13 カマサキハミタ
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カマサキハミタ
今月ここに来るのは5回目になる。
これでも引退してしばらくは顔を出すのを控えていた。(二口には『また来たんですか!?』って言われまくったけど)
だけど数日前。烏野との練習試合を見て、ストッパーが外れたようになってしまった。今のあいつらを見ておきたい、強烈にそう思った。
茂庭には「さすがに行き過ぎじゃないの?」と呆れた顔をされたので誘いづらい。
なので今回は一人、コートへは行かずこっそり上から見学だ。
そーっと通路からギャラリーに入ると……、
不審者がいた。
ぶかぶかのウインドブレーカのフードをすっぽりかぶっているメガネマスクの人影。
見たことがあるようなウインドブレーカ……コイツ他校の偵察か? いざとなったら力ずくで追い払う。カワイイ後輩たちのためだ。情報を奪われるぐらいなら俺の停学くらい安いもんだ。
そう決意を固めながら近づく。ん?……待てよ。停学は安いけど内定取消はまずいぞ!?
……そんな俺の迷いが気取られたのか、そいつがこちらを振り向いた。
「「あっ」」
声を上げたのは同時だった。思ったよりも高い声。よく見るとウインドブレーカの中身は華奢な体格の……女?
彼女は慌てた様子で立ち上がり借り物のようなウインドブレーカのフードを外す。
マスクをしていたからそれでも誰かわからなかった。が、印象的なメガネが俺の記憶を引っ張り上げる。
「こんにちは、鎌先さん」
「お、おう。二口のカノジョだよな?」
「はい、結城友紀です」
とっさに名前が出てこなかったのを気にせず、再度名乗ってくれる彼女は絶対いい子だと思う。ホント、二口にはもったいない。
「ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたよね」
「あ、ああ、他校のスパイかと一瞬思っちまったよ。そんなんで顔隠してるから」
思わず本音を口走った俺に、気を悪くする素振りも見せずに彼女は、
「これ、二口くんの借りてるんです。ここ寒すぎて……」
と言いながらウインドブレーカの下に着てる制服のブレザーとコートを見せる。
「あー、道理でサイズが合ってないと思った」
俺がそう言うと、恥ずかしそうに下を向いた。
彼女と二口はうまくやっているようだ。つーか二口、ちゃんと彼女には気を遣ってこういうの貸せるんだな。……いや、部活が終わるまでこんなとこに待たせておくなんて、凍えそうな彼女がなんとか頼んで二口に借りた……と考える方がアイツの先輩を二年やっている俺からはアリな線だと思う。
「部活終わったら一緒に帰ろう、と言われてて。鎌先さんとは青城戦以来ですね」
「ああ、用事があったついでに、な。様子でも見てやろうかなと」
「そうなんですね」
そう言って微笑む結城が座っているのと同じ列に行く。造りの安いベンチは俺が腰かけると大きくきしむ音を立てた。
……後輩のカノジョという、接点がありそうでなさそうな結城とはそれ以上会話が続かない。
まあ、二口のことを話せばいいんだけど。
……。
ちらっと横目で彼女を盗み見る。
練習をしてる二口達を熱心に見ている彼女は俺の視線に気づかない。
普通の女子だと思う。ゆがみのない長めの髪を流し気味に束ねている。分厚いレンズのメガネが印象的だ。これが彼女を地味な印象にする一因なんだろうなと思う。
男目線で悪いが、ほっそりしていて色気もあまりない。女子らしくはあるのだが、どちらかというと凹凸のない印象だ。すっと伸びた背筋から健全な育ちを感じるが、全体的な印象は野暮ったい。……笹谷が「あいつらまだヤってないな」って言うのも納得できる。
あのちゃらついた性悪男がどう巡ってこの子に行き着いたのかがわからない。すげーいい子なのはわかる。だからこそ、ホントもっと真面目で優しそうな男と付き合えばいいのに……。
そんなことを思っていたら、こちらを振り向いた結城とうっかり目が合ってしまった。
「あの……」
「ん!?……なんだ?」
盗み見ていたのバレただろうか。平静を装いながらも心拍数が上がる。『ずっと私のコト見てたでしょ?スケベ!』とか言われたら凹む。結城はそんなこと絶対言いそうにないが女とは意外性のイキモノだ。ましてや二口のカノジョなら、それくらい言ってきてもおかしくない。
そんな俺の心のうちも知らず、彼女はにっこりと微笑む。
「私、鎌先さんと二口くんの、遠慮のないやりとりがすごく好きなんです」
「へ?」
予想だにしなかった言葉に頭が追いつかなかった。固まった俺を不思議そうに見る彼女に動揺を見せないように笑顔を作る。
「……あいつ、俺のことなめてるだけだよ」
「そんなことないですよ」
そう言って彼女はコート上の二口を優しく見つめる。
「こんなこと言ったら失礼なのかもしれないですけど、鎌先さんなら絶対受け止めてくれると思って甘えてるんだと思います」
「そうか?」
「そうです!」
きっぱりと言い切る結城に悪い気はしない。本当にいい子だ。ほら、よくことわざで言うだろ? 二口はこの子の爪の……爪を砕いて? 溶かして? 飲むべき? だ、って。
「うらやましいです」
「何が?」
「私……返しが上手くないせいか、あんまりそういう感じにならなくて。あんな風にポンポン言い合いできるようになりたいなって思います」
そう寂しそうに笑う結城に急に不安を覚える。
二口のあの軽口、俺らはもう慣れてるし言うほどトゲがないこともわかってる。けど、こんなおっとりした女の子にはキツイのではないだろうか。
俺は脳ミソをフル回転させて言葉を選ぶ。
「……二口、口悪いからな。あんまり気に病むなよ、大丈夫だから。アイツの毒舌は本気じゃねえし」
彼女がきょとんとした顔で俺を見る。突然あんま知らない先輩にカレシのコト語られてもびっくりだろうな。
「でも、なんかキツくて耐えられなかったり、したら……」
名刺に番号って、俺書いたっけか? あ、クッソ、書く前に二口に取り上げられてたわ。
「前に笹谷からもらった名刺、持ってるだろ?茂庭でもいいし相談すればいいから。俺らが〆てやる」
そこまで言うと彼女は慌てて首を横に振る。
「いえ、あの、そうじゃないんです」
「は? 違うの」
「ハイ。あの……ノロケになってしまったら申し訳ないんですけれど、優しいです、二口くん」
「は?」
間抜けな声が出てしまった。あの、二口が優しい? 二口を『意外と面倒見がいい』って評すヤツはいるけど『意外と』もつけずストレートに『優しい』と言うヤツは初めてだわ。
そうか。そりゃさすがのアイツも自分のカノジョには優しいのか。信じられねぇ……。
俺はまだ言わされてるんじゃないか? との疑いをぬぐえないまま彼女に聞く。
「マジか?」
「ハイ。私すごく気を遣われてるのかもしれないですけれど」
気を遣う!? そんなスキル、二口に備わってるのか!?
彼女はコートでブロック練習に励む二口達を見守るように視線を落とす。
「二口くんは仕掛けてくれてるんですけど、私上手く返すことができなくて。だから……」
彼女は恥ずかしそうに笑う。
「二口くん退屈かな? とか思ったりして、ちょっと不安になることがあります」
俺は目を見開いて彼女を見てしまった。
……はー。そういうことか……。
二口がは口が悪いから、相手が反発すればまた返してくるし、結局言い合いになる。上手くない例えだがお互いに壁打ちをやりあっているようなもんだ。
この子は……低反発っていうの? 緩衝材みたいに包んでしまうんだ。二口を。
二口も自分に優しいやつをむやみに傷つけようとは思わないんだろう。優しさには優しさで返すってやつか?
……アイツにも人の心はあったんだな。
「えーと、お嬢さんよー、それはだな」
うかつにも彼女の苗字がまた飛んだ俺の呼びかけに「お嬢さん……」と彼女は可笑しそうにつぶやく。そのままむせるように声を殺して肩を震わせた。
「大丈夫か?」
「すみません、なんかツボに入ってしまって」
笑い声を殺すために逃した息で彼女のメガネが白く曇っていく。俺は思わずつっこむ。
「……それ、前見えてるのか?」
「いえ、まったく」
彼女はそのままのメガネで首を振る。
「ちょっと失礼します」
彼女はマスクのゴムに手をかけて外した。
「冬はマスクとメガネの相性悪いんですよね。電車乗る時とかすぐ曇ってしまって」
形のいい輪郭と色白の肌にぱっと色づくきゅっと口角の上がった赤い唇が目を引く。
そして、彼女は曇ったメガネも外す。慣らすように目を閉じる。まつ毛が長い。焦点を合わせるように瞬きを繰り返す。まつ毛がフレームの形のキレイな目にかかる。メガネ越しよりだいぶ瞳が大きく見える。
彼女が恥ずかしそうにはにかみながら俺の方を向いた。
ん???
目の前に、美少女が座っている。
ついさっき、不審者と間違えそうになったやつの正体が、こんなキレイな子だったって信じられるか?
豆鉄砲をくらったように固まった俺を、不思議そうに首をかしげて見ている姿も……。
「鎌先さん! 何、人の彼女脱がしてるんスか!?」
下から飛んできた二口の声で我に返った。休憩時間に入ったらしい。
「ち、ちげーよ! お前、そりゃ、人聞き悪すぎだろ!」
「結城のメガネ外させるなんて、脱がせるのと同じなんだよ!」
冗談で言ってるのかと思ったら、二口はすげえ形相でこちらを睨んでいる。
何言ってんだコイツ。大丈夫か!?
「結城も軽々しく他の男の前で脱ぐな!」
「メガネでしょ!」
顔を真っ赤にしつつも即座に言い返すこの子を見て、俺の心配は取り越し苦労だと思った。
曇りが晴れたメガネを彼女がかけたのを確認すると、二口は満足気に「おらー、お前らちゃんと休憩しろよー」とおざなりな主将らしさを発揮する。
彼女が大きくため息をつく。
「強いて言えば……ああいうところが困ります」
ため息の深さに苦労がうかがえる。
でも、あれは……。おそらくは二口の独占欲から来てるもんだ。問題はその方向性だよな……。
「人に相談するのも、なんか違う気がして」
「あれは俺にはどうすることもできねーな」
「ですよね……」
「まあがんばれ」
彼女の肩をポンと叩くと、すかさず下から鋭い声が飛んでくる。
「鎌先さん! 気やすく触らないでください!」
ここまで来ると牽制でもない。ただの公開ノロケじゃねーか……。
俺は『末永く爆発しろ』と二人を呪うことにした。
今月ここに来るのは5回目になる。
これでも引退してしばらくは顔を出すのを控えていた。(二口には『また来たんですか!?』って言われまくったけど)
だけど数日前。烏野との練習試合を見て、ストッパーが外れたようになってしまった。今のあいつらを見ておきたい、強烈にそう思った。
茂庭には「さすがに行き過ぎじゃないの?」と呆れた顔をされたので誘いづらい。
なので今回は一人、コートへは行かずこっそり上から見学だ。
そーっと通路からギャラリーに入ると……、
不審者がいた。
ぶかぶかのウインドブレーカのフードをすっぽりかぶっているメガネマスクの人影。
見たことがあるようなウインドブレーカ……コイツ他校の偵察か? いざとなったら力ずくで追い払う。カワイイ後輩たちのためだ。情報を奪われるぐらいなら俺の停学くらい安いもんだ。
そう決意を固めながら近づく。ん?……待てよ。停学は安いけど内定取消はまずいぞ!?
……そんな俺の迷いが気取られたのか、そいつがこちらを振り向いた。
「「あっ」」
声を上げたのは同時だった。思ったよりも高い声。よく見るとウインドブレーカの中身は華奢な体格の……女?
彼女は慌てた様子で立ち上がり借り物のようなウインドブレーカのフードを外す。
マスクをしていたからそれでも誰かわからなかった。が、印象的なメガネが俺の記憶を引っ張り上げる。
「こんにちは、鎌先さん」
「お、おう。二口のカノジョだよな?」
「はい、結城友紀です」
とっさに名前が出てこなかったのを気にせず、再度名乗ってくれる彼女は絶対いい子だと思う。ホント、二口にはもったいない。
「ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたよね」
「あ、ああ、他校のスパイかと一瞬思っちまったよ。そんなんで顔隠してるから」
思わず本音を口走った俺に、気を悪くする素振りも見せずに彼女は、
「これ、二口くんの借りてるんです。ここ寒すぎて……」
と言いながらウインドブレーカの下に着てる制服のブレザーとコートを見せる。
「あー、道理でサイズが合ってないと思った」
俺がそう言うと、恥ずかしそうに下を向いた。
彼女と二口はうまくやっているようだ。つーか二口、ちゃんと彼女には気を遣ってこういうの貸せるんだな。……いや、部活が終わるまでこんなとこに待たせておくなんて、凍えそうな彼女がなんとか頼んで二口に借りた……と考える方がアイツの先輩を二年やっている俺からはアリな線だと思う。
「部活終わったら一緒に帰ろう、と言われてて。鎌先さんとは青城戦以来ですね」
「ああ、用事があったついでに、な。様子でも見てやろうかなと」
「そうなんですね」
そう言って微笑む結城が座っているのと同じ列に行く。造りの安いベンチは俺が腰かけると大きくきしむ音を立てた。
……後輩のカノジョという、接点がありそうでなさそうな結城とはそれ以上会話が続かない。
まあ、二口のことを話せばいいんだけど。
……。
ちらっと横目で彼女を盗み見る。
練習をしてる二口達を熱心に見ている彼女は俺の視線に気づかない。
普通の女子だと思う。ゆがみのない長めの髪を流し気味に束ねている。分厚いレンズのメガネが印象的だ。これが彼女を地味な印象にする一因なんだろうなと思う。
男目線で悪いが、ほっそりしていて色気もあまりない。女子らしくはあるのだが、どちらかというと凹凸のない印象だ。すっと伸びた背筋から健全な育ちを感じるが、全体的な印象は野暮ったい。……笹谷が「あいつらまだヤってないな」って言うのも納得できる。
あのちゃらついた性悪男がどう巡ってこの子に行き着いたのかがわからない。すげーいい子なのはわかる。だからこそ、ホントもっと真面目で優しそうな男と付き合えばいいのに……。
そんなことを思っていたら、こちらを振り向いた結城とうっかり目が合ってしまった。
「あの……」
「ん!?……なんだ?」
盗み見ていたのバレただろうか。平静を装いながらも心拍数が上がる。『ずっと私のコト見てたでしょ?スケベ!』とか言われたら凹む。結城はそんなこと絶対言いそうにないが女とは意外性のイキモノだ。ましてや二口のカノジョなら、それくらい言ってきてもおかしくない。
そんな俺の心のうちも知らず、彼女はにっこりと微笑む。
「私、鎌先さんと二口くんの、遠慮のないやりとりがすごく好きなんです」
「へ?」
予想だにしなかった言葉に頭が追いつかなかった。固まった俺を不思議そうに見る彼女に動揺を見せないように笑顔を作る。
「……あいつ、俺のことなめてるだけだよ」
「そんなことないですよ」
そう言って彼女はコート上の二口を優しく見つめる。
「こんなこと言ったら失礼なのかもしれないですけど、鎌先さんなら絶対受け止めてくれると思って甘えてるんだと思います」
「そうか?」
「そうです!」
きっぱりと言い切る結城に悪い気はしない。本当にいい子だ。ほら、よくことわざで言うだろ? 二口はこの子の爪の……爪を砕いて? 溶かして? 飲むべき? だ、って。
「うらやましいです」
「何が?」
「私……返しが上手くないせいか、あんまりそういう感じにならなくて。あんな風にポンポン言い合いできるようになりたいなって思います」
そう寂しそうに笑う結城に急に不安を覚える。
二口のあの軽口、俺らはもう慣れてるし言うほどトゲがないこともわかってる。けど、こんなおっとりした女の子にはキツイのではないだろうか。
俺は脳ミソをフル回転させて言葉を選ぶ。
「……二口、口悪いからな。あんまり気に病むなよ、大丈夫だから。アイツの毒舌は本気じゃねえし」
彼女がきょとんとした顔で俺を見る。突然あんま知らない先輩にカレシのコト語られてもびっくりだろうな。
「でも、なんかキツくて耐えられなかったり、したら……」
名刺に番号って、俺書いたっけか? あ、クッソ、書く前に二口に取り上げられてたわ。
「前に笹谷からもらった名刺、持ってるだろ?茂庭でもいいし相談すればいいから。俺らが〆てやる」
そこまで言うと彼女は慌てて首を横に振る。
「いえ、あの、そうじゃないんです」
「は? 違うの」
「ハイ。あの……ノロケになってしまったら申し訳ないんですけれど、優しいです、二口くん」
「は?」
間抜けな声が出てしまった。あの、二口が優しい? 二口を『意外と面倒見がいい』って評すヤツはいるけど『意外と』もつけずストレートに『優しい』と言うヤツは初めてだわ。
そうか。そりゃさすがのアイツも自分のカノジョには優しいのか。信じられねぇ……。
俺はまだ言わされてるんじゃないか? との疑いをぬぐえないまま彼女に聞く。
「マジか?」
「ハイ。私すごく気を遣われてるのかもしれないですけれど」
気を遣う!? そんなスキル、二口に備わってるのか!?
彼女はコートでブロック練習に励む二口達を見守るように視線を落とす。
「二口くんは仕掛けてくれてるんですけど、私上手く返すことができなくて。だから……」
彼女は恥ずかしそうに笑う。
「二口くん退屈かな? とか思ったりして、ちょっと不安になることがあります」
俺は目を見開いて彼女を見てしまった。
……はー。そういうことか……。
二口がは口が悪いから、相手が反発すればまた返してくるし、結局言い合いになる。上手くない例えだがお互いに壁打ちをやりあっているようなもんだ。
この子は……低反発っていうの? 緩衝材みたいに包んでしまうんだ。二口を。
二口も自分に優しいやつをむやみに傷つけようとは思わないんだろう。優しさには優しさで返すってやつか?
……アイツにも人の心はあったんだな。
「えーと、お嬢さんよー、それはだな」
うかつにも彼女の苗字がまた飛んだ俺の呼びかけに「お嬢さん……」と彼女は可笑しそうにつぶやく。そのままむせるように声を殺して肩を震わせた。
「大丈夫か?」
「すみません、なんかツボに入ってしまって」
笑い声を殺すために逃した息で彼女のメガネが白く曇っていく。俺は思わずつっこむ。
「……それ、前見えてるのか?」
「いえ、まったく」
彼女はそのままのメガネで首を振る。
「ちょっと失礼します」
彼女はマスクのゴムに手をかけて外した。
「冬はマスクとメガネの相性悪いんですよね。電車乗る時とかすぐ曇ってしまって」
形のいい輪郭と色白の肌にぱっと色づくきゅっと口角の上がった赤い唇が目を引く。
そして、彼女は曇ったメガネも外す。慣らすように目を閉じる。まつ毛が長い。焦点を合わせるように瞬きを繰り返す。まつ毛がフレームの形のキレイな目にかかる。メガネ越しよりだいぶ瞳が大きく見える。
彼女が恥ずかしそうにはにかみながら俺の方を向いた。
ん???
目の前に、美少女が座っている。
ついさっき、不審者と間違えそうになったやつの正体が、こんなキレイな子だったって信じられるか?
豆鉄砲をくらったように固まった俺を、不思議そうに首をかしげて見ている姿も……。
「鎌先さん! 何、人の彼女脱がしてるんスか!?」
下から飛んできた二口の声で我に返った。休憩時間に入ったらしい。
「ち、ちげーよ! お前、そりゃ、人聞き悪すぎだろ!」
「結城のメガネ外させるなんて、脱がせるのと同じなんだよ!」
冗談で言ってるのかと思ったら、二口はすげえ形相でこちらを睨んでいる。
何言ってんだコイツ。大丈夫か!?
「結城も軽々しく他の男の前で脱ぐな!」
「メガネでしょ!」
顔を真っ赤にしつつも即座に言い返すこの子を見て、俺の心配は取り越し苦労だと思った。
曇りが晴れたメガネを彼女がかけたのを確認すると、二口は満足気に「おらー、お前らちゃんと休憩しろよー」とおざなりな主将らしさを発揮する。
彼女が大きくため息をつく。
「強いて言えば……ああいうところが困ります」
ため息の深さに苦労がうかがえる。
でも、あれは……。おそらくは二口の独占欲から来てるもんだ。問題はその方向性だよな……。
「人に相談するのも、なんか違う気がして」
「あれは俺にはどうすることもできねーな」
「ですよね……」
「まあがんばれ」
彼女の肩をポンと叩くと、すかさず下から鋭い声が飛んでくる。
「鎌先さん! 気やすく触らないでください!」
ここまで来ると牽制でもない。ただの公開ノロケじゃねーか……。
俺は『末永く爆発しろ』と二人を呪うことにした。