焼けぼっくい全焼事件
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「今から一気に喋るからとりあえず聞くだけの人になって。終わるまで一旦待って」
そう前置きをした私は宣言どおり一息で話し続けた後「……というわけで、私は江戸を去ろうと思ってます」と締めくくりつつ、聞くだけの人になってくれた男をちらっと見た。
「ところで幾松殿、思いきってメニューにカレーライスを追加をするのはどうだろうか」
「ウチはラーメン屋だって言ってるだろ」
あっけなく一蹴した女性と、真剣な顔で提案をする長髪と態度がウザい男──もといヅラは、私の方には目もくれず「ならば寿司で手を打とう」と食い下がっていた。どうやら聞き流すだけの人になってくれちゃったらしい。
「ねぇ聞いてる?ヅラ」
「ヅラじゃない替え玉だ」
「はいよ」
「はいよじゃなくて」
「アンタは黙って食べな。麺が伸びる」
「あ、ハイ」
カウンター越しに凄まれた私は、すぐさまラーメンの器に視線を落とす。受け取った時より艶やかで膨張した麺が目にとまり、流れるように割り箸を割った。両手を合わせていただきますの挨拶を済ませると、隣から「プププッ、怒られてやんの」ヤジが飛んでくる。何ちゃっかり聞いてんだお前は。私の話もちゃんと聞いてよ。と言ってやりたかったけど、ヅラのアジトに居候したり一方的に喋りまくったりと、私の都合に付き合わせているだけなのだから責める資格はない。ちょっかいくらい甘んじて受け入れよう、とため息をついて麺をすくい上げた───
「……で、銀時がモロ出しでギンギンのビンビンで大変なことになり、何やかやでなまえは江戸を立ち去るのだったな」
───けど、すぐに箸の間をすり抜けて落ちた。
「ちょっと!何紛らわしいダイジェストでお送りしてくれちゃってんの!?」
「なまえ、俺は反対だ。銀時には銀時の考えがある」
「なんで今の流れでそう思えんの?バカなの死ぬの?」
「銀時は何も言わず背負いこみ、なまえは踏みこむまいと身を引く。お前たちは昔からそうだ」
「…………」
「寄せてはかえす波のように、一定の距離を保ち、互いにとって心地よい場所を守り続けている。今一度、己を見つめ直してみたらどうだ」
静かに目蓋を伏せたヅラは、私のツッコミを全部無視してゆるやかに首を振る。心配と呆れが混じっているようなそれに、やや間をあけて「や、だからさ」「今の流れでそれはおかしいって」と返した私は、たぶんうまく笑えていなかったんだろう。横目で私を見るヅラが、物言いたげな口を引き結んでしまったのが見えてそう思った。散々私の話を無視してたくせに、頭のネジが抜け落ちまくってるくせに、こういう時ばっかり気をつかって常識人のフリをするんだから嫌になる。
「…………なんでもよかったんだよ、私は、本当に」
小皿に行儀よく並んでいる餃子を箸でつまむ。視線だけで続きを促すヅラに、私は正直ね、正直な話、と前置きをして息を吸った。
「またいつか、離れる日がくるのかなって思うと、怖くなった。万事屋のふたりもお登勢さんもあたたかくて優しい人たち。銀時には新しい居場所も護りたいものもたくさんできた。……それを、晋助と壊そうとしてるんだよ?全部を隠して一緒にいられるほど非情になれないし、銀時の前で裏切るようなことをしたくなかった。わがままなんだよ、どこまでも。だから、お互いのためにこれ以上干渉しないのがベストなんだって、思ってた」
ひとつを醤油につけて口に放りこむ。独特の塩気をたしかめることなく、続けてつまみ上げたもうひとつを別の小皿に運んでいく。
「私がなまえだって気づいたら、銀時だってそうしてくれるって、思ってた」
ちょいちょいと小皿の上で跳ねさせた餃子を一口で食べる。サクサクと小気味のいい音を立てて、口の中に肉の旨味が広がった。そこにあの塩気はなくて、かわりにやってきたのはラー油の辛みと酢の酸味だけ。使う調味料にこだわりがあるわけでもないのに、何となく騙されたみたいな気持ちになって箸を置いた。それもこれも頭の片隅に居座るアイツのせいだけども、手のひらに残るじんわりとした感触に、頬に紅葉を咲かせて悪態づく銀時まで浮かんできそうだった。
「なんでもよかったんだよ」
私はもう一度同じセリフを言う。
「でも、銀時は全部わかった上で私を泳がせて、なんにも聞かないまま踏み出してきた」
憎らしい笑みとともにやってきたふざけたセリフ。思いきり平手打ちをかました時の、お手本のような叫び声とマヌケな顔。数秒前の出来事みたいに、ひとつひとつの仕草を鮮明に思い出せる。
「何でもいい、にしてはずいぶんと不服そうに見えるのは俺の気のせいか」
「気のせいじゃないよ」
「侍は一度腹を決めたらコロコロと主張を変えぬものだ」
「女心と秋の空っていうでしょーが」
「ああいえばこういう。屁理屈ばっかりこねて、そんなんだとロクな大人になれないんだから。もうッ」
「うざ」
あの夜、全力で走って逃げ帰った私は、倒れこむように布団へ潜り込んだ。朝日がのぼると荷物整理をして、開眼しながらイビキをかいていたヅラを叩き起こした。考える暇もなく、衝動に突き動かされた私には、銀時が何を考えているのかさっぱりわからなかった。騙された。覚悟を踏みにじられた。踊らされていた。あの時は頭に血がのぼってそう感じたけど、そんなことをするためだけに私を受け入れたとは思えなかった。銀時は受け入れる幅が人より広い分、些細なことで抱え込んだものを投げ出したりしない。悪戯に人の気持ちを弄ぶこともしない…もちろん一部の例外を除いて。主に長谷川さんとか長谷川さんとか長谷川さんとか。
ようやく回り始めた思考の中心で、私はゆっくり目をつむる。ぐるぐると目まぐるしく記憶が行き交うそこで、幾分か冷静さを取り戻した頭で整理していく。
「ホラ、できたよ」
私を江戸に送り込んだアイツの、本当の目的は何なのか。銀時はどうしたかったのか。
「銀時ってあの銀サンだろ?そこらの男よりよっぽどいいんじゃないかい」
「騙されてはイカンぞ幾松殿。年中金欠で暇さえあれば打ちに行く、経済面ではほぼアテにならんようなろくでなしだ」
「攘夷志士のアンタよりマシだろ」
私はそれを、どう思ったのか。
「何があったかしらないし聞くつもりもないけど、アンタが後悔しない選択をしなよ」
目尻を下げて笑みを作る幾松さんに、私は小さく頷くだけの返事をする。晋助が、銀時が、ヅラが、万事屋のふたりが。みんなが出した最善を寄せ集めるんじゃなくて、私は私のために考えた上で決める。このまま逃げ帰ることだってできるけど、鬼兵隊に戻ればいずれ衝突するのは目に見えてる。ヅラは穏健派に移行したとは言っていたけど、攘夷活動自体をやめたわけじゃない。どうにか銀時を引き入れようと画策している節だってある。いつか鉢合わせてしまった時、迷いを生まないためにも心を決めなくちゃいけない。
晋助の理想を叶えるために生きるか、自分のために生きるか。
「決心はついたか?」
「うん。聞いてくれてありがと」
「フン。お前を手元に置いておけば、銀時を引き戻す際に人質に取れると思っただけだ。礼には及ばぬ」
「なんで真顔で恐ろしいこと言えんの?私にそんな効力ないよ」
「ある。俺にはわかる」
「そ」
じゃあさっそく、その効力とやらをたしかめに行きますか。自分に向けたかけ声とともに立ち上がると、後方にずれたイスががた、と音を立てる。隣の席に置いてあった私物に手を伸ばしたところで、カウンターに立つ幾松さんから「ちょいと」尖った声音で呼び止められた。
「盛り上がってるトコ悪いけど、そこの伸びきった麺、きっちり食べていっとくれ」
「あ、ハイ」
鋭い眼光に射抜かれた私は、吸い込まれるようにイスに腰を落とす。また隣からくすくす笑う声が聞こえてきたけれど、相手にしてたら麺がうどんよりも太くなってしまう。今度こそ隣の存在を無視して、ヅラの替え玉の倍はあるだるんだるんの麺に箸を突っこんだ。
2021.8.8
2025.3.3
加筆修正
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