7 モクテキイシキ
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目的意識
※前半は、モブ(ライバル)の女の子視点です
職員室は2階だ。階段を降りていく途中の踊り場で、さすがに私は彼女を止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何なの、アンタ」
「今なら、まだ間に合うから」
「あんたに私の進路関係ないでしょ! 私がどのコースにしようが勝手じゃない!」
つかまれた手を振りほどく。思ったより力が入ってしまって彼女を振り回す形になったけど、彼女はよろけながらも私の前に立ちはだかった。
「コース変更って前期までなんだよ。テスト期間中は一時的にその門がしまっちゃうから、今のうちに行かないと……」
「余計なお世話よ!」
「自分の進路を人に合わせてどうすんのよ!!」
声を荒げた私の倍の大声で言い返され息を飲む。こんな剣幕の彼女は初めて見た。なんなの……この子。
「私は、航空整備士になりたいの」
「…………」
さっきとは打って変わった静かな声で彼女が語り始める。
それがどうした、と思ったけど口には出さなかった。
「普通の高校に行ってから専門に行くのも考えた。工業高校、女子は少ないだろうし中学の友達は一人もいないし。すごく悩んだけど、やりたいことは普通科ではできなかったから、伊達工に来た」
私の方に視線は向けているけれど見ているのはもっと遠くの方だ。彼女はそのまま続ける。
「今は、良かったと思ってる。私の興味とかやりたいことにつながってると思えるから、全然苦じゃない」
そう言って彼女はようやく私と視線を合わせた。
「進路を人に合わせるのは自分のためにならないよ」
「好きな人と一緒にいたいと思って何が悪いのよ!」
私は反射的に怒鳴り返す。したり顔の説教はごめんだ。
一瞬だけ彼女は怯んだように見えたけれどゆっくりと落ち着いたトーンで返してきた。
「何も悪いと思わないよ。でも進路だけは、それで曲げちゃダメだよ」
「あんただって、……前はそう思っていなかったかもしれないけど、今は二口と一緒にいたいと思うでしょ?」
彼女の目がきゅっと丸くなる。
ほーらね。あんたも女なんだから、根っこの所は私とそう変わんないよ。
「確かに……。私はここに来なかったら、二口くんとは会えてなかったと思う。学校以外の所で出会えてるなんて、思わない」
彼女が迷いを見せながら言ったのはここまでだった。すっと私を射抜くような視線が戻る。
「でも、何かの縁があったんだと思う。それぐらいは信じているけれど、」
2階から誰かが上がってくる。その足音と気配をものともせず彼女は言った。
「二口くんを自分の夢の枷にはしないよ」
その言葉に階段を登り切った人影がピタっと止まった。
「高校卒業したら、二口くんとは違う道に進む。私は自分の行きたい方に行くし、二口くんだってそうだと思う」
彼女は私をまっすぐに見て言う。そこには少しも迷いがなかった。
「二口くんの夢の邪魔に私がなるくらいなら……別れるよ」
静かに通った彼女の声に、肩越しに見えた人影、二口が頭を傾けて壁に預ける。
「……でもさ、結城さん」
私はちょっと可笑しくなってきてしまった。結城さん覚悟が決まりすぎてない?これは二口大変だ。彼女の肩越しに見える二口を指さして言う。
「それ……。多分、言っちゃダメだよ。彼氏ヘコんでる」
「え?」
彼女は後ろを振り返った。そこに脱力してゾンビみたいに立ってる二口がいるのに初めて気がついたようで、びっくりしている。そりゃそうだ。悪口言ってる最中にご本人登場みたいなんだから。
「…………でも、本当のことだから」
あ、彼氏、K.Oされた。
……ヤバイ。この子、私が思ってた以上に面白い。
彼女がのけぞった二口の方に視線を向けると、頭を起こした二口は複雑な顔をして彼女に向けて口元だけ笑う。それを受けて結城さんは続ける。
「自分の進路は友達とも好きな人とも独立してあるべきだと思うし、そこを彼に合わせる気は私はないよ」
二口が真顔になって下を向く。彼もこういうタイプの彼女と付き合うのは大変なんじゃないかとちょっと同情する。
二口が捨てられるのは意外と早いのかも。
「そこさえ間違ってなければ、私達はその先の人生をやっていけると思う」
最後まで迷う仕草を見せずに彼女は言い切った。
二口は顔を上げ、彼女と目を合わせた後に大きくうなずいた。
今ので……二口は彼女の言葉を飲み込んだんだ。
さっき頭をかすめた予感はあっという間に消え去った。二人が交わす視線に……。本当に私の付け入るすきはないんだ、と理解できてしまった。
二口は空気を切り替えるように手に持ったプリントをひらひらと掲げる。
「お前らが俺を取り合ってる間に、用紙貰ってきたぞー」
「は? 押し付け合いなんだけど」
もう笑ってそのくらいのことは言える。あっけにとられてる二口から書類をひったくる。コース変更届。
きっとこんな彼女に二口は食らいついていくんだろう。二口はそのための努力をするヤツだと思うから……。
なら、私も。少しは自分の将来に向けて考えてみるか。
「出せばいいんでしょ? 出せば。……でもちょっとは考えさせて」
「お、おう」
「先生に、相談してくる」
好きな子だったらあんな必死になって追うんだ。そう思ったらスッパリと諦めがついた。告白もできたし、正直悔いはあるけど未練はない。
私は二人を置いて職員室へ向かった。
★★★
「航空整備士ってどうやってなるの?」
立花さんを見送った後、突然、二口くんに聞かれた。
「卒業したら専門学校行くのが一般的かな……」
航空系の企業に就職したり自衛隊に行って働きながら勉強するって方法もあるけれど、私にはあらかじめ学んでおく道の方があっていると思う。
「その専門学校って宮城にもあんの?」
「あるよ」
「そっか……。県外出る?」
「今のところ出るつもりはないよ」
矢継ぎ早の質問に戸惑いながら、二口くんの意図を考えていると先手を打たれた。
「……別に進路を合わせようとしてるわけじゃねーぞ」
「うん……」
そんなのわかってる。二口くんはそういうことをする人じゃないと思うし。
そう思って彼を見上げると、意外と弱った風な顔で私を見ていた。
はっとなって見つめ返すと、二口くんはゆっくりと瞬きした。
「でも、どこに行くか……地域を合わせたいと思うぐらい、いいだろ?」
「……」
私はまた……彼を不安がらせてしまっているのかもしれない。
自分の進路は曲げたくないと思ったけど、離れたいわけじゃない。
二口くんと離れたくはない。
「二口くん」
「……なんだよ」
「もし二口くんが地元を出るっていうなら……私も近くに行けないかぐらいは考えるよ?」
「……」
「それまで付き合ってればだけど」
こんなこと言わなくていいのに、そっけない声が出てしまう。
私、何でこんな八つ当たりみたいなこと……。
でも……もやもやしてる。立花さんを抱きしめていた二口くんに。
多分これは『嫉妬』ってやつだ。
「友紀」
「なに?」
二口くんは私の不機嫌とその理由に気づいてしまったのだろう。ためらいつつも意を決したように話しはじめた。
「立花に……告られた」
「……そう」
「ちゃんと、断った。……けど」
「…………」
「……最後に一度だけ抱きしめてって、言われて……」
「うん……」
「抱きしめた……」
胸の中がざわっとした。
これ。この感覚は、まだ付き合う前に経験したことがある。でもそれよりも、ずっと重い、苦しい。
二口くんが、私以外の女の子を抱きしめた。
多分、前の私だったらそれくらい許してる。イヤな気持ちになっても黙ってた。
でも、今は。
彼にちゃんと言わないといけないんだろう。
私は、彼の方へ進む。一歩、二歩。
そして。
思いっきり、でも加減はして、握った手で彼の胸を一度叩いた。彼の固い胸はびくともしないし、よろけもしない。
包み込むように彼の手が私の拳に触れる。その手の暖かさを感じて、私は手をといて力なく下ろした。代わりに、彼の鎖骨あたりに額を押し付ける。
「次やったら……。ゆるさないから」
思ったより冷たい声が出た。
でも、これは、私の……本音だ。私の中にこんなどろどろとした感情があるなんて……。
「……わかった」
そう言う二口くんの声はなぜか少し嬉しそうだった。
もて余した感情ごと私の背中に回った彼の腕に引き寄せられる。そうされたらもう、今までのもやもやはどうでもよくなる。
これは思ったより単純で、動物的な感情なんだ。
「絶対、別れないからな」
「………うん」
彼は私に執着しているし、私も二口くんを離したくない。
そして、
彼は。二口くんは。
今は、私のものなんだ。
そんな傲慢すぎる思いで安心している自分が、怖かった。
※前半は、モブ(ライバル)の女の子視点です
職員室は2階だ。階段を降りていく途中の踊り場で、さすがに私は彼女を止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何なの、アンタ」
「今なら、まだ間に合うから」
「あんたに私の進路関係ないでしょ! 私がどのコースにしようが勝手じゃない!」
つかまれた手を振りほどく。思ったより力が入ってしまって彼女を振り回す形になったけど、彼女はよろけながらも私の前に立ちはだかった。
「コース変更って前期までなんだよ。テスト期間中は一時的にその門がしまっちゃうから、今のうちに行かないと……」
「余計なお世話よ!」
「自分の進路を人に合わせてどうすんのよ!!」
声を荒げた私の倍の大声で言い返され息を飲む。こんな剣幕の彼女は初めて見た。なんなの……この子。
「私は、航空整備士になりたいの」
「…………」
さっきとは打って変わった静かな声で彼女が語り始める。
それがどうした、と思ったけど口には出さなかった。
「普通の高校に行ってから専門に行くのも考えた。工業高校、女子は少ないだろうし中学の友達は一人もいないし。すごく悩んだけど、やりたいことは普通科ではできなかったから、伊達工に来た」
私の方に視線は向けているけれど見ているのはもっと遠くの方だ。彼女はそのまま続ける。
「今は、良かったと思ってる。私の興味とかやりたいことにつながってると思えるから、全然苦じゃない」
そう言って彼女はようやく私と視線を合わせた。
「進路を人に合わせるのは自分のためにならないよ」
「好きな人と一緒にいたいと思って何が悪いのよ!」
私は反射的に怒鳴り返す。したり顔の説教はごめんだ。
一瞬だけ彼女は怯んだように見えたけれどゆっくりと落ち着いたトーンで返してきた。
「何も悪いと思わないよ。でも進路だけは、それで曲げちゃダメだよ」
「あんただって、……前はそう思っていなかったかもしれないけど、今は二口と一緒にいたいと思うでしょ?」
彼女の目がきゅっと丸くなる。
ほーらね。あんたも女なんだから、根っこの所は私とそう変わんないよ。
「確かに……。私はここに来なかったら、二口くんとは会えてなかったと思う。学校以外の所で出会えてるなんて、思わない」
彼女が迷いを見せながら言ったのはここまでだった。すっと私を射抜くような視線が戻る。
「でも、何かの縁があったんだと思う。それぐらいは信じているけれど、」
2階から誰かが上がってくる。その足音と気配をものともせず彼女は言った。
「二口くんを自分の夢の枷にはしないよ」
その言葉に階段を登り切った人影がピタっと止まった。
「高校卒業したら、二口くんとは違う道に進む。私は自分の行きたい方に行くし、二口くんだってそうだと思う」
彼女は私をまっすぐに見て言う。そこには少しも迷いがなかった。
「二口くんの夢の邪魔に私がなるくらいなら……別れるよ」
静かに通った彼女の声に、肩越しに見えた人影、二口が頭を傾けて壁に預ける。
「……でもさ、結城さん」
私はちょっと可笑しくなってきてしまった。結城さん覚悟が決まりすぎてない?これは二口大変だ。彼女の肩越しに見える二口を指さして言う。
「それ……。多分、言っちゃダメだよ。彼氏ヘコんでる」
「え?」
彼女は後ろを振り返った。そこに脱力してゾンビみたいに立ってる二口がいるのに初めて気がついたようで、びっくりしている。そりゃそうだ。悪口言ってる最中にご本人登場みたいなんだから。
「…………でも、本当のことだから」
あ、彼氏、K.Oされた。
……ヤバイ。この子、私が思ってた以上に面白い。
彼女がのけぞった二口の方に視線を向けると、頭を起こした二口は複雑な顔をして彼女に向けて口元だけ笑う。それを受けて結城さんは続ける。
「自分の進路は友達とも好きな人とも独立してあるべきだと思うし、そこを彼に合わせる気は私はないよ」
二口が真顔になって下を向く。彼もこういうタイプの彼女と付き合うのは大変なんじゃないかとちょっと同情する。
二口が捨てられるのは意外と早いのかも。
「そこさえ間違ってなければ、私達はその先の人生をやっていけると思う」
最後まで迷う仕草を見せずに彼女は言い切った。
二口は顔を上げ、彼女と目を合わせた後に大きくうなずいた。
今ので……二口は彼女の言葉を飲み込んだんだ。
さっき頭をかすめた予感はあっという間に消え去った。二人が交わす視線に……。本当に私の付け入るすきはないんだ、と理解できてしまった。
二口は空気を切り替えるように手に持ったプリントをひらひらと掲げる。
「お前らが俺を取り合ってる間に、用紙貰ってきたぞー」
「は? 押し付け合いなんだけど」
もう笑ってそのくらいのことは言える。あっけにとられてる二口から書類をひったくる。コース変更届。
きっとこんな彼女に二口は食らいついていくんだろう。二口はそのための努力をするヤツだと思うから……。
なら、私も。少しは自分の将来に向けて考えてみるか。
「出せばいいんでしょ? 出せば。……でもちょっとは考えさせて」
「お、おう」
「先生に、相談してくる」
好きな子だったらあんな必死になって追うんだ。そう思ったらスッパリと諦めがついた。告白もできたし、正直悔いはあるけど未練はない。
私は二人を置いて職員室へ向かった。
★★★
「航空整備士ってどうやってなるの?」
立花さんを見送った後、突然、二口くんに聞かれた。
「卒業したら専門学校行くのが一般的かな……」
航空系の企業に就職したり自衛隊に行って働きながら勉強するって方法もあるけれど、私にはあらかじめ学んでおく道の方があっていると思う。
「その専門学校って宮城にもあんの?」
「あるよ」
「そっか……。県外出る?」
「今のところ出るつもりはないよ」
矢継ぎ早の質問に戸惑いながら、二口くんの意図を考えていると先手を打たれた。
「……別に進路を合わせようとしてるわけじゃねーぞ」
「うん……」
そんなのわかってる。二口くんはそういうことをする人じゃないと思うし。
そう思って彼を見上げると、意外と弱った風な顔で私を見ていた。
はっとなって見つめ返すと、二口くんはゆっくりと瞬きした。
「でも、どこに行くか……地域を合わせたいと思うぐらい、いいだろ?」
「……」
私はまた……彼を不安がらせてしまっているのかもしれない。
自分の進路は曲げたくないと思ったけど、離れたいわけじゃない。
二口くんと離れたくはない。
「二口くん」
「……なんだよ」
「もし二口くんが地元を出るっていうなら……私も近くに行けないかぐらいは考えるよ?」
「……」
「それまで付き合ってればだけど」
こんなこと言わなくていいのに、そっけない声が出てしまう。
私、何でこんな八つ当たりみたいなこと……。
でも……もやもやしてる。立花さんを抱きしめていた二口くんに。
多分これは『嫉妬』ってやつだ。
「友紀」
「なに?」
二口くんは私の不機嫌とその理由に気づいてしまったのだろう。ためらいつつも意を決したように話しはじめた。
「立花に……告られた」
「……そう」
「ちゃんと、断った。……けど」
「…………」
「……最後に一度だけ抱きしめてって、言われて……」
「うん……」
「抱きしめた……」
胸の中がざわっとした。
これ。この感覚は、まだ付き合う前に経験したことがある。でもそれよりも、ずっと重い、苦しい。
二口くんが、私以外の女の子を抱きしめた。
多分、前の私だったらそれくらい許してる。イヤな気持ちになっても黙ってた。
でも、今は。
彼にちゃんと言わないといけないんだろう。
私は、彼の方へ進む。一歩、二歩。
そして。
思いっきり、でも加減はして、握った手で彼の胸を一度叩いた。彼の固い胸はびくともしないし、よろけもしない。
包み込むように彼の手が私の拳に触れる。その手の暖かさを感じて、私は手をといて力なく下ろした。代わりに、彼の鎖骨あたりに額を押し付ける。
「次やったら……。ゆるさないから」
思ったより冷たい声が出た。
でも、これは、私の……本音だ。私の中にこんなどろどろとした感情があるなんて……。
「……わかった」
そう言う二口くんの声はなぜか少し嬉しそうだった。
もて余した感情ごと私の背中に回った彼の腕に引き寄せられる。そうされたらもう、今までのもやもやはどうでもよくなる。
これは思ったより単純で、動物的な感情なんだ。
「絶対、別れないからな」
「………うん」
彼は私に執着しているし、私も二口くんを離したくない。
そして、
彼は。二口くんは。
今は、私のものなんだ。
そんな傲慢すぎる思いで安心している自分が、怖かった。