9 ヒトメヲハバム
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人目を阻む
インターハイ宮城予選、初日。
朝登校すると校門の前にマイクロバスが停まっていた。白と緑、バレー部のジャージを着た部員たちがボールの詰まったバッグを荷台へと運んでいる。そういえば、今年は学校の計らいでバスを使わせてくれることになった、と堅治くんが言っていた覚えがある。『俺らが一年ときは、電車でボール運ばせられたんだけどぉ? ……ったくラクしやがって』と嬉しそうに悪態をつきながら。
荷物を積んでいる子の中には知り合いはいなかった。まだ初々しさが残る感じだから一年生なんだろう。時おり体育館側をちらちら気にしてる様子から、上級生はそちらにいるようだ。
今日は金曜日だから、最初の試合には多分間に合わない。授業が終わったら、すぐに行くつもりだけど、そこまで勝ち残っていてくれれば......。
『……もう宮城じゃ、負けない』
去年の春高予選で敗退したあと堅治くんはそう言った。
その『約束』通り、公式戦では負けていない。ここまで来たら、本当に最後まで勝ち残って欲しいと思う。心からそう思う……。
……いよいよ今日と明日で決まっちゃうんだ。
そうしたら……。
余計なコトまで考えてしまいそうになり、それは意識の外に追いやるようにする。
……やめよう。それはあくまでも、オマケなんだから、ちゃんと線を引こう。
気持ちを切り替えて校庭を進み、体育館へつながる横道にさしかかった。「これでラストでーす」と元気に報告する声が聞こえる。つられて視線をそちらに向けると、作業を終えた様子のバレー部ジャージが5、6人見えた中で、ひと際目立って背の高い子と目が合ってしまった。
「あっ!!!」
立たせた金髪の中央だけ黒く染め残した子が私を指さして素っ頓狂な声を上げる。
「二口さんの!!!」
続いた言葉に彼の周囲の白ジャージが一斉にこちらを振り向いた。金髪の子は「指さすな!」と隣にいる子に手を下げさせられている。
きっと二年生だ。覚えのある顔が会釈してくる。私は意識的に笑顔を作って足を止める。ありきたりだけど、激励の一言を……
「おはよう。今日の試合、頑張ってね」
「ハイっす! あのッ!! ちょっと待っててください! 二口さん呼んできます!」
そう私に返すなりその子は体育館の方へと飛んで行った。急な展開に私は慌てて、彼の後ろ姿に向かって思い出しかけた名前を叫ぶ。
「コガネくん、いいよ! 近く通っただけだから! 邪魔したくないし、私もう行くよー!」
あっという間に彼の姿は見えなくなった。聞こえたのか聞こえていないのかわからないのが一番困る……と立ち尽くしていると、ざざっと音がして、気づけば私は前後左右を白いジャージに囲まれていた。……壁、かな? 囲まれているだけで抜けようと思えば抜けられる隙間はあるし、敵意は感じないんだけど。むしろなんというか、私を逃すまいとした圧を感じる。え、誰の指示? この統率のとれ方、もしかしたら堅治くんからそういう指示が入ってる? まだ始業までには全然余裕があるから、ここで時間を取られてもどうってことはない。けれど……
『二口さーん!!!! 結城センパイ捕まえましたー』
『はぁっ!?』
「…………」
彼の驚きようから堅治くんの指示ではないことがわかってちょっと安心した。でも……私を見かけたら足止めさせておくのがバレー部内での共通認識(?)になっているのであれば、なんか、こう、くすぐったい。
「困ったなぁ……」
心の声がため息とともに漏れてしまうと周りの子が笑いを堪えるような顔をした。……ホント一体どう思われてるんだろう。『色ボケ主将』とか陰で言われてないといいけど。
私は微妙に居心地の悪い気持ちで周囲を見回す。みんな堅治くんに負けないぐらい背が高い。こんな高校生離れした大きい子たち、よくここまで伊達工に揃ったな、と思う。身長だけでやるわけではないんだろうけど、滅茶苦茶強そうなチームだと思う。
と、その時、ピリッとした緊張感のようなものが周りに走った。
彼らの視線を追いかけた先、体育館から堅治くんがコガネ川くん青根くんを従え、その他中に残っていたとみられる部員を率いてやってきた。体格では大きすぎる両サイドの二人に及ばないものの、この人が主将だ、とまごうことのないオーラがある。自信に裏打ちされたふてぶてしさ、と言ったら怒られちゃうかな。
私の知ってる『堅治くん』ではない。伊達工業高校バレー部主将の『二口堅治』だ。
見とれてしまうのと同時に、遠い存在のようにも感じてしまう。自分の場違い感も急に思い出す。……どうしよう。無理やりにでもこの囲いから逃げておけばよかったのかも。
「何、捕まってんだよ」
いつも私にかけてくれる声より冷たい、主将然とした声に突き刺されて私は立ちすくむ。鋭い目線で見下ろされ身震いしそうだ。
怯えきっている私と目が合うと、堅治くんはその目つきのままほんの少し口角を上げてくれた。僅かな変化すぎて他の部員には気づかれていないと思う。でも、私にはこれで十分だった。
ここにいて大丈夫なんだ、と思わせてくれた彼に応えるよう、しっかりと息を吸って出来るだけ明るい声を出す。
「おはよう。捕まっちゃった。お邪魔してごめんね」
「おはよ。別に、そんなの……」
何か続けようとしていたけれど、周囲に人がいるのを気にしてか、堅治くんはそこで言葉を一旦切った。
「今日は? 見に来る?」
「今日は……。行くつもりだけど、間に合わないかもしれない。けど、明日、決勝まで残ってくれたら絶対見に行くから」
「……同じこと、茂庭さんにも言われたんだよなー」
堅治くんが眉間にシワを寄せる。社会人一年目の茂庭さんたちにとって、この時期に休みを取るのは難しいのだろう。明日は土曜日だから、今日に比べれば来やすいのかもしれない。
「みんな、想いは一緒ってことだよ」
「そっか」
堅治くんの隣の青根くんが神妙な顔で一つ頷く。会話が止まった。あまり長居して出発時間とかに影響しても困るから、じゃあ私はこれで、と立ち去ろうとした時、堅治くんの後ろに立っていたコガネ川くんが不思議そうに首を傾げた。
「二口さん?」
「なんだよ」
途端に堅治くんの目つきが鋭くなる。それに怯んだ様子は一切見せず、コガネ川くんは口をとがらせながら言った。
「おまじない、やらなくていいんすか?」
「は?」
「え……?」
おまじない、って、何でコガネ川くんが知ってるの!? と動揺したけれど、思い出した……。去年の春高予選、あの、ルーティンのことで鎌先さんに変な誤解されたとき、一緒に弁明をしてくれたの、コガネ川くんだった。
堅治くんが私を見る。
いや、さすがに、ここでは……。
全然知らない人の前ならまだいい。顔見知り程度が一番恥ずかしい。
だからといって首を横にも振れずにいると、堅治くんは片眉を上げて、完全な部活用の声でこう言った。
「でけぇヤツ、俺ら囲めー」
一瞬の戸惑うような空気の後、ざざざっと、部員たちが私と堅治くんの周りを取り囲む。背の高い人たちがこんなにたくさん、外から隠すようにしてくれていることで意図を理解した。これは……まるで、というか、文字通り『鉄壁』だとは思うんだけど、四方八方の頭上からの視線を感じて、さっきとは比べものにならない圧を感じる……。
私は圧に負けて視線が下がってしまったけど、堅治くんは全く動じていない様子で、周囲を一睨みすると、はーっと呆れたようにため息をついた。
「……おまえらさ、もーちょっと気ィ使えよ。なんで揃いも揃って内側向いてんだよ!」
「「「………!!!」」」
なにかに気づいた様子が伝播していって次々と壁がこちらに背を向ける。堅治くんは鋭い目つきのまま全員が外側を向いたことを確認して、初めて私の方を見た。
目が合った。その瞬間、急に彼は主将の顔をやめた。彼の目元が明らかに緩んでドキッとした。
こっちを見てはいないとは言え、周りに人がいることに変わりはない、だからあまりぽーっともしてられない。
でも、さっきまでずっと主将の顔をしていたのに、、、こんな……。
私の内心の動揺をものともせず、ふわっと堅治くんは私を抱きしめた。私はおとなしくそれに従って、恐る恐る手を彼の背中に回す。
「……約束、覚えてる?」
聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で彼が囁く。
そんなの、忘れたことない。けれど、さっき、考えないように頭の隅に追いやったことなのに……。
顔が熱くなるのを感じながら、彼だけに通じるように言葉を選ぶ。
「……うん。覚えているし、……楽しみにしてる」
「えっ? 起つ」
バカ!!
そう反射的に出そうになるのを堪えて、キッ! っと無言で睨みつけると、屈託なく彼が笑った。
……その表情が、張りつめていたものが取れたような、久しぶりに見る曇りのない表情だったので、私も表情を緩めて、精一杯の笑顔で言う。
「……がんばってね」
「あぁ。ぜってぇ負けねー」
音を立てずに堅治くんが私の額にキスをして、身体を離しながら私と目を合わせて柔らかく微笑む。
心臓の奥がきゅっとなって棒立ちになる私を尻目に、彼は切り替えるよう顔を上げ声を張り上げる。
「はーい、おまじない終わり! 協力に感謝! じゃ、このまま、円陣!」
再度、周りの壁が音を立てて内側を向いて肩を組む。その外側にもう一回り部員が人が囲んでいるのを感じる。壁が二重に……、というか、私、巻き込まれている!
慌ててきょろきょろと見回し、出られるところを探しても、今度こそ壁ががっちりと完璧に築かれていて全く隙間がない。
まさに鉄壁……!
「なにやってんだよ。はい、友紀、ここ」
白目をむいてる私を、笑いながら堅治くんが自分と青根くんの間に入れてくれた。
何とか彼らの背中に腕を回すけれど、二人を通して伝わる円陣のパワーに圧倒されてしまう。踏ん張って必死に耐えていると、堅治くんの手が私の腰に回ってつぶれないよう支えてくれた。
彼はまっすぐ前を向いて口元だけ不敵に笑うと、ふっと息を吸い込む。
「伊達工ーーーーぅ!ファイト!!」
「「「「オー!」」」」
耳が痛くなるような雄たけびを全身で浴び、円陣が解けるまでの間、私は彼らが無事に予選を突破できることをひたすらに祈った。
インターハイ宮城予選、初日。
朝登校すると校門の前にマイクロバスが停まっていた。白と緑、バレー部のジャージを着た部員たちがボールの詰まったバッグを荷台へと運んでいる。そういえば、今年は学校の計らいでバスを使わせてくれることになった、と堅治くんが言っていた覚えがある。『俺らが一年ときは、電車でボール運ばせられたんだけどぉ? ……ったくラクしやがって』と嬉しそうに悪態をつきながら。
荷物を積んでいる子の中には知り合いはいなかった。まだ初々しさが残る感じだから一年生なんだろう。時おり体育館側をちらちら気にしてる様子から、上級生はそちらにいるようだ。
今日は金曜日だから、最初の試合には多分間に合わない。授業が終わったら、すぐに行くつもりだけど、そこまで勝ち残っていてくれれば......。
『……もう宮城じゃ、負けない』
去年の春高予選で敗退したあと堅治くんはそう言った。
その『約束』通り、公式戦では負けていない。ここまで来たら、本当に最後まで勝ち残って欲しいと思う。心からそう思う……。
……いよいよ今日と明日で決まっちゃうんだ。
そうしたら……。
余計なコトまで考えてしまいそうになり、それは意識の外に追いやるようにする。
……やめよう。それはあくまでも、オマケなんだから、ちゃんと線を引こう。
気持ちを切り替えて校庭を進み、体育館へつながる横道にさしかかった。「これでラストでーす」と元気に報告する声が聞こえる。つられて視線をそちらに向けると、作業を終えた様子のバレー部ジャージが5、6人見えた中で、ひと際目立って背の高い子と目が合ってしまった。
「あっ!!!」
立たせた金髪の中央だけ黒く染め残した子が私を指さして素っ頓狂な声を上げる。
「二口さんの!!!」
続いた言葉に彼の周囲の白ジャージが一斉にこちらを振り向いた。金髪の子は「指さすな!」と隣にいる子に手を下げさせられている。
きっと二年生だ。覚えのある顔が会釈してくる。私は意識的に笑顔を作って足を止める。ありきたりだけど、激励の一言を……
「おはよう。今日の試合、頑張ってね」
「ハイっす! あのッ!! ちょっと待っててください! 二口さん呼んできます!」
そう私に返すなりその子は体育館の方へと飛んで行った。急な展開に私は慌てて、彼の後ろ姿に向かって思い出しかけた名前を叫ぶ。
「コガネくん、いいよ! 近く通っただけだから! 邪魔したくないし、私もう行くよー!」
あっという間に彼の姿は見えなくなった。聞こえたのか聞こえていないのかわからないのが一番困る……と立ち尽くしていると、ざざっと音がして、気づけば私は前後左右を白いジャージに囲まれていた。……壁、かな? 囲まれているだけで抜けようと思えば抜けられる隙間はあるし、敵意は感じないんだけど。むしろなんというか、私を逃すまいとした圧を感じる。え、誰の指示? この統率のとれ方、もしかしたら堅治くんからそういう指示が入ってる? まだ始業までには全然余裕があるから、ここで時間を取られてもどうってことはない。けれど……
『二口さーん!!!! 結城センパイ捕まえましたー』
『はぁっ!?』
「…………」
彼の驚きようから堅治くんの指示ではないことがわかってちょっと安心した。でも……私を見かけたら足止めさせておくのがバレー部内での共通認識(?)になっているのであれば、なんか、こう、くすぐったい。
「困ったなぁ……」
心の声がため息とともに漏れてしまうと周りの子が笑いを堪えるような顔をした。……ホント一体どう思われてるんだろう。『色ボケ主将』とか陰で言われてないといいけど。
私は微妙に居心地の悪い気持ちで周囲を見回す。みんな堅治くんに負けないぐらい背が高い。こんな高校生離れした大きい子たち、よくここまで伊達工に揃ったな、と思う。身長だけでやるわけではないんだろうけど、滅茶苦茶強そうなチームだと思う。
と、その時、ピリッとした緊張感のようなものが周りに走った。
彼らの視線を追いかけた先、体育館から堅治くんがコガネ川くん青根くんを従え、その他中に残っていたとみられる部員を率いてやってきた。体格では大きすぎる両サイドの二人に及ばないものの、この人が主将だ、とまごうことのないオーラがある。自信に裏打ちされたふてぶてしさ、と言ったら怒られちゃうかな。
私の知ってる『堅治くん』ではない。伊達工業高校バレー部主将の『二口堅治』だ。
見とれてしまうのと同時に、遠い存在のようにも感じてしまう。自分の場違い感も急に思い出す。……どうしよう。無理やりにでもこの囲いから逃げておけばよかったのかも。
「何、捕まってんだよ」
いつも私にかけてくれる声より冷たい、主将然とした声に突き刺されて私は立ちすくむ。鋭い目線で見下ろされ身震いしそうだ。
怯えきっている私と目が合うと、堅治くんはその目つきのままほんの少し口角を上げてくれた。僅かな変化すぎて他の部員には気づかれていないと思う。でも、私にはこれで十分だった。
ここにいて大丈夫なんだ、と思わせてくれた彼に応えるよう、しっかりと息を吸って出来るだけ明るい声を出す。
「おはよう。捕まっちゃった。お邪魔してごめんね」
「おはよ。別に、そんなの……」
何か続けようとしていたけれど、周囲に人がいるのを気にしてか、堅治くんはそこで言葉を一旦切った。
「今日は? 見に来る?」
「今日は……。行くつもりだけど、間に合わないかもしれない。けど、明日、決勝まで残ってくれたら絶対見に行くから」
「……同じこと、茂庭さんにも言われたんだよなー」
堅治くんが眉間にシワを寄せる。社会人一年目の茂庭さんたちにとって、この時期に休みを取るのは難しいのだろう。明日は土曜日だから、今日に比べれば来やすいのかもしれない。
「みんな、想いは一緒ってことだよ」
「そっか」
堅治くんの隣の青根くんが神妙な顔で一つ頷く。会話が止まった。あまり長居して出発時間とかに影響しても困るから、じゃあ私はこれで、と立ち去ろうとした時、堅治くんの後ろに立っていたコガネ川くんが不思議そうに首を傾げた。
「二口さん?」
「なんだよ」
途端に堅治くんの目つきが鋭くなる。それに怯んだ様子は一切見せず、コガネ川くんは口をとがらせながら言った。
「おまじない、やらなくていいんすか?」
「は?」
「え……?」
おまじない、って、何でコガネ川くんが知ってるの!? と動揺したけれど、思い出した……。去年の春高予選、あの、ルーティンのことで鎌先さんに変な誤解されたとき、一緒に弁明をしてくれたの、コガネ川くんだった。
堅治くんが私を見る。
いや、さすがに、ここでは……。
全然知らない人の前ならまだいい。顔見知り程度が一番恥ずかしい。
だからといって首を横にも振れずにいると、堅治くんは片眉を上げて、完全な部活用の声でこう言った。
「でけぇヤツ、俺ら囲めー」
一瞬の戸惑うような空気の後、ざざざっと、部員たちが私と堅治くんの周りを取り囲む。背の高い人たちがこんなにたくさん、外から隠すようにしてくれていることで意図を理解した。これは……まるで、というか、文字通り『鉄壁』だとは思うんだけど、四方八方の頭上からの視線を感じて、さっきとは比べものにならない圧を感じる……。
私は圧に負けて視線が下がってしまったけど、堅治くんは全く動じていない様子で、周囲を一睨みすると、はーっと呆れたようにため息をついた。
「……おまえらさ、もーちょっと気ィ使えよ。なんで揃いも揃って内側向いてんだよ!」
「「「………!!!」」」
なにかに気づいた様子が伝播していって次々と壁がこちらに背を向ける。堅治くんは鋭い目つきのまま全員が外側を向いたことを確認して、初めて私の方を見た。
目が合った。その瞬間、急に彼は主将の顔をやめた。彼の目元が明らかに緩んでドキッとした。
こっちを見てはいないとは言え、周りに人がいることに変わりはない、だからあまりぽーっともしてられない。
でも、さっきまでずっと主将の顔をしていたのに、、、こんな……。
私の内心の動揺をものともせず、ふわっと堅治くんは私を抱きしめた。私はおとなしくそれに従って、恐る恐る手を彼の背中に回す。
「……約束、覚えてる?」
聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で彼が囁く。
そんなの、忘れたことない。けれど、さっき、考えないように頭の隅に追いやったことなのに……。
顔が熱くなるのを感じながら、彼だけに通じるように言葉を選ぶ。
「……うん。覚えているし、……楽しみにしてる」
「えっ? 起つ」
バカ!!
そう反射的に出そうになるのを堪えて、キッ! っと無言で睨みつけると、屈託なく彼が笑った。
……その表情が、張りつめていたものが取れたような、久しぶりに見る曇りのない表情だったので、私も表情を緩めて、精一杯の笑顔で言う。
「……がんばってね」
「あぁ。ぜってぇ負けねー」
音を立てずに堅治くんが私の額にキスをして、身体を離しながら私と目を合わせて柔らかく微笑む。
心臓の奥がきゅっとなって棒立ちになる私を尻目に、彼は切り替えるよう顔を上げ声を張り上げる。
「はーい、おまじない終わり! 協力に感謝! じゃ、このまま、円陣!」
再度、周りの壁が音を立てて内側を向いて肩を組む。その外側にもう一回り部員が人が囲んでいるのを感じる。壁が二重に……、というか、私、巻き込まれている!
慌ててきょろきょろと見回し、出られるところを探しても、今度こそ壁ががっちりと完璧に築かれていて全く隙間がない。
まさに鉄壁……!
「なにやってんだよ。はい、友紀、ここ」
白目をむいてる私を、笑いながら堅治くんが自分と青根くんの間に入れてくれた。
何とか彼らの背中に腕を回すけれど、二人を通して伝わる円陣のパワーに圧倒されてしまう。踏ん張って必死に耐えていると、堅治くんの手が私の腰に回ってつぶれないよう支えてくれた。
彼はまっすぐ前を向いて口元だけ不敵に笑うと、ふっと息を吸い込む。
「伊達工ーーーーぅ!ファイト!!」
「「「「オー!」」」」
耳が痛くなるような雄たけびを全身で浴び、円陣が解けるまでの間、私は彼らが無事に予選を突破できることをひたすらに祈った。