8 モクサンヲアヤマル
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目算を誤る
運ばれてきたティースタンドは2段。上段にはそれぞれが選んだケーキ、イチゴのミルフィーユとガトーショコラ、それとドライフルーツのミンスパイが両方のお皿に乗っている。下段にはハムとレタス、サーモンとクリームチーズのサンドイッチ、スコーンと、生クリームに見えたものはクロテッドクリームというそうだ。
「せっかくの休みなのに、あたしとでいいの? 二口じゃなくて」
「え? いいに決まってるよ! 藍里ちゃんと休日に遊ぶの楽しみにしてたよ」
今日は藍里ちゃんの地元のティーハウスに来ている。お手頃価格でアフタヌーンティーが楽しめるということで連れてきてもらった。こじんまりとした可愛らしいアンティーク家具が並ぶ素敵なお店だ。
砂時計の砂が落ち切ったのを確認してティーポットからお茶を注ぐ。最初の1杯は二人ともストレートでいただくことにした。
「……それに、二口くんは今日も部活だから」
「へー。それは地獄だねぇ」
紅茶の芳しい香りを嗅いでいるといつものおしゃべりよりも少し上品な気分になる。
こんな場にふさわしい話題ってなんだろう。
勉強? 進路? それとも、恋の話……
「そういえばさ、あんたたち」
下の段のサンドイッチを手に取りながら藍里ちゃんに切りだされて、無意識に背筋が伸びる。
「ぶっちゃけ、どこまですすんでんの?」
「え、えっ、何が?」
「えー? カレシカノジョのそういうの?」
「……そういうの聞きたい?」
そう聞くと当たり前だと言うように力強くうなずかれてしまうから困ってしまう。ありきたりなガールズトークなんだろうけど、ここでの会話としてふさわしいだろうか。
周りを見回してみるけれど、皆自分たちのおしゃべりに夢中で他の席まで気をやっている様子はない。考えてみたら私だってよっぽどのことがない限り他のテーブルの会話なんて聞いていないな、と思い直す。
「まあ……。フツーの高校生らしい付き合い方だよ……」
普通がどんなものかは知らないけれど、とりあえずそう言っておく。
スコーンを割ってクロテッドクリームを乗せる。口いっぱいにクリームの優しい味が広がって幸せ……。
「おいしい~」
「でしょ。このスコーンとのからみが絶妙でさぁ。食べな食べな。スコーンは追加もできるよ!」
「やった! でも、そんなに食べられないかも」
「……。じゃあ、聞き方変えるけど、最近二口と何かあった?」
もう一口スコーンを口に入れようとした途端、藍里ちゃんはぶっこんできた。思わずドキッとして動きが止まる。けれど……。私はしらばっくれる方を選んだ。
「……インターハイ予選が近いから、学校以外ではあまり会えてないし、何もないといえばないよ」
「ふーん。まあ、そうか……。あたしちょっと友紀が心配なんだけど」
「え? 私? 何で?」
藍里ちゃんは黙ってサンドイッチを口に運ぶ。私は割ったスコーンを手に取ったまま口に持っていくことができなくなった。
『どこまでいってる?』『何かあった?』の回答は『堅治くんと最後までする約束をした』で満たせると思う。でも、さすがにこれは、言えない……。
「……」
藍里ちゃんは何かを察しているんだろうか。心当たりはない……と思う。自ら墓穴を掘るのもイヤなので、私はスコーンをもう半分に割りながら藍里ちゃんの方を見るにとどめる。
私の沈黙を受けて藍里ちゃんは口を開いた。
「……ちょっと前まで拗らせているのは二口の方だと思ってたんだけど、最近は吹っ切れてる感じがするんだよね」
「それはそうだよ。試合も近いし、今は部活第一だよ」
「うん。それは結構なことなんだけど。……に反して、友紀の元気がない」
「……放っておかれているから、寂しいのかも」
おどけた風に、あはは、とごまかし笑いをするけれど、藍里ちゃんの目が笑っていない。
「アンタ、最近ちゃんと食べてる?」
「……」
「放っておかれたぐらいで食欲なくなるようなタイプじゃないでしょ」
「…………」
お見通しと言わんばかりの表情に顔が引きつる。
……実はあの約束をした時以来食事が喉を通りにくい。学校で藍里ちゃんとお昼をするときにはそれなりに口に入れるようにしていたから、気づかれていないと思っていたけど……。
あの日、私は……。
自分なりに考えて『最後までする』条件を決めて、それを堅治くんに伝えた。その先に進むことがイヤなわけじゃない、いつかは堅治くんとを前向きに考えているよ、というのをわかって欲しかった。
だから、彼が一番叶えたいことは当然条件に入れた。それだけでは私の本気を見せるのに足りない気がして、進路を決めたらにしようとも付け加えた。ちゃんと学生としてすべきことをした後で、と私なりの区切りづけという思いはあった。それまでには覚悟を決めるよ、の意味を込めて。
でも、私の考えは甘かったと思い知らされた。
堅治くんは『保険かけられているみたいでムカつく』と言い、バッサリと私の緩和のために追加した条件を切り捨てた。
『優勝したら、抱くから』
そう宣言した彼の声が耳に残って離れない。その方が実現が難しいとわかっているのに、私の心が落ち着かない。彼の覚悟と本気を見せつけられてしまったから。
あれから堅治くんは、部活に集中している。もう試合まで一週間を切っているから、来週にはもう……。
私は小さくなったスコーンを口元まで持っていき何とか放り込む。そして紅茶のカップを手に取った。紅茶の良い香りが少し緊張を解いてくれる。それと同時に、私の口を軽くさせる効能もあるみたいだ。
「私だって……。……彼氏彼女の行きつく先が何なのかぐらいはわかってるんだけど……」
「わかってるんだ?」
茶化された気がして藍里ちゃんをにらむと、彼女は「ごめん」というように両手を合わせて片目をつぶる。
……初めての感覚を堅治くんに少しずつ教えてもらっている。その先を知りたくなる気持ちが自分の中に芽生えていることを私自身が知っている。
でもそれが、その……『最後』と言われるものを堅治くんとしたときに自分がどうなってしまうのか、それがわからないのが不安でしょうがない。
「……ただ、単純に、やったことがない事をやる怖さって言ったら、わかってくれるかな?」
まるで自白をするように正直な気持ちを打ち明けると、思いのほか深刻そうな顔で受け止めてくれた。
「なに? そんなに差し迫ってるの?」
「いや、別に、今日明日に迫ってるわけではないよ? それはその……、来たるべき日が来たらとは、思っているけれど……」
「二口の部活がひと区切りついたら、とか?」
「!? い、いやいや! そんな、具体的には決めてないよっ」
真実に限りなく近づかれて、むせないように気をつけながらもう一口紅茶を飲む。ぬるくなった紅茶は火照りがちな顔の温度を鎮めてくれて、ほんの少しだけ冷静さを取り戻させてくれた。
「……部活がひと区切りついたらなのは、そうだよ……。今はあんまり私のことが雑音になって欲しくないし」
「男の方はそこまで考えないでしょ。むしろやることやって、すっきりと試合に臨みたいもんじゃないの?」
「そ、そうなの?」
「知らんけど、……まあ、それに関しては二口の方に心配はないでしょ」
そう言うと彼女は真剣な顔で私を正面から見つめる。藍里ちゃんの顔に私をからかう様子がなくなったので、私はさっと緊張する。
「私?」
「そう、アンタ。削られてるじゃん、確実に」
食べるのを促すように下段のお皿を外に出してくれたけれど、私は手を伸ばしても何もつかめないままでいてしまう。「ほらぁ」と図星を突かれて私は苦笑いを返すしかなかった。
「……覚悟を決めたつもりでいても、やっぱりダメだね」
「まあ、それはね、しょーがないよ。女子の方はどうしてもね、コレに関しては色々と負担が大きいからね」
藍里ちゃんはそう言いながらポットのお茶を注ぎ切るように私のカップに入れてくれた。まだ湯気が立ち上るカップを私はゆっくりと口に運ぶ。
「友紀がダメなら無理にすることはないよ。そこ無理強いするのは、ただのサイテーなヤツだし」
「……」
無理はしていない。無理強いもされていないんだけれど……
「『やったことがない事をする怖さ』って言ってたけど、具体的に何が不安なの? 痛さとか?」
「痛さとかは、そんなに……。というよりも……」
私は言葉に詰まる。『痛さ』を否定してしまったら、あとは……、その、……。そんなことを考えてしまうこと自体が恥ずかしくて顔が熱い。
「二口も友紀が本気で嫌がるようなことはしないと思うよ? 嫌われる方がツラいでしょーし」
「……うん。そこは信じているんだけど……」
「だけど?」
また口ごもってしまう。今の藍里ちゃんの助け舟に乗っかっておけばよかったけれど、もう遅い。
「なに? 引かないから、言ってみ?」
そう言われてしまったら後がない。私は腹をくくってカップを握り直す。
「どっちかというと、私が、どうなるかがわからなくて……」
言葉を選んで精一杯オブラートに包んだつもりだったけど、かえって意味を含んだものになってしまったような気がする。ちらりと藍里ちゃんの様子を伺うとハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。居たたまれなくなるような沈黙のあと、彼女は呟くように言った。
「……友紀ってさ、真面目過ぎて逆にエロイことばっか考えてるよね」
「ひっ、引かないって言ったじゃん……!」
「引いてないよ、感心してる」
そう言いながらもニヤニヤ笑っている。でも、その表情を見てたらもう悩んでるのもおかしくなってきて私も笑ってしまった。
「まあ、出たとこ勝負っしょ。そんな、どんなになっても、二口が友紀を嫌うなんてことは絶対ないよ、大丈夫。これだけは断言できるから」
それはそう。相手がいることなんだから、私が一人でいくらあーだこーだ考えてもその時になってみないとわかりようがない。その後のことだって……。
そう思えたら心のひっかかりがとれた気がする。お腹もすいてる。どこかで聞いた『下の段から食べるのが正式』という知識を思い出して、サーモンのサンドを手に取る。
藍里ちゃんは私が食べはじめたのをホッとしたように見て、体をソファに深く沈みこませた。
「あんまり食べてないの『脱いだらプヨってるの恥ずかし〜』とかそういう理由だと思ってたのに、上を行かれちゃったわ」
「そんなこと考えてなかったよー。……!? え、ちょっと待って!?」
聞き流しそうになったけど、今、何か聞き捨てならない衝撃的な言葉があった気がする……!
「ゴメンゴメン。友紀はプヨってないよ〜」
「服って、脱ぐの!?」
藍里ちゃんはそこなの? って顔で見るけど、私にとっては寝耳に水であり大事だ。
「……まあ、そりゃあね」
いや、理屈としてはわかるんだけど、そんなこと、自分がその……。人前で、堅治くんの前で脱ぐことになる当事者になるなんて、考えたこともなかった……。
思いもよらぬ事態に頭はパニックだ。
「脱がなくちゃ、ダメかな?」
「知らないよー! 二口に聞いて!」
「どうしよう……」
心の準備はともかく、そっちの……身体の準備なんて考えてもいなかった……。
「食事で痩せるのって胸から痩せて、戻るときは腹からお肉がつくって言うからね〜」
「そんなぁ……」
私の嘆きに意地悪そうに藍里ちゃんが笑う。
「筋トレでもしたら?」
全然気持ちの入っていないアドバイスに、まずは腹筋からかなぁと思いつつ、ちぎったままになっていたスコーンにクリームを塗りたくった。
運ばれてきたティースタンドは2段。上段にはそれぞれが選んだケーキ、イチゴのミルフィーユとガトーショコラ、それとドライフルーツのミンスパイが両方のお皿に乗っている。下段にはハムとレタス、サーモンとクリームチーズのサンドイッチ、スコーンと、生クリームに見えたものはクロテッドクリームというそうだ。
「せっかくの休みなのに、あたしとでいいの? 二口じゃなくて」
「え? いいに決まってるよ! 藍里ちゃんと休日に遊ぶの楽しみにしてたよ」
今日は藍里ちゃんの地元のティーハウスに来ている。お手頃価格でアフタヌーンティーが楽しめるということで連れてきてもらった。こじんまりとした可愛らしいアンティーク家具が並ぶ素敵なお店だ。
砂時計の砂が落ち切ったのを確認してティーポットからお茶を注ぐ。最初の1杯は二人ともストレートでいただくことにした。
「……それに、二口くんは今日も部活だから」
「へー。それは地獄だねぇ」
紅茶の芳しい香りを嗅いでいるといつものおしゃべりよりも少し上品な気分になる。
こんな場にふさわしい話題ってなんだろう。
勉強? 進路? それとも、恋の話……
「そういえばさ、あんたたち」
下の段のサンドイッチを手に取りながら藍里ちゃんに切りだされて、無意識に背筋が伸びる。
「ぶっちゃけ、どこまですすんでんの?」
「え、えっ、何が?」
「えー? カレシカノジョのそういうの?」
「……そういうの聞きたい?」
そう聞くと当たり前だと言うように力強くうなずかれてしまうから困ってしまう。ありきたりなガールズトークなんだろうけど、ここでの会話としてふさわしいだろうか。
周りを見回してみるけれど、皆自分たちのおしゃべりに夢中で他の席まで気をやっている様子はない。考えてみたら私だってよっぽどのことがない限り他のテーブルの会話なんて聞いていないな、と思い直す。
「まあ……。フツーの高校生らしい付き合い方だよ……」
普通がどんなものかは知らないけれど、とりあえずそう言っておく。
スコーンを割ってクロテッドクリームを乗せる。口いっぱいにクリームの優しい味が広がって幸せ……。
「おいしい~」
「でしょ。このスコーンとのからみが絶妙でさぁ。食べな食べな。スコーンは追加もできるよ!」
「やった! でも、そんなに食べられないかも」
「……。じゃあ、聞き方変えるけど、最近二口と何かあった?」
もう一口スコーンを口に入れようとした途端、藍里ちゃんはぶっこんできた。思わずドキッとして動きが止まる。けれど……。私はしらばっくれる方を選んだ。
「……インターハイ予選が近いから、学校以外ではあまり会えてないし、何もないといえばないよ」
「ふーん。まあ、そうか……。あたしちょっと友紀が心配なんだけど」
「え? 私? 何で?」
藍里ちゃんは黙ってサンドイッチを口に運ぶ。私は割ったスコーンを手に取ったまま口に持っていくことができなくなった。
『どこまでいってる?』『何かあった?』の回答は『堅治くんと最後までする約束をした』で満たせると思う。でも、さすがにこれは、言えない……。
「……」
藍里ちゃんは何かを察しているんだろうか。心当たりはない……と思う。自ら墓穴を掘るのもイヤなので、私はスコーンをもう半分に割りながら藍里ちゃんの方を見るにとどめる。
私の沈黙を受けて藍里ちゃんは口を開いた。
「……ちょっと前まで拗らせているのは二口の方だと思ってたんだけど、最近は吹っ切れてる感じがするんだよね」
「それはそうだよ。試合も近いし、今は部活第一だよ」
「うん。それは結構なことなんだけど。……に反して、友紀の元気がない」
「……放っておかれているから、寂しいのかも」
おどけた風に、あはは、とごまかし笑いをするけれど、藍里ちゃんの目が笑っていない。
「アンタ、最近ちゃんと食べてる?」
「……」
「放っておかれたぐらいで食欲なくなるようなタイプじゃないでしょ」
「…………」
お見通しと言わんばかりの表情に顔が引きつる。
……実はあの約束をした時以来食事が喉を通りにくい。学校で藍里ちゃんとお昼をするときにはそれなりに口に入れるようにしていたから、気づかれていないと思っていたけど……。
あの日、私は……。
自分なりに考えて『最後までする』条件を決めて、それを堅治くんに伝えた。その先に進むことがイヤなわけじゃない、いつかは堅治くんとを前向きに考えているよ、というのをわかって欲しかった。
だから、彼が一番叶えたいことは当然条件に入れた。それだけでは私の本気を見せるのに足りない気がして、進路を決めたらにしようとも付け加えた。ちゃんと学生としてすべきことをした後で、と私なりの区切りづけという思いはあった。それまでには覚悟を決めるよ、の意味を込めて。
でも、私の考えは甘かったと思い知らされた。
堅治くんは『保険かけられているみたいでムカつく』と言い、バッサリと私の緩和のために追加した条件を切り捨てた。
『優勝したら、抱くから』
そう宣言した彼の声が耳に残って離れない。その方が実現が難しいとわかっているのに、私の心が落ち着かない。彼の覚悟と本気を見せつけられてしまったから。
あれから堅治くんは、部活に集中している。もう試合まで一週間を切っているから、来週にはもう……。
私は小さくなったスコーンを口元まで持っていき何とか放り込む。そして紅茶のカップを手に取った。紅茶の良い香りが少し緊張を解いてくれる。それと同時に、私の口を軽くさせる効能もあるみたいだ。
「私だって……。……彼氏彼女の行きつく先が何なのかぐらいはわかってるんだけど……」
「わかってるんだ?」
茶化された気がして藍里ちゃんをにらむと、彼女は「ごめん」というように両手を合わせて片目をつぶる。
……初めての感覚を堅治くんに少しずつ教えてもらっている。その先を知りたくなる気持ちが自分の中に芽生えていることを私自身が知っている。
でもそれが、その……『最後』と言われるものを堅治くんとしたときに自分がどうなってしまうのか、それがわからないのが不安でしょうがない。
「……ただ、単純に、やったことがない事をやる怖さって言ったら、わかってくれるかな?」
まるで自白をするように正直な気持ちを打ち明けると、思いのほか深刻そうな顔で受け止めてくれた。
「なに? そんなに差し迫ってるの?」
「いや、別に、今日明日に迫ってるわけではないよ? それはその……、来たるべき日が来たらとは、思っているけれど……」
「二口の部活がひと区切りついたら、とか?」
「!? い、いやいや! そんな、具体的には決めてないよっ」
真実に限りなく近づかれて、むせないように気をつけながらもう一口紅茶を飲む。ぬるくなった紅茶は火照りがちな顔の温度を鎮めてくれて、ほんの少しだけ冷静さを取り戻させてくれた。
「……部活がひと区切りついたらなのは、そうだよ……。今はあんまり私のことが雑音になって欲しくないし」
「男の方はそこまで考えないでしょ。むしろやることやって、すっきりと試合に臨みたいもんじゃないの?」
「そ、そうなの?」
「知らんけど、……まあ、それに関しては二口の方に心配はないでしょ」
そう言うと彼女は真剣な顔で私を正面から見つめる。藍里ちゃんの顔に私をからかう様子がなくなったので、私はさっと緊張する。
「私?」
「そう、アンタ。削られてるじゃん、確実に」
食べるのを促すように下段のお皿を外に出してくれたけれど、私は手を伸ばしても何もつかめないままでいてしまう。「ほらぁ」と図星を突かれて私は苦笑いを返すしかなかった。
「……覚悟を決めたつもりでいても、やっぱりダメだね」
「まあ、それはね、しょーがないよ。女子の方はどうしてもね、コレに関しては色々と負担が大きいからね」
藍里ちゃんはそう言いながらポットのお茶を注ぎ切るように私のカップに入れてくれた。まだ湯気が立ち上るカップを私はゆっくりと口に運ぶ。
「友紀がダメなら無理にすることはないよ。そこ無理強いするのは、ただのサイテーなヤツだし」
「……」
無理はしていない。無理強いもされていないんだけれど……
「『やったことがない事をする怖さ』って言ってたけど、具体的に何が不安なの? 痛さとか?」
「痛さとかは、そんなに……。というよりも……」
私は言葉に詰まる。『痛さ』を否定してしまったら、あとは……、その、……。そんなことを考えてしまうこと自体が恥ずかしくて顔が熱い。
「二口も友紀が本気で嫌がるようなことはしないと思うよ? 嫌われる方がツラいでしょーし」
「……うん。そこは信じているんだけど……」
「だけど?」
また口ごもってしまう。今の藍里ちゃんの助け舟に乗っかっておけばよかったけれど、もう遅い。
「なに? 引かないから、言ってみ?」
そう言われてしまったら後がない。私は腹をくくってカップを握り直す。
「どっちかというと、私が、どうなるかがわからなくて……」
言葉を選んで精一杯オブラートに包んだつもりだったけど、かえって意味を含んだものになってしまったような気がする。ちらりと藍里ちゃんの様子を伺うとハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。居たたまれなくなるような沈黙のあと、彼女は呟くように言った。
「……友紀ってさ、真面目過ぎて逆にエロイことばっか考えてるよね」
「ひっ、引かないって言ったじゃん……!」
「引いてないよ、感心してる」
そう言いながらもニヤニヤ笑っている。でも、その表情を見てたらもう悩んでるのもおかしくなってきて私も笑ってしまった。
「まあ、出たとこ勝負っしょ。そんな、どんなになっても、二口が友紀を嫌うなんてことは絶対ないよ、大丈夫。これだけは断言できるから」
それはそう。相手がいることなんだから、私が一人でいくらあーだこーだ考えてもその時になってみないとわかりようがない。その後のことだって……。
そう思えたら心のひっかかりがとれた気がする。お腹もすいてる。どこかで聞いた『下の段から食べるのが正式』という知識を思い出して、サーモンのサンドを手に取る。
藍里ちゃんは私が食べはじめたのをホッとしたように見て、体をソファに深く沈みこませた。
「あんまり食べてないの『脱いだらプヨってるの恥ずかし〜』とかそういう理由だと思ってたのに、上を行かれちゃったわ」
「そんなこと考えてなかったよー。……!? え、ちょっと待って!?」
聞き流しそうになったけど、今、何か聞き捨てならない衝撃的な言葉があった気がする……!
「ゴメンゴメン。友紀はプヨってないよ〜」
「服って、脱ぐの!?」
藍里ちゃんはそこなの? って顔で見るけど、私にとっては寝耳に水であり大事だ。
「……まあ、そりゃあね」
いや、理屈としてはわかるんだけど、そんなこと、自分がその……。人前で、堅治くんの前で脱ぐことになる当事者になるなんて、考えたこともなかった……。
思いもよらぬ事態に頭はパニックだ。
「脱がなくちゃ、ダメかな?」
「知らないよー! 二口に聞いて!」
「どうしよう……」
心の準備はともかく、そっちの……身体の準備なんて考えてもいなかった……。
「食事で痩せるのって胸から痩せて、戻るときは腹からお肉がつくって言うからね〜」
「そんなぁ……」
私の嘆きに意地悪そうに藍里ちゃんが笑う。
「筋トレでもしたら?」
全然気持ちの入っていないアドバイスに、まずは腹筋からかなぁと思いつつ、ちぎったままになっていたスコーンにクリームを塗りたくった。