Persona
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時刻は午前、時計の短針は左上をさしていた。ぼちぼち日も傾き始めるころだろうけど、未だ彼からのアクションはない。同じテーブルを挟んだ向かい側で、さっきから一言も喋らずノートとにらめっこしている。考えこむように指でとんとん、と机を叩く彼──明智くんを一瞥して、俯かせていた顔を持ち上げた。店内に流れる落ちついたBGMに、ペン先が紙を滑る音。心地よく重なるそれは、時間の感覚がなくなりそうなほど穏やかな空間を作り上げていた。ぐるっと見渡してもわたしたち以外誰もいないようだし、仕掛けるには持ってこいのタイミング。
「ねぇねぇ明智くん」
「何?」
一定のリズムを刻んでいた指が止まる。視線はノートに釘付けのまま沈黙で続きを促す明智くんに、ずっと頭の中でぐるぐるさせていた台詞を準備する。どうせさらっと流しちゃうのは想定済みだから、何通りかのシミュレーションは重ねてある。明智くんが切り返してきたら、すかさずこう答える。みたいに次の弾丸を用意しつつ、まずは最も王道に近いものを選んだ。
「あの、ね、…………あの…………すっ、す………好きで、す、明智くんのこと」
「ありがとう。でもごめんね、実は交際中の女性がいるんだ」
「えッッ」
「年上で職業は検事、……っと、これ以上は僕の口から言えないな」
「冴さんだ!?前から怪しいと思ってたんだよ!」
「エイプリルフール」
一瞬時が止まったみたいな間ができる。ばん、と鳴った音はわたしが机を叩いたからで、まんまと引っかかった自分にがっくり項垂れた。
「終わった、明智くんちょっぴり困らせちゃおう計画が……」
「浅はかだね。なまえの好意は分かりやすいから今さら何も思わないよ」
「…………ちょっと待って、どういうこと」
「なまえの好きな人の話」
「わたしが?」
「なまえが」
「明智くんを?」
「そう」
「えっ…………とぉ、さっきのはエイプリルフールに便乗してついた嘘なんだけどぉ」
「知ってるよ」
そういうていだってことも、こうでもしなきゃ言えなかったことも全部ね。それくらい僕もなまえを見ていたってことだよ。この意味くらいなら、鈍くさい君にも理解できるだろ。
黙々と動いていたペンと筆記音が止まる。ノートしか見えてませんってくらい釘付けだった瞳は、真っすぐわたしに向けられていた。瞼にかかるほどの前髪から覗く赤褐色。そこに映るわたしはだいぶ情けない顔をしていて、これじゃあほとんど同意してるようなものじゃんって。素直でよろしいって呆れそうになる。自分のことだけど。燻る思いを隠してきたことも、嘘をつく日っていう大義名分で練った計画も、全部無駄になってしまったわけだ。正確にはバレバレだったってだけだけど、少なくともわたしの数週間は無駄になった。し、明智くんへの想いまで筒抜けとか、穴があったら入りたいし埋めてほしい。ばくばくと脈打つ心臓は静かなメロディをかき消してしまいそうなほどうるさくって、明智くんに聞こえてるんじゃないかって錯覚しそうになる。気づけばペンを置いた手はわたしの右頬に伸ばされていて、瞳の中に閉じこめられた自分が鮮明に見えた。身を乗り出してきた明智くんとの距離は、息づかいが聞こえそうなほど縮まっていた。頬から伝わる明智くんの手はあったかい、ていうか顔近い、し。
思わず目を瞑ると、低い声が耳元をくすぐった。
「エイプリルフール」
「…………、…………………」
もう何も信じない、そう心に誓った。
「ぐっ……………うう、っ…………!!」
「これに懲りたら二度と僕を騙そうなんて考えないことだね」
「むかつく………!」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろ」
「自分の、愚かさを、悔いてるのっ……!」
「賢明だね」
どっと押し寄せてきた羞恥やらに耐えられなくなって顔を伏せる。穴がないなら今すぐ掘るから埋めてほしい。そのまま地球の肥やしにでもしてくれた方が数倍マシだ。いい顔だったよ。うるさい。次はどうしようかな。やめて。満足そうな声音にますます気持ちが沈んでいく。
明智くんはモテる、とにかくモテる。趣味で始めた探偵業は順調で成績優秀。春には全国模試を受けるとも言っていた。身長は高いし顔立ちは端正だし、人当たりの良さはカンストしているときた。これでモテるなって方が無理な話。モテるために生まれてきたまである。ないか、それは。それくらい周囲の評価は高かったし、わたしも例外なく彼に惹かれていた。だから憧れの存在である明智くんにあんなことされたら浮かれるに決まってる。顔の熱は引く気配がないし、心臓なんて破裂しちゃいそうだ。
「少し休憩しようか」
「…………はい」
腕の隙間から盗み見た明智くんは、いつもの柔らかい笑顔を浮かべていた。その表情に嬉しくなって、テーブルにびったりくっつけていた身体を持ち上げる。想定以上に流されたし仕返しもされたけど、今の気分はそんなに悪いものじゃなかった。何だかんだ付き合ってくれたりとか、貴重な時間を割いてくれたりだとか、そういう簡単なようで一番難しいことをしてくれる。明智くんから何とも思われていなくたって、ほんの僅かでも隣を占領できるだけで満たされていた。
「明智くんスマホ鳴ってるよ」
「………あぁ、ホントだ」
「仕事?」
「どうかな。ちょっと出てくるよ」
スマホ片手に席を立った明智くんは店の外に行ってしまった。仕事に学業にと忙しい合間を縫って来てくれたのが嬉しい半面、ちゃんと休めてるのかなって心配にもなる。じゃあ時間を奪うなって話だけど、一度似たような質問をしたら「奪われた覚えはない」「僕にとっても有意義な時間だ」と返ってきた。何だかよくわからないけど迷惑じゃないってことだよね。と、ポジティブに受け取っておいた。どっちにしろ休息時間は削ってるんだから、迷惑かけてることにかわりないけど。
いつでも気軽にってほどじゃないけど、数多の明智くんファンよりは距離が近い自覚はある。出会えたのは奇跡みたいなもので、ある時お父さんが仕事の関係で知り合ったといって連れてきた人物、それが明智くんだった。細かい経緯や詳細は話してくれなかったけど、仕事のことになると口数が減るのはいつものことだった。大物政治家との繋がりを仄めかす程度で、二言目には守秘義務がある、で突っぱねるから自然と触れなくなった。明智くんも探偵業の詳細ははぐらかすから、デリケートな問題なんだろう、と思う。
そういういくつかの偶然が重なって、その先にいたのがわたしだったってだけ。運命要素ゼロの“おこぼれに与る”っていうロマンチックの欠片もない出会い方。きっと明智くんの中のわたしなんて、その辺の人達と同じ枠組みに入っていたに違いない。それでも交流を続けてくれて、今も隣にいることができている。お父さんの顔を潰したくないのもあるだろうけど、何であれ一緒にいられるのがただ嬉しかった。
「なまえ」
「あ、おかえり。どうだった?」
「…………仕事だ。今すぐ戻ってこいって呼び出されたよ。全く人使いの荒い連中だ」
「明智くんはいつでも引っ張りだこだね。ヨッ、大将!何人の女性から言い寄られたんでぃ」
「はいはい。お金置いていくから好きなもの頼んでいいよ」
「お頭ぁ!」
「統一してくれ」
手早く荷物をまとめていく明智くんに、いいの?と確認をとる。言いながらメニュー表に手伸ばしちゃってる時点で図太さ全開だけど。それを見た明智くんにふ、と小さく笑われる。
「いいよ。なまえのそういうところ、結構好きだから」
「ダウト!エイプリルフールって言うつもりだ」
「はは、嘘をつく子供みたいだ。オオカミ少年と先入観にとらわれた方。どちらが悪なんだろうね」
「先に騙した方が悪いです!」
「……違いないよ。なまえは単純だからね」
「純粋と言ってくださーい」
二度あることは三度ある。そう切り返したら、三度目の正直とも言うだろと間髪入れずに戻ってくる。言葉に詰まったわたしを見て、明智くんはまた笑っていた。
「じゃあ、もう行くから。寄り道せずに真っすぐ帰ること」
「子供か」
「最近になって奇妙な事件が多発してる。不要な外出は避けた方が得策だ」
「精神暴走事件、だっけ」
「そう、近々メディアでも大きく取りあげられるだろう。なまえの残念な写真を地上波初放送させたくないなら自衛は怠らないように」
「映画のノリで言うなコノヤロウ」
軽口を叩きながら並べられた紙幣の数に、メニュー表へ伸ばした手を引っこめる。いくら何でも多すぎる。さすがにそこまで図々しくないってば。突き返そうと顔を上げたらとっくに明智くんはいなくって、入り口付近でひらひら手を振っていた。中途半端に浮かせた腰は、目的を失ってイスに戻っていく。お釣りは次会ったときに返さなきゃ。さっそく出来た会うための口実ににやけていると、放り投げてあったスマホが点灯する。
この埋め合わせは必ずする。
用が済んだらまた連絡するよ。
夜道に気をつけて。
メッセージを送ってきた人物の名前と内容に、真面目だなぁって笑いそうになる。緩みっぱなしの頬はもっとゆるゆるになっちゃっていただろうから、そっと手で隠した。
────と、同時にスマホが震える。
「っう、わ」
慌てて持ちかえたスマホ画面に指が当たる。ぱっと暗転した画面とスピーカーからもれる音。確認するよりも先に耳に当てたそこから荒い息づかいが聞こえた。
「──なまえッ………!」
「お父さん…?」
周囲の騒音に重なって、焦ったような声が続く。
「……と、さ……………ころ、さ……、………あいつ……、がッ………!!」
通信状況が悪かったのか走っていたのかわからないけれど、複数のノイズに混じるお父さんの声はぶつぶつと途切れてしまっていた。
「なに?聞こえない」
「明智、が…………、…………ぁ」
「え」
ぶつ。
一際大きく音を立てたそこからは、もう何も聞こえなくなっていた。通話終了の画面に切り替わったスマホを見つめること数秒間。すぐに折り返してみたけど、無機質なアナウンス音声が『圏外』と告げるだけ。メッセージを送ってみても既読がつく気配はなくて、スマホを握っていた指に力が入る。すごく焦ってたし何かあったのかも。もしかしたら事件に巻き込まれているのかもしれない。奇妙な事件が増えてるって明智くんも言ってたし。……って、明智くん。そういえばお父さんが言ってたのって。切れる直前で明智って言って、た。ような。
「…………………っ」
そこまで考えてから席を立つまであっという間で、投げっぱなしのノートやらを詰めこんだバッグは歪な凹凸ができていた。それに構うことなく肩に提げて、わたしは一目散に店から飛び出していた。道行く人にぶつかるのも、店からわたしを呼び止めるような声がしていたのも無視して足を進めていく。レジに置いてきたおつりのことなんかより、胸のずっと奥で渦巻く何かが不安でしょうがなかった。そのぐるぐるが何なのかもわからなくって、恐怖にも似たそれに突き動かされるように前に進んだ。
高層ビルがところ狭しと並ぶ通りに差し掛かり、ふと足を止める。やみくもに走っていたわたしに目的地なんてあるはずがない。衝動的に店を飛び出してから考える余裕もなくて、ただがむしゃらに走ってきただけのはず、なのに。無意識にわたしを運んできた先が“ここ”だったことも、どうしてか路地に向かってしまう理由もわからないのに足は動いた。
一歩、また一歩。進むたびに空気が張りつめていくのがわかって、肌にぴりりと痛みが走る。行きたくない。これ以上前に進んだらダメ。わたしの中の防衛本能がそう訴えていたけれど、足は止まってくれそうになかった。前に進むたびに、コンクリートを打つ軽い音が反響する。こつ、こつ、と鳴っていたひとつ分の足音が、ほんの一瞬聞こえなくなった。同時にわたしの身体が何かをくぐり抜けた──
気がした。
でもそれは、すぐに気のせいじゃなかったんだって思い知らされる。
「ひ、っ」
薄暗い路地裏の突き当たり。会社の関係者に施錠された扉のちょうど手前で、行く手を塞ぐように倒れている男がいた。男を囲うようにできた円は赤く広がり、黒くくすんでしまっているようにも見える。真っ赤に染まった襟足と、胸ポケットから飛び出た見覚えのあるハンカチ。ドラマのワンシーンを切り取ったみたいな光景に立ち尽くしていると、遅れてやってきた鉄の臭いにつんと鼻の奥が痛くなった。
そうだ、今朝あのハンカチを渡して、忘れないでよって茶化して、襟よれてるよって直したのは。
「────ああ、なまえ。来ちゃったんだ」
聞き覚えのある声がして、わたしのじゃない足音が響く。今度はしっかり地面を打つ音が聞こえて、さっきのが気のせいなんじゃないかって思えてくる。気のせいだって思いたかっただけなのかもしれないけど。だって、この声は。一番聞きたかったはずの明智くんのもの。すっかり耳に馴染んでしまった優しくて胸が温かくなる声。でもいつものそれとは違って、冷たく刺さるような感覚がした。
「ど、うして………どうして明智くん、が。だって仕事……って。お父さん、は……」
「ホント、バカだよなぁ………。大人しく従ってれば良かったのに。結構気に入ってたんだよ、君のこと」
明智くんはそう言って、ゆるゆると首を振ってみせた。まるで地面に倒れた人なんて存在してないみたいな、コンクリートの隙間からはえてきた雑草を踏みつぶしたときみたいな当たり前の顔で。ぐしゃ、って踏んだところから赤い飛沫が飛んで、制服の裾が色づいているのが見えた。落とすの大変そう、なんて場違いなことを思っちゃうくらい、わたしの頭は考えることを放棄していた。
「エイプリルフールは午後にネタばらしをする。だから教えといてやるよ」
いつもの明智くんと同じ優しい声。違うのは後ろで佇むバケモノと左手に持ったピストルだけ。白と黒の模様をつり上げたバケモノは、少しだけ笑っていたような気がした。
「最初の嘘以外は、全部本当だったよ」
その言葉の意味を考えようとしたけれど、強烈な目眩に襲われた頭はぐちゃぐちゃで意識も薄くなっていく。明智くんがバケモノを呼ぶ声がして、応えるみたいな閃光が走って眩しくなる。剣のようなものの上からわたしを見下ろしていたバケモノも、青白い光に照らされた明智くんの顔も全部、白黒に塗りたくられて見えなくなった。
2021.4.8
とびきり甘いの書きましたを信じた人へ
わたしが甘いの書くわけないでしょーが!!!!!!!!!!!!
信じなかった人へ
君のような勘のいい夢女子は嫌いだよ
2023.11.05
加筆修正/胸くそ悪い話しか書けんのか
「ねぇねぇ明智くん」
「何?」
一定のリズムを刻んでいた指が止まる。視線はノートに釘付けのまま沈黙で続きを促す明智くんに、ずっと頭の中でぐるぐるさせていた台詞を準備する。どうせさらっと流しちゃうのは想定済みだから、何通りかのシミュレーションは重ねてある。明智くんが切り返してきたら、すかさずこう答える。みたいに次の弾丸を用意しつつ、まずは最も王道に近いものを選んだ。
「あの、ね、…………あの…………すっ、す………好きで、す、明智くんのこと」
「ありがとう。でもごめんね、実は交際中の女性がいるんだ」
「えッッ」
「年上で職業は検事、……っと、これ以上は僕の口から言えないな」
「冴さんだ!?前から怪しいと思ってたんだよ!」
「エイプリルフール」
一瞬時が止まったみたいな間ができる。ばん、と鳴った音はわたしが机を叩いたからで、まんまと引っかかった自分にがっくり項垂れた。
「終わった、明智くんちょっぴり困らせちゃおう計画が……」
「浅はかだね。なまえの好意は分かりやすいから今さら何も思わないよ」
「…………ちょっと待って、どういうこと」
「なまえの好きな人の話」
「わたしが?」
「なまえが」
「明智くんを?」
「そう」
「えっ…………とぉ、さっきのはエイプリルフールに便乗してついた嘘なんだけどぉ」
「知ってるよ」
そういうていだってことも、こうでもしなきゃ言えなかったことも全部ね。それくらい僕もなまえを見ていたってことだよ。この意味くらいなら、鈍くさい君にも理解できるだろ。
黙々と動いていたペンと筆記音が止まる。ノートしか見えてませんってくらい釘付けだった瞳は、真っすぐわたしに向けられていた。瞼にかかるほどの前髪から覗く赤褐色。そこに映るわたしはだいぶ情けない顔をしていて、これじゃあほとんど同意してるようなものじゃんって。素直でよろしいって呆れそうになる。自分のことだけど。燻る思いを隠してきたことも、嘘をつく日っていう大義名分で練った計画も、全部無駄になってしまったわけだ。正確にはバレバレだったってだけだけど、少なくともわたしの数週間は無駄になった。し、明智くんへの想いまで筒抜けとか、穴があったら入りたいし埋めてほしい。ばくばくと脈打つ心臓は静かなメロディをかき消してしまいそうなほどうるさくって、明智くんに聞こえてるんじゃないかって錯覚しそうになる。気づけばペンを置いた手はわたしの右頬に伸ばされていて、瞳の中に閉じこめられた自分が鮮明に見えた。身を乗り出してきた明智くんとの距離は、息づかいが聞こえそうなほど縮まっていた。頬から伝わる明智くんの手はあったかい、ていうか顔近い、し。
思わず目を瞑ると、低い声が耳元をくすぐった。
「エイプリルフール」
「…………、…………………」
もう何も信じない、そう心に誓った。
「ぐっ……………うう、っ…………!!」
「これに懲りたら二度と僕を騙そうなんて考えないことだね」
「むかつく………!」
「先に仕掛けてきたのはそっちだろ」
「自分の、愚かさを、悔いてるのっ……!」
「賢明だね」
どっと押し寄せてきた羞恥やらに耐えられなくなって顔を伏せる。穴がないなら今すぐ掘るから埋めてほしい。そのまま地球の肥やしにでもしてくれた方が数倍マシだ。いい顔だったよ。うるさい。次はどうしようかな。やめて。満足そうな声音にますます気持ちが沈んでいく。
明智くんはモテる、とにかくモテる。趣味で始めた探偵業は順調で成績優秀。春には全国模試を受けるとも言っていた。身長は高いし顔立ちは端正だし、人当たりの良さはカンストしているときた。これでモテるなって方が無理な話。モテるために生まれてきたまである。ないか、それは。それくらい周囲の評価は高かったし、わたしも例外なく彼に惹かれていた。だから憧れの存在である明智くんにあんなことされたら浮かれるに決まってる。顔の熱は引く気配がないし、心臓なんて破裂しちゃいそうだ。
「少し休憩しようか」
「…………はい」
腕の隙間から盗み見た明智くんは、いつもの柔らかい笑顔を浮かべていた。その表情に嬉しくなって、テーブルにびったりくっつけていた身体を持ち上げる。想定以上に流されたし仕返しもされたけど、今の気分はそんなに悪いものじゃなかった。何だかんだ付き合ってくれたりとか、貴重な時間を割いてくれたりだとか、そういう簡単なようで一番難しいことをしてくれる。明智くんから何とも思われていなくたって、ほんの僅かでも隣を占領できるだけで満たされていた。
「明智くんスマホ鳴ってるよ」
「………あぁ、ホントだ」
「仕事?」
「どうかな。ちょっと出てくるよ」
スマホ片手に席を立った明智くんは店の外に行ってしまった。仕事に学業にと忙しい合間を縫って来てくれたのが嬉しい半面、ちゃんと休めてるのかなって心配にもなる。じゃあ時間を奪うなって話だけど、一度似たような質問をしたら「奪われた覚えはない」「僕にとっても有意義な時間だ」と返ってきた。何だかよくわからないけど迷惑じゃないってことだよね。と、ポジティブに受け取っておいた。どっちにしろ休息時間は削ってるんだから、迷惑かけてることにかわりないけど。
いつでも気軽にってほどじゃないけど、数多の明智くんファンよりは距離が近い自覚はある。出会えたのは奇跡みたいなもので、ある時お父さんが仕事の関係で知り合ったといって連れてきた人物、それが明智くんだった。細かい経緯や詳細は話してくれなかったけど、仕事のことになると口数が減るのはいつものことだった。大物政治家との繋がりを仄めかす程度で、二言目には守秘義務がある、で突っぱねるから自然と触れなくなった。明智くんも探偵業の詳細ははぐらかすから、デリケートな問題なんだろう、と思う。
そういういくつかの偶然が重なって、その先にいたのがわたしだったってだけ。運命要素ゼロの“おこぼれに与る”っていうロマンチックの欠片もない出会い方。きっと明智くんの中のわたしなんて、その辺の人達と同じ枠組みに入っていたに違いない。それでも交流を続けてくれて、今も隣にいることができている。お父さんの顔を潰したくないのもあるだろうけど、何であれ一緒にいられるのがただ嬉しかった。
「なまえ」
「あ、おかえり。どうだった?」
「…………仕事だ。今すぐ戻ってこいって呼び出されたよ。全く人使いの荒い連中だ」
「明智くんはいつでも引っ張りだこだね。ヨッ、大将!何人の女性から言い寄られたんでぃ」
「はいはい。お金置いていくから好きなもの頼んでいいよ」
「お頭ぁ!」
「統一してくれ」
手早く荷物をまとめていく明智くんに、いいの?と確認をとる。言いながらメニュー表に手伸ばしちゃってる時点で図太さ全開だけど。それを見た明智くんにふ、と小さく笑われる。
「いいよ。なまえのそういうところ、結構好きだから」
「ダウト!エイプリルフールって言うつもりだ」
「はは、嘘をつく子供みたいだ。オオカミ少年と先入観にとらわれた方。どちらが悪なんだろうね」
「先に騙した方が悪いです!」
「……違いないよ。なまえは単純だからね」
「純粋と言ってくださーい」
二度あることは三度ある。そう切り返したら、三度目の正直とも言うだろと間髪入れずに戻ってくる。言葉に詰まったわたしを見て、明智くんはまた笑っていた。
「じゃあ、もう行くから。寄り道せずに真っすぐ帰ること」
「子供か」
「最近になって奇妙な事件が多発してる。不要な外出は避けた方が得策だ」
「精神暴走事件、だっけ」
「そう、近々メディアでも大きく取りあげられるだろう。なまえの残念な写真を地上波初放送させたくないなら自衛は怠らないように」
「映画のノリで言うなコノヤロウ」
軽口を叩きながら並べられた紙幣の数に、メニュー表へ伸ばした手を引っこめる。いくら何でも多すぎる。さすがにそこまで図々しくないってば。突き返そうと顔を上げたらとっくに明智くんはいなくって、入り口付近でひらひら手を振っていた。中途半端に浮かせた腰は、目的を失ってイスに戻っていく。お釣りは次会ったときに返さなきゃ。さっそく出来た会うための口実ににやけていると、放り投げてあったスマホが点灯する。
この埋め合わせは必ずする。
用が済んだらまた連絡するよ。
夜道に気をつけて。
メッセージを送ってきた人物の名前と内容に、真面目だなぁって笑いそうになる。緩みっぱなしの頬はもっとゆるゆるになっちゃっていただろうから、そっと手で隠した。
────と、同時にスマホが震える。
「っう、わ」
慌てて持ちかえたスマホ画面に指が当たる。ぱっと暗転した画面とスピーカーからもれる音。確認するよりも先に耳に当てたそこから荒い息づかいが聞こえた。
「──なまえッ………!」
「お父さん…?」
周囲の騒音に重なって、焦ったような声が続く。
「……と、さ……………ころ、さ……、………あいつ……、がッ………!!」
通信状況が悪かったのか走っていたのかわからないけれど、複数のノイズに混じるお父さんの声はぶつぶつと途切れてしまっていた。
「なに?聞こえない」
「明智、が…………、…………ぁ」
「え」
ぶつ。
一際大きく音を立てたそこからは、もう何も聞こえなくなっていた。通話終了の画面に切り替わったスマホを見つめること数秒間。すぐに折り返してみたけど、無機質なアナウンス音声が『圏外』と告げるだけ。メッセージを送ってみても既読がつく気配はなくて、スマホを握っていた指に力が入る。すごく焦ってたし何かあったのかも。もしかしたら事件に巻き込まれているのかもしれない。奇妙な事件が増えてるって明智くんも言ってたし。……って、明智くん。そういえばお父さんが言ってたのって。切れる直前で明智って言って、た。ような。
「…………………っ」
そこまで考えてから席を立つまであっという間で、投げっぱなしのノートやらを詰めこんだバッグは歪な凹凸ができていた。それに構うことなく肩に提げて、わたしは一目散に店から飛び出していた。道行く人にぶつかるのも、店からわたしを呼び止めるような声がしていたのも無視して足を進めていく。レジに置いてきたおつりのことなんかより、胸のずっと奥で渦巻く何かが不安でしょうがなかった。そのぐるぐるが何なのかもわからなくって、恐怖にも似たそれに突き動かされるように前に進んだ。
高層ビルがところ狭しと並ぶ通りに差し掛かり、ふと足を止める。やみくもに走っていたわたしに目的地なんてあるはずがない。衝動的に店を飛び出してから考える余裕もなくて、ただがむしゃらに走ってきただけのはず、なのに。無意識にわたしを運んできた先が“ここ”だったことも、どうしてか路地に向かってしまう理由もわからないのに足は動いた。
一歩、また一歩。進むたびに空気が張りつめていくのがわかって、肌にぴりりと痛みが走る。行きたくない。これ以上前に進んだらダメ。わたしの中の防衛本能がそう訴えていたけれど、足は止まってくれそうになかった。前に進むたびに、コンクリートを打つ軽い音が反響する。こつ、こつ、と鳴っていたひとつ分の足音が、ほんの一瞬聞こえなくなった。同時にわたしの身体が何かをくぐり抜けた──
気がした。
でもそれは、すぐに気のせいじゃなかったんだって思い知らされる。
「ひ、っ」
薄暗い路地裏の突き当たり。会社の関係者に施錠された扉のちょうど手前で、行く手を塞ぐように倒れている男がいた。男を囲うようにできた円は赤く広がり、黒くくすんでしまっているようにも見える。真っ赤に染まった襟足と、胸ポケットから飛び出た見覚えのあるハンカチ。ドラマのワンシーンを切り取ったみたいな光景に立ち尽くしていると、遅れてやってきた鉄の臭いにつんと鼻の奥が痛くなった。
そうだ、今朝あのハンカチを渡して、忘れないでよって茶化して、襟よれてるよって直したのは。
「────ああ、なまえ。来ちゃったんだ」
聞き覚えのある声がして、わたしのじゃない足音が響く。今度はしっかり地面を打つ音が聞こえて、さっきのが気のせいなんじゃないかって思えてくる。気のせいだって思いたかっただけなのかもしれないけど。だって、この声は。一番聞きたかったはずの明智くんのもの。すっかり耳に馴染んでしまった優しくて胸が温かくなる声。でもいつものそれとは違って、冷たく刺さるような感覚がした。
「ど、うして………どうして明智くん、が。だって仕事……って。お父さん、は……」
「ホント、バカだよなぁ………。大人しく従ってれば良かったのに。結構気に入ってたんだよ、君のこと」
明智くんはそう言って、ゆるゆると首を振ってみせた。まるで地面に倒れた人なんて存在してないみたいな、コンクリートの隙間からはえてきた雑草を踏みつぶしたときみたいな当たり前の顔で。ぐしゃ、って踏んだところから赤い飛沫が飛んで、制服の裾が色づいているのが見えた。落とすの大変そう、なんて場違いなことを思っちゃうくらい、わたしの頭は考えることを放棄していた。
「エイプリルフールは午後にネタばらしをする。だから教えといてやるよ」
いつもの明智くんと同じ優しい声。違うのは後ろで佇むバケモノと左手に持ったピストルだけ。白と黒の模様をつり上げたバケモノは、少しだけ笑っていたような気がした。
「最初の嘘以外は、全部本当だったよ」
その言葉の意味を考えようとしたけれど、強烈な目眩に襲われた頭はぐちゃぐちゃで意識も薄くなっていく。明智くんがバケモノを呼ぶ声がして、応えるみたいな閃光が走って眩しくなる。剣のようなものの上からわたしを見下ろしていたバケモノも、青白い光に照らされた明智くんの顔も全部、白黒に塗りたくられて見えなくなった。
2021.4.8
とびきり甘いの書きましたを信じた人へ
わたしが甘いの書くわけないでしょーが!!!!!!!!!!!!
信じなかった人へ
君のような勘のいい夢女子は嫌いだよ
2023.11.05
加筆修正/胸くそ悪い話しか書けんのか
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