ゆめうつつ
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夢を見た。夢の中のわたしはさながらハリーポッターのごとく杖──ではなく、パレットナイフやらホイッパーやらを使いこなし、空中でお菓子づくりができた。宙に浮かせたまま卵を割って、生地とメレンゲ作りの工程を同時に進めることだってできた。念じるだけで器具が調理から皿洗い、はては掃除までしてくれるもんだから、自分の手でイチから作業する、なんて発想自体なかった。それがあたりまえになっていた。…気がした。
場面が切り替わると、最初に目に飛び込んできたのは形の崩れたフルーツタルト。それにフォークを握って笑う銀髪の青年と、トレーを持ったまま立っているわたし。
「きみが丹精こめて作ったものを目の前でぐちゃぐちゃにされる気分はどう?」
意地の悪い、だけどどこか無邪気な笑みを浮かべた青年は、フォークについたクリームを舐めとりながらそんなことを言った。フルーツタルトを作ったのはたぶんわたしで、青年によってズタズタにされたこと、青年がわたしの反応をうかがっていることを状況から何となく察した。
「これはこれでいいかもしれない。テーマは荒廃した北の村、的な」
ぐちゃぐちゃの生クリームとフルーツになった残骸を眺めながら、夢の中のわたしは答える。
「ありがとう!またひとつアイデアが増えたよ」
そう言って指を打ち鳴らしたわたしから陰りは一切感じられない。むしろ、鼻歌まじりに小躍りでもしそうな勢いだった。我ながら生きてて楽しそうだなぁ、なんて微笑ましく見守っていたら、目の前の青年は打って変わって面白くなさそうに表情を歪ませた。まぁそのわたしには通じなさそうだよね、能天気そうだし。なんてどこ目線かわからない感想が浮かぶ。
「なんなのおまえ。気持ち悪いしつまんない」
退屈そうにため息をついた青年は、ぐちゃぐちゃのタルトが乗った皿を掴んだ。絶対ひっくり返すぞ、とひやひやなのかわくわくなのかわからない気持ちになる。けど、期待とは裏腹に、青年はフォークに刺さったままのタルトをかじって「お………」と呟いただけだった。
「お?」
「……………大雨の日の地面みたいに、甘いのと酸っぱいのがぐちゃぐちゃで、食べるたびに少しずつ味が変わって落ち着かない」
「つまり?」
「まずい。さいあく。客の身にもなれよ」
意味不明な例え話も悪態も、どこか既視感があって首を傾げる。知らないはずなのに、このやり取りには覚えがある。最近こんなことがあったような、気が遠くなるほど昔のことのような、曖昧なのに絶対あったと確信できる不思議な感じ。だって、青年が放ったまずいもさいあくも、真逆の意味を持つとわたしは知っていたから。
「そっかぁ。次はおいしいって言ってもらえるものを作るよ」
「二度と来ないよ」
でも、この時のわたしは知らなかった。だから真に受けていた。そんで二度と来ないよとか言いながらすぐ来た、はず。
「しばらくは北の国にいるから気が向いたらまた寄ってよ。お菓子作って待ってるから」
立ち上がった青年を呼び止めるように、わたしが声をかける。テーブルの上には綺麗な皿が残されていて、あんなに滅茶苦茶にしたのに食べ方は上品なんだなぁ、なんてぜんぜん関係ないことを考える。もしかしたら夢の中のわたしもそう思ったのかもしれない。
面白いものは何でも好きで、刺激的で退屈しないものに惹かれて、お菓子を作りながら世界を飛び回って、
「僕は北の魔法使いの──。次会ったときは君を殺して石にしてあげる」
そして出会った。白いコートをなびかせて微笑を浮かべる青年に。ふたつ並んだ赤い瞳を見た瞬間、どくんと胸の奥底が震える。夢の中のはずなのに、起きてるときみたいに生々しくて、どこか懐かしい感覚がする。
そうだ、わたしはこの青年を知ってる。
ずっとずっと前から一緒にいた。孤独を愛していて、ひとりぼっちが大嫌いな青年に、わたしは。
あの国での生き方を、教えてもらった。
「…………おまえ、馬鹿だろ」
その声に、目の前の景色がばちんと弾ける。はっと目を開ければ、ゴミを見るような目でわたしを見下ろすオーエンがいた。なんだ、もう戻ってきたんだ。心の中だけでそう言うと、無視されたと思ったらしいオーエンに「おい」と凄まれてついでに蹴られた。けど、わたしじゃなくて室外機に当たったらしい、ガン、という衝撃にフォンフォン音が重なった。可哀想な室外機。
「聞こえてるよ。早かったね」
「は?」
だって数分くらいじゃない?と言いながら空を見上げ、ちらちらと星がのぞいていてあ、と声が出る。いつの間にやらすっかり日が落ちていて、路地から通りは暗くて見えたもんじゃない。間違えた遅かったね、なんて撤回する間もなく頬をぐいっと引っ張られて、顔半分にじんわりと痛みが広がった。
「いひゃいいひゃい!」
「まぬけな顔。二度と眠れなくなるくらい、凄惨で残酷な話をしてあげようか」
「いい!………っ、だいじょぶです、起きたので!」
「あるところに、とても恐ろしい魔法使いがいました。魔法使いは」
「いいってば!」
頬をつままれていた手を振り払って立ち上がる。じんじんと痛む頬を撫でると、何とも言えない表情のオーエンと目が合った。怒ればいいのか笑えばいいのかわからなくて、中途半端な顔のままオーエンを見つめる。そんな顔をしたいのはわたしのほうだ。短期間に色んなことが起きすぎて気持ちの整理がつかないのに、自分ばっかり被害者みたいな顔して、わたしだって。
「やぶる気なんてなかったよ」
勝手に口から出て言った言葉にオーエンが目を丸くする。たぶんわたしも似たような顔でオーエンを見ていて、同時に胸がぎゅうと締めつけられるような感じがした。
「やぶるって……何を?」
きょとんした顔のオーエンに、わたしもきょとん顔で「さぁ?」と返す。もちろんオーエンが納得してくれるはずもなく、今度の蹴りは弁慶の泣き所にクリティカルヒットした。
「いったぁ!?折れたこれ絶対!」
路地裏にわたしの嘆きが反響する。気まずくなってオーエンを見れば、相変わらず何とも言えない顔でこっちを見ていた。とぼけるのもリアクションで誤魔化すのも許してくれないらしい、意外と執念深いんだな、なんて。到底出会って数日とは思えない感想が浮かぶ。
「あの、さ………こんなこと絶対ありえないんだけどさ」
もう逃げられない。そう悟って、黙ったままのオーエンに手を伸ばした。指先に触れた頬から人肌のぬくもりが伝わってくる。それにどうしようもなく悲しくなって、悲しい理由もわからないまま手を往復させた。ぴく、と肩を震わせたオーエンは、振り払うでもなくわたしの手に自分のそれを重ねる。手のひらから移る温度に、またぎゅうぎゅうと胸が締めつけられた。
「わたしたちさ、ひょっとしなくてもさ、」
前に会ったことあるよね?
最後まで言えたかわからないくらい、ほとんど同時だった。遮るようにオーエンが何か呟いて、目の前で白い光が弾けた。一瞬のうちに世界が白く塗りつぶされて、身体ごと消し飛ばされたんじゃないかって錯覚しそうになる。わたしのことは逃がしてくれないくせに、オーエンはそうやって誤魔化すんだ。ずるいな。とか、もう見えなくなったオーエンの頬を撫でながら、そんなことを思う。
またオーエンの声がして、ぶつっと何かが途切れた音がした。
2025.12.4
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