焼けぼっくい全焼事件
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腕に提げていた袋をひろげ、中身を確認する。長方形の箱の中に所せましと並ぶスポンジケーキが目に浮かぶ。もうひとつの紙袋には甘味で連想されるものを片っ端から買ってつめこんできた。もう一度渡している自分を想像しながらほくそ笑む。完璧だ。
かぶき町に来てから約一ヶ月。仕事に慣れてきたってわけじゃないけど、真面目に仕事をしてきた甲斐あってか、私の存在を不審に思う人はいなかった。元よりお人好しの気配がするお登勢さんはともかく、銀時から勘繰られたりすることもなかった。表に出すことは滅多にないけど、ひと一倍周りを気にかける性分のくせに私は放任。依頼料の催促もなし。これはもう受け入れられたも同然でしょと。銀時の目をかいくぐった私は排他的人間関係を突破し、テリトリーへの侵入を成功したのだ。
で、新たな壁、密偵遂行が現れたわけだけど。正面突破するべく、インターホンを指で押しこむ。
「あ?どーした」
銀時が出てきた。こういうときに限って銀時ご在宅とかツイてない。ツイてないけど今さら引き返せるわけもなく、持ってきた紙袋やらを前に出した。
「ようやく諸々落ちついてきたのでご挨拶でもと。それに皆さんと親睦深めたいなと思って」
「だったらかしこまるなっつーの。こんなモンがなきゃ会いに来れないワケ?」
「そんなことないです…けど」
「いつでも来いよ。アイツらも喜ぶだろーし。俺が会いたいとかじゃなくて気遣われるとこっちも調子狂うっつーか」
「あのコレ、シュークリームです。あとケーキとか洋菓子たくさん買ってきたんですけどいらな」
「オイコラぁ!さっさと出迎えろってんだよクソガキ共!客人、いーや甘味の女神が降臨なさってんだぞ!」
いやぁスイマセンねわざわざ。変な気ィ回させちゃってェ。がっつくなっていっとくんで。態度を豹変させた銀時の視線は私の手元に向かっている。あんたが食べたいだけでしょーがとは突っこまずにどうも~とへらへらしておいた。あっさり侵入できただけじゃない、向こうから迎え入れてもらったのだ。スイーツ作戦大成功。チョロい。チョロすぎる。この男を欺くには手っ取り早くエサで釣ってしまえばいい。まんまと食いついたどころか釣り餌まで持っていかれそうだけど。
「何ですか大きな声出して」
「ついに血糖値振りきったアルカ糖尿病」
「ジャンプの主人公が糖尿病なわきゃねーだろ。予備軍だよ予備軍」
バタバタとやってきた新八くんと神楽ちゃんに手を振る。お邪魔します。いえいえどうぞ。軽く挨拶をかわしてフローリングに上がると、やたら浮き立っている銀時がケーキは俺のモンだと呟くのが聞こえた。これなら多少探るようなマネをしてもバレないだろう、我ながらナイスアイディア。
静かに笑みを浮かべる私に突き刺さる視線。すぐさま視線を辿ると無言で見つめてくる神楽ちゃんがいた。首を傾げてどうしたの?のジェスチャーを送ると、ジト目のまま踵を返してしまった。そういえば新八くんとしか挨拶してないし無視されたし、何なら神楽ちゃんちょっと笑ってた。呆れ気味に。違和感がなくもないけど考えてもわかるわけもなく、私も後へ続いた。
「ま、テキトーに座れや」
遅れて客間に入ると、テーブル上で小皿がスタンバっているのが見えた。準備が早すぎる。さては家賃払ったはいいけど飢えてるなこの人たち。どうぞどうぞと手招きされて袋を差し出した──瞬間手から重量感が消えて、気づけば全部小皿に取り分けられていた。種と仕掛けが飢えのマジックなんて聞いたことないんですけど。瞬く間に準備を済ませた三人は、おおーと思い思いの感嘆の声を上げた。
「うわぁ…おいしそう。本当にいいんですか?こんなにいただいちゃって」
「いいのいいの。好きなだけ食べてよ。誰かさんのせいで給料出ないだろうし」
「キャッホォォォ!澪大好きアル!」
「ったく現金なヤツらだなァ。少しは慎みを覚えろってんだよまったく。恥ずかしいったらありゃしねー澪様バンザイ!」
「慎めてないよ。惜しげもなく出ちゃってるよ下心が」
まァまァ座って座ってと急かされて、促されるままソファに座る。…銀時の隣に。正面に座る新八くんと神楽ちゃんは、さっそくと言わんばかりにケーキへフォークをさしこんだ。口の中に放りこむなり顔を綻ばせるふたりに、買ってきてよかったと趣旨のズレた感想が湧いてくる。
…そうじゃなくて、なんか色々ちがくない?ちらと横目で銀時を見ると、こちらもなかなかにだらしない顔でケーキを頬張っていた。こういう時の三人は客人と万事屋で1 : 3に分かれそうなものだけど、何ゆえ私と銀時、新八くんと神楽ちゃんで2 : 2?深い意図はないのかもしれないけど、真横にいられると落ちつかない。自意識過剰と言われたらそれまでだし、そう考えたら段々恥ずかしくなってきた。中学生か私は。そりゃ隣に座ることだってあるよ。勝手に自己完結して、用意してくれた湯のみを手に取った。
何であれやることは変わらない。私は万事屋の内情を探るため(という名目で追い出されて)来たのだ。ひとつでも成果を出し、愚痴と不満のハッピーセットもつけてやろうという魂胆のもと、今日は新八くんと神楽ちゃんに目星をつけた。どういう経緯で万事屋にいるのか、なぜ銀時とともにいることを選んだのか、気になることは山ほどある。晋助は私の超個人的な報告書という名の感想日記でも読んで後悔すればいい。ヴァカめ!
「定春~コレ食べ終わったら散歩行くアルヨ~」
巨体を動かしながらやってきた白い獣……いや犬?は極太のリードを咥えながらしっぽを揺らした。ワン、と可愛らしい鳴き声を出したからたぶん犬。私がしってる犬のサイズじゃないけどおそらく犬。神楽ちゃんの細い腕で巨大犬をコントロールできるのか不安だけど、ていうか大人でも無理だろうけどこれはチャンス。散歩に同行すればふたりきりになれる。自然と会話は弾むだろうし、違和感なく探りを入れられる。これを逃す手はない。あと定春をモフモフしてみたい。
──勝機。
「あ、私も」
「アレ持ったか、ウンコ袋。ペットを飼う人間のマナーだ。ご近所さんに迷惑かけんなよ」
「道端にゲロ吐きながら朝帰りしたオッサンに何も言われたくないネ」
「ハイリスクハイリターンだよ。先行投資にしてはちょいとやりすぎたな。ボロ負けしてヤケ飲みしちまった」
「アンタ結局ハイリスクしか冒してねーじゃねーか!ギャンブルに投資する余裕があるなら給料払えよダメ人間!」
「ちゃんとハイリターンもしたぞ。昨日は凄かったぜマジで。側溝から溢れ出そうだったからな」
「欲望の残骸ハイリバースしただけじゃねーか!」
タイミングが去っていった。あとダメな人間の最低な一面を垣間見た。最悪。銀時を睨みつけてやると「というのはfaceで真相はCMの後だ」などと意味のわからないことをほざいた。己の存在自体がfaceであることを示唆してんのか。嘘しかつかないなこいつ。
「そうだ、ちょうど僕も買い物に行こうと思ってたんだ」
まぁ今のは仕方ない。神楽ちゃんと新八くんの言い分はごもっともだし、すべてにおいて銀時が悪い。ターゲット変更、ふたりのうちどちらかと接触できればいいんだから焦らずいこう。再びやってきたチャンスに今度こそと咳払いをする。新八くんに便乗しよう。
「私も」
「早くいかねーとタイムセール遅れっぞ」
「神楽ちゃん、途中まで一緒に行こうか」
新八くんに便乗…
「私」
「イヤアル。地味が移るネ。ひとりで行くヨロシ」
「こんだけ一緒にいたらとっくに移ってんだよ!なんだよ地味が移るって」
「人は良くも悪くも影響されやすい生き物だからなァ。俺もよォ、周りが同じゲームで盛り上がってると気になっちまうタチでよォ」
新八くん…
「わ」
「ま、仲良く行ってこいや」
────いや邪魔!
口を開けば銀時に邪魔されそれとなく流れていく会話たち。このくだり何回やらせる気?消極的な態度ばかりとっていたらキリがない。チャンスは掴むものじゃなくて作るものだ。めいめい外出の支度を始めたところで「あの!」声を張り上げる。
「私も一緒にいっていいですか!」
「もちろんです。ね、神楽ちゃん」
「いいけど4秒で支度しろヨ」
「それを言うなら40秒でしょ」
新八くんは律儀にツッコミながら皿をかき集め、台所に持っていってしまった。定春にリードを繋いだ神楽ちゃんも「先外いってるアルヨ~」と元気よく飛び出していき、銀時と私だけが取り残されてしまった。
何コレ、何シティ?トリノコシティ?完全に乗り遅れたけど同行を申し出ることはできた。新八くんも先に外へ出たみたいだし、あとはふたりの後を追いかけるだけ。それじゃあ私も、と腰を浮かして振りかえる、と。
銀時は立てかけていた木刀を腰にさしていた。なんで?
「あれ、どうしたんですか万事屋さん」
「どうしたって、俺も行くんだけど」
「今仲良く行ってこいって。新八くんと神楽ちゃんのふたりって意味じゃないんですか?」
「そんなことひと言もいってねーぞ」
たしかに!嘘と本当が交差する地点!わかっていたはずなのに、のせられた自分が悔しくて奥歯を噛んだ。何でもかんでも自分のペースに巻きこんで、得意の口八丁で言いくるめて押し通す。それが坂田銀時という男なのに、わかってたはずなのに、わかってたのに、どうして私はいつもこう、こう……ムカつく。頭の中で後悔の念をぐるぐるさせていると、「つーかよォ……」と低い声に遮断された。
「ここいらで抜き打ちテストでもしねェ?」
「……何のですか」
「例えば万事屋で働く面々とか、バーさんたちの名前とか覚えてんの?お前」
何を言い出すのかと思えばそんな簡単なこと。若干の苛立ちを感じつつもみんなの顔を思い浮かべる。道中話せばよくない?と頭の冷静な部分が訴えてきたけど、とりあえず私は答えることにした。
「お登勢さん、キャサリンさん、新八くん、神楽ちゃん、定春くん……あと万事屋サン」
「いやホラもう違うじゃん。ものっそい大きな間違いあったよ。ウォーリー探そうとしてページめくったらとんでもなくデカいウォーリー出てきちゃったパターンだよコレ」
「そんなウォーリーを探せないです。何が間違ってるんですか」
「森羅万象丸々全部だろ。何で俺だけ万事屋サン?万事屋ってのは俺、新八、神楽、定春で“万事屋”だから俺単体で万事屋サンはおかしいだろ。明らかに不自然だろ。みんな名前で呼ばれてんのに何で俺だけみたいな。アレ?嫌われんのかなアイツって邪推する輩もいるだろ。別に俺はいいんだけどね?ゼーンゼン気にしてないけどねウン」
よく回る舌でペラペラ喋ってくれたけど要するになんだ、名前で呼んでくれってことか。あちこち視線を泳がせながら鼻をほじる銀時は、鬱陶しいくらいそわそわしていた。遠足の前日寝つけない子供か。
何だかよくわからないけど名前呼べば満足するのか、銀時は。どのみち銀時が来るなら露骨に探りを入れられないし、今日はみんなで仲良く出かけるしかない。コツコツ積み上げてきた真面目に働く女性像を崩すくらいならと、しぶしぶ口を開いた。
「坂田サン」
「もう一声」
「坂田、銀時く~ん」
「病院の待合室で名前呼ばれるガキ」
「えぇ、どうしよう。他に呼び方がない」
「何こいつボケてんの?全然面白くねーから」
怪訝そうな顔に不機嫌な声音。拗ねたように口を尖らせる銀時にいいから呼べと圧をかけられた。なんでこんなことでムキになってんのとか、呼び方なんてなんだっていいじゃんとか、色々言ってやりたかったけど言葉にならなかった。散々名前で呼んできたんだから、声質でバレるんじゃないかなんて今さらな不安も過る。そんなことでバレるならとっくにバレてるけど。正体隠せていること自体奇跡に等しいのに、これ以上余計な情報は出したくない。
どうしようの焦りを募らせていると「ちょっと~!何やってんすか二人とも~!」新八くんの呼ぶ声がした。今しかないと銀時の着流しをひっつかんで笑顔を作る。
「ほらふたりとも呼んでるから。いこいこ!」
「………………………今日のトコは敬語を使わないで手打ちにしてやらァ」
メチャクチャ不服そうに頭をかいた銀時は、交換条件を出して妥協してくれたらしい。いいなんて一言もいってないけど、かといっていえるような雰囲気でもなく、貼りつけた笑みが歪にならないうちにハハハと笑っておいた。
2021.2.13
2025.3.2
加筆修正
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