Persona
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何となく気になる。
始まりはその程度の興味だった。
そもそもなぜ興味を持ったのか、明確な理由は明智にもわからなかった。視界情報として得た対象に募る興味は次第に膨らんでいき、行きつくのは「もっと知りたい」というシンプルな知的好奇心だった。
だから、今日も彼女を観察する。遠目でも視認できる形のいい唇。細められた瞳。どこから見ても笑顔と形容できるものに、違和感を覚えるのはきっと自分だけなのだろう。友人に囲まれ楽しげに笑う彼女を眺め、明智は不自然にならない頻度で目を逸らしながらそんなことを思った。
そしてもう一度、彼女へ視線を向けた。
全国模試で見た横顔と彼女の顔が重なる。彼女が優秀なことは廊下に貼り出された成績表を見れば一目瞭然だった。明智と同じ高校に入学できている時点で当然のことだけれど、在校生の中でも上位にいるのは間違いない。
要は似ているのかもしれない。親近感に近い何かを抱き、そこに興味を持った。あるいは自分と同等の存在がいるかもしれないという期待。どれもが正解なようでしっくりこなかった。
伏し目がちな横顔を盗み見たときの、影を纏う表情に興味をそそられる。窓から吹き抜ける風が彼女の髪を靡かせた。たったそれだけで視線を奪う彼女が明智は不思議で堪らなかった。
そこにある闇が何なのか。
闇を暴いた先にいる彼女が想像できなくて、また惹かれる。
まぁ、つまるところ、自分のためでしかなかった。
「何してるの?みょうじさん」
そこ、危ないよ。心配の言葉を投げかけた相手は、背丈と変わらないフェンスへ足をかけていた。丈の短いスカートからのぞく両足は、陽光を反射して眩しいほど白く思えた。恥じらう素振りを一切見せず、女は腰をかけるように体勢を変えた。
みょうじなまえ、どんなときでも如才なく振る舞う姿は大人たちから好評だった。──はずだが、口許を引き結ぶなまえはお世辞にも愛想がいいとは言えなかった。
「……明智くんか。何って、バンジージャンプ?」
そんなところだろうとは思った。命綱をつけていないなまえを見てその結論に至らないほうがどうかしている。わかりきったギミックを解いたときのような退屈すぎる返答だった。所詮、彼女も周りの奴らと代わり映えのない、平凡でありきたりなつまらない悩みを抱えていたのか、と明智は嘆息する。なおさら引き止める義理なんてないけれど、このまま見殺しにする現場を目撃でもされていたらどうだ。苦労して築き上げてきた「優等生」が崩れかねない。それだけは避けたかった、し。
自分と似ているなまえが出す自殺の理由が、気にならないわけでもなかった。
「成績優秀で先生には期待されて友人関係も良好。…そう見えるけど、何が不満なんだい?」
「…………はぁぁ?そんなもの意味ないから」
真上の太陽が影を作り、一層闇が深くなる。女性特有の柔らかい声音とはほど遠い声で、吐き捨てるようにそう言ってなまえは顔を歪ませた。
「全部むだ。むだむだむだ。だって私は一位をとらなきゃいけないから。一位じゃない私に価値はないんだよ。その一位を奪ったのは………明智くんでしょ」
風に誘われ乱される髪には目もくれず、じっと明智を睨むなまえと絡んだ視線。初めてなまえと会話したはずなのに、なまえの瞳に宿る恨みには見覚えがあった。神だか悪魔だかがくれた力で目覚めた『自分』によく似ていた。
あぁ、やっぱり。僕と同じだ。
明智は上がりそうになる口角を引き締める。
なまえは嫌悪の籠った目で明智を見下ろしたままフェンスを強く握りしめた。
「だからいいの。おわり。敗者は舞台から消えるだけ」
「そのルールを決めたのは君の親?」
「……そうだよ」
さっと視線が逸らされて、遠くを見つめるなまえが風に煽られる。
「私の姉はハイスペック女。何でもできていい大学出て、今じゃ両親は姉の話題しか口にしない。私には期待も落胆もなし。笑えるよね。こんなのじゃ死んでるのと一緒。だったらまだ出来損ないって言われたほうがマシだった」
「だから死ぬ、とでも言うのかい?そんな奴らのために」
たぶんこれは、彼女からすれば毒になる、明智のとっておきだった。
みるみるうちに血色が悪くなるなまえの表情が予想通りで笑いそうになる。ひとつひとつの感情を容易く操作できる存在が優越を感じさせて心地よかった。自尊心が満たされていく明智の頭に浮かぶ恨みの化身がなまえと重なる、それが余計に気持ちを昂らせた。
「うっさいなぁ………!頭が良くてチヤホヤされてる明智くんには何もわかんないよ!私だってたくさん努力した!それでもあんたに勝てない!あいつに勝てない!!………んでよ、私だって頑張ってるのに………」
ギシ、とフェンスが軋む音がする。なまえは風でぐしゃぐしゃに乱れた髪を撫でつけた。つられるように自分の髪に手をあてる。物理的にだけじゃない、心理も何もかも似ている。まるで鏡のようだ、と明智は他人事のように思った。
くしゃりと頬を緩めたなまえは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「はは。なんであんたにこんなこと話してんだろ。やめやめ。明智くんだって努力して一位とったんだよね。不毛すぎ。でも私だって頑張ったから。………なんて、結果が全てだし。誰も見てくれなきゃ意味ないし。はい、だから終わり。最後に話せてすっきりした」
もう一度フェンスに手をかけたなまえは、放っておけば宙へ身を投げ出してしまうのだろう。その先に待つのは誰ひとり気に留めない空虚な死だ。もしくは真面目だった生徒がなぜ、学校側の対応は、いじめはあったのかなどという大人たちの醜悪な責任転嫁が待っている。
何となく気になる。始まりはその程度のはずだったのに、今は、
死なせてしまうのが惜しい。執着に近い衝動に駆られた明智は無意識に腕を伸ばしていた。
「なに?まさか止めてくれるの?」
「あぁ、そうだよ」
「……ありがと。なんか、必要とされてるみたいで嬉しい。でもそういうその場限りの情、残酷だからやめて」
重々しく口を開いたなまえは、視界を遮るように瞼を閉じた。その一瞬、恨みの中に混ざる何かを明智は見逃さなかった。拒絶をしているようで、本当は必要とされたい。掴んだ腕の先にあるなまえの手がわずかに震えていて確信に変わる。
なまえは明智より弱い。それでもたどり着く答えは寸分違わぬもので、万が一自分が手を差し伸べられたとしてもなまえのように振り払うだろう。強がって虚勢を張り続けるなまえに、隠しきれない笑みがこぼれた。
「はは、ははは………面白いね、みょうじさん」
「漫画に影響されすぎでしょ」
「それはこっちの台詞だ」
言うが早いか明智は掴んだ腕を力任せに引き戻した。想定外の負荷がかかったなまえの身体が傾いた。地面に向かって倒れこんでくるなまえを抱き留める数秒前。見事にスカートがまくれ上がり、嫌でも布地が視界に入る。なまえは「パンチラサービスだね」などとほざいていたが、あれで喜ぶ男の嗜好はあまり考えたくない。明智は年相応でいいと思う、とだけ返してなまえの身体を引き寄せた。
「君さ、そういう大人、憎くて仕方ないだろ」
抵抗せずにフェンスから降りてきたなまえの瞳には、薄汚い憎悪に混じって希望がちらついていた。与えたのは他でもない明智自身で、なまえのすべてを塗り替えてしまいたい、と身勝手な欲望が明智の中で渦巻いた。
「憎い。憎いよ。憎いのに見てほしい。それが悔しい。本当に。憎くて憎くて殺してやりたいって何回も思ったけど、それ以上に、ただ、見てほしかった………」
なまえの頬を濡らしたそれに指を這わせる。ぱちぱちと瞬きをしたなまえは呆けたまま明智を見ていた。数秒の間、伝っているものが何なのか理解したらしいなまえに手を払われる。顔を覆って声を押し殺すなまえは、それでも泣くまいと我慢していて滑稽だった。
弱者は弱者なりに生きて、牙を研ぎ澄まして、いずれ見返してやればいい。なんて慰めるつもりは到底ないから、せいぜい苦しめ。と明智はなまえを抱き締めてやった。
恋人にするように優しく撫でつけてやると、腕の中にいるなまえの肩が震えた。
意地でも自分の感情をコントロールしようとするなまえが、他者の努力や才能に理解を示そうとするなまえが、折り合いをつけようと躍起になるなまえが、欲しくなった。今はか細い火柱に過ぎないけれど、ひと工夫加えてやればきっと燃え上がる。
なまえの復讐心に火を灯したくなった。
「僕がみょうじさんのこと認めてあげる。君はすごいよ。けど、僕には敵わない。僕にも認めさせたい奴がいるんだ」
「明智くんが認めさせたいって、よっぽどじゃん」
「そう、よっぽど」
ねぇ、僕たち、似てると思わない?得意の笑顔を貼りつけて明智は問いかける。
「まともに会話したことないのにそんなことわからないよ」
素っ気なく言い放ったなまえはぷいと顔を背けた。言われてみればと記憶を巡らせていくと、なまえの横顔ばかり浮かんでは消えた。自分と似ていると断定できるほどなまえを見ていた。見て、いた。会話をしなくたって、ずっと。つまりはそういうことだ。到底「興味」なんて二文字では片付けられない行動に、明智自身が一番驚いていた。
けれども、なまえを手に入れるための絶好のチャンスが目の前にあるのだから、過程などどうでもよかった。
恋だ愛だと綺麗事を並べたところで行き着く先は支配欲だ。少なくとも明智にとってはそうだった。
「じゃあ今日から僕らは仲間ってことで」
「はぁ……?私これから死ぬんだけど」
「僕はみょうじさんに生きてほしいな」
とびきりの笑顔を携えてなまえへ呪いを投げかける。目を見開いたなまえは視線を右往左往させていた。
「その場限りの情かもしれないけど、それでも君には効くんだろ?」
ただの気紛れで、今の発言で変化するなまえの人生に責任なんて持ってやるつもりはない。自らの手で、なまえの意思で、運命を選ばせるために逃げ道はすべて塞いでおく。
「………ずる。ずるじゃん。いやだよ。そんなの。死んだほうが楽だもん」
「僕が君にとって邪魔な奴らをみんな消してあげるよ。そのかわり、君には僕の仕事を手伝ってもらう。これでどうだろう?」
口では悪態をついているもののなまえの涙は引っ込んでいた。肩を押してわざとらしく距離を作ってみせる。あくまでも、選ぶのはなまえ。そう仕向けたのが明智だったとしても、ずるいと言われようが欲しいものは着実に、確実に、手に入れたかった。
「意味わかんない。いきなりなんなの。こわ………」
そういってなまえは明智の手を、取った。
2020.8.14
雲一つない青空を見て思いついた話
2023.10.27
加筆修正
始まりはその程度の興味だった。
そもそもなぜ興味を持ったのか、明確な理由は明智にもわからなかった。視界情報として得た対象に募る興味は次第に膨らんでいき、行きつくのは「もっと知りたい」というシンプルな知的好奇心だった。
だから、今日も彼女を観察する。遠目でも視認できる形のいい唇。細められた瞳。どこから見ても笑顔と形容できるものに、違和感を覚えるのはきっと自分だけなのだろう。友人に囲まれ楽しげに笑う彼女を眺め、明智は不自然にならない頻度で目を逸らしながらそんなことを思った。
そしてもう一度、彼女へ視線を向けた。
全国模試で見た横顔と彼女の顔が重なる。彼女が優秀なことは廊下に貼り出された成績表を見れば一目瞭然だった。明智と同じ高校に入学できている時点で当然のことだけれど、在校生の中でも上位にいるのは間違いない。
要は似ているのかもしれない。親近感に近い何かを抱き、そこに興味を持った。あるいは自分と同等の存在がいるかもしれないという期待。どれもが正解なようでしっくりこなかった。
伏し目がちな横顔を盗み見たときの、影を纏う表情に興味をそそられる。窓から吹き抜ける風が彼女の髪を靡かせた。たったそれだけで視線を奪う彼女が明智は不思議で堪らなかった。
そこにある闇が何なのか。
闇を暴いた先にいる彼女が想像できなくて、また惹かれる。
まぁ、つまるところ、自分のためでしかなかった。
「何してるの?みょうじさん」
そこ、危ないよ。心配の言葉を投げかけた相手は、背丈と変わらないフェンスへ足をかけていた。丈の短いスカートからのぞく両足は、陽光を反射して眩しいほど白く思えた。恥じらう素振りを一切見せず、女は腰をかけるように体勢を変えた。
みょうじなまえ、どんなときでも如才なく振る舞う姿は大人たちから好評だった。──はずだが、口許を引き結ぶなまえはお世辞にも愛想がいいとは言えなかった。
「……明智くんか。何って、バンジージャンプ?」
そんなところだろうとは思った。命綱をつけていないなまえを見てその結論に至らないほうがどうかしている。わかりきったギミックを解いたときのような退屈すぎる返答だった。所詮、彼女も周りの奴らと代わり映えのない、平凡でありきたりなつまらない悩みを抱えていたのか、と明智は嘆息する。なおさら引き止める義理なんてないけれど、このまま見殺しにする現場を目撃でもされていたらどうだ。苦労して築き上げてきた「優等生」が崩れかねない。それだけは避けたかった、し。
自分と似ているなまえが出す自殺の理由が、気にならないわけでもなかった。
「成績優秀で先生には期待されて友人関係も良好。…そう見えるけど、何が不満なんだい?」
「…………はぁぁ?そんなもの意味ないから」
真上の太陽が影を作り、一層闇が深くなる。女性特有の柔らかい声音とはほど遠い声で、吐き捨てるようにそう言ってなまえは顔を歪ませた。
「全部むだ。むだむだむだ。だって私は一位をとらなきゃいけないから。一位じゃない私に価値はないんだよ。その一位を奪ったのは………明智くんでしょ」
風に誘われ乱される髪には目もくれず、じっと明智を睨むなまえと絡んだ視線。初めてなまえと会話したはずなのに、なまえの瞳に宿る恨みには見覚えがあった。神だか悪魔だかがくれた力で目覚めた『自分』によく似ていた。
あぁ、やっぱり。僕と同じだ。
明智は上がりそうになる口角を引き締める。
なまえは嫌悪の籠った目で明智を見下ろしたままフェンスを強く握りしめた。
「だからいいの。おわり。敗者は舞台から消えるだけ」
「そのルールを決めたのは君の親?」
「……そうだよ」
さっと視線が逸らされて、遠くを見つめるなまえが風に煽られる。
「私の姉はハイスペック女。何でもできていい大学出て、今じゃ両親は姉の話題しか口にしない。私には期待も落胆もなし。笑えるよね。こんなのじゃ死んでるのと一緒。だったらまだ出来損ないって言われたほうがマシだった」
「だから死ぬ、とでも言うのかい?そんな奴らのために」
たぶんこれは、彼女からすれば毒になる、明智のとっておきだった。
みるみるうちに血色が悪くなるなまえの表情が予想通りで笑いそうになる。ひとつひとつの感情を容易く操作できる存在が優越を感じさせて心地よかった。自尊心が満たされていく明智の頭に浮かぶ恨みの化身がなまえと重なる、それが余計に気持ちを昂らせた。
「うっさいなぁ………!頭が良くてチヤホヤされてる明智くんには何もわかんないよ!私だってたくさん努力した!それでもあんたに勝てない!あいつに勝てない!!………んでよ、私だって頑張ってるのに………」
ギシ、とフェンスが軋む音がする。なまえは風でぐしゃぐしゃに乱れた髪を撫でつけた。つられるように自分の髪に手をあてる。物理的にだけじゃない、心理も何もかも似ている。まるで鏡のようだ、と明智は他人事のように思った。
くしゃりと頬を緩めたなまえは自嘲めいた笑みを浮かべた。
「はは。なんであんたにこんなこと話してんだろ。やめやめ。明智くんだって努力して一位とったんだよね。不毛すぎ。でも私だって頑張ったから。………なんて、結果が全てだし。誰も見てくれなきゃ意味ないし。はい、だから終わり。最後に話せてすっきりした」
もう一度フェンスに手をかけたなまえは、放っておけば宙へ身を投げ出してしまうのだろう。その先に待つのは誰ひとり気に留めない空虚な死だ。もしくは真面目だった生徒がなぜ、学校側の対応は、いじめはあったのかなどという大人たちの醜悪な責任転嫁が待っている。
何となく気になる。始まりはその程度のはずだったのに、今は、
死なせてしまうのが惜しい。執着に近い衝動に駆られた明智は無意識に腕を伸ばしていた。
「なに?まさか止めてくれるの?」
「あぁ、そうだよ」
「……ありがと。なんか、必要とされてるみたいで嬉しい。でもそういうその場限りの情、残酷だからやめて」
重々しく口を開いたなまえは、視界を遮るように瞼を閉じた。その一瞬、恨みの中に混ざる何かを明智は見逃さなかった。拒絶をしているようで、本当は必要とされたい。掴んだ腕の先にあるなまえの手がわずかに震えていて確信に変わる。
なまえは明智より弱い。それでもたどり着く答えは寸分違わぬもので、万が一自分が手を差し伸べられたとしてもなまえのように振り払うだろう。強がって虚勢を張り続けるなまえに、隠しきれない笑みがこぼれた。
「はは、ははは………面白いね、みょうじさん」
「漫画に影響されすぎでしょ」
「それはこっちの台詞だ」
言うが早いか明智は掴んだ腕を力任せに引き戻した。想定外の負荷がかかったなまえの身体が傾いた。地面に向かって倒れこんでくるなまえを抱き留める数秒前。見事にスカートがまくれ上がり、嫌でも布地が視界に入る。なまえは「パンチラサービスだね」などとほざいていたが、あれで喜ぶ男の嗜好はあまり考えたくない。明智は年相応でいいと思う、とだけ返してなまえの身体を引き寄せた。
「君さ、そういう大人、憎くて仕方ないだろ」
抵抗せずにフェンスから降りてきたなまえの瞳には、薄汚い憎悪に混じって希望がちらついていた。与えたのは他でもない明智自身で、なまえのすべてを塗り替えてしまいたい、と身勝手な欲望が明智の中で渦巻いた。
「憎い。憎いよ。憎いのに見てほしい。それが悔しい。本当に。憎くて憎くて殺してやりたいって何回も思ったけど、それ以上に、ただ、見てほしかった………」
なまえの頬を濡らしたそれに指を這わせる。ぱちぱちと瞬きをしたなまえは呆けたまま明智を見ていた。数秒の間、伝っているものが何なのか理解したらしいなまえに手を払われる。顔を覆って声を押し殺すなまえは、それでも泣くまいと我慢していて滑稽だった。
弱者は弱者なりに生きて、牙を研ぎ澄まして、いずれ見返してやればいい。なんて慰めるつもりは到底ないから、せいぜい苦しめ。と明智はなまえを抱き締めてやった。
恋人にするように優しく撫でつけてやると、腕の中にいるなまえの肩が震えた。
意地でも自分の感情をコントロールしようとするなまえが、他者の努力や才能に理解を示そうとするなまえが、折り合いをつけようと躍起になるなまえが、欲しくなった。今はか細い火柱に過ぎないけれど、ひと工夫加えてやればきっと燃え上がる。
なまえの復讐心に火を灯したくなった。
「僕がみょうじさんのこと認めてあげる。君はすごいよ。けど、僕には敵わない。僕にも認めさせたい奴がいるんだ」
「明智くんが認めさせたいって、よっぽどじゃん」
「そう、よっぽど」
ねぇ、僕たち、似てると思わない?得意の笑顔を貼りつけて明智は問いかける。
「まともに会話したことないのにそんなことわからないよ」
素っ気なく言い放ったなまえはぷいと顔を背けた。言われてみればと記憶を巡らせていくと、なまえの横顔ばかり浮かんでは消えた。自分と似ていると断定できるほどなまえを見ていた。見て、いた。会話をしなくたって、ずっと。つまりはそういうことだ。到底「興味」なんて二文字では片付けられない行動に、明智自身が一番驚いていた。
けれども、なまえを手に入れるための絶好のチャンスが目の前にあるのだから、過程などどうでもよかった。
恋だ愛だと綺麗事を並べたところで行き着く先は支配欲だ。少なくとも明智にとってはそうだった。
「じゃあ今日から僕らは仲間ってことで」
「はぁ……?私これから死ぬんだけど」
「僕はみょうじさんに生きてほしいな」
とびきりの笑顔を携えてなまえへ呪いを投げかける。目を見開いたなまえは視線を右往左往させていた。
「その場限りの情かもしれないけど、それでも君には効くんだろ?」
ただの気紛れで、今の発言で変化するなまえの人生に責任なんて持ってやるつもりはない。自らの手で、なまえの意思で、運命を選ばせるために逃げ道はすべて塞いでおく。
「………ずる。ずるじゃん。いやだよ。そんなの。死んだほうが楽だもん」
「僕が君にとって邪魔な奴らをみんな消してあげるよ。そのかわり、君には僕の仕事を手伝ってもらう。これでどうだろう?」
口では悪態をついているもののなまえの涙は引っ込んでいた。肩を押してわざとらしく距離を作ってみせる。あくまでも、選ぶのはなまえ。そう仕向けたのが明智だったとしても、ずるいと言われようが欲しいものは着実に、確実に、手に入れたかった。
「意味わかんない。いきなりなんなの。こわ………」
そういってなまえは明智の手を、取った。
2020.8.14
雲一つない青空を見て思いついた話
2023.10.27
加筆修正
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