きみとふたり、夢の中で
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ふわふわともふもふは、すり減った心に安らぎを与えてくれる。賢者の仕事で疲弊した身体を優しく包みこんで癒してくれる。それは動物のもこもこも例外じゃなくて、この世界に来る前はしょっちゅう近所の猫さんたちを吸…撫でたりしたものだ。綺麗な毛並み。つぶらで愛くるしい瞳。喉を鳴らして甘えてきたかと思えば、つんとそっぽを向いて去ってしまう。ひとつひとつの仕草に目を奪われて、心臓がぎゅっとされたみたいに苦しくなる。その痛みすら心地よくて、何回邪険にされてもそれを上回るくらい癒されていた。それくらい私にとって、猫さん…いや、ふわもふとの触れあいは欠かせないものになっていた。疲れている今は特に、やわらかいものに触れて癒されたい。できればぎゅっと抱きしめて、ふわふわに包まれて幸せを感じたい。
…ということで、
「レノックス」
「《フォーセタオ・メユーヴァ》」
レノックスが呪文を唱えると、カバンの中から一匹の羊が飛び出してきた。見つめ合うこと数秒間、控えめにメエ、と鳴いた羊は"触っていいぞ"と言っている気がした。はやる気持ちを抑えながら手を伸ばして、私はそっとレノックスに目配せをする。触っちゃいますよ。今さら止まれませんからね。そわそわしている私の心情を読み取ったのか、レノックスはこくりと頷いて先を促してくれた。やっときた、この瞬間が。
「失礼します。………っっあーーー!もこもこのふわふわ!可愛くて最高です!」
「そうですか?俺の方が可愛いと思いますけど」
「うわ、いつからいたんですか」
「さっきからいましたよ」
「そ…うですか」
ばくばくと脈打つ胸に手を当てて、ミスラに動揺を悟られまいと息を吸う。さっきからいた、が一体いつを指してるのか。少なくとも私がレノックスの部屋に来たときはいなかったし、ひとの気配もまったく感じなかった。ノーモーションで現れたミスラを不思議に思いつつも、まあそういうこともあるかと思考を打ちきった。そう、今日の私の目的はふわふわを堪能すること。一刻も早く癒されたいのだ。ゆっくり息抜きしたいのだ。余計なことを考える前に、私は中途半端に止めていた手を動かした。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………え?」
「は?」
「えっと、ミスラも羊を触りたいんですか?」
「結構です。腹が空いてくるので」
「絶対触らないでください」
「はあ」
「…、………………」
釘をさしても消えない視線。おそるおそる首を動かしてみると、じっ………、と私を見つめてくるミスラと目が合った。どうしたんですか、と言いかけた私はすぐそこにあるミスラの顔に息をのんだ。眠そうに細められた目がまばたきをして、合わせて揺れる睫毛まで見えてしまいそうなほど近い距離。いつもだったらあり得ないそれが、ミスラがしゃがんでいるからだと遅れて気がついて合点がいく。本当に綺麗な顔立ち……じゃなくて、ミスラと私が同じ目線になるなんて滅多にない。入眠手伝いしている時以外ならなおさらそう。物言いたげに黙ったままのミスラが新鮮な反面、その心まで読みとれるわけもなくてもどかしくなる。
羊を触りたいわけじゃないのに、ミスラが私を見つめてくる理由。
もしや、と思い立った時には私の手はある場所に向かっていた。
「ミスラもふわふわですね」
指の間をすり抜けていく赤い髪は、見た目よりずっとふわふわしていた。いつだか頭を撫でた時はひどい目にあったけど、今日のミスラはずいぶんおとなしい。されるがままで身を委ねているミスラに、チレッタもこんな気持ちだったのかな、と勝手に重ねて思いを馳せてみる。ミスラだって子供の時はぎゅっとしたいくらい可愛かったはず。天気がいい日にこう、手とか繋いじゃったりして。
"楽しいんですか、それ"
"人間はくだらないことをしたがりますね"
そう遠くもないミスラとの記憶がよみがえってきて首を振る。たぶん、言葉と魔法を覚えただけでミスラはずっとこうなんだ。手を止めた私に「羊よりも俺の方がふわふわで可愛くて強いので勝ちです」と言ったミスラはきっと、チレッタと出会ったばかりのミスラのままなんだろう。それがちょっぴり嬉しくて、私の頬は自然と緩んでしまっていた。
「あはは、ミスラは動物にも張り合うんですね」
「あなたも俺も動物じゃないんですか?」
「ううん、たしかに?魔法使いも?」
「さあ。何であれ、俺が最強なことに変わりはないので」
少しの間をあけて考える。物事に優劣をつけるのは苦手だけど、北の国は弱肉強食で、己の力だけがものを言う世界。たとえ羊相手だったとしてもミスラは負けたくないはず。というか負けたら羊も私も無事じゃ済まないかもしれない。今夜はジンギスカン鍋にするとか言い出すかも。容易に想像できる未来に苦笑いをして、私は羊とミスラを交互に見る。ミスラが、羊が、じゃない。私は私の意思に従ってひとつを選び取るだけだ。
「じゃあ……………………ミスラの勝ちです」
「当然です」
どうぞ。そう言ったミスラはどこか満足そうに笑っていた。それにつられた私もふふふと笑みを浮かべて手を伸ばす。燃えるような赤髪を撫でつけるたびに、心臓の奥がぎゅっとするような感覚がやってくる。猛獣でけだものだけどミスラを撫でると癒される、と賢者の書に書き足そう───
「…………」
──そう決心した私の後ろで居心地悪そうにしているレノックスに気づくのは、もう少し後の話。
