16.5 オミトオシ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
お見通し
二口くんはお母さん似だと思った。
ショートカットの似合うキリっとしたきれいな人だけど、どこか気さくで安心する雰囲気がある。
お父さんは背の高い寡黙な人だった。私に「いらっしゃい、ごちそうさま」と二言だけ言うとシュークリームを掴んでどこかへ行ってしまった。前に二口くんに『応援で声を張り上げてたらいやだ』と言われていたけど、そんなことをしそうにない普段とのギャップがすごいからなんだろうか?
そして今。
私の目の前には二口くんの妹さんが座っている。
挨拶の時、妹さんは二口くんによく似た目を細めて私に聞いてきた。
「友紀さんは、どこでおにぃ、じゃないや、兄と知り合ったんですか?」
「あ、私、高校のクラスメイトで……」
「え?いつから?」
「二年生からです」
私がそう答えた瞬間から妹さんは考えこむような不機嫌な表情になってしまって、それから一言も発していない。何か悪い事を言ってしまったのか、と二口くんを見るけど、彼は涼しい顔でシュークリームをかじっている。
「これ、おいしー。どこのヤツ?」
不穏な様子など意に介さない様子でお母さんが声をかけてくれた。私はほっとする。
「神社の近くのケーキ屋さんです。お正月は焼き菓子とシュークリームだけやってるみたいで」
「へー。今度行ってみよ」
「それ俺も半分出してっから!」
「アンタ……。そういうのは黙っておくの」
口を挟んだ二口くんをお母さんが窘めたのに重ねて、妹さんが彼を睨みながら口を開いた。
「……おにぃにウソつかれた」
「はぁ?何がだよ」
うっとおしげに二口くんは妹さんを睨み返す。私ならその視線に怯んでしまうと思うけど、慣れているのか妹さんは平然と言い返す。
「『恋愛なんて中学でやり尽くしたから高校ではやらねー』って言ってたのに!」
「そ、そんなこと言ってねーよ!」
私がびっくりしている横で、二口くんが見たことがないぐらいに慌てている。彼はすぐさま妹さんの口を塞ごうとしたけど、妹さんはひらりとそれをかわした。
「卒業までもたなかったじゃん!2年目で彼女作っちゃってさー。でも、まーそれはいいよ。好きになったらしょうがないってのはわかるし?そんなことよりも私が納得いかないのは……」
そこまで一息に言うと、妹さんは声を張り上げる。
「『伊達工なんて女子いないし、いてもギャルかガリ勉』って言ってたんですよ?友紀さん、どー思います?」
「おーまーえ!!」
「あれー?おかしいなー。友紀さん、普通の子じゃん。ひどくない?それとも……」
妹さんは含みを持たせるように言うとニヤリと口角をあげる。
「隠したかったの?」
その顔二口くんそっくりだ……!思わずぞっとしてしまった。
「ちげぇよ、ばーか!」
「あの……えっと、私多分ガリ勉の方かと……」
見かねて口を挟むと、妹さんはきょとんとした顔で私の方を見る。
「ええっ?!ウソだぁ!」
「私、普段は、メガネなんです」
妹さんの興味が私に移ったスキに、二口くんはキッチンカウンターの引き出しを開け、茶色の封筒を取り出してきた。
「あ、それ……」
中から出てきたのは四月のクラス替え直後に撮った集合写真だった。前列に女子が三人並ぶ。確かにギャル系二人とガリ勉だ。二つ結びの黒髪にメガネの私。メガネに日光が反射してなんだかすごいことになってる。……こうしてみると、私、結構変わったな、って思う。
「これ、私です」
「うそー。メガネは?」
写真と実物の私を見比べて妹さんは驚きの声を上げる。私は写真をさして言う。
「普段はコレかけてます。年末に髪の毛は染めてしまったんですけど」
「絶対今の方がいいよ!ね、おにぃ」
「俺はどっちでもいいんだけど……」
二口くんは私を気遣ってくれているのかしどろもどろだ。そんなの気にしなくていいのに。
「この頃から堅治と付き合ってたの?」
「いえ、この時はまだ」
一番後列に体育会系の男子が並んでいる。抜きんでて背の高い青根くんがいて、その隣に二口くん。私と二口くんの位置はほぼ対角だ。写真の位置同様この頃は接点なんてない。二口くんは私を認識すらしてないんじゃないかと思う。
「えー?この二人が数か月後に付き合いはじめるとか意外すぎー。『どれとどれが付き合ってるでしょう?』って言われても当てらんない!」
確かに……。私も改めて見ると信じられなくて苦笑するしかない。だけど二口くんは怒った。
「いい加減にしろ!お前、失礼だぞ!」
「おにぃの方が失礼だよ!『こんなんしかいねーぞ』ってゆってたじゃん!!!」
「お前はホントに余計なことばっかり……」
兄妹ゲンカになりそうなところ、ガレージに通じる窓から二口くんのお父さんがひょっこり顔を出した。
「堅治ーちょっと車見てくれ」
「はぁ!?今?」
「今だ」
「えーヤダよ、友紀一人にしておけない!こんなとこに」
「……あ、じゃあ、私車見るよ?」
車のなんだろう?私でお役に立てるならと腰を浮かしかけると、
「その格好で行こうとするな!つーか友紀にそんな事させられるか!わーったよ!」
最後はお父さんの方に向けて怒鳴ると、くるっと私の方を向く。よそゆきなの気づいてくれたんだ、ってちょっと嬉しくなってしまう。
「絶対助けに戻るから、終わるまで帰んないで?」
「う、うん。わかった」
妙に必死なのがおかしくてつい顔が緩んでしまう。
「何を大げさな……」
そんな息子の様子を見てお母さんは苦笑していた。二口くんはお母さんを振り返ると指を突き付けて言う。
「友紀のこと、いじめんなよ」
「そんなことしないわよ」
「変なこと吹き込むなよ!フラれたら一生恨むからな!」
「……それはアンタの日頃の行いにかかってるでしょうに」
「ぐっ……」
そんなやり取りの後、部屋の中は女子のみとなった。お母さんがお茶を入れ直してくれる。
さっきの『恋愛は中学で~』って話が気になる。でも、どうやって切り出したらいいんだろう……とそわそわしてしまう。
お母さんが妹さんをつついた。
「ほら、アンタ。匂わせておいて説明しないのは性格悪いと思うわよ」
「え?別にそんなつもりないんだけど」
「まったく……」
お母さんにはお見通しだったらしい。私に向かって微笑むと「私が言うのもなんだけどね……」と前置きをする。
「堅治、中学の身長が伸び始めた頃にね、変にモテた時期があって」
「え……?」
「女の子たちが堅治を取り合ってもめちゃってね……。女性不信になりかかってたのよ」
「……」
……そういえば。前に二口くんに言われたことがある。
『俺さー、中学の頃色々巻き込まれて、正直、高校では恋愛はもういいと思ってたんだよ』
それを聞いた時は……告白された衝撃の方が大きかったのもあるけど、部活に打ち込むためなんだなと単純に納得してた。……あの言葉の裏にはそんなことがあったんだ。
「最初は『彼女できた!』で喜んでたのよ。でも抜け駆けだなんだで女子間での仲がぎすぎすしちゃって……」
……二口くんやっぱり彼女いたんだ。
ショックは思ったよりも薄かった。その後うまくいかなかったのがわかっているからかもしれない。私、性格悪いな……。
「今思えば、思春期によくあるアレなのよ。でも、今まで普通に遊んでた同じ小学校の子もそこに入ってたのが堪えたみたいでね……」
思い返せば確かに私が通ってた中学でも、恋愛がらみの危ういトラブルはあった気がする。小学生の時の淡い恋愛とも、高校生の……具体的な恋愛とも違う。特有のアレ。
……立花さんも言ってたな。『仲良くなった子みんな二口のこと好きになるから』って。
あれってこの事を言ってたんだ……。
「そんな事があって高校は男子校に行きたいとか言ってたのよ。でも……。青根くんって知ってる?」
「はい。青根くんもクラスメイトです」
お母さんは「青根くん、すごくいい子よね」とにっこり笑う。
「彼と対戦したり練習で会ったりで仲良くなって、進路のことを話したときに、伊達工業の話を聞いたらしいのよね」
「そうだったんですね……」
青根くんとはその頃から繋がりがあったんだ。伊達工に進路を決めるきっかけになって、今は良いコンビとしてやってるなんて、本当にその出会いがあってよかったと思う。
「でもさ、おにぃ、さー。二年生になってから明らかに機嫌いいんだもん」
「え?そうなんですか?」
「どんな風に機嫌いいかは……言ったら殺されるから言わないけど、」
物騒なことを言って妹さんは私の方へ身を乗り出す。
「友紀さん、おにぃと仲良くなったの、夏休みちょっと前ぐらい?」
少し考える。確かにそのくらいだから私はうなずく。
「ビンゴじゃん、おにぃだっさ!わかりやすすぎる!」
妹さんがケラケラ笑っている後ろの廊下からのドアが開いた。
「俺のいない間に言いたい放題言ってくれてるようだな……」
二口くんは入るなりお母さんと妹さんを睨みつけると、私に向かって言った。
「友紀、そいつらの言うことなんて、話半分に聞いとけよ」
「うわ……。おにぃ、超えらそー」
「うるせぇわ、全く」
そう言ってため息をつくと彼は私の隣に座った。
「ごめん、友紀、こんなとこに置いてっちゃって」
「ううん。楽しかったよ。色んな話聞けて」
そんな風に私と話している二口くんを見て、お母さんが目を見開いてつぶやく。
「ちょっとお母さんびっくりなんだけど。アンタ、こんな気の使い方できるのね」
「……ほんっと、うるせー」
二口くんは顔をしかめてため息をついた。
◇◇◇
お雑煮を食べて行きなさいとお母さんに誘われ、お言葉に甘えることにした。せめてものお手伝いで、網で10個の餅を妹さんと焼いている。
妹さんは兄の誤解(?)がとけるとすっかり打ち解けてくれた。なんかこういうところ二口くんに似てる。
「ねぇねぇ、友紀ちゃん」
「ん?なあに?」
お母さんが席を外したタイミングで声を潜めてくる。内緒話かな?と思って彼女のほうへと耳を傾ける。
「もう、おにぃとキスした?」
「え?」
可愛らしく小声で囁かれた内容に固まってしまった。
「実は私、初カレできて。もうすぐかも!とか思ってるんだけど、友紀ちゃんはもうした?」
私の動揺には気づかない様子で彼女は無邪気に続ける。
多分、他意はない質問で、可愛らしいキスの事なんだと思う。彼氏のこと、まだお兄さんには内緒なんだろうな。
でも、私は……。
さっき、彼の部屋でしたキスのことが頭によぎってしまう。
「あれ?顔赤いよ」
「え、あ……。この火の照り返しが熱くて……」
そろそろこっちの面はいい感じかも。ひっくり返そう。思い出さないよう集中集中……。
妹さんは私を訝しげに見る。
「あれ?まさか、まだだった?」
「え……」
どう答えたらいいんだろう。ここで恥ずかしがって「まだ」って言ってしまうと、二口くんに『意気地なし』的なレッテルを貼られてしまうのかもしれない。それは嘘だし、後でつじつまが合わなくなって兄妹ゲンカの原因になってしまうのも困る。
「まぁ、キスぐらいは……」
「やっぱキスしてた!いつ?一番最近では?」
「えっ……!」
ちょっと恥ずかしいから声を抑えて欲しい。その上、何て鋭い質問をしてくるんだろう。
一番最近のって……。さっきの?
思い出さないようにしてるのに、彼の甘い目線や唇や舌や抱きしめられた感触が次から次へと蘇ってしまう。
「ちょ、ちょっと待って!顔真っ赤だよ!やだー友紀ちゃん、純情すぎ!」
「あはは……。うん、どうしたんだろうね……」
ホント、熱い……と言いつつ顔の熱を冷ますように手をパタパタして扇ぐ。
赤くなる理由は、彼女が想像しているのとは違うと思うんだけど、その辺を説明するわけにもいかないから、あえて私は純情の汚名(?)を被る。
焦げ付きそうな餅をひっくり返しながら別の話題を探していると妹さんは「あ」と気づいたように言う。
「さっき上から降りてきたってことは、おにぃの部屋でもしかして……」
「!! ……そ、そんな、やだな、もう……」
正解にニアミスされて餅を落としそうになる。ごまかすように笑いを浮かべてなんとかやり過ごす……。
「痛ぇって!」
振り返ると、お母さんにからかわれるように肘でつつかれている二口くんがいて、今度は冷や汗が止まらなくなった。
二口くんはお母さん似だと思った。
ショートカットの似合うキリっとしたきれいな人だけど、どこか気さくで安心する雰囲気がある。
お父さんは背の高い寡黙な人だった。私に「いらっしゃい、ごちそうさま」と二言だけ言うとシュークリームを掴んでどこかへ行ってしまった。前に二口くんに『応援で声を張り上げてたらいやだ』と言われていたけど、そんなことをしそうにない普段とのギャップがすごいからなんだろうか?
そして今。
私の目の前には二口くんの妹さんが座っている。
挨拶の時、妹さんは二口くんによく似た目を細めて私に聞いてきた。
「友紀さんは、どこでおにぃ、じゃないや、兄と知り合ったんですか?」
「あ、私、高校のクラスメイトで……」
「え?いつから?」
「二年生からです」
私がそう答えた瞬間から妹さんは考えこむような不機嫌な表情になってしまって、それから一言も発していない。何か悪い事を言ってしまったのか、と二口くんを見るけど、彼は涼しい顔でシュークリームをかじっている。
「これ、おいしー。どこのヤツ?」
不穏な様子など意に介さない様子でお母さんが声をかけてくれた。私はほっとする。
「神社の近くのケーキ屋さんです。お正月は焼き菓子とシュークリームだけやってるみたいで」
「へー。今度行ってみよ」
「それ俺も半分出してっから!」
「アンタ……。そういうのは黙っておくの」
口を挟んだ二口くんをお母さんが窘めたのに重ねて、妹さんが彼を睨みながら口を開いた。
「……おにぃにウソつかれた」
「はぁ?何がだよ」
うっとおしげに二口くんは妹さんを睨み返す。私ならその視線に怯んでしまうと思うけど、慣れているのか妹さんは平然と言い返す。
「『恋愛なんて中学でやり尽くしたから高校ではやらねー』って言ってたのに!」
「そ、そんなこと言ってねーよ!」
私がびっくりしている横で、二口くんが見たことがないぐらいに慌てている。彼はすぐさま妹さんの口を塞ごうとしたけど、妹さんはひらりとそれをかわした。
「卒業までもたなかったじゃん!2年目で彼女作っちゃってさー。でも、まーそれはいいよ。好きになったらしょうがないってのはわかるし?そんなことよりも私が納得いかないのは……」
そこまで一息に言うと、妹さんは声を張り上げる。
「『伊達工なんて女子いないし、いてもギャルかガリ勉』って言ってたんですよ?友紀さん、どー思います?」
「おーまーえ!!」
「あれー?おかしいなー。友紀さん、普通の子じゃん。ひどくない?それとも……」
妹さんは含みを持たせるように言うとニヤリと口角をあげる。
「隠したかったの?」
その顔二口くんそっくりだ……!思わずぞっとしてしまった。
「ちげぇよ、ばーか!」
「あの……えっと、私多分ガリ勉の方かと……」
見かねて口を挟むと、妹さんはきょとんとした顔で私の方を見る。
「ええっ?!ウソだぁ!」
「私、普段は、メガネなんです」
妹さんの興味が私に移ったスキに、二口くんはキッチンカウンターの引き出しを開け、茶色の封筒を取り出してきた。
「あ、それ……」
中から出てきたのは四月のクラス替え直後に撮った集合写真だった。前列に女子が三人並ぶ。確かにギャル系二人とガリ勉だ。二つ結びの黒髪にメガネの私。メガネに日光が反射してなんだかすごいことになってる。……こうしてみると、私、結構変わったな、って思う。
「これ、私です」
「うそー。メガネは?」
写真と実物の私を見比べて妹さんは驚きの声を上げる。私は写真をさして言う。
「普段はコレかけてます。年末に髪の毛は染めてしまったんですけど」
「絶対今の方がいいよ!ね、おにぃ」
「俺はどっちでもいいんだけど……」
二口くんは私を気遣ってくれているのかしどろもどろだ。そんなの気にしなくていいのに。
「この頃から堅治と付き合ってたの?」
「いえ、この時はまだ」
一番後列に体育会系の男子が並んでいる。抜きんでて背の高い青根くんがいて、その隣に二口くん。私と二口くんの位置はほぼ対角だ。写真の位置同様この頃は接点なんてない。二口くんは私を認識すらしてないんじゃないかと思う。
「えー?この二人が数か月後に付き合いはじめるとか意外すぎー。『どれとどれが付き合ってるでしょう?』って言われても当てらんない!」
確かに……。私も改めて見ると信じられなくて苦笑するしかない。だけど二口くんは怒った。
「いい加減にしろ!お前、失礼だぞ!」
「おにぃの方が失礼だよ!『こんなんしかいねーぞ』ってゆってたじゃん!!!」
「お前はホントに余計なことばっかり……」
兄妹ゲンカになりそうなところ、ガレージに通じる窓から二口くんのお父さんがひょっこり顔を出した。
「堅治ーちょっと車見てくれ」
「はぁ!?今?」
「今だ」
「えーヤダよ、友紀一人にしておけない!こんなとこに」
「……あ、じゃあ、私車見るよ?」
車のなんだろう?私でお役に立てるならと腰を浮かしかけると、
「その格好で行こうとするな!つーか友紀にそんな事させられるか!わーったよ!」
最後はお父さんの方に向けて怒鳴ると、くるっと私の方を向く。よそゆきなの気づいてくれたんだ、ってちょっと嬉しくなってしまう。
「絶対助けに戻るから、終わるまで帰んないで?」
「う、うん。わかった」
妙に必死なのがおかしくてつい顔が緩んでしまう。
「何を大げさな……」
そんな息子の様子を見てお母さんは苦笑していた。二口くんはお母さんを振り返ると指を突き付けて言う。
「友紀のこと、いじめんなよ」
「そんなことしないわよ」
「変なこと吹き込むなよ!フラれたら一生恨むからな!」
「……それはアンタの日頃の行いにかかってるでしょうに」
「ぐっ……」
そんなやり取りの後、部屋の中は女子のみとなった。お母さんがお茶を入れ直してくれる。
さっきの『恋愛は中学で~』って話が気になる。でも、どうやって切り出したらいいんだろう……とそわそわしてしまう。
お母さんが妹さんをつついた。
「ほら、アンタ。匂わせておいて説明しないのは性格悪いと思うわよ」
「え?別にそんなつもりないんだけど」
「まったく……」
お母さんにはお見通しだったらしい。私に向かって微笑むと「私が言うのもなんだけどね……」と前置きをする。
「堅治、中学の身長が伸び始めた頃にね、変にモテた時期があって」
「え……?」
「女の子たちが堅治を取り合ってもめちゃってね……。女性不信になりかかってたのよ」
「……」
……そういえば。前に二口くんに言われたことがある。
『俺さー、中学の頃色々巻き込まれて、正直、高校では恋愛はもういいと思ってたんだよ』
それを聞いた時は……告白された衝撃の方が大きかったのもあるけど、部活に打ち込むためなんだなと単純に納得してた。……あの言葉の裏にはそんなことがあったんだ。
「最初は『彼女できた!』で喜んでたのよ。でも抜け駆けだなんだで女子間での仲がぎすぎすしちゃって……」
……二口くんやっぱり彼女いたんだ。
ショックは思ったよりも薄かった。その後うまくいかなかったのがわかっているからかもしれない。私、性格悪いな……。
「今思えば、思春期によくあるアレなのよ。でも、今まで普通に遊んでた同じ小学校の子もそこに入ってたのが堪えたみたいでね……」
思い返せば確かに私が通ってた中学でも、恋愛がらみの危ういトラブルはあった気がする。小学生の時の淡い恋愛とも、高校生の……具体的な恋愛とも違う。特有のアレ。
……立花さんも言ってたな。『仲良くなった子みんな二口のこと好きになるから』って。
あれってこの事を言ってたんだ……。
「そんな事があって高校は男子校に行きたいとか言ってたのよ。でも……。青根くんって知ってる?」
「はい。青根くんもクラスメイトです」
お母さんは「青根くん、すごくいい子よね」とにっこり笑う。
「彼と対戦したり練習で会ったりで仲良くなって、進路のことを話したときに、伊達工業の話を聞いたらしいのよね」
「そうだったんですね……」
青根くんとはその頃から繋がりがあったんだ。伊達工に進路を決めるきっかけになって、今は良いコンビとしてやってるなんて、本当にその出会いがあってよかったと思う。
「でもさ、おにぃ、さー。二年生になってから明らかに機嫌いいんだもん」
「え?そうなんですか?」
「どんな風に機嫌いいかは……言ったら殺されるから言わないけど、」
物騒なことを言って妹さんは私の方へ身を乗り出す。
「友紀さん、おにぃと仲良くなったの、夏休みちょっと前ぐらい?」
少し考える。確かにそのくらいだから私はうなずく。
「ビンゴじゃん、おにぃだっさ!わかりやすすぎる!」
妹さんがケラケラ笑っている後ろの廊下からのドアが開いた。
「俺のいない間に言いたい放題言ってくれてるようだな……」
二口くんは入るなりお母さんと妹さんを睨みつけると、私に向かって言った。
「友紀、そいつらの言うことなんて、話半分に聞いとけよ」
「うわ……。おにぃ、超えらそー」
「うるせぇわ、全く」
そう言ってため息をつくと彼は私の隣に座った。
「ごめん、友紀、こんなとこに置いてっちゃって」
「ううん。楽しかったよ。色んな話聞けて」
そんな風に私と話している二口くんを見て、お母さんが目を見開いてつぶやく。
「ちょっとお母さんびっくりなんだけど。アンタ、こんな気の使い方できるのね」
「……ほんっと、うるせー」
二口くんは顔をしかめてため息をついた。
◇◇◇
お雑煮を食べて行きなさいとお母さんに誘われ、お言葉に甘えることにした。せめてものお手伝いで、網で10個の餅を妹さんと焼いている。
妹さんは兄の誤解(?)がとけるとすっかり打ち解けてくれた。なんかこういうところ二口くんに似てる。
「ねぇねぇ、友紀ちゃん」
「ん?なあに?」
お母さんが席を外したタイミングで声を潜めてくる。内緒話かな?と思って彼女のほうへと耳を傾ける。
「もう、おにぃとキスした?」
「え?」
可愛らしく小声で囁かれた内容に固まってしまった。
「実は私、初カレできて。もうすぐかも!とか思ってるんだけど、友紀ちゃんはもうした?」
私の動揺には気づかない様子で彼女は無邪気に続ける。
多分、他意はない質問で、可愛らしいキスの事なんだと思う。彼氏のこと、まだお兄さんには内緒なんだろうな。
でも、私は……。
さっき、彼の部屋でしたキスのことが頭によぎってしまう。
「あれ?顔赤いよ」
「え、あ……。この火の照り返しが熱くて……」
そろそろこっちの面はいい感じかも。ひっくり返そう。思い出さないよう集中集中……。
妹さんは私を訝しげに見る。
「あれ?まさか、まだだった?」
「え……」
どう答えたらいいんだろう。ここで恥ずかしがって「まだ」って言ってしまうと、二口くんに『意気地なし』的なレッテルを貼られてしまうのかもしれない。それは嘘だし、後でつじつまが合わなくなって兄妹ゲンカの原因になってしまうのも困る。
「まぁ、キスぐらいは……」
「やっぱキスしてた!いつ?一番最近では?」
「えっ……!」
ちょっと恥ずかしいから声を抑えて欲しい。その上、何て鋭い質問をしてくるんだろう。
一番最近のって……。さっきの?
思い出さないようにしてるのに、彼の甘い目線や唇や舌や抱きしめられた感触が次から次へと蘇ってしまう。
「ちょ、ちょっと待って!顔真っ赤だよ!やだー友紀ちゃん、純情すぎ!」
「あはは……。うん、どうしたんだろうね……」
ホント、熱い……と言いつつ顔の熱を冷ますように手をパタパタして扇ぐ。
赤くなる理由は、彼女が想像しているのとは違うと思うんだけど、その辺を説明するわけにもいかないから、あえて私は純情の汚名(?)を被る。
焦げ付きそうな餅をひっくり返しながら別の話題を探していると妹さんは「あ」と気づいたように言う。
「さっき上から降りてきたってことは、おにぃの部屋でもしかして……」
「!! ……そ、そんな、やだな、もう……」
正解にニアミスされて餅を落としそうになる。ごまかすように笑いを浮かべてなんとかやり過ごす……。
「痛ぇって!」
振り返ると、お母さんにからかわれるように肘でつつかれている二口くんがいて、今度は冷や汗が止まらなくなった。