焼けぼっくい全焼事件
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
何事もノリとタイミング。私たちの場合、ノリまではよかった。相手が踏み出した分だけ引いて、引いた分だけ前に出る。誰かが決めたんじゃなくて、いつの間にか私たちの間にできていたルール。お互いに傷つかない傷つけないくらいのちょうどいいところを守り続けていた。けど、先にルールを破ったのは銀時で、ずっと保たれていた均衡が音を立てて崩れてしまった。後に残ったのはかすかに漂う残り香と、淡く揺れる人影だけ。突き放すくせに足跡を残していくところも、強引に手を取ったりしないところもあのふたりらしい、なんて懐かしい面影を重ねてそう思った。
あとはそれを掴むか振り払うか、自分が後悔しない選択をするだけ。ここまできたら嵐だろうが荒波だろうが乗っかってやる。だってその方が私たちらしいでしょ、理屈よりも魂に従って生きていくのが侍なら、私だってそうしてやるって、万事屋に向かう道中で決心はついていた。
「え」
「あ」
同時に目を見開いて口をぽかんとあけた私たちは、やっぱりノリまではよかったんだと思う。問題はタイミング、だ。
「あぶー」
足元から聞こえてきた声に、私はおそるおそる視線を下げた。ベビーウォーカーの中心で親指を咥えているそれを見るなり、全身から血の気がさあっと引いていくのを感じた。銀髪で、クリンクリンの天然パーマで、ふてぶてしい相貌の赤ちゃんがそこにいた。銀時と瓜ふたつの赤ちゃんが、いた。深く考えなくたってわかる。親子で顔や雰囲気が似るなんてよくあることだし、誰かさんの遺伝子をついで誕生したと考えるのが自然、
つまりはそういうことだ。
「ひ、との気もしらないで……!」
「待て待て待て誤解だ誤解ィ!これはアレだあの、ベビーをシッターする的な依頼をだな」
「嘘つき!そっくりじゃん!そうやっていつもフラフラして!わた、が、私っ、は、ずっと、心配して」
「俺が叱咤ーされているゥ!なまえサン一旦落ち着いて話聞こう!たしかにクリソツだけどもそこまで節操なしじゃねーぞ俺!そんなに信用ねーかな俺!ねーか!だってクリソツだもんなチクショー!」
「あーあーあー!私がバカだったよ!」
気づけば私は大声を上げていて、やけくそのように叫んだ銀時の声を遮っていた。悲しい、むかつく、情けない、裏切られた。色んな感情がぐちゃぐちゃになって、あの夜と同じように頭の中が白くぬり潰されていく。また、騙された。つい最近味わった感覚を忘れられるわけがなくて、行きつく答えはそこしかなかった。しかも今度はちょっと騙されたなんて可愛いものじゃない。どこぞでこさえたか知る由もないけど、子供がいるなら当然相手だっているはず。それを隠して近づいてきた銀時よりも、まんまと引っかかってしまった私自身が情けなくてあほらしかった。
騙された。覚悟を踏みにじられた。踊らされていた。頭に血がのぼってそう感じたんじゃなくて、それが真実だったのだと突きつけられたようだった。銀時は些細なことで抱え込んだものを投げ出したりしない?悪戯に人の気持ちを弄ぶことはしない?そう思いたかっただけじゃないの?違う、昔はそうだった。って何年経ったと思ってんの。そりゃあ侍だってあり方くらい変わるでしょ。晋助だって世界を壊すとか言い出すし、ああでも晋助はできねー法螺はふかねーとかいってドヤ顔したんだった。私のバカ、本当にバカ、救いようのないバカ。
でも一番バカなのは、
「なにこのデジャヴ、今日コレ何回目?なんで俺の周りは人の話をきかねー奴ばっかなんだ?そんなに似てるか俺達?」
なぜか全身びしょ濡れのこいつだ。
「あんたにとってはどうでもいいのかもしんないけど、私はまだ、諦めてないから」
「……………何の話だ」
フルスピードで回転していた思考がぴたりと止まる。私が最初に手を取った人物、そいつの理想を叶えた先にある世界。焦った様子の銀時を睨みつけてから、晋助の左目に映る景色を想像してみる。腐りきった世界を壊す前も後も、きっとロクなもんじゃない。それでも前しか見えていない晋助は、脇目も振らずに進んでいくんだろう。繋がりを護る銀時とは対照的に見えるけど、そんな晋助が私を江戸に追いやり、最低な形で銀時と巡りあわせてくれちゃったのだ。諸々の不平不満くらいぶつけられても文句は言えないでしょ。全部ぶつけ終わって晋助の真意を問いただした時、私の心がまだ晋助の理想と共にあったとしたら、その時はどこまでもついていこう。少なくとも、このバカについていくよりマシだ。
うつむかせていた顔を上げて、私は息を吸った。
◆
何事もノリとタイミング。どっかのゴリラが言ったようなそうでないような、おそらく前者であろうそれに俺は思う。ノリまではよかったと。俺が踏み出した分だけあいつが引いて、引いた分だけ前に出る。赤の他人が決めたんじゃなくて、いつの間にか俺達の間にできていたルール。互いに傷つかない傷つけないくらいのちょうどいいところを守り続けていた。けど、俺が先にルールを破ってやった。そりゃあ長年行方を追っていた女が突然現れたら破りたくもなるでしょーよ。しかも何?なんかコソコソされてるし?全体的に意味わかんねーのに何でガッキー?逃げ恥婚したねおめでとう。何もめでたくねーんだよこっちは。生きとし生けるものがテメーらと同じく幸せだと思うなよバカヤロー。羨ましいこと山の如しだコノヤロー。店先に並ぶ液晶テレビの中、浮かれたツラのゲンホシノが見えてやけくそ混じりに舌打ちをかます。やつあたりをしたところで現状が変わってくれるはずもなく、俺は渋々足元に視線を落とした。
「ぷすっ」
「んだよ、笑い事じゃねーんだよこっちは」
そうだ、何にも変わっちゃくれない。たとえば今日、家の前に『あなたの子供です。責任とって育ててください。私はもう疲れました』の紙切れと一緒に赤ん坊が落ちていた現実も。
アレはなんやかんやで色々あって総合するとナイからナイ。絶対ナイ。断じてナイ。ナイっつってるのにみんなガキにメロメロだし、どいつもコイツも話きかねーし、あげく川にまで落とされるしのとんだ厄日だ。やっとの思いで這い出ると顔色ひとつ変えないクソガキと目があって、俺の中の自信がくたくたにしぼんでいく。まさか、そんなまさかな。だってアレはアレで大丈夫だったじゃん。ちょーっとアレしちゃっただけじゃん。大体俺それどころじゃねーから。二兎を追う余裕なかったから。一兎を得るので精一杯だし最近そいつにぶん殴られたばっかだから俺。
「?」
だからコイツは俺の遺伝子で図太くなったんじゃない、万事屋を保育園か何かと勘違いした奴の仕業に決まってる。
「…………………」
髪からぽたぽた落ちてくる水滴を払って、俺を見上げるつぶらな瞳をじっと見る。捨て子だか何だか知らねェがコイツに罪はない。そんなことわかっちゃいるが、根も葉もない噂を立てられアイツの耳に入る、なんてのはまっぴら御免だ。万が一こんなトコ見られたら、新八の比じゃないくらい軽蔑のまなざしを向けらること請け合いだ。早いトコ親を探しだして身の潔白を証明してやる。
そう意気込み、路地裏へと進めかけた足を、止めた。
「え」
「あ」
どうやら神様は俺のことが嫌いらしい。ほぼ同時に口を開いた俺達は、運命のイタズラによって邂逅させられたんだろう。そうでないなら己の不運さを呪いたくなる。
「あんたにとってはどうでもいいのかもしんないけど、私はまだ、諦めてないから」
「……………何の話だ」
咄嗟にそう返したはいいものの、頭の中は言い訳にすらならない残骸たちで溢れかえっていた。同じくごちゃごちゃしてるんだろう気持ちを吐き出したなまえは、開けたり閉じたりさせていた唇を引き結び、静かにうつむいた。怒りやら悲しみやら、たくさんのごちゃっとしたもの詰めこんだなまえの表情は、影に隠れて見えなくなる。気の利いた相槌を打てないでいた俺は、ふと鼓膜の奥で反響していた音に気づく。ひとの気もしらないで。ずっと心配して。その意味を理解したとたん、身体中に電気が走ったようにぴり、と空気が張りつくのがわかった。
ひとの気もしらないで?そんなモン、こっちのセリフだっつーの。どこほっつき歩いてたのか知らねェが、生きてたんならツラくらい見せろっつーの。ふつふつ沸いてきた怒りに、いやこの場合お互い様だろって俺の冷静な部分が仲裁に入る。今すぐにでもぶつけてやりたかったものを飲みこみ首を振る。違う、ここで感情的になったらいつかの二の舞だ。侍は一度した約束は死んでも護る。俺はもう、逃げない。ぎり、と奥歯を噛みしめて、俺は拳を握った。示し合わせたように顔を上げたなまえは、幾分か厳しくなったそれを張りつけて息を吸った。
「みんなのため、私のためにも、晋助を…………………」
「ッ、オイ!」
言い終える前に踵を返したなまえは、振りかえることなく走り去っていく。あの夜と重なる後ろ姿に、そういやアイツの後頭部ばっか見てんな、と自嘲めいた感想がこぼれそうになる。問いつめたいことは山ほどある、口にしたってどうにもならねーことは百も承知だから、仕方なくため息に混ぜて吐き出した。ひとまず追いかけて落ち着かせる。話はそっからだ。踵を浮かせて地面を蹴りあげようとした俺は、弱々しく引かれる感覚に違和感をおぼえる。なんか忘れてね?そっと視線を落としていくと、心なしか不機嫌そうに親指を咥えるそいつと目があった。
「むー」
「あ、ヤベ。忘れてた」
2021.9.7
ゲンホシノに恨みはないよ
2025.3.3
加筆修正
16/16ページ
