きみとふたり、夢の中で
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「また、来ちゃいました、ここに」
涙でぐしゃぐしゃの顔で告げられた台詞。記憶の中の彼女と違うのは、涙が悲しみからくるものじゃないんだろうことと、見慣れない衣服を身につけているところだけ。風に靡く茶色の毛先も、ちょっと困ったように笑う顔も何もかも、あの日──異界に帰っていった日から脳裏に焼きついて離れない姿がそこにあった。
「賢者様の帰還を祝して、今夜は合コンをしましょう!」
「パーティってことはおしゃれしなくちゃね。えへへ、楽しみだなあ」
「遅い」
「シノ!もっと言い方考えろよ」
「もう少しで忘れるところでしたよ、賢者様」
「ほほほ。素直じゃないのう」
あっという間に彼女、晶の周りにできたひとだかりから、思い思いの喜びが伝わってくる。おもむろに鳥かごを出したラスティカは止められて、宙返りをしたムルは魔法で花火を打ち上げていた。あの北の魔法使いたちだってそわそわと晶を気にしている。誰もが晶の帰りを待ち望み、もう一度会えた奇跡を噛みしめていた。ように見えた。
「……マジかよ」
その後ろ、少し離れたところでぼそりと呟いたネロをのぞいて。
すぐに口をつぐんだネロは、いまだ宴だ祭りだと騒ぎ立てている様子を尻目にほっと胸を撫で下ろした。さっきのひとりごとは聞かれていなかったらしい。それもそうか。今は俺なんかよりも賢者さんに注目すんだろ、普通。なんたって"俺たち"の賢者様なんだから。ひとだかりに隠れて見えなくなった晶の姿を浮かべながら、ネロは胸の内で自嘲した。
別に、嬉しくないわけじゃない。わざわざ異界から戻ってきてくれて、また元気そうな姿が見られて嬉しい、と思っている。はずだ。それなのに胸の奥がざわざわして、たったひとこと「おかえり」とかけてやればいいだけの言葉が見つからない。じゃあ無視するのかと聞かれたらそれもできなくて、中途半端にあけた距離を埋められないでいる。手放しで喜べない原因に心当たりだってある。…けど、いつまでも答えが出せなくて、こんな時ですらどっちつかずな自分に情けなくなった。
"私の友達になってください"
"ネロの正体のひとつを、それにしてもらえませんか?"
まだ魔法舎に来て間もなかったころ、晶はそんなことを言った。何となく差し出してしまったネロの手は、迷いなく伸びてきた手のひらを握り返していた。晶を気遣ったわけじゃない。ただ、何となく。居心地の悪い世界で、同じく自分を見失った人間と『友達』の膜を通して繋がってみたくなった。
善にも悪にもなりきれない、孤独も集団も耐えられない。どっちつかずでふわふわした部分を埋める膜がそれなら、まあ、悪くないと思えた。
「ネロ、新しいレシピのことで相談があるんですけど」
「へえ、どんなやつだ?」
「スカイサーモンとレモンを使った焼き鮭に挑戦しようと思ってます」
「焼き酒?……なんかよくわかんねえけど酒なのか?」
「鮭です」
「あ、そう。…俺も手伝うよ」
『友達』は想像していたよりも楽だった。気が向いたら一緒に過ごして、落ち込んだり困ったりしていたら話を聞いてやって、ひとりになりたくなったら離れて、また近づいて。お互いのちょうどいいところで過ごす時間は穏やかなもので、ネロもそれなりに気に入っていた。柄にもなくこんな関係が続けばいいな、とも思った。
「賢者、悩みがあるなら言ってみろ」
「……っ、どうして」
「俺様を誰だと思ってやがる。手下の面倒見れねえでボスなんざやれるかよ」
「手下って……。でも、ありがとうございます」
でも、幸福はそう長く続かない。わかっていたはずなのに、いざその瞬間にぶつかると馬鹿みたいに胸が痛んだ。
「実は、気になってるひとがいる、んです。この魔法舎の中で。賢者失格ですね、私───」
キッチンから聞こえてきた会話に足が止まる。片方は文字通り嫌になるまで聞いた声。もうひとつは考えるまでもない。静かなふたつのそれは、ブラッドリーと晶のものだ。顔を見るまでもなく確信したネロは、持っていた紙袋を握りしめたまま立ち尽くした。
わかっていた。いつかこうなる日がくることも、全部。所詮は膜を通して繋がっているだけの存在なのだから、当然といえば当然だ。それ以上になりたかったわけでも、繋がりを断ちたかったわけでもない。そのはずなのにネロの気持ちは落ち着かなくって、判然としないところを行ったり来たりしていた。
俺はどうしたかったのか。何をしてほしかったのか。望んだ先は何だったのか。信頼にこたえられる自信はない、そばにいるのも息苦しい、だけど放り出すこともできない。わかったつもりでいたのに、ちっともわからない本心は迷子のままだ。
「………………」
自問自答を繰り返していたネロは、気付けばキッチンを後にしていた。きっと、近づきすぎてしまったんだ。ここから離れなくちゃいけない、ちょうどいいところに戻らなくちゃいけない。ネロの頭の中を占めるのはそればかりだった。
大丈夫、居心地悪いのは慣れてる。新しい膜を作りなおせばいい。そうすればまた、前みたいに笑いあえると、
そう、思っていた。
「私、ネロのことが好きです」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「……冗談だろ、俺なんか。あんたの世界でいうエイプリルフールってやつか?まだまだ先だろ」
だからとっさにそう返した。そしてすぐに後悔する。ちらっと見えた晶の瞳が真剣なものだったから。
「嘘じゃありません、本当です」
それが余計に怖かった。掴んだ途端に離れていくのも、期待を裏切ってしまうのも、もうたくさんだった。
「…………………悪い。あんたの気持ちにはこたえられない」
だからあの日、晶が異界に帰る前日に、赤く伸びた糸を俺が断ち切ったんだ。
涙でぐしゃぐしゃの顔で告げられた台詞。記憶の中の彼女と違うのは、涙が悲しみからくるものじゃないんだろうことと、見慣れない衣服を身につけているところだけ。風に靡く茶色の毛先も、ちょっと困ったように笑う顔も何もかも、あの日──異界に帰っていった日から脳裏に焼きついて離れない姿がそこにあった。
「賢者様の帰還を祝して、今夜は合コンをしましょう!」
「パーティってことはおしゃれしなくちゃね。えへへ、楽しみだなあ」
「遅い」
「シノ!もっと言い方考えろよ」
「もう少しで忘れるところでしたよ、賢者様」
「ほほほ。素直じゃないのう」
あっという間に彼女、晶の周りにできたひとだかりから、思い思いの喜びが伝わってくる。おもむろに鳥かごを出したラスティカは止められて、宙返りをしたムルは魔法で花火を打ち上げていた。あの北の魔法使いたちだってそわそわと晶を気にしている。誰もが晶の帰りを待ち望み、もう一度会えた奇跡を噛みしめていた。ように見えた。
「……マジかよ」
その後ろ、少し離れたところでぼそりと呟いたネロをのぞいて。
すぐに口をつぐんだネロは、いまだ宴だ祭りだと騒ぎ立てている様子を尻目にほっと胸を撫で下ろした。さっきのひとりごとは聞かれていなかったらしい。それもそうか。今は俺なんかよりも賢者さんに注目すんだろ、普通。なんたって"俺たち"の賢者様なんだから。ひとだかりに隠れて見えなくなった晶の姿を浮かべながら、ネロは胸の内で自嘲した。
別に、嬉しくないわけじゃない。わざわざ異界から戻ってきてくれて、また元気そうな姿が見られて嬉しい、と思っている。はずだ。それなのに胸の奥がざわざわして、たったひとこと「おかえり」とかけてやればいいだけの言葉が見つからない。じゃあ無視するのかと聞かれたらそれもできなくて、中途半端にあけた距離を埋められないでいる。手放しで喜べない原因に心当たりだってある。…けど、いつまでも答えが出せなくて、こんな時ですらどっちつかずな自分に情けなくなった。
"私の友達になってください"
"ネロの正体のひとつを、それにしてもらえませんか?"
まだ魔法舎に来て間もなかったころ、晶はそんなことを言った。何となく差し出してしまったネロの手は、迷いなく伸びてきた手のひらを握り返していた。晶を気遣ったわけじゃない。ただ、何となく。居心地の悪い世界で、同じく自分を見失った人間と『友達』の膜を通して繋がってみたくなった。
善にも悪にもなりきれない、孤独も集団も耐えられない。どっちつかずでふわふわした部分を埋める膜がそれなら、まあ、悪くないと思えた。
「ネロ、新しいレシピのことで相談があるんですけど」
「へえ、どんなやつだ?」
「スカイサーモンとレモンを使った焼き鮭に挑戦しようと思ってます」
「焼き酒?……なんかよくわかんねえけど酒なのか?」
「鮭です」
「あ、そう。…俺も手伝うよ」
『友達』は想像していたよりも楽だった。気が向いたら一緒に過ごして、落ち込んだり困ったりしていたら話を聞いてやって、ひとりになりたくなったら離れて、また近づいて。お互いのちょうどいいところで過ごす時間は穏やかなもので、ネロもそれなりに気に入っていた。柄にもなくこんな関係が続けばいいな、とも思った。
「賢者、悩みがあるなら言ってみろ」
「……っ、どうして」
「俺様を誰だと思ってやがる。手下の面倒見れねえでボスなんざやれるかよ」
「手下って……。でも、ありがとうございます」
でも、幸福はそう長く続かない。わかっていたはずなのに、いざその瞬間にぶつかると馬鹿みたいに胸が痛んだ。
「実は、気になってるひとがいる、んです。この魔法舎の中で。賢者失格ですね、私───」
キッチンから聞こえてきた会話に足が止まる。片方は文字通り嫌になるまで聞いた声。もうひとつは考えるまでもない。静かなふたつのそれは、ブラッドリーと晶のものだ。顔を見るまでもなく確信したネロは、持っていた紙袋を握りしめたまま立ち尽くした。
わかっていた。いつかこうなる日がくることも、全部。所詮は膜を通して繋がっているだけの存在なのだから、当然といえば当然だ。それ以上になりたかったわけでも、繋がりを断ちたかったわけでもない。そのはずなのにネロの気持ちは落ち着かなくって、判然としないところを行ったり来たりしていた。
俺はどうしたかったのか。何をしてほしかったのか。望んだ先は何だったのか。信頼にこたえられる自信はない、そばにいるのも息苦しい、だけど放り出すこともできない。わかったつもりでいたのに、ちっともわからない本心は迷子のままだ。
「………………」
自問自答を繰り返していたネロは、気付けばキッチンを後にしていた。きっと、近づきすぎてしまったんだ。ここから離れなくちゃいけない、ちょうどいいところに戻らなくちゃいけない。ネロの頭の中を占めるのはそればかりだった。
大丈夫、居心地悪いのは慣れてる。新しい膜を作りなおせばいい。そうすればまた、前みたいに笑いあえると、
そう、思っていた。
「私、ネロのことが好きです」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「……冗談だろ、俺なんか。あんたの世界でいうエイプリルフールってやつか?まだまだ先だろ」
だからとっさにそう返した。そしてすぐに後悔する。ちらっと見えた晶の瞳が真剣なものだったから。
「嘘じゃありません、本当です」
それが余計に怖かった。掴んだ途端に離れていくのも、期待を裏切ってしまうのも、もうたくさんだった。
「…………………悪い。あんたの気持ちにはこたえられない」
だからあの日、晶が異界に帰る前日に、赤く伸びた糸を俺が断ち切ったんだ。
