焼けぼっくい全焼事件
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「銀ちゃんお前が来てからずっとそわそわモジモジしててキモいアル。心当たりないアルカ?」
あの日の神楽ちゃんの言葉が頭から離れてくれない。手があいてぼんやりしたときや、単純作業をしているときに決まって脳内で再生される声。悪戯っぽい笑みを浮かべていた神楽ちゃんの顔も、優しく重ねられた手のひらの暖かさも。ちょっとだけ距離の縮まった私たちから伸びた影も、どれも鮮明に繰り返されてはため息が出た。
心当たりがない、こともない。というか神楽ちゃんに指摘されてなおさら意識し始めた、の方が正しいかもしれない。変にプライドが高くて見栄張るのも今に始まったことじゃない、大人になっても相変わらずだなぁなんて呆れ半分微笑ましくもあった。昔の友人が変わらずにいるのも悪くない。いつだかヅラがいっていたそれに、笑い混じりに共感したのは記憶に新しい。あんたもでしょーが。あんたもひとつ足りとも変わってないでしょーが。そんなツッコミを喉の奥に引っこめて、何だかんだ愛されちゃってる銀時の顔を思い浮かべた。憎まれ口を叩きながら、ただの依頼人である私に世話焼いてくれてるときの横顔。何となく既視感があって、ずっと前にどこかで見たような気がする光景。
そして、神楽ちゃんのひとことで気付いてしまった。澪の私が見ている銀時が、記憶の中の銀時と重なることに。
「澪さん?どうかしたんですか」
「………え?」
「いや何かぼーっとしてたっていうか……本当は疲れてるんじゃないですか?やっぱり買い出しは僕ひとりで」
「違う違う。アレあの、宝くじ当たってるか気になっただけだから。今回はいける気がするなって」
「澪さんまでそんなこといって、刹那的な生き方してるとロクなことにならないですよ。長谷川さんしかり、銀さんしかり」
「ソウダネ」
新八くんからかけられた声に引き戻され、慌てて隣に目を向ける。少しだけ高い位置にある眼鏡…ではなく新八くんの顔、呆れたみたいに下がる目尻が見えた。口調のわりに声音は優しくて、そこにこめられた意味がわかっちゃうからこそ気まずかった。
一攫千金などと身の丈に合わない夢は追わず、何事も地道にコツコツと。最後は堅実なものが成功を掴むんです。続けて地味と堅実の違いを語る新八くんに、しっかりしてるなぁなんて苦笑いをする。気配り上手で自他ともに誠実。万事屋きっての常識人であろう新八くんは、見た目どおり真面目を擬人化したような人物だった。仕事がなくても怠けたりせず、今日もひとり買い物に出向く姿が見えた。これはチャンスと同行を申し出たら、快く了承をしてもらえて今に至る。これでこっそり探ろう新八くん篇を遂行できると、部屋でグータラしているであろうふたりに感謝した。
そこまではいい、んだけど。
「今日も仕事ないからってフラッと出ていきましたからね、あのチャランポラン」
「えっ……」
「何してんだか知らないですけど、前にも増して落ち着きがないっていうか何ていうか」
言葉に詰まる私に構わず、新八くんは指を立てた。
「ここ最近ずっとお登勢さんのところに入り浸ってるらしいじゃないですか、しかも普通の客として。閉店後ならともかく、営業中に来る頻度が上がったってお登勢さんが気味悪がってたんですよ」
ひく、と口の端がつり上がっていくのが自分でもわかる。だって、だってそれ。
「どうしちゃったんですかね。澪さんは何か思い当たることありますか?」
めっちゃある~~~~!!思い当たるフシに思い当たるフシ聞いちゃってるよこの人~~~~!!
などと馬鹿正直に答えられるわけもなく「うーん私まだ坂田さんの人となりもわからないし」と苦し紛れの言い分を述べる。「そうですよね、お登勢さんのトコで働き始めて一ヶ月ちょいですもんね」笑う新八くん。ハァイ答えあったね。たった今自分で言ってたね。ここ最近の銀時がおかしい、スナックお登勢に新入りがやってきた時期とちょうど被るよね。記憶の線路を辿っていけば自ずと浮上する人物がいるよね。ていうかひとりしかいないよね。
「案外澪さんが狙われてるのかもしれませんよ。…なんて、アハハッ!冗談ですよ」
「ハッハッハ!」
笑えないんだよこっちは。笑ったけど。
「でも澪さんおキレイですもんね、気をつけてくださいよ?おかしな輩が寄ってくるかもしれませんから」
「ハハ……新八くんはお世辞が上手だなぁ。年上の女性からモテそう」
「ホントですって!からかわないでくださいよ」
照れ臭そうに頬をかく新八くんから目を逸らす。アハハじゃないんだよ。先にからかったのそっちでしょ。喉まで出かかった言葉を飲みこみ、もう一度乾いた笑いをこぼしておく。色々と合点がいったというか、状況だけ見たらそうとしか思えないというか、いっそ自意識過剰だったらいいのにとか。とにかく頭の中がぐちゃぐちゃで大声を上げてしまいたかった。たとえば商店街の通りでビニール袋を振り回し、しつけーんだよって叫ぶあの女性のように。腕を振り上げるたびにぶんぶんと風を切る音がして、私の足元にリンゴが転がってきた。反射的に拾い上げて女性に視線を戻す。
「………え?あの人何か殴ってない?ねぇ新八くん」
「姉上!」
事件では?と私が声をかけるよりも先に、新八くんは走り出していた。慌てて後を追いかけながら、新八くんが放ったセリフに首を傾げる。今姉上っていったよね。すぐに追いついたふたりの後ろで足を止めて、揺れる茶髪をまじまじと見る。ぴたりと手を止めて振り返った女性は、新八くんを見るなり困惑の表情を浮かべた。
「新ちゃん大変よ!近藤さんに擬態したゴリラがお店の果物を食い荒らしているの!」
「落ち着いてください姉上!どちらかというとゴリラに擬態した近藤さんです!」
「あらホントだわ。ゴリラのフリがお上手なんですね、近藤さん」
着物の着崩れを直す女性は、悪びれる様子もなく微笑んでいた。口元に手を当てて笑う姿は華麗で上品、立ち振舞いだけを見るなら大和撫子そのものだった。無論胸ぐらを掴まれたままの何かがいなければ、の話だけど。女性がぱっぱと手を払うと重力に従って落ちるゴリラ、もとい近藤さん。落ち着いた色合いの着流しに散らばる赤。パンッパンに膨れ上がった顔から滴るそれはだいぶ痛々しかった。
「あのコレ、大丈夫なんですか。顔のパーツが融合しかかってますけど」
「大丈夫よ。近藤さんは元からこんな顔だから。ほとんど炉心溶融してるようなものだから」
「いや意味わかんないですよそれ」
地面に突っ伏した近藤さんを一瞥し、女性は「そんなことよりも」と何事もなかったようにビニール袋を持ち直した。
「そちらの方はどなた?新ちゃんのお友達?」
「澪さんですよ。前に話したお登勢さんトコで働き始めた新人さんです」
「まァ、あなたが澪さんでしたか。新ちゃんがお世話になってます」
「あ、いえいえ。むしろこっちがお世話になってるというか、なりっぱなしというか。お姉さん似の素敵な弟さんですね」
「もォ、褒めても何も出ませんよ。特に金は」
「目の前で微妙に気まずい空気作るのやめてくださいよ」
妙です、と名乗った女性から差し出された手。すぐにその手を取って握手をすると、同じように握り返される。ついさっきまで物理的な整形をしていたとは思えないほど優しい手つきに、幻覚だったのではとすら思えてくる。人目を引く整った容姿に凛とした佇まい。このただ者ではないオーラを放つ女性が新八くんの姉。ちら、と新八くんに目を向けてから握ったままの手を離した。美人で強くて賢そうだなんて、天はこの子にいくつ与えれば気が済むんだ。お店で何があったかわからないけど、お妙ちゃんを敵に回したらおしまいだ。直感的にそう判断し、タコ殴りにされた近藤さんのことは気にしないことにした。あくまで私の使命は密偵、慎ましく行動するに越したことはないのだ。じゃなきゃ命がいくつあっても足りなくなる。
「じゃあ私はそろそろ帰るけど、ふたりとも気をつけてね。狂暴なゴリラが出歩いてるかもしれないから」
「不憫なゴリラならそこで伸びてますけどね」
「新八くん、それは地面の模様だよ」
「いきなり何言い出すんですか澪さん。アンタさっきまで心配してたでしょ」
「何が?飛脚の鈴木さんが足挫いた話?」
「最近似てきましたよね、銀さんに」
「…………………」
口をつぐんだ私にひらりと手を振るお妙ちゃん。同じように手を振って見送り、そっと新八くんの様子を伺う。じゃあ僕達も行きましょうか。歩きだした新八くんに続いて私も足を動かした。新八くんにとっては何気ないであろう会話でも、めちゃめちゃ敏感に反応しちゃうからやめてほしい。せっかく落ち着きかけてたのに、今ので全部台無しだよ。心の中で念じたところで新八くんに届くわけもなく、ざわめきだした何かをぐっと抑えつける。
バタバタしてしまったけどやることは決まっている。万事屋の内情を探り、できれば新八くんの個人情報も聞き出す。主に私の好奇心と晋助の嫌がらせのためにも、これだけは何とか達成しておきたいところ。今日を逃したらいつチャンスが巡ってくるかもわからないんだから、物思いに耽っている場合じゃない。そんなものは(ヅラの)家に帰ってからやればいい。自分自身を叱咤して息を吸うと、新八くんに「澪さん」と先を越された。
「近藤さんは姉上に惚れてからずっとあんなカンジで、暇さえあればストーカーに明け暮れているんです」
「それはまた……警察に相談とかは」
「あの人が警察なんです。世も末でしょ?」
マジでか。また幕府の犬に顔合わせちゃったの私。
「……そ、うなんだ。公務員なんだあの人」
「頑固で不器用で真っ直ぐで、だけど一度決めたら絶対に曲げたりしないんです。ストーカーまがいどころか純然たるストーカーまでして、カッコ悪いですよね、ホント。でも僕は、そういうろくでなしのバカが嫌いじゃないんです」
ぱち、と瞬きをした新八くんと目が合う。眼鏡の奥で見据えてくる瞳に宿る強い意思。真っ直ぐ向けられた視線の先にいる存在は、私なんかじゃなくって、きっと。
「だから、銀時と一緒にいるの?」
ほとんど無意識に尋ねた私に、新八くんは小さく笑う。
「万年金欠の糖尿病予備軍、家賃も給料もロクに払わないダメ人間。人の話は聞かないし無鉄砲だし、はっきり言って最悪ですよあの人は。けど、あの人の中にある魂は本物だと思うんです」
だからね、澪さん。そこで間をあけた新八くんは、あの日の神楽ちゃんと同じ顔をしていた。
「向き合ってあげてください、あの不器用なバカと」
かける言葉が見つからない私に、何もかも見透かしたように笑う新八くんは、ちょっぴり銀時に似ていた気がした。
2021.3.9
2025.3.2
加筆修正
あの日の神楽ちゃんの言葉が頭から離れてくれない。手があいてぼんやりしたときや、単純作業をしているときに決まって脳内で再生される声。悪戯っぽい笑みを浮かべていた神楽ちゃんの顔も、優しく重ねられた手のひらの暖かさも。ちょっとだけ距離の縮まった私たちから伸びた影も、どれも鮮明に繰り返されてはため息が出た。
心当たりがない、こともない。というか神楽ちゃんに指摘されてなおさら意識し始めた、の方が正しいかもしれない。変にプライドが高くて見栄張るのも今に始まったことじゃない、大人になっても相変わらずだなぁなんて呆れ半分微笑ましくもあった。昔の友人が変わらずにいるのも悪くない。いつだかヅラがいっていたそれに、笑い混じりに共感したのは記憶に新しい。あんたもでしょーが。あんたもひとつ足りとも変わってないでしょーが。そんなツッコミを喉の奥に引っこめて、何だかんだ愛されちゃってる銀時の顔を思い浮かべた。憎まれ口を叩きながら、ただの依頼人である私に世話焼いてくれてるときの横顔。何となく既視感があって、ずっと前にどこかで見たような気がする光景。
そして、神楽ちゃんのひとことで気付いてしまった。澪の私が見ている銀時が、記憶の中の銀時と重なることに。
「澪さん?どうかしたんですか」
「………え?」
「いや何かぼーっとしてたっていうか……本当は疲れてるんじゃないですか?やっぱり買い出しは僕ひとりで」
「違う違う。アレあの、宝くじ当たってるか気になっただけだから。今回はいける気がするなって」
「澪さんまでそんなこといって、刹那的な生き方してるとロクなことにならないですよ。長谷川さんしかり、銀さんしかり」
「ソウダネ」
新八くんからかけられた声に引き戻され、慌てて隣に目を向ける。少しだけ高い位置にある眼鏡…ではなく新八くんの顔、呆れたみたいに下がる目尻が見えた。口調のわりに声音は優しくて、そこにこめられた意味がわかっちゃうからこそ気まずかった。
一攫千金などと身の丈に合わない夢は追わず、何事も地道にコツコツと。最後は堅実なものが成功を掴むんです。続けて地味と堅実の違いを語る新八くんに、しっかりしてるなぁなんて苦笑いをする。気配り上手で自他ともに誠実。万事屋きっての常識人であろう新八くんは、見た目どおり真面目を擬人化したような人物だった。仕事がなくても怠けたりせず、今日もひとり買い物に出向く姿が見えた。これはチャンスと同行を申し出たら、快く了承をしてもらえて今に至る。これでこっそり探ろう新八くん篇を遂行できると、部屋でグータラしているであろうふたりに感謝した。
そこまではいい、んだけど。
「今日も仕事ないからってフラッと出ていきましたからね、あのチャランポラン」
「えっ……」
「何してんだか知らないですけど、前にも増して落ち着きがないっていうか何ていうか」
言葉に詰まる私に構わず、新八くんは指を立てた。
「ここ最近ずっとお登勢さんのところに入り浸ってるらしいじゃないですか、しかも普通の客として。閉店後ならともかく、営業中に来る頻度が上がったってお登勢さんが気味悪がってたんですよ」
ひく、と口の端がつり上がっていくのが自分でもわかる。だって、だってそれ。
「どうしちゃったんですかね。澪さんは何か思い当たることありますか?」
めっちゃある~~~~!!思い当たるフシに思い当たるフシ聞いちゃってるよこの人~~~~!!
などと馬鹿正直に答えられるわけもなく「うーん私まだ坂田さんの人となりもわからないし」と苦し紛れの言い分を述べる。「そうですよね、お登勢さんのトコで働き始めて一ヶ月ちょいですもんね」笑う新八くん。ハァイ答えあったね。たった今自分で言ってたね。ここ最近の銀時がおかしい、スナックお登勢に新入りがやってきた時期とちょうど被るよね。記憶の線路を辿っていけば自ずと浮上する人物がいるよね。ていうかひとりしかいないよね。
「案外澪さんが狙われてるのかもしれませんよ。…なんて、アハハッ!冗談ですよ」
「ハッハッハ!」
笑えないんだよこっちは。笑ったけど。
「でも澪さんおキレイですもんね、気をつけてくださいよ?おかしな輩が寄ってくるかもしれませんから」
「ハハ……新八くんはお世辞が上手だなぁ。年上の女性からモテそう」
「ホントですって!からかわないでくださいよ」
照れ臭そうに頬をかく新八くんから目を逸らす。アハハじゃないんだよ。先にからかったのそっちでしょ。喉まで出かかった言葉を飲みこみ、もう一度乾いた笑いをこぼしておく。色々と合点がいったというか、状況だけ見たらそうとしか思えないというか、いっそ自意識過剰だったらいいのにとか。とにかく頭の中がぐちゃぐちゃで大声を上げてしまいたかった。たとえば商店街の通りでビニール袋を振り回し、しつけーんだよって叫ぶあの女性のように。腕を振り上げるたびにぶんぶんと風を切る音がして、私の足元にリンゴが転がってきた。反射的に拾い上げて女性に視線を戻す。
「………え?あの人何か殴ってない?ねぇ新八くん」
「姉上!」
事件では?と私が声をかけるよりも先に、新八くんは走り出していた。慌てて後を追いかけながら、新八くんが放ったセリフに首を傾げる。今姉上っていったよね。すぐに追いついたふたりの後ろで足を止めて、揺れる茶髪をまじまじと見る。ぴたりと手を止めて振り返った女性は、新八くんを見るなり困惑の表情を浮かべた。
「新ちゃん大変よ!近藤さんに擬態したゴリラがお店の果物を食い荒らしているの!」
「落ち着いてください姉上!どちらかというとゴリラに擬態した近藤さんです!」
「あらホントだわ。ゴリラのフリがお上手なんですね、近藤さん」
着物の着崩れを直す女性は、悪びれる様子もなく微笑んでいた。口元に手を当てて笑う姿は華麗で上品、立ち振舞いだけを見るなら大和撫子そのものだった。無論胸ぐらを掴まれたままの何かがいなければ、の話だけど。女性がぱっぱと手を払うと重力に従って落ちるゴリラ、もとい近藤さん。落ち着いた色合いの着流しに散らばる赤。パンッパンに膨れ上がった顔から滴るそれはだいぶ痛々しかった。
「あのコレ、大丈夫なんですか。顔のパーツが融合しかかってますけど」
「大丈夫よ。近藤さんは元からこんな顔だから。ほとんど炉心溶融してるようなものだから」
「いや意味わかんないですよそれ」
地面に突っ伏した近藤さんを一瞥し、女性は「そんなことよりも」と何事もなかったようにビニール袋を持ち直した。
「そちらの方はどなた?新ちゃんのお友達?」
「澪さんですよ。前に話したお登勢さんトコで働き始めた新人さんです」
「まァ、あなたが澪さんでしたか。新ちゃんがお世話になってます」
「あ、いえいえ。むしろこっちがお世話になってるというか、なりっぱなしというか。お姉さん似の素敵な弟さんですね」
「もォ、褒めても何も出ませんよ。特に金は」
「目の前で微妙に気まずい空気作るのやめてくださいよ」
妙です、と名乗った女性から差し出された手。すぐにその手を取って握手をすると、同じように握り返される。ついさっきまで物理的な整形をしていたとは思えないほど優しい手つきに、幻覚だったのではとすら思えてくる。人目を引く整った容姿に凛とした佇まい。このただ者ではないオーラを放つ女性が新八くんの姉。ちら、と新八くんに目を向けてから握ったままの手を離した。美人で強くて賢そうだなんて、天はこの子にいくつ与えれば気が済むんだ。お店で何があったかわからないけど、お妙ちゃんを敵に回したらおしまいだ。直感的にそう判断し、タコ殴りにされた近藤さんのことは気にしないことにした。あくまで私の使命は密偵、慎ましく行動するに越したことはないのだ。じゃなきゃ命がいくつあっても足りなくなる。
「じゃあ私はそろそろ帰るけど、ふたりとも気をつけてね。狂暴なゴリラが出歩いてるかもしれないから」
「不憫なゴリラならそこで伸びてますけどね」
「新八くん、それは地面の模様だよ」
「いきなり何言い出すんですか澪さん。アンタさっきまで心配してたでしょ」
「何が?飛脚の鈴木さんが足挫いた話?」
「最近似てきましたよね、銀さんに」
「…………………」
口をつぐんだ私にひらりと手を振るお妙ちゃん。同じように手を振って見送り、そっと新八くんの様子を伺う。じゃあ僕達も行きましょうか。歩きだした新八くんに続いて私も足を動かした。新八くんにとっては何気ないであろう会話でも、めちゃめちゃ敏感に反応しちゃうからやめてほしい。せっかく落ち着きかけてたのに、今ので全部台無しだよ。心の中で念じたところで新八くんに届くわけもなく、ざわめきだした何かをぐっと抑えつける。
バタバタしてしまったけどやることは決まっている。万事屋の内情を探り、できれば新八くんの個人情報も聞き出す。主に私の好奇心と晋助の嫌がらせのためにも、これだけは何とか達成しておきたいところ。今日を逃したらいつチャンスが巡ってくるかもわからないんだから、物思いに耽っている場合じゃない。そんなものは(ヅラの)家に帰ってからやればいい。自分自身を叱咤して息を吸うと、新八くんに「澪さん」と先を越された。
「近藤さんは姉上に惚れてからずっとあんなカンジで、暇さえあればストーカーに明け暮れているんです」
「それはまた……警察に相談とかは」
「あの人が警察なんです。世も末でしょ?」
マジでか。また幕府の犬に顔合わせちゃったの私。
「……そ、うなんだ。公務員なんだあの人」
「頑固で不器用で真っ直ぐで、だけど一度決めたら絶対に曲げたりしないんです。ストーカーまがいどころか純然たるストーカーまでして、カッコ悪いですよね、ホント。でも僕は、そういうろくでなしのバカが嫌いじゃないんです」
ぱち、と瞬きをした新八くんと目が合う。眼鏡の奥で見据えてくる瞳に宿る強い意思。真っ直ぐ向けられた視線の先にいる存在は、私なんかじゃなくって、きっと。
「だから、銀時と一緒にいるの?」
ほとんど無意識に尋ねた私に、新八くんは小さく笑う。
「万年金欠の糖尿病予備軍、家賃も給料もロクに払わないダメ人間。人の話は聞かないし無鉄砲だし、はっきり言って最悪ですよあの人は。けど、あの人の中にある魂は本物だと思うんです」
だからね、澪さん。そこで間をあけた新八くんは、あの日の神楽ちゃんと同じ顔をしていた。
「向き合ってあげてください、あの不器用なバカと」
かける言葉が見つからない私に、何もかも見透かしたように笑う新八くんは、ちょっぴり銀時に似ていた気がした。
2021.3.9
2025.3.2
加筆修正
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