焼けぼっくい全焼事件
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スナックお登勢の朝は早い。
営業時間は夕暮れ時から深夜にかけて。お登勢さんは夜の蝶といっていたけれど、キャバクラとスナックは厳密には違う仕事だ。スナックはカウンター越しの接客。キャバクラはお客さんの隣に座り、接待を基本とする。らしい。銀時が鼻ほじりながら教えてくれた。隣に座れだ尻を触られただは違法だからしっかり文句いえよ。拒絶しなきゃ同意と受けとるバカもいる。そこまで面倒見切れねーからな。とか忠告までしてくれて、相変わらず面倒見がいいんだかよくわからない男だ。脳内メモ帳へ書きこんだそれらを思い返し、人通りのまばらな歓楽街に目を向ける。家(ヅラのアジトだけど)を出たときよりも幾分か明るくなった空は、一日の始まりを告げているようだった。
とにかく、まずは仕事と環境に慣れること。それを当面の目標にした。馴染みさえすればあたかも最初から働いていました風を装えるし、落ち着いたら晋助に連絡だってとれる。で、問い詰める。何すんのって。ぶっちゃけ半分くらいただの嫌がらせだと思ってるけど、というかそれ以外考えられないけど万が一の可能性もある。彼の同情心が招いた事態なのだとしたら、私がはっきり言うしかないのだ。
一度は死を覚悟した私を救ってくれた晋助と、鬼兵隊のみんなが今の居場所なのだと。
だから、銀時のことはもうどうでもいいのだと、
「……はぁぁ」
思えないから困ってるんだけど。
「どーした辛気臭ェツラして」
「っぎ、………!」
見計らったかのように声をかけられ、肩が勝手に跳ねた。弾かれたように顔を上げると、ダルそうに手を振っている銀時がいた。勝手に出ていった頭文字にしまったと口をつぐんでも、この距離なら耳に届かないわけがない。
「ぎ?」
「ギ………リギリchop」
「何でB'z」
効果が薄いであろう誤魔化しはまァいいやで流された。よかった。ギリギリの崖の上だったのはB'zじゃなくて私だけど。
「ずいぶん早ェ到着じゃねーの」
「…そうですか?普通だと思いますけど」
精が出るねェなんて茶化した銀時をまじまじと見る。今の銀時の装いは和服と洋服を混ぜ合わせた独特なものだった。なぜか片側だけ着物を脱いでいたり、ブーツを履いていたりと統一性がない。なにより腰にさしてある木刀に一際目を引かれる。廃刀令のご時世に帯刀するとどうなるか、銀時ならわかっているはず。私ですら懐刀を忍ばせているのに隠す素振りも見られない。変わっているの一言では片付けられない不可解な出で立ちが銀時の普段着のようだった。
そこまで考えてはたと気づく。
早朝ではないにしたって出掛けるには少々早い時間帯。にも関わらず身なりは整えられていて、今出てきたという風体でもない。仕事…にしてはふたりの姿が見当たらないし、急いでいる雰囲気もない。考えたところでわかるわけもなく、浮かんだ疑問をそのままぶつけてみることにした。
「万事屋さんこそ何してるんですか」
「ゴミ捨てに来たに決まってんだろ」
ゴミ捨て?鼻クソで放物線を描いていた男が?ズボラの擬人化みたいな銀時が?自らゴミ捨てを?そんなまさかといいかけて、なおも顔色を変えない銀時に口の端がつり上がっていく。
マジでか。マジなのか。
「へぇー意外ですね!」
「サラッと失礼なこと言うのやめてくんない」
「なんかそういうのやらなそうに見えるっていうか…無理そうっていうか…」
「俺いつもこんなカンジだからね。古来より人は日の出とともに活動し、日没とともに仕事を終える。それが人間のあるべき姿ってモンだろ。そんなワケでゴミは毎朝俺が捨ててるし、ガキ共の面倒だって俺がちゃーんと見てる。家主として当然っつーか、まァ大人の責務ってカンジかなァーうん」
夢だ。絶対夢だ。夢じゃないのコレ。現実なのコレ。とりあえず一旦目を擦ってみる。ゆっくりと片目を開くとぶつくさ語る銀時がそこにいた。あ、現実だコレ。
「ちゃっかりしてるんですね」
「さっきから言葉の端々に刺を感じるんだけど気のせいだよね。澪チャンがそんなこと言うワケないもんね」
「えっだって家賃」
「違う違うちゃんと払うから!ちょっと仕事がアレで金欠なだけだから。給料だって払うからホント」
「給料も払ってなかったんですか」
「あ……」
しまったと口元を覆った銀時は「たとえ期限を過ぎていようが払えば同じことだから」と屁理屈をこねた。これをちゃっかりしてると形容せずに何と呼ぶ。ゴミ捨ての件はともかく給料遅延はいかがなものか。テロリストの私が言えたギリじゃないけど、社会人としてどうなんだそれは。そもそも社会人なのか銀時は。帯刀してる社会人ってなに?若干の呆れが混じった目を向けると、違う違うたまたまだからいつもはアレだからの要領を得ない言い訳が返ってきた。やっぱり何も変わってないじゃん。
そしてきっと、変わっていない箇所を見つけて喜んでいる私がいる。
「銀さーん!」
「ウゲッ…長谷川さん」
からからと下駄を鳴らして歩く男は、グラサンに甚平と見るからに怪しげな風貌をしていた。どういう関係か知るよしもないけれど、年齢差を感じさせない親しげな雰囲気がある。ひらりと手を振った男に銀時は口元をひきつらせた。
「知り合いですか?」
「知り合いっつーかなんつーか、腐れ縁みたいな……」
「銀さん今日暇?夕方からショーパブ行こうぜ。イイ店見つけてよォ」
視界の隅で動く影と空を切る音。次に瞬きをすると長谷川さんは宙を舞っていた。ズシャァッと地面を滑っていく長谷川さん。足をおろした銀時。それから一部始終を見守る私。
「…ってちょっと!何してんですか!」
「何って…寝惚けて意味わかんねーコトいいやがるからもっぺん夢の国へ連れてってやろうかなって」
「夢の国じゃなくてあの世へ連れてかれちゃいますよ!ミッキーが三途の川泳いで迎えにくる勢いですよ!」
「大丈夫大丈夫。長谷川さんの取り柄はガッツだから。ハートは頑丈だから。黄泉の国から何度でも這い上がってくるさ」
「またテキトーなこといって」
「またって何だよ」
「……なんでもないです」
今度はうっかり口を滑らせた私が苦笑いをする番だった。怪訝そうな顔の銀時から目を逸らし、慌てて長谷川さんへ駆け寄った。気をつけたって会話をすればボロが出る。いつ私のことに気付いてもおかしくないんだから、言葉は慎重に選ばなきゃマズい。素直に名乗りでなかった手前、今更バレたくないと変な意地まででしゃばり始めていた。
このまま他人を装い続けよう。決意を新たにしつつ長谷川さんを抱え起こすと、げほごほと咳きこんで口をぬぐっていた。まさか吐血したの。やりすぎでは。肩に腕を回しながら銀時を見上げると、目と眉の間隔がほんの少しだけ狭まった気がした。ほんの少し。たぶん他の誰かは気付かないほどの、距離。
「酷ェよ銀さん!」
「悪ィ悪ィ。ちょーっと小突くつもりがこのザマだよ。全く朝ってやつは力入っちまっていけねーな」
「朝のせいじゃないよね。絶対わざとだったよね」
けれどすぐに離れたそれは、いつものように間抜けな位置へ戻っていった。
「てか銀さん今日はずいぶん早起きなのな。何ひょっとして用事とかあった?」
「…ん?」
「あ、そういやあんがとな嬢ちゃん」
「それはいいんですけど、今のどういう」
「澪よォ、新人が遅刻はいただけねーぜ。つーことで長谷川さん、また今度な」
続けようとした言葉が遮られ、肩に回していた腕を掴まれる。ぐいぐいと引かれるがまま立ち上がると、支えを失った長谷川さんの体は再度地面へ転がった。いてーだとか騒ぐ長谷川さんに構うことなく歩きだした銀時に、私もしぶしぶ足を動かした。
なんかこんなんばっかだよ。銀時にしろヅラにしろ、何だかんだ人の話を聞かないし強引だし勝手だ。ちらと振りかえると、上体を起こした長谷川さんが複雑そうにこちらを見ていた。内心でごめんなさいと謝っておく。
で、やっぱり私の頭を占めるのはあれだった。
「さっきの話、嘘だったんですね」
「何が?三丁目の佐藤さんの話?」
「とぼけちゃってるよこの人」
「違ェよさっきのはお前小川のせせらぎと小鳥のさえずりかなんかだよお前」
「まだ言ってるよ」
「ゴミ捨てたのはホントだから。嘘だと思うなら証拠見せてやるよ。俺が溜めに溜めた…じゃねーや、読み終えたジャンプがあっからよォ」
「いいです。遅刻するんで」
路地を指さす銀時から腕を引っぺがして前に進む。遅刻するっていったのアンタでしょーが。いってることメチャクチャだから。そうは思いつつも、無意識に頬は緩んでいった。
とりまく環境が変わってしまっても、根本的なところは何も変わらない。私のしっている銀時がここにいる。たったそれだけのことにどうしようもなく安心して、同時にいいようのない不安に駆られたりもする。そのたびに間違い探しのようなことをして、不毛だなって思う。
「…じゃ、俺帰るわ」
「はい」
「頑張れよ。依頼料及び定春のエサ代、神楽の食費、そして俺の豪遊費のために」
「後半は知らないです」
でも今は、何気ないやり取りだけで気持ちが満たされていた。
カンカンと軽快に階段を上っていく銀時を見送り、歩きだそうと前に出した足を、止めた。見上げた先の、ちょうど看板の上。ひらひらと手を振る銀時がへにゃりとだらしなく笑っていた。つられた私もへらへらと笑って別れのジェスチャーを送り返す。
ってちっっがう。何してんの私。仲良くするためにここにいるわけじゃないでしょ。すぐにハッとなって頬を叩くと、全部見ていたらしい銀時がおかしそうに笑っていた。胸の奥がくすぐったい感じがしたのなんて気のせいに決まってる。
くすぶる何かに見ないふりをして、さっさと店に入ってしまおうと戸に手をかけた。
2020.12.31
2025.3.2
加筆修正
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