15 オニノメニモミノコシ
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鬼の目にも見残し
堅治くんは全国行きを決めた。
私は私で自分のことをがんばらないと……。
「……結城、……結城!!!」
はっとして、上の空になっていた意識を引き戻す。
「お前さ、マンツーの進路指導の最中に、意識飛ばすんじゃないよ」
「す、すみません……」
ごもっともとしか言いようのないお叱りに、私は平謝りするしかない。
担任の先生は、私の書いた『進路希望調査票』をトントンと指先で叩く。それには宮城県内の航空整備専門学校を行きたい順に2校記入してある。先生はずり落ちたメガネを人差し指で上げて、話をはじめた。
「『仕事に男女差はない』と言い切ってやりたいんだが、まあ実際は男が圧倒的に多い業界だ。専門的に学んでから就職したいっていう、お前の希望に異論はない」
「……よかったです。ありがとうございます」
「あとは学校の選び方だが……。専門は大学ほど方針に差はないから、通いやすさとか設備の充実、国家試験の合格率、女子の在籍割合……そういうところで選んでもいい。学費と施設は比例するけどな。……ところで結城」
そう言うと先生は、手元から数枚のプリントを私の前にスライドさせた。私が希望に挙げた2つの専門学校についての公開資料のコピー。どうやらあらかじめ用意してくれていたようだ。
「はい?」
「県外は考えているか?」
「今のところは特に……。宮城に学校がなかったら考えたとは思いますけど。何でですか?」
私は『県外希望』と言ったことはない。何の話だろう? と首をかしげると、先生は「うーん……」と考えるような声をもらした。
「いや、さっきも言ったが、大学と違って専門は上京する必要がほとんどない。東京の学校が県内のより優れているってわけでもないし、国家試験の合格率もそこまで変わらない。設備に関しては、むしろこちらが勝ってることもある。まあ、都会への憧れでどうしてもって言うなら止めないんだが……」
「仙台だってなかなか粒ぞろいだぞ」と付け足す先生に、私は愛想笑いで返す。
実際、私が自分で調べていた時にもそう思ったから、わざわざ高い下宿代を出してもらってまで県外に行く理由が見つけられなかった。それに、私は希望進路に『大学』も『東京』も書いていないのに、唐突に話題に出されたことにひっかかる。
それでも、どちらにも推薦枠があり、私は基準を満たしていること、夏休み明けにはどちらかに絞らないといけないこと。そこまでを私に言い渡すと、話題はクラス全体の進路状況に移っていった。
「うちのクラスもほぼ決まってきた。……あとは部活組だな」
「部活やってる子って、遅いんですか?」
そう尋ねると「人によるんだよなぁー」と含みがあるように私を見る。
「すっぱりと『高校まで』って決めてるヤツは早いんだが、バレー部はなぁ。全国決まったし。二口がな……」
そこで一度、私の様子を伺う視線を向けてくる。先生は私と堅治くんが付き合っていることを知っている。何か言いたげなのが気になって、私は口を開いた。
「二口くん、決めてないんですか?」
「あいつ、毎回白紙で出してくるんだよ」
「え……」
白紙? と思わず絶句してしまった。
『就職』か『進学』の二択だけでも書けばいいのに、それすらないの?
そういえば……。堅治くんに私の進路は聞かれたことがあるけれど、私は彼の希望をちゃんと聞いたことがない......。
思わぬ事実に私が固まっていると、先生は「まだ決まってないことだから言えるんだけど」と少し踏み込んだ事情を教えてくれた。
「引退するまで出せねぇ、ってな。二口の場合、部活で推薦が取れる可能性がある。インターハイが終わるまでは決められないんだろ」
「……例えば、その推薦ってどんな進路があるんですか?」
「バレーなら企業のクラブチームや実業団、大学もあるな。全国の結果次第ってのもあるし、将来の収入や人生設計にも影響するから、慎重にならざるを得ないんだろう」
「……そうなんですね」
大学、か。
勉強で入るのも大変だとは思うけれど、スポーツ推薦で行くのも、それはそれで結果を維持しなければいけない別の苦労があるのだろう。
さっき先生が、急に大学の話を織り込んできたのは、このことだったのかもしれない。
たまらず探るように先生を見ると、「まあ、結城ならいいか」と今さら声を潜めて続ける。私は神妙にうなずいた。
「二口は地元志向が強いし、進んで出ていこうってタイプではない。ただ、インターハイが終わって条件が揃えば、将来稼げる最善の選択をしたい――っていうのは一貫してる。意外と、将来設計とか家族設計とか、ちゃんとしてるんだよな」
『家族設計』という言葉に心臓が跳ねる。
まさかそんな、早すぎる、と思う反面、堅治くんなら考えていそうだとも思ってしまう。
それは……。すごく嬉しいような、怖いような。どう反応していいのかわからない。
脳内でそこまで考えが走ったところで、ふと先生の表情がニヤついているのに気づいてしまった。
「……なんで私を見てるんですか?」
『将来設計』だけでも通じるのに、わざわざ”家族”を付け足してこちらの様子を伺ってくるの、悪趣味だと思う。そう思って先生を睨んでも、しれっとした顔で返される。
「ここにお前しかいないからだろ? ……まぁ、冗談はさておき、お前たち二人はしっかりしてるから、そこまで心配はしていない。工業卒と大卒では求められるものは違うし、どっちが向いているかはホント人によるから、そこだけ心配っちゃ心配だけどな。おっと、結城の進路指導なのに二口の話ばっかしてちゃいけないな。この話は他言無用で。あー、そうそう」
資料をまとめて締めに入ったと思わせておいて、ついでのように付け加えてくる。
「これはセクハラじゃねぇからな、一応、女子全員に言っている」
「何ですか?」
「卒業はしてくれよ」
「はい。当たり前じゃないですか。どういう意味ですか?」
『卒業』と『セクハラ』が全然つながらなくて、首を傾げる。
「……心当たりがないなら、それでいい」
心当たり?
『卒業はして』?
女子にだけ?
セクハラ??
そこまで考えて、ようやくピンときた。
――年によって何人か、卒業間際に、……妊娠して退学する子がいるって、人づてに聞いたことがある。
でも、『心当たり』って。
心当たりって……?
余裕をもって受け流せたらよかったけれど、図星を刺された気がしてカッとなってしまい、反射的に言い返していた。
「そ、それ、男子にも言ってくださいよ! 女子にだけ言うからセクハラになるんですよ!」
「……それもそうだな」
私の剣幕に先生は「ゴメンゴメン」と肩をすくめて引き下がる。
⋯⋯私もそうは言ったけど、先生の心配の原因となりかねないコトを、すでに『できる準備』が整ってしまっていることを思い出してしまい、怒った顔をキープするのに必死だった。
堅治くんは全国行きを決めた。
私は私で自分のことをがんばらないと……。
「……結城、……結城!!!」
はっとして、上の空になっていた意識を引き戻す。
「お前さ、マンツーの進路指導の最中に、意識飛ばすんじゃないよ」
「す、すみません……」
ごもっともとしか言いようのないお叱りに、私は平謝りするしかない。
担任の先生は、私の書いた『進路希望調査票』をトントンと指先で叩く。それには宮城県内の航空整備専門学校を行きたい順に2校記入してある。先生はずり落ちたメガネを人差し指で上げて、話をはじめた。
「『仕事に男女差はない』と言い切ってやりたいんだが、まあ実際は男が圧倒的に多い業界だ。専門的に学んでから就職したいっていう、お前の希望に異論はない」
「……よかったです。ありがとうございます」
「あとは学校の選び方だが……。専門は大学ほど方針に差はないから、通いやすさとか設備の充実、国家試験の合格率、女子の在籍割合……そういうところで選んでもいい。学費と施設は比例するけどな。……ところで結城」
そう言うと先生は、手元から数枚のプリントを私の前にスライドさせた。私が希望に挙げた2つの専門学校についての公開資料のコピー。どうやらあらかじめ用意してくれていたようだ。
「はい?」
「県外は考えているか?」
「今のところは特に……。宮城に学校がなかったら考えたとは思いますけど。何でですか?」
私は『県外希望』と言ったことはない。何の話だろう? と首をかしげると、先生は「うーん……」と考えるような声をもらした。
「いや、さっきも言ったが、大学と違って専門は上京する必要がほとんどない。東京の学校が県内のより優れているってわけでもないし、国家試験の合格率もそこまで変わらない。設備に関しては、むしろこちらが勝ってることもある。まあ、都会への憧れでどうしてもって言うなら止めないんだが……」
「仙台だってなかなか粒ぞろいだぞ」と付け足す先生に、私は愛想笑いで返す。
実際、私が自分で調べていた時にもそう思ったから、わざわざ高い下宿代を出してもらってまで県外に行く理由が見つけられなかった。それに、私は希望進路に『大学』も『東京』も書いていないのに、唐突に話題に出されたことにひっかかる。
それでも、どちらにも推薦枠があり、私は基準を満たしていること、夏休み明けにはどちらかに絞らないといけないこと。そこまでを私に言い渡すと、話題はクラス全体の進路状況に移っていった。
「うちのクラスもほぼ決まってきた。……あとは部活組だな」
「部活やってる子って、遅いんですか?」
そう尋ねると「人によるんだよなぁー」と含みがあるように私を見る。
「すっぱりと『高校まで』って決めてるヤツは早いんだが、バレー部はなぁ。全国決まったし。二口がな……」
そこで一度、私の様子を伺う視線を向けてくる。先生は私と堅治くんが付き合っていることを知っている。何か言いたげなのが気になって、私は口を開いた。
「二口くん、決めてないんですか?」
「あいつ、毎回白紙で出してくるんだよ」
「え……」
白紙? と思わず絶句してしまった。
『就職』か『進学』の二択だけでも書けばいいのに、それすらないの?
そういえば……。堅治くんに私の進路は聞かれたことがあるけれど、私は彼の希望をちゃんと聞いたことがない......。
思わぬ事実に私が固まっていると、先生は「まだ決まってないことだから言えるんだけど」と少し踏み込んだ事情を教えてくれた。
「引退するまで出せねぇ、ってな。二口の場合、部活で推薦が取れる可能性がある。インターハイが終わるまでは決められないんだろ」
「……例えば、その推薦ってどんな進路があるんですか?」
「バレーなら企業のクラブチームや実業団、大学もあるな。全国の結果次第ってのもあるし、将来の収入や人生設計にも影響するから、慎重にならざるを得ないんだろう」
「……そうなんですね」
大学、か。
勉強で入るのも大変だとは思うけれど、スポーツ推薦で行くのも、それはそれで結果を維持しなければいけない別の苦労があるのだろう。
さっき先生が、急に大学の話を織り込んできたのは、このことだったのかもしれない。
たまらず探るように先生を見ると、「まあ、結城ならいいか」と今さら声を潜めて続ける。私は神妙にうなずいた。
「二口は地元志向が強いし、進んで出ていこうってタイプではない。ただ、インターハイが終わって条件が揃えば、将来稼げる最善の選択をしたい――っていうのは一貫してる。意外と、将来設計とか家族設計とか、ちゃんとしてるんだよな」
『家族設計』という言葉に心臓が跳ねる。
まさかそんな、早すぎる、と思う反面、堅治くんなら考えていそうだとも思ってしまう。
それは……。すごく嬉しいような、怖いような。どう反応していいのかわからない。
脳内でそこまで考えが走ったところで、ふと先生の表情がニヤついているのに気づいてしまった。
「……なんで私を見てるんですか?」
『将来設計』だけでも通じるのに、わざわざ”家族”を付け足してこちらの様子を伺ってくるの、悪趣味だと思う。そう思って先生を睨んでも、しれっとした顔で返される。
「ここにお前しかいないからだろ? ……まぁ、冗談はさておき、お前たち二人はしっかりしてるから、そこまで心配はしていない。工業卒と大卒では求められるものは違うし、どっちが向いているかはホント人によるから、そこだけ心配っちゃ心配だけどな。おっと、結城の進路指導なのに二口の話ばっかしてちゃいけないな。この話は他言無用で。あー、そうそう」
資料をまとめて締めに入ったと思わせておいて、ついでのように付け加えてくる。
「これはセクハラじゃねぇからな、一応、女子全員に言っている」
「何ですか?」
「卒業はしてくれよ」
「はい。当たり前じゃないですか。どういう意味ですか?」
『卒業』と『セクハラ』が全然つながらなくて、首を傾げる。
「……心当たりがないなら、それでいい」
心当たり?
『卒業はして』?
女子にだけ?
セクハラ??
そこまで考えて、ようやくピンときた。
――年によって何人か、卒業間際に、……妊娠して退学する子がいるって、人づてに聞いたことがある。
でも、『心当たり』って。
心当たりって……?
余裕をもって受け流せたらよかったけれど、図星を刺された気がしてカッとなってしまい、反射的に言い返していた。
「そ、それ、男子にも言ってくださいよ! 女子にだけ言うからセクハラになるんですよ!」
「……それもそうだな」
私の剣幕に先生は「ゴメンゴメン」と肩をすくめて引き下がる。
⋯⋯私もそうは言ったけど、先生の心配の原因となりかねないコトを、すでに『できる準備』が整ってしまっていることを思い出してしまい、怒った顔をキープするのに必死だった。
