ゆめうつつ
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“将来の夢はありますか?”
“あなたは将来、何になりたいですか?”
小さいころから明確に夢を持っている人。生きていくうちに見つける人。見つけた夢を更新し続けていく人。さまざまな在り方がある中で、わたしが選んだのは明確な夢とはほど遠く、かといって更新するわけでもない。ただ漠然と『なんかやりたいと思った』道だった。
人生で必ずぶつかる壁──進路、未来を見据えた選択が差し迫ったとき、ふと手に取ったのは小学校の卒業文集だった。恥ずかしいこと書いてたら破って捨てよう、と意気込んで開くと、大きくて堂々とした文字が並んでいた。
“ケーキやさんになりたい”
枠線をはみ出す勢いで書かれたそれは、女児が選ぶ職業として妥当なものだった。ケーキ屋さん、つまりパティシエになる。それが幼少期のわたしが掲げた将来の夢らしい。すんなりと自分の中に落ちてきたそれに、この頃からなんにも変わってないなぁ、なんて呆れたのは記憶に新しい。
そして今、パティシエになるべく専門学校に通いながら、洋菓子専門店でアルバイトをしている。夢に向かって努力している姿としてはかなりいい線をいってるんじゃなかろうか。もっともそこに大層な理由はなく、ご立派な信念も成し遂げたいこともない。突っ込まれたら一瞬で露呈する底の浅さに、でも楽しいからいいじゃんと言い訳をした。
そう、楽しいから続けてるだけだった。
「雪の上にたくさん血の雨を降らせたやつと……えっと、オズの爪痕?みたいなやつ」
戸惑いがちに注文を終えた男は「さっさとしろよ」と偉そうにのたまった。ちらっとショーケースの中を確認してから先輩に目配せしてみる。無言で首を振った先輩と目の前の男を交互に見る。そしてもう一度、ショーケースに視線を戻した。
「おまえの顔の横についてるそれは飾り?いらないなら僕がもらってあげるよ」
この仕事、楽しくないかもしれない。いやある意味楽しいかもしれないけど、こういう方向の楽しさは求めてない。だって難しいこと考えたくないし、好きなことだけやって生きたいし、話が通じない人の相手は楽しくないし。うん、嫌。
「……もう一度お伺いできますか?」
「跪いて惨めな声でおねだりできたら、いいよ」
嫌を通り越して最悪だ。
隣にいた先輩にアイコンタクトで「こいつやべーです」と訴えると、こくりと頷いてバックヤードへ行ってしまった。まもなく店長が現れて事態を収束してくれるんだろう。幸い他に客はいない、その間なんとかしのがなくちゃならないのはわたしだ。
無駄だとは思いつつ、ショーケースに並ぶケーキたちをあらためて見る。血の雨だの爪痕だの、ケーキに似つかわしくないワードばかり並べていたけど意味はある、はず。モンブラン、ミルフィーユ、ミルクレープ、陳列順に辿っていきながら、でも違うよなぁとくり返す。そうしているうちにふたつのケーキが目についた。
「まさかショートケーキとガトーショコラだったり…?」
「なにそれ」
「生クリームに苺がのってるケーキとチョコとスポンジが層になってるケーキ……あ、これなんですけど」
トレーに取り出したケーキを見て、男は「蛾とショット」と意味わからないことを言って頷いた。
いやわかるかこんなもん!!!!!
と叫びたい、そんでトレーごとぶん投げたい、今すぐに。それができたらどんなに気持ちいいことだろう。生憎、今のわたしは雇われの身だ。そんなことができるはずもなく、泣く泣くトレーをテーブルの上に置いた。
「あの…お金は持ってますか?現金以外だとクレカとPayPayとバーコード決済が対応してますけど…やり方知ってますか?」
「馬鹿にするなよ。それくらいできる」
ほら、と差し出されたスマホ画面にはQRコードが映し出されていた。常識だろみたいな顔をして、ご丁寧に鼻笑いまでされた。ショートケーキ知らないくせに!ガトーショコラ知らないくせに!声にならない文句をこらえて商品を打ち込み、手元の機械でスキャンする。ペイペイ!と嫌味なくらい元気な音がした。
クソ、今に見てろ。色んな店に行って盛大に恥をかけばいいんだ。諸々の鬱憤は持っていたトングにこめてしまったらしい。やや形が崩れたケーキを見なかったことにして箱詰めした。腹に入れば同じだ。
「お手元に気をつけてお持ちください」
取っ手のついた箱を差し出し、男の顔をまじまじと見る。見慣れない銀色の髪。陶器のような白い肌に映える赤い瞳。焼けつくような茜色に、あれ、と何かが引っかかる。
どうしてふたつとも赤いんだろう。
瞬間、今朝の出来事がフラッシュバックする。眼前に迫る牙、誰かの声、耳をつんざくブレーキの音、そして。
「あーっ!今朝の変な人!」
「は?今気づいたの?」
思わず声を荒らげると、目の前の不審者は片眉を吊り上げた。変じゃない。いや変だったでしょ。おまえのほうが変。変って言うほうが変。変の応酬をくり返すうちに、わかりやすくヘソを曲げた男に箱をひったくられた。
「帰る。二度と来ないよ」
「そうしてください」
「……僕が来ないと嬉しい?」
「嬉しいというか…平和?」
「なら、また来てあげる」
じゃあね、と律儀に挨拶をした男が去っていく。自動ドアが閉まるのとほぼ同時に、焦った様子の店長が出てきて「大変お待たせしました!」声を張り上げた。忙しなく辺りを見回す店長に、おっそ…と言いたかったのをぐっと堪え、さっき帰りましたよとドアを指さした。
やっと帰った。やっと終わった。開放感と疲労を味わいながら、両腕を天井に向かって思いきり伸ばす。全身の伸びを感じつつ、戻ってきた先輩に軽く会釈をした。
「ありがとうございますー助かりましたー」
「それはいいんだけどさ、さっきの人、誰かに似てなかった?」
「あんな知り合いいるんですか?」
「そうじゃなくてなんかどっかで見たことあるような…」
「へー変わってますね先輩の推し」
「だから違うっつの」
うんうん唸る先輩はでも私は断然CENTRAL派だから、とぜんぜん違うアイドルグループの話に発展させていた。最近はみんなカッコいいですよねぇ、と相槌を打ったわたしは、引っかかった何かに気づかないふりをした。
2025.2.7
