ジオラマセカイ
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「シドウ…セイギ…?」
壁一面に並ぶ選挙ポスターをなぞりながら、見慣れない名前を読み上げてみる。何度読んでみても耳馴染みのない名前だ。取り付けられた巨大な拡声器からは、獅童と思しき人物の演説がけたたましく響いている。
この獅童がパレスの主なんだろうか。だとしたら、どんな歪んだ欲望を抱えていて、どんな手段で他者の欲望を奪ってるんだろう。少なくともマガツカミには公式ファントム認定されてなかったはず。頭を捻ってみたところで、日本が沈むほど認知の歪んだ人間の考えなんてわかるわけもなく、鼻につく笑顔の獅童を見つめた。
ちょっとくらい悪さしてもバレないでしょ。パレスだし悪人だし、たぶん。そんな悪戯心を覗かせたのが運命の分かれ道だったのかもしれない。
「くらえッ!」
新調したばかりのステッキを引き抜き、思いきり振り上げる。音もなく裂けたポスターは真っ二つになり、獅童の顔も半分に裂けた。ザマーミロ!と思ったのも束の間、背後から飛んできた殺気に息を飲んだ。
「侵入者め!よくも獅童様のポスターを!」
振り向けば、剥がれた仮面からどろりと這い出るシャドウがいた。…違う、殺気はコイツからじゃない。どろどろがひとつに集まり、シャドウが正体を顕そうとした瞬間──耳をつんざく爆発とともに狂気を孕む声がした。閃光に眩むまいと目を凝らすと、地面を撫でつける飛沫が見えた。
シャドウだ、シャドウが粉々になったんだ、さっきの爆発で、たった一撃で。理解が追いついたときには、殺気を放った人物が私の目の前に立っていた。
「……貴様、なぜこの場所に」
黒い仮面に黒いストライプ、あちこちにベルトを巻き付けたおかしな格好のそいつは、開口一番そんなことを言った。
「いや貴様て……時代劇でしか聞かないよ、それ」
だから私の返しもこんなだった。もっとツッコミどころはあったはずなのに、それしか言えなかった。
「フン、随分余裕だな。素直になるまで可愛がってやってもいいんだぜ?無様に死んだコイツみたいにな…」
黒い仮面の男はシャドウの残骸を蹴り上げ、踏み潰し、狂気じみた笑い声を上げていた。ひと目見ただけでわかる、この男はただのヤバいやつだ。ヤバい場所に迷い込み、最初に出会ったのがヤバいやつとかなんて運がないんだろう。いったい私が何したっていうんだ。みんなの欲望を取り戻すためにワンダーたちと怪盗やってただけなのに。メメントス探索で疲れてちょっと寝ちゃっただけの善良な市民なのに。…あ、獅童様のポスター引き裂いたのはノーカンで。
「怯えて声も出せないか?…ハッ!所詮はジョーカーの足元にも及ばないカス共が。虫ケラが何匹集まってもザコはザコなんだよォ!」
来い、ロキ!
男の金切り声に応えるように禍々しい白黒の怪物が顕現した。全身が震えるほど殺気を放つ男に寄り添う怪物──ロキ。間違いない、シャドウを一撃で粉砕したのはコイツのペルソナだ。その事実と重苦しい空気が一気に押し寄せてきて、息をするのが精一杯だった。
「ククッ……アッハハハ!さっさとペルソナを出せ!反逆の意志とやらはどうした!その仮面は飾りかァ?」
仮面、その言葉にハッとして目元に手を添える。ある、仮面が。すべてが沈没したパレスに迷い込んで、実力差が歴然の相手に因縁をつけられて、出口もわからない、逃げ場もない、最悪な状況になってもなお、私の『生きて帰る』という欲望は消えないらしい。我ながら恐れ入る強情さだ。
「…何ひとりではしゃいでんの。そんなに見たいなら見せたげるよ」
やってやる。そう覚悟を決めた途端、内側から力が溢れて指先の震えが止まった。仮面が青白い光を放つと、男は満足そうに喉を鳴らした。
「その鼻っ柱、へし折ってあげる」
「格の違いを思い知らせてやる…!」
互いのペルソナを背に、息を飲む。指先一本でも動かせば開戦の合図だ。力量差を埋める方法に『速さ』がある、つまり、先手を取るか後手に回るかに私の命運がかかっている。
深く息を吸って止める。勝負は一度きり。チャンスを逃せばさっきのシャドウのようにズタズタのけちょんけちょんにされるだろう。次に瞬きをしたとき、一気に畳みかけるしかない。
そう決意して伏せていた瞼を、
──上げた。
「塗りつぶせ!ペルソナ!」
ありったけの力を込めて、もうひとりの私の名を叫ぶ。ほとんど同時に駆け出した黒い仮面は、あと数秒もしないうちにここまで来て、持っているブレードで私を切り刻むだろう。やっぱり、スピードでも敵わない。
けど、純粋な速さだけが勝敗を決めるわけじゃない。
「──ッ!?」
ペルソナが大きく腕を払うと、黒い仮面に向かって赤の絵の具が飛散した。反撃の隙を与えたらもうチャンスはやってこない、今決めるしかない。私の思いに応えるように、ペルソナが青、緑、と次々に色を重ねていく。辺り一面が花畑のように染まるころには、黒い仮面は見る影もないくらいカラフルで鮮やかな色合いになっていた。
「…何かと思えば目眩しか。それで時間稼ぎのつもりかい?」
「ふふん、聞いて驚け!私のペルソナは前衛向きじゃないから足止めすることしかできないんだよ!騙されたなゲーミングマスク!」
色とりどりの仮面に向かってステッキを突きつける。くだらない、と一蹴したゲーミングマスクは、自身に張りつく絵の具の感触を確かめていた。げ、っと思ったのとほぼ同時に「これも時間稼ぎか」図星をつかれた。
「絵の具は乾くと固まる、相手の動きを鈍くして逃げ出す寸法か。悪くないね」
さっきとは打って変わって冷静に分析する仮面野郎は「見事なハッタリだ」「知恵はあるようだね」「この絶望的な配色センス、痺れるね」と続けざまに私を貶していた。怖すぎる。情緒どうなってんのこの人。
「てか絶望的な配色センスじゃないし!色彩検定持ってるし!」
「資格とセンスは無関係だろ。資格があったってセンスがなきゃどうにもならない」
「……あんた絶対友達いないでしょ。ロジハラ?って言うんだよそれ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
すっかり落ち着きを取り戻したのか、はたまた頭がおかしいのかは知らないけど、ゲーミングマスクはところでさ、と流れをぶった切り、背後のペルソナを消した。
「ペルソナから察するに、君、絵を描くんだよね?」
「だったら何?」
話を逸らすな。とりあえず私に謝れ。そう言ってやりたかったのは山々だけど、続けられた言葉に絶句するしかなかった。
「僕と手を組まないか?このパレスを脱出できるかもしれない」