焼けぼっくい全焼事件
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口約束ほどアテにならないものはない。
今度飲みに行きましょう。機会があればね。社交辞令の常套句で口では何とでも言えてしまう。ごめん忘れてた。そんなこと言ったっけ。じゃあ今度行こうかってまた、期日の曖昧な約束をする。当然契約書なんて存在しないから、破ったところでデメリットは発生しない。酒の席での会話ならなおさら信憑性は薄くなって、真に受けた方が悪いみたいな風潮さえある。だから、本気にしてなかった。どうせいつもの冗談でしょって、明日になれば都合良く忘れちゃって、私だけが律儀に覚えてるであろうことにも諦めがついていた。そんな甲斐性を持ち合わせてたらもっとモテただろうし、本当に身を固めていたかもしれない。そうやって消極的な自分から目を逸らして、言い出せない理由をあいつのせいにした。傷つくことから逃げ出して、まだこのままでいいって納得した…フリをした。
だから本気にしてなかった。勝手に舞い上がって傷つくのが、怖かった。
また何かを失うのが、怖かった。
「……………え?」
「何回言わせる気だコラ。今時ラノベの主人公でももっとマシな突発性難聴発症すんぞ」
もっかいいって。メンドくせー。あと一回だけ。ったくしゃーねーなァ。うん。次はマジでねーからな。うんって何往復させたかわからないやり取りの後、だァーからァーって続けた銀時はがしがしと頭をかいた。
「ババアの小皺数えながら酒飲むのも飽きちまってよォ」
「うん」
「たまにゃ外で飲むのも悪かねェと思ってな」
「うん」
「けどひとりで飲む気分でもねーしなァ、どーしたモンかなァ」
「うん」
「ンッ……ンンッ……オホンッ!…………あー、そこのお嬢さん。俺とオールナイトで飲み明かして側溝をゲロまみれにしませんか」
「嫌です」
やたらと真剣な表情で告げられたそれは、デートの誘い文句と呼ぶにはあまりに粗末なものだった。反射的に拒絶すると「うんの流れだったろーが!!」お気に召さなかったらしい銀時が声を張り上げる。すかさず私も「言うわけないでしょーが!」って切り返したら、ぐっと言葉を詰まらせた銀時はそっぽを向いてしまった。何をどう解釈したらその流れになるのか、銀時がモテない主な原因はこれだろうけど、当の本人は気付いてないんだから笑っちゃう。ゲロはないでしょ、ゲロは。そうつけ足したら、不機嫌そうな声で「うっせー」って返ってきた。
「……今日の夜、付き合えよ」
何か言おうと口を開いた私を遮るように押しきられる。くるっと向きを反転させた銀時は、万事屋に続く階段を上がっていってしまった。深夜を過ぎても鳴りやまない喧騒に混じる軽い音、カンカンとリズムよく響いていたそれはほどなくして聞こえなくなった。
饒舌さがなりを潜めて歯切れ悪くなるこの感じ。現状は変えたいけど何かを失うのは怖い。一歩踏み出して離れていくくらいだったらこのままでいい。傷つかない傷つけないくらいのところにいられるんだったらそれでいい。曖昧な態度を取りたがる銀時だって私と同じだったはずなのに。有無を言わさない口調で言い切った銀時は、たしかにあったはずの線を飛び越えようとしていた。
「……………、………」
銀時は何かを変えようとしている、それに気付かないほどバカじゃない。全部を隠したままじゃいられないことも、私自身がそう望んでないことだってわかってる。でも、たとえば。先に私が逃げてしまったら、銀時の新しい居場所を汚さずに済む。『澪』の痕跡を消せなくたって、いずれ記憶は風化していく。余計なことは考えずに晋助の手助けに専念すればいい。それぞれの日常に戻れば嫌でも諦めがつく。今までだってそうだったんだし、おんなじことをするだけ。また失うくらいだったら、またあんな思いをするくらいだったら、最初から何もないままでいい。空っぽのまま生きて、誰かの理想を叶えられるならそれでよかった。今の居場所を守れるならそれだけでよかった。
はずだった、のに。
「お前さァ今さらウーロン茶とかナメてんの?カワイ子ぶってんじゃねーぞ、家でしこたま飲んでんのしってんだからな俺」
「そっちこそまだ飲むつもりですか。潰れたら置いて帰りますよ」
「つれねーこと言うなよ。緩やかに目蓋を閉じた俺に『あ、意外とまつげ長い』とか思ったりしてキスのひとつやふたつやみっつやよっつ」
「気色悪い妄想垂れ流すのやめてもらえませんかね」
横にある銀時の頬は真っ赤に染まっていて、同じく熱を帯びる自分の頬に手を当てた。
完ッッ全に飲みすぎた。飲みすぎたし結局ここまできてしまった。無視して逃げることだってできたのに、私はそれをしなかった。過去は変えられない。考えるだけ時間の無駄。そうやって諦められていた現実を変えるチャンスがすぐそこにある。銀時の居場所を踏み荒らしたくないけれど、今ある気持ちを誤魔化すこともできない。どうせいずれバレちゃうんだから後でも先でも同じ事。境界線の前に立った銀時と同じように、私は踏み出す道を選んでしまったのだ。
「それにしても女連れたァ旦那も隅に置けないねェ」
「アンニュイ白髪天パブーム的な?まァようやく時代が俺に適合してきたってカンジかな~ウン」
「ないよそんなブーム。限りなく狭い範囲の流行だよ」
「とか何とか言っちゃってますけどね、この娘ふたりきりの時は超アレなんで。照れちゃってるだけなんでェ」
「見せつけてくれちゃって~ホラ、飲みな姉ちゃん。俺の奢りでィ」
「私ウーロン茶っていったよね。何でそんなにノリいいの。何で誰も話聞かないの」
何かを変えるのは容易じゃない。これまで築き上げてきたものを崩すんだから、生半可な気持ちで挑めば土台から壊れてしまう可能性だってある。それでも、何かを失ったとしても、今を変えるために進みたい。覚悟を決めてきた私を嘲笑うみたいに、隣のバカはアルコールをちびちび口に含んでいた。時おりちらっとやってくる視線の先で、死んだ魚の形をしたそれはゆるく瞬きをしている。眠たげに細められては開いてを繰り返す様子を見て、遅れてやってきた後悔の念が「そんなこったろーと思ったよ!クソ真面目に考えていた私がバカでした!」と叫んでいた。
「照れて……だけ…………………ふた、り……」
「この酔っぱらいまだいってる」
「よってねぇし、ヨユーだし…………」
「酔ってる人がいうやつ」
前のめりでグラスを傾ける銀時はどっからどう見ても酔っぱらい。屋台に入る前から出来上がってたんだからそりゃそうだ。言わんこっちゃない、だからハシゴはやめとこっていったのに。調子に乗ったらロクなことがないっていったのに。今さらすぎる文句をぶつけようにも、腕の中に顔を埋めたアホはうんうんとうめき声を上げていた。いよいよもって寝る体勢に入ったらしい。そろりと親父さんに目を向けると、あらら~なんて笑い飛ばされた。あらら~じゃない。銀時の周りに並んでいるタマゴも心なしか呆れているように見える。
「あの、ホントすみません。すぐ出てくんで」
これ以上迷惑かけまいと放置されたままのつまみやらに箸をつける。せめて頼んだもの食べてから寝て。ていうか寝るな。帰ってから寝て。心行くまで寝て好きなだけ身体の疲れでも頭のネジでもとってほしい。恨みをたっぷりこめた視線を送りながら、水滴の浮いたグラスを引っつかんだ。
手のひらにひんやりとした感触が残り、ちょっとした悪戯心が顔を覗かせる。そうだよ、どうせ起こさなきゃいけないし何したっていいでしょ。宣言どおり銀時は奢ってくれたし感謝もしてる。してるけど振り回されたままじゃなんかむかつくしむかつく。肩透かしを食らった私と、ほっぺにびちゃってやられた銀時。お互いちょっとヤだなって思ったところであいこでしょ。無理やりにでも正当化して箸を置いた。
少しだけ身を乗り出して、銀時に感づかれないようにそっと伸ばした手を、
「なまえ……………んん、」
─────止めた。
「…………………え」
今、呼んだのは。
呼ばれた、のは。
「ああ、またいってんのか。銀さん酔っぱらうとすぐそうなるんだよ」
そいつがどこの誰なのか、どういった関係か。男か女かもわからねェ。それとなく聞いたこともあったが、上手いことはぐらかされちまってね。あんまり詮索するのもどうかと思ってそれ以上のことはよく知らねーんです。人の数だけ過去がある、誰しも人に言えねーことくらい抱えてるモンでさァ。ここだけの話俺ァ昔の女だと思ってるけどね。さっぱりしてそうに見えて未練タラタラだって絶対。あ、銀さんには内緒だからねコレ。
人差し指を口元に当てた親父さんからウィンクが飛んでくる。懐かしいなァ昔は俺もよォって語り始めた親父さんに「またまた~」っていった私はたぶん笑えてない。何で。どうして。考えたってどうしようもない疑問で頭の中がぎゅうぎゅうに埋めつくされていく。気の利いた相づちも打てそうになくって、息づかいに合わせて揺れる銀髪をただ、見ていることしかできなかった。
2021.5.16
2025.3.2
加筆修正
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