18 イチモクリョウゼン
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一目瞭然
二口くんは、周りに誰かいる時は苗字呼びだけど二人きりになるとスムーズに「友紀」って呼んでくれる。
私は普段は「二口くん」と呼んでいて、まだとっさの切り替えができない。大げさだけど、覚悟を決めないと「堅治くん」とは呼べない。
時間が解決するだろうとあえて変える気もなかったけど、お正月に『呼び方を名前にして欲しい』と言われてから悩んでいる。フェイクだと言いつつもそれは彼の本心だと思うから。
それに『進展したい』とお願いされたからには、私の方からも何らかのアクションを起こさないといけない。
今はお昼休み。学食の片隅。彼に遅れること数分、昼ご飯を食べ終わった私は意を決して、スマホをチェックしている彼に呼びかける。
「け、堅治くん」
意気込みすぎてどもってしまった。二口くんはスマホから顔を上げて少し驚いたような顔をする。心なしか嬉しそうに見えるのがまたプレッシャーだ。
「なんだよ、友紀」
笑顔を見せて私を呼ぶ二口くんは、やっぱり自然だ。
「あの、私、まだ……ふた、じゃなかった。……堅治くんのこと呼ぶとき緊張するんだけど、ふ……堅治くんはその……」
「落ち着け落ち着け。無理しなくていいから」
「ごめん……。あの、二口くん、私のコト呼ぶとき状況によって苗字と名前を使い分けてくれるけど、切り替えがすごいな……って思って」
「そんなの普通だろ?」
「そうかもしれないけど、私、下の名前にすぐ切り替えられない……」
「うーん、心構えの問題じゃね?」
「心構え?」
「うん」
彼は少し考えるように視線を宙に浮かせる。
「俺、友紀のことは基本的に下の名前で考えてる気がする」
「え? どういうこと?」
「ベースが友紀で、人前で呼ぶときの切り替えで結城ってなるんだよ」
そこでくるっと視線を私の方に向ける。
「友紀、多分逆だろ?」
「……そっか、確かに。私、二口くんのことを考える時『二口くん』って思ってる」
目から鱗が落ちた感じだ。確かに。私にとっては『二口くん』がベースで『堅治くん』が特別だ。
彼は「俺のこと、考えるんだ」とからかうように目を細める。
「……そりゃ考えるよ、いろいろと」
「どんなこと?」
下から覗き込むようにつっこんでくる二口くんに、私は言葉に詰まった。
「えっと、今何してるかな? とか、今度何話そうかな? とか」
「何しようかな? とか」
「そうそう」
「えっちなことも?」
「え……?」
流れるように挟み込まれた言葉にドキッとして口ごもってしまう。『えっちなこと』って、キスも入る……かな? というより、二口くん、私のこと考える時……えっちなこと考えるの……?
たった一つの単語で内心が取り乱している私に、彼は笑いをこらえるようにしながら言った。
「冗談だよ。……じゃ、それを『堅治くん』にしてみな」
「う、うん。『堅治くん』で考えればいいんだね」
頬杖をついて私を見る彼にどぎまぎしながら口の中で「ケンジクンケンジクン」と唱える。……だけど、煩悩の原因の名前を唱えてもドツボにハマるだけだった。堅治くんも、にやーっと私の様子を伺っている。
「なーに考えてんだか」
「……け、堅治くん! 自分の名前好き?」
あからさまに変えた話題に堅治くんは吹き出した。それでも笑いながら答えてくれた。
「好きだよ。呼びやすいだろ? くん付けでも、呼び捨てでも」
二口くんを呼び捨てで呼んだのは一度だけ、私に声をかけてきた男の人に『堅治』が彼氏だと強調するためにわざと呼んでみた。でもまだ理由がないと呼べない。くん付けが精一杯だ。
「うん。口に出してみると『二口くん』より呼びやすいかも」
「だろ?」
「……。名前の由来って知ってる? 堅治のケンの字って珍しいよね」
「あー。『賢い』じゃなくて『お堅い』だもんな。よく誤字られる」
「私、好きな字だよ」
「ありがと。『真面目な人になるように』ってことらしいけど。『堅実』とか、俺に合わねぇって思ってるだろ?」
そう自虐っぽく笑うので、私は慌てて否定する。
「そんなことないよ。堅治くんは、ちゃんとしてると思うし、」
私のその言葉に彼の顔から笑みが消えたから、続けて言おうとした言葉はのみこんだ。彼はすぐにそのことを隠すように口を引いて笑顔を作る。
「ありがと」
彼の複雑な表情が気にかかる。もしかして……。言われてイヤなことを言ってしまったのだろうか。どれ? 『ちゃんとしてる』?
私が黙ってしまうと、堅治くんは頬杖の手を前に伸ばして話を元に戻す。
「もうすぐ、俺、人前でも名前呼びしちゃいそう。そんぐらい『友紀』の方がしっくりくる」
「そうなの?」
「俺レベルになるとなー。早くここまで上がって来いよー」
得意気な顔で上から視線を落とす彼に、ちょっと反発したくなる。
「えー。呼び方で何のレベルが上がるの?」
「んー? 相手の事を想うレベルかなー」
「多分、そんなに変わんないよ」
そう言うと、堅治くんはなぜか口端だけ笑った少し寂しそうな顔で私を見下ろす。
……私だって、堅治くんのこと、好きな気持ちは変わらないと思うのに……。まだ信じてくれてない。
「私、負けてるつもりないんだけどな……」
「え?」
私のつぶやきに彼は目を丸くする。
……どうしたら認めてくれるんだろう。口だけでダメなら行動で示す。告白の時も私やった気がするけど……。
告白……か。告白と言えばもうすぐバレンタインがやってくる。バレンタインって彼氏ができて初めて迎えるけど、こんなにやきもきするイベントなんだなって思う。
この日だけは女の子から告白してOK的な雰囲気あるし。堅治くん、カッコいいし。中学の時モテてたって聞いたし。
……参考までに、聞いてみよう。
「あの、さ、話すっごい変わるんだけど」
「うん?」
「答えたくなかったら答えなくていいんだけど」
「だからなんだよ」
「堅治くん、去年いくつもらった?」
「何を?」
「バレンタイン……」
堅治くんはふっと吹き出し面倒くさそうに言う。
「あー。そういや、そんな時期か……」
男の子はバレンタインってどう思うんだろう。不可抗力のイベントだし嫌がる人もいるだろうな。もらえるもらえないで色々あるだろうし……。うち、女子少ないから、堅治くん意外ともらってない可能性も……。
「小せぇ、いかにも義理って感じのは覚えてねぇわ。クラスの女子とかマネージャーとか、そこ繋がりの上級生とか?」
堅治くんはあっさりと可能性をぶち壊す。指折りながら思い出しているけれど、両手でも足りなそうだ。義理とはいえもらいすぎでは……。
「ちゃんとしたヤツは……電車で2……学校で2、あれも入れると……。5つかな?」
「!? そ、そうなんだ……」
多いよ!……少なくともその5人は何らかのアプローチのために彼にチョコを渡したってことだよね? 学校はともかく、電車ってどういうことなんだろう。他校のコって事? その人たちが、今年も渡す可能性は?
改めてモテる人なんだと思い知らされる。聞かなきゃよかったかも……。
唖然として固まる私の頭を、彼は笑いながら手のひらでぽんぽんと叩く。
「何ショック受けてんだよ。今年は全部断るって」
「え! 断らなくていいよ! いただいて、ちゃんとお返しして!」
「俺、お返しなんてしたことねぇわ」
「そうなの!? そんなの、相手の子がかわいそうだよ」
「断るためにお返しすんのも、意味わかんねぇだろ」
堅治くんが両手をテーブルに組んで頭を乗せ、拗ねたように私を見上げる。
「それは……そうなのかもしれないけど」
相手の子に悪くて反射的に言ってしまったけど……。言われてみれば、脈が無いことを知らせるためにはそれでいいのかも。良心が痛むけど……。
「はい。それを聞いた友紀はどうしてくれるの?」
「どうしよう……」
聞いたことで逆に追いつめられてしまった気がする。
私は相当弱った顔をしていたようだ。堅治くんは表情を少し和らげると助け舟を出してくれた。
「普通に教室で渡せばいいんじゃね?」
「……クラスで渡すの恥ずかしすぎる」
私たちが付き合っていることは、クラスでもバレー部でも周知の事実だけど、その現場を見られるのはやっぱり恥ずかしい。
「えー? みんなに見せつけてぇ」
堅治くんは心臓が強すぎる。みんなの前で『私の!』ってアピールするの? いや、そんなことできない。だから……。
「……バレンタイン直前のお休みで、空いてる日はありますか?」
「そのこころは?」
「とにかく……一番に渡そうかな、と思います」
「時間だけ?」
「え?」
「一番愛が込もってなければ、受け取り拒否しまーす」
「そんな……」
「俺のこと想ってるなら、愛を込めるなんて、簡単だろ?」
笑いながら挑発的に堅治くんは言う。
「ええっ? うん……」
私が『負けてるつもりはない』って言ったの、根に持ってるんだなと思った。
目に見えて困った顔をしていたんだろうか。彼はふっと息をつくと仕方なさそうに顔を傾けて薄く微笑む。
「高くなくていいから一目で本命とわかるものが欲しい」
「……」
顔を上げた私とぱちっと目が合うと、彼は急にニヤッと笑う。
「俺のおすすめは友紀のチョココーティング」
「それは、ムリ」
あんまりな提案に思わず即答すると「えー」と不満そうに声を上げるから、あながち冗談でもないんだと末恐ろしくなる。
堅治くんが時計を見て立ち上がる。彼にならって自分の分のトレイを片づけてくる。
困ったな、どうしよう……。
そのことで頭がいっぱいになっていた私は堅治くんの接近に気づかなかった。目の前に顔が迫っているのに気づいたのは、あわやの一瞬前。
「……ここでは、ダメ」
彼の胸を手で抑え咎めると、ばれたかと舌を出す。
まばらとはいえ、まだ人がいる食堂では、誰にどこから見られるかわからない……。
彼は私から顔を遠ざけると、口をゆがめるように横に引いて言う。
「じゃ、バレンタイン、期待してる」
……ほんと、どうしよう……。
二口くんは、周りに誰かいる時は苗字呼びだけど二人きりになるとスムーズに「友紀」って呼んでくれる。
私は普段は「二口くん」と呼んでいて、まだとっさの切り替えができない。大げさだけど、覚悟を決めないと「堅治くん」とは呼べない。
時間が解決するだろうとあえて変える気もなかったけど、お正月に『呼び方を名前にして欲しい』と言われてから悩んでいる。フェイクだと言いつつもそれは彼の本心だと思うから。
それに『進展したい』とお願いされたからには、私の方からも何らかのアクションを起こさないといけない。
今はお昼休み。学食の片隅。彼に遅れること数分、昼ご飯を食べ終わった私は意を決して、スマホをチェックしている彼に呼びかける。
「け、堅治くん」
意気込みすぎてどもってしまった。二口くんはスマホから顔を上げて少し驚いたような顔をする。心なしか嬉しそうに見えるのがまたプレッシャーだ。
「なんだよ、友紀」
笑顔を見せて私を呼ぶ二口くんは、やっぱり自然だ。
「あの、私、まだ……ふた、じゃなかった。……堅治くんのこと呼ぶとき緊張するんだけど、ふ……堅治くんはその……」
「落ち着け落ち着け。無理しなくていいから」
「ごめん……。あの、二口くん、私のコト呼ぶとき状況によって苗字と名前を使い分けてくれるけど、切り替えがすごいな……って思って」
「そんなの普通だろ?」
「そうかもしれないけど、私、下の名前にすぐ切り替えられない……」
「うーん、心構えの問題じゃね?」
「心構え?」
「うん」
彼は少し考えるように視線を宙に浮かせる。
「俺、友紀のことは基本的に下の名前で考えてる気がする」
「え? どういうこと?」
「ベースが友紀で、人前で呼ぶときの切り替えで結城ってなるんだよ」
そこでくるっと視線を私の方に向ける。
「友紀、多分逆だろ?」
「……そっか、確かに。私、二口くんのことを考える時『二口くん』って思ってる」
目から鱗が落ちた感じだ。確かに。私にとっては『二口くん』がベースで『堅治くん』が特別だ。
彼は「俺のこと、考えるんだ」とからかうように目を細める。
「……そりゃ考えるよ、いろいろと」
「どんなこと?」
下から覗き込むようにつっこんでくる二口くんに、私は言葉に詰まった。
「えっと、今何してるかな? とか、今度何話そうかな? とか」
「何しようかな? とか」
「そうそう」
「えっちなことも?」
「え……?」
流れるように挟み込まれた言葉にドキッとして口ごもってしまう。『えっちなこと』って、キスも入る……かな? というより、二口くん、私のこと考える時……えっちなこと考えるの……?
たった一つの単語で内心が取り乱している私に、彼は笑いをこらえるようにしながら言った。
「冗談だよ。……じゃ、それを『堅治くん』にしてみな」
「う、うん。『堅治くん』で考えればいいんだね」
頬杖をついて私を見る彼にどぎまぎしながら口の中で「ケンジクンケンジクン」と唱える。……だけど、煩悩の原因の名前を唱えてもドツボにハマるだけだった。堅治くんも、にやーっと私の様子を伺っている。
「なーに考えてんだか」
「……け、堅治くん! 自分の名前好き?」
あからさまに変えた話題に堅治くんは吹き出した。それでも笑いながら答えてくれた。
「好きだよ。呼びやすいだろ? くん付けでも、呼び捨てでも」
二口くんを呼び捨てで呼んだのは一度だけ、私に声をかけてきた男の人に『堅治』が彼氏だと強調するためにわざと呼んでみた。でもまだ理由がないと呼べない。くん付けが精一杯だ。
「うん。口に出してみると『二口くん』より呼びやすいかも」
「だろ?」
「……。名前の由来って知ってる? 堅治のケンの字って珍しいよね」
「あー。『賢い』じゃなくて『お堅い』だもんな。よく誤字られる」
「私、好きな字だよ」
「ありがと。『真面目な人になるように』ってことらしいけど。『堅実』とか、俺に合わねぇって思ってるだろ?」
そう自虐っぽく笑うので、私は慌てて否定する。
「そんなことないよ。堅治くんは、ちゃんとしてると思うし、」
私のその言葉に彼の顔から笑みが消えたから、続けて言おうとした言葉はのみこんだ。彼はすぐにそのことを隠すように口を引いて笑顔を作る。
「ありがと」
彼の複雑な表情が気にかかる。もしかして……。言われてイヤなことを言ってしまったのだろうか。どれ? 『ちゃんとしてる』?
私が黙ってしまうと、堅治くんは頬杖の手を前に伸ばして話を元に戻す。
「もうすぐ、俺、人前でも名前呼びしちゃいそう。そんぐらい『友紀』の方がしっくりくる」
「そうなの?」
「俺レベルになるとなー。早くここまで上がって来いよー」
得意気な顔で上から視線を落とす彼に、ちょっと反発したくなる。
「えー。呼び方で何のレベルが上がるの?」
「んー? 相手の事を想うレベルかなー」
「多分、そんなに変わんないよ」
そう言うと、堅治くんはなぜか口端だけ笑った少し寂しそうな顔で私を見下ろす。
……私だって、堅治くんのこと、好きな気持ちは変わらないと思うのに……。まだ信じてくれてない。
「私、負けてるつもりないんだけどな……」
「え?」
私のつぶやきに彼は目を丸くする。
……どうしたら認めてくれるんだろう。口だけでダメなら行動で示す。告白の時も私やった気がするけど……。
告白……か。告白と言えばもうすぐバレンタインがやってくる。バレンタインって彼氏ができて初めて迎えるけど、こんなにやきもきするイベントなんだなって思う。
この日だけは女の子から告白してOK的な雰囲気あるし。堅治くん、カッコいいし。中学の時モテてたって聞いたし。
……参考までに、聞いてみよう。
「あの、さ、話すっごい変わるんだけど」
「うん?」
「答えたくなかったら答えなくていいんだけど」
「だからなんだよ」
「堅治くん、去年いくつもらった?」
「何を?」
「バレンタイン……」
堅治くんはふっと吹き出し面倒くさそうに言う。
「あー。そういや、そんな時期か……」
男の子はバレンタインってどう思うんだろう。不可抗力のイベントだし嫌がる人もいるだろうな。もらえるもらえないで色々あるだろうし……。うち、女子少ないから、堅治くん意外ともらってない可能性も……。
「小せぇ、いかにも義理って感じのは覚えてねぇわ。クラスの女子とかマネージャーとか、そこ繋がりの上級生とか?」
堅治くんはあっさりと可能性をぶち壊す。指折りながら思い出しているけれど、両手でも足りなそうだ。義理とはいえもらいすぎでは……。
「ちゃんとしたヤツは……電車で2……学校で2、あれも入れると……。5つかな?」
「!? そ、そうなんだ……」
多いよ!……少なくともその5人は何らかのアプローチのために彼にチョコを渡したってことだよね? 学校はともかく、電車ってどういうことなんだろう。他校のコって事? その人たちが、今年も渡す可能性は?
改めてモテる人なんだと思い知らされる。聞かなきゃよかったかも……。
唖然として固まる私の頭を、彼は笑いながら手のひらでぽんぽんと叩く。
「何ショック受けてんだよ。今年は全部断るって」
「え! 断らなくていいよ! いただいて、ちゃんとお返しして!」
「俺、お返しなんてしたことねぇわ」
「そうなの!? そんなの、相手の子がかわいそうだよ」
「断るためにお返しすんのも、意味わかんねぇだろ」
堅治くんが両手をテーブルに組んで頭を乗せ、拗ねたように私を見上げる。
「それは……そうなのかもしれないけど」
相手の子に悪くて反射的に言ってしまったけど……。言われてみれば、脈が無いことを知らせるためにはそれでいいのかも。良心が痛むけど……。
「はい。それを聞いた友紀はどうしてくれるの?」
「どうしよう……」
聞いたことで逆に追いつめられてしまった気がする。
私は相当弱った顔をしていたようだ。堅治くんは表情を少し和らげると助け舟を出してくれた。
「普通に教室で渡せばいいんじゃね?」
「……クラスで渡すの恥ずかしすぎる」
私たちが付き合っていることは、クラスでもバレー部でも周知の事実だけど、その現場を見られるのはやっぱり恥ずかしい。
「えー? みんなに見せつけてぇ」
堅治くんは心臓が強すぎる。みんなの前で『私の!』ってアピールするの? いや、そんなことできない。だから……。
「……バレンタイン直前のお休みで、空いてる日はありますか?」
「そのこころは?」
「とにかく……一番に渡そうかな、と思います」
「時間だけ?」
「え?」
「一番愛が込もってなければ、受け取り拒否しまーす」
「そんな……」
「俺のこと想ってるなら、愛を込めるなんて、簡単だろ?」
笑いながら挑発的に堅治くんは言う。
「ええっ? うん……」
私が『負けてるつもりはない』って言ったの、根に持ってるんだなと思った。
目に見えて困った顔をしていたんだろうか。彼はふっと息をつくと仕方なさそうに顔を傾けて薄く微笑む。
「高くなくていいから一目で本命とわかるものが欲しい」
「……」
顔を上げた私とぱちっと目が合うと、彼は急にニヤッと笑う。
「俺のおすすめは友紀のチョココーティング」
「それは、ムリ」
あんまりな提案に思わず即答すると「えー」と不満そうに声を上げるから、あながち冗談でもないんだと末恐ろしくなる。
堅治くんが時計を見て立ち上がる。彼にならって自分の分のトレイを片づけてくる。
困ったな、どうしよう……。
そのことで頭がいっぱいになっていた私は堅治くんの接近に気づかなかった。目の前に顔が迫っているのに気づいたのは、あわやの一瞬前。
「……ここでは、ダメ」
彼の胸を手で抑え咎めると、ばれたかと舌を出す。
まばらとはいえ、まだ人がいる食堂では、誰にどこから見られるかわからない……。
彼は私から顔を遠ざけると、口をゆがめるように横に引いて言う。
「じゃ、バレンタイン、期待してる」
……ほんと、どうしよう……。