焼けぼっくい全焼事件
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おだやかな日差し、緩やかに頬を撫ぜる風。絶好の行楽日和といった天候だけど、青空に浮かぶのは雲ではなく異郷の船。地球より遥かに文明の進んだ天人共が我が物顔で占領している。時おり陰りを作るそれらはすっかり見慣れた景色になり、人々は疑問に思うことすらなくなっている。天人に媚を売る幕府とそれを拒む晋助たち。どちらに正義があるかなんてわからないけど、私は私が信じる人の理想を叶えるだけ。それが死んでいった同志に贈る、私なりの弔い合戦だ。
というわけで、
「澪はこの町初めてだったアルか。ならこのかぶき町の女王こと神楽様についてくるヨロシ。頭のてっぺんからアソコの裏側まで案内してやるアル」
「足のつま先までにしてください女王様」
いざ任務開始、である。
平日の正午、おおよその生物が活動するであろう時間帯…にも関わらず、昼夜関係なくだらだらと過ごす連中がいた。片や仕事がないからと惰眠を貪り、片や酢昆布をかじりながらテレビを眺めている始末。大人が子供の手本にならんでどうするのだと。それは何の手本なんだと。昼寝の手本なのかと普段なら思う。否、今日に限ってはチャンス以外のなにものでもなかった。
「全然依頼なくてごっさ暇してたヨ。澪が来てくれてよかったアル」
「今回は神楽ちゃん個人への依頼ってことになるのかな?」
「案内料はバトルロイヤルホストの食べ放題コースでいいアルヨ」
「ないからねそんなメニュー」
「冗談アル。万事屋はそんな汚い商売はしないネ。親切で金とったら七転八倒アル」
「使い方間違ってない?それ」
なぜならこの通り、神楽ちゃんと出かけることに成功しちゃったからだ。床に落ちたジャンプへワントラップいれたときはヒヤッとしたけど、無事ふたりきりになることができた。あのジャンプは銀時の手から滑り落ちたんだろう。睡魔の限界を超えてまで読むんじゃないバカ。そういう意味をこめてそっと手元に戻しておいた。これで『寝てる間に神楽ちゃんはひとりで外出した』状況の完成だ。我ながら惚れ惚れする手際の良さ。
ひとつだけ気がかりがあるとすれば神楽ちゃんのこと。
「この通りを真っすぐ行くと私と定春の散歩コース、右に曲がればリアカーに住んでるジジイに会えるアルヨ。今度会わせてあげるネ」
後半は何言ってるかわからなかったけど、無邪気な笑顔を向けられるたびにぶっすり刺さる罪悪感。歩きながら話していたら、日除けの傘からもぶっすり刺された。かぶき町に詳しくないのは事実だし嘘はついてない。表面上は取り繕えているのに、内面はやましさの大洪水で息苦しいことこの上なかった。多少疑われているならまだしも、全面的に信頼してくれている相手を騙すなんて。しかも子供相手にこんなことするなんて、何も思わない方が不思議だ。やっぱり私に密偵の才能は皆無だけどもこれも理想を叶えるため、個人的な好奇心を満たすため。言い聞かせるように反復していると、少し先を歩いていた神楽ちゃんが足を止めた。
「オイどきやがれ。こちとらてめーら愚民共の安全確保のため市中見廻りしてやってるんでィ」
「ああん?この神楽ストリートはたった今男子禁制なったアルさっさと道譲れコラああん?」
急いで後を追ったらめちゃめちゃメンチ切りあっていた。歩道のど真ん中で睨みあうふたりに近づき、私も足を止める。相手は男性、それもかなり綺麗な顔立ちをした人のようだけど、口調や素行には反映されていないらしい。神楽ちゃんの知り合いらしいといえばらしいけども、お世辞にも仲良しとはいえない雰囲気だった。火花を散らすふたりを放っておくわけにもいかず、仲裁をしようと前に出たところではたと気づく。男が着用している制服が真選組のものだということに。
「そこの女、チャイナの知り合いか?とっととそのガキ連れて道あけてもらえやせんかね。さもねーと公務執行妨害でてめーらお縄に」
「すいませんでした!今すぐあけますんで!ほらいくよ神楽ちゃん!」
「ちょぉっ!?」
ぐわしと神楽ちゃんの腕を掴み、目の前の男を横切っていく。すれ違いざまに男の風体を盗み見たけど、武装警察真選組の隊士に間違いない。ふざけているようで一切隙がなかったあたり、剣の腕もかなりのものなんだろう。いくら私の顔が割れていなくたって、こんな手練れに覚えられたら寿命が縮まる。ヅラみたいに四六時中逃げ回るサバイバル生活は嫌だし、ハナから接触しないに越したことはないのだ、とひたすら足を動かした。というか最初から普通に横通ればよかったんだよ。神楽ちゃんもあの男も、何で無駄に張り合いたがるんだ。喧嘩するほど仲がいいってよくいうけど、今どき一昔前のヤンキー漫画みたいな友情の育み方してる人いないよ。
そういえば銀時と晋助も顔合わせるたびにいがみ合ってたっけ。しょうもないことで張り合って競争して、バカみたいに体中傷だらけになって。それを見たヅラが呆れて、辰馬が無駄にデカい声で笑って、それにつられたみんなも笑って。
それで私は。
「オイ澪!どこまで私のこと引っ張るつもりアルカ!」
神楽ちゃんの声にハッとする。無我夢中で逃げてきたらしい、気づけば大通りを外れた小道に入りこんできたようだった。ごめんごめんびっくりしちゃって、慌てて手を離しながら謝ると「マジすぎてこっちがびっくりアル」と呆れぎみに返ってきた。ふたりの中では戯れなのかもしれないけど、私にとっては死活問題なの。街を堂々と歩けなくなるの。なんて言えるわけもなく、またごめんねとつけ足した。
「でもちょうどいいアル。この公園も案内しようと思ってたし、休憩も兼ねて寄ってくネ」
今度は神楽ちゃんに腕を引っ張られ、数歩先に見える公園へ入っていく。無駄に面積のある芝生と、まばらに設置された遊具。そこまで賑わっているわけでもなく、かといって閑散としているわけでもない。一見普通の公園と変わらないように見えるけど、案内してくれるなら何かあるんだろう。引かれるがまま後をついていくと、ベンチで項垂れる男性が見えてきた。何かどっかで見たことあるグラサンと髭に、いつかの記憶が甦ってくる。まさかそんなわけないよねと記憶を振り払っていると、神楽ちゃんが男性に向かって指をさした。
「アレはこの公園を宿り木にしてるグラサンの妖精アル」
「長谷川さんだよね」
「違うアル。いい歳こいて一時の感情ですべてをパーにしたマダオの妖精のウンコアル」
「ていうか長谷川さんだよね」
「しょーがないアルナ~。長谷川という男が地に落ちた妖精を拾い上げようとして踏んだウンコで妥協してやるアル」
「結局ウンコだよねそれ」
中身のなさすぎるやり取りの末、神楽ちゃんは再び歩き始めた。迷いのない足取りで長谷川さんを通りすぎ、ふたつ並んだブランコへと向かっていく。無視するんだ、長谷川さんのこと。だいぶこうべ垂れてたよ。嫌なことあったのかもよ。話くらい聞こうよ。思わずかけた声に返ってきたのは「生きてても嫌なことしかないんだヨ」「それでも這いつくばって生きてんだヨ」「いいから放っとけヨ」という毒舌だった。私にはわからない何かがあるんだろう、たぶん。
「じゃあ私はクラピカ理論で右にしよ」
「ブランコにその理論通用するかなぁ」
並んで腰かけたブランコからぎぃと軋む音がする。傘を広げたまま地面を蹴り、神楽ちゃんのブランコはゆらゆらと左右に揺れ始めた。危ない気もするけどよっぽど日焼けしたくないのかもしれない。特に咎めずに、少しだけ地面を蹴った私も足を浮かせてみる。ふわふわとした感覚に懐かしくなって、揺れに合わせて足を動かした。何度か繰り返していくうちに間ができて、子供の声とブランコを漕ぐ音だけが響いていた。今なら自然に切り出せるかもしれない。そう思い立って口を開いた。
「神楽ちゃんはどうして万事屋で働いてるの?」
ギーコギーコと鳴るそれに重ねるようにして問いかける。ちょうどいい高さを維持する神楽ちゃんは、空から私へと視線を移した。
「出稼ぎアルヨ。遠い星から遥々来たネ。まァあんなトコいても一銭にもならないけど」
「天人だったの!?」
「うん、私の種族は夜兎いうネ。ずっと日浴びてるとクラクラするアル」
「その傘意味あったんだ」
「あと私達めっさ重たい物持てるアル、でもたくさんご飯食べないと力出ないネ」
「大食いにも意味あったんだ」
どおりで銀時が頭抱えているわけだ。神楽と定春の食費でうちの家計は火の車とか愚痴ってたけど、あれそのままの意味だったんだ。よく食べるなぁとは思ってたけど、年頃とか関係なく種族の燃費が悪すぎるからだったんだ。ひとりで納得していると、神楽ちゃんのブランコの降り幅が小さくなっていく。ざり、と地面に足をついて揺れを止めると、神楽ちゃんはぽつりと呟いた。
「澪は、私のこと怖くないアルカ」
「どうして?」
「私、傘がないと外出れない。力だって強いし戦うのも好き。みんなと違うトコいっぱいあるアルヨ。……それでも澪は、私が怖くないアルカ」
悲しそうにうつむく神楽ちゃんは、もう一度ぽつりと呟いた。勢いを失った私のブランコも、神楽ちゃんのと同じように止まる。うつむいていた顔を上げて、大きな瞳に私を映す神楽ちゃんは寂しくも見えた。孤独感、たぶんそれが一番近くて、胸の奥がぎゅうと苦しくなる。たしかに天人は憎い。天人に媚びへつらう幕府はそれ以上に憎い。でも。
「怖くないよ。人間も天人も関係ない、神楽ちゃんは神楽ちゃんだよ」
そうでしょ。そういって揺れる瞳に笑いかける。ぱちっと瞬きをした神楽ちゃんは、へにゃりと表情を崩して息を吐いた。うん。そう。そうアルナ。自問自答のように繰り返してにっと笑顔を作る神楽ちゃんは、どこにでもいる普通の女の子だった。だから私は、憎めない。嫌いに…なりきれない。
「へへ、らしくないアルナ私。明るくて優しくて可愛いのが私の取り柄ネ」
もしも、晋助の掲げた“腐った世界をぶっ壊す”に、神楽ちゃんも入っていたとしたら。神楽ちゃんだけじゃない、キャサリンさんもお登勢さんも新八くんも、みんな入っていたとしたら。
「帰ろう、澪。私お腹空いちゃったアル」
「………うん」
ブランコから飛び降りた神楽ちゃんは振りかえりながら笑っていた。ほぼ無意識に腰を浮かせると、ブランコがぎぃと音を立てる。どっちにしたって私は引き返せない。晋助の手をとった日から道は決まっている。私の篝火は、ひとつしかないから。
そしてきっと、神楽ちゃんの篝火はアイツだ。
「最後にもうひとつ聞いていい?」
「何アルカ?」
「どうして……銀時と一緒にいるの?」
何秒かの間をあけて、神楽ちゃんは答えた。
「…………酔いつぶれたバカに毛布かけてやるのが、私の役目だから」
当たり前のようにいってのけた神楽ちゃんは、また嬉しそうに微笑んでいた。銀時が見つけた新しい居場所は柔らかくてあったかい。とても素敵な関係だと、心からそう思える。そこに前のような息苦しさは感じなくて、私が一番驚いていた。徐々に変わっていく自分が怖くなる半面、この人達のことをもっと知りたいとも思う。晋助がしったら何て言うかな。アホくせーってあしらわれるかな。記憶の中の晋助に苦笑いをしていると、私の左手がきゅっと掴まれる。
「さっき銀時っていったアルナ」
「…………………気、のせいじゃない?」
「そーいえば銀ちゃんのことで澪に言いたかったことあるアル」
「なに?」
「銀ちゃんお前が来てからずっとそわそわモジモジしててキモいアル。心当たりないアルカ?」
「な………いね」
「それあるヤツの間アル」
「ないったらないね」
「あるんでしょ!」
「ないってば!」
同時に張り上げた声におかしくなってふふふとこぼれた笑み。神楽ちゃんと私から伸びる影も、公園に響く笑い声みたいに重なっていた。
2021.2.19
2025.3.3
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