焼けぼっくい全焼事件
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追いかけてはいけない。追いかけないのが恋愛の武士道である。
どっかで聞いたようなそうでないような、おそらく前者であろう言葉に俺は思う。うるせーと。どこのどいつが決めたかも知れねー武士道なんぞに興味はない。目の前の敵を斬って斬って、必死に足掻いてみたところで何ひとつ残るモンはなかった。何度憎しみに支配されようが、後悔の念に苛まれようが、たどり着く場所はいつも一緒だった。だから俺の美しいと思った生き方をし、俺の守りてぇモンを守る。
そいつが、俺の武士道だ。
「つーことでバーさん。アレ、収穫あったか」
「アンタも懲りないねェ。その執念、他に使い道ないのかィ」
「どーもパチ屋と糖分だけじゃ余り散らかしやがるほどの執念深さでね。とっとと消化しちまいてェんだよ」
「だからそれを有意義なことに使ったらどうなんだいって話だろうが」
それができねーからこーなってんだろババア。残り少ない命の灯火全部吹き消してやろうか。ハッピージエンドオブトゥーユーだよコノヤロー。そういってやれば、俺の頭に電光石火の手刀が降ってきた。拙い英語力でひねり出した替え歌ごとチョップで分断たァ、ひでーバーさんだ。これでもそれなりに落ち込んでるワケですよ、俺は。机に突っ伏しながらぼそぼそ文句をつけ足すと「見りゃわかる」流すついでに煙を吐き出しやがった。煙草に執念使ってるババアがいえた義理じゃねェだろ。今度は口に出さずに心へ留めておいた。ほら、俺って超優しいから。大人だから。終焉間近のバーさんですらしょーもねェことに執着する世の中。俺のほうがよっぽど有意義な使い方してるね。
「しかしまー銀時。アンタがそこまで熱心なのも珍しいじゃないか」
「うるせーババア。俺の何がわかるってんだ。俺だって俺のこと把握できてねーのによォ」
「そりゃてめーを客観視できてないだけさね」
「できるワケねーだろ。結局自分を見つめ直す作業が一番苦行なんだよ。どこまでいってもプライドの野郎が何?呼んだ?みたいなツラして出てくんだよ。巧みに本心を隠したがるんだよアイツ」
「オメーの内部事情なんて知ったこっちゃないんだよ」
衣擦れ音と人の気配。カウンター越しに腕を伸ばしたバーさんが目に浮かぶ。こと、と今度は軽い音が聞こえた。大方盃でも置いたんだろう。とくとくと耳を撫ぜる心地よいそれに顔だけを上げてみる。俺の手元にあったはずの徳利は姿を消し、バーさんの手中におさまっていた。渋々テーブルから頭を持ち上げると、何枚かの小皿が俺を待ち構えていやがった。相変わらずの手際の良さに、慣れてんなァなんて他人事のように思う。実際他人事だしィ?そんなモンお互い様ってワケで、私情を持ち込んで飲んだくれているだけに過ぎない。けど、そんな俺にわざわざ店閉めてしっぽり飲める場を用意してくれたらしい。つくづく頭が上がらねー、とか思わされる厄介なババアだ。
「でも、おかしいねェ。あたしゃ、アンタが本心から逃げてるようには見えないよ」
ほらな。こういうトコ。核心をついたような物言いと鋭く光る洞察力。どうせいくら屁理屈こねくり回したところで見抜かれるのがオチだ。伊達に接客業をこなしていないらしいバーさんの前じゃ、俺の達者な口も拗ねていうこと聞きやがらねー。おかげで言い返したかった文句を酒と一緒に飲み下す羽目になった。
空になった盃へ、再度酒が注がれていく様子をぼうっと見守る。注がれるまま飲んで、最終的に全額要求されたらどうしよう。ババアの思うつぼじゃねーかコレ。酔い潰れたところに請求書でっち上げて突きつけられた日にゃ、いよいよババアの根城からの旅立ちを決意するね俺は。所持品木の棒と盾の一文無し勇者ができて俺にできないことなんかない。俺はやればできる子だよ。あ、神楽と新八いるんだった。いくら酒を煽ろうがビュンビュン回りやがる思考の隅。チラつくのはいつだって同じ顔で、俺はまた盃をひっつかんだ。
「野暮なこときくようだけど、そいつを見つけてどうするつもりだい」
やっぱり何もわかっちゃいねーらしいババアからつまらねェ質問をされる。自慢の慧眼は加齢とともに盲目になっちまったらしい。どうするって、どうするもこうするもねぇだろ。最初に説明したはずのそれに、がしがしと頭をかいて人差し指を立ててみせる。
「何回言わせる気だババア。とうとう認知症でも患ったんじゃねーの?いい病院紹介してやろうか?」
「アンタこそ先月の家賃忘れてんじゃないだろうね。いい病院送りにしてやろうか」
「んだよいい病院送りって意味わかんねーよ」
拳を握りこんだバーさんに浮かべた笑みがひきつった。バッチリ覚えているらしい。年甲斐もなく元気な様子に、いっそもう少し控えめな方がいいのではと思わなくもない。まァ、潮らしくされたらそれはそれで気色悪いけども。なんて口が裂けてもいえねェし、たぶんいわなくたってこの人は。
「その娘とどういう関係か、なんざ興味ないけどねェ、一途と執着は似て非なるものだよ。アンタのそれは…どっちだい」
まったく、不気味なくらい敏いババアだ。
「……さァな。そいつがわからねーから苦しんでんだろ。会ってみなきゃ、何もわからねー」
何十年もツラなんか見てねーのに、未だに囚われ続けるコイツが何なのか。恋だ愛だと綺麗な言葉で片付けようとしたって、どうにもそれだけじゃおさまらない。俺のコレは単純なようで複雑に入り乱れている。じっとしてたら爆発しちまいそうで、幾度も他を見ようと努力した。そんなところに精を出すなって話だが、結局何も変わりゃしなかった。大人の娯楽施設で何人の別嬪をはべらせようが、陰湿なストーカー女に追い回されようが、俺の重た~い尻と感情を動かすには至らないらしい。我ながら恐れ入る。
短く切り揃えられた髪や、女のクセに…この言い方はアレだな。あの、アレ、水晶のごとく澄んだ…いや違うな──なんかやたら真っ直ぐだったような気がする瞳。いつだってチラチラと横切るアイツの顔は、あの頃から目蓋の裏に焼きついたままだ。
ほぼ覚えてねーじゃねェか。これだから男って奴は、自分勝手でいけないねェ。お登勢はそういって、静かに紫煙を燻らせていた。漆黒の着流しから覗く色気とは程遠いそれが、なぜだかひどく印象的で。目の奥がじくりと痛ん
「何勝手に人のモノローグに入りこんできてんだババア!ここは俺の独壇場なの!広い世界で唯一心を落ち着ける居場所なのォ!」
「──そう叫び、銀時はお登勢の手のひらに紙幣を叩きつけた」
「無理矢理すぎるだろォ!俺が家賃を支払う方向に持っていくのやめろ!渡しゃいいんだろ!これで満足かコノヤロー!」
お望みどおり懐から取り出した茶封筒を叩きつける。テーブルにびったんしたそれを拾い上げ、せっせと万札を数え出すババアに目眩がした。ちゃんと入ってるっつーの。わざとらしく悪態づいて俺の体もびったんさせる。木材の香りにひんやりとした感触。酔いが回ってきた体にこのコラボレーション、眠気を誘うには充分すぎる材料だった。
アレ?つーか何の話してたっけ。
何だっけ。初恋の話だっけ。
初恋は実らないってアレ迷信だから。だって俺、
「もしもその娘が他に男作ってたら、アンタどうすんだい」
は?いやないって。ナイナイ。大体俺別れた覚えないから。そんなこと一言も言ってねーから。そりゃあ俺も多少は遊んできたけれども、心はずっと囚われてたから。男は下半身は別の生き物みたいなモンだから。その辺大目に見てくれや。
…でも、そーさな。もしも本当に男がいて、ましてや俺なんぞよりも甲斐性のある男だったとしたら。
アイツの幸せを願って、俺ァ。
「………身を引くとでも思ったかバカヤロー!踏み躙ってでも奪い返すまでよォ!!!だって俺の女だモン!別れてねーモン!」
「おいィィィ!何もかも台無しじゃねーか!モンとか可愛くねーんだよ腐れ天パ!」
「うるせェ腐れババア!男はみんな愛の狩人なんだよ!……世界は俺のためにある。何やかんやで俺を中心に回っている……よって、アイツは俺のモン、だ……」
「根拠の薄いジャイアニズム主張してんじゃねェェ!剛田武の方がまだ謙虚だよ!つーかここで寝んな!」
閉じようとする瞼を持ち上げては下ろすを繰り返し、睡魔の野郎がうつらうつらと船を漕ぎだす。バーさんの声はどんどん遠退いていき、とうとう何も聞こえなくなった。
いつもこうだ。やけ酒かっくらって、やりきれない気持ちを誤魔化そうとする。日ごとに肥大化する感情に、いい加減何とかせにゃならんと思ってはいる。思ってたってどーにもならないことも世の中にはある。つかそんなんばっかだよ。マジやってらんねーな。視界に広がる暗闇の中で、考えることに疲れた俺は意識を手放した。
そうやって全部投げ出せたら、ちったァ楽になるだろうに。
「銀さん!」
「…んあ、」
ずる。俺の顔面からジャンプが滑り落ちていった。光がモロに眼球へ突き刺さる。真っ暗闇にいたはずなのに、突然燦然と輝く太陽の真ん前に追い出された気分だ。率直にいってすこぶる寝覚めが悪い。加えて寝起きで耳にしたのがパシリの声。そりゃあもう最高に不機嫌さ。今なら沢尻エリカもドン引きの仏頂面で言っちゃうね。例のアレ言っちゃうね。
「ちょっと、僕の話聞いてました?」
「…別に」
「別にって何ですか。意味わかんないし腹立つんですけど」
ほーら言っちゃった。頂いちゃいましたよ別に。だから言うって言ったじゃん。ギャーギャー喧しい眼鏡かけられ器に背を向ける。
そうだ寝直そう。酔い潰れたのはいつかの出来事で、今日は仕事がないから昼寝してたってだけのはず。ソファに絶妙なバランスで寝転がる俺がその証拠だ。けど、夢現の中までアイツに侵食されたんじゃ堪ったモンじゃねー。いよいよ本格的に対策練らにゃ、このままじゃ俺マジでおかしくなりそう。いや元からこんなだけども、さすがに夢と現実の区別くらいはついてたから。
“一途と執着は似て非なるものだよ。アンタのそれは…どっちだい”
バーさんの声が鼓膜に響き、今度こそ寝返りを決めてやった。ソファの背に鼻先がぶつかりそうなほど近付いて、ぎゅっと目を閉じる。
ああ、ホント。どいつもこいつもうるさいったらありゃしねー。それがわかってたらこんなことになってねェし、いっそ開き直りたくもなる。俺じゃなくてアイツのせいじゃねって。俺の純情を奪っておいて消えたアイツに問題があるんじゃねって。
「そうじゃなくて、銀さんは初恋の方とどうなったんですか?」
「…あ?」
「いやほら、この間テレビでやってたじゃないすか、初恋に関するジンクス。迷信だーとか騒いでたの銀さんでしょ」
どうやら初恋の話題はテレビの向こう側でされていたらしい。区別がつかないどころか時系列まで乱れてきた。そういやちょっと頭痛ェし胃むかむかするし、二日酔いかもしんない。もういいか、どっちでも。
「ああ、そんなんアレだよ………遠い遠い昔の話さってできたら楽だったよ」
新八に向けた尻をかきながらぼやくと、いや微妙に意味わかんないす、と空気の読めないツッコミが返ってきた。ダメだコイツ。だからモテねーんだよ。なんかもう全部メンドくさい。返事をするのも億劫になり、一際大きな欠伸を皮切りに俺は意識を手放した。
2020.12.1
2025.3.2
加筆修正
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