4.5 モクゲキシャ
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目撃者
「手」
「て?」
「うん、ほら」
「……」
「そうじゃない」
「え?」
「……こう」
「……」
「恋人つなぎ」
「恋人……?」
「違う?」
「……そうだけど」
「好き」
「……私も」
◆◇◆
「あ、あそこ、二口くんと行ったとこだね」
「あー。そうだな」
前に二口くんと駅で待ち合わせた後に入ったカフェがあった。入る?と聞かれて懐かしさに思わずうなずく。
お店の扉を開ける時にはじめて、歩いているときも電車で並んで立っているときにも繋がれたままだった手が離れた。指に、手のひらに、残った彼の感触が名残惜しい。
「この辺だったよな?」
私たちは前に来たときと同じ窓際のカウンター席に二人で並んで座った。右隣の二口くんとの距離が随分近くに感じる。席の間隔は前と変わってないはずだから、気のせいなんだろう、と思っていると、
「前の方が近かった気がする」
不満そうな顔で逆のことを言うから驚いた。
「え? そ、そう?」
「結城、今、左寄りに座ってるよな?」
バレてる……。学校でキスをした、ここに来るまでは手も繋いでいたのに、二口くんとの距離の取り方がわからなくなっている。
「ごめん。思ってたより近いから、びっくりしちゃって」
「遠慮すんなよ」
二口くんが拗ねたように睨むから、私は恐る恐る二口くんに寄るように座り直す。あの時は平気だったのにこんなことでドキドキしてる。肩をぶつけないように手を触れないようにと気をつけていると、二口くんがからかうように身体をぶつけてくる。
「!!」
「いや、そんなに驚くなよ」
「だって……」
「あ、そうか。さっきみたいに……」
私が言いよどんでいると、二口くんは何かに気づいた様子で私の耳元に顔を寄せ声を潜める。
「『キスされるかも』って思うから?」
さらりと言われ、一気に赤面した私を見て二口くんはクククっと意地悪く笑う。私は顔を両手で覆うしかなかった。
「だって……『隙があったら狙う』とか言うんだもん」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいのに」
「……」
「友紀?」
「……」
「友紀ちゃん?」
聞きなれているはずの自分の名前が、とんでもなく甘いトッピングをされて耳に届く。今日は告白して、キスして、デートで、手を繋ぐとか、初めてづくしで二口くんでパンク寸前なのに……。
「もう、わかったから、やめて、け、堅治くん……」
バグった状態で名前を呼び返そうとして自爆した。言い慣れないその語感が恥ずかしすぎて、さらに顔に熱が集まってきて私は顔を上げられない。
「……ごめん。お願い、今日はとっくにキャパオーバーしてるから、許して……」
そう言って恐る恐る二口くんの方を見ると、彼も頭を抱えていた。腕の隙間から見える耳が赤い。
「……思ってたより、すげぇ破壊力だった」
「でしょ? しばらく呼び方は元のままにしとこうよ」
「そっちじゃねぇんだけど……。ま、そうだな。せいぜい二人の時だけにしとこうぜ」
二口くんは顔を隠すように反対を向いてストローをくわえる。それに倣って私もカップを両手で包んだ。この熱くなった顔も冷やしたい。中の氷が手の熱で溶けてするっと液体の中に滑り込む。
「なんか……すごく緊張する」
「そう? 俺、前に比べたらましだわ」
「あの時はまだ、そこまで二口くんを意識してなかったからかな」
「え? そうなの?」
二口くんがショックを受けたような顔をするから私は慌てる。
「うん。っていうより」
「ん?」
「その後、家に帰って、思い出した時に、何か……」
「何かって?」
「言わないとダメ?」
「ダメ。つーか、ここまで言っといて止めるのずりぃ」
しばらく黙っていたけれど、言うまで逃がさないって感じで彼が睨むので観念した。
「……二口くんのコト好きなのかも、って思って眠れなかった」
やっとの思いでそう言うと、二口くんは下を向き肩を震わせ笑っていた。
「そっか、なら計画通り、ってやつだな」
「え? 私はめられてた?」
「はめたって言うより……脈あんならもうちょっと意識してくれねぇかな、とは思ってた」
「そうだったの? そっか、だからあんなこと……」
その日の夜に思い出して恥ずかしさのあまりお風呂に沈んだことを思い出す。
「俺、何かしたっけー? 緊張してたから覚えてねー」
そう言ってニヤニヤ笑う二口くん。これ絶対覚えてるよ……。
「私の髪を指でくるくるしてた」
「あー……。やったやった」
こんな感じ?と髪の中にすっと人差し指を差し入れる。あの時より遠慮がないのに触れ方が優しくてぞくっとする。
「こんなもんだろ?」
二口くんの指にくるりと巻き付いた髪が私の分身みたいで恥ずかしい。なんとなくそれを直視できなくて、目を逸らし次に彼がしたことを思い出すけど……次のは今再現されたら……困る。
「……頬を挟んで、目を覗き込んできた」
「あー……」
二口くんも思い出したのか、私の頬に手をあてようかあてないか迷った挙句、そのまま頬杖に変えた。
「それは……もうできねぇな」
「でしょ?」
あんなの今の二口くんにされたら、さっきのキスを思い出してしまってもうだめだ。彼もなんだか気まずそうに私から目を逸らす。
「ここじゃなければ余裕なんだけど」
「え? 何?」
「何でもない」
そう言って穏やかにこちらを向いて笑う二口くんにドキッとする。私に向けてくれる笑顔。そろそろ慣れてもいいのに、私の心臓は全然慣れてくれない。
「でも、そんなこと言ったらさ、資料室の片づけの時の結城の方がすごかったんだぜ」
「そんな……だって、あれは二口くんが」
「そーだけど、さー。俺、あの時、ホント理性飛びかけたもん」
理性が飛びかけた? それいつ!?
「雷、見せないようにしてくれた時?」
「いや、それは俺が仕掛けたから、全然余裕あんだけど」
「ん???」
「あの後結城、俺にカラダをゆだねてきたじゃん」
「……何、その言い回し」
「あれはヤバかった、こうやってすりすりって顔こすりつけて」
「そんなこと、私やった!?」
「やった! 無意識かよ! あっぶねぇな」
身に覚えがあるような、ないような……。二口くんはふてくされたように頬杖をつく。
「あれ絶対、他の奴にやっちゃダメだからな」
「……やらないよ」
「でも、あの頃オレら付き合ってねぇじゃん。付き合ってない男にそういうこと無意識でするなんて危険すぎるわ」
「だって、それは……二口くんの腕の中が、すごく安心できたから……」
「…………」
「多分、その時に、今の予感のようなものがあったんだと思うよ」
そこまで言って恥ずかしくなって彼から目を逸らすと、直後に「ゴン」と鈍い音がした。びっくりして音のした方を見ると、二口くんが頭をテーブルに打ちつけていた。
「だ、大丈夫?」
心なしか顔が赤い彼は、それには答えずに違うことを言ってきた。
「俺、あの時、もうちょっとで告白するところだった」
「え? そうなの?」
「そうしたら、結城、どうしてた?」
「……どうだろう」
「断ってた?」
私は少し考える。あの頃、私は……。
「ううん、断ってはないと思う。『オトモダチからお願いします』とか言ってたと思う」
「なんだ、変わんないじゃねぇかよ!」
「え……でも、それに乗ってる気持ちは全然違うよ」
「そうか?」
「うん。この時は『芽が出た』って段階で、あの体育館の時は……つぼみぐらいにはなってるんじゃないかな」
「今は?」
「え?」
「満開?」
「ん……七分咲きくらいかな」
「なんでだよ! 満開になっとけよ!」
「もう、そしたら……散るしかないじゃん」
「は?」
「だって、これから、もっと二口くんを好きになるかもしれないし」
「……」
「だから、ずっと一歩手前ぐらいにしておきたいかな」
二口くんがもう一回テーブルに頭を打ちつけた。
「本当に、大丈夫?」
ぶつけた頭が心配でのぞきこむと、顔を上げた彼と至近距離で目が合う。
「なるかもしれないとか言ってんじゃねぇよ」
キッと切れ長の瞳に睨みつけられて、私は動けない。
「……絶対もっと好きにさせてやる」
強い視線に心が射抜かれた。そんなこと言われたら、私の方こそテーブルに頭を打ちつけたくなるよ……。
★★★
気がついた時には六時をまわっていた。あっという間だった。俺はいつも部活終わりがこのくらいだから何てことはないけれど、友紀にとってはもう遅いんだろう。
来週は今日の振り替えで部活で埋まることが決まっている。別にそれはいいんだけど。次はいつになるかわからない。学校では会えるけど、二人っきりはしばらくおあずけだ。
だから、このまま帰したくない。もうちょっと一緒にいたい。その一心で彼女が乗る方向の電車のホームまで来てしまったのに、彼女はさっさとドア目標の位置に立とうとする。離れがたく思ってるのは、俺だけ?「好き」のバランスはまだ俺の方が重いっぽい。
そう自覚した途端どうしようもなく苛立って、思わず彼女の腕をつかんだ。
「どうしたの? 二口くん」
どうしたの、じゃねぇよ。
「あの、さ」
「うん……」
戸惑った表情で俺を見上げる彼女の腕を軽く引きながら、最初に思いついたことを口に出してしまう。
「キス、してくれたら、帰っていいよ」
彼女がレンズの奥の目を丸くした。
……俺、何様なんだよ。彼女から『好き』と言われただけで、ここまで強気に出られるのは、我ながらホントに調子いいと思う。俺は何で友紀を困らせるようなことを言ってるんだろう。嫌われたらどうするんだよ。
ほら。彼女は困ったようにきょろきょろとあたりを見回してる。早く『ウソだよ、バイバイ』って言ってやればいい。そうすりゃ、からかったんだーって笑って終わるから。
心の中でそう決めて彼女の腕を解放しようとすると、逆に彼女が俺の手を引っ張り返した。
「友紀?」
自分で仕掛けたクセに彼女のリアクションにびっくりしてしまう。
友紀は俺と目があった後、恥ずかしそうに視線をそらした。
「人が、いるところではやだな」
そう呟くと、俺の手を引いて歩き始める。
覚悟を決めてしまった彼女にもう『ウソだよ』とは言えない。彼女に導かれるままホームの端まで移動する。人気はない。
柱の裏まで来ると友紀は俺の手を離し、そこで、思いがけず、メガネを外した。
「周りが見えちゃうと、できないから……」
メガネをかけている彼女も外した彼女も、もう俺の中では区別をつけていないつもりだったけど。まっすぐに俺を見る直の瞳はやっぱりきれいで見とれてしまう。
「ちょっと、かがんで」
平静を装っているけれど、俺の心臓の音は周りに聞こえちゃうんじゃないかってぐらい大きくなっている気がする。言われるまま素直に腰を落とす。俺の後頭部にメガネを持っていない方の彼女の手が回り顔を合わせられる。
……ヤバい、何か扉が開きそう。女子がコレを好きな理由が何となくわかった気がする。少し背伸びをした友紀の瞳が一気に近づいて、急にその光が消えたと思った瞬間、唇と唇が重なった。
一瞬。
例えるなら速攻のトスが来てから合わせるぐらいの短さ。目を閉じるなんて勿体なくてできなかった。
押し付けられた、柔らかい唇。
永遠のような一瞬の後、名残を惜しむようにゆっくりと友紀の唇がはがれてゆく。重なる時とは違うスピード感が、彼女の気持ちを表しているようで心臓が痛くなる。
閉じていた瞼が開いて俺と目が合うと、恥ずかしそうに瞳を細めて笑う。
「ふふ、できた」
意外と男前なキスだと思ったのに、そう顔を赤らめて呟く友紀が可愛くて愛おしくてしょうがなくて、吸い寄せられるように上から唇を奪い返す。
「!!」
お返しだとばかりに彼女の後頭部に手を回し引きつける。いつの間にか近づいてきた電車が滑り込んでくる音がする。けどかまわなかった。
扉が開く直前に彼女の唇を解放する。彼女はうつむいて動かない。下りてくる人が俺と友紀をチラチラと見てくる。
友紀が乗らないまま、その電車は扉が閉まって発車してしまった。
「何で乗らねえの?」
「そんな……乗れるわけないじゃん……」
真っ赤な顔の友紀がそっぽを向いて呟く。俺は笑って彼女の頭をポンポンと撫でる。
「じゃあ、次の電車で帰ろうな」
「そういうとこ、ほんといじわる……」
「いじわるな俺、嫌い?」
「……好き」
「好き」のバランスはやっぱり俺の方が重いっぽい。けど、意外とつり合いはとれているのかもしれない。
それが俺の友紀との初デートの感想だ。
「手」
「て?」
「うん、ほら」
「……」
「そうじゃない」
「え?」
「……こう」
「……」
「恋人つなぎ」
「恋人……?」
「違う?」
「……そうだけど」
「好き」
「……私も」
◆◇◆
「あ、あそこ、二口くんと行ったとこだね」
「あー。そうだな」
前に二口くんと駅で待ち合わせた後に入ったカフェがあった。入る?と聞かれて懐かしさに思わずうなずく。
お店の扉を開ける時にはじめて、歩いているときも電車で並んで立っているときにも繋がれたままだった手が離れた。指に、手のひらに、残った彼の感触が名残惜しい。
「この辺だったよな?」
私たちは前に来たときと同じ窓際のカウンター席に二人で並んで座った。右隣の二口くんとの距離が随分近くに感じる。席の間隔は前と変わってないはずだから、気のせいなんだろう、と思っていると、
「前の方が近かった気がする」
不満そうな顔で逆のことを言うから驚いた。
「え? そ、そう?」
「結城、今、左寄りに座ってるよな?」
バレてる……。学校でキスをした、ここに来るまでは手も繋いでいたのに、二口くんとの距離の取り方がわからなくなっている。
「ごめん。思ってたより近いから、びっくりしちゃって」
「遠慮すんなよ」
二口くんが拗ねたように睨むから、私は恐る恐る二口くんに寄るように座り直す。あの時は平気だったのにこんなことでドキドキしてる。肩をぶつけないように手を触れないようにと気をつけていると、二口くんがからかうように身体をぶつけてくる。
「!!」
「いや、そんなに驚くなよ」
「だって……」
「あ、そうか。さっきみたいに……」
私が言いよどんでいると、二口くんは何かに気づいた様子で私の耳元に顔を寄せ声を潜める。
「『キスされるかも』って思うから?」
さらりと言われ、一気に赤面した私を見て二口くんはクククっと意地悪く笑う。私は顔を両手で覆うしかなかった。
「だって……『隙があったら狙う』とか言うんだもん」
「そんな恥ずかしがらなくてもいいのに」
「……」
「友紀?」
「……」
「友紀ちゃん?」
聞きなれているはずの自分の名前が、とんでもなく甘いトッピングをされて耳に届く。今日は告白して、キスして、デートで、手を繋ぐとか、初めてづくしで二口くんでパンク寸前なのに……。
「もう、わかったから、やめて、け、堅治くん……」
バグった状態で名前を呼び返そうとして自爆した。言い慣れないその語感が恥ずかしすぎて、さらに顔に熱が集まってきて私は顔を上げられない。
「……ごめん。お願い、今日はとっくにキャパオーバーしてるから、許して……」
そう言って恐る恐る二口くんの方を見ると、彼も頭を抱えていた。腕の隙間から見える耳が赤い。
「……思ってたより、すげぇ破壊力だった」
「でしょ? しばらく呼び方は元のままにしとこうよ」
「そっちじゃねぇんだけど……。ま、そうだな。せいぜい二人の時だけにしとこうぜ」
二口くんは顔を隠すように反対を向いてストローをくわえる。それに倣って私もカップを両手で包んだ。この熱くなった顔も冷やしたい。中の氷が手の熱で溶けてするっと液体の中に滑り込む。
「なんか……すごく緊張する」
「そう? 俺、前に比べたらましだわ」
「あの時はまだ、そこまで二口くんを意識してなかったからかな」
「え? そうなの?」
二口くんがショックを受けたような顔をするから私は慌てる。
「うん。っていうより」
「ん?」
「その後、家に帰って、思い出した時に、何か……」
「何かって?」
「言わないとダメ?」
「ダメ。つーか、ここまで言っといて止めるのずりぃ」
しばらく黙っていたけれど、言うまで逃がさないって感じで彼が睨むので観念した。
「……二口くんのコト好きなのかも、って思って眠れなかった」
やっとの思いでそう言うと、二口くんは下を向き肩を震わせ笑っていた。
「そっか、なら計画通り、ってやつだな」
「え? 私はめられてた?」
「はめたって言うより……脈あんならもうちょっと意識してくれねぇかな、とは思ってた」
「そうだったの? そっか、だからあんなこと……」
その日の夜に思い出して恥ずかしさのあまりお風呂に沈んだことを思い出す。
「俺、何かしたっけー? 緊張してたから覚えてねー」
そう言ってニヤニヤ笑う二口くん。これ絶対覚えてるよ……。
「私の髪を指でくるくるしてた」
「あー……。やったやった」
こんな感じ?と髪の中にすっと人差し指を差し入れる。あの時より遠慮がないのに触れ方が優しくてぞくっとする。
「こんなもんだろ?」
二口くんの指にくるりと巻き付いた髪が私の分身みたいで恥ずかしい。なんとなくそれを直視できなくて、目を逸らし次に彼がしたことを思い出すけど……次のは今再現されたら……困る。
「……頬を挟んで、目を覗き込んできた」
「あー……」
二口くんも思い出したのか、私の頬に手をあてようかあてないか迷った挙句、そのまま頬杖に変えた。
「それは……もうできねぇな」
「でしょ?」
あんなの今の二口くんにされたら、さっきのキスを思い出してしまってもうだめだ。彼もなんだか気まずそうに私から目を逸らす。
「ここじゃなければ余裕なんだけど」
「え? 何?」
「何でもない」
そう言って穏やかにこちらを向いて笑う二口くんにドキッとする。私に向けてくれる笑顔。そろそろ慣れてもいいのに、私の心臓は全然慣れてくれない。
「でも、そんなこと言ったらさ、資料室の片づけの時の結城の方がすごかったんだぜ」
「そんな……だって、あれは二口くんが」
「そーだけど、さー。俺、あの時、ホント理性飛びかけたもん」
理性が飛びかけた? それいつ!?
「雷、見せないようにしてくれた時?」
「いや、それは俺が仕掛けたから、全然余裕あんだけど」
「ん???」
「あの後結城、俺にカラダをゆだねてきたじゃん」
「……何、その言い回し」
「あれはヤバかった、こうやってすりすりって顔こすりつけて」
「そんなこと、私やった!?」
「やった! 無意識かよ! あっぶねぇな」
身に覚えがあるような、ないような……。二口くんはふてくされたように頬杖をつく。
「あれ絶対、他の奴にやっちゃダメだからな」
「……やらないよ」
「でも、あの頃オレら付き合ってねぇじゃん。付き合ってない男にそういうこと無意識でするなんて危険すぎるわ」
「だって、それは……二口くんの腕の中が、すごく安心できたから……」
「…………」
「多分、その時に、今の予感のようなものがあったんだと思うよ」
そこまで言って恥ずかしくなって彼から目を逸らすと、直後に「ゴン」と鈍い音がした。びっくりして音のした方を見ると、二口くんが頭をテーブルに打ちつけていた。
「だ、大丈夫?」
心なしか顔が赤い彼は、それには答えずに違うことを言ってきた。
「俺、あの時、もうちょっとで告白するところだった」
「え? そうなの?」
「そうしたら、結城、どうしてた?」
「……どうだろう」
「断ってた?」
私は少し考える。あの頃、私は……。
「ううん、断ってはないと思う。『オトモダチからお願いします』とか言ってたと思う」
「なんだ、変わんないじゃねぇかよ!」
「え……でも、それに乗ってる気持ちは全然違うよ」
「そうか?」
「うん。この時は『芽が出た』って段階で、あの体育館の時は……つぼみぐらいにはなってるんじゃないかな」
「今は?」
「え?」
「満開?」
「ん……七分咲きくらいかな」
「なんでだよ! 満開になっとけよ!」
「もう、そしたら……散るしかないじゃん」
「は?」
「だって、これから、もっと二口くんを好きになるかもしれないし」
「……」
「だから、ずっと一歩手前ぐらいにしておきたいかな」
二口くんがもう一回テーブルに頭を打ちつけた。
「本当に、大丈夫?」
ぶつけた頭が心配でのぞきこむと、顔を上げた彼と至近距離で目が合う。
「なるかもしれないとか言ってんじゃねぇよ」
キッと切れ長の瞳に睨みつけられて、私は動けない。
「……絶対もっと好きにさせてやる」
強い視線に心が射抜かれた。そんなこと言われたら、私の方こそテーブルに頭を打ちつけたくなるよ……。
★★★
気がついた時には六時をまわっていた。あっという間だった。俺はいつも部活終わりがこのくらいだから何てことはないけれど、友紀にとってはもう遅いんだろう。
来週は今日の振り替えで部活で埋まることが決まっている。別にそれはいいんだけど。次はいつになるかわからない。学校では会えるけど、二人っきりはしばらくおあずけだ。
だから、このまま帰したくない。もうちょっと一緒にいたい。その一心で彼女が乗る方向の電車のホームまで来てしまったのに、彼女はさっさとドア目標の位置に立とうとする。離れがたく思ってるのは、俺だけ?「好き」のバランスはまだ俺の方が重いっぽい。
そう自覚した途端どうしようもなく苛立って、思わず彼女の腕をつかんだ。
「どうしたの? 二口くん」
どうしたの、じゃねぇよ。
「あの、さ」
「うん……」
戸惑った表情で俺を見上げる彼女の腕を軽く引きながら、最初に思いついたことを口に出してしまう。
「キス、してくれたら、帰っていいよ」
彼女がレンズの奥の目を丸くした。
……俺、何様なんだよ。彼女から『好き』と言われただけで、ここまで強気に出られるのは、我ながらホントに調子いいと思う。俺は何で友紀を困らせるようなことを言ってるんだろう。嫌われたらどうするんだよ。
ほら。彼女は困ったようにきょろきょろとあたりを見回してる。早く『ウソだよ、バイバイ』って言ってやればいい。そうすりゃ、からかったんだーって笑って終わるから。
心の中でそう決めて彼女の腕を解放しようとすると、逆に彼女が俺の手を引っ張り返した。
「友紀?」
自分で仕掛けたクセに彼女のリアクションにびっくりしてしまう。
友紀は俺と目があった後、恥ずかしそうに視線をそらした。
「人が、いるところではやだな」
そう呟くと、俺の手を引いて歩き始める。
覚悟を決めてしまった彼女にもう『ウソだよ』とは言えない。彼女に導かれるままホームの端まで移動する。人気はない。
柱の裏まで来ると友紀は俺の手を離し、そこで、思いがけず、メガネを外した。
「周りが見えちゃうと、できないから……」
メガネをかけている彼女も外した彼女も、もう俺の中では区別をつけていないつもりだったけど。まっすぐに俺を見る直の瞳はやっぱりきれいで見とれてしまう。
「ちょっと、かがんで」
平静を装っているけれど、俺の心臓の音は周りに聞こえちゃうんじゃないかってぐらい大きくなっている気がする。言われるまま素直に腰を落とす。俺の後頭部にメガネを持っていない方の彼女の手が回り顔を合わせられる。
……ヤバい、何か扉が開きそう。女子がコレを好きな理由が何となくわかった気がする。少し背伸びをした友紀の瞳が一気に近づいて、急にその光が消えたと思った瞬間、唇と唇が重なった。
一瞬。
例えるなら速攻のトスが来てから合わせるぐらいの短さ。目を閉じるなんて勿体なくてできなかった。
押し付けられた、柔らかい唇。
永遠のような一瞬の後、名残を惜しむようにゆっくりと友紀の唇がはがれてゆく。重なる時とは違うスピード感が、彼女の気持ちを表しているようで心臓が痛くなる。
閉じていた瞼が開いて俺と目が合うと、恥ずかしそうに瞳を細めて笑う。
「ふふ、できた」
意外と男前なキスだと思ったのに、そう顔を赤らめて呟く友紀が可愛くて愛おしくてしょうがなくて、吸い寄せられるように上から唇を奪い返す。
「!!」
お返しだとばかりに彼女の後頭部に手を回し引きつける。いつの間にか近づいてきた電車が滑り込んでくる音がする。けどかまわなかった。
扉が開く直前に彼女の唇を解放する。彼女はうつむいて動かない。下りてくる人が俺と友紀をチラチラと見てくる。
友紀が乗らないまま、その電車は扉が閉まって発車してしまった。
「何で乗らねえの?」
「そんな……乗れるわけないじゃん……」
真っ赤な顔の友紀がそっぽを向いて呟く。俺は笑って彼女の頭をポンポンと撫でる。
「じゃあ、次の電車で帰ろうな」
「そういうとこ、ほんといじわる……」
「いじわるな俺、嫌い?」
「……好き」
「好き」のバランスはやっぱり俺の方が重いっぽい。けど、意外とつり合いはとれているのかもしれない。
それが俺の友紀との初デートの感想だ。