4 ヒトミヲトジテ
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大気が不安定との天気予報。
夕方から雷を伴う雨が降ると言っていたが、一足早くやってきたようだ。
午前中の青空は見る影もなく空は真っ黒な雲に覆われている。
ぽつぽつと降ってきた雨はあっという間に大粒になり、ザーッと音を立てて地面を叩き始める。遠くの方でゴロゴロと鳴り響く音。
雷は……嫌い。
本当は鳴る前に帰りたかったけど、今日は日直だ。資料室の片づけを先生から頼まれている。片づけている間に雷が遠ざかってくれればラッキーかな、と思うようにした。
「二口! あたし雷怖い!」
「はぁ?耳でも塞いでろよ」
「冷たーい! ちょっとはか弱い乙女をいたわってよ」
「どこにいるんだよ、か弱い乙女」
「ちょっと、二口! ひどくなーい」
前方、右斜め前の席の二口くんは笑いながら立花さんと話している。素直に『怖い』と言って甘えられる立花さんをちょっとだけうらやましいなと思う。
私はそういうキャラじゃないし。黙って耐えますか……。
心の中で気合を入れていると、二口くんが立ち上がりこちらを振り返った。
「俺、資料室片づけろって言われてるから。行くぞ、結城」
「え、あ、ハイ」
突然こちらに振られてちょっと慌てる。
え? 二口くん日直でもないのに?
二口くんの後ろから立花さんの刺すような視線を感じる。
スイマセン、ただの日直ですよ……と心の中で謝りながら二口くんの後についていった。
◇◇◇
ものすごい夕立だ……。
廊下を歩いている間に光が見えてから音が鳴るまでの間隔が狭くなっている。
近づいて来ているのかな……イヤだな。
「課題の提出が間に合わないペナルティで、押しつけられた。結城だけじゃ大変だろうからって」
「そうなんだ。一人でやるんだと思ってから、助かるよ」
資料室へ向かう途中、日直でもないのに片づけを頼まれている理由を二口くんはこう語った。
意外と(といったら失礼だけど)真面目に課題に取り組むタイプの二口くんが遅れるなんて、部活が相当忙しかったんだろうか。
ともあれ仲間がいるのは心強い。
稲光が意外と近くに見える。ぴかっと光るのに合わせて無意識に肩がビクッと震える。
「あれ? もしかして?」
口元だけ笑った二口くんが私を見る。
「結城、雷苦手なの?」
「うーーーん」
雷が苦手なんて子供っぽすぎる。馬鹿にされそうでいやだからうやむやにごまかそうとすると、
「さっき光ったとき、ビビってたろ」
「……見た?」
「見た」
何故かキラキラした目で頷く彼に観念して白状する。
「音はまだいいんだけど、光が……。前に家の近くの避雷針に落ちたの見ちゃって」
「ああ……それは嫌だよなー」
からかわれるかと思ってたけど、意外にも同意してくれた。
あれは音も相まって身のすくむ体験だった。直後に停電したのもあってすごく怖かったのを覚えている。
資料室は北向きだった。そのせいか窓にカーテンがない。
死んだ目で窓を見ていると様子を察した二口くんがクスッと笑った。
「じゃあ、結城は内側をやれよ」
「え、でもそうするとほとんど二口くんの担当になっちゃう」
内側の棚はほとんど物が入っていない。せいぜい窓側の棚の10分の1ぐらいのもんだ。
「雷通り過ぎたらこっち手伝えよ」
さっさと終わらそうぜ、と二口くんは窓際の棚へ行ってしまった。
◇◇◇
やっぱり自分の持ち場分はすぐに終わってしまったから、二口くんが整理している窓側に行く。二口くんは右側から整理しているので、逆から手をつけていく。
光と音の間隔が狭くなっている。雷が近い。無心に手元の本をさばこうと窓の外を見ないよう集中していた私は、二口くんが近づいてきたのに気づかなかった。
「結城さ、メガネ外したらいいんじゃね」
上の方から声が聞こえたと思ったら、そっと私のメガネを外された。
「え、でも、そしたらあんま見えない」
「じゃあ、俺の顔でも見てろよ」
二口くんは私と視線を合わせるように中腰になる。
「何で?」と言う間もなく両手で私の頭を自分の方へ向けさせるから、私の視界は二口くんでいっぱいになる。
ぼやけててもキレイな二口くんの顔。からかうように口元だけ笑うその表情が、好きだなと思う。
私の目はそれを見ようと、ピントを合わせるためか自然と潤んでいく。
笑っていた二口くんの表情が徐々に変わる。切ないような困ったような不思議な表情。
どうしてこんな顔をするんだろう……。
外での轟音が室内にも伝わっているのに、なぜか私と彼の周りだけ音がないような気がした。
「二口くん」
「な、なんだよ……」
珍しく歯切れが悪い彼にふっと笑ってしまう。
「これじゃ、作業進まない」
「ったく……。あとちょっとだし、勘弁してもらおうぜ……」
何故か頬を赤くした二口くんがメガネを私の顔に戻す。
と、クリアになった視界に窓の外の土砂降り、そして光。音を感じるようになった耳に響く轟音。
「怖かったら壁にしていいよ」
「あ、りが、とう、っ!」
直後、少し離れたビルに落ちた稲光に、思わず彼の腰をつかんでしまった。
「ん……っ」
「結城ってば、意外と大胆」
「ご、ごめん」
慌てて離れようとするも、背中に手を回される。
「ダメだったら、抱き着いてもいーよ」
「大丈夫ですっ!」
「ほらほら遠慮すんなよ」
「わわっ! 大丈夫だってば!」
面白がって私を引き寄せようとする二口くんに、両手を突っ張って抵抗する。
しかし悲しいほどのリーチの差か、駆け引きの巧さの差なのか簡単にかくっと肘を曲げさせられ、そのタイミングで見えた光にバランスを崩した私は二口くんの腕の中に飛び込んでしまう。
「アララー。いらっしゃいませー」
「ゴメンごめんごめん!!」
連続で謝りながらしがみつくと、二口くんは自分の体で私を覆ってくれた。
広い背中に隠されて外の光が見えなくなる。
「普通ダメなのって音じゃね?」
彼の胸にくっついた私の耳から彼の声が伝わってくる。心地よく伝わってくる低い声。なんだかすごく安心する。
「音は……遠いから……へーき」
「何だそれ」
二口くんが笑う振動が伝わって、私もつられて笑った。
「音は遠いって、何かで言われて信じてたんだけど、これなんだっけ?」
「あー、音は空気中を伝わるから、届くのが遅いとかそーいうやつじゃね?」
「二口くん、よく知ってるね」
その瞬間、ピカっと外が光った。部屋全体を鋭く照らす。
近くなってきた。一番嫌な時。
「ごめん。ちょっと目、閉じてていい?」
「ああ、そうしてろよ」
「二口くん、早く部活行きたいでしょ? 先、いいよ。通り過ぎたら残りは私やっとくから」
フォローのつもりでそう言うと、少し不機嫌そうな声で二口くんが言う。
「何? 俺一人にやらせるつもり?」
「違う、そうじゃなくて……」
上手く伝わらなくて焦っていると「わかってるって」と二口くんは言って私の身体をぐっと引き寄せた。そのまま、胸の中に閉じ込められると完全に光は入ってこない。
「はい。雷通りすぎるまで休憩休憩」
私の頭は彼の胸に押し付けられる。二口くんの心臓の音が聞こえる。それを聞いていると外の雷鳴も気にならない。
「……そうだね、ちょっと休憩しようか」
私も二口くんの背中に手を回して目を閉じる。
彼の鼓動が早くなった気がした。
◇◇◇
こんなに雷が怖くないと思ったのは初めて。
誰かと一緒にやり過ごせば大丈夫なんだろうか。
それとも、二口くんだから?
どのくらい時間が経ったんだろう。
音はごろごろとくすぶっている。私は目を開く。稲光はもう見えない。通り過ぎたかな?
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
そう言いながら二口くんの腕の中から出ようとすると……彼の腕が私の背中に回っていて出られない。
「二口くん?」
「んー。ちょっとまって、俺がダメ」
離そうとした身体がまた引き付けられる。彼の胸へと逆戻りだ。
さっきからかわないで同意してくれたから、もしかして、って思ったんだけど……。二口くんは音がダメなのでは? 私、自分のことしか考えてなかったけど、……どうしよう。
「ご、ごめんね、耳ふさぐ?」
「は? なんで?」
そう言って笑いながら彼は私の体を離さない。今さら気づいたけれど、これって、二口くんに抱きしめられてる?
雷は去ったというのに自分の状況をあらためると急に心臓がドキドキしてきた。
「ふ、二口くん?」
返事の代わりに腕の力が強くなる。
「結城……、」
そう二口くんが言った瞬間、ガラッと資料室の引き戸が開いた。びくっとそちら側を見ると、立花さんが眉を釣り上げ仁王立ちしている。
「二人で何してるの?」
「あ、あの……」
「何って、掃除だけど?」
しどろもどろの私に対して二口くんは涼しい顔だ。
「掃除してるようには見えないけど?」
そりゃそうだ。傍から見たら抱き合っているようにしか見えない。私は急に恥ずかしくなって彼の腕の中でもがく。けれど二口くんの腕は私を抱えたまま微動だにしない。
「俺が雷怖かったから、守ってもらってただけ」
「はぁ?」
立花さんは私の方をちらりと見る。
「結城さん嫌がってるじゃない」
「そう?」
二口くんはそのまま腕を解こうとしない。立花さんは私を睨みつける。
その迫力に負けてそっと二口くんの腕をゆする。
「……二口くん、離して」
「えー、ヤダ。立花怖いから守って」
「二口!」
立花さんの一喝にしぶしぶといった様子で腕が解かれる。
「結城さん、ごめんねー」
立花さんは口だけ笑顔を作って何故か私に謝ると、つかつかとやってきて二口くんの手を引っ張る。
「掃除終わったんでしょ? 教室戻ったら?」
「ったく、空気読めよな」
「はあっ!?」
立花さんは二口くんの腕を掴むと、ものすごい勢いで引っ張っていく。
「ちょ、まだ終わってねーって!」
「私やっとくから大丈夫」
そう二人の後ろ姿に声をかけると、二口くんは振り返り片眼をつぶってゴメンと拝むようにする。
「ほら、行くよ!」
「痛ぇーって! 引っ張んな!」
引きずられるように資料室を後にする二人の様子を夫婦漫才みたいだな、なんて思ったら、何故か胸がちくっと痛んだ。
夕方から雷を伴う雨が降ると言っていたが、一足早くやってきたようだ。
午前中の青空は見る影もなく空は真っ黒な雲に覆われている。
ぽつぽつと降ってきた雨はあっという間に大粒になり、ザーッと音を立てて地面を叩き始める。遠くの方でゴロゴロと鳴り響く音。
雷は……嫌い。
本当は鳴る前に帰りたかったけど、今日は日直だ。資料室の片づけを先生から頼まれている。片づけている間に雷が遠ざかってくれればラッキーかな、と思うようにした。
「二口! あたし雷怖い!」
「はぁ?耳でも塞いでろよ」
「冷たーい! ちょっとはか弱い乙女をいたわってよ」
「どこにいるんだよ、か弱い乙女」
「ちょっと、二口! ひどくなーい」
前方、右斜め前の席の二口くんは笑いながら立花さんと話している。素直に『怖い』と言って甘えられる立花さんをちょっとだけうらやましいなと思う。
私はそういうキャラじゃないし。黙って耐えますか……。
心の中で気合を入れていると、二口くんが立ち上がりこちらを振り返った。
「俺、資料室片づけろって言われてるから。行くぞ、結城」
「え、あ、ハイ」
突然こちらに振られてちょっと慌てる。
え? 二口くん日直でもないのに?
二口くんの後ろから立花さんの刺すような視線を感じる。
スイマセン、ただの日直ですよ……と心の中で謝りながら二口くんの後についていった。
◇◇◇
ものすごい夕立だ……。
廊下を歩いている間に光が見えてから音が鳴るまでの間隔が狭くなっている。
近づいて来ているのかな……イヤだな。
「課題の提出が間に合わないペナルティで、押しつけられた。結城だけじゃ大変だろうからって」
「そうなんだ。一人でやるんだと思ってから、助かるよ」
資料室へ向かう途中、日直でもないのに片づけを頼まれている理由を二口くんはこう語った。
意外と(といったら失礼だけど)真面目に課題に取り組むタイプの二口くんが遅れるなんて、部活が相当忙しかったんだろうか。
ともあれ仲間がいるのは心強い。
稲光が意外と近くに見える。ぴかっと光るのに合わせて無意識に肩がビクッと震える。
「あれ? もしかして?」
口元だけ笑った二口くんが私を見る。
「結城、雷苦手なの?」
「うーーーん」
雷が苦手なんて子供っぽすぎる。馬鹿にされそうでいやだからうやむやにごまかそうとすると、
「さっき光ったとき、ビビってたろ」
「……見た?」
「見た」
何故かキラキラした目で頷く彼に観念して白状する。
「音はまだいいんだけど、光が……。前に家の近くの避雷針に落ちたの見ちゃって」
「ああ……それは嫌だよなー」
からかわれるかと思ってたけど、意外にも同意してくれた。
あれは音も相まって身のすくむ体験だった。直後に停電したのもあってすごく怖かったのを覚えている。
資料室は北向きだった。そのせいか窓にカーテンがない。
死んだ目で窓を見ていると様子を察した二口くんがクスッと笑った。
「じゃあ、結城は内側をやれよ」
「え、でもそうするとほとんど二口くんの担当になっちゃう」
内側の棚はほとんど物が入っていない。せいぜい窓側の棚の10分の1ぐらいのもんだ。
「雷通り過ぎたらこっち手伝えよ」
さっさと終わらそうぜ、と二口くんは窓際の棚へ行ってしまった。
◇◇◇
やっぱり自分の持ち場分はすぐに終わってしまったから、二口くんが整理している窓側に行く。二口くんは右側から整理しているので、逆から手をつけていく。
光と音の間隔が狭くなっている。雷が近い。無心に手元の本をさばこうと窓の外を見ないよう集中していた私は、二口くんが近づいてきたのに気づかなかった。
「結城さ、メガネ外したらいいんじゃね」
上の方から声が聞こえたと思ったら、そっと私のメガネを外された。
「え、でも、そしたらあんま見えない」
「じゃあ、俺の顔でも見てろよ」
二口くんは私と視線を合わせるように中腰になる。
「何で?」と言う間もなく両手で私の頭を自分の方へ向けさせるから、私の視界は二口くんでいっぱいになる。
ぼやけててもキレイな二口くんの顔。からかうように口元だけ笑うその表情が、好きだなと思う。
私の目はそれを見ようと、ピントを合わせるためか自然と潤んでいく。
笑っていた二口くんの表情が徐々に変わる。切ないような困ったような不思議な表情。
どうしてこんな顔をするんだろう……。
外での轟音が室内にも伝わっているのに、なぜか私と彼の周りだけ音がないような気がした。
「二口くん」
「な、なんだよ……」
珍しく歯切れが悪い彼にふっと笑ってしまう。
「これじゃ、作業進まない」
「ったく……。あとちょっとだし、勘弁してもらおうぜ……」
何故か頬を赤くした二口くんがメガネを私の顔に戻す。
と、クリアになった視界に窓の外の土砂降り、そして光。音を感じるようになった耳に響く轟音。
「怖かったら壁にしていいよ」
「あ、りが、とう、っ!」
直後、少し離れたビルに落ちた稲光に、思わず彼の腰をつかんでしまった。
「ん……っ」
「結城ってば、意外と大胆」
「ご、ごめん」
慌てて離れようとするも、背中に手を回される。
「ダメだったら、抱き着いてもいーよ」
「大丈夫ですっ!」
「ほらほら遠慮すんなよ」
「わわっ! 大丈夫だってば!」
面白がって私を引き寄せようとする二口くんに、両手を突っ張って抵抗する。
しかし悲しいほどのリーチの差か、駆け引きの巧さの差なのか簡単にかくっと肘を曲げさせられ、そのタイミングで見えた光にバランスを崩した私は二口くんの腕の中に飛び込んでしまう。
「アララー。いらっしゃいませー」
「ゴメンごめんごめん!!」
連続で謝りながらしがみつくと、二口くんは自分の体で私を覆ってくれた。
広い背中に隠されて外の光が見えなくなる。
「普通ダメなのって音じゃね?」
彼の胸にくっついた私の耳から彼の声が伝わってくる。心地よく伝わってくる低い声。なんだかすごく安心する。
「音は……遠いから……へーき」
「何だそれ」
二口くんが笑う振動が伝わって、私もつられて笑った。
「音は遠いって、何かで言われて信じてたんだけど、これなんだっけ?」
「あー、音は空気中を伝わるから、届くのが遅いとかそーいうやつじゃね?」
「二口くん、よく知ってるね」
その瞬間、ピカっと外が光った。部屋全体を鋭く照らす。
近くなってきた。一番嫌な時。
「ごめん。ちょっと目、閉じてていい?」
「ああ、そうしてろよ」
「二口くん、早く部活行きたいでしょ? 先、いいよ。通り過ぎたら残りは私やっとくから」
フォローのつもりでそう言うと、少し不機嫌そうな声で二口くんが言う。
「何? 俺一人にやらせるつもり?」
「違う、そうじゃなくて……」
上手く伝わらなくて焦っていると「わかってるって」と二口くんは言って私の身体をぐっと引き寄せた。そのまま、胸の中に閉じ込められると完全に光は入ってこない。
「はい。雷通りすぎるまで休憩休憩」
私の頭は彼の胸に押し付けられる。二口くんの心臓の音が聞こえる。それを聞いていると外の雷鳴も気にならない。
「……そうだね、ちょっと休憩しようか」
私も二口くんの背中に手を回して目を閉じる。
彼の鼓動が早くなった気がした。
◇◇◇
こんなに雷が怖くないと思ったのは初めて。
誰かと一緒にやり過ごせば大丈夫なんだろうか。
それとも、二口くんだから?
どのくらい時間が経ったんだろう。
音はごろごろとくすぶっている。私は目を開く。稲光はもう見えない。通り過ぎたかな?
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
そう言いながら二口くんの腕の中から出ようとすると……彼の腕が私の背中に回っていて出られない。
「二口くん?」
「んー。ちょっとまって、俺がダメ」
離そうとした身体がまた引き付けられる。彼の胸へと逆戻りだ。
さっきからかわないで同意してくれたから、もしかして、って思ったんだけど……。二口くんは音がダメなのでは? 私、自分のことしか考えてなかったけど、……どうしよう。
「ご、ごめんね、耳ふさぐ?」
「は? なんで?」
そう言って笑いながら彼は私の体を離さない。今さら気づいたけれど、これって、二口くんに抱きしめられてる?
雷は去ったというのに自分の状況をあらためると急に心臓がドキドキしてきた。
「ふ、二口くん?」
返事の代わりに腕の力が強くなる。
「結城……、」
そう二口くんが言った瞬間、ガラッと資料室の引き戸が開いた。びくっとそちら側を見ると、立花さんが眉を釣り上げ仁王立ちしている。
「二人で何してるの?」
「あ、あの……」
「何って、掃除だけど?」
しどろもどろの私に対して二口くんは涼しい顔だ。
「掃除してるようには見えないけど?」
そりゃそうだ。傍から見たら抱き合っているようにしか見えない。私は急に恥ずかしくなって彼の腕の中でもがく。けれど二口くんの腕は私を抱えたまま微動だにしない。
「俺が雷怖かったから、守ってもらってただけ」
「はぁ?」
立花さんは私の方をちらりと見る。
「結城さん嫌がってるじゃない」
「そう?」
二口くんはそのまま腕を解こうとしない。立花さんは私を睨みつける。
その迫力に負けてそっと二口くんの腕をゆする。
「……二口くん、離して」
「えー、ヤダ。立花怖いから守って」
「二口!」
立花さんの一喝にしぶしぶといった様子で腕が解かれる。
「結城さん、ごめんねー」
立花さんは口だけ笑顔を作って何故か私に謝ると、つかつかとやってきて二口くんの手を引っ張る。
「掃除終わったんでしょ? 教室戻ったら?」
「ったく、空気読めよな」
「はあっ!?」
立花さんは二口くんの腕を掴むと、ものすごい勢いで引っ張っていく。
「ちょ、まだ終わってねーって!」
「私やっとくから大丈夫」
そう二人の後ろ姿に声をかけると、二口くんは振り返り片眼をつぶってゴメンと拝むようにする。
「ほら、行くよ!」
「痛ぇーって! 引っ張んな!」
引きずられるように資料室を後にする二人の様子を夫婦漫才みたいだな、なんて思ったら、何故か胸がちくっと痛んだ。