Persona
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今まで書いた中で一番胸くそ悪い
メンタル弱ってるときに見ないでください
「初めまして探偵王子さん!依頼、いいですか?」
都内のカフェで一息ついていた明智に声をかけてきたのは、ひとりの少女だった。
テーブルに散らばる紙から視線を上げると、活発で明るそうな、年齢よりもやや幼い印象を受ける少女が目に入る。おそらく明智と同年代の少女は、見覚えのない制服を身につけていた。いくら都内に住んでいるとはいえ、さすがに周辺の学生服まで把握しているわけじゃない。加えて知り合いでもない少女に心当たりはなく、ただ自分に依頼しに来ただけなのだろうという結論にいきつく。そこまではいい、わからなくもない。自作自演の探偵業を初めてから今までそれなりに依頼を請け負ってきた。獅童に指示されたものはもちろん、それ以外のことだってある。明智にとって珍しくない光景だけれど、年端もいかない少女から、しかも直接の依頼は初めてのことだった。
「浮気調査してくださいっ」
元気よく告げられた依頼内容に、明智は片眉をつり上げた。
「……ボランティアじゃないから金銭が発生するんだけど、持ちあわせは?」
依頼内容がおかしいやら場所を移してから話せやらと、色々指摘してやりたかったがまずはここだ。周囲に保護者らしき人物は見当たらず、かといって学生の手が届く金額とも思えない。アルバイトをしていたって稼げる額はたかが知れているし、何より内容が内容だ。イタズラの可能性だって捨てきれない。怪訝な目を向ける明智に突っかかるでもなく、ぱちぱちと瞬きをした少女はポケットから財布を取り出していた。
「はい!どうぞ!」
テーブルへ紙幣を叩きつけた少女は「今はこれで全部です」「足りない分はこれからバイトして返します」といって笑顔を見せた。まばらに広げた資料に混ざるそれはどう見たって厚みを感じない。一応手にとってはみたけれど、改めるまでもなく子供の小遣い程度の金額だった。
「本気でそれが通ると思ってるの?君が生きてきた世界は平和そうだね」
「はい!平和そのものですね」
嫌味のつもりで投げてやったものは大きく頷く少女によって流されてしまった。純真無垢。その言葉がぴたりと当てはまりそうなほど瞳を輝かせ、何が楽しいのか始終にこにこと笑っている。バカは嫌味も通じない、よほど生きていて楽しいんだろうな。微塵も羨ましくないけど。財布をしまいこむ少女を見ながら、明智は頭の中だけで嫌味を並べていく。どうせ何を言ったところで通用しないのだろうけど、頭が勝手に働くんだからしょうがない。会話もまともに成立しなさそうだし、バカの相手をするだけ時間の無駄。そう判断し、渡された紙幣を突き返そうとした明智は「それでターゲットのことなんですけど」と再び口を開いた少女に手を止める。
「ちょっと、誰も受けるなんて言ってないんだけど」
「わたしのお父さん、絶対浮気してると思うんですよ。証拠がないと憶測に過ぎないじゃないですか。だから調査してください」
怯むことなく続きを語る少女に、明智は若干の苛立ちを覚える。何を言い出すかと思えば、実の父親の浮気調査ときた。おまけに娘直々の。大方母親に頼まれでもしたのだろうとアタリをつけ、明智はもう一つの疑問を口にした。
「証拠集めてどうするつもり?君の母親は慰謝料と養育費でも集りたいのかい?」
「いいえ。自分の罪を認めて反省すれば、心を入れ替えてくれると思うんです!」
耳を、疑った。
「それ、君の願望だろ?必ずしも改心するとは限らないし、離婚に踏み切る可能性だってある。それに君たちを蔑ろにして女性に現をぬかすような男だよ。法に従って断罪されるべきだろ」
「どうして?誰だって一度くらい過ちを犯しますよ。許すことも、贖罪に繋がると思います」
その真っ直ぐな瞳が、言葉が、想いが、酷く耳障りで仕方なかった。世の中に溢れるありとあらゆる理不尽や、抗いようのない残酷な現実。人の闇。全てを弾き飛ばすほどの光に吐き気がした。
何が許すことも贖罪に繋がる、だ。何も知らないくせに綺麗事ばかり並べて反吐が出る。一度くらい過ちを犯す?たった一度の過ちで全てを失うことだってある。罪の意識がなければ再犯だってするだろう。それどころか躊躇なく家族を捨て、新たな居場所で幸福を掴んでいるかもしれない。そんな奴らを許してしまったら、明智の道を否定されたも同然だった。法が役に立たないのなら、この手で地獄に突き落としてやる。
あの日決めた道を引き返すことも、少女の言葉を受け入れることも、今の明智にはできなかった。
「…いいよ、受けてあげる。本当に許すことが贖罪に繋がるのか、僕も興味があるからね」
だからこそ気になった。希望を砕かれ闇と対峙した彼女が何を思うのか。それでもまだ許すだなんて甘いことをぬかせるのか。
自分が選べなかった道を選べるのか。
「やった~!ありがとうございます!あ、私みょうじなまえです。よろしくお願いします!えっと、…………王子さん」
「ハハ、探偵王子が名前だと思ってたの?明智だよ。よろしくね。バ………、なまえさん」
「今バカって言いかけなかった?」
なまえの絶望に染まる顔が、見たくなった。
▼
本気で恋をした。あの衝撃は妻に出会った時以来だった。だから、本気で愛してしまった。もっと早く出会えていたら、今からでも…なんて夢見てしまった。許されないことをしてしまった。妻と子供に顔向けできない。どちらも自分にとって大切で、今でも両方を愛している。できればどちらも手離したくない。それでももし許されるなら、家族とやり直したい。蔑ろにしてしまった時間を取り戻したい。全てがなかったことにはならないし、別れを告げる彼女の時間も巻き戻らない。全てを承知の上で、これからの生涯をかけて家族を幸せにしてやりたい。
事前になまえから聞いていた父親の名前を入力し、異世界に潜りこめばそれはあっさりと姿を現した。きっちりとしたスーツは定期的にクリーニングに出している証だろう。丁寧にアイロンのかけられたシャツだってそうだ。誰がそれをやってくれたことなのか、この男は少しでも考えたことがあるのだろうか。銃口を向けた先で、おそらく後者であろう男のシャドウはそう答えた。
想定どおりただのクズだった。虫酸が走るほどの、クズ。これを聞いたらなまえはどんな顔をするのだろう。笑って許してやることができるのだろうか。二度と浮気しないと断言できるだけの根拠はどこにある?何度裏切られても信じるのか?不幸になって死んだ自分の母親のように、用済みになれば捨てられるだけじゃないのか。残された子供の気持ちを考えたことが、一度だってあるのか。無意識に力が入るたびに、握ったピストルが軋む音がした。
『人間は、罪を犯す生き物だから』
明智の頭の中に浮かぶなまえは答える。
『それでも私のお父さんだから』
なまえの外見と声をしているそれは、明智が考えていることだとわかっていても腹立たしかった。全部が馬鹿馬鹿しくて、今すぐにでも消し去ってやりたかった。自分の父親だからこそ許せない。同じ血が通っていることも、自分を見ようともしないところも、全部全部憎くて仕方なかった。苦労も闇も知らない分際で知ったような口をきくな。何もかも失ってしまえばいい。自分と同じ状況で、境遇で、それでもまだ同じことが言えるのか。この目で確認してやりたかった。
どことも形容しがたい空間の中で、膝から崩れ落ちた男のシャドウを睨みつける。
一時の感情だけで突っ走り、道を踏み外した男。罪悪感に苛まれながら、平然とやり直したいなどと言えるクズ。そしてそんなクズを許し、やり直すチャンスを与えてやりたいと包容する母と娘。本当に、親子そろってめでたいヤツらだ。所詮世の中は金と権力。名声を得られなければ誰にも認められない。同情は何も解決してくれない。いつだって信じられるのは己のみだ。その優しさとやらで何が救えるのか証明してみろよ。
歪な笑みを浮かべた明智は、ゆっくりと引き金に指を伸ばした。
▼
「相手女性とのやり取りをスクリーンショットしたもの、それからボイスレコーダー。僕が接触して得られたのはこの二つだけど、証拠としては充分だろう。これをどう使うかは君たち次第だ」
手渡された二つの証拠品をすぐさまバッグへしまう。ありがとう、報酬は出世払いで。期待しないで待ってるよ。呆れたように笑う明智くんに、バッグの口を閉じる私も笑い返した。
依頼とは無関係なことで接触する機会も増えて、明智くんの人となりに触れて、優しくていい人だなぁなんて頭の悪いことを思う。多忙な時間の合間を見つけては捜査を進めてくれたらしい。あっという間に私が求めていたものを手に入ることができた。あとはこれをお父さんに見せて、罪を認めさせて、また一からやり直していくだけ。ようやく掴んだチャンスに、少しだけ肩の力が抜けた。
お父さんの様子がおかしいと思ったのはずいぶん前のことだった。たしかに仕事が忙しくて家にいる時間だって少ないし、年々会話をする機会だって減っている。それでもたまの休みを見つけては旅行に出かけたり、私の大好きなケーキを買ってきてくれたり、母の日にはお父さんと二人でプレゼントを選んだりもした。いつも優しいお父さんが大好きだった。でも、突然お父さんは家に帰ってこなくなって、何かにつけて仕事が忙しい、疲れてると口にするようになった。何かがおかしいとひっそり後をつけると、女性と腕を組んで歩くお父さんがいた。バカな私にだってわかる。お父さんは浮気している。何も知らないお母さんは、仕事で忙しいお父さんのためにとせっせと料理を作っていた。家に帰ってこない日も、急に帰れなくなったと連絡がきた日も、ずっと。
お母さんに真実を告げるのは怖かったから、私がお父さんと話し合って何とかする。
「お父さんこれ、見てよ」
きっとお父さんならわかってくれる。だって私たちは家族だから。
「私ね、本当はずっと気づいてたんだ。でも何も言わなかった。いつかわかってくれるって思ってたから。どんなになっても私は嫌いにならないから。だからもう、やめてよ」
そう思っていた。
「なまえ……。ごめん、なまえ………お父さん、お父さんな、お、俺、本当に…………俺、俺、は、い、あ、あああっ、アアアアアア、あああぁあああぁッッ!!!」
「え……?」
頭を抱えて苦しそうに呻くお父さんに近寄ると、振り上げられた腕に思いきり突き飛ばされた。腹部に鈍い痛みが走り、生理的な吐き気がこみ上げて踞る。床に転がった私に構うことなく大声を上げ、机に並べた証拠品をぐちゃぐちゃと踏みつけていた。激しい騒音を聞きつけ部屋に入ってきたお母さんは、みるみる顔を青くして口元を手で覆っていた。それを見た私も、きっと酷い顔だったに違いない。急いで私を抱え起こしてくれたお母さんの瞳は、絶望と怒りで塗りつぶされていた。お父さんに向けるものとは思えないほどの、強い敵意と軽蔑の眼差し。もう取り返しがつかないのだと、その目を見たときに痛感してしまった。
お父さんは、壊れてしまったのだと。
それきりお父さんとコミュニケーションを取ることもままならなくなり、奇声を上げたり焦点の定まらない虚ろな瞳をしていたりと、異常行動が目立つようになった。無理やり連れていった病院で、医者から告げられた病名はこうだった。
「色々考えられますけど、一番強く出ている症状はうつ病ですね」
淡々とした機械のような声音。あぁそうですかと答えたお母さんは、落胆でも絶望でもなくただ現実を受け入れたように頷いている。
何の感情も読み取れない横顔に、私の中で何かが崩れる音がした。
▼
壁にもたれかかっていた明智は、スマホ画面に映し出された時間に目を向ける。そろそろ頃合いだろうとポケットに突っこみ、シャツの襟元を整えた。顔を上げて視線を動かすと、正面玄関口から出てきたひとつの影。俯きぎみに歩く少女を見るなり、明智はいつものように笑顔を貼りつける。
ジャストタイミングだ。自分自身に賛辞を送りながら、足取りの重い少女へと駆け寄った。
「やぁ、なまえさん。お父さんのこと、残念だったね」
無視されたがこれも想定どおり。足を止めたなまえに近寄って、沈みきった肩をぽんと叩いた。
「お父さんは、全部知られて自暴自棄になっちゃったのかもしれないね。過度なストレスに耐えられずに心が壊れた、つまり彼には責任能力がない。罪も免除されるだろう。自業自得のくせに、まったく酷い話だよ。仕方のないことだけどね」
「………………、う」
「どうしたの?」
ぽつりと何事か呟いたなまえに、促すように問いかけてやる。「ちがう」今度ははっきりと聞き取れたそれに、明智は一応困惑した表情を作っておいた。何が?もう一度尋ねると、なまえが息を吸う気配がした。
「ち、がう、ちがう、ち……がう…ちがうちがう違う違う!!!あんなのお父さんじゃない!!!お父さんはあんなこと言わない!!!」
「何言ってるの?正真正銘、君の父親だよ」
「お父さんはあんな人じゃなかった!」
「君が見てきた父親の仮面がそうだっただけの話だろ。家族にすら見せていなかった本性があれだ」
「ちがう、ちがうの、違うっていってるでしょ。ど、して……どうしてあんな、お父さん……私、は、違うんだって」
うわ言のように違うと繰り返すなまえは、俯かせていた顔を勢いよく上げた。
「……………あ、わかった。そうだ、あの女のせいだ。あの女がお父さんを壊したんだ。あいつがお父さんと出会わなかったらこんなことにはならなかった。お母さんにあんな顔をさせることも、私がこんな気持ちになることもなかった!私たちはずっと家族でいられたのに、あいつの、あいつのせいでッ!許さない………絶対に許さない!!私が、この手で………」
ぶつぶつと恨み言をこぼすなまえを一瞥し、明智はゆるりと口角を上げた。いい顔になったな、と胸の内が悦びで満たされていくのを感じる。
所詮世の中は金と権力。……そして人間は不幸に陥ったとき、責任転嫁をせずにはいられない生き物なんだ。やっぱり僕は何も間違ってない。なまえだって間違ってない。怒りの先に刃を突き立てて何が悪い。武器を手にしなければ、弱者は食いつくされていくだけなのだから。
明智はぎり、と奥歯を噛みしめたなまえの手を取り、自身の口元へ寄せた。
「……復讐の依頼ならいつでも請け負うよ。この僕が協力するんだから、万一にも失敗はあり得ない。必ず仕留めると約束しよう」
今日から僕らは仲間だ。そういって甲へ口づけをした。
2021.2.8
正月だしなんかすっか/不穏なカンジ
2023.11.6
加筆修正/夢小説とは…
メンタル弱ってるときに見ないでください
「初めまして探偵王子さん!依頼、いいですか?」
都内のカフェで一息ついていた明智に声をかけてきたのは、ひとりの少女だった。
テーブルに散らばる紙から視線を上げると、活発で明るそうな、年齢よりもやや幼い印象を受ける少女が目に入る。おそらく明智と同年代の少女は、見覚えのない制服を身につけていた。いくら都内に住んでいるとはいえ、さすがに周辺の学生服まで把握しているわけじゃない。加えて知り合いでもない少女に心当たりはなく、ただ自分に依頼しに来ただけなのだろうという結論にいきつく。そこまではいい、わからなくもない。自作自演の探偵業を初めてから今までそれなりに依頼を請け負ってきた。獅童に指示されたものはもちろん、それ以外のことだってある。明智にとって珍しくない光景だけれど、年端もいかない少女から、しかも直接の依頼は初めてのことだった。
「浮気調査してくださいっ」
元気よく告げられた依頼内容に、明智は片眉をつり上げた。
「……ボランティアじゃないから金銭が発生するんだけど、持ちあわせは?」
依頼内容がおかしいやら場所を移してから話せやらと、色々指摘してやりたかったがまずはここだ。周囲に保護者らしき人物は見当たらず、かといって学生の手が届く金額とも思えない。アルバイトをしていたって稼げる額はたかが知れているし、何より内容が内容だ。イタズラの可能性だって捨てきれない。怪訝な目を向ける明智に突っかかるでもなく、ぱちぱちと瞬きをした少女はポケットから財布を取り出していた。
「はい!どうぞ!」
テーブルへ紙幣を叩きつけた少女は「今はこれで全部です」「足りない分はこれからバイトして返します」といって笑顔を見せた。まばらに広げた資料に混ざるそれはどう見たって厚みを感じない。一応手にとってはみたけれど、改めるまでもなく子供の小遣い程度の金額だった。
「本気でそれが通ると思ってるの?君が生きてきた世界は平和そうだね」
「はい!平和そのものですね」
嫌味のつもりで投げてやったものは大きく頷く少女によって流されてしまった。純真無垢。その言葉がぴたりと当てはまりそうなほど瞳を輝かせ、何が楽しいのか始終にこにこと笑っている。バカは嫌味も通じない、よほど生きていて楽しいんだろうな。微塵も羨ましくないけど。財布をしまいこむ少女を見ながら、明智は頭の中だけで嫌味を並べていく。どうせ何を言ったところで通用しないのだろうけど、頭が勝手に働くんだからしょうがない。会話もまともに成立しなさそうだし、バカの相手をするだけ時間の無駄。そう判断し、渡された紙幣を突き返そうとした明智は「それでターゲットのことなんですけど」と再び口を開いた少女に手を止める。
「ちょっと、誰も受けるなんて言ってないんだけど」
「わたしのお父さん、絶対浮気してると思うんですよ。証拠がないと憶測に過ぎないじゃないですか。だから調査してください」
怯むことなく続きを語る少女に、明智は若干の苛立ちを覚える。何を言い出すかと思えば、実の父親の浮気調査ときた。おまけに娘直々の。大方母親に頼まれでもしたのだろうとアタリをつけ、明智はもう一つの疑問を口にした。
「証拠集めてどうするつもり?君の母親は慰謝料と養育費でも集りたいのかい?」
「いいえ。自分の罪を認めて反省すれば、心を入れ替えてくれると思うんです!」
耳を、疑った。
「それ、君の願望だろ?必ずしも改心するとは限らないし、離婚に踏み切る可能性だってある。それに君たちを蔑ろにして女性に現をぬかすような男だよ。法に従って断罪されるべきだろ」
「どうして?誰だって一度くらい過ちを犯しますよ。許すことも、贖罪に繋がると思います」
その真っ直ぐな瞳が、言葉が、想いが、酷く耳障りで仕方なかった。世の中に溢れるありとあらゆる理不尽や、抗いようのない残酷な現実。人の闇。全てを弾き飛ばすほどの光に吐き気がした。
何が許すことも贖罪に繋がる、だ。何も知らないくせに綺麗事ばかり並べて反吐が出る。一度くらい過ちを犯す?たった一度の過ちで全てを失うことだってある。罪の意識がなければ再犯だってするだろう。それどころか躊躇なく家族を捨て、新たな居場所で幸福を掴んでいるかもしれない。そんな奴らを許してしまったら、明智の道を否定されたも同然だった。法が役に立たないのなら、この手で地獄に突き落としてやる。
あの日決めた道を引き返すことも、少女の言葉を受け入れることも、今の明智にはできなかった。
「…いいよ、受けてあげる。本当に許すことが贖罪に繋がるのか、僕も興味があるからね」
だからこそ気になった。希望を砕かれ闇と対峙した彼女が何を思うのか。それでもまだ許すだなんて甘いことをぬかせるのか。
自分が選べなかった道を選べるのか。
「やった~!ありがとうございます!あ、私みょうじなまえです。よろしくお願いします!えっと、…………王子さん」
「ハハ、探偵王子が名前だと思ってたの?明智だよ。よろしくね。バ………、なまえさん」
「今バカって言いかけなかった?」
なまえの絶望に染まる顔が、見たくなった。
▼
本気で恋をした。あの衝撃は妻に出会った時以来だった。だから、本気で愛してしまった。もっと早く出会えていたら、今からでも…なんて夢見てしまった。許されないことをしてしまった。妻と子供に顔向けできない。どちらも自分にとって大切で、今でも両方を愛している。できればどちらも手離したくない。それでももし許されるなら、家族とやり直したい。蔑ろにしてしまった時間を取り戻したい。全てがなかったことにはならないし、別れを告げる彼女の時間も巻き戻らない。全てを承知の上で、これからの生涯をかけて家族を幸せにしてやりたい。
事前になまえから聞いていた父親の名前を入力し、異世界に潜りこめばそれはあっさりと姿を現した。きっちりとしたスーツは定期的にクリーニングに出している証だろう。丁寧にアイロンのかけられたシャツだってそうだ。誰がそれをやってくれたことなのか、この男は少しでも考えたことがあるのだろうか。銃口を向けた先で、おそらく後者であろう男のシャドウはそう答えた。
想定どおりただのクズだった。虫酸が走るほどの、クズ。これを聞いたらなまえはどんな顔をするのだろう。笑って許してやることができるのだろうか。二度と浮気しないと断言できるだけの根拠はどこにある?何度裏切られても信じるのか?不幸になって死んだ自分の母親のように、用済みになれば捨てられるだけじゃないのか。残された子供の気持ちを考えたことが、一度だってあるのか。無意識に力が入るたびに、握ったピストルが軋む音がした。
『人間は、罪を犯す生き物だから』
明智の頭の中に浮かぶなまえは答える。
『それでも私のお父さんだから』
なまえの外見と声をしているそれは、明智が考えていることだとわかっていても腹立たしかった。全部が馬鹿馬鹿しくて、今すぐにでも消し去ってやりたかった。自分の父親だからこそ許せない。同じ血が通っていることも、自分を見ようともしないところも、全部全部憎くて仕方なかった。苦労も闇も知らない分際で知ったような口をきくな。何もかも失ってしまえばいい。自分と同じ状況で、境遇で、それでもまだ同じことが言えるのか。この目で確認してやりたかった。
どことも形容しがたい空間の中で、膝から崩れ落ちた男のシャドウを睨みつける。
一時の感情だけで突っ走り、道を踏み外した男。罪悪感に苛まれながら、平然とやり直したいなどと言えるクズ。そしてそんなクズを許し、やり直すチャンスを与えてやりたいと包容する母と娘。本当に、親子そろってめでたいヤツらだ。所詮世の中は金と権力。名声を得られなければ誰にも認められない。同情は何も解決してくれない。いつだって信じられるのは己のみだ。その優しさとやらで何が救えるのか証明してみろよ。
歪な笑みを浮かべた明智は、ゆっくりと引き金に指を伸ばした。
▼
「相手女性とのやり取りをスクリーンショットしたもの、それからボイスレコーダー。僕が接触して得られたのはこの二つだけど、証拠としては充分だろう。これをどう使うかは君たち次第だ」
手渡された二つの証拠品をすぐさまバッグへしまう。ありがとう、報酬は出世払いで。期待しないで待ってるよ。呆れたように笑う明智くんに、バッグの口を閉じる私も笑い返した。
依頼とは無関係なことで接触する機会も増えて、明智くんの人となりに触れて、優しくていい人だなぁなんて頭の悪いことを思う。多忙な時間の合間を見つけては捜査を進めてくれたらしい。あっという間に私が求めていたものを手に入ることができた。あとはこれをお父さんに見せて、罪を認めさせて、また一からやり直していくだけ。ようやく掴んだチャンスに、少しだけ肩の力が抜けた。
お父さんの様子がおかしいと思ったのはずいぶん前のことだった。たしかに仕事が忙しくて家にいる時間だって少ないし、年々会話をする機会だって減っている。それでもたまの休みを見つけては旅行に出かけたり、私の大好きなケーキを買ってきてくれたり、母の日にはお父さんと二人でプレゼントを選んだりもした。いつも優しいお父さんが大好きだった。でも、突然お父さんは家に帰ってこなくなって、何かにつけて仕事が忙しい、疲れてると口にするようになった。何かがおかしいとひっそり後をつけると、女性と腕を組んで歩くお父さんがいた。バカな私にだってわかる。お父さんは浮気している。何も知らないお母さんは、仕事で忙しいお父さんのためにとせっせと料理を作っていた。家に帰ってこない日も、急に帰れなくなったと連絡がきた日も、ずっと。
お母さんに真実を告げるのは怖かったから、私がお父さんと話し合って何とかする。
「お父さんこれ、見てよ」
きっとお父さんならわかってくれる。だって私たちは家族だから。
「私ね、本当はずっと気づいてたんだ。でも何も言わなかった。いつかわかってくれるって思ってたから。どんなになっても私は嫌いにならないから。だからもう、やめてよ」
そう思っていた。
「なまえ……。ごめん、なまえ………お父さん、お父さんな、お、俺、本当に…………俺、俺、は、い、あ、あああっ、アアアアアア、あああぁあああぁッッ!!!」
「え……?」
頭を抱えて苦しそうに呻くお父さんに近寄ると、振り上げられた腕に思いきり突き飛ばされた。腹部に鈍い痛みが走り、生理的な吐き気がこみ上げて踞る。床に転がった私に構うことなく大声を上げ、机に並べた証拠品をぐちゃぐちゃと踏みつけていた。激しい騒音を聞きつけ部屋に入ってきたお母さんは、みるみる顔を青くして口元を手で覆っていた。それを見た私も、きっと酷い顔だったに違いない。急いで私を抱え起こしてくれたお母さんの瞳は、絶望と怒りで塗りつぶされていた。お父さんに向けるものとは思えないほどの、強い敵意と軽蔑の眼差し。もう取り返しがつかないのだと、その目を見たときに痛感してしまった。
お父さんは、壊れてしまったのだと。
それきりお父さんとコミュニケーションを取ることもままならなくなり、奇声を上げたり焦点の定まらない虚ろな瞳をしていたりと、異常行動が目立つようになった。無理やり連れていった病院で、医者から告げられた病名はこうだった。
「色々考えられますけど、一番強く出ている症状はうつ病ですね」
淡々とした機械のような声音。あぁそうですかと答えたお母さんは、落胆でも絶望でもなくただ現実を受け入れたように頷いている。
何の感情も読み取れない横顔に、私の中で何かが崩れる音がした。
▼
壁にもたれかかっていた明智は、スマホ画面に映し出された時間に目を向ける。そろそろ頃合いだろうとポケットに突っこみ、シャツの襟元を整えた。顔を上げて視線を動かすと、正面玄関口から出てきたひとつの影。俯きぎみに歩く少女を見るなり、明智はいつものように笑顔を貼りつける。
ジャストタイミングだ。自分自身に賛辞を送りながら、足取りの重い少女へと駆け寄った。
「やぁ、なまえさん。お父さんのこと、残念だったね」
無視されたがこれも想定どおり。足を止めたなまえに近寄って、沈みきった肩をぽんと叩いた。
「お父さんは、全部知られて自暴自棄になっちゃったのかもしれないね。過度なストレスに耐えられずに心が壊れた、つまり彼には責任能力がない。罪も免除されるだろう。自業自得のくせに、まったく酷い話だよ。仕方のないことだけどね」
「………………、う」
「どうしたの?」
ぽつりと何事か呟いたなまえに、促すように問いかけてやる。「ちがう」今度ははっきりと聞き取れたそれに、明智は一応困惑した表情を作っておいた。何が?もう一度尋ねると、なまえが息を吸う気配がした。
「ち、がう、ちがう、ち……がう…ちがうちがう違う違う!!!あんなのお父さんじゃない!!!お父さんはあんなこと言わない!!!」
「何言ってるの?正真正銘、君の父親だよ」
「お父さんはあんな人じゃなかった!」
「君が見てきた父親の仮面がそうだっただけの話だろ。家族にすら見せていなかった本性があれだ」
「ちがう、ちがうの、違うっていってるでしょ。ど、して……どうしてあんな、お父さん……私、は、違うんだって」
うわ言のように違うと繰り返すなまえは、俯かせていた顔を勢いよく上げた。
「……………あ、わかった。そうだ、あの女のせいだ。あの女がお父さんを壊したんだ。あいつがお父さんと出会わなかったらこんなことにはならなかった。お母さんにあんな顔をさせることも、私がこんな気持ちになることもなかった!私たちはずっと家族でいられたのに、あいつの、あいつのせいでッ!許さない………絶対に許さない!!私が、この手で………」
ぶつぶつと恨み言をこぼすなまえを一瞥し、明智はゆるりと口角を上げた。いい顔になったな、と胸の内が悦びで満たされていくのを感じる。
所詮世の中は金と権力。……そして人間は不幸に陥ったとき、責任転嫁をせずにはいられない生き物なんだ。やっぱり僕は何も間違ってない。なまえだって間違ってない。怒りの先に刃を突き立てて何が悪い。武器を手にしなければ、弱者は食いつくされていくだけなのだから。
明智はぎり、と奥歯を噛みしめたなまえの手を取り、自身の口元へ寄せた。
「……復讐の依頼ならいつでも請け負うよ。この僕が協力するんだから、万一にも失敗はあり得ない。必ず仕留めると約束しよう」
今日から僕らは仲間だ。そういって甲へ口づけをした。
2021.2.8
正月だしなんかすっか/不穏なカンジ
2023.11.6
加筆修正/夢小説とは…
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