きみとふたり、夢の中で
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「……………あ」
次々とスイーツが放り込まれていた口が止まり、オーエンの雰囲気が冷たくて鋭いものに変わる。瞬時に変化を感じ取るなり、指先にぴりりと緊張が走った。口元にべったりついたクリームが髪についてしまわないように、と伸ばしかけた私の手は、中途半端な位置で止めてしまったままだ。たぶん、いつものオーエンに戻ってる。またオーエンに「最悪の気分」「馴れ馴れしく触らないで」って怒られる。邪険にされる未来は想像にかたくなくて、私の判断を鈍らせるには充分すぎる材料だった。腕をおろすタイミングを逃して硬直する私に、ありったけの嫌悪がこめられた視線が突き刺さる。
「…なに、その手」
「え、っと………何も」
さっと腕を引っ込めた私をしげしげと見つめてくるオーエンは、獲物を品定めする猫みたいな目をしていた。それにいたたまれなくなって、すぐさま待機させていたトレスレチェス3号を出動させる。こういう時は好物で警戒心を解いた方がいいはず。……ってオーエンは猫じゃないけど。バレたらいつも以上に酷いこと言われそうだけど。
「…………ねぇ」
「ほらどんどん食べてください。オーエンが食べたいって言ったんじゃないですか」
「……、…………そうだよ、僕が賢者様に作らせたんだ。どう?無理強いされて腸が煮えくり返りそうだった?それとも頼られて舞い上がっちゃった?」
「オーエンの喜ぶ顔が見れて嬉しいです」
「ふうん、あっそ……」
ぷいとそっぽを向いたオーエンは、視線はそのままに手渡したお皿を受け取ってくれた。ひとつひとつ丁寧に切り分けて、シロップをたくさんつけて、せっせせっせとケーキを口に運ぶオーエンをぼうっと眺める。
オーエンが食べたいって言ったんじゃないですか、の半分は嘘。作らされたわけじゃなくて、奇妙な傷の方のオーエンを連れ出す口実に作っただけ。魔法使いたちにとって魔法舎の生活は気が抜けないだろうから、なるべく嫌な思いはさせたくない、次の賢者のためにもできることをしておきたい。そう決めた私がとる行動はひとつしかなかった。
実は料理の練習中なんです。お料理?主にケーキの。ケーキ!トレスレチェス。食べる!とかいう雑なやり取りの後、あっさりついてきてくれたオーエンは、罪悪感に苛まれそうなほど目をきらきらさせていた。
「何でも都合良く捉えちゃうなんて、賢者様って本当に能天気だね。きみの独善的な性格に、みんなうんざりしてるかも」
だから私は、オーエンに無理やり作らされたんじゃない。し、あっちのオーエンはおいしいって喜んで食べてくれた。その証拠にオーエンの口の周りはクリームがついたままだ。口ではああ言ってるけど、傷のオーエンの記憶は一切ないみたいだし、ケーキを食べるまでの経緯だって覚えていないはず。途切れた記憶を誤魔化して、動揺を隠そうと嘘をついて、私に意地悪なことを言ったりして、本当はオーエンの方が不安なんだろう、と思う。でもオーエンは、私の推測を嘲笑うようににぃ、と口角を押し上げるだけ。そこから出てくる言葉の続きも、オーエンがどんな反応を待っているのかも、私は何となくわかっていた。
「…ねぇ、悲しい?寂しい?独りよがりで嫌われものの賢者様、僕だけはずっと味方でいてあげようか?可愛くおねだ」
「オーエンに見捨てられたら生きていけません、よろしくお願いします」
やっぱり。予想どおりのそれにいつもの反応を返す。最初こそ真に受けて落ち込んだりしたけど今の私は一味違う。だってもうひとりのオーエンは子供のように無邪気だったから。傷つけることでしか人と関われないオーエンが全てじゃないって、私は知ってるから。度が過ぎて怖いときもあるけど、オーエン特有のコミュニケーションだと思えば微笑ましい………
「───《 クアーレ・モリト 》」
「ちょっ、オーエン!」
わけがなかった。
オーエンの舌先が光った瞬間、虚空からトランクが出てきて息をのむ。トランクはオーエンの魔導具だ、何度も目にしてきたんだから見間違えるわけがない。だってその中に入ってるのは、閉じ込められてるのは。
「僕のかわりにケルベロスが一緒にいてくれるって。よかったね賢者様」
「ケルベロスじゃ嫌ッ……じゃなくてオーエンに!オーエンが!そばにいてほしいです!寂しいっていうか死んじゃいますホント!」
「賢者様は欲張りだなあ………。みんなの足を引っ張るだけの役立たずのくせに、偉そうにえり好みしちゃうんだ」
「オーエン………っ!」
トランクの口がゆっくり開いて鋭利な牙が見えた。殺される。早く逃げなくちゃ。頭ではそう思っても、恐怖で震える足は、地面に縫いつけられたみたいに動いてくれなかった。蛇に睨まれた蛙ってこういうときに使うんだ。とか、どうでもいいことに意識を飛ばしかけた私を見て、オーエンは満足げに笑っていた。
「…………そうそう、賢者様はそうやって怯えて僕だけを見てなよ。少しでもよそ見したら殺しちゃうから」
口説き文句とはほど遠い、容姿だけは整った悪魔の囁きに、私はこくこくと必死に頷いて懇願する。しません!オーエンだけずっと見てます!オーエンしか見えてません!なんて口走っていた私の台詞も、口説き文句じゃなくて命乞いに近かったと思う。
薄い唇から覗く舌先が、口端についたクリームをすくいあげる。私に見せつけるように、わざとらしく、ゆっくりと。緩慢な仕草とは反対に、私の心臓の音はどんどん早くなっていく。それが恐怖からくるものか、それとも別の何かなのか。答えが出るより先に、トランクを閉めたオーエンがにっこり微笑む。と同時に、目の前で浮いていたトランクはぱっと消えてしまった。…助かった。安堵感から力が抜け、無意識に止めていた息を吐き出した。
「っはぁぁーー、死ぬかと思った……」
「ふふ…………大好きな賢者様にそんなことしないよ」
「………う。やっぱりあっちのオーエンに言われるのとじゃ全然違う」
「は?」
「あ、いや。何でもないです。へへへ」
「……………なんなの、おまえ。へらへらして、むかつく」
「オーエン?」
大好き。いつだか傷のオーエンに言われたのを思い出して、ちょっとだけ嬉しくなる。悪意も下心も一切ない純粋な好意。真っ直ぐな好意を向けられたら、誰だって悪い気はしないはず。例に漏れず私もそうだけど、今のオーエンが知ったら面白くないに決まってる。ていうか殺される、私が。適当に流しちゃおうと笑ってみたけど、オーエンは私の声なんて全然聞こえていないみたいに俯いている。
様子のおかしいオーエンに、どうしたんですかって言いかけたものは、声になってくれなかった。
勢いよく顔を上げたオーエンが身を乗り出して、私の方に手を伸ばして、掴まれたネクタイごと引っ張り上げられて、みるみるうちに顔が近づいてきて、
「オ、………………ッ!? 」
唇に、柔らかい何かがぶつかった。
一瞬で離れていった柔らかい感触と、僅かに残る熱。鼻先が触れあいそうなほど近くで揺れる、カナリアと真紅の瞳。ふたつの瞳は、カインとオーエンしか持たない特別な色。
──キス、された。オーエンに。
「………えっ!?あ、………な、にして」
「賢者様が悪いんだよ。ちゃんと僕だけを見ないから」
「み、見てます!見てますよ!むしろオーエンしか見てないじゃないですかぁ!」
「だめ。全然足りない。もっと」
「えええーーーっ」
何も悪いことしてないのに、ずっとオーエンのことしか考えてなかったのに。オーエンのことしか考えてないっていうか、うん、まあそれはそうなんだけど。そうなんだけど言い方。大体好きでもないくせにキキキスするとか新手の嫌がらせ?北の魔法使いは嫌がらせでキスできちゃうの?怖すぎ。しっかり私の心に刺さっちゃいましたとも。
「うるさい」
感情のままに言い返してやろうとしたけれど、近づいたきたオーエンのそこにまた、塞がれてしまった。
