焼けぼっくい全焼事件
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「ウッ……ぎもぢわり………」
「ちょっと、今吐くのだけはマジでやめてくださいよ」
歓楽街の喧騒を背に受けながら、肩にのしかかる銀時の腕を持ち直す。吐いたら問答無用で背負い投げだから。そのままドブに捨てていくからっていった私の横で、なんにも聞いちゃいない銀時から唸り声が返ってきた。夜が深まり往来が激しくなった大通りで、銀時のそれを耳にしたのはたぶん私だけ。賑わう通りを抜けていく私たちを気にする人は、きっとどこにもいないんだろう。ぽつぽつと目印みたいについた街灯が、薄暗い夜道にぼんやりと浮かび上がっている。ずるって下がりかけた銀時の腕を支えながら、光に沿うように足を動かした。
「さっみ。飲み足りねーのかなァ」
「散々飲んだでしょ」
「中途半端に飲むと寒くなんねェ?」
「しらないです」
「あ、ヤベ。……………あのさァ、ちょっとでいいからあっち向いててくんね。すぐ終わっから。秒で終わらせっから」
「ばかやろう」
肩から離れた銀時の腕がだらんと垂れ下がるベルトに向かっていく。不審な動きをする影に、嫌な予感がした私はすぐさま腕をひねり上げた。「アダダダダダ!漏れるゥ~」とか大袈裟に騒いだ銀時は予想どおり催しちゃっているらしい。その辺の草陰でナニをアレした手を私に差し出し、何事もなかったように帰路につくつもりなんだろう。この男の辞書に遠慮も配慮もあったもんじゃない、わかってたけど。だからってこのまま流されるのは癪だからと手を引っぱってやれば、千鳥足の銀時は何もないところで躓いていた。
「あんまし刺激与えないでくんない。先っちょまできてるってコレ」
「帰るまで我慢して」
「あ?たしかに出口までの距離は女より男の方があるけども」
「いちいちそこに直結しないで」
「そこって何?具体的にナニ?」
「うわ最低、お妙ちゃんにチクっとこ」
「トラップカード発動!口封じのアイスクリーム!」
懐に手を突っ込んだ銀時は「ハイ、何やかんやでお前の空気より軽い口は封印されました」雑な説明をしながら財布を取り出し、ひらひらと左右に振ってみせた。見るからに軽そうだし、どうせ小銭しか残ってないんだろう。屋台を出る直前でちらっと見えた中身はスッカラカンだった気がする。それでも無駄な虚勢を張っちゃうところが銀時らしいけど、やっぱり憎めないなあって絆されちゃう私も私だった。へらへら笑うだらしない横顔がすぐそこにあったもんだから、目を逸らした私の頬もきっと、へにゃって緩みきっていたに違いない。
「バーゲンダッシュ」
「あずきバーだろここは」
「バーゲンダッシュ」
「間をとってガリガリ君にしよう」
「バッシュ」
「何それ」
だらっとした空気感も、テンポよく続く会話の先も、変わってしまった状況も居場所も、何年経っても変わらないところも何もかも────あの日、諦められたはずの現実が目の前にあることだってわかってる、わかってる、から。
「何でもいいよ、私は。本当に………」
何も変わらないままでも変わってしまっても、新しい居場所で元気にやってる銀時を見れただけで満足したから。未練なんて情けないものじゃなくて、良いことも悪いことも思い出として昇華していくから。だから、何だっていい。これ以上望むことなんて、ない。続けようとした言葉は声にならなくて、胸の奥でぐるりと渦巻いていた。
「………………」
「…………、…………………」
ふいに会話が途切れて、どちらともなく口をつぐむ。街灯と同じように夜道を照らしていた月は、厚い曇に覆われて見えなくなる。ついさっきまで暗闇に浮かんで見えた銀時の顔も、黒くぼやけてしまっていた。
「………………………」
夜のしじまの中でふたつ分の足音が響く。
"なまえ……………"
こつ、こつ、と不規則に重なる音に混じって聞こえるのは、ついさっき耳にしたばかりの銀時の声。店を後にする前も道中も聞こえる、他のどんな音よりも大きくて耳障りで、何よりも私が待ち望んでいたものだった。正体を隠して近づいたくせに、気付いてくれない虚しさを募らせて、勝手に期待して落胆する。どうせ何にも覚えちゃいないし、私のことなんかどうでもよかったんだ。まぁそんなもんでしょ。そういうことにして。って都合良く責任転嫁しちゃうくらい諦めきれなかった、んだと、思う。
だからこそ忘れ去られていなかった事実に、胸の奥がずしんと痛んだ。新しい居場所で護りたい存在ができてしまっても、記憶の片隅に置いてくれていた。わざわざ名乗り出るまでもない、たまに私を思い出している。それだけでずっと空いたままの心の隙間が満たされていくようだった。密偵とか晋助の目的とか、細かいことはよくわからなかったけど、今の銀時にとっての日常を邪魔したくない。
だから、このままがいい。銀時だけじゃなくて自分のためにも、今をちゃんと生きよう。月を覆う雲が流れていくのを見上げながら、本気でそう思った、ときだった。
「……………なまえ」
月明かりに照らされて、黒くぼやけていた表情が晴れる。暗闇に浮かんだふたつの瞳は、静かに私を見据えていた。
「なぁ、なまえなんだろ」
すがるような声と頬に添えられた手、とろんと蕩けた瞳の奥で揺れている何か。いつの間にか詰められていた距離に、心臓がどく、と脈打った。
「だ…………れと間違えてんですか、酔っぱらい。とっとと帰りますよ」
この距離で聞き間違えるわけがない。はっきりと呼ばれた名前は私のもので、頭の中は一瞬のうちに真っ白になっていく。何か答えなくちゃって開いた口から出てきたのは、震える私の声と全然誤魔化せてないセリフだけ。「わかってんだよ。違うってことくらい、わかってる」吐き捨てるようにそう言った銀時の表情は、ひどく歪んでいた。…気がした。確認しようにも銀時はすぐに俯いてしまったから、今どんな顔をしてるのかもわからない。
「けど、お前のツラ見てるとどうしたってチラつきやがる。鬱陶しくて仕方ねェ。…………もう、顔見せねェでくんねーか。でないと俺、アイツのこと忘れそうで、忘れてアンタに気持ちが移っちまうのが、怖ェ」
「銀、時……」
思わず飛び出たひとことを銀時は聞き逃さなかったらしい。しまった、と口を閉じたところでもう遅くて、俯いたままだった銀時が顔を上げた。
「…………なーんてな、ハイ当たり」
泣き出しそうなくらい震えた声を絞り出していたくせに、にっと口の端をつり上げた銀時はちっとも泣いてなんかいなかった。目元を押し上げたような憎らしい笑みを浮かべて「やっぱなまえなんだろ、お前」自信満々な声でそう言い切られる。態度の急変についていけなかった私は「なっ、にが」と狼狽えることしかできなかった。
「何がじゃねーんだよ」
私の片頬をくすぐる手のひらを掴む。
この男、銀時、は。
「何のつもりか知らねーが髪伸ばした程度で俺がわからねェとでも思ったか?なぜか男装がバレない摩訶不思議ワールドでもあるめーし、モロ出しだっつーの。ここドコだと思ってんのお前、学園ラブコメ漫画と勘違いしてんじゃねーぞお前。ここは少年に夢と希望を与える場所だろーが!銀さんのレーダー舐めんなよ。ほら見ろコレ、ギンギンのビンビンに受信して、あのコレ、大変なことに……ちょっ、見てみ」
最悪だ。ほんっっっっとに最悪だ。
どっちが先に騙した騙されたとか、まんまと引っかかった私が情けないとか、気付いてたんならさっさと言えとか、ふつふつと沸き上がる感情はぐちゃぐちゃで最悪な気分だった。とりあえず一発でいいから殴らせろってこんな気持ちなんだって、冷静に納得する自分にすら腹が立ってしょうがなかった。大真面目に慎重に、一言一句に喜んで悲しんで振り回されて、ようやく決めた覚悟を踏みにじられて、お前は踊らされていただけなんだって言われてるようで、本当に、本当にあほらしい。
「歯ぁ食いしばれ!バカ!!」
大きく手を振りかぶって、怒りの矛先へ思い切り叩きつける。弾くような軽い音と銀時のぶべら、だかよくわからない叫び声が、夜の街に響き渡った。
2021.6.13
2025.3.3
加筆修正
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