5 アオネニミツカッタ
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アオネニミツカッタ
堅治くんが疲れている。
昨日まで他の学校との合同合宿があったそうでほとんど動きっぱなしだったらしい。実習授業がないのをいいことに休み明けの1限から寝っぱなしだ。
4限後、ふらふらしながら私の席にやってきた。
「友紀~」
「ん?」
「屋上、行こ」
屋上は連休明けからお昼休みに開放されている。
バレー部代々の上級生の溜まり場だという、入り口から少し死角になったところのベンチに隣同士に座る。堅治くんはあっという間にお昼ごはんを平らげると、ぐったりと体勢を崩した。
「すっげー眠い……」
「大丈夫?」
「寝たりねぇ……。友紀抱き枕にして、寝たい」
「……保健室で寝てくれば?」
「一緒に寝てくれるの?」
「違うよ! ……もう」
全体重をベンチにあずけ首を後ろにもたげ寝る体勢に入ろうとする堅治くん慌てて止める。そんなの、絶対あとで身体が痛くなる。
「寝るんだったら、あんまり変な姿勢で寝ないで。余計疲れちゃうよ」
「えー。じゃあ膝貸して」
「膝!?」
「うん」
「ひ……」
「膝枕なんて学校で出来るわけないじゃん!」って口先まで出かかったけれど、有無を言わせないほどのとろんとした上目遣いで訴えてくる。……これは断れない。
「……わかった。いいよ。ひゃっ!」
仕方なしに許可した瞬間、堅治くんが倒れてきた。計算したかのように彼の頭が、ぴったり太ももの上に乗っかる。
「やば、やわらか……」
「え?」
「いや、高さ、ちょーどいい」
そう言うなり彼はもう目を閉じて寝る体勢だ。
「おやすみー」
「……おやすみ」
私が挨拶を返すやいなや、すーすーと寝息を立て始めた。そんなに疲れてるんだ……。
5月の爽やかな風が堅治くんの髪を乱す。そっと彼の頭を撫でるように整える。ひっかかりのないなめらかな手触り。特別な手入れはしていないと思うんだけど、クセのないきれいな髪だと思う。
なるべく彼の顔に日が当たらないよう自分の身体の角度を調節する。休み時間は残り30分。その間、少しでも休めたらいいんだけど。
太陽が雲に隠れていい感じの日陰が出来た。無意識に彼の肩と胸の間辺りを、とん、とん、と叩いていると、しばらくしてこちらに近づいてくる足音がした。
人が来る気配にさっと青ざめる。こんな所を見られたら恥ずかしい、けれど、堅治くんを起こすのも膝から落とすのもかわいそうだ。
……そうだ。今、私は三年。最上級生だ。もう上はいないんだから遠慮しなくていい。下級生なら睨んでおけばいい。変にからかわれたりしないで済むのは最上級生の特権だ!
と、思ったのに。パーティション越しに見えた上履きのラインは三年生の色だった。
同級生はダメ! 一番恥ずかしいやつ! せめて全っ然面識のない、こんな現場を見て見ぬフリをしてくれる人でありますように。
「二、口……?」
……よりによっての青根くんが私たちを見て絶句していた。
「ここに……いたのか」
私は観念してうなずく。
「うん……。すごく疲れてるみたいだから、寝かせてあげたくて……」
「そうか」
青根くんはそれだけ言うと顔を背けて引き返そうとするので、私は慌てて声をかけた。
「あの、青根くん」
呼び止められると思わなかったのか、青根くんは怪訝そうに振り返る。
「もう、戻るの?」
「二口に用があったが……。邪魔したら怒られる」
「待って! 邪魔なんて、そんなこと言わないよ」
「?」
「あの、もしよかったらなんだけど……。二口くんが起きるまでそこにいてくれないかな」
私が向かいのベンチを指さすと、青根くんは何故だというように首をかしげた。
「今もそうだったんだけど、人が来たときこの状態、恥ずかしくて……。でも、起こすのもかわいそうだし……」
「!!」
そこまで言うと青根くんは察してくれたようだった。何も言わずにこちらにやって来て、パーティションから最初に目に入る地点に、私たちを隠すように座ってくれた。
彼は眠っている堅治くんに視線をやる。そんな青根くんに私は堅治くんを起こさないよう小さな声で話しかけた。
「昨日まで合宿だったんでしょ? 青根くんは疲れてない?」
「大丈夫だ」
青根くんは今日の授業をちゃんと受けていた。元々青根くんが居眠りしていることはほとんどないんだけれど……。それでも、堅治くんがなんでこんなに疲れきってしまっているのかと思うときゅっと胸が切なくなってしまった。
「二口は主将で……。夜会議に出たり、練習メニューや他校との調整を任されていた」
心の中で思っていたことが顔に出てしまったのか、慰めてくれるかのようにゆっくりと青根くんが話し始めた。
「加えて新入生のフォローなんかもやっていた。……だから、俺たちよりも睡眠時間が少なかったはずだ」
「……そうだったんだ」
そっか。他校生も慣れない新入生も一緒だったんだ……。
大変なのは知っているつもりだったんだけどな。
私の見ていない所で、すごく頑張ってた堅治くんを労りたくて、青根くんの前だということも忘れて彼の髪を撫でる。
青根くんはそれをからかうでもなく無表情に見ていた。
「朝、全然起きて来なくて大変だった」
「ふふっ。二口くん、朝弱そうだもんね」
「移動時間も爆睡だった」
移動のバスでもきっと隣同士の席なんだろう。その時のことを思い出したのか、しかめっ面になってきた青根くんに、肩を枕代わりにされたんだろうなと想像して、くすりと笑いがこみあげてしまう。
「二口、寝相が悪い」
「え?」
「布団をはみ出して、……信じられない距離を移動していた」
「そうなんだ……」
「さすがに、ベッドから落ちることはないと思うが」
「……」
同じ空間を共有して寝起きの様子まで見られるのを心底羨ましいと思ってしまう。こんなこと言うわけにいかないけど、堅治くんの隣で青根くんが何の含みもなく一緒に寝られることに、嫉妬なのかなんだかわからない感情になっていると、何故か青根くんが落ち着かなくなった。
「その……。結城はとうに知ってると思うが……」
私が黙ってしまったのを勝手におかしな方向にとってしまったらしい。青根くんの顔がみるみる赤くなる。
「え、え? ちょっと待って、寝相なんて、私、知らないよ」
私が慌てて手を振りながら否定すると、青根くんはとうとう耳まで赤くなる。余計に誤解させてしまったみたいで私はますます焦る。
「違う、あの……」
こんなところで堅治くんと『寝たことがない』って暴露するのもおかしい。すっと頭の一部が冷えて辛うじて私は続きの言葉をひっこめる。……何だか青根くんの自爆に盛大に巻き込まれてしまった感じだ。話題を変えよう。
「……二口くん、何だかんだ面倒見いいよね」
「そうだな。二口は見ていないようで人のことをよく見ている」
不自然な話題転換にもかかわらず青根くんも上手に合わせてくれた。
「うん。わかる気がする」
「フォローも上手いし、軽口を叩くのもギリギリの線を見極めて言っている……と思う」
「たまに言いすぎてるけどね」
ぽわっと金髪のあの先輩を思い出したけれど、青根くんも同じ人を思い浮かべたような気がする。
青根くんは静かに笑って続けた。
「こう言ったら相手はムキになってくるとか、試合中での心理の駆け引きなんかも上手いし。……相手を見ているんだろう。人に対する洞察力がすごい。俺が何も言わなくても表情でだいたい察してくれる」
いつになく青根くんが饒舌だ。こんなに喋る青根くんを見たのは初めてかもしれない。
そう思った瞬間ぴたっと青根くんは口を噤んだ。さっきまでの笑顔を消して私を見つめる。
「だけど……」
「ん?」
「結城だけは『わからない』って言ってた」
「私?」
青根くんは無言でうなずく。
「どういうこと?」
「これ以上は……。俺が言うと二口に怒られてしまうから」
青根くんはこれ以上は話さないという風に口を真一文字にした。
『わからない』
それは私がこの前泣いてしまったことに対してだろうか。
でも、ちゃんと彼は、私に聞いてくれたし、止まってくれた。
だから私はそれでほっとしたし、私の気持ちを汲んでくれたことが嬉しかったんだけど……。
彼の本音はまた違っていたのかもしれない。堅治くんに聞いたら教えてくれるのかな。……きっと聞いても教えてくれないんだろうな。
「堅治くんは……」
独り言のように私は話す。青根くんは無言でこちらに視線を向けてくれた。
……私と彼を知っている人に言うのは恥ずかしいけれど、青根くんになら聞いてもらってもいいと思った。
「私のこと、大切にしてくれてる」
「……」
「だから、私も返さないと」
いつか彼の気持ちにきちんとこたえたい。その決意を込めて青根くんに宣言する。
「二口はすごくいいヤツだ」
「うん。私もそう思う」
『大好き』は心の中にしまってそう言うと、青根くんはほんの少しだけ口元を綻ばせた。
その青根くんの目線が私の顔から外れて下に向かう。ぴくっと青根くんの眉が上がった。
「二口……。いつから起きてたんだ?」
慌てて膝の上を見ると、ぱっちりと目を開いた堅治くんが、何とも言えないむず痒そうな顔をしていた。
「……お前らが。俺が寝てる横で争うように褒めたたえてくるから、おちおち寝てられねぇって」
それに対して青根くんが真顔でしらばっくれる。
「言ってたか? そんなこと?」
「寝ぼけてたんじゃない?」
私も首を傾げて話を合わせてみる。
堅治くんは私たちを順に睨みつけると「はんっ」と鼻で笑いなら起き上がった。
「俺のこと、大好きすぎて取り合いしてたじゃねぇか!『俺の方が』『私の方が』って!」
「……言ったか? そんなこと?」
「……寝ぼけてたんじゃないの?」
心当たりがありながらも天丼をかます私達を、堅治くんはあきれたように交互に見てから、口端を吊り上げて笑った。
「俺も、二人のこと、愛してるよ」
「「!!」」
妙に色気のある声でかまされたド直球な愛の言葉に照れてすくみあがる青根くんと私を尻目に、堅治くんはしてやったりといった表情で立ち上がり伸びをした。
「あーーーー! 良く寝た!」
突然不自然にくるっとこちらに背を向けた堅治くんの耳が赤くなっているのが見える。……実は無理して言ってた?
青根くんもそれに気づいたらしい。二人で目配せしうなずきあうと、背後から同時に堅治くんの右腕と左腕に飛びついた。
「は? なんだよお前ら」
急な反撃を受けて慌てた堅治くんの頬は案の定赤い。青根くんは目元だけで微かに笑うと低い声で囁いた。
「二口、愛してる」
「私も……」
便乗して逆側から堅治くんにだけ聞こえるように囁くと、彼は信じられないといった顔つきで私を睨みつけた後、手足をバタバタさせて暴れた。
「もう、暑っ苦しい! バカ! ばっか! もー、離れろって!!」
離そうともがく堅治くんと、両腕にくっついたまま離れない私くんと青根くんとで、お昼休みが終わるまでじゃれ合っていた。
堅治くんが疲れている。
昨日まで他の学校との合同合宿があったそうでほとんど動きっぱなしだったらしい。実習授業がないのをいいことに休み明けの1限から寝っぱなしだ。
4限後、ふらふらしながら私の席にやってきた。
「友紀~」
「ん?」
「屋上、行こ」
屋上は連休明けからお昼休みに開放されている。
バレー部代々の上級生の溜まり場だという、入り口から少し死角になったところのベンチに隣同士に座る。堅治くんはあっという間にお昼ごはんを平らげると、ぐったりと体勢を崩した。
「すっげー眠い……」
「大丈夫?」
「寝たりねぇ……。友紀抱き枕にして、寝たい」
「……保健室で寝てくれば?」
「一緒に寝てくれるの?」
「違うよ! ……もう」
全体重をベンチにあずけ首を後ろにもたげ寝る体勢に入ろうとする堅治くん慌てて止める。そんなの、絶対あとで身体が痛くなる。
「寝るんだったら、あんまり変な姿勢で寝ないで。余計疲れちゃうよ」
「えー。じゃあ膝貸して」
「膝!?」
「うん」
「ひ……」
「膝枕なんて学校で出来るわけないじゃん!」って口先まで出かかったけれど、有無を言わせないほどのとろんとした上目遣いで訴えてくる。……これは断れない。
「……わかった。いいよ。ひゃっ!」
仕方なしに許可した瞬間、堅治くんが倒れてきた。計算したかのように彼の頭が、ぴったり太ももの上に乗っかる。
「やば、やわらか……」
「え?」
「いや、高さ、ちょーどいい」
そう言うなり彼はもう目を閉じて寝る体勢だ。
「おやすみー」
「……おやすみ」
私が挨拶を返すやいなや、すーすーと寝息を立て始めた。そんなに疲れてるんだ……。
5月の爽やかな風が堅治くんの髪を乱す。そっと彼の頭を撫でるように整える。ひっかかりのないなめらかな手触り。特別な手入れはしていないと思うんだけど、クセのないきれいな髪だと思う。
なるべく彼の顔に日が当たらないよう自分の身体の角度を調節する。休み時間は残り30分。その間、少しでも休めたらいいんだけど。
太陽が雲に隠れていい感じの日陰が出来た。無意識に彼の肩と胸の間辺りを、とん、とん、と叩いていると、しばらくしてこちらに近づいてくる足音がした。
人が来る気配にさっと青ざめる。こんな所を見られたら恥ずかしい、けれど、堅治くんを起こすのも膝から落とすのもかわいそうだ。
……そうだ。今、私は三年。最上級生だ。もう上はいないんだから遠慮しなくていい。下級生なら睨んでおけばいい。変にからかわれたりしないで済むのは最上級生の特権だ!
と、思ったのに。パーティション越しに見えた上履きのラインは三年生の色だった。
同級生はダメ! 一番恥ずかしいやつ! せめて全っ然面識のない、こんな現場を見て見ぬフリをしてくれる人でありますように。
「二、口……?」
……よりによっての青根くんが私たちを見て絶句していた。
「ここに……いたのか」
私は観念してうなずく。
「うん……。すごく疲れてるみたいだから、寝かせてあげたくて……」
「そうか」
青根くんはそれだけ言うと顔を背けて引き返そうとするので、私は慌てて声をかけた。
「あの、青根くん」
呼び止められると思わなかったのか、青根くんは怪訝そうに振り返る。
「もう、戻るの?」
「二口に用があったが……。邪魔したら怒られる」
「待って! 邪魔なんて、そんなこと言わないよ」
「?」
「あの、もしよかったらなんだけど……。二口くんが起きるまでそこにいてくれないかな」
私が向かいのベンチを指さすと、青根くんは何故だというように首をかしげた。
「今もそうだったんだけど、人が来たときこの状態、恥ずかしくて……。でも、起こすのもかわいそうだし……」
「!!」
そこまで言うと青根くんは察してくれたようだった。何も言わずにこちらにやって来て、パーティションから最初に目に入る地点に、私たちを隠すように座ってくれた。
彼は眠っている堅治くんに視線をやる。そんな青根くんに私は堅治くんを起こさないよう小さな声で話しかけた。
「昨日まで合宿だったんでしょ? 青根くんは疲れてない?」
「大丈夫だ」
青根くんは今日の授業をちゃんと受けていた。元々青根くんが居眠りしていることはほとんどないんだけれど……。それでも、堅治くんがなんでこんなに疲れきってしまっているのかと思うときゅっと胸が切なくなってしまった。
「二口は主将で……。夜会議に出たり、練習メニューや他校との調整を任されていた」
心の中で思っていたことが顔に出てしまったのか、慰めてくれるかのようにゆっくりと青根くんが話し始めた。
「加えて新入生のフォローなんかもやっていた。……だから、俺たちよりも睡眠時間が少なかったはずだ」
「……そうだったんだ」
そっか。他校生も慣れない新入生も一緒だったんだ……。
大変なのは知っているつもりだったんだけどな。
私の見ていない所で、すごく頑張ってた堅治くんを労りたくて、青根くんの前だということも忘れて彼の髪を撫でる。
青根くんはそれをからかうでもなく無表情に見ていた。
「朝、全然起きて来なくて大変だった」
「ふふっ。二口くん、朝弱そうだもんね」
「移動時間も爆睡だった」
移動のバスでもきっと隣同士の席なんだろう。その時のことを思い出したのか、しかめっ面になってきた青根くんに、肩を枕代わりにされたんだろうなと想像して、くすりと笑いがこみあげてしまう。
「二口、寝相が悪い」
「え?」
「布団をはみ出して、……信じられない距離を移動していた」
「そうなんだ……」
「さすがに、ベッドから落ちることはないと思うが」
「……」
同じ空間を共有して寝起きの様子まで見られるのを心底羨ましいと思ってしまう。こんなこと言うわけにいかないけど、堅治くんの隣で青根くんが何の含みもなく一緒に寝られることに、嫉妬なのかなんだかわからない感情になっていると、何故か青根くんが落ち着かなくなった。
「その……。結城はとうに知ってると思うが……」
私が黙ってしまったのを勝手におかしな方向にとってしまったらしい。青根くんの顔がみるみる赤くなる。
「え、え? ちょっと待って、寝相なんて、私、知らないよ」
私が慌てて手を振りながら否定すると、青根くんはとうとう耳まで赤くなる。余計に誤解させてしまったみたいで私はますます焦る。
「違う、あの……」
こんなところで堅治くんと『寝たことがない』って暴露するのもおかしい。すっと頭の一部が冷えて辛うじて私は続きの言葉をひっこめる。……何だか青根くんの自爆に盛大に巻き込まれてしまった感じだ。話題を変えよう。
「……二口くん、何だかんだ面倒見いいよね」
「そうだな。二口は見ていないようで人のことをよく見ている」
不自然な話題転換にもかかわらず青根くんも上手に合わせてくれた。
「うん。わかる気がする」
「フォローも上手いし、軽口を叩くのもギリギリの線を見極めて言っている……と思う」
「たまに言いすぎてるけどね」
ぽわっと金髪のあの先輩を思い出したけれど、青根くんも同じ人を思い浮かべたような気がする。
青根くんは静かに笑って続けた。
「こう言ったら相手はムキになってくるとか、試合中での心理の駆け引きなんかも上手いし。……相手を見ているんだろう。人に対する洞察力がすごい。俺が何も言わなくても表情でだいたい察してくれる」
いつになく青根くんが饒舌だ。こんなに喋る青根くんを見たのは初めてかもしれない。
そう思った瞬間ぴたっと青根くんは口を噤んだ。さっきまでの笑顔を消して私を見つめる。
「だけど……」
「ん?」
「結城だけは『わからない』って言ってた」
「私?」
青根くんは無言でうなずく。
「どういうこと?」
「これ以上は……。俺が言うと二口に怒られてしまうから」
青根くんはこれ以上は話さないという風に口を真一文字にした。
『わからない』
それは私がこの前泣いてしまったことに対してだろうか。
でも、ちゃんと彼は、私に聞いてくれたし、止まってくれた。
だから私はそれでほっとしたし、私の気持ちを汲んでくれたことが嬉しかったんだけど……。
彼の本音はまた違っていたのかもしれない。堅治くんに聞いたら教えてくれるのかな。……きっと聞いても教えてくれないんだろうな。
「堅治くんは……」
独り言のように私は話す。青根くんは無言でこちらに視線を向けてくれた。
……私と彼を知っている人に言うのは恥ずかしいけれど、青根くんになら聞いてもらってもいいと思った。
「私のこと、大切にしてくれてる」
「……」
「だから、私も返さないと」
いつか彼の気持ちにきちんとこたえたい。その決意を込めて青根くんに宣言する。
「二口はすごくいいヤツだ」
「うん。私もそう思う」
『大好き』は心の中にしまってそう言うと、青根くんはほんの少しだけ口元を綻ばせた。
その青根くんの目線が私の顔から外れて下に向かう。ぴくっと青根くんの眉が上がった。
「二口……。いつから起きてたんだ?」
慌てて膝の上を見ると、ぱっちりと目を開いた堅治くんが、何とも言えないむず痒そうな顔をしていた。
「……お前らが。俺が寝てる横で争うように褒めたたえてくるから、おちおち寝てられねぇって」
それに対して青根くんが真顔でしらばっくれる。
「言ってたか? そんなこと?」
「寝ぼけてたんじゃない?」
私も首を傾げて話を合わせてみる。
堅治くんは私たちを順に睨みつけると「はんっ」と鼻で笑いなら起き上がった。
「俺のこと、大好きすぎて取り合いしてたじゃねぇか!『俺の方が』『私の方が』って!」
「……言ったか? そんなこと?」
「……寝ぼけてたんじゃないの?」
心当たりがありながらも天丼をかます私達を、堅治くんはあきれたように交互に見てから、口端を吊り上げて笑った。
「俺も、二人のこと、愛してるよ」
「「!!」」
妙に色気のある声でかまされたド直球な愛の言葉に照れてすくみあがる青根くんと私を尻目に、堅治くんはしてやったりといった表情で立ち上がり伸びをした。
「あーーーー! 良く寝た!」
突然不自然にくるっとこちらに背を向けた堅治くんの耳が赤くなっているのが見える。……実は無理して言ってた?
青根くんもそれに気づいたらしい。二人で目配せしうなずきあうと、背後から同時に堅治くんの右腕と左腕に飛びついた。
「は? なんだよお前ら」
急な反撃を受けて慌てた堅治くんの頬は案の定赤い。青根くんは目元だけで微かに笑うと低い声で囁いた。
「二口、愛してる」
「私も……」
便乗して逆側から堅治くんにだけ聞こえるように囁くと、彼は信じられないといった顔つきで私を睨みつけた後、手足をバタバタさせて暴れた。
「もう、暑っ苦しい! バカ! ばっか! もー、離れろって!!」
離そうともがく堅治くんと、両腕にくっついたまま離れない私くんと青根くんとで、お昼休みが終わるまでじゃれ合っていた。