Persona
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恋愛は人生を豊かにする手段。人によっては真逆の回答であったりするのだろうけど、周囲を見る限り、恋愛をしている人は輝いて見えていた。自分のために、誰かのために、努力ができる姿は眩しくもある。だから私の意見も、どちらかと問われれば前者なのだろう。
「この間さ、知り合いが結婚したんだけど、相手が17歳も年下なんだってさ」
「ジェネレーションギャップエグそう」
「大事なのはフィーリングなんかねぇ」
そんなもんかねぇ、と後に続いて相づちを打ち、ちびちびとアルコールを口に含む。社会人ともなれば、切っても切り離せないのは会社の飲み会だ。誰だ飲みニケーションなんて造語を作った輩は。アルコール依存症が言葉を巧みに操ったとしか思えない行事に、私も例外なく参加している。本来であればすでに帰宅して、趣味にでも時間を費やしているというのに。社会人というのは如何せん思い通りに過ごせないものだ。
そこかしこから沸き起こる喧騒に混じる世間話は大した中身はないものの、私の心にしこりを残すには充分だった。一回り以上も離れた相手を選ぶということは、それなりの覚悟があってのことだろうし、外野がとやかく言うものじゃない。そうは思いつつも、丸きり関心がないと言えば嘘になる。会話や価値観であったり、相反する問題にどう妥協点を見つけているのだろうとか、変に詮索したくもなってくる。控えめに摂取しているにも関わらず、アルコールに溶かされた頭でぼんやりと、そんなことを考えていた。
「年下彼氏ねぇ」
無意識に零れてしまった独り言に、瞬時に反応を示したのはいい感じに酔いの回っている同僚。しまった、と口をつぐんだところで隣席の彼女が聞き逃すわけもなく、楽しげに目を細めた。
「例のストーカー君、その後どうなの」
「いや言い方」
「健気に足繁く通ってたあの子、なかなか格好いいじゃん。私は年下無理だけど」
「お金持ちのおじさんがいいんでしょ。いいじゃん店長で。この間もキャバクラ行ってたよ。飢えてんだって」
「ない。ないわ。普通にない。イケてるおじさま以外無理だから」
「絶滅危惧種」
「それ」
自然に反れていった会話に内心でほっと一息つく。未だイケてるおじさまとは何たるかを物語る彼女曰く、年下は何か頼れない感じがして嫌、だそうだ。妙な偏見込みの意見であれ、表現の自由を謳う社会で生活しているのだから頭ごなしに否定するつもりもない。ただ、頭の中に浮かぶ彼はそうじゃない、とか、いよいよ絆されてしまっている自分に気付いてしまっただけであって、彼女に非はこれっぽっちもない。
グラスに浮かぶ水滴が滴り落ちていくのをぼうっと眺める。すっかり氷は溶けきってしまい、透明な液体の割合が増してしまっているそれは、味が薄まって飲めたもんじゃない。こうやって少しずつ混ざり合って、本来の色と判別がつかなくなって、違和感を感じることもできなくなるのが、私は。
「なまえ、スマホ鳴ってる」
「ほんとだ」
握ったままのグラスから手を離して、布巾で水気を拭き取る。手元に置きっぱなしになっていたスマホが点灯して、メッセージがあることを知らせていた。予想通りというか案の定というか、当然のように映し出される名前と不機嫌が伝わってくる内容に、無意識にバッグへ手をかけていた。慌てて手を離し、もう一度スマホ画面を開く。返信を送るまいか逡巡していると、予見していたかのようにメッセージが追加され、今度こそ立ち上がる。
私にとって、人との繋がりなんてあっさり千切れてしまうものでしかなかった。いつか切れる縁を大事にするくらいなら、いっそ最初から一人でよかった。本心からそう思っていた私の居場所に図々しく入り込んできた彼は、何度だって同じ言葉で縛りつけてくるだけなのに。
「……お金ここ置いときますね」
「はや。めずらしーね。さては例の年下」
「お先失礼しま~す」
冷やかしを聞き流し、幹事に金銭を叩きつけて喧騒に背を向けた。罪悪感なんて感じる必要もないはずなのに、胸の奥が痛んだ気がして頭を振る。そう、これはただの帰宅理由。渋々飲み会に参加した私へ転がりこんできた救いの手。別に催促をされたから帰路につくわけではないし、ちっとも嬉しくなんかない。……や、まぁ、そんなに嫌ではない、かなぁ。ちょっとだけね。本当に。
やけに汗ばむ手でスマホを握り直し、私はまた、不毛な言い訳を繰り返した。
▽
「寝てんのかい」
ずる、とバッグが肩から滑り落ちていく。バッグを部屋の定位置へ戻し、ベッドを占領している物体をまじまじと見る。見慣れた制服はハンガーへと掛けられ、提供した覚えのない部屋着に身を包んでいるようだ。そこはいい、この際。ちゃんと着替えてから布団に上がってくれたことは良しとする。問題は無断で私の部屋とベッドを使用していることなんだけど、すうすうと寝息を立てる彼、明智くんは我が物顔で利用してくれちゃっているらしい。
非常に不本意ながらそれを不快だと感じなくなってしまった私は、健気にご機嫌取りの品まで購入してきたというのにこれ。役目を失ったレジ袋を床に置き、膝立ちで明智くんへにじり寄る。
「え、可愛いか…?」
枕に頭を沈ませ、掛け布団をきゅっと掴んでいる明智くんを見るなりストレートな感想が飛び出てきた。恐る恐る明智くんへ手を伸ばして髪を撫でつける。ん、と小さく呻いた。起こしてはいないらしい。緊張していた肩からそっと力を抜く。今のを聞かれていたら、やれ自分を子供扱いするなだのと抗議されること山の如しだ。ゆっくり手を上下させると、柔らかい髪が指に絡まっては解けていく。ふわりとやってきたシャンプーの香りに、勝手に風呂まで入るなと咎めたくなるものの、結局私は何も言えずに明智くんの浸入を許してしまっている。
公園で様子のおかしい明智くんを見たときはどうなることかと懸念したものだけど、現在はこのように丸く収まっている。前々から明智くんは私を尾行(ただのストーカー。マジでやめてほしい。つけ回してもいいことないのに監視)していたらしく、同僚と出掛けた日も当然見張られていた。救世主を気取って登場し、街灯を背にする彼のラスボス感が恐ろしくて二つ返事でOKを出した。その時の会話は確かこう。「あ、私、明智くんなら大丈夫です。ヘヘッ」「………は?」少なくともストーカー行為を働いていた相手に対する返事ではない。露骨に奇異な目を向けてきた明智くんは「重ね重ねになりますけどバカなんですね」と冷静に罵倒してきたけどお前が言うなである。
それから驚くほど円滑に私の心の壁ATフィールドを破壊され、気がつけばこうしてプライベートゾーンへ浸入されている始末。しかし当の明智くんは無防備な寝顔を晒しているので、まぁ調子が狂う。今すぐにでもつまみだしてやればいいのに、私の中にあるなけなしの母性と人情が首を縦に振らなかった。
幾度となく手放してきた人間関係を断ち切れない原因は、どう考えても明智くんにしかなくて、腹いせに丸みを帯びた頬へ指を押しつける。ぐに、と凹んだ顔がおかしくて思わず吹き出すと、伏せられていた瞼が開いて指を掴まれた。
「うわっ」
「………なまえ、さん」
「なまえさんだよ。現在ベッドの貸出は有料となっております」
「………………一括払いで」
「誰のカード使ってんの」
眠たげに緩んだ瞼は、開いては閉じてを繰り返している。夢現の中にいるらしい明智くんは、焦点の定まらない瞳に私を映し出した。鳶色の世界に染まる私は、それ以前の色彩を忘れかけていた。生まれたときからこの中で生活してきたんじゃないかと思えてくるほど、色味の混合した世界が心地よかった。引き返そうにも退路を見失った私は、ゆっくりと明智くんに掴まれた指をほどいていく。
「遅すぎて寝ちゃいましたよ……」
「ごめんて。……いやごめんってなに?私が謝る必要なくない?」
「僕だって、忙しいんですよ、これでも。それでも……時間、作って」
「出た。明智くんの必殺傷心カウンター。哀愁漂わせても無駄だよ。さすがにもう騙されません」
「……チッ」
「チッじゃない」
わざとらしく舌打ちをした明智くんは力なく腕を下ろした。自由になった指で明智くんの目許をなぞっていくと、覗いていた鳶色が閉じられた。これじゃあ退路を見失ったというよりも、自ら絶ったようなものだろうな、と内心で呟く。反射的に目を瞑った明智くんが、びく、と僅かに肩を揺らした挙動一つでさえ、庇護欲を駆られてしょうがない。なんて言った日には、あの夜の比じゃないくらい冷めた目を向けられるのだろうけど。
この庇護欲がどの感情からくるものなのかわからなくて、けれど簡単に切り捨てることもできなくて。目許から指を滑らせて、再度髪を弄ぶようにして掬い上げる。
「っ、………なまえさん」
「なーに」
「やめてください、僕は」
「子供じゃないでしょ。わかってるって」
「………………、…………」
「間やめて。それにしてもほんと綺麗な顔だね。超羨ましい」
「やっぱり何もわかってないじゃないですか」
「わかってるわかってる。イケメンだね~」
わしゃわしゃと髪を乱すたびに、何もわかってない。鈍感。単細胞。わからず屋と息を吐くように罵られた。寝起きで頭が回らないのかいつものキレがなく、相変わらず瞼は重たそうだ。しょぼしょぼと緩んでいくのを無理やり押し上げるその仕草に、ちょっとした悪戯心が顔を出す。ポケットからスマホを手に取り、迷わずカメラアプリを開いた。
「………ちょっとなまえさん、っ!」
「カメラ映りもいいとかどうなってんの?アイドル?」
「消してください」
「やだ」
「使用用途もないくせに、やめてください」
「ブロマイド風にしたらメルカリで売れるかな。探偵王子のマル秘情報とかいって……マル秘のおじさん臭やば」
「肖像権って知ってます?」
「さぁ?」
「………無知は幸せそうでいいですね」
はぁぁと大袈裟にため息をついた明智くんは、片腕を額に当てて天井を仰いだ。何気ない仕草ですら絵になるなぁ、と無言でシャッターを押し続ける。少しだけ間隔の狭くなった眉間や、薄く開いた唇。規則正しく配置されていて、人の手で作られたように端正なものだった。それだけのものを持っているくせに、私にちょっかいかけてみたり。嫌がる素振りこそ見せるくせに、本気で止めはしないのだからずるい。そうやってちょっとずつ心の隙に入り込んで、自分の存在を当たり前にして、切り離せなくして。素でやっているのなら彼は相当モテるのだろう、もっと有効活用すればいいのに。
「何考えてるんですか」
「明智くんのこと」
「僕に嘘つくなんていい度胸ですね」
「ほんとだって。こんなに写真撮ってるのに他のこと考えるわけないでしょ」
「僕には、あなたがわかりません」
「私だって明智くんのことわからないよ」
ぐい、と腕を引っ張られてスマホが取り上げられる。そのまま勢いよく引き寄せられて、互いの鼻先がぶつかりそうなほど近くなった。さっきまでカメラ越しに見ていた両の眼は、真っ直ぐこちらを見ていた。目を逸らすなとでも言いたげな鳶色は、微かに熱を宿している。そこに映る私は酷く居心地良さそうに見えて、苦笑いするしかなかった。
「……さっきの写真、全部消します」
「えーもったいない」
後頭部に回された手に引き寄せられて明智くんの顔が近くなる。また撮ればいいじゃないですか。ぼそりと囁かれた言葉に確かに、と続けようとしてやめた。
始まりこそ常軌を逸していたけれど、こうまでしてくれないと心を開けなかったのも事実で、それすらも見抜かれているのではとぞっとするときもある。一度手を取ったら手放すことは容易じゃないことも、じっと見据える明智くんが何を求めているかも理解した上で、私は静かに目を閉じる。
▽
年齢差を過剰に意識するのは学生時代だけで、成人すれば程度の差こそあれ、誤差のようなものだ。一回り離れていたら多少気になるけれど、成人していれば当人同士の問題だろう。先日の飲み会での言葉を反復するなら「外野がとやかく言うものではない」だ。しかしいざ自分の身に起きてしまうと、背徳感に駆られて気もそぞろとなるのだから、一般的な恋愛をするに越したことはない。何度思ったか知れないそれらをぶつけた相手は、背中にびったりと密着したまま無視を決め込んでいる。腹部に回る腕は加減をする気がないらしく、いよいよ息苦しい。振り向くことさえ許されない状況に、残された手段で説得を試みる。
「明智くん。聞いてる?」
「聞いてますよ」
「そっかよかった。私さ、今日も飲み会行かなきゃなんだけど」
「……………」
「明智くん」
「聞いてますよ」
「そっかよかった話が進まんぞ」
「聞いてますよ」
「聞いてない人のやつ」
肩に埋められた頭をぐりぐりと押しつけては同様のやり取りを繰り返す。こういうときにふと実感する。いくつ年が離れていようが、私のほうが長く生きていようが、体格差には敵わないなって。事実、力では到底抗いようはないし、頭一つ分高い位置から易々と見下ろされてしまう。だから年下だからどうだ、とか決めつける気は毛頭ないけど、こうも素直に甘えられてしまうと思うところは多々あるわけで。普段であればプライドが許さないであろう行動を取っている彼を、そんなに嫌なの?と揶揄してやりたくもなる。あ、今の名案かも。と私はそのまま口にしてみることにした。
「も~明智くん、そんなに私と一緒にいたいの?しょうがないなぁぁ」
「……………」
「たかが無視、されど無視」
「……………いいですよね、なまえさんは気楽で」
低くて弱々しい声が耳に入り、どうやら本当に様子が変だぞ、と遅れて焦りがやってくる。いつもなら「他人が居座っているのに出掛けるなんて信じられない」「危機管理がなってないって何回言わせるつもりですか」「僕だからいいものの、他の男性ならとっくになまえさんの自由はない」などとごちゃごちゃ並べてくるのに、今日はやけに潮らしい。最後の文句に関しては、まるで理解不能なので聞き流している。元ストーカーの許可を得ないと外出すらままならない私は、決まってのらりくらりとかわしているのだけど、今回はそうもいかないようだ。あるいは私の思惑を看破した上で放任していたのかもしれないが、その心情は明智くんのみぞ知る、である。
とんとん、と軽く腕を叩き、力を緩めるように促してみる。渋々といった様子で明智くんの腕が引っ込み、気が変わらぬうちにと向きを反転させた。私より高い身長を縮ませ、俯く明智くんは意気消沈という言葉がマッチしていて目を疑った。
「え、ちょっとどしたの」
「なまえさんはいつだって自由だ。僕とは違う。…………ずるいのはどっちですか」
「えーっと………じゃあ自由にしたらいいんでない?」
「できないからこうなってるんですよ。嘆かわしいほどバ」
「カですスミマセンでした!」
「バカな女に、どうして僕が………僕だけがこんな感情に」
「言い直さんでいいわ」
近くにある頬へ両手を伸ばす。絡んだ視線の先にある瞳は不安げに揺れていて、今にも押し潰されてしまいそうだった。憔悴しきった表情を浮かべている明智くんは、沈黙はそのままに私の手にすり寄ってくる。小動物みたいだな、と思う。例えるなら忠犬で、気まぐれに姿を消す猫でもある。時折会いに来たと思えば、今日のように尻尾を振ってみたり、これ以上近付くなと拒絶したりと、掴みどころがない。明智くんは私のことがわからないと言っていたけれど、私からしてみれば明智くんのほうが数倍わからない。ゆっくりと頬を撫でてやると、ぱち、と瞬きをした。合わせて揺れる睫毛すら、作り物のように綺麗だった。
私にはもったいない。そう伝えたら、なまえさんは僕を拒絶するんですね、と憤慨するのだから何も言えなくなる。自分のことは話したがらないくせに、私の心は容赦なく占領して、ずるいのは明智くんのほうだ。今だって散々な言われようなのに、どうせ私は突き放すことなんてできないのだ。一度手を取ったら最後。彼の気が済むまで、私が捨てられる日まで、不器用な愛を確かめて依存し合う。
「欲しいものは確実に手に入れる主義なんですよ」
「前にも言ってたね」
「いい加減、手中に落ちてください」
「もっといい口説き文句なかったの?」
「僕たちはこれで充分だ」
頬を撫でていた手を掴まれて、距離がぐっと詰められる。咄嗟に目を瞑ると「キスされると思いました?」と生意気な声音で笑われる。素直に告白もできない人に言われたくないです。言い返してやろうと用意した愚痴は、柔らかいものに触れて溶けていく。目を見開くと同時に肩に下げていたバッグを奪われ、床に放り出されてしまった。熱を帯びた目を隠そうともしない明智くんに、ああ、今日は飲み会行けそうにないな、と他人事のように考える。連絡入れなきゃ。めんどくさい。でも、まぁ、なるようになるか。心中でぼやくようにして、今度は私からわがままなそこへ重ね合わせる。
8.6
年上女の実家のような安心感
2023.11.6
加筆修正/ちゃんと夢小説してる
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