2.感染
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※全4ページ
「友紀、友紀!」
かくて、笹谷ワクチンを撃ち込まれた私は、彼の思惑通りに笹谷のことばっかり考えている。
ここ一週間で笹谷について知ったこと。
バレー部の朝練には真面目に出ていること。
絶対遅刻はしないけれど、朝は弱そうなこと。
ジャージにでも平気でローファーを合わせてくること。
そこそこ成績はいいクセにノートはほとんどとってないこと。
そして、私を見る目がすごく優しいこと。
ずっと見てるとか、そういうことじゃない。目が合った時やたまたまこちらを見ているときの表情がすごく柔らかいのだ。そんな顔していたら私の事を好きなのが周囲にバレてしまうのでは…と勝手な心配をしてしまうほどに。前からそうだったのだろうか。それとも…ただの私の自意識過剰なんだろうか。
「友紀ってばぁ!」
「えっ、え、なに?」
頬杖をついていた私の目の前にいつの間にかクラスメイトの松島がいた。お弁当を開いているってことは昼休みになっていたらしい。
「さっきから呼んでるのに…。あんたさ、どうしたの」
「な、何が?」
「ずっと、笹谷のコト目で追ってるでしょ。笹谷と何かあったの?」
「えっ!!!」
彼女に、そんなこと、ないってと言おうとした私の視界、松島の肩越しに、クラスメイトと戯れる笹谷の後ろ姿。思わず大声を出してしまうと笹谷がこちらを振り返る。私と目が合うとふっと微笑んだ。
ガンッ
「ちょっと、友紀!」
笹谷に微笑みかけられらことで動揺し音を立てて机に突っ伏した私に、呆れを隠さない声で彼女は言った。
「……放課後、付き合ってもらうわよ」
◇◆◇
学校近くのドーナツショップ。ここは伊達工女子の憩いの場だ。見慣れた制服でそこそこ賑わってる。2階の一番奥の2人席を陣取った彼女の前には新作ドーナツとカフェラテ。食欲のない私の前にはアイスコーヒーのみ。尋問に備えて、私はミルクの封を開ける。
「何があったのよ」
開口一番、来た。何が、ナニガ。もうそれはあれしかない。私は観念して口を開く。
「……笹谷に、告られた…」
彼女はきゅっと目を丸くしたが、それほど驚いたというわけでもなさそうだった。
「それで?どうしたの?」
「……どうもしてない」
「OKしたの?!断ったの?!」
「どっちもしてない。でも…」
矢継ぎ早に降りかかる質問に、追い詰められた気持ちになりながらストローでミルクをかき混ぜる。そうだ。私はあの告白に何も返していない。ミルクの白はあっという間に黒に溶けていく。まるで、笹谷に飲み込まれていく今の私のように。
「……好きになっちゃったみたい」
「告られたら、好きになったってこと?」
驚いた風な彼女の口から改めて直球で言い換えられ、自分の状態を認識する。告られたから好きになるとか、我ながらなんてお手軽な女なんだろう。
「あー!!!もう、チョロすぎて消えたくなる……」
テーブルに突っ伏した私の頭をポンポンと撫でながら彼女は諭すように言う。
「それでもいいじゃない。じゃあ、付き合ってみたら?両想いなんでしょ?」
「付き合ったら、私なんてすぐやられちゃう……」
彼女はぷっと噴き出す。
「つーか、アンタそれ、どっちの意味で」
「いろんな意味で……」
「……バカじゃないの?」
辛辣な言葉のわりに声は優しい。顔を上げた私と目が合うと彼女は呆れ顔で軽く微笑んだ。
「あのさ、あんたクラスで3つに分かれるとき誰の班?」
「え…?」
ここで何故、班の話?
伊達工は2年でコースが分かれてそのまま3年に持ち上がる。情報機械コース、30人余りの3-Cは10人ずつ3班に分かれ、そこをまた二つに分けての実習が多い。
クラスに女子は3人。1人ずつ分かれて入っている。班長は……。
「あれ、ね。男子の中で『誰が一番好みのタイプか』で分かれてるんだって」
「は……?」
「2年の修学旅行の時、夜の猥談の延長で?クラスの女子の中で誰がいいかっていう、まあ、ありがちなアレよね」
そう言って松島は両手を組み自分の顔をそこに置く。手入れされた彼女の爪がきれいだ。3-Cの女子は、松島渚とここにはいない白石苑子、そして私の3人。松島は見たままの姉御タイプ。白石は他校の彼氏をきらさないかわいらしいタイプだ。2人とも内面は工業で埋もれない男気めいたものがあるのに、女子力は高い。校則違反ギリギリの線での攻めの身だしなみを欠かさず、工業高校の気楽さに流された私の女子力の低さを突いてくる。私の女子高生としての美容の知識はほとんど彼女たちから伝授されたものだ。
「何か、キレイに3等分されたみたいで、3年の班はそれで行こうぜってなったみたい」
「……」
「あんたみたいな女子力削って男子に溶け込んでるやつにも、需要があるのねとは思ったけど」
「……それは、多分同情票だよ」
なかなかに辛辣な評価に苦笑いで答える。この2人と同数の票が自分に入ったのは意外だった。うまくニッチをつけたのか。心の中で班員のみんなアリガトウとお礼を言う。
思い出した。3年になって班決めが行われたとき、『結城は俺の班だから』って笹谷に言われたんだった。妙にスムーズに決まったから知らないうちにクジでもやったんだと思ってたら。っていうか、松島がそれを知ってるってことは、女子に口を割ったヤツがいるのか…バレたら袋叩きだったろうな……。
「って、この話の本質はそこじゃないのよ。班長って、いるでしょ」
「うん」
「班長はその中で、まあ、なりたいヤツっていうか…本気そうなヤツなんだって。自薦、他薦もありでの」
「……」
「で、あんたの班、班長って誰よ」
心底愉快そうに松島が笑う。わかりきっているくせに。ホント、松島さん、いい性格してる。私は渋々口を開く。
「……笹谷くんデス……」
「だから、そーいうことよ」
面白くてしょうがないって感じでニヤニヤする松島。そういや、松島も彼女の班の班長と付き合ってた。情報の出どころは……元カレか?…そんなこと突っ込んでもしょうがないか。
「ってことは、修学旅行の時は既に私の事好きだったってこと?」
「そう、男子はみんな知ってるはず」
私は頭を抱える。なんてこった……。
「2年の時じゃん!そんな、前から?」
「気づかなかったの?」
「だって、本人も、みんなもそんな素振り見せないから……」
「さすがに大人だからねー。中坊みたいなデリカシーのないことはしないのよ」
デリカシーって!日常飛び交うエロ話はえげつないくせに!逆に人のリアルな色恋沙汰にはスルーできるってどういうこと?そんなバカな。イマイチ納得がいかない。私に向けられた好意に私だけが気づいてないなんて。
……そんなに私、ぼーっとしてた?
「それにしても、さ」
そう言って彼女は一口カフェラテを飲んで息をつくと、まっすぐ私を見る。
「あんた、今まで散々告白されてても全部断ってたじゃない、それと笹谷と何が違ってたの?」
「……」
「一昨日ぐらい?B組のヤツに呼び出されてたの、告られてたんでしょ?」
そんなことも……確かにあった。ここ数日は笹谷のことで頭がいっぱいで、ほとんど記憶にない。
伊達工は女子が少ないから、私みたいなのでも入学からもう一生分ってくらいの告白の洗礼を受ける。けど、ほとんどが話したこともない先輩だったから相手の情報が少なすぎてOKしようがない。まあ、一種のイベントみたいなもので相手も本気ではないのだろうけど。
笹谷のだってはじめはあの告白、とても本気のようには思えなかった。
ただ……。
あんなにドキドキした告白は初めてだった。
『そういうのは、付き合ってからだろ?』
甦る笹谷の甘い声。唇の感触……。
「友紀?」
呼ばれてはっと我に返る。ダメだ。ちょっと隙があるとすぐ笹谷の事を考えてしまう。
「顔が赤いわよ」
「そ、そう?」
慌てて両手で頬を隠すように覆う。その手がひんやり気持ちいいと感じるほど、顔が火照っている。
「……アンタ、笹谷に何されたの?」
「…………」
ジト目で私を見る松島の鋭さが本当に怖い。女子力と女のカンの鋭さって比例するのかな。
でも…言えない。言えないことをされたわけではないけれど、なんとなくそこは彼との秘密にしておきたい。
「普通に、好きだ、って言われただけだよ……」
本当に?と目で詰問するように睨まれる。ここではぐらかしても松島に全部隠しておくことはできなそうだ…。私は観念して口を開いた。
「笹谷は……話やすいし気が合うし…クラスメイトとしてずっと頼りにしてたし…」
そこで一息ついて松島を見る。彼女は真剣な面持ちで私を見ている。そこにからかう意図は一切感じられない。
私はウソにならないよう言葉を選んでその先を続ける。
「でも…『好きだ』って言われて、自分の中にあった笹谷への好意を引きずりだされたって感じ。笹谷の思いに強引に感染させられたっていうか……」
あの告白からの一連の流れで、その先、笹谷と付き合った場合に起こるであろうことを想像させられてしまった。それで……私はその想像を許容できてしまった。キスも、その先も。笹谷とじゃなかったら「無理!」と突っぱねてたものを。
「……笹谷とだったら、付き合ってそれからのこともありなのかな?って思ったし」
言葉にするのはこれが精一杯だった。
猥談なんか、もっとえげつないこと平気で言えてたくせに、自分のことになるとこんな遠回しにしか言えない。クラスメイト男子を笑えないよ。
「アンタが彼氏いない歴イコール年齢なのは知ってるけど…」と前置きして松島が口を開く。
「男と付き合いたい、って思ったことってないの?」
「うーん……。好きな人がいたことはあるけど、その先どうするかって考えたことなかったな。告白しようとか思ったことがないし」
松島はくるくるとストローを回しながら私の言葉を待つ。
「高校入ってから告られたりもしたけど、よくわからない人と付き合うってのが意味わからなかったし」
話したこともない人から告白される。最初は一目惚れなのかと自惚れていた。が、あまりに続くと、適当な女とやりたいだけか、と悟る。ならば機械的に断るのみ。そうしているうちに『アイツは告っても絶対断る』というレッテルが貼られ平穏が訪れた。彼氏いない歴イコール年齢の喪女の完成である。知らない人は即断だけど、知っている人ならば考えてみようとは思ってるのに。
「……伊達工入ってゆがんじゃったね」
「私の青春を返せ……!」
「今からでも遅くはないでしょ」
自虐で茶化すと再度呆れたように笑われる。
もう、そんなんだから、このまま卒業していくんだと思ってた。私の恋愛は卒業してからだ、と現状に安心してしまったのもある。もっと先のことだと思っていたのに。
「なんか、初めての感覚過ぎて、怖いんだよね。 好きな人がいて、両想いになるって。どうしたらいいのかがわからない」
耳年増の実戦経験はゼロ。何をするのかわかっている。のに、身近に迫るとわからなくなる。
松島はストローでラテをすすって口を開く。
「どうしたらいいじゃなくて、あんたはどうしたいの?どう思ってるのよ」
「いいヤツなのはわかってる、けど……」
「けど、何よ」
私のこのためらいは何から来てるんだろう。
……多分怖いんだ。笹谷の底が知れなくて。
胸、唇。普通にしていたら触れることのない所に触れてしまって、必要以上に笹谷を意識している。
「私の気持ちを、素直に答えたらどうなっちゃうのかが…ちょっと怖くて」
正直に、自分の今の気持ちを吐露する。彼女は何度目かの呆れを含んだため息をついた。
「そんなの、付き合ってから考えればいいんじゃないの?って思うんだけどなー」
「そうなのかもしれないけど……」
「いくら笹谷でも、あんたが答えたとたん押し倒しにかかるとかはないでしょ」
「うん、それは……わかってる」
告白ついでにキス(おでこだけど)してきたことは胸にしまっておく。
「自分の気持ちも、笹谷が何を望んでいるのかもいまいちよくわからなくて」
『いろんな意味でやられそう』
冗談抜きでこの一言に私の本音は詰め込まれている。
言葉をつがない私を見て、松島は「うーん」と唸った。
「こじらせなくてもいいところでこじらせすぎなんだよ」
「そうなの、かな?」
「シンプルにさ、一回、笹谷がアンタ以外に打ち込んでるものでも見てきたら?」
「え?」
「もうすぐ、試合あるらしいよ、バレー部だっけ?」
話の矛先が変わったことにきょとんとしていると「3年だし最後の試合なんじゃないの?」と続く。
「クラスの笹谷しか見ていないんでしょ?じゃあ、高校生活で一番長い時間かけてきたものでも見れば、また見方も変わるんじゃない?」
そこまで言うと「忘れてた!」とドーナツにかぶりつく。私のアイスコーヒーはすっかり氷が溶けている。ストローで上下をかき混ぜ一気に吸い込む。水っぽくなったアイスコーヒーがカラカラな喉を潤す。
笹谷がバレー部であることはもちろん知っている。ただ私が見ていたのはその周りだけ。部活に向かう笹谷だったり、体育の授業で意外な身体能力を発揮する笹谷だったりで、実際にしている所は見たことがない。
「まあ、こじつけかもしれないけど、笹谷の事知らなすぎだと思うなら見てきたら?なんか、このままだと笹谷がかわいそうになってきちゃった。多分、笹谷ってアンタが思うより真面目だよ」
「……」
「それ見て、アンタ自身の気持ちも確かめてきな」
それでとっととやられてきなさいよ、そう言って松島は今日イチの笑顔で私のおでこを小突いた。
「友紀、友紀!」
かくて、笹谷ワクチンを撃ち込まれた私は、彼の思惑通りに笹谷のことばっかり考えている。
ここ一週間で笹谷について知ったこと。
バレー部の朝練には真面目に出ていること。
絶対遅刻はしないけれど、朝は弱そうなこと。
ジャージにでも平気でローファーを合わせてくること。
そこそこ成績はいいクセにノートはほとんどとってないこと。
そして、私を見る目がすごく優しいこと。
ずっと見てるとか、そういうことじゃない。目が合った時やたまたまこちらを見ているときの表情がすごく柔らかいのだ。そんな顔していたら私の事を好きなのが周囲にバレてしまうのでは…と勝手な心配をしてしまうほどに。前からそうだったのだろうか。それとも…ただの私の自意識過剰なんだろうか。
「友紀ってばぁ!」
「えっ、え、なに?」
頬杖をついていた私の目の前にいつの間にかクラスメイトの松島がいた。お弁当を開いているってことは昼休みになっていたらしい。
「さっきから呼んでるのに…。あんたさ、どうしたの」
「な、何が?」
「ずっと、笹谷のコト目で追ってるでしょ。笹谷と何かあったの?」
「えっ!!!」
彼女に、そんなこと、ないってと言おうとした私の視界、松島の肩越しに、クラスメイトと戯れる笹谷の後ろ姿。思わず大声を出してしまうと笹谷がこちらを振り返る。私と目が合うとふっと微笑んだ。
ガンッ
「ちょっと、友紀!」
笹谷に微笑みかけられらことで動揺し音を立てて机に突っ伏した私に、呆れを隠さない声で彼女は言った。
「……放課後、付き合ってもらうわよ」
◇◆◇
学校近くのドーナツショップ。ここは伊達工女子の憩いの場だ。見慣れた制服でそこそこ賑わってる。2階の一番奥の2人席を陣取った彼女の前には新作ドーナツとカフェラテ。食欲のない私の前にはアイスコーヒーのみ。尋問に備えて、私はミルクの封を開ける。
「何があったのよ」
開口一番、来た。何が、ナニガ。もうそれはあれしかない。私は観念して口を開く。
「……笹谷に、告られた…」
彼女はきゅっと目を丸くしたが、それほど驚いたというわけでもなさそうだった。
「それで?どうしたの?」
「……どうもしてない」
「OKしたの?!断ったの?!」
「どっちもしてない。でも…」
矢継ぎ早に降りかかる質問に、追い詰められた気持ちになりながらストローでミルクをかき混ぜる。そうだ。私はあの告白に何も返していない。ミルクの白はあっという間に黒に溶けていく。まるで、笹谷に飲み込まれていく今の私のように。
「……好きになっちゃったみたい」
「告られたら、好きになったってこと?」
驚いた風な彼女の口から改めて直球で言い換えられ、自分の状態を認識する。告られたから好きになるとか、我ながらなんてお手軽な女なんだろう。
「あー!!!もう、チョロすぎて消えたくなる……」
テーブルに突っ伏した私の頭をポンポンと撫でながら彼女は諭すように言う。
「それでもいいじゃない。じゃあ、付き合ってみたら?両想いなんでしょ?」
「付き合ったら、私なんてすぐやられちゃう……」
彼女はぷっと噴き出す。
「つーか、アンタそれ、どっちの意味で」
「いろんな意味で……」
「……バカじゃないの?」
辛辣な言葉のわりに声は優しい。顔を上げた私と目が合うと彼女は呆れ顔で軽く微笑んだ。
「あのさ、あんたクラスで3つに分かれるとき誰の班?」
「え…?」
ここで何故、班の話?
伊達工は2年でコースが分かれてそのまま3年に持ち上がる。情報機械コース、30人余りの3-Cは10人ずつ3班に分かれ、そこをまた二つに分けての実習が多い。
クラスに女子は3人。1人ずつ分かれて入っている。班長は……。
「あれ、ね。男子の中で『誰が一番好みのタイプか』で分かれてるんだって」
「は……?」
「2年の修学旅行の時、夜の猥談の延長で?クラスの女子の中で誰がいいかっていう、まあ、ありがちなアレよね」
そう言って松島は両手を組み自分の顔をそこに置く。手入れされた彼女の爪がきれいだ。3-Cの女子は、松島渚とここにはいない白石苑子、そして私の3人。松島は見たままの姉御タイプ。白石は他校の彼氏をきらさないかわいらしいタイプだ。2人とも内面は工業で埋もれない男気めいたものがあるのに、女子力は高い。校則違反ギリギリの線での攻めの身だしなみを欠かさず、工業高校の気楽さに流された私の女子力の低さを突いてくる。私の女子高生としての美容の知識はほとんど彼女たちから伝授されたものだ。
「何か、キレイに3等分されたみたいで、3年の班はそれで行こうぜってなったみたい」
「……」
「あんたみたいな女子力削って男子に溶け込んでるやつにも、需要があるのねとは思ったけど」
「……それは、多分同情票だよ」
なかなかに辛辣な評価に苦笑いで答える。この2人と同数の票が自分に入ったのは意外だった。うまくニッチをつけたのか。心の中で班員のみんなアリガトウとお礼を言う。
思い出した。3年になって班決めが行われたとき、『結城は俺の班だから』って笹谷に言われたんだった。妙にスムーズに決まったから知らないうちにクジでもやったんだと思ってたら。っていうか、松島がそれを知ってるってことは、女子に口を割ったヤツがいるのか…バレたら袋叩きだったろうな……。
「って、この話の本質はそこじゃないのよ。班長って、いるでしょ」
「うん」
「班長はその中で、まあ、なりたいヤツっていうか…本気そうなヤツなんだって。自薦、他薦もありでの」
「……」
「で、あんたの班、班長って誰よ」
心底愉快そうに松島が笑う。わかりきっているくせに。ホント、松島さん、いい性格してる。私は渋々口を開く。
「……笹谷くんデス……」
「だから、そーいうことよ」
面白くてしょうがないって感じでニヤニヤする松島。そういや、松島も彼女の班の班長と付き合ってた。情報の出どころは……元カレか?…そんなこと突っ込んでもしょうがないか。
「ってことは、修学旅行の時は既に私の事好きだったってこと?」
「そう、男子はみんな知ってるはず」
私は頭を抱える。なんてこった……。
「2年の時じゃん!そんな、前から?」
「気づかなかったの?」
「だって、本人も、みんなもそんな素振り見せないから……」
「さすがに大人だからねー。中坊みたいなデリカシーのないことはしないのよ」
デリカシーって!日常飛び交うエロ話はえげつないくせに!逆に人のリアルな色恋沙汰にはスルーできるってどういうこと?そんなバカな。イマイチ納得がいかない。私に向けられた好意に私だけが気づいてないなんて。
……そんなに私、ぼーっとしてた?
「それにしても、さ」
そう言って彼女は一口カフェラテを飲んで息をつくと、まっすぐ私を見る。
「あんた、今まで散々告白されてても全部断ってたじゃない、それと笹谷と何が違ってたの?」
「……」
「一昨日ぐらい?B組のヤツに呼び出されてたの、告られてたんでしょ?」
そんなことも……確かにあった。ここ数日は笹谷のことで頭がいっぱいで、ほとんど記憶にない。
伊達工は女子が少ないから、私みたいなのでも入学からもう一生分ってくらいの告白の洗礼を受ける。けど、ほとんどが話したこともない先輩だったから相手の情報が少なすぎてOKしようがない。まあ、一種のイベントみたいなもので相手も本気ではないのだろうけど。
笹谷のだってはじめはあの告白、とても本気のようには思えなかった。
ただ……。
あんなにドキドキした告白は初めてだった。
『そういうのは、付き合ってからだろ?』
甦る笹谷の甘い声。唇の感触……。
「友紀?」
呼ばれてはっと我に返る。ダメだ。ちょっと隙があるとすぐ笹谷の事を考えてしまう。
「顔が赤いわよ」
「そ、そう?」
慌てて両手で頬を隠すように覆う。その手がひんやり気持ちいいと感じるほど、顔が火照っている。
「……アンタ、笹谷に何されたの?」
「…………」
ジト目で私を見る松島の鋭さが本当に怖い。女子力と女のカンの鋭さって比例するのかな。
でも…言えない。言えないことをされたわけではないけれど、なんとなくそこは彼との秘密にしておきたい。
「普通に、好きだ、って言われただけだよ……」
本当に?と目で詰問するように睨まれる。ここではぐらかしても松島に全部隠しておくことはできなそうだ…。私は観念して口を開いた。
「笹谷は……話やすいし気が合うし…クラスメイトとしてずっと頼りにしてたし…」
そこで一息ついて松島を見る。彼女は真剣な面持ちで私を見ている。そこにからかう意図は一切感じられない。
私はウソにならないよう言葉を選んでその先を続ける。
「でも…『好きだ』って言われて、自分の中にあった笹谷への好意を引きずりだされたって感じ。笹谷の思いに強引に感染させられたっていうか……」
あの告白からの一連の流れで、その先、笹谷と付き合った場合に起こるであろうことを想像させられてしまった。それで……私はその想像を許容できてしまった。キスも、その先も。笹谷とじゃなかったら「無理!」と突っぱねてたものを。
「……笹谷とだったら、付き合ってそれからのこともありなのかな?って思ったし」
言葉にするのはこれが精一杯だった。
猥談なんか、もっとえげつないこと平気で言えてたくせに、自分のことになるとこんな遠回しにしか言えない。クラスメイト男子を笑えないよ。
「アンタが彼氏いない歴イコール年齢なのは知ってるけど…」と前置きして松島が口を開く。
「男と付き合いたい、って思ったことってないの?」
「うーん……。好きな人がいたことはあるけど、その先どうするかって考えたことなかったな。告白しようとか思ったことがないし」
松島はくるくるとストローを回しながら私の言葉を待つ。
「高校入ってから告られたりもしたけど、よくわからない人と付き合うってのが意味わからなかったし」
話したこともない人から告白される。最初は一目惚れなのかと自惚れていた。が、あまりに続くと、適当な女とやりたいだけか、と悟る。ならば機械的に断るのみ。そうしているうちに『アイツは告っても絶対断る』というレッテルが貼られ平穏が訪れた。彼氏いない歴イコール年齢の喪女の完成である。知らない人は即断だけど、知っている人ならば考えてみようとは思ってるのに。
「……伊達工入ってゆがんじゃったね」
「私の青春を返せ……!」
「今からでも遅くはないでしょ」
自虐で茶化すと再度呆れたように笑われる。
もう、そんなんだから、このまま卒業していくんだと思ってた。私の恋愛は卒業してからだ、と現状に安心してしまったのもある。もっと先のことだと思っていたのに。
「なんか、初めての感覚過ぎて、怖いんだよね。 好きな人がいて、両想いになるって。どうしたらいいのかがわからない」
耳年増の実戦経験はゼロ。何をするのかわかっている。のに、身近に迫るとわからなくなる。
松島はストローでラテをすすって口を開く。
「どうしたらいいじゃなくて、あんたはどうしたいの?どう思ってるのよ」
「いいヤツなのはわかってる、けど……」
「けど、何よ」
私のこのためらいは何から来てるんだろう。
……多分怖いんだ。笹谷の底が知れなくて。
胸、唇。普通にしていたら触れることのない所に触れてしまって、必要以上に笹谷を意識している。
「私の気持ちを、素直に答えたらどうなっちゃうのかが…ちょっと怖くて」
正直に、自分の今の気持ちを吐露する。彼女は何度目かの呆れを含んだため息をついた。
「そんなの、付き合ってから考えればいいんじゃないの?って思うんだけどなー」
「そうなのかもしれないけど……」
「いくら笹谷でも、あんたが答えたとたん押し倒しにかかるとかはないでしょ」
「うん、それは……わかってる」
告白ついでにキス(おでこだけど)してきたことは胸にしまっておく。
「自分の気持ちも、笹谷が何を望んでいるのかもいまいちよくわからなくて」
『いろんな意味でやられそう』
冗談抜きでこの一言に私の本音は詰め込まれている。
言葉をつがない私を見て、松島は「うーん」と唸った。
「こじらせなくてもいいところでこじらせすぎなんだよ」
「そうなの、かな?」
「シンプルにさ、一回、笹谷がアンタ以外に打ち込んでるものでも見てきたら?」
「え?」
「もうすぐ、試合あるらしいよ、バレー部だっけ?」
話の矛先が変わったことにきょとんとしていると「3年だし最後の試合なんじゃないの?」と続く。
「クラスの笹谷しか見ていないんでしょ?じゃあ、高校生活で一番長い時間かけてきたものでも見れば、また見方も変わるんじゃない?」
そこまで言うと「忘れてた!」とドーナツにかぶりつく。私のアイスコーヒーはすっかり氷が溶けている。ストローで上下をかき混ぜ一気に吸い込む。水っぽくなったアイスコーヒーがカラカラな喉を潤す。
笹谷がバレー部であることはもちろん知っている。ただ私が見ていたのはその周りだけ。部活に向かう笹谷だったり、体育の授業で意外な身体能力を発揮する笹谷だったりで、実際にしている所は見たことがない。
「まあ、こじつけかもしれないけど、笹谷の事知らなすぎだと思うなら見てきたら?なんか、このままだと笹谷がかわいそうになってきちゃった。多分、笹谷ってアンタが思うより真面目だよ」
「……」
「それ見て、アンタ自身の気持ちも確かめてきな」
それでとっととやられてきなさいよ、そう言って松島は今日イチの笑顔で私のおでこを小突いた。