芽と花の咲き
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芽と花の咲き
※第三者視点です
お店の前を右往左往している男の子がいる。
背丈の高い茶髪の男の子。白地に緑のラインの入ったジャージに大きなエナメルバッグを担いでいる。きっと運動部なのだろう。体格はいいけれどそれほど日に焼けていないから、バスケやバレーとかの室内競技かな?
彼は徐々に店先のスタンドに近づいてくると中腰になり、しげしげと作り置きのブーケを眺めていた。
「……なんだ、この花。見たことねー」
首を傾げてしかめっ面でつぶやく言葉が微笑ましくて、思わず声をかけてしまう。
「そちらのブーケは、トルコギキョウとレースフラワーを使っています」
はっと、こちらを振り返ったその子は意外なほど端正な顔立ちだった。話しかけられてびっくりしたのか茶色がかった瞳を丸くする。
私も一瞬息をのんでしまったけれど、平静を装い話を続ける。
「……その隣は、スイートピーとカスミソウを合わせた卒業式用の花束。スイートピーに『旅立ち』の意味があるので、卒業生の……先輩に渡す用途でお買い求めになる方が多いです。こちらはグリーンと合わせているので雰囲気変わりますよね。可愛らしくなりすぎなくて男性にも好評ですよ」
軽い気持ちで見ていたのなら店員に張り付かれるのは嫌だろう。私はそこで引くつもりだったけれど、彼は「旅立ちか……」とつぶやいてスイートピーを見つめていた。
せっかく興味を持ってくれたようだから、興を削がないような言葉を探す。
「部活の先輩へ?」
「いや。うちの先輩はゴリラばっかりなんで、花って柄じゃないっス」
即きっぱりと「ゴリラ」と断じる彼に、彼の先輩方には申し訳ないけれど吹き出してしまった。彼のジャージの左胸には『伊達工業』と刺繍してある。なるほど。偏見かもしれないけれど、ガテン系男子の多そうな学校。
彼も少し表情を和らげ、何かを迷った感じに視線をさまよわせると、一つ瞬きをしてから鋭い瞳を私に向けた。その強い視線に私は緩んだ表情を引き締める。
「ホワイトデー」
「は、はい?」
「ホワイトデーに、お返しで花を贈るなら、何がいいですか?」
……。なるほど。そうね、この彼なら今の時季に花屋に来る理由はこっちか、と合点がいく。
でも、それなら……。余計なお世話だけど、花屋としては一つだけ心配なことがある。
「失礼ですけれど……」
「はい?」
「それって、本命の子に?」
彼はほんの少し眉をひそめる。
「もちろん。本命、っつーか彼女に、です」
明らかに気分を損ねたように言う彼に、もうちょっといい言い回しがあったんじゃないかと思いつつ手を合わせる。
「気を悪くされたらごめんなさいね。もし、義理でお返しする場合、お花だと誤解されてしまうかもしれないから……」
「それ! それなんスよ!」
「え?」
急に食いついた彼に私はびっくりする。
彼はイヤなコトを思い出したように眉をしかめて口をとがらせる。その表情は年相応の悪ガキ高校生に見えた。どう話したら良いものか考えるように視線を宙に向け、私に視線を戻すとぽつぽつと話しはじめた。
「バレンタインで、友紀……彼女は、俺にちゃんと本命だってわかるものをくれました。だから、それに返したいんだけど、ホワイトデーの菓子ってそれぞれ意味があるみたいで」
そこまで言うと、はぁ、と彼は大げさにため息をつく。
「俺、グミ好きなんですけど、噛み砕いて食うから『嫌い』って意味があるとかいうし。……ンなこと言ったら食い物だいたい噛み砕くだろ。しかもそれも『諸説ある』とか言われたらお手上げで」
彼は両手を上げながら「キャンディーはOKって意味わかんねぇし。飴玉なんか秒で噛み砕くわ」と独り言のように悪態をつく。
確かに……。ホワイトデーはバレンタインのチョコのように、明確な『コレ』というものがない。それなのにお菓子には隠されたメッセージがついているらしくて、それも定かではないので困っているのだろう。私も昔、お返しの定番だと思っていたマシュマロに良い意味がないと知って驚いたもんな……。
「なるほど……。まあ花にも花言葉がありますね」
「でも花言葉なら、昔っからあるから、まだ信憑性があるっつーか」
「それは……そうですね。私も代表的なものしかわからないですよ?」
「シンプルでいいっス。王道で」
そう言って静かに微笑む彼は、エプロンをつけて立たせたら花屋として違和感のない雰囲気だな……とぼんやり思いながら、頭の片隅の花言葉の知識を引っ張りだす。
「恋人に贈るもので、メジャーなのはやはり、バラ、カーネーション、今の季節ならチューリップもありますね。赤系ならどれも悪い意味はないです」
「そうっスよね。よかった、イメージ通りだ」
ほっとしたような顔を見せる彼に、私も自然と笑顔になる。
「カーネーションは……どうしてもお母さんに渡すイメージが強いですし、恋人へのプレゼントなら、バラがお勧めかな。今でもプロポーズといえば赤のバラですし、一番の王道ですね」
「へー。あんま手持ちないんですけど、ぶっちゃけ何本からOKっスか?」
「1本から大丈夫ですよ。1本だって『一目惚れ』とか『あなたしかいない』とか、いい意味ですし……」
「それは……。ハズイですね……」
彼の頬がほんのり赤くなる。ひょっとして、さっき口走った『友紀』さんには一目惚れだったのかな?
私はそこでバラ1本の値段をさりげなく伝えておいた。
「バラって、本数にも意味があるんですか?」
「はい。極端な例でいうと、プロポーズは12本とか108本が有名ですけど、2本は……」
それから私は、2本から5本までの意味を順番に彼に伝える。それに対して彼は順に「何だそれ」「直球スね」「重っ、激重」「急に軽くね?」とツッコミを入れるように一言ずつ感想を添えてくれる。
結局彼は難しい顔をして悩んでしまった。口元に指をあて、バラをにらむように見つめ微動だにしない。
見かねた私は助け舟を出す。
「そんなに難しく考えないで、予算と雰囲気を言ってもらえれば……」
「いえ。決めました。……赤いバラを、4本で」
「4本……ですね」
きっぱりと言われたけれど、少し意外だった。さっきの彼の反応から、一番なさそうだな、と思った本数だったから。
思わず確かめるように彼の顔を見てしまうと、みるみるうちに赤くなっていった。
「ち、違いますって!! 財布と相談して、最大で買えるなって思ったのがその本数だったんで! 一番、俺の想いに近いのは1本だけど、おねーさんこんなに考えてくれたんだから、1本ってわけにいかねぇだろって思っただけだから! 勘違いすんな、じゃねぇ、しないでください!」
びっくりするぐらいの早口でまくし立ててくる……。
急な一目惚れのカミングアウト……。その上、真っ赤な顔で睨みつけてくるのが可笑しくて、笑っちゃダメだと顔を引き締めるけれど、口元はどうしても緩んでしまう。
「……かしこまりました。少々お待ちください。今日渡す、ってことでいいのかな?」
「はい。これから会いに行きます」
彼から代金を受け取り、花桶からなるべく開いていない赤いバラをピックアップする。配置を整えながらサービスでカスミソウをあしらっていると、私の手元を見ていた彼が慌てた。
「待って、これじゃあ、おねーさん、儲かんねぇじゃん!」
「いーのいーの」
にっこりと彼に笑いかけながら、彼の恋人が花瓶に活けてくれるまでの時間は稼げるよう保水処理を行う。さっきの言い訳は案外まるっきり出まかせってわけでもないようだ。どっちにしろそんな気を遣わなくていいのに。
「上から見てみて、こんな感じで大丈夫?」
仮に留めた花束を向けると、彼が上からのぞきこむ。
ふと、彼が咲った。
花の向こうに映した誰かへの、愛おしさが隠せないというように、唇の端を綻ばせた。
ああ、本当に。
彼はいい恋をしている。
相手の子がうらやましくなるくらいの。
「OK、キレイっス」
「………!」
彼の声ではっと我に返る。……思わず見とれてしまっていた。彼がきょとんとこちらを見ている。慌てて彼に希望のリボンの色を聞いてラッピング作業を再開する。
そうしながら、私は、久しぶりに思い出した。
人の嬉しい気持ち、悲しい気持ちに寄り添えるようなお手伝いをしたい。もうずっと前に、花屋を志したときの気持ちを。
彼の一途さが『友紀』さんに伝わりますように。そう祈りを込めて完成した花束を渡す。彼はそれを大事そうに受け取った。
「じゃあ、がんばってね」
「……別に、頑張ることじゃないですよ。……ども、っス」
「ありがとうございました。またお越しください」
彼は会釈してからお店を出る。その後ろ姿を見送っていると急に振り返った。
「あ、おねーさん」
「はい?」
彼は口角だけ上げた不敵な笑顔でこう言った。
「プロポーズの時、またお願いします」
「喜んで。いいバラ仕入れておくから、予約してね」
4本のバラの花言葉
「死ぬまで気持ちは変わらない」
※企画サイト「nighty-night」様に提出
※第三者視点です
お店の前を右往左往している男の子がいる。
背丈の高い茶髪の男の子。白地に緑のラインの入ったジャージに大きなエナメルバッグを担いでいる。きっと運動部なのだろう。体格はいいけれどそれほど日に焼けていないから、バスケやバレーとかの室内競技かな?
彼は徐々に店先のスタンドに近づいてくると中腰になり、しげしげと作り置きのブーケを眺めていた。
「……なんだ、この花。見たことねー」
首を傾げてしかめっ面でつぶやく言葉が微笑ましくて、思わず声をかけてしまう。
「そちらのブーケは、トルコギキョウとレースフラワーを使っています」
はっと、こちらを振り返ったその子は意外なほど端正な顔立ちだった。話しかけられてびっくりしたのか茶色がかった瞳を丸くする。
私も一瞬息をのんでしまったけれど、平静を装い話を続ける。
「……その隣は、スイートピーとカスミソウを合わせた卒業式用の花束。スイートピーに『旅立ち』の意味があるので、卒業生の……先輩に渡す用途でお買い求めになる方が多いです。こちらはグリーンと合わせているので雰囲気変わりますよね。可愛らしくなりすぎなくて男性にも好評ですよ」
軽い気持ちで見ていたのなら店員に張り付かれるのは嫌だろう。私はそこで引くつもりだったけれど、彼は「旅立ちか……」とつぶやいてスイートピーを見つめていた。
せっかく興味を持ってくれたようだから、興を削がないような言葉を探す。
「部活の先輩へ?」
「いや。うちの先輩はゴリラばっかりなんで、花って柄じゃないっス」
即きっぱりと「ゴリラ」と断じる彼に、彼の先輩方には申し訳ないけれど吹き出してしまった。彼のジャージの左胸には『伊達工業』と刺繍してある。なるほど。偏見かもしれないけれど、ガテン系男子の多そうな学校。
彼も少し表情を和らげ、何かを迷った感じに視線をさまよわせると、一つ瞬きをしてから鋭い瞳を私に向けた。その強い視線に私は緩んだ表情を引き締める。
「ホワイトデー」
「は、はい?」
「ホワイトデーに、お返しで花を贈るなら、何がいいですか?」
……。なるほど。そうね、この彼なら今の時季に花屋に来る理由はこっちか、と合点がいく。
でも、それなら……。余計なお世話だけど、花屋としては一つだけ心配なことがある。
「失礼ですけれど……」
「はい?」
「それって、本命の子に?」
彼はほんの少し眉をひそめる。
「もちろん。本命、っつーか彼女に、です」
明らかに気分を損ねたように言う彼に、もうちょっといい言い回しがあったんじゃないかと思いつつ手を合わせる。
「気を悪くされたらごめんなさいね。もし、義理でお返しする場合、お花だと誤解されてしまうかもしれないから……」
「それ! それなんスよ!」
「え?」
急に食いついた彼に私はびっくりする。
彼はイヤなコトを思い出したように眉をしかめて口をとがらせる。その表情は年相応の悪ガキ高校生に見えた。どう話したら良いものか考えるように視線を宙に向け、私に視線を戻すとぽつぽつと話しはじめた。
「バレンタインで、友紀……彼女は、俺にちゃんと本命だってわかるものをくれました。だから、それに返したいんだけど、ホワイトデーの菓子ってそれぞれ意味があるみたいで」
そこまで言うと、はぁ、と彼は大げさにため息をつく。
「俺、グミ好きなんですけど、噛み砕いて食うから『嫌い』って意味があるとかいうし。……ンなこと言ったら食い物だいたい噛み砕くだろ。しかもそれも『諸説ある』とか言われたらお手上げで」
彼は両手を上げながら「キャンディーはOKって意味わかんねぇし。飴玉なんか秒で噛み砕くわ」と独り言のように悪態をつく。
確かに……。ホワイトデーはバレンタインのチョコのように、明確な『コレ』というものがない。それなのにお菓子には隠されたメッセージがついているらしくて、それも定かではないので困っているのだろう。私も昔、お返しの定番だと思っていたマシュマロに良い意味がないと知って驚いたもんな……。
「なるほど……。まあ花にも花言葉がありますね」
「でも花言葉なら、昔っからあるから、まだ信憑性があるっつーか」
「それは……そうですね。私も代表的なものしかわからないですよ?」
「シンプルでいいっス。王道で」
そう言って静かに微笑む彼は、エプロンをつけて立たせたら花屋として違和感のない雰囲気だな……とぼんやり思いながら、頭の片隅の花言葉の知識を引っ張りだす。
「恋人に贈るもので、メジャーなのはやはり、バラ、カーネーション、今の季節ならチューリップもありますね。赤系ならどれも悪い意味はないです」
「そうっスよね。よかった、イメージ通りだ」
ほっとしたような顔を見せる彼に、私も自然と笑顔になる。
「カーネーションは……どうしてもお母さんに渡すイメージが強いですし、恋人へのプレゼントなら、バラがお勧めかな。今でもプロポーズといえば赤のバラですし、一番の王道ですね」
「へー。あんま手持ちないんですけど、ぶっちゃけ何本からOKっスか?」
「1本から大丈夫ですよ。1本だって『一目惚れ』とか『あなたしかいない』とか、いい意味ですし……」
「それは……。ハズイですね……」
彼の頬がほんのり赤くなる。ひょっとして、さっき口走った『友紀』さんには一目惚れだったのかな?
私はそこでバラ1本の値段をさりげなく伝えておいた。
「バラって、本数にも意味があるんですか?」
「はい。極端な例でいうと、プロポーズは12本とか108本が有名ですけど、2本は……」
それから私は、2本から5本までの意味を順番に彼に伝える。それに対して彼は順に「何だそれ」「直球スね」「重っ、激重」「急に軽くね?」とツッコミを入れるように一言ずつ感想を添えてくれる。
結局彼は難しい顔をして悩んでしまった。口元に指をあて、バラをにらむように見つめ微動だにしない。
見かねた私は助け舟を出す。
「そんなに難しく考えないで、予算と雰囲気を言ってもらえれば……」
「いえ。決めました。……赤いバラを、4本で」
「4本……ですね」
きっぱりと言われたけれど、少し意外だった。さっきの彼の反応から、一番なさそうだな、と思った本数だったから。
思わず確かめるように彼の顔を見てしまうと、みるみるうちに赤くなっていった。
「ち、違いますって!! 財布と相談して、最大で買えるなって思ったのがその本数だったんで! 一番、俺の想いに近いのは1本だけど、おねーさんこんなに考えてくれたんだから、1本ってわけにいかねぇだろって思っただけだから! 勘違いすんな、じゃねぇ、しないでください!」
びっくりするぐらいの早口でまくし立ててくる……。
急な一目惚れのカミングアウト……。その上、真っ赤な顔で睨みつけてくるのが可笑しくて、笑っちゃダメだと顔を引き締めるけれど、口元はどうしても緩んでしまう。
「……かしこまりました。少々お待ちください。今日渡す、ってことでいいのかな?」
「はい。これから会いに行きます」
彼から代金を受け取り、花桶からなるべく開いていない赤いバラをピックアップする。配置を整えながらサービスでカスミソウをあしらっていると、私の手元を見ていた彼が慌てた。
「待って、これじゃあ、おねーさん、儲かんねぇじゃん!」
「いーのいーの」
にっこりと彼に笑いかけながら、彼の恋人が花瓶に活けてくれるまでの時間は稼げるよう保水処理を行う。さっきの言い訳は案外まるっきり出まかせってわけでもないようだ。どっちにしろそんな気を遣わなくていいのに。
「上から見てみて、こんな感じで大丈夫?」
仮に留めた花束を向けると、彼が上からのぞきこむ。
ふと、彼が咲った。
花の向こうに映した誰かへの、愛おしさが隠せないというように、唇の端を綻ばせた。
ああ、本当に。
彼はいい恋をしている。
相手の子がうらやましくなるくらいの。
「OK、キレイっス」
「………!」
彼の声ではっと我に返る。……思わず見とれてしまっていた。彼がきょとんとこちらを見ている。慌てて彼に希望のリボンの色を聞いてラッピング作業を再開する。
そうしながら、私は、久しぶりに思い出した。
人の嬉しい気持ち、悲しい気持ちに寄り添えるようなお手伝いをしたい。もうずっと前に、花屋を志したときの気持ちを。
彼の一途さが『友紀』さんに伝わりますように。そう祈りを込めて完成した花束を渡す。彼はそれを大事そうに受け取った。
「じゃあ、がんばってね」
「……別に、頑張ることじゃないですよ。……ども、っス」
「ありがとうございました。またお越しください」
彼は会釈してからお店を出る。その後ろ姿を見送っていると急に振り返った。
「あ、おねーさん」
「はい?」
彼は口角だけ上げた不敵な笑顔でこう言った。
「プロポーズの時、またお願いします」
「喜んで。いいバラ仕入れておくから、予約してね」
4本のバラの花言葉
「死ぬまで気持ちは変わらない」
※企画サイト「nighty-night」様に提出