きみとふたり、夢の中で
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鏡に映った自分を見て、アウターのフードを整える。分厚い賢者の書を鞄につめこみ、いつものように身支度を済ませた。よし。自分に向けて頷いてから、私は自室のドアを開けた。廊下に差しこむ光と、あちこちから聞こえてくるみんなの声。前に進むたびに反響する靴の音。それらを背に受けながら、足早に広間へと向かっていた途中。
"ミスラ"
"何ですか"
"北の国の討伐依頼を受けたので、明日はちゃんと集まってくださいね"
"……はあ"
昨夜、ミスラの入眠を手伝っていたときの会話をふと思い出す。別に咎めたかったわけじゃなくて、何の気なしに言ってしまったそれ。少し前なら「俺に要求しましたか?」と威圧されていたのに、最近は生返事で流されるだけ。それも今に始まったわけじゃないし単に面倒くさいだけなんだろう。そう自己完結した私の言葉に深い意味なんてなかった。気分屋のミスラが誰かの指示を聞くとも思えないし、聞いたとしても"そういう気分だった"だけの話。だから別に期待していたわけじゃなかった。ただの習慣、そう。賢者としての立場上、業務連絡は欠かせないというか。業務っていうか役目みたいな、うん、まあとにかくそんなやつだ。ミスラだけじゃなくて、負けず劣らずマイペースなオーエンとブラッドリーにも伝えてある。オーエンには満面の笑みで「邪魔」って言われて、表情をこわばらせたブラッドリーには睨まれたけど。その瞬間に私は悟った。ああ、明日も朝から大変なことになりそうだ。主にスノウとホワイト、それから連行されてきた三人の仲裁に入る私が、と。
けれど、私の予想は大きく外れることになる。
「おはようございます」
「ミスラちゃん!」
「ミスラちゃんが集合時間を守るなんて、我感激しちゃう!」
「帰っていいですか」
「うそうそ!行かないで!」
一直線に進んだ廊下の先、開け放たれた扉の奥から三人分の声が聞こえてくる。きゃいきゃいはしゃいでいるのはスノウとホワイトで、ふたりにひき止められていたのは。
「おお、賢者か。今日は空から槍が降ってくるやもしれんぞ」
「オズの雷かもしれんのう」
広間に足を踏み入れたとたん、あっという間にスノウとホワイトに囲まれる。聞いて聞いて。ミスラちゃんがね。矢継ぎ早に話し出すふたりに、両腕を引っぱられている私。端から見たらやじろべえだろうな、と苦笑いする。ふたりの話を要約すると「ミスラの様子が変」「賢者よ何か知らんか」とのこと。そんなの私が聞きたいくらい、ミスラが来ている実感がわかなかった。やっと理解が追いついたところで昨日のあれが頭をよぎって首を振る。まさか、そんなまさかね。ミスラに限ってそんなわけない。でもひょっとしたら、なんてこともあり得る。どっちにしてもミスラしかわからないんだから、私が気を揉んでいたって仕方ない。吹き抜けのようになっている部屋をぐるりと見渡し、渦中の人物を探してみる、と。
階段裏に向かって歩いていくミスラの姿が見えて、私は咄嗟に「ミスラ!」声をかけていた。
「…どうも」
足を止めてふり返ったミスラと目が合う。ちゃんと来てくれたんですね、偉いですね、ありがとうございます。いろいろな言葉が浮かんだけれど、どれもが正解なようで間違ってるような、言ってしまったら台無しになっちゃうような気がして口をつぐむ。ミスラが求めているのは上から目線の褒め言葉でも、形だけの感謝でもなくて、もっと単純でありふれたもの。
「おはようございます、ミスラ」
たとえばこんな当たり前になってしまった挨拶とか。関係性を能力で測らずに、心から通じ合おうとする瞬間とか。他者との交流が薄い北の魔法使いにとって、私たちの『当たり前』は煩わしいのかもしれない。今日のもただの気まぐれで、睡眠をとれて気分がいいから来てやった。で終わるものなのかもしれない。
それでも、そうだったとしても。
「はあ……………おはようございます」
「昨日はよく眠れましたか?」
「まあ、そこそこ」
「よかったです」
はあ。気だるげな声でそう言って、ミスラはふいと顔を逸らしてしまう。軽く腕を組んで、視線だけでちらっと私を見て、また逸らされる。何ですかとでも言いたげなそれがおかしくって、思わずふふ、と笑みがこぼれていた。ミスラの部屋まで押しかけたときに何度も見た、困ったときのミスラの仕草。その反応に嬉しくなって、私はまた、ふふふと似たようなやつを浮かべていた。怪訝そうな顔のミスラに気づかれないように、ゆるみっぱなしの頬だけは、そっと隠しておいた。
"ミスラ"
"何ですか"
"北の国の討伐依頼を受けたので、明日はちゃんと集まってくださいね"
"……はあ"
昨夜、ミスラの入眠を手伝っていたときの会話をふと思い出す。別に咎めたかったわけじゃなくて、何の気なしに言ってしまったそれ。少し前なら「俺に要求しましたか?」と威圧されていたのに、最近は生返事で流されるだけ。それも今に始まったわけじゃないし単に面倒くさいだけなんだろう。そう自己完結した私の言葉に深い意味なんてなかった。気分屋のミスラが誰かの指示を聞くとも思えないし、聞いたとしても"そういう気分だった"だけの話。だから別に期待していたわけじゃなかった。ただの習慣、そう。賢者としての立場上、業務連絡は欠かせないというか。業務っていうか役目みたいな、うん、まあとにかくそんなやつだ。ミスラだけじゃなくて、負けず劣らずマイペースなオーエンとブラッドリーにも伝えてある。オーエンには満面の笑みで「邪魔」って言われて、表情をこわばらせたブラッドリーには睨まれたけど。その瞬間に私は悟った。ああ、明日も朝から大変なことになりそうだ。主にスノウとホワイト、それから連行されてきた三人の仲裁に入る私が、と。
けれど、私の予想は大きく外れることになる。
「おはようございます」
「ミスラちゃん!」
「ミスラちゃんが集合時間を守るなんて、我感激しちゃう!」
「帰っていいですか」
「うそうそ!行かないで!」
一直線に進んだ廊下の先、開け放たれた扉の奥から三人分の声が聞こえてくる。きゃいきゃいはしゃいでいるのはスノウとホワイトで、ふたりにひき止められていたのは。
「おお、賢者か。今日は空から槍が降ってくるやもしれんぞ」
「オズの雷かもしれんのう」
広間に足を踏み入れたとたん、あっという間にスノウとホワイトに囲まれる。聞いて聞いて。ミスラちゃんがね。矢継ぎ早に話し出すふたりに、両腕を引っぱられている私。端から見たらやじろべえだろうな、と苦笑いする。ふたりの話を要約すると「ミスラの様子が変」「賢者よ何か知らんか」とのこと。そんなの私が聞きたいくらい、ミスラが来ている実感がわかなかった。やっと理解が追いついたところで昨日のあれが頭をよぎって首を振る。まさか、そんなまさかね。ミスラに限ってそんなわけない。でもひょっとしたら、なんてこともあり得る。どっちにしてもミスラしかわからないんだから、私が気を揉んでいたって仕方ない。吹き抜けのようになっている部屋をぐるりと見渡し、渦中の人物を探してみる、と。
階段裏に向かって歩いていくミスラの姿が見えて、私は咄嗟に「ミスラ!」声をかけていた。
「…どうも」
足を止めてふり返ったミスラと目が合う。ちゃんと来てくれたんですね、偉いですね、ありがとうございます。いろいろな言葉が浮かんだけれど、どれもが正解なようで間違ってるような、言ってしまったら台無しになっちゃうような気がして口をつぐむ。ミスラが求めているのは上から目線の褒め言葉でも、形だけの感謝でもなくて、もっと単純でありふれたもの。
「おはようございます、ミスラ」
たとえばこんな当たり前になってしまった挨拶とか。関係性を能力で測らずに、心から通じ合おうとする瞬間とか。他者との交流が薄い北の魔法使いにとって、私たちの『当たり前』は煩わしいのかもしれない。今日のもただの気まぐれで、睡眠をとれて気分がいいから来てやった。で終わるものなのかもしれない。
それでも、そうだったとしても。
「はあ……………おはようございます」
「昨日はよく眠れましたか?」
「まあ、そこそこ」
「よかったです」
はあ。気だるげな声でそう言って、ミスラはふいと顔を逸らしてしまう。軽く腕を組んで、視線だけでちらっと私を見て、また逸らされる。何ですかとでも言いたげなそれがおかしくって、思わずふふ、と笑みがこぼれていた。ミスラの部屋まで押しかけたときに何度も見た、困ったときのミスラの仕草。その反応に嬉しくなって、私はまた、ふふふと似たようなやつを浮かべていた。怪訝そうな顔のミスラに気づかれないように、ゆるみっぱなしの頬だけは、そっと隠しておいた。
