きみとふたり、夢の中で
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やっぱりこのままじゃマズイよなぁ。
目が覚めるなりやってきた圧迫感と、身体中から伝わってくる熱。しだいにはっきりしてきた意識の中で、私が最初に思い浮かべたのは何度目かわからないぼやきだった。今日こそは流されない、私がしっかりしなくっちゃ。ふわっとした態度を改めてビシッと断ろう。昨日までそう意気込んでいたはずなのに、瞬きをした私の目に映ったのは不気味なインテリアとクッション、それから大きくて細長い指先だった。
また流されてんじゃん!いつもと同じ流れじゃんこれ!指の間の違和感を握り返しながら、後悔の叫びとともにため息をつく。だってしょうがないじゃん。断った後が怖いんだもんってまた、やり場のない愚痴が浮かんでは消えた。
「…………何がマズイんですか」
「ウゲッ起きてたんですね!」
「騒がしくて目が覚めました」
「…え、私喋ってました?」
「はい、思いっきり。段々ムカついてきたので殺していいですか」
「わざとじゃないんですごめんなさい」
腕の拘束が弛んだのとほぼ同時に身体をくるっと反転させる。さりげなくずず、とシーツを蹴って距離をとろうとして、繋ぎっぱなしのミスラの手にぐいと引き戻されてしまう。勢いよく胸元あたりに突っ込んでいくと、あいた手で後頭部を掴まれた。そのまま力強く抱き寄せられて、密着した部分から伝わってくるミスラの体温と感触にくすぐったい感じがした。
「あなた小さいですよね」
「うぐ………………ぐぇッ、」
───のは一瞬で、絞め殺すに近い圧迫感に、羞恥が恐怖へと塗りかえられていく。
気分屋のミスラは何しでかすかわかったもんじゃないから、本当にこのまま殺されちゃったりして。この間だってオーエンに奇襲かけてたし、飽きたミスラは地面に寝転がり始めるし、一部始終を見ていた私に気づいて「暇なら俺が眠るの手伝ってくださいよ」とか言い出すし、不機嫌なオーエンがカインたちにやつあたりするしの散々な有り様だった。今回だってそうならないとは言いきれない、蚊を叩き潰すときみたいにぺちゃんこにされるかも。負の想像を膨らませつつも、まだ回避できるはずとミスラの腕を叩いた。
「あの………あの、ミスラ……」
「何ですか」
「……ぐるじいです、ミス、ラ」
「賢者様を抱き枕にしたら眠れそうな気がしたので」
「たぶん気のせいなので離してください……!」
「前に試したときは上手くいきましたよ」
「そんなまさ…えっ、いつですか!?ていうか勝手に枕にしないでください!」
身をよじって抜け出そうとして、ぐっと近付いてきたミスラの顔に息をのむ。隈なんて気にならないくらい整った顔立ち………じゃなくて近すぎる。色々と。最近ミスラに呼ばれる回数が増えたし、思い当たる節だらけで頭が痛くなった。それこそ一緒に寝ちゃうのなんて今に始まったことじゃなくて、「また俺より先に寝ましたね」「あなたに風邪引かれると面倒なんですよ」「いっそこっちに来たらどうです」と促されたのはずいぶん前のこと。有無を言わさない態度にずるずる流されて、気付けばミスラと一緒に寝るのが当たり前みたくなっていた。絶対おかしい、このままじゃマズイ。変に意識し始めた私と対照的に、ミスラはけろっとしてるんだから悲しいやら羨ましいやらで複雑だ。
「わ、……っ!」
クッションに頬擦りするみたいに引き寄せられて、ミスラのぴょんぴょん跳ねた赤髪が視界の隅に映る。やっぱり近い。反射的に胸板を押し戻そうとしたけれど、腕ごと抱きすくめられて身動きひとつできなかった。背中まで回された腕にぎゅうっとされて、すぐそこでミスラの息を吸う気配がした。
「うるさいな、ならさっさと奇妙な傷を治してくださいよ」
「うっ……。だからって私じゃなくても。クッションがあるじゃないですか」
「もう試しましたよ。結局眠れませんでしたが。差し上げましょうか、それ」
「ミスラ!ルチルからもらった大事なものでしょう?」
「俺には必要ありません」
俺は眠れればなんだっていいんです。そうだ、賢者様の腕を切り取って、そこのクッションにくっつけてみましょうか。
怠そうに続けたミスラにムッとして、言い返そうと開きかけた口を、閉じた。刺々しい口調のわりに、ミスラをまとっている雰囲気は柔らかくて顔色も悪くない。多少の睡眠はとれてるだろうし、不機嫌なわけでもないのにどうしてこんなこと。そこまで考えたとき、困ったように笑うルチルが過ってはっとする。
今のミスラの態度をルチル風に表すなら、きっと『ぼんやりさん』だ。
「………ミスラ、そんな言い方酷いです。私もルチルも、ミスラのことを心配して解決策を考えているんです」
自分や人にこだわりがなくて、でも素敵な世界を持ってる優しい子。生徒に例えたルチルは、たしかにそう言っていた。
「誰かひとりだけ頑張ったってダメなんです。ちゃんとみんなで協力しましょう。私も、ミスラが眠れるようにもっと頑張りますから」
喜びも悲しみも心配も、ミスラとの関係に戸惑う気持ちだって思うだけじゃ伝わらない。もちろん嫌いなわけじゃなくて、私が気にしちゃうだけってことも、全部。気持ちを大切にしてほしいなら、あの時のルチルみたいにちゃんと言わなくっちゃ。何回あしらわれても、ちょっとずつでも伝えていけたらいいな。
「協力?何を生ぬるいことを。力でねじ伏せて否が応でもやってもらいます」
そう意気込んでいたのにあっけなく一蹴されて心が折れそうになる。一言一句に落ち込んでいられないってわかってるけど、ミスラがその気になったら屈服どころじゃない。魔法舎ごと吹っ飛ばされかねないし、まとめて塵にされちゃいそうだ。散々見てきたはずなのに少しだけ怖くなって「バイオレンス反対です!」と声を荒らげると、ミスラは翡翠色の瞳をぱちぱちさせてから「…あはは、何ですかそれ」おかしそうに笑っていた。合わせるように圧迫感が消えて、くっついていた体も離れていく。
「……まあ、いいですよ。バイオテロとやらをされたくなかったら、今日も俺の部屋に来てください」
「バイオレンスですミスラ。怖いこと言わないでください」
眠たげに細められた目元。ふいに見せるあどけない表情。額に手を当てて天井を仰いだ時の、横顔。どれもが絵になっていて、些細な仕草にすら目を奪われる。そのたびに胸の奥がきゅっとする理由も、もっとミスラのことが知りたいって思う気持ちの名前も、私は何となくわかっていた。
だから、このまま流されちゃうわけにはいかなかった。たしかにミスラの力になれるのは嬉しいけど、突然現れた都合の良い賢者様で終わりたくない。
賢者じゃなくて、私を見てほしいから、線を引く。
「そのことなんですけどぉ、えっと……入眠手伝いの頻度を落としたいっていうか」
「は?今俺に寝るなって言いましたか?」
「そうじゃないです!ただこう、なんて言うか………距離感がおかしい、というか」
「距離感?」
「近いですよね、私たち、色々と」
「そうですか?これぐらい普通ですよ」
「そうでしょうか……?」
「はい」
…でも、私が必死に作った境界線は、当然のようにミスラに踏み潰されてしまった。
「チレッタとはもっと近かったときもありますよ。顔に触れてきたし、腕にくっつかれて暑苦しいときもあったし。だから、普通です」
うっかり流されかけてから、ミスラの口から出てきた名前に頭を抱える。そうだ、ミスラとチレッタの関係はだいぶグレーなんだった。師のような、同志のような、妹のような人。ミスラはそう言っていたけれど、実際のところはよくわからない。わからない、けど。
「こういうのは好き同士でやるべきかな、って思うんです、け、ど」
「なら問題ありません。あなたは俺のこと好きじゃないですか」
「自信~!」
「はあ、もういいですか。俺は寝ます。賢者様は俺のために頑張ると言っていたので、さっそく協力してください」
「はい……………」
ぶっきらぼうに差し出されたミスラの手にがっくり項垂れる。そうだけど、たしかにそうなんだけどそうじゃない。ミスラの言う好きは、私が思っている好きと違う。だけど頑張るって言った手前、強く否定することもできなくて渋々ミスラの手を握る。温かくて細長い指先が、するりと私の指を絡めとった。たったそれだけのことに胸がどくんと高鳴って、嬉しいやら悔しいやらで複雑なまま、目蓋を閉じたミスラをじっと見つめる。
そしてふと、思った。
「でも…………でもそれじゃあ、ミスラも私のことが好きじゃないと成り立たないんですけど」
私の質問にミスラは問題ないと答えていた。それはつまり好き同士の部分をさしていて、それで──
返事のかわりに目を開いたミスラが、翡翠の瞳に私を映した。吸い込まれそうなほど綺麗なそこに、期待と不安の混じった顔をした私がいる。眠そうにゆっくりまばたきをしたミスラが、何秒かの思案の後、ふっと頬を緩めた。
「……………弱いくせにうるさくて面倒ですよね、あなたって。けど、そういう女には慣れているんです。だから、まあ………好きなんじゃないですか」
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