焼けぼっくい全焼事件
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「それにしても災難でしたね、ガッキーさん」
ガッキーじゃない。
「ガッキーなんて紛らわしい名前して、お前のパピーとマミーは何考えてるアルカ?」
だからガッキーじゃないんだって。
「失礼だぞ神楽。ご両親は新垣結衣という贅沢なフィルターをかけて娘を見てきたんだよ。そっとしといてやれよ」
「銀さん、アンタが一番失礼ですよ」
お前は気づけ天パ。何ですんなりガッキーであることを受け入れてんの。
玄関での一悶着の末、客だと勘違いしてくれた少女のおかげで何とか潜入に成功した。これ潜入か?なんて細かいことを気にした人からハゲてくから。
中央のテーブルを挟んで向かい合うソファ同様に、私たちも顔を合わせて腰かけている。テーブル上に湯呑みを並べ終えた少年は、そそくさと銀時の隣へ着席した。
私から見て一番右、眼鏡の少年、新八くん。ひとつ飛ばしてチャイナ服の少女、神楽ちゃん。そして真正面に座るのは万事屋銀ちゃんの経営者、言わずもがな銀時。自己紹介もそこそこに冒頭のやり取りをするのだから三人の客に対する距離感は狂っている。フォローに徹していると見せかけガッキー呼びをした新八くんは「久々のお客さんなんですからちゃんとしてください」小声で銀時に耳打ちをした。まる聞こえである。わーったわーったと頭をかいた銀時は、露骨に投げやりな態度をとった。まる見えである。いいのか本当にこれで。大丈夫なのかなこの人たち、というか銀時。未成年の従業員雇ってる時点で不安材料しかないけども。
「すみませんガッキーさん。何か相談事があって来たんですよね。僕らでよければ力になりますよ」
おもむろに鼻をほじりだした銀時は、怠そうな声で改名なら家庭裁判所行ってこいと呟いた。だからガッキーじゃない。名前イジりを経由しないと会話できないのか。自業自得だけども、天井に向けて指を弾く銀時を見ていると複雑な気分になる。
この何とも思ってなさそうな態度、本気で私に気付いてないのか。もしくは完全に忘れられてる。好都合なはずなのに、ふつふつと怒りが湧いてきて、そんな自分に余計に腹が立った。
やっぱりアンタにとっての私なんてその程度ですよね。わかってました。わかってましたとも。別に期待なんてしてないし、微塵も落ち込んでないから。
「銀ちゃん、ガッキー全然喋らないネ。お腹空いてるのかもしれないヨ。私の酢昆布あげても大丈夫アルカ?」
「あんましあげすぎんなよ。舌が肥えて飯食わなくなっちまうからな」
「ペット感覚なのやめてもらえませんかね」
落ち込む落ち込まない以前に黙ってたら人権なくなる。咄嗟に割りこみ「そうじゃなくて、依頼のことなんですけど」と切り出したものの見切り発車もいいところだ。下手の考え休むに似たりって、行き当たりばったりでどうにかなる問題じゃないでしょ。嘆いていても三人の視線は厳しくなる一方で、現状を打開できるのは私しかいない。やるしかない、と覚悟を決めて息を吸った。
「えっとですね、…えっと、実はアレ、父が攘夷志士になりまして、私が稼がなきゃいけなくて、あの…働き口が見つからなくてお金に困ってる、みたいなカンジみたいな?」
「なんで疑問系なんだよ」
「最近の若い子は物事をハッキリ言えないってテレビでやってたアルよ」
「世も末だな。いいか神楽、文句は言ったモン勝ちだ。我慢が美徳の文化はとっくに滅びたんだよ。全員潰す気でいけ」
「おうネ」
ダメな大人のそれっぽいアドバイスを真に受けた神楽ちゃんは、大きな瞳を輝かせて深く頷いている。このふたり、一緒に居させたらマズイやつだ。
「まぁ……そんなカンジで人手不足の職場とかあったら紹介してほしいな~的なアレです」
「どんだけフワッフワさせんだよ。全く危機感が伝わってこねーよ」
「でも金銭問題はかなり深刻だと思いますよ。どうしましょう銀さん」
「どーするったってなァ…んなモン俺が聞きてェよ。依頼人まで金無くて今月の家賃どーすんの俺ら。もうジャンプしか買えねーよ」
「こっちも負けず劣らず危機感が無いよ」
「銀ちゃん!ティッシュなら駅前の親切な人からたくさんもらってきたから安心してヨ」
「それ親切心で配ってる物じゃねーよ!やめてよどんどん惨めになってくから」
「んだよォ~新八だって商品に傷がある~とかイチャモンつけて値切ったクレーマーのクセに」
「アレは交渉術といって、相手側の欠点を指摘しつつ安値で新品を手に入れる手段なんだ。クレーマーと一緒にしないでもらいたいな」
時すでに遅し。この人たち全然大丈夫じゃなかった。銀時と時間を共有しすぎたせいでダメ人間が伝染してる。今さらすぎる感想を持つころには、生活感丸出しの話題へ脱線しまくっていた。依頼人そっちのけでアットホームな雰囲気生み出すのやめてほしい。
新八くんが淹れてくれたお茶を口に含みながら、未だ口論を続ける三人をじっと見守る。
会話の内容から滲み出る親愛の情。おそらく三人は家族同然の存在なのだろう。詳細を聞いていなくたってそう感じるくらい、痛いほど伝わってきた。
今の銀時の居場所は“ここ”なんだってこと。
銀時だけじゃない。事情はわからないけれど、新八くんと神楽ちゃんもきっと同じ。三人がそろってこその万事屋なのだと見せつけられているようだった。場違いに苦しくなる呼吸も、締め付けられた胸の痛みも、全部気のせいであってほしかった。こうなることを想定していなかったわけじゃない。いつかくる現実に心構えだってしていた。…けど、所詮想像に過ぎなくて、いざ目の当たりにしたらこのザマだ。
建前の祝福すらできない私がいることに、気付いてしまった。
「そういえばすまいるで同時に退職者が出たとかで、姉上忙しそうなんですよ」
「マジでか!ちょうどいいアル。ガッキー姉御のとこで働いたらいいネ」
唐突に軌道修正が入った会話は、即席で用意した「依頼内容」に戻ろうとしていた。晋助は幕府に目をつけられているから下手に動けないし、かといって自力で帰る手段もない。どのみち江戸に滞在するのだから金銭だって必要になる。ヅラに頼りきりになるのは気が引けるし、働けるならどこでもいい。密偵もどうでもいい。やったことにしちゃおう。半ば投げやりになり始めたとき、勝手に話を進めていたふたりを「あー」と間延びした声が遮った。
「すまいるはやめた方がいくね?」
「どうしてですか?」
「いやーだってよォ、……あそこゴリラ女しか存在を許されない魔窟なワケじゃん?見たところ普通のネーチャンだし無理だろ」
「姉上も普通の姉さんなんですけど。チクリますよ」
「依頼料のこともあるしバーさんとこの方が都合いいだろ、色々と。若いのがいればちったァ空気も清浄されるかもしれねェ。一石二鳥だ」
「そっちのが魔窟アル。汚染されすぎて浄化されないアル。ガッキーまで汚染されてしまうヨ」
「ふたりとも殺されますよ。スナックバーとすまいる、結局あんまり変わらないじゃないですか」
「細けェことガタガタ言ってんじゃねーよ新八君。つーことでアンタ、俺についてきな」
トントン拍子に会話が進み、中途半端に伸ばした腕をがっしり掴まれた。え、何この手。私がぱちぱちと瞬きをしたのを合図に銀時が歩きだした。ついてきなっていうか、連れてくぜの間違いだよこれ。職種にこだわりないからどこでもいいんですけど。ていうかひとりになりたいんですけど。ひとりで感傷に浸りたいんですけど。
有無を言わさず万事屋から引きずり出され、階段を降りるなり一階へ連れ込まれる。
「用事なら夜にしろって何回言わせる気だボケ」
押しかけた先で待ち構えていたのは、カウンター内で煙草を吸う女性だった。私と銀時の顔を交互に見やると、ため息とともに煙を吐き出した。心なしか眉間の皺が増えた気もする。
「何だィ、その女は」
「金に困ってんだと。雇ってくれや。恋ダンス踊れるし見せモンくらいにはなるだろ。な?ガッキー」
「無理です」
「恋ダンスは無理だがヒゲダンスならいけるそうだ」
「無理です」
「てめっ、本当に働く気あんのか?そんなんじゃ社会なんて一生出れねーよ。ハリウッド女優なんて夢のまた夢だよガッキー」
「ならないしガッキーじゃないです」
「アンタらマジで何しに来たんだィ」
こっちも余裕ないんだけどねェ。主にどっかのバカが家賃滞納するせいで。女性が吐き捨てるように言うと、銀時はわかりやすく視線を逸らした。もはや首ごと後ろを向いている。
いい歳して家賃滞納、収入の安定しない職業、極めつけは未成年の雇用。デメリットの方が多いはずの奴を、それでも嫌いになれない自分自身に心底嫌気が差した。たとえ銀時に忘れられようが、新しい居場所を見つけていようが、私の気持ちは変わらない、だなんて。
これ以上一緒にいたら悪化しそうなそれに見ないふりをして、もう一度蓋をする。今までだって出来てたんだから、同じことをするだけ。そうすれば晋助の嫌がらせをまっとうできて、清々しい気持ちで迎えに来いバカヤローとか言ってやれるのだ。なぜか万事屋の一階で働くよう促されているけれど、さすがに銀時との距離が近すぎる。女性も迷惑そうにしてるし、チェンジを申し出て別の候補を提示してもらおう。
目の前で家賃回収劇を披露しているふたりへ向けて咳払いをする。注目が私に向いたのを確認して、話が脱線する前にと用意していた台詞を投げつけた。
「あの……無理いってすみません。迷惑ですよね。別のところ探しますから」
オイ、だとかいいかけた銀時の袖を引っつかんで回れ右。こいつのペースに乗せられてしまう前にさっさと退散だ。格子戸に手を伸ばしたところで「ちょいと待ちな」しゃがれた声に呼び止められ、自然と足が止まる。
「あたしゃ迷惑なんて一言もいってないよ」
「え?」
「アテ、ないんだろ。今さら荷物がひとつふたつ増えたところで変わりゃしないよ」
「いやでも……」
「雇ってやるっていってんだ。ただしそのガッキーってやつはやめとくれ。営業妨害と風評被害が地獄のハーモニー奏でてんだよ」
「……はぁ」
「夜の蝶は源氏名ってのを持つモンさね。当たり障りないヤツを自分で決めな」
「メンドクセーしメメント・モリとかでいいだろ」
「アンタは黙ってな」
不吉な名前を提案した銀時に降りそそぐ手刀。呻いている銀時には目もくれず、女性の瞳は真っ直ぐ私を見据えていた。強い芯と深い愛情。たしかに感じるそれらに気圧された私は…
「じゃあ……澪、でお願いします」
なんて口走っていた。
「フン。悪くないね」
「んじゃま、依頼料に手数料、あと何か諸々込みでこれからヨロシク〜澪ちゃん」
ポンと肩を叩かれて数秒の間。あ、俺坂田銀時ですー、と遅すぎる自己紹介をした銀時に背を向けて歯噛みした。
結局この男に上手いことのせられた!!!
2020.12.18
2025.3.2
加筆修正
6/16ページ
