鎌先靖志:正面突破
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「お前、いい加減俺と付き合えよ」
鎌先から5回目の告白。今回は昼休みにわざわざ私を体育館に呼び出してのもの。
最初に告白されたときに『鎌先のことは好きだけど、待って』って言ったのが失敗だった。言質を取られてしまっている。
「今じゃないとダメ?」
「ダメだ」
「引退してからでは?」
「ダメだ」
「せめて、インターハイ終わってからじゃダメ?」
「もう、無理だ。これ以上待てねぇ」
いつもより3割増しの真剣な表情で私の申し出を断る鎌先に、不覚にも心拍数が上がる。ついにこの時が来てしまった、と、覚悟を決めた。それならば私にはやらなければいけないことがある。にじりよる鎌先が顔に触れてこようとするのをやんわりと制して彼の手を取る。
「……わかった」
「よし、付き合うんだな」
「うん。それじゃ監督のとこ行ってくる」
「ん?監督?なんでだ?」
「退部届け出さなきゃ」
「は?」
「入部するときに言われなかった?部内恋愛禁止って。付き合うならどっちか退部しなくちゃいけないんだけど、」
鎌先も知ってるでしょ?と水を向けると、彼はさーっと蒼ざめた。コイツ……。さては忘れてたな。
◇◆◇
「監督、追分かんとく―ーーっ!」
私の手をひっつかんだ鎌先は叫びながら職員室へ飛び込む。お昼休みの職員室。5限の授業開始前ののんびりムードは鎌先の声でつんざかれた。職員室中の注目を浴びながら追分監督の前に出ると、鎌先はがばっと土下座をする。
「監督っ!お願いします」
「な、何をだ」
「俺と結城の交際を認めてください!」
「!!?」
追分監督が目を剥いてたじろぎ、隣の先生がお茶を噴く。予想以上の直球に横にいる私もびっくりだ。鎌先は追分監督しか目に入ってないので周囲の視線なんかものともしてないけど、私は集まる視線に恥ずかしさしかない。
「……ダメだ、入部の時に話した通り、部内の恋愛は禁止だ。聞かなかったことにしてやるから、引退するまで待て」
持ち直した監督はにべもない。ほら、私と同じことを言っている。決まりは決まりだ。そして矛先は私に向かう。
「結城も知っているはずだろう。なぜ止められない」
鎌先が『部内恋愛禁止令』を忘れているのはなんとなく想像がついた。だから今回のことはなかったことにして『付き合わず現状維持で』って提案もした。しかしそれでは気が済まないのだという。職員室に行くなら俺も行く、監督を説得する、と聞かなかった。
「わかっています。でも、もう5回目なんです。鎌先の熱意に負けました。その事を承知で入部していますし、私が部を離れます。鎌先を退部させるわけにはいきません」
こうなったときにマネ側が辞めるのは不文律みたいなものだ。私もそうするべきだと思っているので抵抗はない。職員室はシンと静まり返った。追分監督が苦い顏で頭に手をやる。鎌先が私をつついた。
「なんでお前が辞めるんだよ」
「滑津には話してあるから大丈夫だよ」
「そういうことじゃねーだろ……」
でも、そういうことなのだ。決まりを破るならその報いは受けなければ他の部員への示しがつかない。いくら三年生でも、三年だからこそだ。
「前時代的すぎじゃないですかぁ。マネちゃん、やめさせられちゃうの?何も悪いことしてないじゃなーい」
通りすがりの若井先生が口を挟む。彼女は現国担当。伊達工イチのピチピチギャル教師だ。『生徒目線で』というのが彼女のモットーらしいので色々な意味で生徒に人気がある。
「若井先生は黙っていただきたい」
「彼女が退部させられて、鎌先くんのモチベーション保つことができると思う?私は思わないけどなー」
「……」
若井先生の追撃に職員室はひそひそとざわつく。
「こんなほぼ男子校で、女子との接触なんて部活のマネぐらいしかないのに、ねぇ」
「そこを禁止するなんて、鬼ですよね」
「だからこそ禁止ってのもわかるよな。ほんの一握りだからな付き合えるの」
「まあ、厳しい練習中にいちゃつかれたら腹立つしな」
「真面目に付き合ってるならいいと思いますけどね」
若井先生の声に賛同するもの、そうでないもの。賛否両論に分かれる職員室。つーか、皆何聞いてんのよ……。
追分監督は一つ咳払いをすると苦々しい顔で口を開いた。
「……インターハイが終わるまで待てないのか」
「1年の時から好きなんです。もう2年待ってます」
間髪入れず鎌先が言う。
うそ、初耳だ。
「2年待ったなら、あと少しだろ?」
「コイツ、他のヤツに狙われてるんスよ。もう待てません」
それも私には初耳だ……。もしそうだとしても普通に断るって!
知らなかった。鎌先が私の事をそんな前から好きだったとか、私のことを好きな人がいるとか。誰だろう……と考えてたら鎌先に睨まれた。こわっ。さそり座の男、嫉妬深っ。職員室にヒューと場違いな口笛が響く。「愛されてるね」と若井先生が私を冷やかす。顔が熱くなってきた。ナニこの公開セクハラ。
「そもそも何で、部内恋愛禁止なんスか」
鎌先が納得できないという顔で、監督を睨みながら言う。
私の聞いた話では、10数年前ぐらいにいた女子のマネージャーが片っ端から部員を食いまくった…とのことだった。そこからは泥沼も泥沼で、部内は女子マネを巡っての険悪ムード。その年の成績は最悪。退部者も続出。伊達工バレー部発足以来の危機となったそうでしばらく女子マネ自体を禁止にしたそうだ。ただ部員の負担も大きく、許可する代わりに『部内恋愛禁止令』が発令された…ということらしい。これはマネージャー側には成り立ちも含めて口を酸っぱくして言われているが、部員側には入部の時に一度軽く言われるだけらしい。
コレを監督の口から言わせるのもどうかと思うので、ざっと鎌先に説明する。監督から何か補足があるかと思いきや、何も口出しされなかった。鎌先は理解できないという風に首をひねる。
「昔の事じゃないすか、今、そんな必要があるんすか」
「ここまで続けば伝統ともいえる。ウチは仮にも強豪と言われる部だ。品位と風紀を保つ必要がある」
「俺も結城もそんな迷惑かけるようなことはしないっす」
「普通に男女がくっついたり別れたりすることで部内がぎくしゃくしたり、当人のモチベーションに影響したりするだろうが。それがないと言い切れるのか」
追分監督の言葉に鎌先がぐっと言葉に詰まる。
「でも追分先生、高校時代のマネージャーさんと結婚してますよね」
「あー!そうそうこの前の飲み会で聞きましたよ!」
「!!!私のことは置いといてくださいっ!」
先生方に後ろから撃たれ慌てる監督。……そうだったんだ。今回初耳のこといっぱいだなぁ。生暖かい目線で私たちが見ていることに気づいたのか、監督は私たちをじろりと睨みつける。が、先ほどの迫力はない。監督は仕方ないという風にため息をつく。
「結城はどう考えているのか」
発言を促された私は言葉を選ぶ。
「鎌先の人となりは1年のころから知ってますし、今さら幻滅するってこともないと思います。相当なことがあっても卒業までは我慢できます」
付き合ってもごたごたは起こしませんよ、という含みを持たせての回答。鎌先はお気に召さなかったのか「我慢ってなんだよ…」とブツクサ言うので肘で黙らせる。
「そうか。結城の言い分はわかった。鎌先。お前はどうなんだ」
とりあえず好意的に受け止められたらしいことにほっとする。
次に監督が鎌先に水を向けると、彼は姿勢を正してよく通る声で言い放った。
「付き合うからには、添い遂げることまで考えています」
職員室が静まり返る。
添い遂げるって……、この筋肉バカ、意味わかってんの?結婚するってことだよ?小声で鎌先をつついて確認してみる。
「は、それぐらいわかってるぞ、結婚して死ぬまで一緒だってことだろ?」
ちょっと赤くなった真顔で鎌先が言う。……鎌先の理解は私が思っているよりも深かった。
ひゅーと再度口笛が吹かれる。ナニこの羞恥プレイ。顔が熱くなる。私は顔を隠すように背ける。
「追分監督、お願いします!部活に迷惑をかけることは絶対しません」
鎌先の熱い宣言に追分監督は腕を組んで天を仰いだ。職員室中の先生が固唾をのんで動向を見守る。空気は鎌先を後押ししているようだ。その雰囲気にのまれたのか、追分監督はついに堕ちた。
「……お前らの覚悟はわかった。特別に認める」
「あざーーーっす!!!」
振り絞るような監督の言葉が終わるや否や、鎌先が叫んで感謝を述べ、何故か監督に握手を求める。監督は苦虫を嚙み潰したような顔で鎌先に応じると、私たちに釘をさした。
「ただし、結城は決して鎌先を特別扱いしないこと」
「わかりました」
「そして鎌先は、部活中は用もなく結城に話しかけないこと」
「ええ?!…ウス」
「まあ、周りに影響するような言動は慎むようにということだ。表立って交際してることを公言するな」
「わかりました」
「ッス」
何故か私にも握手を求める鎌先。仕方なしに私が応えると、これまた何故か職員室中から拍手が送られ『めでたしめでたし』的な雰囲気が漂い始める。恥ずかしいので、もう退散したい。私たちは一礼をして職員室を後にしようとすると、ほっとした風な面持ちの追分監督が再度釘をさす。
「お前たち、くれぐれも清い交際をだぞ」
もちろんです。という思いを込めて深く頭を下げると、鎌先の動きがぴたっと止まった。
「鎌先?」
すっと真顔になった鎌先。嫌な予感がする。こいつは…真面目な顔をしている時ほど、ろくなことを考えていない!
「鎌先、もう行こっ……」
「監督、清い交際ってどこまでいってOKっすか?」
腕を引っ張った私を振り切り、監督の元へ迫る。真剣さを帯びた鎌先の一言に、再度静まり返る職員室。
「……どこまでって……どこにもいっちゃいけないのが清い交際だろ?」
監督が、ナニヲイッテンダオマエと言う表情で目を泳がせる。
イマイチ納得のいっていない表情の鎌先が何かを言う前に、再び職員室がざわめき始めた。
「ええ?当然キスはOKでしょ」
「キスだけで済みますか?ぼかぁ、そんなの無理です!」
「いっそ接触は全てダメということにすれば」
「信じられない。高校生の恋愛に何もさせないつもり?高校生の時キスぐらいしてたでしょ」
「前提としてこれは特例なんです。特例にある程度縛りは必要かと思いますが」
「縛り?グフフ…けしからん」
「俺の高校生ん時は彼女と職員用トイレで、」
「そもそも許可出しといて、付き合い方にとやかく言うってなくない?」
「良識あればとめられますよ」
「まあ、キスがライン的にわかりやすいんじゃねーか」
「えーキスだけなんて、鎌先くんも結城ちゃんも生殺しじゃなーい」
「すみません、巻き込まないでいただけますか?」
具体的な話に私の名前を出さないでいただきたい……。
「もう結婚を前提にって宣言してるんだから、どこまでいってもいいじゃない」
「いや、一応学校側としてはラインは引くべきです」
「まあ、高校生ならBまでですよね」
「Bはだめでしょ」
「いやいやいや、Bまでならありですよ!」
「BとCの間には壁がありますよね」
「旧校舎の空き教室ってのも風情があるよな……」
「いやーBで止まれますか?あとはなし崩しでは?」
「究極、学校的には妊娠さえしなけりゃいいんでしょ?」
「若井先生、それは極論すぎます」
……帰りたい。
もはや私たちそっちのけで先生方は議論している。ところどころ不穏な発言があるんだけど、大丈夫なんだろうか。
そして、議論の争点っぽい頻繁に出てくる『B』ってなんだろう。
「ねぇ、鎌先……」
真剣に先生方の議論の行く末を見守る鎌先に呼びかける。
「何だよ」
「Bって何?」
「……知らねえよ」
まあ、そうだと思ったけど。
B…頭文字?バ…ビ…ブ…!ベッド?!ベッドイン!?
いやいやいや、違うでしょ、さすがに、
「お前何顔赤くしてんだ?」
「!!!」
もとはといえばあんたの発言が原因でしょ!
私は鎌先の間抜け面を見上げて睨みつけると、固い腕を思いっきりつねった。
「痛えっって!何だよ!」
◇◆◇
後日談
緊急職員会議による『伊達工的清い交際のボーダーライン』はB未満ということになったそうです。
だから、Bって何!?
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鎌先靖志×正面突破
=監督に直談判
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鎌先から5回目の告白。今回は昼休みにわざわざ私を体育館に呼び出してのもの。
最初に告白されたときに『鎌先のことは好きだけど、待って』って言ったのが失敗だった。言質を取られてしまっている。
「今じゃないとダメ?」
「ダメだ」
「引退してからでは?」
「ダメだ」
「せめて、インターハイ終わってからじゃダメ?」
「もう、無理だ。これ以上待てねぇ」
いつもより3割増しの真剣な表情で私の申し出を断る鎌先に、不覚にも心拍数が上がる。ついにこの時が来てしまった、と、覚悟を決めた。それならば私にはやらなければいけないことがある。にじりよる鎌先が顔に触れてこようとするのをやんわりと制して彼の手を取る。
「……わかった」
「よし、付き合うんだな」
「うん。それじゃ監督のとこ行ってくる」
「ん?監督?なんでだ?」
「退部届け出さなきゃ」
「は?」
「入部するときに言われなかった?部内恋愛禁止って。付き合うならどっちか退部しなくちゃいけないんだけど、」
鎌先も知ってるでしょ?と水を向けると、彼はさーっと蒼ざめた。コイツ……。さては忘れてたな。
◇◆◇
「監督、追分かんとく―ーーっ!」
私の手をひっつかんだ鎌先は叫びながら職員室へ飛び込む。お昼休みの職員室。5限の授業開始前ののんびりムードは鎌先の声でつんざかれた。職員室中の注目を浴びながら追分監督の前に出ると、鎌先はがばっと土下座をする。
「監督っ!お願いします」
「な、何をだ」
「俺と結城の交際を認めてください!」
「!!?」
追分監督が目を剥いてたじろぎ、隣の先生がお茶を噴く。予想以上の直球に横にいる私もびっくりだ。鎌先は追分監督しか目に入ってないので周囲の視線なんかものともしてないけど、私は集まる視線に恥ずかしさしかない。
「……ダメだ、入部の時に話した通り、部内の恋愛は禁止だ。聞かなかったことにしてやるから、引退するまで待て」
持ち直した監督はにべもない。ほら、私と同じことを言っている。決まりは決まりだ。そして矛先は私に向かう。
「結城も知っているはずだろう。なぜ止められない」
鎌先が『部内恋愛禁止令』を忘れているのはなんとなく想像がついた。だから今回のことはなかったことにして『付き合わず現状維持で』って提案もした。しかしそれでは気が済まないのだという。職員室に行くなら俺も行く、監督を説得する、と聞かなかった。
「わかっています。でも、もう5回目なんです。鎌先の熱意に負けました。その事を承知で入部していますし、私が部を離れます。鎌先を退部させるわけにはいきません」
こうなったときにマネ側が辞めるのは不文律みたいなものだ。私もそうするべきだと思っているので抵抗はない。職員室はシンと静まり返った。追分監督が苦い顏で頭に手をやる。鎌先が私をつついた。
「なんでお前が辞めるんだよ」
「滑津には話してあるから大丈夫だよ」
「そういうことじゃねーだろ……」
でも、そういうことなのだ。決まりを破るならその報いは受けなければ他の部員への示しがつかない。いくら三年生でも、三年だからこそだ。
「前時代的すぎじゃないですかぁ。マネちゃん、やめさせられちゃうの?何も悪いことしてないじゃなーい」
通りすがりの若井先生が口を挟む。彼女は現国担当。伊達工イチのピチピチギャル教師だ。『生徒目線で』というのが彼女のモットーらしいので色々な意味で生徒に人気がある。
「若井先生は黙っていただきたい」
「彼女が退部させられて、鎌先くんのモチベーション保つことができると思う?私は思わないけどなー」
「……」
若井先生の追撃に職員室はひそひそとざわつく。
「こんなほぼ男子校で、女子との接触なんて部活のマネぐらいしかないのに、ねぇ」
「そこを禁止するなんて、鬼ですよね」
「だからこそ禁止ってのもわかるよな。ほんの一握りだからな付き合えるの」
「まあ、厳しい練習中にいちゃつかれたら腹立つしな」
「真面目に付き合ってるならいいと思いますけどね」
若井先生の声に賛同するもの、そうでないもの。賛否両論に分かれる職員室。つーか、皆何聞いてんのよ……。
追分監督は一つ咳払いをすると苦々しい顔で口を開いた。
「……インターハイが終わるまで待てないのか」
「1年の時から好きなんです。もう2年待ってます」
間髪入れず鎌先が言う。
うそ、初耳だ。
「2年待ったなら、あと少しだろ?」
「コイツ、他のヤツに狙われてるんスよ。もう待てません」
それも私には初耳だ……。もしそうだとしても普通に断るって!
知らなかった。鎌先が私の事をそんな前から好きだったとか、私のことを好きな人がいるとか。誰だろう……と考えてたら鎌先に睨まれた。こわっ。さそり座の男、嫉妬深っ。職員室にヒューと場違いな口笛が響く。「愛されてるね」と若井先生が私を冷やかす。顔が熱くなってきた。ナニこの公開セクハラ。
「そもそも何で、部内恋愛禁止なんスか」
鎌先が納得できないという顔で、監督を睨みながら言う。
私の聞いた話では、10数年前ぐらいにいた女子のマネージャーが片っ端から部員を食いまくった…とのことだった。そこからは泥沼も泥沼で、部内は女子マネを巡っての険悪ムード。その年の成績は最悪。退部者も続出。伊達工バレー部発足以来の危機となったそうでしばらく女子マネ自体を禁止にしたそうだ。ただ部員の負担も大きく、許可する代わりに『部内恋愛禁止令』が発令された…ということらしい。これはマネージャー側には成り立ちも含めて口を酸っぱくして言われているが、部員側には入部の時に一度軽く言われるだけらしい。
コレを監督の口から言わせるのもどうかと思うので、ざっと鎌先に説明する。監督から何か補足があるかと思いきや、何も口出しされなかった。鎌先は理解できないという風に首をひねる。
「昔の事じゃないすか、今、そんな必要があるんすか」
「ここまで続けば伝統ともいえる。ウチは仮にも強豪と言われる部だ。品位と風紀を保つ必要がある」
「俺も結城もそんな迷惑かけるようなことはしないっす」
「普通に男女がくっついたり別れたりすることで部内がぎくしゃくしたり、当人のモチベーションに影響したりするだろうが。それがないと言い切れるのか」
追分監督の言葉に鎌先がぐっと言葉に詰まる。
「でも追分先生、高校時代のマネージャーさんと結婚してますよね」
「あー!そうそうこの前の飲み会で聞きましたよ!」
「!!!私のことは置いといてくださいっ!」
先生方に後ろから撃たれ慌てる監督。……そうだったんだ。今回初耳のこといっぱいだなぁ。生暖かい目線で私たちが見ていることに気づいたのか、監督は私たちをじろりと睨みつける。が、先ほどの迫力はない。監督は仕方ないという風にため息をつく。
「結城はどう考えているのか」
発言を促された私は言葉を選ぶ。
「鎌先の人となりは1年のころから知ってますし、今さら幻滅するってこともないと思います。相当なことがあっても卒業までは我慢できます」
付き合ってもごたごたは起こしませんよ、という含みを持たせての回答。鎌先はお気に召さなかったのか「我慢ってなんだよ…」とブツクサ言うので肘で黙らせる。
「そうか。結城の言い分はわかった。鎌先。お前はどうなんだ」
とりあえず好意的に受け止められたらしいことにほっとする。
次に監督が鎌先に水を向けると、彼は姿勢を正してよく通る声で言い放った。
「付き合うからには、添い遂げることまで考えています」
職員室が静まり返る。
添い遂げるって……、この筋肉バカ、意味わかってんの?結婚するってことだよ?小声で鎌先をつついて確認してみる。
「は、それぐらいわかってるぞ、結婚して死ぬまで一緒だってことだろ?」
ちょっと赤くなった真顔で鎌先が言う。……鎌先の理解は私が思っているよりも深かった。
ひゅーと再度口笛が吹かれる。ナニこの羞恥プレイ。顔が熱くなる。私は顔を隠すように背ける。
「追分監督、お願いします!部活に迷惑をかけることは絶対しません」
鎌先の熱い宣言に追分監督は腕を組んで天を仰いだ。職員室中の先生が固唾をのんで動向を見守る。空気は鎌先を後押ししているようだ。その雰囲気にのまれたのか、追分監督はついに堕ちた。
「……お前らの覚悟はわかった。特別に認める」
「あざーーーっす!!!」
振り絞るような監督の言葉が終わるや否や、鎌先が叫んで感謝を述べ、何故か監督に握手を求める。監督は苦虫を嚙み潰したような顔で鎌先に応じると、私たちに釘をさした。
「ただし、結城は決して鎌先を特別扱いしないこと」
「わかりました」
「そして鎌先は、部活中は用もなく結城に話しかけないこと」
「ええ?!…ウス」
「まあ、周りに影響するような言動は慎むようにということだ。表立って交際してることを公言するな」
「わかりました」
「ッス」
何故か私にも握手を求める鎌先。仕方なしに私が応えると、これまた何故か職員室中から拍手が送られ『めでたしめでたし』的な雰囲気が漂い始める。恥ずかしいので、もう退散したい。私たちは一礼をして職員室を後にしようとすると、ほっとした風な面持ちの追分監督が再度釘をさす。
「お前たち、くれぐれも清い交際をだぞ」
もちろんです。という思いを込めて深く頭を下げると、鎌先の動きがぴたっと止まった。
「鎌先?」
すっと真顔になった鎌先。嫌な予感がする。こいつは…真面目な顔をしている時ほど、ろくなことを考えていない!
「鎌先、もう行こっ……」
「監督、清い交際ってどこまでいってOKっすか?」
腕を引っ張った私を振り切り、監督の元へ迫る。真剣さを帯びた鎌先の一言に、再度静まり返る職員室。
「……どこまでって……どこにもいっちゃいけないのが清い交際だろ?」
監督が、ナニヲイッテンダオマエと言う表情で目を泳がせる。
イマイチ納得のいっていない表情の鎌先が何かを言う前に、再び職員室がざわめき始めた。
「ええ?当然キスはOKでしょ」
「キスだけで済みますか?ぼかぁ、そんなの無理です!」
「いっそ接触は全てダメということにすれば」
「信じられない。高校生の恋愛に何もさせないつもり?高校生の時キスぐらいしてたでしょ」
「前提としてこれは特例なんです。特例にある程度縛りは必要かと思いますが」
「縛り?グフフ…けしからん」
「俺の高校生ん時は彼女と職員用トイレで、」
「そもそも許可出しといて、付き合い方にとやかく言うってなくない?」
「良識あればとめられますよ」
「まあ、キスがライン的にわかりやすいんじゃねーか」
「えーキスだけなんて、鎌先くんも結城ちゃんも生殺しじゃなーい」
「すみません、巻き込まないでいただけますか?」
具体的な話に私の名前を出さないでいただきたい……。
「もう結婚を前提にって宣言してるんだから、どこまでいってもいいじゃない」
「いや、一応学校側としてはラインは引くべきです」
「まあ、高校生ならBまでですよね」
「Bはだめでしょ」
「いやいやいや、Bまでならありですよ!」
「BとCの間には壁がありますよね」
「旧校舎の空き教室ってのも風情があるよな……」
「いやーBで止まれますか?あとはなし崩しでは?」
「究極、学校的には妊娠さえしなけりゃいいんでしょ?」
「若井先生、それは極論すぎます」
……帰りたい。
もはや私たちそっちのけで先生方は議論している。ところどころ不穏な発言があるんだけど、大丈夫なんだろうか。
そして、議論の争点っぽい頻繁に出てくる『B』ってなんだろう。
「ねぇ、鎌先……」
真剣に先生方の議論の行く末を見守る鎌先に呼びかける。
「何だよ」
「Bって何?」
「……知らねえよ」
まあ、そうだと思ったけど。
B…頭文字?バ…ビ…ブ…!ベッド?!ベッドイン!?
いやいやいや、違うでしょ、さすがに、
「お前何顔赤くしてんだ?」
「!!!」
もとはといえばあんたの発言が原因でしょ!
私は鎌先の間抜け面を見上げて睨みつけると、固い腕を思いっきりつねった。
「痛えっって!何だよ!」
◇◆◇
後日談
緊急職員会議による『伊達工的清い交際のボーダーライン』はB未満ということになったそうです。
だから、Bって何!?
----------------------------
鎌先靖志×正面突破
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