の森に切り込んでいった結城はあっという間に見えなくなった。
それから15分ぐらいたった所だろうか。片隅に申し訳程度に陳列された男物の水着を死んだ目で眺めていたところ、急に声をかけられた。
「笹谷さま?お連れ様がお呼びです」
う、後ろから来るなって!心臓止まるわ、ホントに。……変な気起こさず男物眺めてて良かった!
イヤな汗をかきながら、穏やかな笑みを浮かべた店員に導かれ更衣室へ向かう。両サイドの水着の山がちらちら目に入る。はじめは多少興奮したけど、こんだけあると、もはやただの布だな……。
特設会場だからか、広いスペースに更衣室が列をなしている。そこには俺と同じように付き添いに巻き込まれた感の男もいてほっとする。一番奥に俺を案内すると店員はそっと離れた。
「笹谷?」
外開きのドアの隙間から首だけ出した結城が俺を呼ぶ。
「……どうかな?」
ひらひらの白いフリルの上にお揃いのショートパンツ的な露出度抑え目のかわいらしいものだった。鎖骨と肩と腰のくびれがすごくきれいに出ている。これなら、まあ、許容範囲か。
「おう……、いいんじゃねぇ?」
「でね…。ちょっと中入って後ろ閉めて」
そう言って俺を更衣室に招き入れる。え?俺ここに?入って、いいのか?
「これ、パーツが4つで、これは上から着るやつで……」
ドアを閉めるなり説明しながら上のフリルのパーツを脱ぎ出す。そして出てきたのは、なんつーか、俺の乏しいファッション語彙力でいうと、普通に赤くて花柄のブラジャーにしか見えなかった。
て、いうか、想像以上に胸でけー。しっかり谷間出来てるじゃねーかよ。
「下もそうなんだよね」
今度はさすがに恥ずかしかったのか、脱ぐことはせずにショートパンツを片側だけずらして中のショーツを見せてくる。
いや、結城さん、それそのままモロに見せられるより数段エロイんですけど……。
「……笹谷の言ってた『きわどい感じ』って、こういうの?」
上目遣いで顔をほんのり赤くしたカノジョと、狭い個室で二人きりのほぼブラジャーとパンツ。
もう、なんなの……。ここはどこだよ。理性……ログアウトしそう。
「う、うん。すげーいいと思う」
頑張れ……俺の理性。紳士的な俺よ、降臨してこい。
「けど、海では、ちゃんと上のヤツ着てね」
限界寸前で、それじゃ、と試着室を出ようとすると、ぐっと手をつかまれ引き留められた。
「!!!!何?」
「もうひとパターンあるんだけど、それも見てくれる?」
「!!!」
生着替えかよ!ちょっと、もう、もたねーよ!
「わかった!すぐそこで待ってるから、着替えたら呼べ!」
逃げるように試着室を出、天井を仰いで大きくため息をつく。さっき案内してくれた店員にほほえましい目を向けられて、冷や汗が止まらなかった。
ほどなくして、再度結城がひょっこり顔を出す。もう一つの候補は、結城の説明によると、ホルターネックのトップスにビキニパンツとフレアパンツの3ピース。いわく、ホルターネックならしっかり胸も包まれるから笹谷も安心って、お前、絶対俺のことからかってるだろ?そこそこ胸強調されてるぞ!「どっちがいい?」と言われても俺には良し悪しはわからないから、肌色が少ない方が正義となる。
結局、隠せる面積の多いはじめに試着した方を選ぶと、納得したのか結城はそれをレジに持って行った。
◆◇◆
「送ってくれてありがとう。ここまでで大丈夫だから」
初めてのデートにしては遅くなってしまったかもしれない。家の近くまで送って行きたかったが、俺の帰宅のことを心配してくれてか駅から少し出たところでいいという。ここから真っ直ぐ行って一回曲がるだけ。この道ならしっかり街灯もあるし見通しもいい。
「おー、家に帰るまでがデートだから、気を付けて帰れよー」
「子供じゃないんだから」
そういって屈託なく笑った表情が俺の胸にささって、ある衝動が湧き起こる。
「結城」
「なに、ささ…」
振り返った彼女が、俺の名前を呼び終わる前に唇を奪う。一瞬だけ、ちゅっと音を立てて唇を離した。
目を丸くしてあっけにとられた顔。
頬がだんだん赤くなっていく。
ずっと繋いでいた手を強く握って離す。
彼女の手が、一瞬俺の手を手繰るように動いて、空を掴んだ。
今日一日。
散々にかき回してくれたんだから、最後ぐらい反撃させろって。
駅の方向から人が流れてくる。立ちつくして見つめ合う俺たちには目もくれずにそれぞれの方向へと進んでゆく。
頬を赤く染め片手を唇に当てる結城を目に焼き付ける。
ああ、やっぱりかわいいな。本当は離したくないが、未練がましいのも格好がつかない。
だけど、最後くらい格好つけさせろ。
「おやすみ」
そう言って、振り返らずに駅に向かった。
お前も
今夜は俺のことを考えていれば
いいと思うよ
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Premier rendez-vous(初デート)
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