作並浩輔:正論
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「こちらからは以上だ。他に何かあるか?」
レギュラーミーティングの最後。追分監督の言葉の後、すっと作並が手を挙げた。え?作並?と場がざわつく。作並がここで発言するのは初めてだ。
締めの挨拶に入ろうとした二口さんが訝しげに片眉をつり上げ作並に手で発言を促す。
一身に注目を集めた作並が息を吸い込んだ音が聞こえた。
「部内恋愛禁止令についてお聞きしたいと思います」
張りつめた空気の体育館に作並の声が通る。
……は?今なんて?
「どうして部内で恋愛をしてはいけないんですか?」
予想外すぎる発言だった。体育館内は静まり返る。
「……作並、知らねえのか?昔、」
誰も何も言わない中、最初に言葉を発したのは二口さんだった。二口さんが説明しようとしたのは部内恋愛禁止令に至った出来事のことだろう。ある女子マネージャーが部員を次々に食いまくったという伝説。それに伴い出来た伊達工バレー部の不文律。
『あん時の部員、超うらやましいよなー』
『俺ん中では90、60、90の即ハボで!』
『ココでヤったとか?神聖な部室でふっざけんなよなー』
『神聖とか笑わせんな、むさ苦しいだけだろ』
……俺たちも最低限の節度は持ち合わせているからマネージャーさんの前では話さないが、幾度となく猥談のネタとして上がっている。
作並は微笑み「もちろん知ってます」と返し視線を追分監督に向ける。それを受けた追分監督は苦々しい表情で口を開いた。
「良いか悪いかの話ではない。それは決まりだ。部活に恋愛は必要か?それで成績は伸びるか?風紀は乱れないか?不穏な要因があるならば、それは排除するべきだと私は考える」
念押しするようにもう一度監督は言った。
「決まりは決まりだ」
作並は頷いて納得したように見えた。これでおしまい、と思ったのも束の間、作並の口からまさか爆弾が投下された。
「僕は、マネージャーの結城さんが好きです」
作並、何言って……?
作並の表情が変わらないから、余計に今の発言と結びつかなくて混乱する。
「結城さんと、お付き合いすることになったら、僕は部活を辞めなければいけませんか?」
作並は追分監督をまっすぐに見据える。丸く大きな猫のような瞳が獲物を捕らえるときのように鋭くなる。
「マネージャーと?」
二口さんは呆然とした表情で作並を見る。
結城さんは舞さんと同じ二年生のマネージャーだ。今は二人で備品の買い出しに行ってるからこの場にはいない。
確かに、作並と結城さんは仲がいい。結城さんが自分より小さい作並を『作くん、作くん』と可愛がるのはもはや日常だ。なんとなく作並が結城さんのことを好きなのは分かっていたし、もし付き合うことになっても、隠す協力は惜しまないつもりだった。が……。
この場でその話をする必要は?作並に何か考えはあるのか?
「別に……作並が誰を好きだろうがどうこうする気はない。ただ、部内で付き合うとなれば、話は別だ。もう一度言う。決まりは決まりだ」
追分監督は作並を睨むが、作並はびくともしない。いつもの……ボールを追っている時の目だ。その目をすっと細めると落ち着いた口調で作並は言う。
「その決まりが出来た理由から考えると、結城さんが他の男性と関係するのがいけないということですよね。そういう見方をするのは結城さんに対するセクハラでないでしょうか?」
ぼかしてはいるけれどなかなかきわどい発言だ。青根さんが下を向く。
追分監督は表情を変えない。いや、作並、監督にケンカ吹っ掛けるって、作並をここまで駆り立てるものはなんだ?
「僕の父親は46歳で、ココ出身です」
作並が静かな声で続けた。
急に何だ?いや普通じゃん、うちの親父より年上だな……とか思ってたら、監督が目を剥いていた。
伊達工業出身。
46歳……?
監督と……同い年?
「ちょっと待て、作並」
「いつからバレー部にあの禁止令があるのか、つてをたどって調べました。丁度、父の同期の代が在学中の時なんです」
それは初耳だ。さすがに部員達がざわつく。
そんな中思い出した表情の二口さんが口を挟む。
「監督ってここのOBでしたよね。30年前の出来事、知ってるんじゃないですか?」
「…………」
監督は答えなかった。目を閉じ口を一文字にして天を仰いでいる。
「一つ提案があります」
作並は穏やかな顔で監督の方に向き直った。
「部内恋愛禁止、それを撤廃していただけるのであれば、僕はもうこの件について追及しません。でも、存続するのであれば、納得できる理由をお聞かせ願いたい」
監督は作並を睨みつけるようにして言う。
「別にお前の言うことに従う義務はないだろう。どちらも断る、といった場合は?」
「その場合、僕は部活をやめなければいけませんね」
作並は寂しそうに笑う。監督は口をへの字にゆがめる。その緊張を破るように、二口さんが「あ」と何かを思いついた様子で手を打った。
「鎌先さんが言ってたんスけど、監督、奥さんもココじゃなかったですか?」
それは初めて聞いた。監督は動揺したように目を泳がせるから本当の事なんだろう。それを見逃さない二口さんはニヤリと意地悪い顔で笑う。
「監督の奥さんってもしかして……」
「二口、それ以上は」
「ただいま戻りましたー」
体育館の入り口から大きな荷物を抱えた舞さんと結城さんが中に声をかける。舞さんは消耗品らしい備品の袋を持ってそのまま部室の方へと行ってしまった。いつもならすぐに手伝うのに動けない状況がもどかしい。
「あれ?まだミーティングやってるんですか?」
そう言ってのんきにこちらに来るのは結城さん。部員たちがひきつった表情で自分の方を見ているのに気づいたのだろう。
「どうしたの、みんな変な顔して?」
「……結城よ」
「ハイ。……なんですか?」
「お前、部内恋愛が禁止じゃなくなったらどうする?」
監督……。
結城さんは目に見えて赤くなった。
「え、や、ヤダなー、監督。べ、別にどうもしませんよ?いつものままです」
監督は結城さんの回答に「そうか」と小さく答える。
でも結城さんは察しが良かった。他の部員が全員体育座りをしている中、作並だけが起立しているのに気がついたのだろう。
「え?作くん?が……?」
作並、監督、部員と視線を順にさまよわせながら動揺した表情を見せる。そして何かに思い至ったのか、彼女の目にみるみる涙が溜まってきた。
「作くん、もしかして……」
作並は結城さんを見つめたまま何も言わない。その場にいた誰もがゴクリと固唾をのんだ。え、いや、待ってください……この状況、超キツい……。
「やっぱり、舞ちゃんの事、好きだったんだね……!」
『『『『『違うよ!』』』』』
満場一致の心のツッコミが聞こえる。
もはやここにいる全員が作並の思いを知っている。誤解を解いてあげたいのは俺たち共通の思いだが、さすがにそれは本人からだろ?と作並の方を見る。
作並は気づかわし気に結城さんを見つめながら沈黙を守っている。
そうか。
ここで作並が告白して成就してしまったら自動的に結城さんか作並のどちらかは部活をやめなければいけなくなる。今の作並は、勘違いで人目もはばからず泣いている結城さんを見守るしかない。両方を助ける方法、要は結城さんをこれ以上泣かせず、作並の思いを遂げさせるには……。
……一つ、見つけたような気がする。はやる気持ちを抑えて俺はその場で挙手をする。
「吹上」
すぐに気がついてくれた二口さんが俺の名前を呼ぶ。注目が俺に集まる。
上手く言えるかはわからない。一か八だ。二口さんがうなずいたのを見て俺は唇を舐めてから口を開く。
「……正直、これからこの状態で作並が正常に部活に打ち込めるかって話になると思うんです。俺たちもどうなってるんだって動揺が生じている。今の時点で壊れているんです。責任取らせて作並をやめさせますか?」
「そんなの、俺、やだよ!」
静まり返る中黄金川が声を上げてくれた。助かる。これなら続けやすい。俺は黄金川にうなずいて見せる。
「俺も、作並とこれからも一緒にバレーやりたいです。それなら、部内がぎくしゃくするその禁止令いらないのではないでしょうか」
結論を急ぎすぎた気がする。説得できる理由と案を出さないと。
「推測ですが……その禁止令の元になった出来事は、女性が部員と付き合っていることを隠し、別れ、隠れて付き合い別れを繰り返したことで、部員の中に疑心暗鬼が広まって行ったからだとすれば……」
万が一、その女性が監督と関わりがあるのなら、良く言ってこのパターンでないかと思った。手に信じられないぐらいの汗をかいている。最善ではないかもしれないが今はこれで押していくしかない。
「吹上、もうぶっちゃけろよ。どうすればいい?」
二口さんが薄く笑って俺を煽ってくる。ホントこの人は……。
「問題なのは、中で付き合うこと自体ではなく、1人の女性が部員内の複数人と関係をもつことだと思います。それを防止するなら、下手に禁止して隠れて付き合われるよりも、公認にしてしまった方が良いのではないでしょうか」
頭の中で、監督と作並を両天秤にかけて釣り合う方法を考える。
「あくまで禁止令を残すなら、条件をつけて許可制にする。悪く言えば宣言をさせて全体で監視してる状態にするんです」
どっちつかずの結論で決め手には欠けるなとは自分でも思う。二口さんが半笑いで続けてくれた。
「吹上はお上品にまとめたよな……。俺は言い方スゲー悪いけど、そのマネージャー公衆便所状態なんだと思ってた」
監督がカッと目を見開く。多分、一番言われたくなかったことなんだろう。とうとう青根さんが顔を伏せてしまった。二口さん、そんな言葉を口にさせてスイマセン。俺も正直そっちよぎりましたけど、とても言えませんでした。
でも、これで突破口は開けた気がする。
「俺は、歴代の先輩方がそんな事はしていないと信じています」
「生意気言ってすみません」と最後に頭を下げ、俺は二口さんに目くばせした。二口さんは大きく首を振って頷く。
「要は、作並が浮気できないように、見張りゃいいんだよな」
「はい……」
「監督、どうします?」
マネージャーの方ではなく部員の責任にすり替えた上で、最終的に監督を立てる二口さんはやはり尊敬すべき先輩だと思う。
監督は、静かに話し始めた。
「……私の妻の名誉のためにこれだけは言っておこう。確かに、私と妻はこの高校のバレー部で選手とマネージャーの関係だった。当時付き合っていたのも事実だ。この先は……ここだけの話にしてほしい。だいぶ私の主観が入っているので」
監督はそこで息をついた。思い出しているというより、言葉を探しているようだった。
「まあ当時……妻に横恋慕したヤツがいた。それと少しトラブルになってあることないこと噂になった。その混乱を収めるために、この禁止令が出されたのが事の経緯だ」
誰も言葉を発しない。結城さんも何が起こったかわからないというような目で監督を見ている。
「それ以降、噂が独り歩きしていたのだろう。しかし……この禁止令があることで、さっき二口が言ったようなことが想像されてしまうのだとすれば……それは看過できない」
二口さんが監督の後ろでペロリと舌を出す。
「そんな疑いが出てしまうのであれば、真面目に取り組んできた過去の部員達にも申し訳がない。よって」
監督は良く通る声でこう宣言した。
「私の身勝手かもしれないが、もはや誰にも望まれていないのなら、部内恋愛禁止は今日をもって撤廃しよう」
監督がそう宣言したからといって喜びの声を上げるわけでもない。ただ、ほっとした雰囲気に体育館が包まれた。
「ただし、しばらくは許可制だ。人に言えない付き合いならするべきでない。また、トラブルがあったら、再度復活する可能性もあることを忘れるな」
そこまで言うと、監督は作並に目を向ける。
「そして、作並は結城ときちんと話し合うように」
監督は部員一同を満遍なく睨み付け「以上」と言葉を締めた。
「はい、じゃ、これでミーティング終わり!遅くなったからとっとと帰り支度しろよ」
追い立てる二口さん。空気を読んだ部員がさっさと部室に消えていく。
あとは、作並と結城さん次第だ。
俺は立ち上がり作並の肩をつつく。作並は俺を見上げて微笑む。
「仁悟ありがとう」
そう言うと、結城さんのところへ向かっていった。
……この半年後、舞さんと俺が付き合うようになったのはまた別の話だ。
-------------------------------
作並浩輔×正論
=部内恋愛禁止令の撤廃
□
-------------------------------
レギュラーミーティングの最後。追分監督の言葉の後、すっと作並が手を挙げた。え?作並?と場がざわつく。作並がここで発言するのは初めてだ。
締めの挨拶に入ろうとした二口さんが訝しげに片眉をつり上げ作並に手で発言を促す。
一身に注目を集めた作並が息を吸い込んだ音が聞こえた。
「部内恋愛禁止令についてお聞きしたいと思います」
張りつめた空気の体育館に作並の声が通る。
……は?今なんて?
「どうして部内で恋愛をしてはいけないんですか?」
予想外すぎる発言だった。体育館内は静まり返る。
「……作並、知らねえのか?昔、」
誰も何も言わない中、最初に言葉を発したのは二口さんだった。二口さんが説明しようとしたのは部内恋愛禁止令に至った出来事のことだろう。ある女子マネージャーが部員を次々に食いまくったという伝説。それに伴い出来た伊達工バレー部の不文律。
『あん時の部員、超うらやましいよなー』
『俺ん中では90、60、90の即ハボで!』
『ココでヤったとか?神聖な部室でふっざけんなよなー』
『神聖とか笑わせんな、むさ苦しいだけだろ』
……俺たちも最低限の節度は持ち合わせているからマネージャーさんの前では話さないが、幾度となく猥談のネタとして上がっている。
作並は微笑み「もちろん知ってます」と返し視線を追分監督に向ける。それを受けた追分監督は苦々しい表情で口を開いた。
「良いか悪いかの話ではない。それは決まりだ。部活に恋愛は必要か?それで成績は伸びるか?風紀は乱れないか?不穏な要因があるならば、それは排除するべきだと私は考える」
念押しするようにもう一度監督は言った。
「決まりは決まりだ」
作並は頷いて納得したように見えた。これでおしまい、と思ったのも束の間、作並の口からまさか爆弾が投下された。
「僕は、マネージャーの結城さんが好きです」
作並、何言って……?
作並の表情が変わらないから、余計に今の発言と結びつかなくて混乱する。
「結城さんと、お付き合いすることになったら、僕は部活を辞めなければいけませんか?」
作並は追分監督をまっすぐに見据える。丸く大きな猫のような瞳が獲物を捕らえるときのように鋭くなる。
「マネージャーと?」
二口さんは呆然とした表情で作並を見る。
結城さんは舞さんと同じ二年生のマネージャーだ。今は二人で備品の買い出しに行ってるからこの場にはいない。
確かに、作並と結城さんは仲がいい。結城さんが自分より小さい作並を『作くん、作くん』と可愛がるのはもはや日常だ。なんとなく作並が結城さんのことを好きなのは分かっていたし、もし付き合うことになっても、隠す協力は惜しまないつもりだった。が……。
この場でその話をする必要は?作並に何か考えはあるのか?
「別に……作並が誰を好きだろうがどうこうする気はない。ただ、部内で付き合うとなれば、話は別だ。もう一度言う。決まりは決まりだ」
追分監督は作並を睨むが、作並はびくともしない。いつもの……ボールを追っている時の目だ。その目をすっと細めると落ち着いた口調で作並は言う。
「その決まりが出来た理由から考えると、結城さんが他の男性と関係するのがいけないということですよね。そういう見方をするのは結城さんに対するセクハラでないでしょうか?」
ぼかしてはいるけれどなかなかきわどい発言だ。青根さんが下を向く。
追分監督は表情を変えない。いや、作並、監督にケンカ吹っ掛けるって、作並をここまで駆り立てるものはなんだ?
「僕の父親は46歳で、ココ出身です」
作並が静かな声で続けた。
急に何だ?いや普通じゃん、うちの親父より年上だな……とか思ってたら、監督が目を剥いていた。
伊達工業出身。
46歳……?
監督と……同い年?
「ちょっと待て、作並」
「いつからバレー部にあの禁止令があるのか、つてをたどって調べました。丁度、父の同期の代が在学中の時なんです」
それは初耳だ。さすがに部員達がざわつく。
そんな中思い出した表情の二口さんが口を挟む。
「監督ってここのOBでしたよね。30年前の出来事、知ってるんじゃないですか?」
「…………」
監督は答えなかった。目を閉じ口を一文字にして天を仰いでいる。
「一つ提案があります」
作並は穏やかな顔で監督の方に向き直った。
「部内恋愛禁止、それを撤廃していただけるのであれば、僕はもうこの件について追及しません。でも、存続するのであれば、納得できる理由をお聞かせ願いたい」
監督は作並を睨みつけるようにして言う。
「別にお前の言うことに従う義務はないだろう。どちらも断る、といった場合は?」
「その場合、僕は部活をやめなければいけませんね」
作並は寂しそうに笑う。監督は口をへの字にゆがめる。その緊張を破るように、二口さんが「あ」と何かを思いついた様子で手を打った。
「鎌先さんが言ってたんスけど、監督、奥さんもココじゃなかったですか?」
それは初めて聞いた。監督は動揺したように目を泳がせるから本当の事なんだろう。それを見逃さない二口さんはニヤリと意地悪い顔で笑う。
「監督の奥さんってもしかして……」
「二口、それ以上は」
「ただいま戻りましたー」
体育館の入り口から大きな荷物を抱えた舞さんと結城さんが中に声をかける。舞さんは消耗品らしい備品の袋を持ってそのまま部室の方へと行ってしまった。いつもならすぐに手伝うのに動けない状況がもどかしい。
「あれ?まだミーティングやってるんですか?」
そう言ってのんきにこちらに来るのは結城さん。部員たちがひきつった表情で自分の方を見ているのに気づいたのだろう。
「どうしたの、みんな変な顔して?」
「……結城よ」
「ハイ。……なんですか?」
「お前、部内恋愛が禁止じゃなくなったらどうする?」
監督……。
結城さんは目に見えて赤くなった。
「え、や、ヤダなー、監督。べ、別にどうもしませんよ?いつものままです」
監督は結城さんの回答に「そうか」と小さく答える。
でも結城さんは察しが良かった。他の部員が全員体育座りをしている中、作並だけが起立しているのに気がついたのだろう。
「え?作くん?が……?」
作並、監督、部員と視線を順にさまよわせながら動揺した表情を見せる。そして何かに思い至ったのか、彼女の目にみるみる涙が溜まってきた。
「作くん、もしかして……」
作並は結城さんを見つめたまま何も言わない。その場にいた誰もがゴクリと固唾をのんだ。え、いや、待ってください……この状況、超キツい……。
「やっぱり、舞ちゃんの事、好きだったんだね……!」
『『『『『違うよ!』』』』』
満場一致の心のツッコミが聞こえる。
もはやここにいる全員が作並の思いを知っている。誤解を解いてあげたいのは俺たち共通の思いだが、さすがにそれは本人からだろ?と作並の方を見る。
作並は気づかわし気に結城さんを見つめながら沈黙を守っている。
そうか。
ここで作並が告白して成就してしまったら自動的に結城さんか作並のどちらかは部活をやめなければいけなくなる。今の作並は、勘違いで人目もはばからず泣いている結城さんを見守るしかない。両方を助ける方法、要は結城さんをこれ以上泣かせず、作並の思いを遂げさせるには……。
……一つ、見つけたような気がする。はやる気持ちを抑えて俺はその場で挙手をする。
「吹上」
すぐに気がついてくれた二口さんが俺の名前を呼ぶ。注目が俺に集まる。
上手く言えるかはわからない。一か八だ。二口さんがうなずいたのを見て俺は唇を舐めてから口を開く。
「……正直、これからこの状態で作並が正常に部活に打ち込めるかって話になると思うんです。俺たちもどうなってるんだって動揺が生じている。今の時点で壊れているんです。責任取らせて作並をやめさせますか?」
「そんなの、俺、やだよ!」
静まり返る中黄金川が声を上げてくれた。助かる。これなら続けやすい。俺は黄金川にうなずいて見せる。
「俺も、作並とこれからも一緒にバレーやりたいです。それなら、部内がぎくしゃくするその禁止令いらないのではないでしょうか」
結論を急ぎすぎた気がする。説得できる理由と案を出さないと。
「推測ですが……その禁止令の元になった出来事は、女性が部員と付き合っていることを隠し、別れ、隠れて付き合い別れを繰り返したことで、部員の中に疑心暗鬼が広まって行ったからだとすれば……」
万が一、その女性が監督と関わりがあるのなら、良く言ってこのパターンでないかと思った。手に信じられないぐらいの汗をかいている。最善ではないかもしれないが今はこれで押していくしかない。
「吹上、もうぶっちゃけろよ。どうすればいい?」
二口さんが薄く笑って俺を煽ってくる。ホントこの人は……。
「問題なのは、中で付き合うこと自体ではなく、1人の女性が部員内の複数人と関係をもつことだと思います。それを防止するなら、下手に禁止して隠れて付き合われるよりも、公認にしてしまった方が良いのではないでしょうか」
頭の中で、監督と作並を両天秤にかけて釣り合う方法を考える。
「あくまで禁止令を残すなら、条件をつけて許可制にする。悪く言えば宣言をさせて全体で監視してる状態にするんです」
どっちつかずの結論で決め手には欠けるなとは自分でも思う。二口さんが半笑いで続けてくれた。
「吹上はお上品にまとめたよな……。俺は言い方スゲー悪いけど、そのマネージャー公衆便所状態なんだと思ってた」
監督がカッと目を見開く。多分、一番言われたくなかったことなんだろう。とうとう青根さんが顔を伏せてしまった。二口さん、そんな言葉を口にさせてスイマセン。俺も正直そっちよぎりましたけど、とても言えませんでした。
でも、これで突破口は開けた気がする。
「俺は、歴代の先輩方がそんな事はしていないと信じています」
「生意気言ってすみません」と最後に頭を下げ、俺は二口さんに目くばせした。二口さんは大きく首を振って頷く。
「要は、作並が浮気できないように、見張りゃいいんだよな」
「はい……」
「監督、どうします?」
マネージャーの方ではなく部員の責任にすり替えた上で、最終的に監督を立てる二口さんはやはり尊敬すべき先輩だと思う。
監督は、静かに話し始めた。
「……私の妻の名誉のためにこれだけは言っておこう。確かに、私と妻はこの高校のバレー部で選手とマネージャーの関係だった。当時付き合っていたのも事実だ。この先は……ここだけの話にしてほしい。だいぶ私の主観が入っているので」
監督はそこで息をついた。思い出しているというより、言葉を探しているようだった。
「まあ当時……妻に横恋慕したヤツがいた。それと少しトラブルになってあることないこと噂になった。その混乱を収めるために、この禁止令が出されたのが事の経緯だ」
誰も言葉を発しない。結城さんも何が起こったかわからないというような目で監督を見ている。
「それ以降、噂が独り歩きしていたのだろう。しかし……この禁止令があることで、さっき二口が言ったようなことが想像されてしまうのだとすれば……それは看過できない」
二口さんが監督の後ろでペロリと舌を出す。
「そんな疑いが出てしまうのであれば、真面目に取り組んできた過去の部員達にも申し訳がない。よって」
監督は良く通る声でこう宣言した。
「私の身勝手かもしれないが、もはや誰にも望まれていないのなら、部内恋愛禁止は今日をもって撤廃しよう」
監督がそう宣言したからといって喜びの声を上げるわけでもない。ただ、ほっとした雰囲気に体育館が包まれた。
「ただし、しばらくは許可制だ。人に言えない付き合いならするべきでない。また、トラブルがあったら、再度復活する可能性もあることを忘れるな」
そこまで言うと、監督は作並に目を向ける。
「そして、作並は結城ときちんと話し合うように」
監督は部員一同を満遍なく睨み付け「以上」と言葉を締めた。
「はい、じゃ、これでミーティング終わり!遅くなったからとっとと帰り支度しろよ」
追い立てる二口さん。空気を読んだ部員がさっさと部室に消えていく。
あとは、作並と結城さん次第だ。
俺は立ち上がり作並の肩をつつく。作並は俺を見上げて微笑む。
「仁悟ありがとう」
そう言うと、結城さんのところへ向かっていった。
……この半年後、舞さんと俺が付き合うようになったのはまた別の話だ。
-------------------------------
作並浩輔×正論
=部内恋愛禁止令の撤廃
□
-------------------------------
1/1ページ