焼けぼっくい全焼事件
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午前中から開店準備を進めている傍ら飛んできた怒号。
「オイ新入リ!テメーチョット若イカラッテ調子乗ンナヨ!今スグ家賃回収トオ登勢サント私ノ煙草買ッテコイヤ!遅レタラブッ飛バスカラナ!」
「やっかみがすごいし読みにくい」
それが、本日私に課されたミッションだった。
すらりと高い身長に、出るところは出たメリハリのある体型。おかっぱ頭にちょこんと生えた猫耳。これだけ聞けば誰もが思い描くであろう理想像を粉砕した女性がキャサリンさんだ。私の先輩にあたる方で、地球へ出稼ぎに来た天人らしい。すべての天人が悪じゃないとわかっていても、何も思わなかったといえば嘘になる。最初こそ緊張したけれど、キャサリンさんも地球にいるちょっと嫌なオバさんっぽい一面がある普通の人だと気づいた。差別は良くない。
まじまじとキャサリンさんの顔を見ていると、先日見かけた漫画のワンシーンが過る。アレだ、進撃の巨人で見たことある顔…
「アン?文句アンノカ?長文喋ッテヤロウカ?読ムノモ面倒ナレベルデ喋ッテヤロウカ?」
などと口が裂けても言えないので「行ってきます!」の挨拶を添えて戸を閉める。ただでさえ良く思われてないのに、印象を悪くするのは得策じゃない。必要以上に注目を浴びればそれだけ警戒心も高くなる。ここはなるべく穏便に、温厚な一面をアピールしていこう。温厚な人は余計なこと言わないっていう部分はスルーで。
ゆっくり階段を上りながら煙草の銘柄を思い浮かべる。ふたりとも何が好きだっけ。マルボロだっけ。てかそれしか知らない。コンビニのバイトだって番号で聞いてるんだよ。私が知るわけないじゃん。つらつらと湧いてくる愚痴に銀時みたいだなって思う。…銀時、そう銀時。家賃回収って、また払ってないんかい。お登勢さんの話だといつも逃げ回ってるようだけど、今回もはぐらかされたらどうしよう。キャサリンさんにどやされるのはどうせ私だ。負の想像を膨らませるうちに入り口が見えてきて頭を振った。
ここまできたらやるしかない。覚悟を決めてインターホンに手を伸ばす。
「すいまっせーん万事屋さーんいますかー」
返事がなければ物音ひとつ聞こえない。すでにもぬけの殻なのでは。午前中から追いかけっこしなきゃいけないのでは。一瞬頭を駆けめぐった最悪の展開に、でも聞こえなかっただけかもしれないし、と希望を捨てきれずに息を吸う。
「すいまっせ」
「あ、どうもこんにちは」
「あ、どうも」
ガラガラと戸を引いて出てきた女性は軽く頭を下げた。肩にかかるほどのロングヘアーと右目の泣きぼくろ、どことなく色気のある女性に緊張しながら会釈を返す。
え、誰この人。
「すみません。夫は今外出中でして」
「夫……?」
「申し遅れました。私坂田銀時の妻、坂田あや」
「めェェェェェェ!!!」
突如かけられた大声に肩が跳ねる。声の正体を確認するより先に、後方から伸びてきた拳が振り下ろされていた。反動で女性がかけていた眼鏡が落ち、カシャンと音を立てる。眼鏡ガバガバすぎない?やりすぎじゃない?数々のツッコミを飲みこみながら、真横に移動してきた男に目を向けた。声の正体に察しがついていた私は、やっぱり銀時かとひとりで納得する。
女性へ視線をスライドさせると、イタタと呟きながら身なりを整えていた。
今妻とか言わなかった?まさかそういうことなの?こんな美人と結婚してたの?妻の頭を容赦なくぶん殴っちゃったのこの人。ぐちゃぐちゃと絡まる思考の中で、にっこり微笑んだ女性を見つめることしかできなかった。
「お帰りなさい銀さ、じゃなくてあなた!ご飯にする?お風呂にする?それともォ……私とハードなプレイをしたいんでしょ?そうなんでしょ?」
「あの旦那様、お風呂沸かしておきますね」
「澪さんストーップ!!誰が旦那様だコラ!こんなアバズレ嫁にもらった覚えはねーぞ!」
「もォ銀さんったら、照れなくてもいいんだゾ」
「よーしお前は即刻眼球を取りかえろ。いのちの輝きくんからもらってこい。五つあるからひとつくらい取っても怒られねェよきっと」
「怒られるのはアンタだよ」
冷静にツッコミを入れた新八くんから「とりあえず上がってください」とこれまた冷静に対応される。銀時に肩を掴まれたままの私に「何してるアル澪、早くしてヨ」のお声がかかり、先に上がった面々の後を追う。まったく動揺していない新八くんと神楽ちゃんに、ついていけない私がおかしいのかと混乱しそうになる。けど絶対違うと思う。
居間なのか客間なのかわからない部屋に入るなり、前を歩いていた女性が足を止めた。同じく立ち止まり銀時の横に並ぶ私。近くにいる新八くんと神楽ちゃん。誰もソファへ座らず、棒立ちで顔をつき合わせるこの状況、シュールすぎる。なにこれ。目だけで銀時に訴えてみても、普通に見つめ返されただけだった。無言で見つめあういい歳した男女、気持ち悪っ。
静寂に耐えかねた私は、口火を切るべく「えっ…と」戸惑いをそのまま口にした。
「誰なんですか?この人」
「………さっちゃん」
「さっちゃんアル」
「さっちゃんさんです」
「さっちゃんよ」
さっちゃんだそうだ。満場一致のさっちゃんを聞いた私は「初めましてさっちゃん」と答えるしかなかった。
「じゃあさっちゃんは何してる人なんですか」
「ストーカー」
「メス豚アル」
「元お庭番衆の方、でしたっけ」
「始末屋よ」
今度はバラッバラだった。神楽ちゃんに変な言葉教えたの誰。それただの特徴だよ。このツッコミも合ってるのか?全員の意見をまとめると“元お庭番衆の始末屋メス豚ストーカー”ということになる。これはひどい。訂正する気がないらしいさっちゃんは、あと銀さんの恋人とつけ足した。銀時が間髪いれずに「物好きな銀サンもいたもんだ」と返す。どうやら銀時のストーカーをしているらしい、状況から何となく察したそれに内心ホッとした。
…いや何ホッとしたって。銀時が誰といようが勝手だし、それこそ結婚なんて私が関与することじゃないでしょ。だって私たちはとっくに赤の他人になったわけだし。名乗ってすらいないくせにこんなこと思う資格はない。どこで知り合ったんだろう、美人に好かれて内心満更でもないんじゃないか、だなんて余計なお世話にもほどがある。胸中で渦巻きだしたどろどろの何かに蓋をして、無理やりにでも目を背けた。
いつもフラフラして、誰かを助けて、居場所をたくさん作って。本当にずるい男だ。それでもやっぱり憎めないところが、本当にずるい。
「あなたこそ何なのよ。私と銀さんの愛の巣に立ち入ろうなんて、とんだ命知らずだこと」
「もうメンドくせーから出てけよお前。お前と違って暇じゃねェんだよこっちは」
「何よそれ…押してダメなら引いてみろってこと?恋愛コラムで得たゴミ知識の応用?フフ、私にそんなもの効くとで」
「神楽ァ、粗大ゴミさんがお帰りらしいよ。玄関の外まで追い出しといてくれ」
「ラージャ」
マフラーを掴まれたさっちゃんはずるずると引きずられていった。何か言う間もなく扉を閉めた神楽ちゃんが戻ってきた。実は内心舞い上がってんじゃないの~とかぐるぐるしてたのが嘘みたいに消えていく。さっちゃんの扱いがぞんざいすぎる。毎回こんな仕打ちを受けてもストーカー行為を続けているのだとしたら、よっぽどの執念があるのかもしれない。ちょっとだけ可哀想な気がして、私はいいんですか?と聞いていた。
「いいって、何がよ」
「なんか…可哀想じゃないですか」
「四六時中ストーカーされてる俺は可哀想じゃないワケ?」
「される側にも問題があるんじゃないんですか」
「出たよイジめられる側にも原因がある〜とか言い出すヤツ」
「そんな話はしてないです」
「つかなんでアイツの肩持ってんの。せっかく追い出してやったのに」
「追い出してやったって、どういう意味ですか」
「こういうコト」
ポン、と手渡されたのは茶封筒だった。中身を確認しなくたって、渡されたものが何なのかくらい想像がつく。なんで。驚きで銀時の顔を見上げると、頬に人差し指を押し当ててみせた。
「顔、強張ってんぞ。大方下の妖怪からパシられてきたんだろ。手間かけさせて悪かったな」
「え、あ……別に、それは」
「で、他は何頼まれたんだ?」
「……煙草を、買ってこいって。でも私、銘柄わからなくて」
「しゃーねーなァ。乗りかかった船だ。ちょうどジャンプ買いに行こうと思ってたところだし送ってってやるよ。…あと一応いっとくけどマジでさっきの女と何もないから。幻だからアレ」
ちょっと前になァ、色々あって今あんなカンジ。まァ腐れ縁ってヤツ?だいぶフワッとした説明をされながら、無意識に銀時の後を追いかけていた。
ただの依頼人に世話焼きすぎじゃない?たしかに前から世話焼きだなとは思ってたけど、さすがにお節介がすぎない?ここまで面倒見てたらそりゃあ勘違いのひとつもするでしょ。さっきのストーカーも銀時が撒いた種なんだ。もやもやした気持ちのまま銀時の背中を睨みつけてやる。でもやっぱり憎みきれなくて、ずるい男だなぁ、とひとりごちた。
「……新八ィ、さっき銀ちゃんジャンプ買ってなかったアルカ?」
「え?あ、ホントだ」
「あと妙にそわそわしてなんかキモいアル」
「気にしすぎじゃないの?いつもあんなカンジだったでしょ」
2021.1.6
2025.3.2
加筆修正
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