Persona
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人と人の繋がり、出会い。それらは私にとって瑣末なものに過ぎなくて、正直煩わしいとさえ感じていた。誰かの力を借りなくても、ある程度の事柄は自分で解決してきている。社会人になり、親元から自立していればなおさらそうだ。だから、あの日投げかけられた言葉はあまり好きじゃない。
いそいそとテーブルを拭いていると、店に備えつけてある来客センサーが音を鳴らした。口をついて「いらっしゃいませ」と言ってしまったあとに相手の姿を見てあ、と思ったところでもう遅い。
「こんにちは」
「…またなの?」
「僕の行きつけなんです」
「嘘。今まで来てなかったでしょ」
「もちろん嘘です」
にこにこと人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、近場のカウンター席へ腰をおろした少年は、こちらに構うことなく注文表に目を落とした。昼と夕方の狭間で閑古鳥が鳴いてしまっている店内には私と少年しかいない。厨房のほうへ戻ればいるのだろうけど、表に出てくることはないから実質ふたりきりだ。手に持っていた布巾は役目を終えてしまい手持ち無沙汰になったところで「注文いいですか」声がかかる。
「ホットコーヒーでしょ」
「さすがなまえさん。でも今日は甘いものも頼もうと思ってたんですよ」
「ドレデスカ」
「なまえさんのオススメは?」
「ショートケーキ一択。シンプルイズベスト」
「じゃあショートケーキと、これ」
指をさした先にあったのは、期間限定で販売している旬のケーキ。制服のポケットからメモ帳を取り出し、書き込みながらよく食べるなぁとたまげていると、とんとんと椅子を叩く音がした。
「一緒にどうです?」
「少年、お姉さんは仕事中ですよ」
「どうせ誰も来ませんよ」
「今さらっと失礼なこと言わなかった?」
「都内の入り組んだところにある隠れ家カフェ、いいところですよね。落ち着いて考え事ができる」
「そっかそっかごゆっくり。じゃあお姉さんは仕事に戻るね」
メモ帳を折り畳み厨房へ向かおうとしたところで、あの日からずっと耳にこびりついて離れてくれないひとことがやってくる。
「なまえさん。一期一会ですよ。僕となまえさんが出会ったのも何かの縁、仲良くしましょうよ」
とりあえず今日はなまえさんの奢りで。おどけてみせた少年──明智くんは、いつかのように手を伸ばして握手を求めてきた。
▽
視界に広がる暗闇にぱちぱちと瞬きを繰り返してみても、目に入る情報は何も変わらず黒一色だ。背中に感じるごつごつとした感触を疑問に思いながら上体を起こすと、頭を抱えたくなるほどの頭痛が視界を眩ませた。
だめだ、気持ち悪い。吐く。
喉元までせりあがってきた不快感を全部吐き出してしまいたい。頭の中はその欲求だけで埋めつくされていて、地べたを這いずりながら無理やり足を動かした。床に目線をやったときに見えた地面は文字通り地面だった。正確に言えばコンクリート。
「……大丈夫ですか?」
必死に手と膝を動かし這いつくばるっている私に遠慮がちにかけられた声。声質の感じからして男、おそらく若い男の子。どの方向から聞こえてきたものなのか確認する余裕もなく、地面と向き合ったまま口を開いた。
「だいじょ、…ぶ」
「肩、貸しますよ。立てますか?」
肩に腕が回るなり、ぐんと上へ引っ張り上げられる。ほとんど相手の力で持ち上がった胴体は、自分のものじゃないみたいに力が入らなかった。立ち上がったことで頭を締め付けられたような感覚に襲われる。この感覚、覚えがあるとすればあれしかない。
朦朧とした意識の中、無心で足を動かし続けていると「座りますよ」のかけ声とともに視界がゆっくり下がっていく。何かに腰をつけた途端、辛うじて入れていた力が抜けて世界が横向きになった。
「もしかして酔ってます?」
「かなり」
「泥酔、ですか。女性でそれは感心しませんね。男性だからいい、と言うつもりもないですけど」
何か答えようとしても思うように口が動かない。返答がないのを不審に思ったのか、少年が目の前にしゃがみこんできて初めて目があった。
街灯に照らされて少し影がかった表情は、純粋な親切心と心配、それからほんの少しの呆れが入り混じっている。全部引っくるめて最初に抱いた感想は、綺麗な顔立ち、という中身のなさすぎるものだった。
「君、男の人?」
「…………女性に見えます?男です」
「きれいだね。そういうのがいけめんっていうの?」
「いうのって、僕に聞かれても」
もごもごと口ごもり、困ったように眉を下げた自称男は複雑そうに頭をかいていた。視線だけを動かしてしげしげと見つめていると、身につけていた服が目に入った。左胸のあたりにある紋章が何なのかを理解したとき、頭痛が吹き飛ぶほど目を見開いた。
「こーこーせい………?」
「?そうですけど」
「ンッ、まじかぁ……高校生かぁ。わたし高校生の手を借りたのかぁ」
うつ伏せで悶えていると「ベンチ、汚れてますよ」と気遣われる。自分が横たわっているところがベンチだということを今さら知り、ますます顔が上げづらくなる。泥酔して、その上地べたで寝そべっていて、あげく這いずるところまで見られていた。高校生に。恥ずかしいなんて生易しいものじゃない。穴がなくたって入りたい。そのまま地球の裏側へコンニチハしたい。脱線しかけた思考を引き戻すように横へ向き直ると、不思議そうに瞬きを繰り返している少年Aくん(仮名)と目が合った。
今のやり取りで酔いの覚めてきた頭で出す結論はひとつしかない。
「あの、」
「ありがとう少年Aくん。わたしはだいじょふだから早く帰りな。ご両親が心配するよ」
「少年Aって。まぁ、イニシャルはAですけど」
「え、まじで、当たってるとかちょっと、わらう、やめて…………ふふっ、はは」
「……………質の悪い酔っぱらいですね」
「わらいじょーこって、いうの、っはは」
ケラケラと笑い声を上げて腹を抱えると、突き刺さるのは冷蔵庫でキンキンに冷やしたビールのような冷たい視線。それが余計におかしくて、ひとしきり笑ったところでぱちん、と手を叩く。
「はー、わらいつかれた。ね、酔っぱらい構っててもいいことないよ。ここまで運んでくれてありがと」
「帰るアテとかあるんですか?」
「ないよ。あとでタクればいーでしょ」
「まさかとは思いますけど、それまでここに寝てるつもりじゃ」
「え、ウン」
「…………呆れを通り越しますよ」
少年Aくんは、おもむろにスマホを取り出して画面をタップしている。その姿をぼんやり眺めながら、指、長いなぁ。足も長い。全体的に縦に長い。思うまま口に出すと、あけすけに深いため息をつかれた。
「家まで送ります」
「は?いいって、だいじょぶだって」
「深夜にこんなところで女性ひとり放っておいたらどうなるか考えたことないんですか?」
「………夜が明ける?」
「あぁ、短絡的な物の考え方をするしない以前の問題の方ですね。すみません」
「ははは。…………あれ、ばかにされた?」
酔っぱらってるせいだから。いつもはもうちょっとマシだから。異議を申し立てる声はことごとく無視され、少年はスマホを耳に押しつけどこかに電話をかけ始めた。まさかと疑問に思ったことは、近くにある建物を目印にしたような発言に確信に変わる。
「はい、そこで。お願いします」
「ちょいちょい、タクシーくらい自分で呼ぶからいいって」
「…………………自力で立てないような人間が言っても説得力ないですよ」
「うっ、まぁ……その辺は時間経過とともにね?」
「もう呼んじゃいましたから。移動しますよ」
寝そべらせたままの体を無理やり起こされ、姿をくらませたはずの頭痛が帰ってくる。立ちたくない。横になっていたい。駄々をこねる体に鞭を打って立ち上がると、さっきと同じように腕が回ってきて支えられた。学生の、しかも高校生の子供がここまでしてくれているのに、全体重をかけるなんてできるわけがない。
まあまあ歳を重ねた立派な大人だという自覚はある。親元から離れ、一人暮らしもしている。最初こそ多少のサポートを受けていたけれど、今は手続きから何まで自分の身ひとつでやってきているのだ。泥酔して倒れていようが自己責任、自分のつけは自分で払うもの。誰かの手を煩わせるなんて私の生き方に反する行為だ。
支えてくれている腕を引き剥がし、鉛のように重たい頭が寝転がりたいと訴えてくるのを奥歯を噛み締めて堪える。
「ひとりで行くよ。呼んでくれてありがとね」
「……足、動かせるんですか?」
「もっちろん。あまり振り返らずに帰ってくれるとうれしいな。四足歩行になった人間が見えると思うから」
「はぁ。もういいですって。素直に甘えたらどうですか」
「チッチッチ。わたしはね、この歳までひとりでやってきたんだよ。なめてもらっちゃあ困る。何とかするのが大人だよ。こんな情けないのもいるんだなぁくらいに思って早く帰ってすぐ忘れること」
「はぁ」
少年は持っていた鞄を脇に抱え直し、呆れたように首を振った。
「一期一会、って知ってます?」
「イチゴ?」
「一生に一度の出会い、または機会の意味です」
「それがなに?」
「あなたと僕が出会ったのも何かの縁ってことですよ」
有無を言わさず伸びてきた腕に、ふらつく体では抵抗する手段なんてなかった。
「ちょ、と。少年Aくん、」
「明智です。あなたは?」
明智と名乗った少年は私よりも背が高くて、だけど細くて、それでいて力は強くて。高校生とは思えないほど大人びて見える横顔に、観念して口を開く。
「みょうじ、なまえです…」
「みょうじさん」
伸びてきた左腕は肩には回らずに、目の前でぴたりと動きを止めた。何を求めているか理解して同じように手を差し出すか逡巡していると、宙を彷徨っていた手を取られた。
「一期一会を大切にしましょう」
繋がれた手のひらに緩く力が入り、上下に揺らされた。彼のつけている手袋越しに伝わる温度は思っていたよりも生ぬるかった。耳の奥で木霊している「一期一会」を反芻しながら、
私はその手を──握り返した。
▽
「明智くん、彼女いないの?」
「は?」
「や、ほら、カッコいいし、いてもおかしくないなーって」
「…いませんよ」
今日も今日とて元気に閑古鳥が鳴いてしまっている店内には、スーパーでよく聞くタイプの眠くなるBGMがかかっている。レトロをモチーフにしたような造りだから合ってはいるのだろうけど、それと眠気を誘うのはまた別の問題。落ち着く、という意味ではあながち間違ってはいないのかもしれない。
そんな平和そのものを具現化したような店内にいつものように押しかけてきた明智くんがいて、何となく思いついた質問を投げかけたのだけど、なぜかあまり面白くなさそうに足を組みかえていた。
「なんで?店にくるお客さんの中に噂してる高校生も来るよ。モテモテじゃん」
「何回かテレビに出させてもらっただけですよ」
「その数回で瞬く間に人気を獲得した明智吾郎くん、彼女は作らないのでしょーか」
「そういうなまえさんはどうなんです?」
横目でちら、と視線を寄越してきた明智くんに、胸のうちで静かに渦巻きだした憂鬱を隠すように笑顔を作る。
「あー、まぁ、大人は色々あんのよ」
「色々……というと」
「いーのいーの。私のことは」
「…………好きでもないけど嫌いでもない人に、アプローチを受けていて困っている」
「なんでわかったの!?………あっ」
「はは、たまたまですよ」
反射的に出てきた言葉は、明智くんの当てずっぽうが事実であると認めているだけのものでしかなくて、自分の素直さをいっそ褒めてやりたくなる。
だってそう、事実なのだ。同じ職場の同僚から突然始まったアプローチ「連絡先教えて」からの「彼氏いないの?」とどめの「ふたりでご飯行こうよ」である。これだけ聞けば友人間でも起こりうる出来事で片付くのだけど、ちゃっかり外堀から埋めてくれちゃったらしく、周りから伝言ゲームを受けたのであら大変。「あの人、みょうじさんに気があるらしいよ」といらぬ報告をしてくれたから、気まずいなんてものじゃない。ズバッと断ればそれで済む話だということは充分理解している。初手でミスった私が悪いのだ。はっきりと、異性として見てないです、と言えなかった私が。
無意識についてしまったため息に、くすくすと笑う声が重なる。
「思った以上に悩んでるみたいですね。相談乗りましょうか?」
「……高校生名探偵くんは、こういうだらしない大人に構ってないで勉学に励むべきだと思うよ」
「全国模試、一位でした」
「ワァ」
顔面、スタイル、学業、全部満点なんて末恐ろしい。おまけに趣味で始めた探偵業で人助けをし、自分の生活費まで工面しているときた。社会人の私より遥かに立派な人間として自立していて愕然とする。この少年がいずれ成長していったとき、どんな大人になるか想像もつかなくて苦笑いをした。
「明智くんはすごいなぁ」
「少しは見直しました?」
「見直すなんてもんじゃないよ。私より年下の子供だなんて信じられないよ。大人より大人だよ」
「じゃあ、僕のことも男として見れるってことですか?」
「ハッハッハ、そんなまさか。ワタシ、二十歳すぎたオトナ。キミ、未成年。アンダースターン?犯罪よ?」
「男性は18歳であれば結婚可能なので、真剣交際なら問題ないんですよ」
「いやいやいやナイナイナイあっはっはっはっ」
さて、仕事仕事。どっこいしょのかけ声で動揺を誤魔化し時計を見やる。ぼちぼち他のお客さんが来てもおかしくない時間帯に差しかかりそうだった。ちょうどよく転がりこんできた気を反らせる話題に、へらへらとした態度をとってみせる。
「んじゃ、またあとで」
「………なまえさん」
ひらひらと手を振りながら踵を返そうとして名前を呼ばれる。いつもより低めの声が何となく、無視できない、と思った。
「なに?」
「僕は、本気ですよ」
「………相談乗ってくれるってやつ?ありがたや~。そこまで言ってくれるならお言葉に甘えようかしら」
がっちりと合った目は冗談で言っているとは思えないほど熱が宿っていて、その奥にある“何か”に気づかない振りをして茶化した。明智くんはそれ以上何かを言うこともなくコーヒーに口をつけていた。
その様子を見届けて、今度こそ踵を返そうとしたその一瞬、明智くんが表情を曇らせ何事か呟いていたことも、気づかない振りをした。
してしまった。
▼
後悔先に立たずとはまさにこのこと。あのときああしていればよかった。こんなこと言わなければよかった。なんていくら思ったところで時間は巻き戻ってくれやしない。子供じゃないんだからそんなこと身にしみてよくわかっている。わかってはいるのだ。頭で理解していても行動できなければ何も意味をなさないのだけど。
さらりとこともなげに「飲みいこ」と短く誘われ、何か爽やかだし大丈夫じゃね?と軽く承諾してしまったことで始まる判断ミスの連鎖。初めはよかったのだ。ただ一緒にご飯を食べにきただけです、というくらい中身のない話しかしていなかったはず。問題は店を出てから、だ。
何でもなさそうに手をとられたとき、は?キモいが?とでも言っておけばよかったのに、目を点にして数秒間しばたたかせているうちにタイミングが去っていった。こんなの拒否していないのと同じだ。なにか、なにか言い返そう。そう思い続けている間も歩みは止まらなくて。
気がつけば知らんうちにそういう雰囲気を作られてしまっていて、ぞわぞわと鳥肌が立つのを感じた。ちょっと照れくさそうに鼻の頭をかいている同僚に、苛立つ権利なんておそらくない。ないけどムカついた。
「あの、さ、俺、実はさ」
やめて。その先を言わないで。いっそ自意識過剰お姉さんアイタタならどんなにいいんだろう。茹でダコのように真っ赤な横顔は、そんな淡い期待をかき消していった。断りの言葉も何も思いつかないまま、とりあえず待ったをかけようと繋がれた腕を振りほどこうとして、
「……なまえさん?」
後ろから聞こえてきた声に、弾かれるように顔を向けた。
「明智く」
「帰りが遅いから心配してたんですよ。まさか、ちょっかいをかけられていたなんて」
見慣れた制服ではなく私服に身を包んだ彼は、隣にいる同僚よりも大人っぽくて、どこかあか抜けきっていないあどけなさの残る顔に安堵してしまった。庇うようにこちらへ歩み寄ってきた明智くんの意図を汲み取り、急いで同僚の手を振りほどいて背に隠れた。
「今流行りの年下彼氏!私すごくね、あの有名人捕まえるとか?モテ期到来?」
「……馬鹿なこといってないで帰りますよ」
同僚の顔色はみるみるうちに悪くなっていって、すっかり言葉を失っていた。それを見てちくりと胸が痛んだのはただの同情だ。こんなものを持ったって傷つけるだけだろうに。彼はとてもいい人だ。いい人と好きになれるかどうかは、似て非なる。
同情心からひとことでも何か伝えようとして、指の間に違和感が滑り込んできてやめる。私服でも手袋をつけているらしい彼の手は、相変わらず生ぬるかった。
▼
「いやぁ、明智くんがいてくれて助かったよ」
「まったく。危機感をどこに置いてきたんですか」
「実家?」
「なまえさんのいう大人は常備するものですよ」
「ぐうの音も出ません」
明智くんに手を引かれる後をついていき、近場の公園に入り込んだ。深夜とまではいかないけどそれなりに夜も深まった時間帯。閑散としている公園は、さすがの私もひとりで入ろうとは思わないほど暗闇に包まれていた。申し訳程度に置かれた街灯が、漆黒を薄く照らしている。
大人が使うには窮屈であろうブランコに並んで腰かけた。明智くんの長めの足は、近すぎる地面に合わせて折り畳まれていて居心地悪そうに見える。それが少しだけおかしくて思わず微笑がこぼれた。
「何ですか」
「んーん、何でもない」
軽く足を蹴ると、ブランコがぎぃぎぃとか細い音を立てた。
「散々言いましたよね。興味のない異性についていくなって」
「あ、ハイ、お小言タイム。すみません」
「何かあってからじゃ遅いんですよ。もちろん立派な大人ならそれくらい、わかってるんですよね?」
「ハイ……」
「僕が相談乗った意味なくなるので、これからは気をつけてください」
「でも結果的には明智くんが何とかしてくれたわけだし終わり良ければ全て良しじゃない?」
「……あぁ、頭のネジが行方不明になったまま捜索願いも出していないんでしたね。すみません」
「言い過ぎでは」
本当に相談に乗ってくれた明智くんはたくさんアドバイスをしてくれた。他の異性を匂わすとか、はっきり断るとか、色々。試したものの大半は効果がなくて、鈍感力って生きていく上で大事なんだろうな、というくらいの収穫しかなかったけど。
しかし、さっきも言った通りこの件は解決したのだ。同僚の絶望に染まった顔は、明智くんを彼氏だと受け取った表情にしか見えなかった。彼氏がいるとなればちょっかいをかけるのもやめてくれるだろう。申し訳ないけれども彼にはもっとふさわしい相手がいるはずだ。
それもこれも、あのときタイミングを見計らったかのように登場してくれた明智くんのおかげで、
───あのとき、明智くんは何て言ってたっけ?
「なまえさん」
隣からぎぃ、と音を立てたブランコは、かかっていた重力が離れたことで小刻みに揺れていた。
街灯を背に目の前に立ち竦んだ明智くんの表情は、逆光でぼやけてしまっている。彼を纏っている雰囲気は私の知っている穏やかなものじゃなくて、全身を突き刺すように寒気がした。目の前にいる彼が明智くんなのか、疑いたくなるほど不気味な笑みを浮かべていた。
「本当に、呆れるほど馬鹿ですね」
こつこつ、とした足音に、頭の中で警鐘が響く。
そのとき、パズルのピースが当てはまったように全てに合点がいった。
「“帰りが遅いから”って、どうして、わかったの?」
震える声を絞り出してそう言うと、眼前まで迫っていた明智くんは奇妙な笑い声とともに肩を揺らした。
「だから言ったじゃないですか。危機感はちゃんと持ったほうがいいって。欲しいものは確実に手に入れる主義なんですよ、なまえさん。今さら気づいたって後の祭りだ」
押しつけられたエゴをはねのけられなかったのは、同情でないことに気づいてしまった。
2020.6.13
最初の出会いも計算済みだね。怖いね
2023.10.25
加筆修正
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