4 オカメハチモク
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傍目八目
主将会議が終了した気配を察し二口を探す。消灯まであと30分しかない。
三階のバルコニー。そう目星をつけた場所に果たして二口はいた。手すりに肘をつき、漫然と夜空を見上げている二口の傍らに立つ。
「……」
無言で隣に立っても今さら驚かれることはない。長年連れ添った夫婦のようだ……などとは過言だろう。そのフレーズは俺よりも結城にこそふさわしい。
ふっと息を漏らした俺に目をやる二口に自販機で買ったビタミンCドリンクの瓶を差し出す。二口は疲労の色が窺える顔で少しだけ口端を上げた。
「サンキュ」
受け取るなりキャップをひねり、喉を鳴らして豪快に飲みだす。
「うー、生き返るぅー……。青根も早く寝ろよ」
「二口も。明後日から学校だ」
「うわ、それが一番怖ぇ」
げんなりした顔で俺に舌を出してみせると、伸びをするようにして手すりに両腕を突っ張った。
「あーあ。明日で合宿も終わりか……」
「?」
今までの傾向から『やっと終わる! クソ合宿!』とでも言うのだろうと思っていたから、名残を惜しむような言葉が意外だった。もっと長く練習をしたい、ということか? ……まさかな。
二口は俺を一瞥する。俺の考えていることが読まれたのかと内心ギクッとしたが、無表情を心掛け泰然としているともう一度空を仰ぐように目をそらした。
「ここに来る直前にさー」
「……?」
「友紀がうちに来たんだけど」
「……」
突然、結城の話になった。二口の話題が飛ぶのはいつものことだから別に驚きはない。これも長年の付き合いで覚えたことだ。
せっかくの休みがほぼ合宿でつぶれたとあっては、彼女が恋しくもなるのだろう。少し惚気させてやるのもガス抜きになるかと、俺は聞く体勢に入る。
「合宿でしばらく会えなくなるから、最後に~ってわけじゃねぇけど、補給させてもらおうと思って……」
そこまで言って二口は急に口ごもった。
何故だか妙な胸騒ぎがする。二口を見ると彼は口端を歪めて笑う形にした。
「ちょっとやりすぎて、怖がらせて、泣かせちゃった」
「…………?」
何を意味しているのかすぐにはピンとこなかった。
二口の彼女の結城は穏やかだが芯の強そうな女子で、感情をあらわにする、言い換えれば泣いて恋人を困らせるようなことはしなさそうに見える。大方二口が調子に乗って思わぬケンカになって泣かせてしまった、といったところか。
『怖がらせた』といっても、まさか暴力的なことではないだろう。二口が相当な思いで結城に惚れ込んでいるのはよくわかるし、正直この二人がケンカになるところはあまり想像がつかない。
ふと、二口の言葉が引っかかる。
補給? やりすぎて……?
男が、女を泣かせる……?
「…………!!」
「なんだよ! 急に! びっくりすんだろ!」
思わず二口の胸倉をつかんでしまっていた。
「二口! お前……!」
「うわわわ! 青根! 顔こえぇって!」
「まさか、無理やり……!」
「いや、そんなこと……しねぇよ! けど、大丈夫だと思ってたんだけど、怖くなったみたいで……。ちょっと、青根、苦しい……」
無意識に力が入って二口の首がしまりかけていた。慌てて自分の手をそこから離す。
「けほっ……。おっかねぇ……」
二口は咳き込みながらとんとんと自分の胸を落ち着かせるように叩いていた。
そうだ。まずは、二口の言い分を聞かなければ。二口がそんなことをするはずがない。信じてやらないといけない。視線に加わる圧を意識的に緩めて二口を見る。それでもまだプレッシャーを感じるのか、二口はきょろきょろと落ち着かない様子で視線をさまよわせる。
「まあ、ちょっと、焦って踏み込みすぎちゃったっていうか?」
二口は早口で弁解を始めるが俺は黙って首を傾げる。まだ要領がのみこめない。
「なんだかんだで受け入れてくれるから、甘えたっていうのは……。正直あるな」
ようやく落ち着いた口調に戻ってきた。もう一口、呷るようにビンを垂直に立て残りを一気に飲み干す。
「だから、泣いてるの見たら、わからなくなった。口では大丈夫って言うけど、体震えてるし」
そう言って下に視線を逸らすと自嘲するように笑う。
「わかんねぇから、本当は何を思ってるのか聞いたら、イヤじゃないけど、怖いって」
手持ち無沙汰そうに空ビンの淵を摘まみ、揺らしながらため息をつく。
具体的には言わないが、なんとなく状況は見えてきた。恐らくは二口が結城の許容範囲以上に求めすぎてしまった、ということなのだろう。
「どうしたらいいんだろうな、俺。……だから、次、会うのがちょっと気まずい」
二口的にはやったことに反省はしているが後悔するほどではないのだろう。恐らく結城も許しているし、そもそもケンカにもなっていない。
「まあ、先延ばしにもしたくねぇから、これで終わってくれていいんだけどー」
そう言うと、飲み切ったのも忘れたのか空のビンを口元に持って行き「あ、もうねぇや」と笑う。
聞いた限り問題はなさそうだが二口は悩んでいる。相手を思いやっているからこそ逆に気持ちが見えなくなっているのだろう。
「悩むということは、お前が大切に思っている証拠だと思う。それは、彼女に伝わるはずだ」
「伝わるかな? もうわかんねぇや」
嘘だ。そんなこと思ってもいないくせに。
照れ隠しなのか今さら茶化そうとする二口に、俺はちょっとだけ釘を刺すことにした。
「関係をはじめるのと続けるのには二人の意志が必要だ。でも……」
二口がすっと真顔になって俺を見上げる。俺は彼の目の前に指を一本立てる。
「終わらせるのは一人の意思があればいい」
「恐ろしいこと言うなよ!」
二口が俺の指を乱暴に払いながら悲鳴のような声を上げる。
「だから、今の状態なら大丈夫だ」
「それ励ましのつもりかよ! 脅しにしか聞こえねぇって! 合宿終わった後、連絡取るの怖ぇんだけど」
「大丈夫だろ」
まあ、万が一があっても、結城はメッセージ一つで終わらせる人間ではないと思う。
ちゃんと最後まで二口と向きあうはずだ。
いや。
万が一にも、億が一にもそれはないだろう。
「お前ら、もう消灯だぞー」
「やっべ、俺、歯磨かなきゃ!」
見回りの先生に声をかけられ、二口が慌てて洗面所へと向かうことでこの話はお開きとなった。
◇◇◇
合宿最終日の朝。
ひそひそと、何かに困惑しているような話し声が耳につき目が覚めた。枕もとの時計を見る。5時50分。……もう起きてしまってもいい時間だ。むくりと上体を起こし隣の二口の布団を見たのは寝起きが悪めの二口を起こすのが常だからだ。
だが。布団の上には枕しかない。もう起きたのか? と首をひねるが、掛布団ごと二口が消えている。周囲を見渡すと下級生が三人、部屋の隅を見て立ち尽くしているのを見つけた。
「あ、青根先輩……。これ……」
「あ、おはようございます」
「「おはようございます!」」
俺が近づくとのその下級生達は困惑したようなほっとしたような声を出す。礼儀正しい彼らが一瞬挨拶も忘れるぐらいものがそこにあった。
床に転がるのは、掛布団を抱きしめる二口だった。
ここから二口の布団まで、大分距離がある……。
「なんか、明け方に、めちゃくちゃぶつかられて、怖くてよけたんですけど、そのまますごい勢いで寝返りうっていって」
一人がそう言うと、他の二人は遠慮気味に同意を示す。彼らの寝床は二口が転がる近くに並んでいた。
……二口の寝相は良くはないと思っていたがここまでは初めてだ。このままだとみんな起きてくる。さすがにこの状態を晒すのは二口も嫌だろう。
「二口、二口」
「あれ……、あおね、え、もう、朝? 今日来るの早くね?」
薄目を開けてまだ寝ぼけた様子で起き上がると「ぐっ……いってぇ」と悲鳴を上げる。
「体、超いてぇ。え? 俺の布団どこ?」
少しずつ自分の状況を把握してきているらしい。俺は黙って二口の布団を指さすと、彼は急に目覚める。
「え、タチ悪くね? 寝起きドッキリでこんな所転がすの」
目が据わった二口が睨みをきかすと後輩たちが震えあがり必死で首を振る。
「違う。お前が自分で転がったんだ」
「は? あれ? そういえば、……追いかけて、つかまえた、と思ったんだけど……」
「……」
そこで何かに気づいたのか、二口はそこで口を噤む。
妙に気まずい沈黙が流れる中、空気を変えようとしたのか後輩の一人が声を上げた。
「ふ、二口さん、誰かを追いかける夢をみてたんですね!」
「う、うるせぇ! ……ほら、起床時刻だ。起こすぞ!」
主将モードに切り替えた二口が後輩を追い立てる。
昨夜の釘が思ったよりも効いてしまったのかもしれない。彼の夢に思い当たる節がないこともなかったが、それは胸にしまい二口の後に続いた。
主将会議が終了した気配を察し二口を探す。消灯まであと30分しかない。
三階のバルコニー。そう目星をつけた場所に果たして二口はいた。手すりに肘をつき、漫然と夜空を見上げている二口の傍らに立つ。
「……」
無言で隣に立っても今さら驚かれることはない。長年連れ添った夫婦のようだ……などとは過言だろう。そのフレーズは俺よりも結城にこそふさわしい。
ふっと息を漏らした俺に目をやる二口に自販機で買ったビタミンCドリンクの瓶を差し出す。二口は疲労の色が窺える顔で少しだけ口端を上げた。
「サンキュ」
受け取るなりキャップをひねり、喉を鳴らして豪快に飲みだす。
「うー、生き返るぅー……。青根も早く寝ろよ」
「二口も。明後日から学校だ」
「うわ、それが一番怖ぇ」
げんなりした顔で俺に舌を出してみせると、伸びをするようにして手すりに両腕を突っ張った。
「あーあ。明日で合宿も終わりか……」
「?」
今までの傾向から『やっと終わる! クソ合宿!』とでも言うのだろうと思っていたから、名残を惜しむような言葉が意外だった。もっと長く練習をしたい、ということか? ……まさかな。
二口は俺を一瞥する。俺の考えていることが読まれたのかと内心ギクッとしたが、無表情を心掛け泰然としているともう一度空を仰ぐように目をそらした。
「ここに来る直前にさー」
「……?」
「友紀がうちに来たんだけど」
「……」
突然、結城の話になった。二口の話題が飛ぶのはいつものことだから別に驚きはない。これも長年の付き合いで覚えたことだ。
せっかくの休みがほぼ合宿でつぶれたとあっては、彼女が恋しくもなるのだろう。少し惚気させてやるのもガス抜きになるかと、俺は聞く体勢に入る。
「合宿でしばらく会えなくなるから、最後に~ってわけじゃねぇけど、補給させてもらおうと思って……」
そこまで言って二口は急に口ごもった。
何故だか妙な胸騒ぎがする。二口を見ると彼は口端を歪めて笑う形にした。
「ちょっとやりすぎて、怖がらせて、泣かせちゃった」
「…………?」
何を意味しているのかすぐにはピンとこなかった。
二口の彼女の結城は穏やかだが芯の強そうな女子で、感情をあらわにする、言い換えれば泣いて恋人を困らせるようなことはしなさそうに見える。大方二口が調子に乗って思わぬケンカになって泣かせてしまった、といったところか。
『怖がらせた』といっても、まさか暴力的なことではないだろう。二口が相当な思いで結城に惚れ込んでいるのはよくわかるし、正直この二人がケンカになるところはあまり想像がつかない。
ふと、二口の言葉が引っかかる。
補給? やりすぎて……?
男が、女を泣かせる……?
「…………!!」
「なんだよ! 急に! びっくりすんだろ!」
思わず二口の胸倉をつかんでしまっていた。
「二口! お前……!」
「うわわわ! 青根! 顔こえぇって!」
「まさか、無理やり……!」
「いや、そんなこと……しねぇよ! けど、大丈夫だと思ってたんだけど、怖くなったみたいで……。ちょっと、青根、苦しい……」
無意識に力が入って二口の首がしまりかけていた。慌てて自分の手をそこから離す。
「けほっ……。おっかねぇ……」
二口は咳き込みながらとんとんと自分の胸を落ち着かせるように叩いていた。
そうだ。まずは、二口の言い分を聞かなければ。二口がそんなことをするはずがない。信じてやらないといけない。視線に加わる圧を意識的に緩めて二口を見る。それでもまだプレッシャーを感じるのか、二口はきょろきょろと落ち着かない様子で視線をさまよわせる。
「まあ、ちょっと、焦って踏み込みすぎちゃったっていうか?」
二口は早口で弁解を始めるが俺は黙って首を傾げる。まだ要領がのみこめない。
「なんだかんだで受け入れてくれるから、甘えたっていうのは……。正直あるな」
ようやく落ち着いた口調に戻ってきた。もう一口、呷るようにビンを垂直に立て残りを一気に飲み干す。
「だから、泣いてるの見たら、わからなくなった。口では大丈夫って言うけど、体震えてるし」
そう言って下に視線を逸らすと自嘲するように笑う。
「わかんねぇから、本当は何を思ってるのか聞いたら、イヤじゃないけど、怖いって」
手持ち無沙汰そうに空ビンの淵を摘まみ、揺らしながらため息をつく。
具体的には言わないが、なんとなく状況は見えてきた。恐らくは二口が結城の許容範囲以上に求めすぎてしまった、ということなのだろう。
「どうしたらいいんだろうな、俺。……だから、次、会うのがちょっと気まずい」
二口的にはやったことに反省はしているが後悔するほどではないのだろう。恐らく結城も許しているし、そもそもケンカにもなっていない。
「まあ、先延ばしにもしたくねぇから、これで終わってくれていいんだけどー」
そう言うと、飲み切ったのも忘れたのか空のビンを口元に持って行き「あ、もうねぇや」と笑う。
聞いた限り問題はなさそうだが二口は悩んでいる。相手を思いやっているからこそ逆に気持ちが見えなくなっているのだろう。
「悩むということは、お前が大切に思っている証拠だと思う。それは、彼女に伝わるはずだ」
「伝わるかな? もうわかんねぇや」
嘘だ。そんなこと思ってもいないくせに。
照れ隠しなのか今さら茶化そうとする二口に、俺はちょっとだけ釘を刺すことにした。
「関係をはじめるのと続けるのには二人の意志が必要だ。でも……」
二口がすっと真顔になって俺を見上げる。俺は彼の目の前に指を一本立てる。
「終わらせるのは一人の意思があればいい」
「恐ろしいこと言うなよ!」
二口が俺の指を乱暴に払いながら悲鳴のような声を上げる。
「だから、今の状態なら大丈夫だ」
「それ励ましのつもりかよ! 脅しにしか聞こえねぇって! 合宿終わった後、連絡取るの怖ぇんだけど」
「大丈夫だろ」
まあ、万が一があっても、結城はメッセージ一つで終わらせる人間ではないと思う。
ちゃんと最後まで二口と向きあうはずだ。
いや。
万が一にも、億が一にもそれはないだろう。
「お前ら、もう消灯だぞー」
「やっべ、俺、歯磨かなきゃ!」
見回りの先生に声をかけられ、二口が慌てて洗面所へと向かうことでこの話はお開きとなった。
◇◇◇
合宿最終日の朝。
ひそひそと、何かに困惑しているような話し声が耳につき目が覚めた。枕もとの時計を見る。5時50分。……もう起きてしまってもいい時間だ。むくりと上体を起こし隣の二口の布団を見たのは寝起きが悪めの二口を起こすのが常だからだ。
だが。布団の上には枕しかない。もう起きたのか? と首をひねるが、掛布団ごと二口が消えている。周囲を見渡すと下級生が三人、部屋の隅を見て立ち尽くしているのを見つけた。
「あ、青根先輩……。これ……」
「あ、おはようございます」
「「おはようございます!」」
俺が近づくとのその下級生達は困惑したようなほっとしたような声を出す。礼儀正しい彼らが一瞬挨拶も忘れるぐらいものがそこにあった。
床に転がるのは、掛布団を抱きしめる二口だった。
ここから二口の布団まで、大分距離がある……。
「なんか、明け方に、めちゃくちゃぶつかられて、怖くてよけたんですけど、そのまますごい勢いで寝返りうっていって」
一人がそう言うと、他の二人は遠慮気味に同意を示す。彼らの寝床は二口が転がる近くに並んでいた。
……二口の寝相は良くはないと思っていたがここまでは初めてだ。このままだとみんな起きてくる。さすがにこの状態を晒すのは二口も嫌だろう。
「二口、二口」
「あれ……、あおね、え、もう、朝? 今日来るの早くね?」
薄目を開けてまだ寝ぼけた様子で起き上がると「ぐっ……いってぇ」と悲鳴を上げる。
「体、超いてぇ。え? 俺の布団どこ?」
少しずつ自分の状況を把握してきているらしい。俺は黙って二口の布団を指さすと、彼は急に目覚める。
「え、タチ悪くね? 寝起きドッキリでこんな所転がすの」
目が据わった二口が睨みをきかすと後輩たちが震えあがり必死で首を振る。
「違う。お前が自分で転がったんだ」
「は? あれ? そういえば、……追いかけて、つかまえた、と思ったんだけど……」
「……」
そこで何かに気づいたのか、二口はそこで口を噤む。
妙に気まずい沈黙が流れる中、空気を変えようとしたのか後輩の一人が声を上げた。
「ふ、二口さん、誰かを追いかける夢をみてたんですね!」
「う、うるせぇ! ……ほら、起床時刻だ。起こすぞ!」
主将モードに切り替えた二口が後輩を追い立てる。
昨夜の釘が思ったよりも効いてしまったのかもしれない。彼の夢に思い当たる節がないこともなかったが、それは胸にしまい二口の後に続いた。